侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

文字の大きさ
110 / 214
第十章 封印の神域と千年の夢

封印の守人、十二神柱

しおりを挟む
 神域のさらに奥、白い靄に包まれた空間は、どこか現実味を欠いていた。重力も、時間の流れすらも希薄になったような錯覚。そこには天も地も存在せず、ただ無限に広がる白銀の結界だけがあった。



 イッセイたちが辿り着いたのは、“封印の座”と呼ばれる場所だった。



「……ここが、神代の記憶が眠る場所……」



 シャルロッテの言葉に、仲間たちは無言で周囲を見渡す。精霊たちの気配が、今まで以上に濃密に漂っていた。まるで世界そのものが、目を凝らして見つめているかのように――。



 その時、空間に不協和音のような震動が走った。



 白銀の空間がひび割れ、その中央に、一人の人物が姿を現す。



 それは人でも、獣でもなかった。無数の光が交差して形成された、曖昧な輪郭の存在。黒と金、風と炎、雷と光――あらゆる属性の力がその姿に宿っている。



「我が名は――“神代の番人”」



 性別さえ感じさせぬその声は、全方位から響くように一行の耳へと届く。



「封印の神域を守護する者。かつて、神と精霊と人が共に在りし時代に、選ばれし十二の魂を束ねし存在だ」



 ミュリルの耳がぴくりと動く。「にゃんにゃん、やたらと仰々しいのが出てきたにゃ……」



「十二の魂……?」



 フィーナが顔を上げた。「まさか、それって……」



 番人が頷いた。



「そう、“十二神柱じゅうにしんちゅう”。千年前、この世界を滅びから救いし十二の英雄たちの魂。その力と意志は、いまなおこの地に宿り、封印を維持している」



「リアナも……その封印の一部だった、ということか?」



 イッセイが一歩前に出る。視線は真っ直ぐ番人を見据えていた。



「そうだ。だが、彼女の意志が完全に継承されるには……お前たちが試されねばならぬ」



 その言葉と共に、空間が再び揺れる。



 すると、番人の背後に十二の光輪が浮かび上がる。そのうちの三つが、静かに前へと押し出されてきた。



 その光が収束し――三つの“姿”が具現化する。



 一人は、剣を携えた蒼き鎧の騎士。もう一人は、炎をまとった赤髪の槍使い。そして最後の一柱は、薄布を纏った神官風の女性――瞳に深い悲しみと優しさを湛えていた。



「我はシグナ・ヴァルガ。炎の英雄」



「我はカイル・ノクス。蒼雷の盾」



「……私は、リエナ。かつての癒し手にして、時の記録を守る者」



 彼らの気配は、精霊とは異なる重みを持っていた。人としての想いと神々の力、そして永遠に続く封印の記憶。それらすべてが、今も生きているのだと感じさせる。



「試練とは……戦うことか?」



 サーシャが構えを取る。



 だが、番人は首を振った。



「否。これは“意志”を問うもの。お前たちが、何を選び、何を守るのか――それを示せ」



 シグナが一歩前へ進む。



「イッセイ・アークフェルド。お前に問う。我らの記憶を受け入れ、世界の“真実”と向き合う覚悟があるか?」



 イッセイは、静かに剣の柄に手を置いた。その目は、揺らぎなく真っ直ぐ。



「リアナの記憶を見た。彼女が何を願い、何を失ったのか。そのすべてを、受け止めるつもりだ」



 すると、リエナが微笑んだ。



「ならば――我らの魂の試練を受けなさい。あなたが“継ぐ者”に相応しいかどうか……今こそ、証明するとき」



 光が、再び渦を巻く。



 そしてイッセイたちは、“魂の回廊”と呼ばれる精神世界へと引き込まれていく。



 それは、かつての英雄たちの最期――封印に命を捧げた記憶と対話する場だった。



 イッセイの中で、何かが静かに軋んだ。



 ――リアナだけじゃない。千年前の英雄たちも、また。



 記録から消された、もうひとつの真実が、今まさに明かされようとしていた。



 光の渦が収まった先――そこはどこまでも広がる鏡の間だった。床も天井も壁もなく、上下左右の区別すら曖昧な空間。反射する無数の“記憶”が、まるで命あるもののように蠢いていた。



