侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十二章 蒼穹の方舟と、空に還る想い

囚われの神柱、救出作戦

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静寂は、嵐の前の不気味な予兆に過ぎなかった。

《風の怨嗟》が方舟の深層部へと侵入してから、わずか数刻後。船全体を、地獄の釜が開いたかのような激しい揺れが襲った。



「きゃあああっ!」

「船体が傾く! 体勢を立て直せ!」



俺――イッセイ・アークフェルドは、操舵室のコンソールに手をついて叫んだ。窓の外では、祝福の光を放っていたはずの風の精霊たちが、苦しげに明滅しながら飛び交っている。



「イッセイ様! 方舟の複数区画で、高エネルギー反応を感知! これは……間違いありません、神柱の力です!」



シャルロッテが悲鳴に近い声で報告する。彼女が指差す魔力マップには、二つの巨大な光点が禍々しい紫黒のオーラを放ちながら、方舟の心臓部を破壊し始めていた。



一つは、船の動力を司る《魔導機関区画》。

もう一つは、方舟の魔力全体を貯蔵する《マナ貯蔵庫》。



「……二柱、同時に目覚めやがったのか!」

俺が歯噛みすると、隣にいたシルフィアとラプシア――目覚めたばかりの双子の神柱が、哀しげに首を横に振った。



《あれは、目覚めではありません。怨嗟に魂を囚われた……哀れな傀儡です》

「雷を司る“ヴォルト”と、闇を司る“ノクティス”……かつて、誰よりも気高かった英雄が……!」



ラプシアの言葉に、俺たちは息を呑む。かつての英雄が、今は方舟を破壊する尖兵と化している。これ以上ない皮肉であり、そして最悪の状況だった。



「このままじゃ、機関部と貯蔵庫が破壊されて、方舟は浮力を失って墜落する……!」

リリィの分析は、常に冷静で、だからこそ残酷な現実を突きつけてくる。



「二箇所同時……。分かれて対応するしかないわね」

クラリスが凛とした声で言う。その瞳には、王族としての覚悟が宿っていた。



「ああ。俺たちの力を二つに分ける。だが、それでも勝つ!」

俺は即座に判断を下した。

「機関部は暴走するエネルギーそのものだ。パワーと精密さで叩く。俺とサーシャ、そしてクラリス様で行く!」



「承知。我が刃、雷光とて断ち切ってみせよう」

サーシャが静かに頷き、腰の刀に手を添える。

「わたくしの魔法が、必ずやイッセイ様の道を切り拓きますわ!」

クラリスも力強く応えた。



「残るマナ貯蔵庫は、闇の神柱。力押しだけでは通用しない可能性がある。搦め手と支援、そして“心”で戦う必要がある」

俺は、残りのメンバーを見渡した。



「ルーナ、セリア、フィーナ、頼めるか!」



「ふふっ、任せて。闇が相手なら、ちょっとだけ燃えるもの」

ルーナが小悪魔的に微笑む。

「イッセイ様の背後を脅かす者は、たとえ神柱であろうと排除します」

セリアは既に戦闘態勢だ。不器用だが、これ以上ないほど頼もしい。

そして、フィーナは……。



「……うん、やるウサ。わたしの歌が届くかは分からない。でも、哀しい声が聞こえるなら……応えたいウサ!」

その瞳には、もう迷いはなかった。



「よし、行け! 絶対に、全員で生きて戻るぞ!」

俺の号令と共に、二つのチームは方舟の未来を賭け、汚染された英雄を救うべく、それぞれの戦場へと駆け出した。



◆ 闇に響く癒しの歌



マナ貯蔵庫は、その名の通り方舟の魔力が集まる場所だ。本来ならば、壁一面に埋め込まれたマナクリスタルが青白い光を放ち、幻想的な空間であるはずだった。

だが今、その場所は《風の怨嗟》に汚染された神柱――ノクティスの“闇”によって、底なしの深淵へと変貌していた。



「うわ……空気が重い……。魔力そのものが、嘆いているみたい……」

ルーナが眉をひそめ、杖を構える。

光はほとんどなく、足元すらおぼつかない。ただ、空間の中央に、人型の影が静かに佇んでいるのが気配で分かった。



「……誰だ。我の眠りを妨げるのは……」



声は低く、そして深い絶望に満ちていた。影がゆっくりとこちらを向く。その姿は黒い霧のようで、実体があるのかどうかすら判然としない。



「神柱ノクティス! 私たちはあなたを傷つけに来たわけではありません! どうか、その怨嗟の呪縛から……!」

セリアが呼びかけるが、闇は嘲笑うかのように揺らめいた。

「呪縛……? 否。これは我自身が望んだ力。闇こそが、我に安寧を与えたのだ……」



その言葉と共に、闇が触手のように伸び、三人に襲いかかってきた!



