侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十二章 蒼穹の方舟と、空に還る想い

最後の神柱、決戦の王座

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風王の記憶がもたらした哀しみの真実。

それを胸に刻んだ俺たちが次に向かうべき場所は、おのずと定まっていた。方舟の最頂部、天の階層に座すという《風王の玉座》。そこには、最後の神柱が眠り、そして風王アナフィエルの魂へと至る道があるという。



解放された神柱たちの魂が導くように、俺たちの乗る《アルセア号》は方舟内部の気流に乗り、ゆっくりと高度を上げていく。周囲を流れる風は、もはやただの空気の流れではなかった。千年の時を経て解放された英雄たちの息吹、そして風王自身の嘆きと願いが混じり合った、聖なる霊気そのものだった。



「……空気が、澄んでいるのに……重い」

甲板に立ったシャルロッテが、そっと胸に手を当てて呟く。彼女の銀髪が、まるで意思を持つかのように風に揺れていた。

「精霊たちが、祈っています。この先に待つ“王”の魂の安寧を……」



やがて、船は巨大な浮遊神殿の前に静かに停泊した。

そこは、まさに天空の玉座。雲海を見下ろす白亜の神殿は、人の手によるものとは思えぬほど荘厳で、そしてどこか孤独な気配を漂わせていた。



「……ここが、風王の玉座……」

俺が呟くと、仲間たちも息を呑んでその光景を見つめていた。



神殿の奥へと続く回廊を進む。一歩足を踏み出すごとに、肌に感じる霊的な圧力が増していく。そして、最も広大な広間へとたどり着いた時、俺たちはその存在に気づいた。



広間の中央。玉座へと続く最後の階段の前に、一人の女性が静かに佇んでいた。

長く輝く金色の髪、純白の衣に金の刺繍。その瞳は閉じられていたが、全身から放たれる気配は、今まで出会ったどの神柱よりも強大で、そして慈愛に満ちていた。



「……最後の神柱……!」

クラリスの声が震える。

彼女が、この玉座を守る最後の門番。



俺たちが数メートルまで近づいた時、その女性はゆっくりと目を開いた。

その瞳は、晴れ渡る空よりも青く、そして深い叡智の色を宿していた。



「ようこそ、風を継ぐ者たちよ」

声は、春の陽光のように温かい。

「我が名はルミナリア。十二神柱が一人にして、“光”を司る者。そして、我が王アナフィエルの魂に最も近しい者」



彼女の言葉には、敵意はなかった。だが、その眼差しは俺たちの魂の奥底までを見透かしているようだった。



「あなた方の旅路、そして覚悟は、目覚めた同胞たちの魂を通じて伝わっています。ですが、それでもなお、あなた方に問わねばなりません」

ルミナリアは、俺たちの前に一歩踏み出した。

「王の座へ至る最後の試練。それは、力にあらず。剣にあらず。ただ一つの“問い”に、あなた方の魂で答えることです」



「問い……?」

俺が聞き返すと、ルミナ-リアは静かに、しかし力強く言った。



「風王アナフィエルの最大の苦悩は、その強大すぎる力と、世界を救うという重責を、たった独りで背負い続けた“孤独”にありました。ならば問います。風を継ぐ者よ。もし、あなたがあの王の立場であったなら――どうしますか?」



その問いに、広間の空気が凍りついた。

もし、俺が風王だったら?

世界の命運を一身に背負い、自らの内に生まれた闇と戦いながら……。



「……わたくしならば」

最初に口を開いたのは、クラリスだった。

「王として、民の未来のために、いかなる苦難も独りで受け入れますわ。それが、王冠を戴く者の責務ですから」

気高い答えだった。王女としての覚悟が、そこにはあった。



「拙者ならば、己の剣を信じるのみ」

サーシャもまた、揺るぎない声で言う。

「民を守る盾となり、悪を断つ刃となる。たとえ我が身が朽ち果てようとも、その誇りを胸に戦い抜きましょう」



二人の答えに、ルミナリアは哀しげに微笑んだ。

「……ええ、それもまた、気高い英雄の道。ですが、それこそが我が王が辿り、そして苦しんだ道なのです。独りで背負うその道の先に、真の救いはありませんでした」



彼女の言葉に、クラリスもサーシャも唇を噛む。



どうすればいい。どう答えるのが正解だ?

