侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十章 封印の神域と千年の夢

夢と現の揺らぎ

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 ――夢を見ていた。



 けれど、それはただの夢ではなかった。



 柔らかな光の中、風が撫でる草原の香りがして、誰かの歌声が遠くに響いていた。



(……ここは……)



 イッセイは目を覚ましながら、すぐに“それ”が現実ではないと悟った。けれど、それでもなお、あまりに鮮やかだった。



 彼は今、“リアナの見る夢”の中にいた。



◇ ◇ ◇



 季節は初夏。

 そこは、かつてのアルセント――千年前の“聖都アストラリア”。



 真っ白な神殿が中央にそびえ、清らかな泉の流れが街を巡っていた。通りには祈りを捧げる人々と、子どもたちの笑い声。どこかの窓からはパンを焼く香りが漂い、信仰と生活が共にあった。



「リアナ様、今日もお美しい……!」



「お声を聞くだけで、癒される気がします!」



 街の人々が、純粋にそう言って彼女に手を振っている。



 その中心を歩く少女。

 銀の髪を風に靡かせ、白い法衣を纏った彼女は――リアナだった。



 しかし、その横顔には、どこか翳りがあった。



「……どうして、私は“選ばれてしまった”のかしら」



 ひとりごとのように呟く声が、イッセイの胸に響く。



(……これは、彼女の“記憶”じゃない。心の奥底にある、後悔と願いの夢だ)



 イッセイは気づく。

 これは“夢”ではなく、リアナの魂が持つ“心象風景”。



 彼女は聖女として讃えられ、民に祈りを捧げていた。

 けれど、その胸の内には常に“問い”があった。



《私は、本当に世界のために生まれてきたのか?》



《この微笑みは、本当に誰かを救えているのか?》



 やがて場面が変わる。



 神殿の奥。

 石造りの礼拝堂で、リアナはひとり祈っていた。



 その後ろから現れる一人の青年。

 優しい瞳の、黒髪の神官だった。



「リアナ、そんなに自分を責めなくていい。君がいるだけで、皆が救われているよ」



「でも、アルト……私は、知らなかっただけなの。外の世界で、どれだけ人が傷つき、争っているのか……」



 その名を聞いた瞬間、イッセイの心に奇妙なざわめきが走る。



(アルト……? この男は――)



 リアナの視線が揺れる。



「ねえ、アルト。私がもし、“選ばれた存在”じゃなかったら……あなたは、それでも私のそばにいてくれる?」



「リアナ……もちろんだよ」



 青年は微笑み、彼女の手を取った。



 だが、次の瞬間――。



 リアナの周囲の風景が、静かに、だが確実に“歪んでいく”。



 人々の笑顔が仮面のように崩れ、泉が黒く濁り、神殿が軋むようにきしむ。



《すべては、神の意志に従え》



《異端を許すな。真実を語るな。理を乱す者を、裁け》



 聖なる祈りは、いつしか“暴力”に変わっていた。



「……違う。そんなはず、なかったのに……!」



 リアナが叫ぶ。



 その声が、イッセイの胸を打つ。



(……これが、リアナが隠していた“過去”……)



(平和と信仰の裏で、彼女は“信じていた者たち”に裏切られ、封印を課された……)



