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第十章 封印の神域と千年の夢
プロローグ【静謐なる神域へ】
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風が吹いていた。
春を越えたばかりの緑がそよぎ、空には淡い霞がたなびく。
だが、目の前に広がるこの地には、どこか“時”の概念が存在しないような静寂があった。
――封印の神域セーレ・リュミエール。
人の手によって築かれたものではない、古き神代より遺された霊域。
王都から南東へ十日。険しい山道と深き渓谷を越えた果てに、一行はようやくその“禁忌の地”に辿り着いていた。
「……ここが、“世界の封印”の核……か」
イッセイが呟くように言うと、濃密な空気が肌に触れた。
視線の先、灰白の石柱群が並ぶ谷底に、まるで“重なった時間”のような霧が立ち込めている。
それは風に揺れず、太陽にも溶けず、ひたすらこの場所を守るように漂っていた。
「結界濃度……高いですね。外からでは、神域の輪郭すら判別できません」
シャルロッテが精霊具を額に当て、静かに目を閉じた。
耳元で、風に乗った精霊の囁きが音楽のように流れ込む。
「この霧……精霊たちが生み出しているにゃ?」
ミュリルが興味深げに鼻をひくつかせ、リリィは肩越しに地図を覗き込む。
「地図上じゃ“聖地”ってだけだったけど……これは、想像以上ね」
「ウサ。結界層が七重になってるウサよ。しかも各層ごとに魔力属性が異なるなんて……これはただの封印じゃないウサ」
フィーナが魔力探査具の針の暴れに苦戦しながらも、感嘆の声を漏らした。
そのとき――。
「……イッセイくん」
ルーナがそっと声をかけた。彼の背後、木立の奥で、草を踏む音がした。
いや、違う。音ではなかった。
気配。微かな、けれど確かに“誰か”が通り過ぎた気配。
イッセイはその場に立ち尽くし、静かに目を閉じる。
――リアナ。
千年前、封印のためにすべてを捧げた少女。
記録から、記憶から、歴史の全てから消されかけた存在。
だが彼女は今も、生きている。俺の中で、言葉にならない想いと共に。
(……聞こえるか? リアナ。俺は……お前の真実に、触れに来た)
応える声はない。だが確かに、胸の奥が温かく震えた。
風が吹く。空の色が、ほんのわずかに変化したような気がした。
シャルロッテが顔を上げた。
「……結界の門が、反応を始めてる」
精霊の声が、道を示し始めた。
神域へ至る道、それは“試される者”のみが踏みしめることを許される。
「来るにゃ、何か来るにゃ!」
ミュリルがピリッと耳を立てる。
石柱の間に、ゆらりと揺れる光の線。霧の中から、門のような構造が現れはじめていた。
「ここから先は、意思のない者は拒まれる。……精霊たちが、“心の在り方”を問うのです」
シャルロッテの言葉に、皆が一瞬、互いの顔を見つめ合った。
それぞれが、リアナという名を胸に刻んでいる。
誰一人、迷いを口にする者はいなかった。
イッセイが一歩、前に出る。
「――行こう。俺たちの選んだこの旅路の続きを」
彼の言葉と共に、封印の神域の門が、音もなく開き始めた。
門が、霧をかき分けるようにして姿を現す。
それは石でも金属でもなく、まるで光そのものが紡がれたかのような、透明にして荘厳な構造物だった。
「……これは、“精霊の門”」
シャルロッテが静かに呟く。
彼女の手の中で、精霊具が淡く輝き、無数の囁きが空間に降り注いでいた。
《心を示せ》
《想いの真偽を問う》
《踏み入る者に、選定の時を》
精霊語で語られる声が、直接心に響いてくる。
それは攻撃ではなく、ただ――“問い”だった。
「試されるにゃ……」
ミュリルが一歩引き、耳を伏せる。
ルーナとクラリスは剣に手をかけたが、それ以上は動けない。
