Mr.ナイチンゲールシリーズ

令和フローレンス

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メディカル割烹マン

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T/平成23年春。落合小学校。昔からの木の校舎。4時間目が終わるチャイムが鳴ると同時に、各クラスの児童が動き出す。机の上を片づけ、給食エプロンをつける。給食当番たちは給食を取りに列を作って教室を出る。2階の3年1組のクラス、まだ今年赴任したばかりの小口千里(23)がデスクを立ち上がり、児童たちに微笑みかけながら教室をout

同学校の給食室にて。同じく今年入ってきたばかりの管理栄養士・清水千歳(23)をはじめとする栄養士たち数名が給食室で、給食を取りに来る児童たちのために準備をしている。やがて児童たちの給食当番が給食を取りにin

千歳「熱いから気を付けて持って行ってね」
児童たち「はーい!」

給食を持った児童たちout
千歳、微笑んでそれらを見送って給食室の奥にout
他栄養士たちと仕事を続ける。

3年1組。「頂きます」と大きな声が聞こえ、児童たちと千里が給食を食べ出す。
千里、余った食器一式を取り、それらに児童たちに気づかれない様に給食を盛り、パンと牛乳も一緒にお膳に乗せて持って教室をout
教師用出入り口の側に瀬戸内修(29)が立っている。彼の姿は千里以外には誰にも見えない。千里、出る時に修にそっと「着いてきて」と目配せをする。修は少し驚いた顔をしながらも千里と共にout

3年1部隣の教室。もう使われていない教室で、木の表札にはうっすらと3年7部という文字が残されている。教室はそのままで使われなくなった椅子やデスクがいくつか壁側につけられて並んでいる。床とロッカーには少々誇りがかかっているが、窓が開いているため、新鮮な空気が入っている。千里、使われていない机と椅子を一つずつ運んできて中央付近に準備し、その上に給食を置く。そしてまた部屋を出て、今度は自分の給食を運んできて、同じように机と椅子を並べて準備して給食を置く。修、ポカーンとした顔でその様子を見つめている。

千里「さ、先生もここに座って。一緒に給食食べましょう」
修「もしかして…僕に話しかけています?」

修、信じられないという顔をして千里を見る
千里「他に誰がいるって言うんですか?」
修「僕が…見えるの?」
千里「見えるから話しかけてるんだよ」

修を椅子に座らせて千里も隣の椅子に座る。千里、手を差し出して握手を求める。

千里「僕は、今年からこの学校に赴任してきた小口千里です。23歳だよ、よろしく。先生は?」
修「瀬戸内修です、29歳」
千里「瀬戸内先生か」

にっこり笑う

千里「とりあえず、食べながら話そう」
修「僕も…いいのかい?」
千里「そのために準備したんだろ!食べなくちゃ倒れちゃうよ!いただきます」
修「いただきます」

二人、食べ出す

ーop credit and songー

『One of us』

ー終わりー

職員室・放課後。外はまだ明るい夕方。殆どの先生が帰りの支度をしているころ。千歳、割烹着を脱いでストロベリーシェイクを一気飲み。千里と修in   

千歳「くっは―!うめ―!」
千里「清水先生、お疲れ様です!」

千歳、千里を見る

千歳「小口先生、お疲れ様です!」

千歳、修を見てにっこりして頭を下げる

千歳「お疲れ様です!どちらに入られた先生ですか?」

修、驚いて自分を指さす。千歳、不思議な顔をして頷く。修の事は児童と他の教師たちには見えていない。千歳、立ち上がって修に握手を求める。修もにっこり微笑んで握手に応じる。
千歳「僕、今年から新卒でこの学校に入りました。給食室の管理栄養士・清水千歳です。よろしくお願いします」
修「僕は瀬戸内修。3年1部と音楽教師の…」

口ごもって言いなおすように

修「補助です。よろしくお願いします」
千里「瀬戸内先生はね、昔からこの学校にいらっしゃる超ベテランの先生なんだよ!僕、初めて今日、一緒に授業したんだけど一目で先生の事が好きになっちゃった」

修と千歳、目を丸くして、引きながら千里を見る

千歳「小口先生…まさか…そういう趣味?」
千里「そういうって?どういう趣味?」
千歳「今の言い方だと…」

千歳と修、顔を見合わせる

千歳「小口先生、マコちゃんとは?」
千里「勿論マコとは今もラブラブだよ!とっても愛し合ってる!」

修を見て意味をやっと理解したような顔になる

千里「違う!違います先生!誤解です!僕はそういう意味で言ったんじゃなくて!」

修、笑い出す

修「分かってますよ。もちろん、僕だってそういう趣味はないので安心してください」

3人、笑い出す。千歳、鞄を持って出入り口に向かう。

千歳「じゃあ僕はもう、これで失礼しますね」
千里・修「はーい、お疲れ様!」
千歳「はーい、お疲れ様!」
千歳out  千里、修を見る

修「僕は…帰れる家がないのでここで寝泊まりします」
千里「ここでって…今はまだ春で雪だってほら」

窓の外を見る。一面の雪景色

千里「富士見の冬は長いよ。まだこんなに寒いのに、先生凍えちゃうよ」

修、寂しそうに笑う

修「大丈夫ですよ…僕はもう70年近くはここで生きているので心配いらないですよ。それに…地縛霊は寒さも熱さも何も感じないんです」
千里「そう…なんだ」

同情するように修の肩を抱く

千里「早く先生も学校の外に出られるようになればいいね…」
修「うん、ありがとう。じゃあ…また明日。お疲れ様」
千里「また明日、お疲れ様」

千里out  修、徐々に人が帰っていく古い木の職員室で寂しく手を振り、千里の椅子に腰を下ろす

修「これで…67年目の僕の生活が始まった」

ースーパーマーケットー
   
夕方6時。主婦のお客さんで多く賑わう。千歳、買い物をする。

千歳「えーと…今夜は何にしようかな」

新鮮な有機商品を手に取る

千歳「昨日はぶり大根だったし…たまには洋食とかってのもありかな?」

商品を見比べる

千歳「うーん…豚肉よりも鶏肉の方が安いけど、僕的には今日は豚肉が食べたい気分?」

   お腹が鳴る

千歳「んーもう何でもいいや!お腹空いてるから早く帰って食べたいもん!」
   
十メートル程先の陳列棚に赤羽根菊見(22)、千歳に気が付いて近づく。千歳、まだ気が付いていない

菊見「チー君!」
   
菊見は千歳に気づかれないように近づき、千歳の背中を強く推す。千歳、驚いて前のめりになりそうになる

菊見「大丈夫?」
千歳「クミちゃんか、びっくりさせるなよ」

菊見、千歳の籠の中をのぞく

菊見「またこれから帰って自炊?」
千歳「もちろん」
菊見「チー君も相変わらずね。たまにはそんな自炊ばかりじゃなくって、レストランやコンビニで済ませちゃえばいいのに」
千歳「それが出来ればそうしてるよ。でも、君も知っての通り僕は外食や市販食品が食べられない」

千歳、カートを押して歩きながら食品を選びつつ主婦の様に話をしているad

菊見「そうか…チー君まだあのトラウマがあるのね」
千歳「そういう事」

落合小学校。19時。修、音楽室で一人、寂しくピアノを弾いている。電気もなく、暗く不気味な音楽室。入り口から人の影が近づく

ー挿入曲ー

『ドビュッシー/パスピエ』

ドアの外には大きな風呂敷の包みを持った千里が立つ。微笑みながら立ってピアノが終わるのを待ちつつうっとり聞いている

ー終わりー

千里、音楽室に入る。修、ピアノから立ち上がって千里を見る

修「小口…先生?」
千里「瀬戸内先生、こんばんは」
修「どうして?」

千里、後ろにたくさん並べてある机と椅子を2セット持って来て並べ、その上で風呂敷包みを開封。水筒や沢山のタッパーに入った食事が入っている。修、驚いてそれらを見つめる。千里、薪ストーブをつけて近くに持って来てから笑って椅子に座り、修にも隣に座る様に合図。修、遠慮気味に座る。

千里「ご飯作ってきたから一緒に食べよう」
修「え…?」

千里を見る

修「まさか…僕のために持って来てくれたとか言うんではないでしょうね?」
千里「僕、一人暮らしだからさ。一人で食べるより誰かと食べた方が楽しいでしょ?瀬戸内先生だって、一人でご飯食べるより楽しいじゃん」

