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第十章 封印の神域と千年の夢
神域崩壊――魂の共鳴
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空が、裂けた。
静謐だったはずの神域セーレ・リュミエールに、ひび割れるような音が響く。大気が逆巻き、結界が砕け、天と地の境界が歪んでいく。大地を這う瘴気は紫黒に染まり、時間すらねじ曲げる異様な波動を放ち始めた。
「……これは……結界が……崩れてる……!」
シャルロッテが叫ぶ。精霊の囁きが狂い、あらゆる魔力がノイズに変わる。
空間の中心――神域の心臓部とも呼ばれる“光の環”から、黒い裂け目が拡がっていく。その中に見えたのは、かつて見た《魔王の残滓》――いや、それ以上に肥大し、禍々しく成長した“なにか”だった。
「……これが……リアナの、もう一つの記憶……」
イッセイは膝をつきながらも、視線を逸らさずに言った。その眼には恐れではなく、深い理解が宿っていた。
「魔王は、破壊だけではなかった。あれは……世界そのものの“歪み”を受け止めた存在だったんだ」
「にゃん……でも、今のそれは、もう誰の意志もない……ただの“残滓”にゃ……!」
ミュリルが恐怖に震えながらも、イッセイの傍に立つ。彼女の尻尾が怒りと決意で逆立っていた。
その瞬間、崩れた空間から、かすかに――しかし確かに、“もう一つの現実”が漏れ出す。
それは幻でも夢でもない、“ありえたかもしれない未来”。
仲間たち一人ひとりの眼前に、それぞれの“もう一つの道”が現れた。
◇ ◇ ◇
クラリスの前に現れたのは、玉座に座る自分の姿だった。王国を守り、強く気高くあろうとする少女の姿――だがその瞳には、イッセイの姿がなかった。
「……孤独に王であるより、私は、あなたと……!」
彼女は幻に背を向け、剣を抜いた。
◇
ルーナの幻は、騎士団の一員として正義の旗を振る自分だった。
誰よりも規律を守り、誰よりも勇敢で……だが、心には空洞があった。
「私は……イッセイくんの隣で、笑っていたい……!」
その叫びと共に、幻が砕ける。
◇
サーシャは、かつて守れなかった弟の笑顔を見た。
「姉上……ぼくはもう、大丈夫だから」
その言葉に、サーシャは静かに剣を収める。
「ならば、私は今を守ろう。この仲間と、未来を信じて」
◇
フィーナは、華やかな舞台の中央に立つ自分を見た。
歓声に包まれ、夢を叶えたはずの自分――でも、そこにイッセイの声はなかった。
「……ボクは、夢を選ぶんじゃない。一緒に見る未来を、選ぶんだウサ!」
光が広がり、幻は霧散する。
◇
リリィは、大商会の長として世界を回る自分を見た。
成功し、誰にも媚びず、誇り高く――だがその笑顔は、どこか嘘だった。
「……ふん、愛なんて柄じゃないけどさ……アンタといなきゃ、意味ないんだって」
リリィはくるりと踵を返し、幻を蹴り飛ばした。
◇
セリアは、誰かの影に怯えながらも、生き残ったもう一人の自分を見た。
「逃げても、生きていればいい……そう言ってくれたから」
彼女は剣を構える。
「今度は、私が“守る側”になる番です」
◇ ◇ ◇
それぞれが“過去”でも“理想”でもなく、“今”を選んだ。
その瞬間、神域全体に光が灯る。
重なっていた幻影が砕け、黒い瘴気に浸食されていた空間が、浄化の光に包まれていく。
最奥に、石造りの階段が現れた。
淡い光に包まれたその階は、天にも地にも繋がらぬ場所――《魂の階》。
“選んだ者”だけが踏みしめることを許される、真実の階。
