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第十章 封印の神域と千年の夢
リアナと魔王の真実
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石扉の奥に広がっていたのは、まるで時間が凍結したような空間だった。
そこには天井も壁もなく、すべてが星々に彩られた夜の帳のようだった。踏みしめた足元は、光を反射する静かな水面であり、それでいて沈まない幻想の床だった。
そして、その中央。
銀髪の少女――リアナが佇んでいた。
その姿は、神聖で、儚げで、どこか悲しげな微笑みを湛えていた。
「ようこそ、ここまで辿り着いたのね」
その声は、イッセイの胸に直接響くように届いた。
「……リアナ」
イッセイが歩み寄ると、リアナはそっと顔を上げた。だがその目は、彼ではなく、その奥――自分の中に何かを見るようだった。
「あなたの中に……私がいるの。残滓のように……でも、確かに、ね」
リアナの瞳に浮かぶ哀しみと慈しみが入り混じった光。それは、かつての戦いでも、幻影でも見たことのないものだった。
すると、水面が揺れ、空間が波紋のように変質していく。
イッセイとリアナを囲むように、過去の記憶が映し出される。
――千年前。
黄金に輝く聖都アルセント。
笑い声が溢れ、人々が幸せそうに暮らす様子。
だがその中心に立っていたのは、リアナと、もうひとりの存在――その容姿は酷似していながら、禍々しい闇を纏っていた。
イッセイは思わず言葉を失った。
「……これは、まさか……」
「そう。あの“魔王”……かつて私と対峙し、封印された“災厄”とされた存在。それは――」
リアナが指先でそっと記憶を撫でると、魔王と彼女の姿が重なるように変化する。
「――私自身。私の、もう一つの“魂”だったの」
イッセイの瞳が大きく見開かれる。
「魔王が……リアナの、もう一つの……?」
リアナは、ふっと微笑む。
「そう。私には“願い”があった。人間たちを癒したい、救いたい、導きたい……それは偽りではなかった」
記憶の中の少女――魔王と呼ばれた存在が、苦しむ民の手を取ろうとする姿が映る。
だが、人々は怯え、彼女を拒絶した。
《……あの娘は異質だ。あんな力、神のものじゃない……》
《悪魔だ! あの光の奥には、闇がある!》
《リアナ様が……あれを封じるべきだ!》
恐怖が、悪意へと変わる。
悪意が、声になり、刃になり、彼女を“魔王”へと仕立て上げた。
「私は……人間を救いたかった。だが、彼らは私を“恐れた”のよ」
リアナの声は、静かだった。
だがその静けさは、深い断絶を抱いていた。
「その恐怖が、私の心の中にあったもう一つの願い――“壊してしまいたい”という衝動を育ててしまった」
映像の中で、魔王の姿が嘆きと怒りを抱え、破壊の光を解き放つ。
「私は、その衝動を封じるために、己の“魂”を二つに分けた。そして……光の部分だけが“聖女リアナ”として歴史に残されたの」
「じゃあ……もう一人の君が、魔王として封印された……」
「ええ。だけど、その存在も、やがて“記録”から消されていったわ。都合の悪い真実は、いつだって“物語”の中では削ぎ落とされる」
水面が小さく震えた。イッセイの心もまた、大きく揺れていた。
「……それでも、君は“救い”を選んだのか?」
リアナは頷いた。
「私の半身は、救いを拒まれ、憎まれ、恐れられ、そして封印された。けれど、だからこそ私は……その想いを、自らの手で受け止めたかった」
イッセイの拳が、静かに震える。
光と闇――救済と破壊。
それはリアナの中に共存していた“願い”だった。
その真実が、今、イッセイの胸の奥に重く沈んでいく。
「君は……本当に、すごいよ」