 そして。



 “アルト”と呼ばれた男が、最後にリアナに言い放った言葉が、風に乗って聞こえた。



《君の存在は、世界にとって不安定要素なんだ。だから、封印するしかないんだよ。ごめんね、リアナ》



「――っ!」



 風景が砕けるように崩れた。



 イッセイの視界が闇に包まれる。



 そして、彼は“現実”に引き戻された。



◇ ◇ ◇



「う……っ、はぁっ……!」



 冷たい石床の上で、イッセイは荒い息をついていた。



「イッセイくん!? 大丈夫!?」



 ルーナの声が飛ぶ。ミュリルが駆け寄って回復魔法を発動し、クラリスとセリアが周囲を警戒していた。



「大丈夫……今のは……リアナの夢……記憶の残響だった」



 イッセイは唇を噛む。「……彼女は、信じていた者に……“愛していた者に”封印されたんだ」



 全員が沈黙する。



 その時――空間が、軋むように揺れた。



「これは……!?」



 シャルロッテが顔を上げる。「時間の歪みが……この神域の内部で、発生し始めてる!」



 フィーナの杖が共鳴し、リリィの髪が静電気のように逆立つ。



「このままじゃ、神域が……崩壊するウサ! “封印”そのものが、限界を迎えてる!」



 イッセイは立ち上がる。



「……もう、時間がない。リアナの記憶を追い、真実を知るんだ。その先に、彼女を救う方法があるはずだ」



 仲間たちは頷き、崩れゆく神域の奥へと走り出した。



 神域の壁に走るひび割れは広がり、天井の魔法陣が悲鳴をあげるように輝きを失っていく。結界が緩み、周囲の空間が――“時間そのもの”が歪み始めていた。



「時間の流れが……ぐちゃぐちゃになってるウサ!」



 フィーナの叫びがこだまする。右手の魔力石がぶるぶると震え、周囲の魔力が正しく流れていないことを示していた。



 シャルロッテが呪文を詠唱し、精霊たちの言葉に耳を澄ませる。



「この歪み……封印が限界に達してるわけじゃない。これは“内部から揺さぶられている”の……!」



「内部から?」



 ルーナが驚く。「じゃあ、この神域の奥に“何か”が――!」



 そのとき、先頭を走っていたクラリスが剣を構えた。



「くるわよ、気をつけて!」



 彼女の声と同時に、空間が裂けた。



 そこから、ひとつの影が這い出してくる。闇に浮かぶそれは、まるで“記憶”が具現化したような存在だった。黒く濁った人型の影――それは、リアナの記憶の中で見た“アルト”に酷似していた。



「……幻影? いや、違う。これは……“記憶の残骸”!」



 イッセイの声に、仲間たちが一斉に構える。



 その影は、無言のまま手を伸ばしてきた。まるでイッセイの心を探るように、指先が空をなぞる。



「うっ……!」



 イッセイの視界が、一瞬にして白く染まる。



 ――過去が、脳裏に流れ込んできた。



◇ ◇ ◇



 封印の神域、その核心。

 そこに眠っていたのは、“時の断層”。



 時空の亀裂に飲まれた者は、自らの“本質”と対峙することになる。



 イッセイの心に流れ込む映像――それは“転生の瞬間”だった。



 トラックのヘッドライト。砕けるガラス。潰れた時計。

 そして、見知らぬ女神の声。

 「君はまだ、終わっていない。生きる意味を探しなさい」

 それが、イッセイの“始まり”だった。



 ――だが、もしも。

 もしも、あの瞬間に彼が生き延びていたとしたら?

 もしも、異世界など存在せず、“日常のまま”を生きていたとしたら――?