「ここは……?」



 イッセイが静かに呟く。



「魂の回廊――英雄たちが記憶と化し、今なお語りかけてくる場所だ」



 番人の声が四方から響いた。



「この場でお前たちは、三柱の英雄の“最期”に立ち会い、彼らの想いを受け継ぐことになるだろう。恐れるな。これはただの幻ではない。真に彼らの魂が、お前に答えを求めているのだ」



 それは、試練というより“継承”だった。



 光がひときわ強くなり、最初の記憶が姿を現す。



 ――蒼き空、焼け落ちた砦、倒れた兵士たち。



 そこに立つのは、蒼雷の盾・カイル・ノクス。



「……これは、俺の最期の戦場だ」



 重厚な鎧に身を包んだ青年が、振り返ってイッセイを見つめた。



「俺はかつて、王を守る盾だった。だが、魔王軍の奇襲により、仲間を見捨てて王のみを救う選択を……強いられた」



 空から矢の雨が降る。砦の門が打ち破られ、絶望の叫びがこだまする。



 イッセイはその情景を、ただ黙って見つめた。カイルの表情に浮かぶ後悔と苦悩――それは、ただの戦いの記憶ではなかった。



「……君は正しい判断をした」



 イッセイが口を開く。



「誰かを救うためには、誰かを見捨てねばならない時もある。その重さを背負ったまま、君は生き抜こうとしたんだろう?」



 カイルの瞳が揺れた。



「……だが俺は、それを背負いきれなかった。だからこの封印の中で、千年の時を悔い続けた」



「なら、君の記憶を俺が受け取る。もう君一人に背負わせない。共に未来に踏み出すよ」



 その言葉に、カイルの姿が淡く光に溶けていく。



「……託すぞ。“選ぶこと”を恐れぬ者よ」



 そして次の記憶が、空間に浮かび上がる。



 ――炎に包まれた山岳の神殿、咆哮を上げる魔獣たち。



 その中央で、烈火の槍を構えた女戦士が一人立っていた。



「我が名は、シグナ・ヴァルガ。炎の魂を纏いし者」



 燃え上がる髪が風に揺れ、黄金の瞳がイッセイを射抜く。



「私は、“裏切り者”を討った者だ。かつて、私の最も信じた仲間が……封印の力を悪用しようとした」



 槍が振るわれ、仲間だった青年の胸を貫く。血しぶきと涙。戦場には似つかわしくない、切なすぎる愛の終焉があった。



「愛していたのだ……だが、それでも私は“英雄”であることを選んだ。正義を貫いた、はずだった……」



「それは……残酷な選択だったんだな」



 イッセイが、静かに言った。



「でも、誰かが止めなければ、その未来はもっと悲惨だった。君は……自分を裏切ったわけじゃない」



「――そうだろうか?」



 シグナが揺れる瞳で見つめ返す。



「それでも私は、自分を許せぬまま、封印となった」



 イッセイは歩み寄り、その手を伸ばす。



「君の後悔は、俺たちが未来に生かす。想いを忘れず、でも止まらないために」



 しばしの沈黙。やがて、シグナは小さく笑った。



「ならば、託そう。炎の意志を――希望を捨てぬ者に」



 彼女の姿もまた、赤き光と共に消えた。



 そして、三つ目の記憶が現れる。



 そこは、廃墟と化した大聖堂。倒れ伏す神官たち。血の海の中、中央に立つひとりの少女――リエナ。



「……この記憶は、誰にも見せたくなかった」



 淡い声が響く。



「私は“癒し手”だった。けれど、最期に私が下したのは――“見捨てること”だった」



 神殿を襲った瘴気病。助けられぬほどの数。時間も薬も足りない。彼女は、自らの魔力のすべてを使って、“ほんの一握りの命”だけを救った。



「私が選んだのは、“小さな希望”……でも、それは多くの命を切り捨てる決断でもあった」



 イッセイは、深く頷いた。



「誰かを救おうとするなら、限界がある。それでも手を伸ばした――その想いが、意味を持つんだ」



「本当に……そう思う?」



「思うよ。君の選んだその数人の命が、誰かを救い、また未来へ繋がったかもしれない」



 リエナの瞳に、涙が溢れる。



「ありがとう……そう言ってくれたのは、あなたが初めて……」



 白い花が舞い、癒しの光に包まれてリエナの姿もまた消えていく。



 空間に残るのは、静寂と、深く染み渡る“魂の温度”。



 イッセイはそっと目を閉じた。