仲間たちが息を詰めて俺を見つめている。

俺は、ゆっくりと仲間たちの顔を一人ひとり見渡した。



王族としての誇りを胸に戦うクラリス。

自由奔放に見えて誰よりも仲間を想うルーナ。

商売と癒しで世界を笑顔にしたいと願うリリリィ。

不器用な忠誠心で俺の背中を守り続けるセリア。

歌声で絶望すら癒そうとするフィーナ。

孤独を知るからこそ温もりを与えるミュリル。

精霊と世界の架け橋たらんとするシャルロッテ。

過去の痛みを乗り越え、守るための剣を振るうサーシャ。



俺は、独りじゃなかった。

最初から、ずっと。



俺はルミナリアに向き直り、静かに、しかしはっきりと告げた。

「俺は、独りでは背負わない」



「……なんと?」

「王が独りで世界を救うなんて、そんなのはただの傲慢だ。王が偉いんじゃない。民が、仲間がいて初めて、国は、世界は成り立つ。もし俺が王の立場なら――」



俺は、後ろに立つ仲間たちを、親指でくいと指し示した。



「――こいつらに、頼る。泣き言も言うし、弱音も吐く。助けてくれって、みっともなく叫ぶだろう。王冠の重さも、世界の未来も、全部こいつらと一緒に背負う。王が一人で立つ玉座なんて、ただの豪華な牢獄だ。俺の力は、俺自身の剣やスキルじゃない。俺の本当の力は――ここにいる、こいつらだ!」



俺の言葉に、仲間たちの瞳が潤む。

「イッセイ……」

「……まったく、あなたという人は……」



「だから、俺はアナフィエルのようにはならない。俺は、仲間を信じる。それが、俺の答えだ」



言い切った瞬間、広間に満ちていた霊的な圧力が、ふっと消えた。

ルミナリアの瞳から、一筋、光の涙がこぼれ落ちた。



「……ああ。……それこそが、我が王が聞きたかった、もう一つの答え……。千年間、待ち望んでいた言葉……」



彼女は深々と頭を下げた。

「お見事です、風を継ぐ者、イッセイ・アークフェルド。あなた方になら、託せます。我が王の、哀しき魂を……」



ルミナリアの身体が淡い光となり、玉座へと続く最後の扉が、ゆっくりと開かれていく。

「お行きなさい。王の魂が眠る場所、《風の揺り籠》へ。そして、どうか……彼の魂に、真の安らぎを」



その言葉を背に、俺たちは最後の扉をくぐった。



◆ 決戦、風の怨嗟



扉の先にあったのは、物理的な空間ではなかった。

風王アナフィエルの“内なる世界”。彼の魂そのものが作り出した、心象風景だった。

そこは、かつて彼が愛したであろう、美しくも広大な空中庭園。だが、その半分は黒い茨と禍々しい瘴気に覆われ、見る影もなく荒廃していた。楽園と地獄が同居する、歪な世界。