「させない!」

セリアが瞬時に前に出て、短剣で触手を切り裂く。だが、斬られた闇はすぐに再生し、再び襲いかかる。

「くっ、キリがない……!」



「フィーナ、援護するわ! 《光弾連射》!」

ルーナが光の魔法を放つが、それもまた闇に吸収されてしまう。

「ダメよ、この闇……光さえ喰らう気!?」



「二人とも、下がってウサ!」

フィーナが叫び、両手を広げる。

「《聖光の泡ホーリー・バブル》!」



彼女の足元から、浄化の力を持つ無数の光る泡が生まれ、闇の触手を包み込んでいく。ジュワッ、と闇が蒸発する音が響き、ノクティスの動きが一瞬だけ止まった。



「……浄化の力か。だが、無駄だ。我の後悔の深さは、その程度の光では照らせぬ」



ノクティスの声と共に、フィーナたちの脳裏に、直接“記憶”が流れ込んできた。

それは、かつて英雄ノクティスが体験した絶望。闇の力に手を染めてまで守ろうとした仲間たちが、彼の力を恐れ、彼を裏切り、孤独の中で死んでいった記憶だった。



《なぜだ……なぜ我だけが……! この力は、守るために……!》



「うっ……!?」

フィーナが、そのあまりに深い哀しみに胸を押さえて膝をついた。

「フィーナ! しっかりして!」

セリアが駆け寄るが、彼女自身もまた、その絶望の波動に精神を蝕まれかけていた。



「……そう。これが闇。これが絶望。汝らも、ここで共に眠るがいい……」

ノクティスの影が、ゆっくりと三人に迫ってくる。



だが、フィーナは顔を上げた。その瞳には、涙が浮かんでいた。

「……違うウサ」

「フィーナ?」

「あなたは……眠りたいんじゃない。本当は……誰かに、分かってほしかっただけウサ……!」



フィーナは杖を置き、ゆっくりと立ち上がった。

そして、震える唇で、歌い始めた。



――♪ 哀しい夜は そっと寄り添って

――♪ 傷ついた羽 休めていいの



それは、戦闘の歌ではない。ただ、優しく、温かい子守唄のような旋律だった。

声が出せる喜び、仲間がいる温もり、そして、目の前にいる哀しき英雄への共感。そのすべてが、彼女の歌声に溶け込んでいた。



「……なんだ、その歌は……やめろ……」

ノクティスの闇が、戸惑うように揺らめく。

「やめろと言っている! 我に光など……!」



「光じゃないウサ。これは、ただの“声”ウサ。あなたの痛みに、応えたいっていう、わたしのわがままな歌ウサ!」



フィーナは歌い続ける。

ルーナとセリアも、はっとしたようにフィーナの意図を理解した。彼女たちは武器を構えるのをやめ、フィーナの背中を守るように立つ。



やがて、ノクティスの闇の中から、嗚咽のような響きが漏れ始めた。

千年の孤独の中で、誰も聞いてくれなかった魂の叫びが、フィーナの歌によって、少しずつ溶かされていく。



闇が、薄れていく。

黒い霧の奥に、傷だらけの鎧を纏った青年の姿がおぼろげに見えてきた。



「今よ……!」

ルーナとセリアは、攻撃ではなく、浄化の魔法陣を同時に展開した。



「「――闇を払い、魂に安らぎを! 《双聖浄化デュアル・サンクチュアリ》!」」



二人の光が、フィーナの歌声と重なり合い、ノクティスを優しく包み込んだ。

黒い怨嗟の霧が、完全に晴れていく。



「……ああ……温かい……。これが……赦し……」

英雄ノクティスは、安らかな表情で微笑むと、光の粒子となって消えていった。彼の魂は、ようやく千年の呪縛から解放されたのだ。



「……やった、ウサね」

フィーナは、その場にへたり込んだ。だがその顔は、達成感に満ちていた。



◆ 雷鳴轟く英雄の魂



同時刻、魔導機関区画。

そこは、暴走する雷の神柱――ヴォルトによって、地獄の様相を呈していた。



「はっはっは! 来たか、小童ども! 我が雷で、塵にしてくれるわ!」

ヴォルトは巨躯を揺らし、黒い雷を纏った大斧を振り回していた。その様は英雄というより、破壊を楽しむ狂戦士だ。



「ちっ、話が通じそうにないな!」

俺は《精霊剣リアナ》を構え、ヴォルトの攻撃を受け流す。ビリビリと腕に走る衝撃が、彼の力の強大さを物語っていた。