「それが、お前の後悔か」



 目の前の影が囁く。「お前は選ばれたわけじゃない。たまたま死にかけて、スキルをもらって、ここにいるだけだ」



「……違う!」



 イッセイは叫ぶ。「偶然だろうがなんだろうが、今の俺は、仲間と共にこの場所にいる! それが全てだ!」



 その声に応えるように、剣が手に戻った。

 魔力が震え、空間の裂け目がゆっくりと閉じていく。



◇ ◇ ◇



「イッセイくんっ!」



 ルーナとクラリスが駆け寄り、彼を支える。シャルロッテが短く詠唱し、癒しの精霊を呼び出す。



「ありがとな……」



 イッセイがゆっくりと立ち上がった時、影は消えていた。



「……あれは、この神域が“俺自身の記憶”を映し出したものだった。リアナの記憶だけじゃない。封印の神域そのものが、俺たちを試してる」



 セリアが静かに言う。



「それはつまり、“神域に到達した者の記憶”が、この地を揺らしてる……?」



「そう。これは試練なんだ。“誰かの過去”じゃない。“私たちの今”が問われてるのよ」



 シャルロッテが静かに告げたその瞬間、遠くで鈍く響く音がした。



 ――ゴゴォォォン……。



 低く、深く、耳の奥を打つ音。



 それはまるで、“時の鐘”に似た音だった。



 だが、この神域に鐘など存在しない。



「これは……?」



 ミュリルが耳をぴくぴくと動かす。「にゃ……なんか、嫌な予感がするにゃ」



 そのとき、神域の最深部の扉が、ひとりでに軋んだ。



 次なる“記憶”が、呼んでいた。



 石の扉が音もなく開き、重く澄んだ空気が神域の奥から流れ出す。

 そこには、蒼く揺らめく光の回廊が広がっていた。



「ここ……だけ、空間が安定してる……?」



 クラリスが小さく呟く。



「リアナの……魂の記憶だ。封印の、中心核に近い場所」



 シャルロッテが導かれるように歩み出す。精霊たちの囁きは静まり、代わりに“言葉にならない想い”が空間を満たしていた。



 回廊の奥、光に包まれた場所に一枚の鏡のような“水の壁”が立ちはだかっていた。

 その表面が揺れ、やがて一つの映像を映し出す。



◇ ◇ ◇



 そこは千年前の“聖都アルセント”。

 聖女リアナは、神殿の祭壇の前に立ち尽くしていた。



 王族と枢機たちが、彼女の前に並ぶ。



《リアナ。我らは決定した。お前の中に宿った“魔王の記憶”――それは、この世界にとって災厄そのもの》



《聖女としての務めを果たした今、そなたには“永久の封印”がふさわしい》



《そうすれば、誰もが救われる。争いは終わる。お前が、最後の犠牲となれば……》



 リアナは目を伏せたまま、言葉を返さない。



 その肩に寄り添う小さな光――精霊たちが、そっと震えていた。



《……本当に、それが正義なのですか?》



 リアナの声は、静かで、震えていた。



《私は、ただ“誰かを救いたい”と願っただけなのに。――どうして、私だけが、いなくなる世界を選ばなければならないのですか》



《お前がそれを拒めば、世界は混乱する。魔王の記憶が暴走すれば、再び戦乱が起こる》



《それでも……“生きろ”と言ってくれた人が、いたのです》



 その瞬間、周囲の映像が崩れた。空間が軋み、視界が切り替わる。



 そこは、封印の間。リアナが自ら光の柱に身を投じる直前の情景だった。



 彼女は微笑みながら、目を閉じる。



《ごめんなさい、アルト。私……やっぱり、選んでしまったの。みんなの未来を。あなたと過ごす明日を、捨てて》



 封印の魔法陣が発動し、彼女の姿は光に包まれていく。



◇ ◇ ◇



「……こんな……」



 ルーナの目に、熱いものが滲む。「どうして……どうして彼女が、そこまで……!」



「リアナは、“世界のために死ぬ”んじゃなくて、“誰かのために生きる”ことを望んでた。なのに――」



 イッセイが拳を握る。



「なのに、誰も……それを望ませてくれなかったんだな」



 水の壁に、最後の映像が浮かび上がる。



 封印の直後、王たちはこう言った。



《……これで、世界は平和になる》



《封印の真実は隠し、聖女の名も記録から消す。争いの火種は、最初から存在しなかったことに》



《これより先、リアナの名を口にする者には“罰”を》



 “記録の抹消”。“名の封印”。

 それが、世界が選んだ“平和”の姿だった。



 全てを見終えた一行は、静かにその場に立ち尽くしていた。



「……そんなの、間違ってる」



 ミュリルがぽつりと呟く。「だって、リアナは生きたにゃ。人を救って、誰かを愛して、笑って……それが罪なんて、おかしいにゃ」



「私も……そう思うウサ」



 フィーナが、小さく頷いた。



 イッセイは、もう一度、封印の映像を見つめた。



「リアナ。君の選んだ道を、俺たちが繋いでみせる」



 その誓いに、誰もが頷いた。



 水の壁が、静かに消える。



 その奥に現れたのは、真なる神域――“封印の核心”だった。



 そこにはまだ、“魔王”の真実が残されている。



「行こう。これは、もう“誰かの記憶”じゃない。“俺たちの現在”だ」



 イッセイの言葉と共に、仲間たちは最後の扉へと進み出した――。
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