侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

文字の大きさ
112 / 214
第十章 封印の神域と千年の夢

神域崩壊――魂の共鳴

しおりを挟む
 空が、裂けた。



 静謐だったはずの神域セーレ・リュミエールに、ひび割れるような音が響く。大気が逆巻き、結界が砕け、天と地の境界が歪んでいく。大地を這う瘴気は紫黒に染まり、時間すらねじ曲げる異様な波動を放ち始めた。



「……これは……結界が……崩れてる……!」



 シャルロッテが叫ぶ。精霊の囁きが狂い、あらゆる魔力がノイズに変わる。



 空間の中心――神域の心臓部とも呼ばれる“光の環”から、黒い裂け目が拡がっていく。その中に見えたのは、かつて見た《魔王の残滓》――いや、それ以上に肥大し、禍々しく成長した“なにか”だった。



「……これが……リアナの、もう一つの記憶……」



 イッセイは膝をつきながらも、視線を逸らさずに言った。その眼には恐れではなく、深い理解が宿っていた。



「魔王は、破壊だけではなかった。あれは……世界そのものの“歪み”を受け止めた存在だったんだ」



「にゃん……でも、今のそれは、もう誰の意志もない……ただの“残滓”にゃ……!」



 ミュリルが恐怖に震えながらも、イッセイの傍に立つ。彼女の尻尾が怒りと決意で逆立っていた。



 その瞬間、崩れた空間から、かすかに――しかし確かに、“もう一つの現実”が漏れ出す。



 それは幻でも夢でもない、“ありえたかもしれない未来”。



 仲間たち一人ひとりの眼前に、それぞれの“もう一つの道”が現れた。



 ◇ ◇ ◇



 クラリスの前に現れたのは、玉座に座る自分の姿だった。王国を守り、強く気高くあろうとする少女の姿――だがその瞳には、イッセイの姿がなかった。



「……孤独に王であるより、私は、あなたと……!」



 彼女は幻に背を向け、剣を抜いた。



 ◇



 ルーナの幻は、騎士団の一員として正義の旗を振る自分だった。



 誰よりも規律を守り、誰よりも勇敢で……だが、心には空洞があった。



「私は……イッセイくんの隣で、笑っていたい……!」



 その叫びと共に、幻が砕ける。



 ◇



 サーシャは、かつて守れなかった弟の笑顔を見た。



 「姉上……ぼくはもう、大丈夫だから」



 その言葉に、サーシャは静かに剣を収める。



「ならば、私は今を守ろう。この仲間と、未来を信じて」



 ◇



 フィーナは、華やかな舞台の中央に立つ自分を見た。



 歓声に包まれ、夢を叶えたはずの自分――でも、そこにイッセイの声はなかった。



「……ボクは、夢を選ぶんじゃない。一緒に見る未来を、選ぶんだウサ!」



 光が広がり、幻は霧散する。



 ◇



 リリィは、大商会の長として世界を回る自分を見た。



 成功し、誰にも媚びず、誇り高く――だがその笑顔は、どこか嘘だった。



「……ふん、愛なんて柄じゃないけどさ……アンタといなきゃ、意味ないんだって」



 リリィはくるりと踵を返し、幻を蹴り飛ばした。



 ◇



 セリアは、誰かの影に怯えながらも、生き残ったもう一人の自分を見た。



 「逃げても、生きていればいい……そう言ってくれたから」



 彼女は剣を構える。



「今度は、私が“守る側”になる番です」



 ◇ ◇ ◇



 それぞれが“過去”でも“理想”でもなく、“今”を選んだ。



 その瞬間、神域全体に光が灯る。



 重なっていた幻影が砕け、黒い瘴気に浸食されていた空間が、浄化の光に包まれていく。



 最奥に、石造りの階段が現れた。



 淡い光に包まれたその階は、天にも地にも繋がらぬ場所――《魂の階》。



 “選んだ者”だけが踏みしめることを許される、真実の階。



