侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十章 封印の神域と千年の夢

神域の門と七つの試練

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 神域の門をくぐった瞬間、世界が変わった。



 浮遊する回廊と神殿群の背後――精霊の光に彩られていた空間は、唐突に沈黙へと包まれた。

 霧のような薄光が足元から湧き出し、視界を曇らせていく。



「っ、みんな……!」



 イッセイが振り返る。だが、すでに仲間たちの姿は消えていた。

 霧は光を飲み込み、音を呑み、孤独を押し付けてくる。



(これは……分断? いや、“試練”か)



 彼はすぐに理解した。神域は、単なる遺跡ではない。

 それぞれの“内面”を穿つように構築された、精神の迷宮だ。



 その時、どこからともなく声が響いた。



《踏み入れし者よ。汝の心に、最も深き悔いを問う。》



 イッセイの身体が光に包まれる。足元が揺れ、重力の感覚が喪失する。



 意識が、深く、深く沈んでいく――。



◇ ◇ ◇



 同時刻、別の場所。

 シャルロッテは、自らの足元に広がる水鏡を見つめていた。



 そこはどこまでも静かな森だった。幼い日の風景。

 背の低い木々。陽だまりの中、彼女は一人で泣いていた。



「また、精霊の声が……聞こえない……」



 記憶の中の少女シャルロッテは、小さく肩を震わせていた。

 周囲には、小さな光が舞っている。森の精霊たち。しかし、彼女の耳にはその“声”が届かない。



《どうして信じてくれなかったの?》



 ふいに、精霊のひとつが囁いた。

 それは痛みを孕んだ、優しい問いかけだった。



「……私は、あの時……」



 現在のシャルロッテが歩み寄り、過去の自分を見つめる。



 あの時、彼女は――母が倒れたとき。森が枯れかけたとき。

 信じていた“精霊の導き”が、何も助けにならなかったと思ってしまった。



「信じたくなかったの。あの声が、何もできないって、認めたくなくて……!」



 声が詰まる。涙が頬を伝った。



《それでも、君はまた精霊に耳を傾けてくれた。だから、今ここにいる》



 森の光が優しく彼女を包む。



「……ありがとう。私は、もう逃げない」



 過去の自分を抱きしめるようにして、シャルロッテは光の中へと溶けていった。



◇ ◇ ◇



 一方、サーシャの前には、かつての戦場が広がっていた。



 焼けた大地。崩れた屋敷。

 そして――倒れ伏す、金髪の少年。



「……やめろ……やめてくれ……っ」



 サーシャの声が震える。



 その少年は、かつての“兄”だった。

 戦火に巻き込まれ、彼女の目の前で――



「私が、私が、力を持っていれば……!」



 涙混じりに叫ぶその声に、幻影は応えない。



《復讐では、何も癒せない。それでも戦うのか?》



「……戦う。だがもう、憎しみだけでは剣を振らない。私は、仲間と共に守る。これからの未来を……!」



 剣を抜き、彼女は深く息を吐いた。

 重い呪縛が、音もなく解けていく。



◇ ◇ ◇



 そして、イッセイの前には――



 無数のモニターが浮かぶ、白い空間。

 プログラムコードと書類、時間のない会議室、そして……“自分の葬儀”。



(……ここは)



 彼の前世――加賀美シンジの記憶が、次々に映し出されていた。



「死んだはずだった。俺はただの営業マンで……命に、価値をつける仕事をしていた」



《ならば問う。お前は、何のために生まれ変わった?》



「……それを、探してきた。生きる意味を、信じられる何かを……」



 そのとき、一つの映像が浮かんだ。

 それは、旅の中で微笑む仲間たち。焚火を囲んだ夜。語られた夢と、笑い声。



「……そうか。俺は――この“今”を生きるために、ここにいる」



 イッセイがそう口にした瞬間、記憶のスクリーンが一斉に光に変わった。



《選ばれし者たちよ。心、しかと示した》



 同時に、七つに分かれていた霧が晴れていく。

 仲間たちはそれぞれの“後悔”と向き合い、今を選び、未来へと歩む覚悟を示した。



 そして再び、一つの場所へと集う。



「みんな……」



 イッセイの声に、仲間たちが頷く。



 彼らは試練を超えた。

 次なる神域の核心へ、歩を進める資格を得たのだった――。



 霧が晴れ、石畳の回廊が姿を現す。



 中心には光を帯びた一本の道が伸び、その両脇には無数の扉が浮かんでいた。まるでそれぞれが“時の断片”であり、“誰かの人生”そのものを抱えているような、異様な空間だった。