「……行こう。答えを得るために」
イッセイが前に出る。仲間たちは頷き、静かにその背に続く。
そして、一行は《魂の階》を昇っていった――
真実の、最奥へと。
淡い光を放つ《魂の階》を一歩ずつ昇るたびに、空間が変容していく。上下左右の概念が曖昧になり、まるで自分の内面を歩いているかのような錯覚に囚われる。
光と闇、記憶と想念が交錯する空間で、イッセイたちはまっすぐに進み続けた。
やがて、空間がふわりと開かれた。
そこに広がっていたのは、まるで夢のような景色――
空一面に銀色の霧が漂い、宙には記憶の欠片が浮かぶ。戦場、微笑み、涙、祈り、別れ――いずれもリアナの人生から切り取られた“魂の記録”だった。
「……ここが、リアナの魂の核心……」
シャルロッテが息を呑む。空間全体が彼女の精霊感応に共鳴し、優しい囁きを送ってくる。
「これは……記録じゃない。感情の記憶……魂そのものの投影よ」
その言葉に、仲間たちも言葉を失って景色を見つめていた。
イッセイは足を止め、胸の奥に響く声に耳を傾けた。
(……イッセイ)
リアナの、あの穏やかな声が、また聞こえる。
(ありがとう。あなたたちが来てくれたことで、私は“孤独”を終わらせられる)
彼女の姿は見えなかった。ただ、温かな想念が、まるで風のように彼の周囲を包んでいた。
「リアナ……君はずっと、ここで待ってたんだな」
イッセイは目を閉じる。目の裏に浮かぶのは、光と闇の中で祈りを捧げた少女の姿。
そして――次の瞬間、空間が明滅した。
「……っ! これは……」
全員の意識に、共鳴するように一つの映像が流れ込んだ。
――それは、封印の瞬間だった。
千年前、魔王を封じるための最終儀式。リアナは人知れずその場所に立ち、魂を引き裂くような儀を成し遂げた。
《これが、わたしの“願い”……。破壊でも、救済でもない。“可能性”として、誰かに託すこと……》
魔王の力を封じる器。それは彼女自身の“魂の片割れ”。
自らを記憶ごと封じ、未来へ託すという選択。
「彼女は……自分の魂を、世界に託していた……」
クラリスが震える声で呟いた。
「つまり……この神域は、彼女の祈りが形になった場所……?」
「ええ。そして、私たちは今、彼女の意志と真正面から向き合っている」
シャルロッテの声はどこか感極まっていた。
――その時だった。
空間の奥に、ぼんやりと光の柱が立ち上がった。
その中央に、静かに立つ少女の幻影が現れる。
銀髪に、淡い紫の法衣。穏やかな微笑みと、どこか寂しげな眼差し。
「……リアナ……!」
ルーナの声が震える。
「これが……本当の、君の姿か……」
イッセイは一歩、踏み出す。幻影のリアナが、ゆっくりとこちらを見つめる。
「私は……あなたに、問わなければなりません」
その声は、幻であるはずなのに、確かに魂を揺さぶる響きだった。
「“選ばれし者”よ。あなたは、すべての記憶を受け入れた上で、私の意志を継ぎますか?」
その問いに、神域が静まり返る。
試されているのは、ただの力や勇気ではない。
――覚悟。
世界の真実を知ったうえで、それを未来へと繋げる覚悟。
「……俺は、君のすべてを受け止める」
イッセイの声は静かだった。しかしその言葉には、揺るぎない決意があった。
そして、光が――魂の階の頂から、あふれるように広がっていく。
仲間たちの足元を包み、意識と魂が一つに繋がる感覚。
その先にあるのは、封印の真実。
すべての答えを刻む“最後の扉”だった。
「行こう、みんな」
「うん、もう迷わない!」
「……彼女のために、そして私たち自身のために」
彼らは、揃って歩き出した。