「……行こう。答えを得るために」



 イッセイが前に出る。仲間たちは頷き、静かにその背に続く。



 そして、一行は《魂の階》を昇っていった――



 真実の、最奥へと。



 淡い光を放つ《魂の階》を一歩ずつ昇るたびに、空間が変容していく。上下左右の概念が曖昧になり、まるで自分の内面を歩いているかのような錯覚に囚われる。



 光と闇、記憶と想念が交錯する空間で、イッセイたちはまっすぐに進み続けた。



 やがて、空間がふわりと開かれた。



 そこに広がっていたのは、まるで夢のような景色――



 空一面に銀色の霧が漂い、宙には記憶の欠片が浮かぶ。戦場、微笑み、涙、祈り、別れ――いずれもリアナの人生から切り取られた“魂の記録”だった。



「……ここが、リアナの魂の核心……」



 シャルロッテが息を呑む。空間全体が彼女の精霊感応に共鳴し、優しい囁きを送ってくる。



「これは……記録じゃない。感情の記憶……魂そのものの投影よ」



 その言葉に、仲間たちも言葉を失って景色を見つめていた。



 イッセイは足を止め、胸の奥に響く声に耳を傾けた。



(……イッセイ)



 リアナの、あの穏やかな声が、また聞こえる。



(ありがとう。あなたたちが来てくれたことで、私は“孤独”を終わらせられる)



 彼女の姿は見えなかった。ただ、温かな想念が、まるで風のように彼の周囲を包んでいた。



「リアナ……君はずっと、ここで待ってたんだな」



 イッセイは目を閉じる。目の裏に浮かぶのは、光と闇の中で祈りを捧げた少女の姿。



 そして――次の瞬間、空間が明滅した。



「……っ! これは……」



 全員の意識に、共鳴するように一つの映像が流れ込んだ。



 



 ――それは、封印の瞬間だった。



 



 千年前、魔王を封じるための最終儀式。リアナは人知れずその場所に立ち、魂を引き裂くような儀を成し遂げた。



《これが、わたしの“願い”……。破壊でも、救済でもない。“可能性”として、誰かに託すこと……》



 魔王の力を封じる器。それは彼女自身の“魂の片割れ”。



 自らを記憶ごと封じ、未来へ託すという選択。



「彼女は……自分の魂を、世界に託していた……」



 クラリスが震える声で呟いた。



「つまり……この神域は、彼女の祈りが形になった場所……?」



「ええ。そして、私たちは今、彼女の意志と真正面から向き合っている」



 シャルロッテの声はどこか感極まっていた。



 



 ――その時だった。



 空間の奥に、ぼんやりと光の柱が立ち上がった。



 その中央に、静かに立つ少女の幻影が現れる。



 銀髪に、淡い紫の法衣。穏やかな微笑みと、どこか寂しげな眼差し。



「……リアナ……!」



 ルーナの声が震える。



「これが……本当の、君の姿か……」



 イッセイは一歩、踏み出す。幻影のリアナが、ゆっくりとこちらを見つめる。



「私は……あなたに、問わなければなりません」



 その声は、幻であるはずなのに、確かに魂を揺さぶる響きだった。



「“選ばれし者”よ。あなたは、すべての記憶を受け入れた上で、私の意志を継ぎますか?」



 その問いに、神域が静まり返る。



 試されているのは、ただの力や勇気ではない。



 ――覚悟。



 世界の真実を知ったうえで、それを未来へと繋げる覚悟。



「……俺は、君のすべてを受け止める」



 イッセイの声は静かだった。しかしその言葉には、揺るぎない決意があった。



 そして、光が――魂の階の頂から、あふれるように広がっていく。



 仲間たちの足元を包み、意識と魂が一つに繋がる感覚。



 その先にあるのは、封印の真実。



 すべての答えを刻む“最後の扉”だった。



 