「……これは、“記憶の回廊”だウサ」



 フィーナがつぶやく。手にした杖が微かに共鳴していた。



「すべての扉が、“リアナに繋がる記憶”……なのね」



 クラリスがひとつの扉に近づくと、そこには古びた神官服の男の幻影が映っていた。扉の上には文字が浮かび上がる。



《第一の証言者:アウグスト=聖教国元首長》



「まさか……リアナと同時代に生きた人物の、記憶?」



 イッセイが手を伸ばすと、扉が音もなく開いた。



 次の瞬間、光が溢れ、全員の意識がその記憶に引き込まれた。



◇ ◇ ◇



 そこは、聖教国の玉座の間だった。

 若きリアナが跪き、聖王とその側近たちの前で言葉を紡いでいる。



《……民のため、命を捧げます。魔王の魂を封ずるため、私の存在すべてを……》



「彼女は、自らの意志で……!」



 シャルロッテが呟く。しかし、次の瞬間。



《その意志こそが、我らにとって脅威である》



 アウグストが呟き、重い声で続ける。



《リアナが記憶を保ったまま生きれば、魔王の情報が外に漏れる。ゆえに、記憶ごと封じねばならぬ。彼女が希望であればあるほど……危険なのだ》



「封印は、“信頼の喪失”でもあったのか……」



 セリアの唇が強く結ばれた。



《世界は秩序を欲した。だから彼女は“清らかな犠牲”として神話に封じられた。彼女の哀しみも、怒りも、全てを葬って》



◇ ◇ ◇



 記憶の回廊に戻ると、仲間たちは無言のまま、次の扉を見つめた。



 それは《第二の証言者:ルシア=リアナの侍女》と刻まれていた。



 扉の向こう、リアナが微笑んでいる。



《私は、この世界を愛しています。だから、どれほど憎まれても……滅びではなく“赦し”で終わらせたいのです》



 その言葉は、かつての“祈り”と寸分違わなかった。



「……リアナは、最後まで“人”を信じていたんだ」



 イッセイの声が震えていた。



 真実は、封印という形で都合よく“神聖化”されていたのだ。



「なのに……彼女自身は、神の座にも歴史書にも残らず、ただ“魂の器”として扱われたなんて……」



 ルーナが拳を握る。悔しさが、胸に迫っていた。



「――それでも、彼女は選んだんだ。世界を守るために」



 イッセイが静かに前を向く。「ならば、俺たちは“彼女を知る者”として、この記憶を語り継ぐ義務がある」



 回廊の先に、最後の扉が浮かび上がる。



《神域の守護者へ至る道》



 それは、神の試練を越えた者だけに開かれる“選定の間”だった――。



 最後の扉が開いた瞬間、重力すらない無の空間に一行は吸い込まれた。



 光も影も音もなく、ただ“存在そのもの”が浮かぶ空間。

 その中央に、銀白の衣を纏った女性が立っていた。

 彼女の瞳は深淵を映し、背には翡翠色の羽がゆるやかに揺れている。



「ようこそ、選ばれし者たちよ」



 その声は、耳で聞くのではなく、魂に直接響くものだった。



「あなたが……神域の守護者?」



 シャルロッテが問いかける。



「私は、“神域に宿る契約意志”。名を持たぬ存在。しかし、リアナの封印に鍵をかけた者の一柱でもある」



 女性は静かに手をかざし、七つの輝きが仲間たちの頭上に浮かぶ。



「汝らは試練を越え、記憶に触れ、意志を示した。ゆえに問う」



 彼女の視線がイッセイに向けられる。



「リアナを解放することは、世界の封印均衡を崩し、“真なる魔王”の再誕を許すかもしれない。それでも――その記憶を継承し、解放する覚悟はあるか?」



 空気が凍るような静寂。

 だが、イッセイは一歩踏み出した。



「ある。俺たちは、もう真実から目を背けない。リアナの記憶も、想いも、全部受け止めて、次に繋げる」



 仲間たちがその背に集まる。



「私たちは、希望を見失わない」



「封印ではなく、選択で未来を創る」



「だから……その鍵を、私たちに託してほしいウサ!」



 神域の守護者は、わずかに目を細め、静かに頷いた。



「ならば、最奥の扉を開けよう。“神の器”に触れる覚悟を携えし者たちよ――」



 光が集い、空間が変化する。



 次なる地、“封印の核心”へと至る門が開かれようとしていた――。
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