「サーシャ、側面から! クラリス様、機関部の防衛を!」

「心得た!」

「任せなさい!」



サーシャが疾風のように駆け、ヴォルトの死角から鋭い一閃を放つ。《神威霞流》の剣技が、雷の鎧に火花を散らす。

「小賢しい!」

ヴォルトが斧を薙ぎ払うが、サーシャは紙一重でそれを躱す。



その隙に、クラリスが巨大な氷の壁を生成し、機関部の炉心をヴォルトの攻撃から守った。

「《王家の氷壁ロイヤル・グレイシャー》! これで炉心は守りますわ! イッセイ様、ご武運を!」



「助かる!」

俺はヴォルトの懐へと踏み込む。だが、彼の戦闘経験は伊達じゃない。俺の動きを読み、カウンター気味に雷撃を放ってきた。



「ぐっ……!」

咄嗟に剣でガードするが、数メートル吹き飛ばされる。



《力が……力が、制御できぬ……! 我は、守るためにこの力を得たはずなのに……!》



まただ。戦いの最中、彼の魂の叫びが脳内に響いてくる。

ヴォルトの後悔。それは、制御不能な自らの強大な力によって、かつて守るべき民や仲間を傷つけてしまったという過去だった。



(こいつも、ノクティスと同じか……。自分の力に、心を喰われている)



力でねじ伏せるだけではダメだ。彼の魂を、怨嗟から解放しなければ。

どうすれば……。



「イッセイ殿、彼の狙いは炉心ではない! 貴殿だ!」

サーシャの鋭い声。その通りだった。ヴォルトの攻撃は、すべて俺に集中している。



(俺が……試されているのか)



その時、俺はある覚悟を決めた。

「クラリス様、サーシャ! 次の一撃、俺は避けない!」

「なっ、何を言っているのですか!?」

「いいから、俺を信じろ!」



俺は剣を下ろし、ヴォルトに向かって仁王立ちになる。

「来い、ヴォルト! お前の全力、この身で受け止めてやる!」



「面白い! 望み通り、消し炭にしてくれるわ!」

ヴォルトが咆哮し、最大出力の黒い雷をその大斧に宿す。

絶望的な光景に、クラリスとサーシャが息を呑んだ。



だが、俺は動かない。

雷が俺の身体を貫く、その寸前。

俺は叫んだ。



「お前の力は呪いじゃない! 誰かを守るためにあった、誇り高い英雄の力だ! それを否定するな!」



ドンッ!!!



凄まじい衝撃。だが、痛みはなかった。

黒い雷は、俺の身体に触れる寸前で、リアナの剣が放つ淡い光に阻まれていた。



「……な……ぜ……」

ヴォルトの動きが止まる。

「お前の魂が、本当は破壊を望んでいないからだ。……もういいんだ、ヴォルト。お前は、十分に戦った」



俺の言葉が、彼の心の奥底に届いたようだった。

黒い雷が、ゆっくりと本来の黄金の輝きを取り戻していく。



「……今だ、サーシャ!」

「応!」

サーシャが踏み込み、ヴォルトが持つ大斧――怨嗟の力が宿る元凶を、精密な一撃で砕き割った。



パリン、と軽い音を立てて斧が砕け散る。

同時に、クラリスが最大級の浄化魔法を詠唱した。

「――聖なる光よ、その魂に安らぎを! 《天上の讃歌グロリア》!」



黄金の光がヴォルトを包み込み、怨嗟の気配が完全に消え去った。



「……ふぅ。……そうか、我は……」

鎧の隙間から、穏やかな青年の素顔が覗く。彼は満足げに微笑むと、ノクティスと同じように光の粒子となって消えていった。



俺は、その場に膝をついた。

「……はぁ、はぁ……無茶、しすぎたか……」



「当たり前ですわ、この馬鹿!」

クラリスが駆け寄り、涙目で俺の胸を叩いた。

「……でも、さすがですわ。あなたらしい、やり方でした」



サーシャも、静かに俺の隣に立ち、頷いた。

「見事な覚悟だった、イッセイ殿」



二人の英雄を解放し、俺たちは操舵室へと戻った。

仲間たちも無事で、方舟の暴走も止まっていた。



だが、戦いはまだ終わらない。

風王の哀しみの根源、《風の怨嗟》そのものは、まだこの空のどこかに潜んでいる。



俺は、仲間たちの顔を見渡し、静かに拳を握った。

次こそ、本当の元凶を断つ。
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