この魂の最奥にある、“リアナの本心”へ――
この魂の最奥にある、“リアナの本心”へ――
イッセイたちは、光に満ちた扉をくぐった。
その瞬間、視界がふわりと反転し、全員の足元が光に包まれる。次に見えたのは、まばゆい銀の大地。空は深く澄み、星々が時を越えて静かに輝いていた。
それは、現実とも幻ともつかぬ、魂の深層――“リアナの真実”を抱いた世界だった。
「ここが……魂の核……」
シャルロッテが小さく呟く。彼女の目には涙が浮かんでいた。精霊たちがここに集い、リアナの想念を守っているのが、はっきりとわかったのだ。
その中心――静かに佇む、少女の姿。
リアナは祈るように両手を胸元に重ね、風に銀髪を揺らしながら、そっと目を開けた。
「……来てくれて、ありがとう。イッセイ、そしてみなさん」
その声は柔らかく、悲しみと喜びが混じった響きだった。
「ここは……私の魂の記憶。その最も深い場所。忘れられることを、望んだ真実」
リアナが指先を伸ばすと、空に光の粒が舞い上がった。
その粒は、一つ一つが“記憶の欠片”――
人間たちからの疑念。裏切り。信じた者に否定され、孤独に堕ち、それでも誰かを救おうとした記憶。
「私は……人間を救いたかった。どんなに拒まれても、恐れられても。それが“魔王”と呼ばれることになっても」
言葉と共に、空に大きな影が現れる。
それは“魔王”の姿――だが、醜悪でも邪悪でもなく、リアナと同じ顔を持つ“もう一人の彼女”だった。
「……あなたが、“もう一つの魂”」
イッセイが問いかけると、もう一人のリアナは、静かに微笑んだ。
「私は“選ばれた聖女”ではない。人間の希望ではなく、人間の恐れが作った存在。“力”があるだけで、忌むべき存在とされた、もう一つの真実」
「じゃあ、君は……“拒絶”の象徴……?」
「ええ。だけど私は、それでも彼らを赦したいと思った」
両者のリアナが、同時に口を開く。
《この世界が変わるには、過去を受け入れる者が必要なの》
《赦すことが、未来を創る第一歩だから》
その言葉に、沈黙が流れる。
仲間たちも言葉を失いながら、リアナの両面の魂を見つめていた。
シャルロッテが小さく進み出る。
「……リアナ様。私は、あなたの記憶の一端を感じてきました。あなたが何を願い、何を捨て、何を託したか。今、私たちは……それを“未来”として繋げたいのです」
「……ありがとう、精霊の娘」
リアナが微笑む。
その瞬間、空の星が一つ、流れた。
――すべてを知った今、選ぶのは彼ら自身。
「イッセイ……あなたは、どちらの意志を継ぎますか?」
問いかけは、二人のリアナから同時に発された。
救済か、拒絶か。赦しを選ぶか、力を選ぶか。
イッセイは、ゆっくりと目を閉じた。
仲間たちの顔が浮かぶ。
シャルロッテの優しい眼差し。クラリスの気高い誇り。ルーナのまっすぐな信頼。リリィの気丈な笑み。フィーナの癒しの光。ミュリルの小さな勇気。セリアの真っ直ぐな刃。
彼女たちと過ごした日々が、すべて彼に力をくれた。
「俺は、どちらも継ぐ。救いも、拒絶も、全部受け止めて――“今”を生きて、未来を創る!」
叫びと共に、魂の空間が震えた。
二つのリアナが、同時に微笑んだ。
「それが……私たちが待ち望んだ、答え」
リアナの魂が、一つに重なる。
銀の光が爆ぜ、空間全体が眩く染まった。
その光は、現実の神域へと溢れ出し、崩れかけた空間をゆっくりと修復していく。
「これは……再生の光……!」
フィーナが目を潤ませる。
「リアナ……君の記憶も、魂も、想いも……消えない。俺たちが継ぐから」
イッセイの言葉に、風が優しく応えた。