 これが――封印を維持していた英雄たちの“真実”。



 後悔も、葛藤も、すべてを受け入れたうえで。



 彼らは、自らを犠牲にしてでも、未来を信じたのだ。



 その信念と痛みが、イッセイの胸に深く刻み込まれていく。



 やがて、空間に漂っていた鏡のような光景が静かに消え、現実へと還る気配が広がった。



 そこに、再び“神代の番人”が姿を現す。



 大地のように重厚な声が響いた。



「お前は、三柱の英雄の記憶を受け入れた。後悔を知り、決断の重みを知り、それでも進むことを選んだ……」



 その言葉とともに、空間の中心に光が灯り、ゆっくりと十二の石柱が地から競り上がる。



 それぞれの柱には、異なる紋章――炎、風、水、雷、樹、闇、光、時、聖、瘴、命、虚――が刻まれていた。



 そのうちの三柱――カイル、シグナ、リエナの名が刻まれた柱が淡く輝き始める。



「三柱は、お前に“継承”の意志を示した。だが、これは始まりに過ぎぬ。リアナの意志を継ぐということは、世界の“均衡”を問うことに等しい」



 番人が一歩、イッセイに近づいた。



「問おう。イッセイ・アークフェルド。お前は、己の意志で世界の“真実”に触れ、変革の一歩を踏み出す覚悟があるか?」



 静かな問いだった。



 しかし、言葉の背後には、千年にわたり保たれてきた封印と均衡、数多の犠牲と希望が重なっていた。



 イッセイは、仲間たちの顔を順に見つめた。



 クラリスの瞳には揺るぎない誓いが、



 ルーナの手には戦う者としての決意が、



 セリアの構えには覚悟が、



 フィーナの表情には希望が、



 ミュリルの耳には震えがありながらも隠せぬ勇気が、



 そして、シャルロッテのその瞳には、静かな光が宿っていた。



「私たちは、共に歩んできました。精霊たちも、そう告げています」



 シャルロッテが一歩前に出る。



「イッセイは、“過去”を背負ってでも“今”を信じて進める人です。だからこそ、私は……」



 彼女の言葉を受け、イッセイは真っ直ぐに番人を見据えた。



「答えは――ひとつしかない」



 剣の柄に手を添え、堂々とした声で宣言する。



「俺はリアナの意志を継ぎ、“過去と未来”の狭間に立ってでも、今を守り抜く。世界の真実に触れ、それでも折れず、前に進むと決めたんだ!」



 瞬間――十二の石柱が共鳴するように震え、神域全体に鳴動が走った。



 天空より降り注ぐような光が広がり、イッセイの身体を包み込む。



 それは祝福であり、試練であり――そして、新たなる“鍵”の覚醒だった。



「認めよう。リアナの継承者よ……」



 番人が深く頷き、両手を広げる。



「次に進め。“神々の記録”へと至る道が、汝らの前に開かれん――」



 神域の奥に、封印のように閉ざされていた石の扉がゆっくりと開かれる。



 そこからは、仄かな風と共に、古の言葉が囁くように流れてきた。



《……リアナ……どうか、もう一度……あの微笑みを……》



 誰かの、痛切な祈り。



 誰かの、失われた記憶。



 そして――



 新たなる“真実”が、イッセイたちを待っていた。



 彼らは再び、足を踏み出す。



 かつて封じられた聖女の魂、その核心に触れるために。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!! スティールスキル。 皆さん、どんなイメージを持ってますか? 使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。 でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。 スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。 楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。 それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。 2025/12/7 一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

処理中です...