「行こう、みんな」



「うん、もう迷わない!」



「……彼女のために、そして私たち自身のために」



 彼らは、揃って歩き出した。



 この魂の最奥にある、“リアナの本心”へ――



 この魂の最奥にある、“リアナの本心”へ――



 イッセイたちは、光に満ちた扉をくぐった。



 その瞬間、視界がふわりと反転し、全員の足元が光に包まれる。次に見えたのは、まばゆい銀の大地。空は深く澄み、星々が時を越えて静かに輝いていた。



 それは、現実とも幻ともつかぬ、魂の深層――“リアナの真実”を抱いた世界だった。



「ここが……魂の核……」



 シャルロッテが小さく呟く。彼女の目には涙が浮かんでいた。精霊たちがここに集い、リアナの想念を守っているのが、はっきりとわかったのだ。



 その中心――静かに佇む、少女の姿。



 リアナは祈るように両手を胸元に重ね、風に銀髪を揺らしながら、そっと目を開けた。



「……来てくれて、ありがとう。イッセイ、そしてみなさん」



 その声は柔らかく、悲しみと喜びが混じった響きだった。



「ここは……私の魂の記憶。その最も深い場所。忘れられることを、望んだ真実」



 リアナが指先を伸ばすと、空に光の粒が舞い上がった。



 その粒は、一つ一つが“記憶の欠片”――



 人間たちからの疑念。裏切り。信じた者に否定され、孤独に堕ち、それでも誰かを救おうとした記憶。



「私は……人間を救いたかった。どんなに拒まれても、恐れられても。それが“魔王”と呼ばれることになっても」



 言葉と共に、空に大きな影が現れる。



 それは“魔王”の姿――だが、醜悪でも邪悪でもなく、リアナと同じ顔を持つ“もう一人の彼女”だった。



「……あなたが、“もう一つの魂”」



 イッセイが問いかけると、もう一人のリアナは、静かに微笑んだ。



「私は“選ばれた聖女”ではない。人間の希望ではなく、人間の恐れが作った存在。“力”があるだけで、忌むべき存在とされた、もう一つの真実」



「じゃあ、君は……“拒絶”の象徴……?」



「ええ。だけど私は、それでも彼らを赦したいと思った」



 両者のリアナが、同時に口を開く。



《この世界が変わるには、過去を受け入れる者が必要なの》



《赦すことが、未来を創る第一歩だから》



 その言葉に、沈黙が流れる。



 仲間たちも言葉を失いながら、リアナの両面の魂を見つめていた。



 シャルロッテが小さく進み出る。



「……リアナ様。私は、あなたの記憶の一端を感じてきました。あなたが何を願い、何を捨て、何を託したか。今、私たちは……それを“未来”として繋げたいのです」



「……ありがとう、精霊の娘」



 リアナが微笑む。



 その瞬間、空の星が一つ、流れた。



 ――すべてを知った今、選ぶのは彼ら自身。



「イッセイ……あなたは、どちらの意志を継ぎますか?」



 問いかけは、二人のリアナから同時に発された。



 救済か、拒絶か。赦しを選ぶか、力を選ぶか。



 イッセイは、ゆっくりと目を閉じた。



 仲間たちの顔が浮かぶ。



 シャルロッテの優しい眼差し。クラリスの気高い誇り。ルーナのまっすぐな信頼。リリィの気丈な笑み。フィーナの癒しの光。ミュリルの小さな勇気。セリアの真っ直ぐな刃。



 彼女たちと過ごした日々が、すべて彼に力をくれた。



「俺は、どちらも継ぐ。救いも、拒絶も、全部受け止めて――“今”を生きて、未来を創る!」



 叫びと共に、魂の空間が震えた。



 二つのリアナが、同時に微笑んだ。



「それが……私たちが待ち望んだ、答え」



 リアナの魂が、一つに重なる。



 銀の光が爆ぜ、空間全体が眩く染まった。



 その光は、現実の神域へと溢れ出し、崩れかけた空間をゆっくりと修復していく。



「これは……再生の光……!」



 フィーナが目を潤ませる。



「リアナ……君の記憶も、魂も、想いも……消えない。俺たちが継ぐから」



 イッセイの言葉に、風が優しく応えた。



 そして、銀の空が、静かに夜明けを告げるように――



 《魂の真実》は、確かに彼らの中に刻まれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!! スティールスキル。 皆さん、どんなイメージを持ってますか? 使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。 でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。 スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。 楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。 それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。 2025/12/7 一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

処理中です...