修、弱弱しく微笑む

千里「さぁ、食べよう!」

二人、いただきますと食べ出す

清水家・居間。清水綿子(67)、電話をしている

千歳の声「ただいま」
清水綿子「あら、千歳が帰って来たみたいだから…またね」
綿子、電話を切る。千歳in

綿子「はーい、お帰り」
千歳「ただいま。誰かと電話してたの?」
綿子「婦人会の掛川さん。明日の総会について」
千歳「お母さんも忙しいね、婦人会長なんてやめちゃえばいいのに」
綿子「そういう訳にもいかないよ。みんな私じゃないとだめだっていうからねぇ」

綿子、散らかったテーブルの上を片づけだす。

千歳「あんまり無理はするなよ。お母さんももう若くないんだから」
綿子「あんたはいつも一言多いんだよ」
千歳「どうも」

千歳、割烹着をつけてすぐそばの台所に行き、食事の準備を始める。

綿子「帰って来て早々料理かい?」
千歳「そういうんならお母さんが作ってくれればいいだろ」
綿子「言ってるだろ、お母さんは料理できないんだよ」
千歳「だから何でさ?」
綿子「色々と言えない理由ってのがあるんだよ」
千歳「なんだよそれ!まさか…料理できないとか?」
綿子「まぁ、言っちまえばそういう事だろうね」
千歳「全く…よくそれでお父さんも何にも言わないよね」
綿子「まぁ私が用意しろっていうんなら出来ない事もないが、市販品レンジでチンになっちまうよ。あんた、市販食品は嫌だろ」

千歳、手を止めて「えうーっ」と吐き気の真似をする。

千歳「それは無理…吐き気がする」
綿子「だろ?そういうから私は何もできないんだよ。だからあんたを当てにするしかないんだ」
千歳「全く…」

40分ほど後。千歳、食卓に料理を運んでくる
千歳「お母さんもこっちに来て。ごはん出来たよ」

   千歳、綿子、清水千鶴(68)、食卓に着き、食事を始める

千歳「でも何でお母さん料理しないの?僕も大人になったんだから理由、教えてくれないかな?」
綿子「そうだねぇ…」

千歳、清水の方を見る。清水、日本酒を飲みながら新聞を読んでいる。

千歳「お父さんは、お母さんの手料理食べたことあるの?」

清水、新聞を見たまま表情を変えずに

清水「実のところ私もないよ。でもお母さんの事情は知ってるから仕方がないと思う」
千歳「事情?どんな?」

清水、新聞から顔を離して綿子の方を見る

清水「綿子、もう千歳に話してもいいんじゃないか?」
綿子「そうだねぇ」
千歳「何か…深刻な話…とか?」

   ぼんわり

綿子「あぁ、実はねぇ…」

   綿子、洋服を脱いで上半身裸になる

綿子「見てごらん」

   綿子の胸部、大きな痣と縫い目がある。千歳、真っ青になってショックを受ける。

千歳「そ、それどうしたの?」 
綿子「私が若い頃に起こした事故で追った火傷だ」
千歳「何が…あったの?」
綿子「実はね、私はお父さんと結婚する前は落合小学校で給食作る仕事をしてたんだ。あんたと同じ管理栄養士を取ったばかりの頃からね」
千歳「え…管理栄養士!?お母さんが!?」

千歳、口をあんぐり開けて目を皿のように大きくして固まる

綿子「でもね、私はある日調理中に事故にあっちまった。それから長い入院生活をしてけがは治ったけど、やっぱりどうしてもトラウマが残っちまって、もう料理の仕事が出来なくなったんだ。それから私は家での炊事も怖くて、一切台所には近づいてない」
千歳「どんな…事故?」
綿子「聞きたいのかい?」
   
綿子、まじまじ千歳を見つめる。千歳、緊張をして息をのむ

千歳「うん…」

綿子、少し間を置いてからいたずらっぽく微笑む

千歳「お母さん?」
綿子「さぁさぁ、やっぱりこの話はもうおしまい。千歳、ご飯がすんだら早くお風呂に入っておいで。洗い物は私がやっておくからさ」
千歳「なんだよ!途中まで話してくれたんなら最後まで話してよ」
綿子「また…その内ね」
千歳「oh,nuts!」

千歳、悔しいというように指を振り下ろして鳴らしてout

同・浴室。千歳、湯船につかってぼんわりしながらシャワーに打たれている。

千歳「はぁ…」

浴槽の水で顔を洗う

千歳М「まさかお母さんが管理栄養士だったなんて…どうして今まで言ってくれなかったんだろ」
千歳、うとうとと夢を見る

ー千歳の夢の中ー(回想)

清水家・台所。千歳(5)、眠そうに眼を擦りながらin
綿子、食事を作ってテーブルに運んでくる。

綿子「千歳、今何時だと思っているんだい? もう幼稚園バス来ちまうよ」
千歳「うん…」
   
千歳、テーブルに着くが、あくびをして転寝を始める

綿子「千歳!」
   
千歳、びくりと飛び起きる

綿子「ほら! 温かいお味噌汁でも早く飲みなさい。目が覚めるよ」
千歳「うん」
   
揚げ出し豆腐と三つ葉のお味噌汁。千歳、見て顔をしかめる

千歳「はぁ…」
綿子「どうしたんだい?食欲ないのかい?」
千歳「ううん…違うの」

切なそう

千歳「僕、お母さんの作ったお味噌汁が飲みたいんだ」
綿子「この三つ葉はうちで入れたものだよ」

千歳、少しずつ三つ葉を箸でつまみながら口に入れる

千歳「葉っぱが生だ…」

おかずのぶり大根や主食の味付けご飯を食べながらしかめっ面で俯く。

千歳「ご飯も、ぶり大根も、みんなお母さんの作ってくれたものじゃないんだ」
千歳、泣き出す。年の離れた二人の姉、千歳を抱きしめて慰める

ルバーブ幼稚園・さくら組。お弁当の時間。園児たち、お弁当を食べながらそれぞれに話をしている

十「あれ? 千歳のご飯、また冷凍のやつだ!」
菊見「本当だ! いいなぁ」
千歳「何で?」
十「だって僕の家のマム、お店で買ってきたおかずはダメだって言って食べさせてくれないんだもん」
菊見「私も。お母さん、お店で買ったやつは高いからダメなんだって」
丸山「千歳、冷凍嫌なの?」
千歳「嫌だよ…」

千歳、箸でおかずをつつきながら

丸山「何で?」
千歳「僕はお母さんのご飯が羨ましいんだ。だって僕のお母さん、お料理してくれないんだもん。僕はお母さんの作ったご飯が食べたいんだ」
十「いいなぁ…」
千歳「だからよくないんだってば」
   
千歳、冷凍のおむすびを弁当箱の蓋に乗せる

十「千歳、何やってるの?」
千歳「これも冷凍のやつ。中にみそ漬けが入ってるの」
十「僕、知ってる!新しく出たやつだ!」
丸山「今テレビで宣伝してるの知ってるよ!」
   
   千歳、おにぎりに水筒のお茶をかける

千歳「このお茶もペットボトルのやつを温めたの…」
十「美味しさそう!千歳ってそうやって食べるんだ」
千歳「こうやれば少しは冷凍おむすびのまずい味が分からなくなるもん」
菊見「えー…美味しいのに」
千歳「僕にはまずいの!」
十「羨ましい!僕もやってみよう!」
丸山「じゃあ僕も!」
菊見「いいなぁ!なら私も!」

みんなでご飯に水筒のお茶をかける

十「あぁぁぁぁぁ」
丸山「十、どうしたの?」

十、水筒をケチャップご飯にかけた後にしかめっ面になる

十「どうしよう!僕のはお茶じゃなくてレモネードだった…」

主食のパンを見る。主食はホットドッグ。

十「だって僕の主食…今日はホットドッグだもん」
菊見「じゃあなんでご飯もあるの?」
十「これはおかず…」

   食べる

十「えうー…ご飯が甘くてまずい」
千歳「ちょっと食べさせて」
十「やめておけよ、吐くぞ」

千歳、食べて顔をしかめる

千歳「本当だ、まずい」

続いて自分のご飯を食べる

千歳「やっぱり!でもまずいの食べた後だと僕の冷凍のご飯が美味しく感じる!」
十「なるほど…」
丸山「じゃあ嫌いなものは今度からそうやって食べればいいんだ!」

   丸山、ご飯の梅干を箸でつまむ
丸山「僕はこれ。梅干し嫌いっていつも言ってるのにお母さんったら忘れちゃって入れるんだ。十、レモネードちょっと頂戴」
十「いいよ」

丸山、お茶漬けの一部にレモネードをかける

十「じゃあ僕はこれだ!」

クルミとトマトをよける

十「僕、クルミとトマトは大嫌いなの。でもレモネードご飯と一緒に食べてみる」

レモネードご飯を食べる

十「うわぁぁぁ…まずい」

吐きそうになりながらクルミとトマトを食べる

十「ん…クルミとトマトがとっても美味しく感じる」

菊見、顔をしかめて男の子たちを見ながら食べている

菊見「えうーっ」

ー終わりー

千歳、お風呂で目を覚ます。すっかり顔は真っ赤になっており汗びっしょり。目はトロンとすっかりうつろになっている。

千歳M「思えば…僕が出来合い食品恐怖症になったのって、あの頃からなんだよな」

千歳、お風呂のお湯に口をつけてそのまま沈んでゆく

千歳「はぁ…」

窓の外には真ん丸の満月が出ており、金星が輝いている。
平成26年3月。落合小学校・職員室。雨宮校長と櫻木教頭が話をしているad

千里・修・千歳「え!?建て替え!?」
雨宮「あぁ…この校舎も古いんでね、そのその建て替えをと。よってこの学校は28年までには取り壊しを完了する予定だ」
千里「じ…児童たちはどうなるんですか!?」
櫻木「新しい校舎が建たり次第、この学校には戻れるが、それまでは本郷、富士見、境に…」
千里「そんな…」
千歳「じゃあ僕らは…」
櫻木「上より移動命令があるだろう。それを待つように」