霧の中、各人の前に小さな光の球が現れる。
「これは……幻影?」
セリアが見上げた光球には、彼女が初めてイッセイと出会った日の光景が浮かんでいた。
同様に、リリィには商人として初めて笑い合った夕暮れが。
フィーナには、旅の途中でふわふわの泡風呂を一緒に楽しんだ記憶が。
ルーナには、助けられたあの日の森が。クラリスには、初めて名前で呼ばれた瞬間が――。
「これは……“わたしの想い”……?」
フィーナが胸に手を当て、小さく頷く。
光の球は問いかけていた。
――なぜ、共に歩むのか。
――この旅路の先に、何を求めるのか。
精霊たちは、力ではなく“信じる意志”を見ていた。
仲間たちはそれぞれに、自らの想いを見つめ直す。
そして、一人、また一人と頷き、光の球へと手を伸ばした。
イッセイの前にも、ひとつの光が現れていた。
そこに映っていたのは――リアナ。
涙を浮かべ、それでも祈りを止めなかった少女の姿。
(……リアナ)
胸の奥に宿る、あの一瞬の微笑み。
それは“過去”であり、同時に今も“ここにある”ものだった。
イッセイはゆっくりと手を伸ばし、光を掴む。
すると、視界が閃光に包まれ、周囲の霧が渦を巻くように晴れていく。
「門が……!」
ルーナが叫んだ。
音もなく、結界の門が完全に開ききったのだ。
その向こうに広がっていたのは――
古の神殿群と、空中に浮かぶ光の回廊。
水晶のような浮遊石が連なり、空間全体が緩やかに回転していた。
「これが……“封印の神域”の中枢……!」
クラリスが息を呑む。
精霊たちは試練を超えた者たちを迎えるように、風を優しく撫でつけた。
まるで彼ら自身が“千年前の約束”を思い出したかのように。
「ようこそ、選ばれし者たちよ」
どこからか、声が響く。
それは誰でもなく、神域そのものが語りかけてくるような感覚だった。
「……行こう。今度こそ、“真実”に触れるために」
イッセイの足が、ゆっくりと神域の第一歩を踏みしめる。
仲間たちもそれに続いた。
空に浮かぶ祈りの塔。
その最奥で待つのは、リアナの“記憶の核”――そして、もう一つの封印の真実だった。
春を越えたばかりの緑がそよぎ、空には淡い霞がたなびく。
だが、目の前に広がるこの地には、どこか“時”の概念が存在しないような静寂があった。
――封印の神域セーレ・リュミエール。
人の手によって築かれたものではない、古き神代より遺された霊域。
王都から南東へ十日。険しい山道と深き渓谷を越えた果てに、一行はようやくその“禁忌の地”に辿り着いていた。
「……ここが、“世界の封印”の核……か」
イッセイが呟くように言うと、濃密な空気が肌に触れた。
視線の先、灰白の石柱群が並ぶ谷底に、まるで“重なった時間”のような霧が立ち込めている。
それは風に揺れず、太陽にも溶けず、ひたすらこの場所を守るように漂っていた。
「結界濃度……高いですね。外からでは、神域の輪郭すら判別できません」
シャルロッテが精霊具を額に当て、静かに目を閉じた。
耳元で、風に乗った精霊の囁きが音楽のように流れ込む。
「この霧……精霊たちが生み出しているにゃ?」
ミュリルが興味深げに鼻をひくつかせ、リリィは肩越しに地図を覗き込む。
「地図上じゃ“聖地”ってだけだったけど……これは、想像以上ね」
「ウサ。結界層が七重になってるウサよ。しかも各層ごとに魔力属性が異なるなんて……これはただの封印じゃないウサ」
フィーナが魔力探査具の針の暴れに苦戦しながらも、感嘆の声を漏らした。
そのとき――。
「……イッセイくん」
ルーナがそっと声をかけた。彼の背後、木立の奥で、草を踏む音がした。
いや、違う。音ではなかった。
気配。微かな、けれど確かに“誰か”が通り過ぎた気配。
イッセイはその場に立ち尽くし、静かに目を閉じる。
――リアナ。
千年前、封印のためにすべてを捧げた少女。