「……ありがとう。でも、本当の問題は、これからよ」
リアナの言葉に、空間が再び揺れる。
遠くから、呻きのような響きが忍び寄っていた。
「あなたが“私の記憶”に触れたことで、封印の均衡が崩れ始めている。次に目覚めるのは――“もう一人の私”。」
イッセイの目が、強く見開かれる。
「……魔王が、復活するというのか……!」
イッセイの問いに、リアナはそっと目を閉じた。
「正確には、“私のもう一つの魂”が目覚める……というべきね。あなたがこの神域の記憶に触れ、真実を知った時点で、もう運命の歯車は動き始めてしまった」
リアナが足元の水面に手を伸ばすと、そこに新たな光景が浮かび上がる。
深淵のような闇の中に、眠る少女の影。
その顔立ちはリアナと酷似していたが、髪は漆黒に染まり、瞳は閉じられていても、内に秘める力は明らかだった。
「……彼女が、“もう一人の君”」
イッセイの声が低く、重く響く。
「この地、セーレ・リュミエールは、記録と記憶、そして存在そのものを封じる“絶対封印領域”。私の半身は、その中心核にて眠っている」
リアナが語る言葉に、かすかな揺らぎが混じる。
それは、恐れか、哀しみか、あるいは懺悔か。
「私が選んだのは……彼女を封じること。私の中の破壊衝動、怒り、悲しみのすべてを分離し、彼女に背負わせた。私は救いの象徴として聖女とされ……彼女は、災厄として魔王と呼ばれた」
映像の中で、黒きリアナが眠る棺のような空間に、精霊の結界がいくつも張り巡らされていく様子が映る。
「その代償として、私自身も“世界の均衡”から消されたわ」
世界にとって、あまりにも強すぎる真実。
それを封じるために、リアナは存在ごと“忘れられる”選択をしたのだ。
「でも……もう、それを隠してはいけない」
イッセイが言った。
「この時代に生きる俺たちは……君のような“都合の悪い真実”を、受け止めなければならない。封印のために犠牲にされてきた全ての命に報いるためにも」
イッセイの言葉に、リアナがわずかに瞳を細める。
「……だからこそ、あなたに託したの。私の意志も、痛みも、選択も。あなたなら……“彼女”と向き合える」
その瞬間、空間全体が激しく揺れた。
水面が割れ、空に無数の魔法陣が現れ、重なり合って“封印の鍵”を解放し始める。
「封印が……!」
「崩れかけているの。あなたが“真実”を知ったことで、結界の片側が開いた。あとは、彼女自身が覚醒を望めば……!」
リアナの声が震える。
「待って。望めばって……つまり、彼女が目覚めを拒めば、封印は保たれる?」
「理論上は、そう。でも……彼女はきっと、“知ってしまう”。私たちが再び記憶の深奥に踏み込んだことで」
再び、映像が変わる。
黒きリアナの周囲に、細波のような波動が広がる。
彼女の指が、ほんの僅かに動いた。
それは、覚醒の兆し。
世界の封印が、いま、揺らぎ始めていた。
「……俺は、彼女とも向き合わなきゃいけないんだな」
イッセイの口元に、静かな決意の色が浮かぶ。
「リアナ、君が選んだ“救い”と“罪”……それごと、俺が受け止める」
リアナの姿が、ふっと微笑みを浮かべる。
「ありがとう。あなたがそう言ってくれるだけで、私は報われる」
そのとき、リアナの背後に巨大な光の門が現れる。
「これは……?」
「神域の最深層、“契約の間”へ通じる門。そこには、かつて封印を施した“精霊の盟約”が残っている。あなたが進めば、彼女の眠りもまた――終わる」
イッセイはゆっくりと頷いた。
「行こう。すべての真実を知るために。そして……未来の選択をするために」
リアナが目を伏せ、最後にそっと囁く。
「もう一度……ありがとう、イッセイ。どうか、彼女を……あの子を、救ってあげて」
その声と共に、光の門がゆっくりと開いていく。