千里と千歳、ショックを受けた様に魂抜けた顔をする

千里「で…では、もし建物が崩壊した場合って、地縛霊はどうなるのでしょうか?」

雨宮と櫻木、ふざけているのか?というように眉にしわを寄せて顔を見合わせる

千里「あ…いえ、例えばです」

雨宮、千里を見て小馬鹿にした様ないい方で見下す

雨宮「どうだかねぇ?いるとすればの話だが…建物と共に崩れ去り、本来黄泉に行けるものを、黄泉にも行けずにそのまま空気の泡と化して消滅してしまうのでは…ないのかねぇ?」

千里と千歳、修と顔を見合わせてショックを受けたような顔になる

富士見駅前・フィレンツエディット。千歳、車を止めて外に出る。千歳の車から千里も降りてくる。

千歳「着いた…」

千里に合図。千里も頷いて二人で店に入ってゆく。

千歳「たまにはコーヒーや紅茶はとか飲みたくなるんだよな…」
千里「ここ、おいしいからね」

店内はとても混んでいて、スタッフが忙しそうに動き回っている。菊見、厨房からin  二人に気が付くと笑顔でやって来る。

菊見「いらっしゃいませ」
千歳「席、空いてるかな?」

菊見、千里と千歳を見る

菊見「えぇ勿論! 2名様入ります!」
  
二人、菊見の案内で窓際の席に着く。とても大きな窓の外には富士見駅の線路が良く見える。上りの普通列車が発車する放送が良く聞こえてくる。

菊見「ご注文は?」
千歳「ココナッツシェイクってある?」
菊見「あるわよ」
千歳「じゃあ一つ、それとホットドックね 」
菊見「かしこまりました、小豆は?」
千歳「じゃあお願い!黒蜜きな粉のトッピングも宜しく」
菊見「了解しました。千里君は?」
千里「同じもので」
菊見「かしこまり。ちょっと待っててね」
千歳・千里「ん!」
   
菊見、一礼してout

十数分後。菊見がホットドッグとココナッツシェイクを二つずつ乗せたプレートを持ってin

菊見「お待たせいたしました。ホットドッグと黒蜜きな粉のトッピングで小豆のココナッツシェイクでございます」
千歳「ありがとう!
千里「うわぁ美味しそう。いただきます」
千歳「いただきます!」
菊見、小粋に笑ってout

千歳「そして千里君は…どうするの?」
千里「移動?」
千歳「うん。僕は…とりあえずは南諏訪高原病院にでも行こうかと」
千里「病院!?学校じゃなくて!?またどうして!?」

千歳、笑って豪快にホットドッグを食べる

千歳「いや、ただ僕の家から近いし偶々募集があったから。それだけ」

千里、笑いながら丁寧にナイフとオークで切り分けながらホットドックを食べる

千里「近いって一番だよね」

清水家。夜中の11時。千歳、玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えて家の中に入る。

千歳「ただいまぁ」
   
廊下を歩いて居間に向かう

千歳「もう11時か。すっかり遅くなっちゃった」

千歳、大声を出す

千歳「お母さん!?」

   物音一つなし。静かな家内。千歳、不安そうに眉を潜める

千歳「お母さん?あれ?この時間はいつもならまだ起きてるはずなのに…お父さんまでどこ行っちゃったんだろ?」

階段を上がって右手の扉を開ける

千歳「お母さん? 入るよ?」

綿子の部屋。ベッドとタンスと机しかない簡素な部屋。電気は着いていない真っ
暗な部屋。千歳、そっと覗くが誰もいない。

千歳「あれ…おかしいなぁ」

千歳のスマホに着信。清水からのもの。千歳、受話。

千歳「お父さん?」

千歳、青ざめてスマホを落とし、その場に崩れ去る。瞳は一点を見つめて放心状態。清水、電話の向こうで千歳を呼んでいるad

南諏訪高原病院・旧隔離病棟。207号室の第3ベッド。綿子、一人で点滴と呼吸器をつけられて眠っている。第2ベッドには女性がもう一人全く同じ状態で眠っている。二人とも意識がない。

新4階病棟。昼食時間。助手や看護師たちが各部屋に配膳をしている。215の部屋では高齢の老人二人が顔をしかめて運ばれた食事のプレートを眺めている。

花岡「この時間が来ちまったな 」
山崎「同感じゃ。入院生活の中で食事時間程憂鬱なもんはねぇな」
花岡「山崎さんや、食うか」
山崎「そうじゃな」

二人、食べて顔をしかめる。花岡隆(89)、煮物の皿に鼻をつけて鼻を抑える。山崎清孝(85)、汁物を一口飲んで顔をしかめる

花岡「なんじゃ、この煮物の生臭さは!」
山崎「この汁なぞ味がないわい!」

花岡、刺身に手を付けるがすぐに口にティッシュを当てて吐き出す。

花岡「いててて! 刺身が食べられるのはありがたいが骨が多すぎる!」

山崎も刺身を食べようとするが、刺身から巨大なアニサキスを見つけて箸でつまむ。アニサキスはまだぴんぴん生きている。

山崎「うおぉぉ!危ない危ない、花岡さん、でかいアニサキスじゃ!」
花岡「本当だ!まったくだ!病人にこんなもん食べさせて余計に悪化させたいのか!」
山崎「本当じゃ!こんなものを真ともに食っていたら寿命が半分以上縮まるぞ」
花岡「こんな物を食べるんならわしら…犬に生まれりゃよかったな」
山崎「そうすりゃこんな物でもうまいうまいと食えたじゃろうに」
花岡「そうじゃな。でもこんな物を食べさせられる犬も可哀想だし、犬に対して失礼じゃのう」
山崎「そりゃ確かにそうじゃ!」

二人、笑う

4階子供病室。結城せり(7)、新岸歩未(7)、二人ともそっぽを向いて口を堅く結んでいる。看護師の掛川十(26)と丸山修(26)、それぞれの子に必死に食べさせようと食事介助をしているが、意地でも二人は食べようと死ない。
 
せり「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
十「じゃあまずは一口、一口だけでいいから食べて見よう」
せり「嫌だ! だってこの給食まずいんだもん! 食べると気持ち悪くなっちゃうんだもん!」
丸山「ほら、歩未君も食べて見よう。食べなくちゃ元気にならないぞ」
歩未「元気になんかならなくたっていいもん! 食べたって食べなくたって気持ち悪くなるんだもん!」
   
十と丸山、困り果てて顔を見合わせる

落合小学校の職員室。16時過ぎ。千歳、憔悴しきった顔でin  他の職員、驚いた顔で千歳を見る。

千里「ち…チー君?その顔、どうしたの?」
修「大丈夫ですか?」

千歳、今にも死にそうに作り笑いをして椅子に崩れるように座る

千歳「大丈夫、大丈夫、昨日寝てないだけだから…」

修と千里、驚いて顔を見合わせる
修「何か…あったんですか!?」

千歳、ゾンビの様にうなだれる。二人、千歳の体を支える

富士見駅前・フィレンツエディット。混んだ店内。窓際の席に千歳と千里で座ってココナッツシェイクを飲む。二人は並んで座り、テーブルには大きめのタブレットが立てられていて、修とテレビ通話状態になっている。修もペットボトルのジュースを飲んでおり、お互いにリモートで乾杯

千里「で…何があったの?話聞くよ」
千歳「母が入院したんだ」
千里・修「え!?」
千歳「しかも僕は会いに行けない…旧病棟の隔離療養病棟だから」
修「隔離療養病棟って…まさか」