そして、銀の空が、静かに夜明けを告げるように――
《魂の真実》は、確かに彼らの中に刻まれた。
静謐だったはずの神域セーレ・リュミエールに、ひび割れるような音が響く。大気が逆巻き、結界が砕け、天と地の境界が歪んでいく。大地を這う瘴気は紫黒に染まり、時間すらねじ曲げる異様な波動を放ち始めた。
「……これは……結界が……崩れてる……!」
シャルロッテが叫ぶ。精霊の囁きが狂い、あらゆる魔力がノイズに変わる。
空間の中心――神域の心臓部とも呼ばれる“光の環”から、黒い裂け目が拡がっていく。その中に見えたのは、かつて見た《魔王の残滓》――いや、それ以上に肥大し、禍々しく成長した“なにか”だった。
「……これが……リアナの、もう一つの記憶……」
イッセイは膝をつきながらも、視線を逸らさずに言った。その眼には恐れではなく、深い理解が宿っていた。
「魔王は、破壊だけではなかった。あれは……世界そのものの“歪み”を受け止めた存在だったんだ」
「にゃん……でも、今のそれは、もう誰の意志もない……ただの“残滓”にゃ……!」
ミュリルが恐怖に震えながらも、イッセイの傍に立つ。彼女の尻尾が怒りと決意で逆立っていた。
その瞬間、崩れた空間から、かすかに――しかし確かに、“もう一つの現実”が漏れ出す。
それは幻でも夢でもない、“ありえたかもしれない未来”。
仲間たち一人ひとりの眼前に、それぞれの“もう一つの道”が現れた。
◇ ◇ ◇
クラリスの前に現れたのは、玉座に座る自分の姿だった。王国を守り、強く気高くあろうとする少女の姿――だがその瞳には、イッセイの姿がなかった。
「……孤独に王であるより、私は、あなたと……!」
彼女は幻に背を向け、剣を抜いた。
◇
ルーナの幻は、騎士団の一員として正義の旗を振る自分だった。
誰よりも規律を守り、誰よりも勇敢で……だが、心には空洞があった。
「私は……イッセイくんの隣で、笑っていたい……!」
その叫びと共に、幻が砕ける。
◇
サーシャは、かつて守れなかった弟の笑顔を見た。
「姉上……ぼくはもう、大丈夫だから」
その言葉に、サーシャは静かに剣を収める。
「ならば、私は今を守ろう。この仲間と、未来を信じて」
◇
フィーナは、華やかな舞台の中央に立つ自分を見た。
歓声に包まれ、夢を叶えたはずの自分――でも、そこにイッセイの声はなかった。
「……ボクは、夢を選ぶんじゃない。一緒に見る未来を、選ぶんだウサ!」
光が広がり、幻は霧散する。
◇
リリィは、大商会の長として世界を回る自分を見た。
成功し、誰にも媚びず、誇り高く――だがその笑顔は、どこか嘘だった。
「……ふん、愛なんて柄じゃないけどさ……アンタといなきゃ、意味ないんだって」
リリィはくるりと踵を返し、幻を蹴り飛ばした。
◇
セリアは、誰かの影に怯えながらも、生き残ったもう一人の自分を見た。
「逃げても、生きていればいい……そう言ってくれたから」
彼女は剣を構える。
「今度は、私が“守る側”になる番です」
◇ ◇ ◇
それぞれが“過去”でも“理想”でもなく、“今”を選んだ。
その瞬間、神域全体に光が灯る。
重なっていた幻影が砕け、黒い瘴気に浸食されていた空間が、浄化の光に包まれていく。
最奥に、石造りの階段が現れた。
淡い光に包まれたその階は、天にも地にも繋がらぬ場所――《魂の階》。
“選んだ者”だけが踏みしめることを許される、真実の階。
「……行こう。答えを得るために」
イッセイが前に出る。仲間たちは頷き、静かにその背に続く。
そして、一行は《魂の階》を昇っていった――
真実の、最奥へと。