そこに待つのは、“リアナの半身”――封じられし魔王との邂逅。
真実の終わりと、始まりが、今、歩み寄ろうとしていた。
そこには天井も壁もなく、すべてが星々に彩られた夜の帳のようだった。踏みしめた足元は、光を反射する静かな水面であり、それでいて沈まない幻想の床だった。
そして、その中央。
銀髪の少女――リアナが佇んでいた。
その姿は、神聖で、儚げで、どこか悲しげな微笑みを湛えていた。
「ようこそ、ここまで辿り着いたのね」
その声は、イッセイの胸に直接響くように届いた。
「……リアナ」
イッセイが歩み寄ると、リアナはそっと顔を上げた。だがその目は、彼ではなく、その奥――自分の中に何かを見るようだった。
「あなたの中に……私がいるの。残滓のように……でも、確かに、ね」
リアナの瞳に浮かぶ哀しみと慈しみが入り混じった光。それは、かつての戦いでも、幻影でも見たことのないものだった。
すると、水面が揺れ、空間が波紋のように変質していく。
イッセイとリアナを囲むように、過去の記憶が映し出される。
――千年前。
黄金に輝く聖都アルセント。
笑い声が溢れ、人々が幸せそうに暮らす様子。
だがその中心に立っていたのは、リアナと、もうひとりの存在――その容姿は酷似していながら、禍々しい闇を纏っていた。
イッセイは思わず言葉を失った。
「……これは、まさか……」
「そう。あの“魔王”……かつて私と対峙し、封印された“災厄”とされた存在。それは――」
リアナが指先でそっと記憶を撫でると、魔王と彼女の姿が重なるように変化する。
「――私自身。私の、もう一つの“魂”だったの」
イッセイの瞳が大きく見開かれる。
「魔王が……リアナの、もう一つの……?」
リアナは、ふっと微笑む。
「そう。私には“願い”があった。人間たちを癒したい、救いたい、導きたい……それは偽りではなかった」
記憶の中の少女――魔王と呼ばれた存在が、苦しむ民の手を取ろうとする姿が映る。
だが、人々は怯え、彼女を拒絶した。
《……あの娘は異質だ。あんな力、神のものじゃない……》
《悪魔だ! あの光の奥には、闇がある!》
《リアナ様が……あれを封じるべきだ!》
恐怖が、悪意へと変わる。
悪意が、声になり、刃になり、彼女を“魔王”へと仕立て上げた。
「私は……人間を救いたかった。だが、彼らは私を“恐れた”のよ」
リアナの声は、静かだった。
だがその静けさは、深い断絶を抱いていた。
「その恐怖が、私の心の中にあったもう一つの願い――“壊してしまいたい”という衝動を育ててしまった」
映像の中で、魔王の姿が嘆きと怒りを抱え、破壊の光を解き放つ。
「私は、その衝動を封じるために、己の“魂”を二つに分けた。そして……光の部分だけが“聖女リアナ”として歴史に残されたの」
「じゃあ……もう一人の君が、魔王として封印された……」
「ええ。だけど、その存在も、やがて“記録”から消されていったわ。都合の悪い真実は、いつだって“物語”の中では削ぎ落とされる」
水面が小さく震えた。イッセイの心もまた、大きく揺れていた。
「……それでも、君は“救い”を選んだのか?」
リアナは頷いた。
「私の半身は、救いを拒まれ、憎まれ、恐れられ、そして封印された。けれど、だからこそ私は……その想いを、自らの手で受け止めたかった」
イッセイの拳が、静かに震える。
光と闇――救済と破壊。
それはリアナの中に共存していた“願い”だった。
その真実が、今、イッセイの胸の奥に重く沈んでいく。
「君は……本当に、すごいよ」
「……ありがとう。でも、本当の問題は、これからよ」
リアナの言葉に、空間が再び揺れる。
遠くから、呻きのような響きが忍び寄っていた。
「あなたが“私の記憶”に触れたことで、封印の均衡が崩れ始めている。次に目覚めるのは――“もう一人の私”。」