千歳、黙って泣きそうになりながら頷く

千歳「はい…瀬戸内先生のご存じの通りです」
千里「でも今は不治の病じゃないんだよ!」
千歳「それでも今でも…この国で毎年数万人の人はこの病気で亡くなってるんだ!」

千歳、震えながらグラスをしっかり握っている

千歳「意識も今はないみたいだし、喀血をするって…。しかもペラグラを一緒に発症してるって聞いた」

修、さらにショックを受ける

修「僕の妻と…親友の母と全く同じだ」
千歳「え…」

修、昔の記憶をたどる様にジュースを飲みながら話す。千里と千歳、ショックを受けた顔をしながらも話に釘付けになる

修「僕にも親友にも辛い記憶のはずなのに、今でも鮮明に覚えてる…僕らがまだ15にもならない頃だった…」
修、話しながら涙を流す

千歳「瀬戸内先生…」

修、涙をぬぐいながら笑う。

修「情けない…不覚にも泣いてしまった」
千歳「いえ…お辛い事なのに話してくださってありがとうございます」
修「でもきっと…千歳君のお母上なら大丈夫ですよ。お母上を信じて回復を待ちましょう。早く治るといいですね」

千歳、泣き出す。千里、千歳の肩を抱いて慰める

千歳「瀬戸内先生…ありがとうございます」

修も泣きながら笑う

清水家。広い家に千歳しかいない。千歳、家の明かりをつけて自分の部屋に上り、
自分のデスクの上に置いてある「南諏訪高原病院管理栄養士募集」と書かれた求人票を手に取り、決心したような顔をしてデスクに座る。千歳の後ろ姿のみ。何かを書いている。
 
南諏訪高原病院・4階病棟15号。十が4ベッドに横になりボンワリ天井を見上げている。

十「インフルエンザか…どうして僕がこうなるの」
   
昼食時。十、山崎、花岡にも食事が運ばれてくる。十、起き上がって食事を見つめる。

十「なるほど、これがまずいと噂の給食か」
花岡「十君もその話は知っているのじゃな」
十「えぇ、話には聞いてます。子供病棟の男の子も言っていました。まずいって言って少しも食べないんですよ」
花岡「なるほどなぁ…子供にまでこの味とは、酷いもんだ」

十、苦笑い
十「でももし、僕が食べるところを見れば食べるとか言ってましたね」

十、三角脱脂粉乳のふたを開ける

十「やったぁ!僕、脱脂粉乳なら大好き!しかもイチゴ味だ!」

嬉しそうにごくごく飲みだす

山崎「しかしあんたが入院とはなぁ…」
十「よく言うよ。インフルエンザ、山崎さんにうつされたんですよ」

山崎、喧嘩腰に前かがみになる

山崎「わしのせいだというのかね!?」
十「えぇ、山崎さんしかいませんね」
山崎「何じゃと!?」
十「いただきます」

十、箸を持ってニコニコとたべようとする。山崎と花岡も気乗りしないように目配せ。

山崎「花岡さんや…今日も心して食うか」
花岡「そうじゃな…」

十、口に入れようとして固まる

山崎「掛川君、君も心して覚悟してから口に入れた方がいい。食べた瞬間吐き気がするぞ。いんや、初めてのもんにゃショック起こして倒れるかもな…」
十「え…そんな事言われるとなんか怖い」

十、箸を置いて先に臭いを確かめる

十「うん…香りはとっても美味しそうだ」
山崎「掛川君、香りに騙されちゃいかん」
花岡「罠じゃ!味は口に入れた瞬間、犬のような味か、肥しやフンの様な味、鼻くその様な味が口全体に広がるぞ」
十「百味ビーンズか!?」
山崎「しかも魚にゃ骨とアニサキスだらけ、みそ汁や煮物の野菜など硬くて食べられたものじゃねぇ」
十「え…ちょっと…そうやって怖がらせないでくださいよ」

  せり、歩未、駆け込んで入室する。入り口からin

十「せり君!? 歩未君!?」
せり・歩未「十君!」
十「良かった!せり君元気になってきたんだね!」

せり、はしゃいでぴょんぴょん飛び上がりながら興奮して話をする。

せり「うん!あとちょっとお熱が下がって咳が治ったら歩未君と同じ病室に戻れるって!歩未君とももう会っていいって言われたし、廊下も歩いていいって言われたから来たんだ!」
十「そうだったんだ。歩未君は、元気か?」
歩未「うん、ありがとう。僕は元気いっぱいだよ」
十「良かった」
せりと歩未、十のベッドに腰かける。

せり「ねぇ十君、十君こそ大丈夫?」
十「え?」
せり「十君が入院しちゃったって聞いたから僕ら、お見舞いに来たんだ。大丈夫なの?」
十「ありがとう、僕は大丈夫だよ」
歩未「それに、給食食べる十君が見たいから来たんだ」
十「そんな事まだ覚えていたんだ。じゃあ、君たちの目の前で頂きます」
   
十、恐る恐る給食を食べ出す。せりと歩未、十をまじまじ見つめる。

十「ん…ん…」

もぐもぐとしながらお膳を見つめたまま。ごにょごにょ喋る。

十「約束だぞ。僕だってちゃんと残さず給食食べるんだから、君らもこれからは食べる事。いいね」
せりと歩未「はーい」

十、ニコニコしながらどんどんとペースを上げて食べる。

十「凄い美味しいじゃん!」
せり・歩未「嘘だぁ!」
十「嘘じゃないよ!君たちも戻って食べてごらん」

花岡と山崎も恐る恐る口に入れるが、一口食べてからペースを上げて嬉しそうに食べる。

花岡「うむ…本当だ。今までとは比べもんにならんくらいにうまい!」
山崎「確かにだ!こりゃお代わりをして食いたいくらいだ」

   せり、歩未、顔を見合わせる。そこに丸山がin
   
丸山「ほらほら二人とも、病室戻るぞ」
せり・歩未「はーい…」

数日後の昼食時間。拒むセリと歩未、優しく説得して食事を促す丸山と十。二人、相変わらず固く口を閉ざしてそっぽを向いている。

せり「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
歩未「食べないもん! チョコレートくれたって絶対に食べるもんか!」
丸山「そんな事言わないでさ、一口だけ! ね!」
せり「ヤダ!」
十「でもこの間の給食、食べておいしかったんだろ」
せり「食べてないよ!」
十「え?結局食べなかったのか!?あんなにおいしかったのに!勿体なーい!」
せり「騙されるもんか!」

歩未、恐る恐るお膳に鼻をつけて鼻クンクン

歩未「でも本当に今日のご飯、なんだか凄くいい匂いがするよ」
   
お味噌汁やおかずのふたを開けて更に鼻クンクン

歩未「ほら、せり君も匂い嗅いでみろよ。いつもの犬の様な匂いがしないよ」
   
せりも恐る恐る匂いを嗅ぐ

せり「本当だ! なんだか美味しそう!」
   
せりと歩未、食べ出す

せりと歩未「美味しい!」
十「な、だろ!」

   二人、一気に食べ終える

せり「あー…僕、お夕食がとっても楽しみだな」
歩未「僕も、どうせなら病院にもおかわりがあればよかったのに」

二人、十と丸山を睨む

十・丸山「な、なななな…なんだよ」
せり・歩未「今までの給食僕らに返せ!」
十「返せって僕に言われたって…というか、僕があれだけおいしいって言ったののに食べないって残したのは君たちじゃないか!」

丸山、睨まれている意味も分からずにポカーンとしている

丸山「何?どういう事?」
十「さぁ…どういう事でしょう」

丸山、不思議そうに十を見る。十、丸山に小粋に目配せ

ナースステーションバッグヤード・休憩室。タミ恵と田苗と梅乃がお昼を食べている。十と丸山in

梅乃「あ、お疲れ様。どうだった?」
タミ恵「どうせ今日もダメだったんでしょ」
丸山「いや、それが…なんだか美味しそうに食べ始めたんだ」  
タミ恵「マジで?」
タミ恵、興味深げに食べるのをやめて二人を見る。

丸山「うん。疑うんなら、自分でせり君達の部屋に行って確かめて見ろよ」
十「しかし、本当に以前の給食がそんなにまずかったんなら、もしかして栄養士さんが変わったのかな?」

梅乃も食べながら考える

梅乃「そうね、そう言えばそんなこと聞いたかもしれない。ねぇ、中郡先生」

中郡が仮眠室からin

中郡「あぁ。今まで勤めていた原野さんっていう女性が定年退職をしたらしい。それで募集をかけていたらしいんだけど、その募週から割と早くに決まったらしいよ。まだ20代後半の男性管理栄養士で清水さんって言うらしい」
十「管理栄養士で」
丸山「清水さん?」
   