記録から、記憶から、歴史の全てから消されかけた存在。
だが彼女は今も、生きている。俺の中で、言葉にならない想いと共に。
(……聞こえるか? リアナ。俺は……お前の真実に、触れに来た)
応える声はない。だが確かに、胸の奥が温かく震えた。
風が吹く。空の色が、ほんのわずかに変化したような気がした。
シャルロッテが顔を上げた。
「……結界の門が、反応を始めてる」
精霊の声が、道を示し始めた。
神域へ至る道、それは“試される者”のみが踏みしめることを許される。
「来るにゃ、何か来るにゃ!」
ミュリルがピリッと耳を立てる。
石柱の間に、ゆらりと揺れる光の線。霧の中から、門のような構造が現れはじめていた。
「ここから先は、意思のない者は拒まれる。……精霊たちが、“心の在り方”を問うのです」
シャルロッテの言葉に、皆が一瞬、互いの顔を見つめ合った。
それぞれが、リアナという名を胸に刻んでいる。
誰一人、迷いを口にする者はいなかった。
イッセイが一歩、前に出る。
「――行こう。俺たちの選んだこの旅路の続きを」
彼の言葉と共に、封印の神域の門が、音もなく開き始めた。
門が、霧をかき分けるようにして姿を現す。
それは石でも金属でもなく、まるで光そのものが紡がれたかのような、透明にして荘厳な構造物だった。
「……これは、“精霊の門”」
シャルロッテが静かに呟く。
彼女の手の中で、精霊具が淡く輝き、無数の囁きが空間に降り注いでいた。
《心を示せ》
《想いの真偽を問う》
《踏み入る者に、選定の時を》
精霊語で語られる声が、直接心に響いてくる。
それは攻撃ではなく、ただ――“問い”だった。
「試されるにゃ……」
ミュリルが一歩引き、耳を伏せる。
ルーナとクラリスは剣に手をかけたが、それ以上は動けない。
霧の中、各人の前に小さな光の球が現れる。
「これは……幻影?」
セリアが見上げた光球には、彼女が初めてイッセイと出会った日の光景が浮かんでいた。
同様に、リリィには商人として初めて笑い合った夕暮れが。
フィーナには、旅の途中でふわふわの泡風呂を一緒に楽しんだ記憶が。
ルーナには、助けられたあの日の森が。クラリスには、初めて名前で呼ばれた瞬間が――。
「これは……“わたしの想い”……?」
フィーナが胸に手を当て、小さく頷く。
光の球は問いかけていた。
――なぜ、共に歩むのか。
――この旅路の先に、何を求めるのか。
精霊たちは、力ではなく“信じる意志”を見ていた。
仲間たちはそれぞれに、自らの想いを見つめ直す。
そして、一人、また一人と頷き、光の球へと手を伸ばした。
イッセイの前にも、ひとつの光が現れていた。
そこに映っていたのは――リアナ。
涙を浮かべ、それでも祈りを止めなかった少女の姿。
(……リアナ)
胸の奥に宿る、あの一瞬の微笑み。
それは“過去”であり、同時に今も“ここにある”ものだった。
イッセイはゆっくりと手を伸ばし、光を掴む。
すると、視界が閃光に包まれ、周囲の霧が渦を巻くように晴れていく。
「門が……!」
ルーナが叫んだ。
音もなく、結界の門が完全に開ききったのだ。
その向こうに広がっていたのは――
古の神殿群と、空中に浮かぶ光の回廊。
水晶のような浮遊石が連なり、空間全体が緩やかに回転していた。
「これが……“封印の神域”の中枢……!」
クラリスが息を呑む。
精霊たちは試練を超えた者たちを迎えるように、風を優しく撫でつけた。
まるで彼ら自身が“千年前の約束”を思い出したかのように。
「ようこそ、選ばれし者たちよ」
どこからか、声が響く。
それは誰でもなく、神域そのものが語りかけてくるような感覚だった。
「……行こう。今度こそ、“真実”に触れるために」
イッセイの足が、ゆっくりと神域の第一歩を踏みしめる。
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