イッセイの目が、強く見開かれる。
「……魔王が、復活するというのか……!」
イッセイの問いに、リアナはそっと目を閉じた。
「正確には、“私のもう一つの魂”が目覚める……というべきね。あなたがこの神域の記憶に触れ、真実を知った時点で、もう運命の歯車は動き始めてしまった」
リアナが足元の水面に手を伸ばすと、そこに新たな光景が浮かび上がる。
深淵のような闇の中に、眠る少女の影。
その顔立ちはリアナと酷似していたが、髪は漆黒に染まり、瞳は閉じられていても、内に秘める力は明らかだった。
「……彼女が、“もう一人の君”」
イッセイの声が低く、重く響く。
「この地、セーレ・リュミエールは、記録と記憶、そして存在そのものを封じる“絶対封印領域”。私の半身は、その中心核にて眠っている」
リアナが語る言葉に、かすかな揺らぎが混じる。
それは、恐れか、哀しみか、あるいは懺悔か。
「私が選んだのは……彼女を封じること。私の中の破壊衝動、怒り、悲しみのすべてを分離し、彼女に背負わせた。私は救いの象徴として聖女とされ……彼女は、災厄として魔王と呼ばれた」
映像の中で、黒きリアナが眠る棺のような空間に、精霊の結界がいくつも張り巡らされていく様子が映る。
「その代償として、私自身も“世界の均衡”から消されたわ」
世界にとって、あまりにも強すぎる真実。
それを封じるために、リアナは存在ごと“忘れられる”選択をしたのだ。
「でも……もう、それを隠してはいけない」
イッセイが言った。
「この時代に生きる俺たちは……君のような“都合の悪い真実”を、受け止めなければならない。封印のために犠牲にされてきた全ての命に報いるためにも」
イッセイの言葉に、リアナがわずかに瞳を細める。
「……だからこそ、あなたに託したの。私の意志も、痛みも、選択も。あなたなら……“彼女”と向き合える」
その瞬間、空間全体が激しく揺れた。
水面が割れ、空に無数の魔法陣が現れ、重なり合って“封印の鍵”を解放し始める。
「封印が……!」
「崩れかけているの。あなたが“真実”を知ったことで、結界の片側が開いた。あとは、彼女自身が覚醒を望めば……!」
リアナの声が震える。
「待って。望めばって……つまり、彼女が目覚めを拒めば、封印は保たれる?」
「理論上は、そう。でも……彼女はきっと、“知ってしまう”。私たちが再び記憶の深奥に踏み込んだことで」
再び、映像が変わる。
黒きリアナの周囲に、細波のような波動が広がる。
彼女の指が、ほんの僅かに動いた。
それは、覚醒の兆し。
世界の封印が、いま、揺らぎ始めていた。
「……俺は、彼女とも向き合わなきゃいけないんだな」
イッセイの口元に、静かな決意の色が浮かぶ。
「リアナ、君が選んだ“救い”と“罪”……それごと、俺が受け止める」
リアナの姿が、ふっと微笑みを浮かべる。
「ありがとう。あなたがそう言ってくれるだけで、私は報われる」
そのとき、リアナの背後に巨大な光の門が現れる。
「これは……?」
「神域の最深層、“契約の間”へ通じる門。そこには、かつて封印を施した“精霊の盟約”が残っている。あなたが進めば、彼女の眠りもまた――終わる」
イッセイはゆっくりと頷いた。
「行こう。すべての真実を知るために。そして……未来の選択をするために」
リアナが目を伏せ、最後にそっと囁く。
「もう一度……ありがとう、イッセイ。どうか、彼女を……あの子を、救ってあげて」
その声と共に、光の門がゆっくりと開いていく。
そこに待つのは、“リアナの半身”――封じられし魔王との邂逅。
真実の終わりと、始まりが、今、歩み寄ろうとしていた。
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