十と丸山、顔を見合わせる

給食室前エレベーター。十と丸山、配膳カートを返しに降りてくる。丁度給食室前に千歳。

千歳「ん?」
丸山「千歳!」
十「やっぱりお前だったんだな!」
千歳「や、やぁ…」

富士見駅前・リリャースパスティーリャ亭店内。店内は賑わっている。丸山、十、千歳、千里、マンサニーリャで乾杯をする

十「え?お母さんもここに入院している?」
千歳「うん…」
十「何で?どうしたの?」
千歳「突然なんだ…でも未だに僕は会えないまま」

千歳、不安そうに下を向いたまま話し出す。
丸山「なるほど…話してくれてありがとう」
十「僕らも看護師なんだからさ、出来る事があればいつでも力になるよ」
千歳「ありがとう」
   
マンサニーリャを一気飲み

千歳「僕、こんなに強いお酒飲んだの初めてだよ、お代わり!」
十「お前ってそんなに飲めるんだ」

千歳、何杯も立て続けに飲みながら悲しみを忘れる様に

千歳「うん、お酒自体は大好きだからね」
丸山「飲みすぎるなよ。お前だって現に飲みすぎて理性をなくしたこいつのだらしない姿見てんだろ」
千歳「うん、見てる」
十「おい!」

千歳、すっかり酔っぱらう

千歳「ほいじゃあ清水千歳26歳!酔っちゃった勢いで歌いまーす!」

十を見て手招き

千歳「十君、ピアノ伴奏頼むよ」

千歳、耳打ちで曲名を教える。十、親指を立ててピアノにスタンバイして弾き出し、千歳はマイクを持って歌い出す。

ー挿入歌ー

『何て美しい今日のディナー!』

(千歳)

Ah! quel diner je viens de faire!
Et quel vin extraordinaire!
J'en ai tant mangé... mais tant et tant,
Que je crois bien que maintenant
Je suis un peu grise...
Mais chut!
Faut pas qu'on le dise!
Chut!

(十)

Si ma parole est un peu vague,
Si tout en marchant je zigzague,
Et si mon oeil est égrillard,
Il ne faut s'en étonner, car...
Je suis un peu grise...
Mais chut!
Faut pas qu'on le dise!
Chut!

ー終わりー

南諏訪高原病院。食事時、十と丸山がカートを下げに行くたびに千歳がいつも給食室の前でおかしな行動を取ったり、不思議な舞を踊っている。十と丸山、それを見るたびに心を痛めて何も言わず、黙ってエレベーターで戻る。

4階病棟廊下。十と丸山、エレベーターから出る。

十「千歳…」
丸山「あいつ相当ショックが大きいんだろうな…」
十「今は声をかけない方がいいよ、そっとしておいてあげよう」
丸山「そうだな…」
十「うん…」

二人、ナースステーションに戻る

落合小学校音楽室。ピアノを弾く修と意味もなくリコーダーを吹く千里。

修「そうか…」
千里「どうしたらいいかな?」
修「だったらさ、こういう療法あるけど…試してみる?」
千里「何かいい案があるの!?」
修「うん。かつて、親友のトムのお母上が同じ病気だった時に、トムがお母上に
してあげた方法なんだ」

   一息ついて話し出す

修「だからつまり、特別許可をもらって、意識のない彼のお母上の前に、彼とお母上の思い出の料理作って持って来てあげるんだ。あいつはお母上にそうしてあげてたみたい。そしたら徐々に目を覚ましてくれたって」
千里「思い出の味か…そんな奇跡みたいな方法あるんだ」

修、ピアノをやめて木の床に座り込む。

修「きっと千歳君にだって何かあるだろ?絶対に忘れられない様な思い出の料理、あるいは彼にとっておふくろの味…」

千里、思い出すように考える

フィレンツエディット。混んでいる店内のいつもの席で、千里と千歳、そして修とリモートトークをしている。

千歳「おふくろの味ですか…」

考えながら

千歳「そうですね…僕は生まれた頃からお母さんの作ってくれた料理なんか食べた事もないから、残念ながら何もないんです」
修「じゃあ君はいつも何を食べて育ったの?」
千歳「いつでもレトルトか冷凍食品だった」
   
   思い出すように考える

千歳「家のご飯が食べれたとしても、お母さんじゃなくてお姉ちゃんの手料理だったし」
修「なるほど…現代の世界にはそういった便利な物があるのか」

千里、目を丸くして手を打つ

千里「それだ!それじゃん! チー君にとってのお母さんの味!」
千歳「え?」
千里「市販の出来合い食品だよ!」

千歳、バカバカしいというように千里の事を二度見

千歳「は?ばかばかしい!」
千里「ばかばかしいとか言うなよ! 」

修に意見を求める

千里「瀬戸内先生、どう思われます?」

修、真剣に考える

修「そうだな…確かにそれもそうかもしれない。僕も同感だ」

   修、千歳をまじまじ

修「千歳君、お母上との楽しい思い出の中で君はいつも何を食べてる? お母上は何を作ってくれた?」
千歳「だから何度も同じ事言わせないでください!市販!出来合い食品!」
千里・修「な!」
千歳「でもそれを僕にどうしろと?僕自身が市販食品は食べられないし、匂いがしただけで吐き気がするから調理も出来ないんですよ」

千里、千歳を見て悪戯っぽくニヤリとして親指を立てる

千里「僕に任せておけって。とっておきのいい考えがある」

千里、千歳の頭を両手で持って軽く片手で小突く

千里「これは何のためにある?君の脳みそはただの飾りか?そうじゃないだろ?」

キャラ崩壊寸前な感じの厭味ったらしい言い方を演じる

千里「要は使い方次第でどうにでもなるって事よ」

千歳、千里を睨みつける

千歳「君も失礼な事言う人だなぁ!How rude!」

千歳、けんか腰

千歳「そんな事言うんだったらさぞ僕をあっと言わせる案を思いついたんだろうな!」

千里、満を持して自信満々な顔つきで胸を張る

千里「もっちのろんである!きっと大満足&賛同させてやる!」
千歳「その言葉…忘れるんじゃないぞ」
千里「自信はありますから!」

修も呆れ笑いで腕を組む

修「小口先生、そんなに自信満々に言っていいのか?」

千里、エッヘンと咳払いをして顎を突き出しながら目を細める

千里「えぇ!勿論!」

千歳に顎を突き出して

千里「Duh!」

清水家・台所。十、丸山、千里が大量の買い物袋を床に置く。千歳、呆気にとられて袋を見つめる

千歳「おい…それ、マジで言ってるの?」
千里「もちろんマジで言ってるよ」
十「千里から話は聞いてる。とことん僕らも親友のためなら、骨を削って協力してやるぜ!」

千歳、地獄絵図でも見るようなひきつった顔をしている

千歳「正気か!? 場所は病院だぞ!」
鼻を鳴らす

千歳「バカバカしい!呆れてものが言えないよ」

十、笑う

十「とか言いながらもの言ってんじゃん!」
千歳「十君もいちいち癪に障るな…」

十、眼鏡をかけなおして咳払い

十「確かに患者さんの体を考えれば君の言う通り良くない。でも今、可能性のある事は? 今一番君が望む事は?マムの意識を取り戻す事なんじゃないの?」
千歳「それは、そうだけど…」
十「なら一つまみの望みにかけてでも…」
   
千歳、冷凍食品のブリ大根を開けて匂いをかむが口を覆う

千歳「あぁぁ、やっぱりだめ。僕には無理だ」
十「このままじゃ僕だって食べられないよ!温めなくちゃ」
千歳「温めても無理なものは無理だよ!」
十「そう言うなって。やってみない事にはまだ分からないだろ」
千歳「やってみない!」
千里「ここまできてやらないはもうなしだぞ。では…」

   満を持して咳払いをする

千里「僕の言葉の責任をきっちりとここでとってお見せしようではないか!」

十を見る

千里「ではわが親友、心の友、掛川十君頼む!」

   十、親指を立てて笑う

十「よーしと!ちょっと台所借りるよ」
千歳「何するの?」
十「だから言っただろ、まずは僕らが手始めにお手本を見せるの!」
丸山「ってかそれ以前にお前料理できるの?」
十「How rode!僕だって家事くらいできます!」

丸山、挑発するように大声で

丸山「千歳はただでさえ冷凍食品食べれないんだから、お前の料理で千歳を殺すなよ」
十「言ってくれるなぁ…じゃあ千歳、いい?」
千歳「どうぞ、使って下さい」
十「じゃあ…始めましょう」
   