淡い光を放つ《魂の階》を一歩ずつ昇るたびに、空間が変容していく。上下左右の概念が曖昧になり、まるで自分の内面を歩いているかのような錯覚に囚われる。
光と闇、記憶と想念が交錯する空間で、イッセイたちはまっすぐに進み続けた。
やがて、空間がふわりと開かれた。
そこに広がっていたのは、まるで夢のような景色――
空一面に銀色の霧が漂い、宙には記憶の欠片が浮かぶ。戦場、微笑み、涙、祈り、別れ――いずれもリアナの人生から切り取られた“魂の記録”だった。
「……ここが、リアナの魂の核心……」
シャルロッテが息を呑む。空間全体が彼女の精霊感応に共鳴し、優しい囁きを送ってくる。
「これは……記録じゃない。感情の記憶……魂そのものの投影よ」
その言葉に、仲間たちも言葉を失って景色を見つめていた。
イッセイは足を止め、胸の奥に響く声に耳を傾けた。
(……イッセイ)
リアナの、あの穏やかな声が、また聞こえる。
(ありがとう。あなたたちが来てくれたことで、私は“孤独”を終わらせられる)
彼女の姿は見えなかった。ただ、温かな想念が、まるで風のように彼の周囲を包んでいた。
「リアナ……君はずっと、ここで待ってたんだな」
イッセイは目を閉じる。目の裏に浮かぶのは、光と闇の中で祈りを捧げた少女の姿。
そして――次の瞬間、空間が明滅した。
「……っ! これは……」
全員の意識に、共鳴するように一つの映像が流れ込んだ。
――それは、封印の瞬間だった。
千年前、魔王を封じるための最終儀式。リアナは人知れずその場所に立ち、魂を引き裂くような儀を成し遂げた。
《これが、わたしの“願い”……。破壊でも、救済でもない。“可能性”として、誰かに託すこと……》
魔王の力を封じる器。それは彼女自身の“魂の片割れ”。
自らを記憶ごと封じ、未来へ託すという選択。
「彼女は……自分の魂を、世界に託していた……」
クラリスが震える声で呟いた。
「つまり……この神域は、彼女の祈りが形になった場所……?」
「ええ。そして、私たちは今、彼女の意志と真正面から向き合っている」
シャルロッテの声はどこか感極まっていた。
――その時だった。
空間の奥に、ぼんやりと光の柱が立ち上がった。
その中央に、静かに立つ少女の幻影が現れる。
銀髪に、淡い紫の法衣。穏やかな微笑みと、どこか寂しげな眼差し。
「……リアナ……!」
ルーナの声が震える。
「これが……本当の、君の姿か……」
イッセイは一歩、踏み出す。幻影のリアナが、ゆっくりとこちらを見つめる。
「私は……あなたに、問わなければなりません」
その声は、幻であるはずなのに、確かに魂を揺さぶる響きだった。
「“選ばれし者”よ。あなたは、すべての記憶を受け入れた上で、私の意志を継ぎますか?」
その問いに、神域が静まり返る。
試されているのは、ただの力や勇気ではない。
――覚悟。
世界の真実を知ったうえで、それを未来へと繋げる覚悟。
「……俺は、君のすべてを受け止める」
イッセイの声は静かだった。しかしその言葉には、揺るぎない決意があった。
そして、光が――魂の階の頂から、あふれるように広がっていく。
仲間たちの足元を包み、意識と魂が一つに繋がる感覚。
その先にあるのは、封印の真実。
すべての答えを刻む“最後の扉”だった。
「行こう、みんな」
「うん、もう迷わない!」
「……彼女のために、そして私たち自身のために」
彼らは、揃って歩き出した。
この魂の最奥にある、“リアナの本心”へ――
この魂の最奥にある、“リアナの本心”へ――
イッセイたちは、光に満ちた扉をくぐった。