そして、その中心。

荒廃した庭園の玉座に、それはいた。

風王アナフィエルの姿をしながらも、その全身は黒い怨嗟のオーラに包まれ、瞳は絶望と憎悪に満ちた深紅に染まっている。

千年の孤独と、自己破壊への衝動が具現化した存在――《風の怨嗟》の最終形態。



「……来たか。我が魂を乱す、偽りの希望よ」

その声は、アナフィエルのものと同じ響きを持ちながら、冷たく、そしてどこまでも哀しかった。

「この世界は、救う価値などない。愛すれば裏切られ、守れば穢れる。ならば、すべてを無に還すことこそが、唯一の救済だ」



「違う!」

俺は叫んだ。

「それはお前の本心じゃない! お前は、アナフィエルが切り離した、ただの哀しみだ!」



「黙れ!」

《風の怨嗟》が咆哮すると、世界全体が震えた。黒い茨が生命を得たように伸び、俺たちに襲いかかる。

「お前たちに、我が千年の孤独が分かるものか!」



「分かるもんか! でも、分かろうとすることはできる!」

リリィが叫び、癒しの香りを放つ魔道具を起動させる。

「あんたが独りで泣いてたっていうなら、今度はあたしたちがそばにいてやるわよ!」



「そうですわ! あなたの哀しみ、わたくしたちが受け止めてみせます!」

クラリスが光の魔法陣を展開し、茨の進攻を防ぐ。



最終決戦の火蓋が切られた。

《風の怨嗟》の攻撃は、アナフィエルの記憶そのものだった。彼が体験した裏切りが黒い刃となり、民の絶望が瘴気の嵐となって俺たちを襲う。



「くっ……重い! 一撃ごとに、魂が削られるようだ……!」

サーシャが刀で刃を受け止めながら、苦悶の声を上げる。



「回復が追いつかないにゃん!」

ミュリルの声も悲痛だ。



「イッセイくん、どうするの!? このままじゃ……!」

ルーナの問いに、俺は歯を食いしばる。

力で押し切ることは不可能だ。こいつは、アナフィエルの魂そのもの。倒すことは、風王を殺すことと同義だ。



(……なら、やることは一つしかない)



リアナの剣が、俺の心に囁きかけていた。

浄化しろ、と。倒すのではなく、救え、と。



「みんな、俺に力を貸してくれ!」

俺は《精霊剣リアナ》を天に掲げる。

「こいつの核は、“孤独な哀しみ”だ。憎しみじゃない。だから、俺たちの想いで、その哀しみを包み込むんだ!」



俺の言葉に、仲間たちが頷く。

そして、解放された十一柱の神柱たちの魂が、光となって俺たちの背後に現れた。



フィーナが、震える声で歌い始めた。それは、フィーナだけの歌じゃない。仲間たち全員の想い、そして神柱たちの祈りが重なった「魂の歌」だった。



歌声が、怨嗟の動きを鈍らせる。

その隙に、俺は駆けた。



「お前は、独りじゃない!」



俺は《風の怨嗟》の前に立ち、剣を振りかぶった。

だが、それは斬るための一撃ではない。

仲間たちの想い、神柱たちの祈り、そしてリアナから受け継いだ浄化の力、そのすべてを込めた、抱きしめるための一撃。



「――お前の哀しみ、俺たちが受け止める!!」



剣から放たれたのは、破壊の光ではない。

どこまでも温かく、そして優しい、生命の光だった。



光が、《風の怨嗟》を包み込む。

「……やめ……ろ……我は……消えるべき……存在……」

怨嗟は苦しげに抵抗する。だが、その声は徐々に穏やかになっていった。

黒いオーラが晴れ、深紅の瞳に、澄んだ碧色が戻ってくる。



「……ああ……そうか。我は……ずっと、誰かにこうしてほしかったのか……」

怨嗟の姿が、ゆっくりとアナフィエルの本来の姿へと戻っていく。

その瞳からは、千年の哀しみが溶け出すように、涙が流れていた。



「……ありがとう」



その一言を残し、怨嗟は完全に浄化され、光となってアナフィエルの魂へと還っていった。

歪だった空中庭園に、再び柔らかな光と穏やかな風が戻ってくる。



戦いは、終わった。



俺たちは、疲労困憊でその場に座り込んだ。

だが、その表情は、誰もが達成感に満ちていた。



「……救えた、んだよな。俺たち」

俺の呟きに、仲間たちは、涙ながらに微笑んで頷いた。



風王の魂が眠る《風の揺り籠》に、真の静寂が訪れる。

だが、物語はまだ終わらない。

真に解放された風王が、今、目覚めの時を迎えようとしていた。
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