十、冷凍食品やレトルト食品をクッキングアレンジしていく。数十分後には十、いくつもの皿をテーブルに運んで来る。

十「はい、出来た。とりあえず数種類だけだけど、食べて見ろよ」
丸山「お前…スゲーな、めっちゃくちゃ美味そう! 」
千歳「へー…顔にも似合わず意外」

十、千歳を睨む

十「千歳、今何気に失礼なこと言わなかった?」
千歳「さっきのお返しだよ!君が僕に失礼なこと言ったから」
十「?」

千歳、一つ一つ指をさして聞いてゆく

千歳「これ、元は何?」
十「これは、ナマズフライ。軽く揚げ直してからオーロラソースで煮込んでみた。そしてこれはさっき千歳が吐きそうになってたブリ大根。ちょっこし甘めのお醤油で照り焼きっぽく煮直してからトマトを入れた。そして揚げ出し豆腐。これは僕の特製!オーブンで一回チンしてカリカリにしてからお味噌汁の中に入れて、揚げ出し豆腐の味噌汁。で、冷凍のオニオングラタンスープ。このまま食べるのが無理ならと思ってご飯と炊いてチーズリゾット風!」

十、どんどん運んでくる
十「まだまだありますよ。にしんそばとかに玉と蒸しじゃわん。にしんそばはもちろん冷凍のゆでそばと缶詰のにしんのかば焼き。この缶詰もただ乗せただけじゃない。僕風にアレンジしたから缶詰の臭みとかはなくて旨いと思う。かに玉も市販のかに玉のもとを使った。これも手を加えて市販の臭みをなくしたから食べやすいと思うよ。蒸しじゃわんは市販の卵豆腐に市販の筑前煮の総菜を入れて蒸し直した。もちろんどれも魔法の手直しをしたからとても食べやすいはず。この特許秘密は後程ゆっくり教える。そして最後はビーフシチューとチリコンカン!勿論こいつらも、レトルトのビーフシチューのもととチリコンカンのもとをベースにアレンジして臭みを抜いたものだから安心しておいしく食べられるはずだよ」

   千歳、目を丸くして見つめる

千歳「これ…本当に出来合いのやつ? 信じられない!凄く美味しそう!」
十「早速食べて見ろよ」
   
丸山、食べ始める。千歳、恐る恐る口に入れる。十、緊張

十「どう…?」
丸山「最高! めっちゃ美味い!」
千歳「うん!」 
   
千歳、目を丸くする

千歳「うん!美味しい! 言われなきゃ市販食品だなんて分からないよ!」
十「よかった」

千歳、十の話を聞きながらメモを取り始める

千歳「僕、ちょっと色々研究してみる!そして、これをお母さんに持っていく」

千里、勝ち誇ったように千歳を見る

千里「これで、僕の勝ち点かな」


千歳、頭を下げる
千歳「恐れ入りました」

別の日、千歳一人。割烹着を着て料理をする。

千歳「うん美味しい…」
 
千歳、食べながら泣き出す

千歳「うん、うん…」
   
泣き崩れる。後ろから二人の姉in

千歳「お母さん…」
千恵「千歳…」
千歳「お姉ちゃん…」

千恵、千歳を抱きしめる

花恵「千歳、電話よ。出られる?」
千歳「うん…」
   
スマホが鳴る。千歳、涙を拭って電話に出る

千歳「はい、清水千歳です」
瀬戸内ツタキの声「栄養の清水先生ですね」
千歳「そうですけど」
ツタキの声「隔離病棟看護師の瀬戸内ですけど」
千歳「はい…」

ツタキ、いつものトーンに変える

ツタキの声「千歳君、急いで今から病院に来れる…かしら?」
千歳「え?」

千歳、急いで車に乗り込んで全速力で道路を飛ばしながら病院に向かう。運転する千歳の顔は死人の様に真っ白で硬直している

南諏訪高原病院・ICU。機械を着けて眠る綿子。十と丸山が特別助手として入っている。千歳、息を切らして飛び込むin

千歳「お母さん!」
十「千歳!」
千歳「お母さんは!? お母さんに何かあったの?」
十「さっき、急に容態が悪くなって…」

容器の中に大量の吐血や喀血が入っている。千歳、めまいを起こして倒れそうになる。看護師たちが千歳を支える。

中郡「今は落ち着いてはいますが、暫く意識 が戻らないかもしれません」
千歳「え…」
中郡「我々も最善は尽くします。しかし最悪な事も、覚悟していてください」
千歳「そんな…」

千歳、数日間ICUの近くを離れずにいる。

 三日目の朝。すっかり憔悴しきって千歳の方が今にも死にそうになっている。十と丸山、長椅子に座る千歳の体を支える。

十「おい千歳、心配なのはわかるけどさ、少しは休まないと、お前の体までどうにかなっちゃうよ?」
千歳「うん…」
十「他の仲間もみんなしんぱいしてるぞ。な。何かあったらすぐ呼ぶから、とりあえず帰って休めよ」
千歳「うん…」

十、半ば強引に千歳を立たせて共に支えながら歩いていき、エレベーターの中にout

病院正面入り口。千歳、二人に手を振る。

千歳「じゃあ十君に修君、お母さんの事をよろしく」
十「うん、僕らもこっち見れるように特別に許可取ったから大丈夫。安心して」
千歳「ありがとう」
丸山「気を付けて帰れよ」
千歳、ふらふらとして駐車場に止めてある車に向かい、車の中にout

翌日の昼間。南諏訪高原病院4階病棟廊下。千歳が休憩時間中・疲れ切った様に歩いている。十と手を繋いで歩くせりと歩未とすれ違う

十「あ、千歳!」

せりと歩未も微笑んで千歳に駆け寄って抱き着く

せり「十君のお友達の管理栄養士の先生だ!」

千歳、しゃがみ込んで二人の頭をなでる

千歳「せり君に歩未君、こんにちは」
せり「先生いつもありがとう!僕ね、給食作る人が先生になってからすごい美味しく給食が食べられるようになったんだ!」
歩未「僕もだよ!いつも美味しいご飯ありがとう!」

千歳、弱弱しく照れ笑い

千歳「こちらこそありがとう。直接そんな事言ってもらえるなんて本当に嬉しい」

十、千歳を見て眉を顰める

十「千歳、どうかした?大丈夫?」

千歳、作り笑い

千歳「ううん、僕は大丈夫。アハハ…では失礼いたします」

千歳、作り笑いを浮かべながら足早に去ってゆく。十、心配そうに千歳を見送る

フィレンツエディット・店内。その日の夜。混んでもいないし空いてもいない店内。千歳、窓際の席に一人。涙を隠す様に窓の方を向いて俯き加減でココナッツシェイクを何杯も飲む。そこに業務をひと段落させた菊見がエプロンで手を拭きながらin  千歳の相向かいに座る。

菊見「チー君大丈夫?」
千歳「クミちゃん」
菊見「話、聞くよ」

千歳、憔悴しきって、窓辺から顔を戻して泣き腫らした顔で菊見に顔を向ける

菊見「チー君…泣いてるの?」
千歳「ごめん…」

千歳、笑って手で涙を拭ってから無理やり笑おうとするが堪えきれずに静かに泣き出す

菊見「チー君…」
千歳「クミちゃん…」
菊見「私、チー君の辛い気持ち全て受け止める。だからお願い、何があったのか話して。私に力になれる事もあるかもしれないもの」
千歳「ありがとう…」
   
千歳、うなだれて涙を隠しながら話し出す

菊見「そうだったの…話してくれてありがとう」

千歳を慰める様に千歳の隣に来て座り、彼の肩を抱き寄せて優しく慰める。
菊見「泣きたいときは我慢しないで泣いて。私がいつでもチー君の味方だから。私がいつでもチー君の悲しみや涙を受け止めるから!」
千歳「クミちゃん…」