その瞬間、視界がふわりと反転し、全員の足元が光に包まれる。次に見えたのは、まばゆい銀の大地。空は深く澄み、星々が時を越えて静かに輝いていた。
それは、現実とも幻ともつかぬ、魂の深層――“リアナの真実”を抱いた世界だった。
「ここが……魂の核……」
シャルロッテが小さく呟く。彼女の目には涙が浮かんでいた。精霊たちがここに集い、リアナの想念を守っているのが、はっきりとわかったのだ。
その中心――静かに佇む、少女の姿。
リアナは祈るように両手を胸元に重ね、風に銀髪を揺らしながら、そっと目を開けた。
「……来てくれて、ありがとう。イッセイ、そしてみなさん」
その声は柔らかく、悲しみと喜びが混じった響きだった。
「ここは……私の魂の記憶。その最も深い場所。忘れられることを、望んだ真実」
リアナが指先を伸ばすと、空に光の粒が舞い上がった。
その粒は、一つ一つが“記憶の欠片”――
人間たちからの疑念。裏切り。信じた者に否定され、孤独に堕ち、それでも誰かを救おうとした記憶。
「私は……人間を救いたかった。どんなに拒まれても、恐れられても。それが“魔王”と呼ばれることになっても」
言葉と共に、空に大きな影が現れる。
それは“魔王”の姿――だが、醜悪でも邪悪でもなく、リアナと同じ顔を持つ“もう一人の彼女”だった。
「……あなたが、“もう一つの魂”」
イッセイが問いかけると、もう一人のリアナは、静かに微笑んだ。
「私は“選ばれた聖女”ではない。人間の希望ではなく、人間の恐れが作った存在。“力”があるだけで、忌むべき存在とされた、もう一つの真実」
「じゃあ、君は……“拒絶”の象徴……?」
「ええ。だけど私は、それでも彼らを赦したいと思った」
両者のリアナが、同時に口を開く。
《この世界が変わるには、過去を受け入れる者が必要なの》
《赦すことが、未来を創る第一歩だから》
その言葉に、沈黙が流れる。
仲間たちも言葉を失いながら、リアナの両面の魂を見つめていた。
シャルロッテが小さく進み出る。
「……リアナ様。私は、あなたの記憶の一端を感じてきました。あなたが何を願い、何を捨て、何を託したか。今、私たちは……それを“未来”として繋げたいのです」
「……ありがとう、精霊の娘」
リアナが微笑む。
その瞬間、空の星が一つ、流れた。
――すべてを知った今、選ぶのは彼ら自身。
「イッセイ……あなたは、どちらの意志を継ぎますか?」
問いかけは、二人のリアナから同時に発された。
救済か、拒絶か。赦しを選ぶか、力を選ぶか。
イッセイは、ゆっくりと目を閉じた。
仲間たちの顔が浮かぶ。
シャルロッテの優しい眼差し。クラリスの気高い誇り。ルーナのまっすぐな信頼。リリィの気丈な笑み。フィーナの癒しの光。ミュリルの小さな勇気。セリアの真っ直ぐな刃。
彼女たちと過ごした日々が、すべて彼に力をくれた。
「俺は、どちらも継ぐ。救いも、拒絶も、全部受け止めて――“今”を生きて、未来を創る!」
叫びと共に、魂の空間が震えた。
二つのリアナが、同時に微笑んだ。
「それが……私たちが待ち望んだ、答え」
リアナの魂が、一つに重なる。
銀の光が爆ぜ、空間全体が眩く染まった。
その光は、現実の神域へと溢れ出し、崩れかけた空間をゆっくりと修復していく。
「これは……再生の光……!」
フィーナが目を潤ませる。
「リアナ……君の記憶も、魂も、想いも……消えない。俺たちが継ぐから」
イッセイの言葉に、風が優しく応えた。
そして、銀の空が、静かに夜明けを告げるように――
《魂の真実》は、確かに彼らの中に刻まれた。
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