千歳、菊見の膝に顔を埋める

南諏訪高原病院・旧隔離病棟病室付近

十「おばあちゃん…」
ツタキ「どうしたの?」
十「君ならできるんだろ?以前僕を何度も助けてくれたように…だったら僕の親友を助けてよ!」

静かに俯いて話す十と、十の方を向いて話を聞きながら困ったように眉を顰めるツタキ。

ツタキ「まず話してくれなくちゃ何があったか分からないでしょ。私だって助けてあげようがないわ」
十「うん…」

十、辛そうに口ごもって話し出す

十「親友のお母さんが危篤なんだ。彼はその事で凄い心痛めて毎日泣いてる」

十も泣きそうになる、ツタキ、十の肩を支える

十「僕、千歳の事見てられないんだよ!何とかできないかな…」
ツタキ「そうね…」

ツタキも同情するように悩む。十、ツタキの肩をつかんで抱き着きそうになりながら嘆願

十「頼むよおばあちゃん!ダメもとでやってみて欲しい!」

ツタキ、考える

ツタキ「うーん、分かったわ。じゃあ私、清水綿子さんの病室に行って見る」
十、すぐ側の病室を指さす

ツタキ「え?」
十「実は…そこなんだ」
ツタキ「えぇ!?そんな…嘘でしょ!?」

十を見る

ツタキ「って言う事は…」

十、そっと頷く。ツタキも驚いてしばらく十を見つめているが、過去の記憶を思い出すように重々しく頷く。

ツタキ「私も、出来るだけの事はやってみるわ」
十「ありがとう…お願い」

ツタキ、病室に入ろうとしながら笑う

ツタキ「そんな友達思い出心優しい所があなたのいい所よ。たとえ注射が下手くそでもね」
十「ツタキ!一言多い!」

泣きながらツタキを小突く

ツタキ「ごめんごめん」

ツタキ、病室のドアにfo

清水家・千歳の部屋。千歳、ベッドの中で泣き寝入り。菊見 、側に座って寝顔を見つめている。
   
3日後。二人、並んで眠っている。明け方早朝。千歳のスマホが鳴る。千歳、飛び起きて受話。

千歳「はい…」

菊見も眠そうに起き上がって千歳を見る
千歳「え…はい!」
菊見「どうしたの?」
千歳「クミちゃん…僕、急いで病院に行かなくちゃ! お母さんが!」
菊見「え?」

南諏訪高原病院3階病棟。綿子、一人部屋のベッドに座って遠くを見つめている。
千歳と菊見、駆け込んでin

千歳「お母さん!」
綿子「おや、千歳?」
千歳「お母さん! お母さん良かった!心配したんだよ! もしかして本当にこのまま亡くなってしまうんじゃないかって…物凄い怖かった。生きててくれて良かった」

ツタキ、廊下で微笑んで見つめている。病室のドアは空いている。

十「ツタキ…」
ツタキ「成功出来たみたい」
十「ありがとう…本当にありがとう」

十、涙をぬぐう

ツタキ「いやね、また泣いてるの?」
十「ごめん…」
   
しばらく後。十、綿子の部屋に配膳。

十「清水さん、朝食ですよ」
千歳「お母さん、食べられる?」
綿子「お粥かい…わたしゃこんなの食べたくないよ」
千歳「仕方ないよ。お母さん、何日も食べてないんだからまずはこう言う物から食べていかなくっちゃ」
綿子「分かったよ」
千歳「食べて…」
   
綿子、一口口に入れてから懐かしそうに手を止めて微笑む
綿子「ん…? あぁ…この味、なんだか懐かしいね」

遠い昔を思い出すように目を閉じる

綿子「千歳、何だかあんたん小さい頃を思い出すようだよ」
千歳「お母さん…」
綿子「あんたが熱を出すといつも…これと全く同じ味のお粥を作ってはあんたに食べさせていたっけ」

笑う

綿子「何だか今は逆転してるみたいだね。私があんたに看病をしてもらっているだなんて」

綿子、千歳を見つめる。千歳、綿子に昔話をし出す。綿子、食べながら笑って聞いている。

綿子「そうだったねぇ。今まで本当にごめんね、千歳」
千歳「お母さん!」
綿子「心配かけたね」

千歳、綿子に抱き着く。十、廊下でもらい泣き。ツタキ、十を支える

フィレンツエディット。菊見と千歳、窓際の席に相向かって座る。夏の夜。

菊見「で、チー君急に何?改まっちゃって…」
千歳「クミちゃん、今日は君に話したいことがあるんだ」
菊見「何?」
千歳「ちょっと待ってて」
   
千歳、中央ステージにあるピアノにスタンバイする

千歳「僕がこれから弾く曲…聞いてほしい」
菊見「え?えぇ…」
千歳「では行きます…赤羽根菊見さんに寄す」

   千歳、弾き出す。他の客、千歳の演奏にうっとり
菊見М「チー君ってあんなにピアノ上手だったんだ…」

ー挿入歌ー

『あなたの声は私の心を動かす』

(千歳)

Mon cœur s'ouvre à ta voix,
comme s'ouvrent les fleurs
aux baisers de l'aurore!
Mais, ô mon bienaimé,
pour mieux sécher mes pleurs,
que ta voix parle encore!
Dis-moi qu'à Dalila
tu reviens pour jamais.
Redis à ma tendresse
les serments d'autrefois,
ces serments que j'aimais!
|: Ah! réponds à ma tendresse!
Verse-moi, verse-moi l'ivresse! :

Ainsi qu'on voit des blés
les épis onduler
sous la brise légère,
ainsi frémit mon coeur,
prêt à se consoler,
à ta voix qui m'est chère!
La flèche est moins rapide
à porter le trépas,
que ne l'est ton amante
à voler dans tes bras!
Ah! réponds à ma tendresse!
Verse-moi, verse-moi l'ivresse!

ー終わりー

演奏終了。大拍手。千歳、緊張気味にも真顔で菊見の元に戻る

千歳「クミちゃん…赤羽根菊見さん」
菊見「な…何?急に畏まっちゃって…」
菊見に銀のバラと全体がオパールで出来た石の指輪を菊見に渡す

菊見「え、えぇ…!?」
千歳「僕と結婚してくれないか?」
菊見「何言ってるの?」
千歳「君は、僕の事を一番辛い時に僕を支えてくれた。僕は君とこれからもずっと一緒にいたいと思ってるし、これからは君が辛い時に僕が支えてあげたいって思ってる。君も知っての通り頼りのない男だけど、君は僕を生涯のパートナーとして、男として見てくれる?君の気持はどう?」
菊見「チー君…」

菊見、驚いて千歳を見つめたまま

千歳「いつでもいいよ。君の気持と僕への応え…教えてほしい」

南諏訪高原病院3階病棟。一週間後の夕方。大分回復したように見える綿子が夕食中。

綿子「そうか、そりゃ良かった。それで、この間あんたと一緒に病室にいたあの女性は 誰なんだい?」
千歳「覚えてない?」
    
赤くなりながら照れて下を向いて笑う

千歳「赤羽根菊見ちゃんだよ。僕の小学校からの友達。今日も実は彼女、来てるんだけど入って貰っていいかな?」
綿子「もちろん、どうぞ」
   
菊見、入って来る

菊見「初めまして。こんにちは」
綿子「菊見さん、話は千歳から聞いたよ。いつも色々ありがとね」
菊見「いえ、私こそです」
千歳「それでお母さん…」

 緊張して二回咳払い
千歳「実は僕、菊見さんと結婚したいと思ってるんだ」
菊見「はい…」
綿子「おやまぁ」

食べながら 笑う

綿子「いんじゃないかい? あんたらがいいんなら一緒になればいい。私が色々言う事じゃないからね。あんたらの人生だ、あんたらで決めな」

菊見を見て手招き。菊見、綿子のベッドの側に行く。

綿子「菊見さん、こんな息子だがこれからよろしくね。千歳、菊見さんの事泣かしちゃいけないよ」
千歳「そんなの分かってるよ」
綿子「おめでとう。幸せにおなり」
千歳「うん、ありがとう」

三人、微笑んで談笑。綿子、笑っているが、突然口を押えて咳き込む。喀血

千歳・菊見「お母さん!?」

綿子、弱々しく笑ってベッドに横になる

綿子「大丈夫だよ、心配することはない。今日はとりあえずあんたらはもう帰りな」

綿子、手で二人を笑て追い払う。千歳、とても心配そうに綿子を見つめながら菊見に支えられてout
 
院内教会。数カ月後の春先。ウエディング姿の菊見と千歳の二人のみで結婚手形をする。

菊見「私達、結婚したのね」
千歳「あぁ…」
菊見「チー君」

菊見の手を取る
千歳「そろそろ帰ろうか」
菊見「そうね」

二人歩きだし、院内教会を出る

千歳「何か食べて帰る?」
菊見「まぁ!あなたも変わったわね。以前は絶対そんな事言わなかったのに」

二人、笑いながらout

さらに数年後の平成30年。小学校と旧病棟の取り壊しの工事が行われている。

南諏訪高原病院・院内レストラン。多くの見舞客や医療従事者が食事をしている。
修(29)と勉(29)とツタキ(25)も、レストランの中にいる。  

修「千歳君、お母さんが元気になって本当によかったね。おめでとう」
千歳「いえ、こちらこそです!」

   丁寧にお辞儀

千歳「これも何もかも瀬戸内先生のお陰です。感謝してもしきれません!本当にありがとうございました」
修「いや、僕は何もしてないよ!それより小口先生にお礼を言った方がいいんじゃないか?」

千歳、千里を見る

千歳「そうだったね。千里君も本当に今まで苦労を掛けました。ありがとう」
千里「やめてよ!僕は何もしてないって!」

笑いながら

千里「それよりチー君、ここの管理栄養士やめちゃうんだね」
千歳「うん。もともとひとときだけのつもりだったしね。この春からは本郷小学校に栄養士として入る事になったよ」
千里・修「オーベイビー!」
千歳「え?」
千里と修、ビンゴ!と千歳を指して指を鳴らしてユー&ミーというジェスチャー。

千歳「何?」
千里・修「僕らも今年から落合小学校に努める事になったんだ!」
千歳「わお!」

修、微笑みながらも咳払いをして近くで食事をしているツタキを呼び止める。

修「でもさ、君のお母さんのために一番君のお母さんのために動いてくれたのは誰よりも…」

ツタキ、気が付いて修の元に来る

修「彼女だよ。妻のツタキ」
千歳「瀬戸内看護婦長!」
ツタキ「え、何の話をしているの?」

修、微笑んでツタキに話の趣旨を話す。ツタキ、照れて笑う

ツタキ「嫌ね、私だって何もしてないわ。私はただ悪霊の方々に何とか頼み込んでお願いして手を貸してもらっただけ。だから出来たのよ
私一人では無理だったわ」

小粋に笑う

ツタキ「着手金は高くとられたけどね」
修「流石は悪霊…ちゃっかりしてるなぁ」

勉を見る

修「誰かさんみたいに」
勉「おい、何で僕の事を見て言うんだよ!」

全員、笑う

千歳「一番よかったのは何より、皆さんの救出が間に合って、しかも皆さんが再び人間として生き返る事が出来たという事ではないでしょうか」
メンバーたち、それもそうだと言いながら再び食べ出すad
 
そこに十、丸山が入店

十「はぁお腹空いた…」
千歳「あ!」

十、千歳に気が付いて丸山と共に近くに来て隣り合った席に座る

十「千里に千歳、それにおじいちゃんにおばあちゃんに勉さん!」
修「だからおじいちゃんって呼ぶなって!」
ツタキ「同じくらいの年なんだし、ツタキでいいわ」
修「僕も修でいいよ」

十、膨れる

十「いいじゃん…だって僕にとっては実のおじいちゃんとおばあちゃんなんだもん」
千歳「アハハ…そうですね」

十と丸山も手を挙げてウエイターを呼び止め、注文

十「僕、うな重お願いします!5万のやつ奮発しちゃう!」
丸山「はぁ!?」
十「お祝いと午後の活気づけ」

丸山を得意げに見つめる

十「いつものお返し!もちろん今日は修のおごりで!」
丸山「はぁ!?何でそうなるんだよ!5万円も僕に出させる気か!?」
十「Duh!」

修と勉、遠い日の記憶を思い出した様にバツ悪そうに顔を見合わせる。

十「は、は、は!」

丸山、千歳や千里を見る
丸山「どうしたらこいつを負かせるの?」

千里、千歳、修、勉、ツタキ、お手上げだ!方法はないな!と言いながら食べ始めるad

修(大声で)「僕にビーフシチューとダージリンのホット追加でお願いします!」

ツタキ、クスクス

修「何?」
ツタキ「修さん、好きな物は昔から変わってないわね」
修「そう簡単に好みは変えられないよ。そういう…君もだろう」

ツタキ、おやきとすいとんを食べている。

ツタキ「じゃあ黒蜜きな粉のココアとの野沢菜のおやきとすいとん汁ね」
勉「ジェニーもサムも相変わらず古風なもの食べるな。折角現代に生き返ったんだからもっと現代らしいもの食べなくちゃ!」

勉、得意のジェスチャーでウエイターを呼び止める

勉「じゃあ僕はベーコンかつの挟まったBLTCサンドとホットドック!それからコーラを追加で願いします!」

全員、驚いて勉を見つめる

ツタキ「勉さん凄いわね。私もそうしたいけど少しずつ…じゃないとね。あまり突然に食べなれないものを食べたらお腹壊しちゃう」

十、驚いてツタキを二度見

十「え、元幽霊でもお腹って壊すの?」
ツタキ「まぁ失礼しちゃう!」
十「え、ごめん。僕何か…失礼な事言った?」

   ツタキ、十を小突く。他全員、十を見てしらけた目で頷く。
ツタキ「こういう時に使うのよね…」

十を見て腰に手を当てて顔を近づける

ツタキ「How rode!」

清水家・居間。更に1年後の平成31年。千歳、玄関からin  すっかり元気になった綿子が割烹着をつけて台所に立っている。

千歳「お母さん、ただいま」
綿子「千歳、お帰り」
千歳「クミちゃんは?」
綿子「菊見さんは、今赤ちゃん寝かしに行ってるよ」
  
綿子、二階を指さす

千歳「そうか…ん?」

千歳、台所言って料理をする綿子をまじまじ見つめる。

千歳「お母さん…これは?」
綿子「どうだい、あんたにとっちゃあ初めてだろうさ。私の手料理だよ」
千歳「お母さんが作ったの?」
綿子「そうだよ。まだトラウマがあって火には触れられないもんだからみんな冷たいもので申し訳ないけどねぇ、作ってみたんだ。私も老い先短い人生だが、少しずつ克服しなくちゃねと思ってさ」
千歳「お母さん…」
   
綿子、料理を机に並べる。千歳、席について泣きそうになって食べ始める

千歳「とってもおいしいよ!僕は…僕はずっと、お母さんが作ってくれたご飯を食べたかった。すごく嬉しい!」
綿子「何を言ってんだい!泣くほどの事でもないだろう」
千歳「だって僕は…」
   
綿子、小さな子供をあやすみたいに千歳の涙をティッシュで拭く
綿子「大げさだね。こんなのただ、レンジで温めた豆腐と刺身のサラダ、味付けご飯だろ」
千歳「それでも…それでも嬉しいんだよ!だって、お母さんが初めて作ってくれた、市販食品じゃない手料理なんだもん!」

菊見がin  そっと千歳の前に冷凍食品を出す

千歳「あ、クミちゃんただいま」
菊見「お帰りなさい、お疲れ様」
千歳「え…」
菊見「食べてみて」
千歳「食べてみてって…これ」
菊見「冷凍食品。これだってお母さんとの思い出の味には変わりないんだし、食べられえる様になったんでしょ」
千歳「まぁね、そうだけどさ…」
菊見「お酒のつまみに…ね」
千歳「お酒なんて…僕、そんなに飲めないよ」
菊見「何言ってんのよ、時々マンサニーリャ飲んで酔いつぶれてるくせに」
千歳「え、知ってたの!?何で!?」
菊見「さぁね。でも管理栄養士さんなんだからお酒はほどほどに」

千歳、早速お酒を一気飲みしてからつまみを口に入れる

千歳「管理栄養士の不養生…」
菊見「まぁ!屁理屈言ってる!」
千歳「では…改めていただきまーす」

千歳、冷凍食品を食べる

千歳「うん…冷凍食品だ。おいしい。で、くみちゃんの手料理は?」
菊見「ない!だって私、お料理できないもん」
千歳「えー…って事は?」
菊見「作ってなーい。だからお料理の事はみんな」
菊見・綿子「宜しくね」
千歳「そんなぁ…そりゃないよ!せっかく結婚したら女の子の手料理を食べられるかと思っていたのに」
菊見いたづらっぽく挑発気味に

菊見「じゃあ?私の手料理、今食べてみる?」
千歳「わーい!作ってくれるの!?」
菊見「ちょっと待ってて!」

菊見、台所に立って作り出す。千歳、微笑んでピアノにスタンバイ。

千歳「じゃあ僕、BGMをつけてあげる。君の料理がもっとおいしくなるように」

千歳、ピアノを弾き出す。菊見、料理をしながらうっとり

菊見「本当に喫茶店にいるみたい…」

菊見、鼻歌を歌いながらルンルンと作る

ー挿入曲ー

『ドビュッシー/ベルガマスク組曲プレリュード』

ー終わりー

菊見、料理をテーブルに運んでくる。

菊見「お待たせ!出来たわ!」
千歳「本当に!?やったぁ!」

   千歳、改めてテーブルにつく

千歳「それでは妻の初料理、いただきまーす!」

食べるが顔をしかめて首をかしげる。

千歳「んー!おし…しい…のかな?これ」
菊見「ね、おいしくないでしょ?」
千歳「え?」
菊見「これが私の腕。こんな料理、毎日食べたいと思う?」
千歳「ごめん…申し訳ないけど思わない」
菊見「でしょ。だから宜しく、メディカル割烹マン!」
千歳「メ…メディカル割烹マン!?」

全員、食事をしながら笑う。
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