侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十三章 秘湯の湯けむりと、恋の悩み相談

湯けむり女子会と、鈍感主人公攻略会議

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夜の帳が静かに下り、満月が空の頂で白銀の光を放っていた。
俺たちが次に向かったのは、宿の自慢である広々とした露天風呂、《月光の湯》。その名の通り、月明かりを浴びながら浸かることで、肌を絹のように美しくするという、女性にとっては夢のような温泉だ。乳白色の湯は滑らかで、湯船の縁に配された岩からは、こんこんと絶え間なく源泉が注がれている。周囲には夜にだけ咲くという月見草が植えられており、その甘く儚い香りが湯けむりと混じり合って、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

もちろん、ここも男女の湯は例の頼りない竹垣一枚で隔てられている。先ほどの《翠玉の湯》での一連の事件で、俺の精神はすでに限界寸前だったが、ヒロインたちはどこ吹く風。むしろ、あの事件が呼び水になったかのように、彼女たちの雰囲気はどこか開放的で、そして……好戦的ですらあった。

チャポン、と心地よい音を立てて湯に入る。俺は一番端の、できるだけ女湯から遠い場所に陣取った。だが、無駄な抵抗だった。彼女たちの声は、月夜の澄んだ空気の中では、驚くほどクリアに俺の耳まで届いてくるのだ。

「ふぅ……やっぱりこのお湯、最高ウサ……。さっきイッセイくんに触られちゃったところ、なんだかまだドキドキしてるけど、このお湯に入ったらもっとお肌がすべすべになっちゃうウサ……♡」

(フィーナ! 頼むからその生々しい感想を口にするのをやめてくれ! こっちはまだ掌の感触が消えなくてだな……!)

フィーナの爆弾発言を皮切りに、ついに“会議”の火蓋が切られた。

「……で、どう思う? 最近のイッセイくん」

口火を切ったのは、やはりルーナだった。岩に頬杖をつき、少しだけ不満げに唇を尖らせる。その濡れた紫髪が月光を反射して、妖艶に輝いていた。

「あれだけ一緒に旅して、命も預け合って……さっきみたいなハプニングがあっても、彼の反応って『ごめん!』『事故だ!』だけでしょ? あれは完全に、私たちを“女の子”として見てない証拠よ。完全に“家族”か“保護対象”としか見てないわ」

その言葉に、クラリスがぷいっと顔を背け、湯面をピシャリと叩いた。

「そ、それはそれで騎士としては正しいのかもしれませんが……断じて認められませんわ! わたくしだって、王女である前に一人の女ですのよ! 影でわたくしの完璧なシルエットを見ていたくせに、その後は平然とした顔で……少しは動揺のひとつも見せてほしいものですわ!」

(見てたのバレてる!? いや、あれは不可抗力で視界に入っただけで……!)

「あたしなんて、もっと悲惨よ!」

今度はリリィが、顔を真っ赤にして叫んだ。

「商会のことで相談すれば、目を輝かせて的確なアドバイスをくれる。でも、あたしが新しい髪飾りをつけて『どう?』って聞いたら、なんて言ったと思う? 『ああ、その光沢……新素材か? コストは?』よ! もうビジネス脳すぎるのよ、あいつは! 悔しい!」

(すまんリリィ……あの輝きは、本当に新合金の可能性を感じたんだ……)

普段は冷静なはずのセリアとサーシャも、難しい顔で腕を組んでいる。

「……主君の隙を作るなど、護衛としてあってはならない。だが、一人の女としては……隙だらけになってほしい……この矛盾……! 先ほどミュリルを連れ戻す際、私の肌を彼に見られてしまったが、彼の動揺は羞恥ではなく、ただの混乱だった。……解せん」

「うむ。武士として、恋路もまた戦場。正々堂々と……いや、時には奇襲も必要か……。イッセイ殿のあの動揺の仕方、あれは好機と見るべきかもしれんな」

(お前たちまでそんな物騒なことを……!)

シャルロッテは湯けむりの中で、そっと胸に手を当てていた。

「イッセイさんといると、精霊たちが祝福の歌を歌うのです。でも、彼はその歌に気づいていない……。どうすれば、この心の温かさを、彼に伝えられるのでしょうか……」

かくして、ヒロインたちの不満は溜まりに溜まっていた。そして、それはやがて具体的な“作戦”へと発展していく。

「もう我慢の限界よ!」

ルーナがバシャッと立ち上がった。もちろん、胸元は絶妙に湯で隠れているが、その迫力は凄まじい。

「こうなったら、私たちが動くしかないわ! これより、『イッセイ朴念仁を自覚させる会』を発足します! 目的
は一つ、あの鈍感主人公に、私たちがどれだけ魅力的で、彼を愛しているかを、骨の髄まで分からせること!」

ルーナの熱弁に、ヒロインたちの目の色が変わる。

「名付けて、『ラッキースケベ誘発大作戦』よ!」

「な、なんて破廉恥な作戦名ですの!?」

クラリスが抗議するが、その頬は期待で上気している。

「でも、具体的にどうするウサ?」

フィーナが首を傾げると、ルーナはニヤリと笑った。

「それはもちろん、それぞれが得意な方法で“事故”を演出するのよ。さっきのイッセイくんみたいにね。さあ、皆の

作戦を聞かせてちょうだい!」

そこから始まったブレインストーミングは、乙女の欲望と妄想が入り乱れる、カオスなものだった。

「わたくしならば、やはり気品を保った作戦を提案しますわ」

クラリスが、すまし顔で切り出した。

「湯上がりの休憩所で、めまいのフリをして、イッセイ様の腕の中に倒れ込むのです。そうすれば、自然な形で彼の
胸に顔をうずめることが……。その時、火照った肌と浴衣の隙間から見えるうなじで、彼を惑わしてさしあげますわ」

(具体的すぎるぞ姫様!)

「甘いわクラリス! そんな間接的な方法じゃ、彼は『大丈夫か!?』で終わらせるに決まってる!」

リリィが反論する。

「ここはもっと実利を兼ねないと! あたしが開発中の新作マッサージオイル、『ぷるぷる魅惑オイル』のモニターを頼むのよ! 『イッセイ、ちょっと背中に塗ってみてくれない? 効果を確かめたいから』って言えば、ビジネスだから断れないはず! 彼の指が、あたしの背中を滑る感触……想像しただけで……ひゃあ!」

(商魂逞しすぎだろ! というか、そのオイルの名前!)

「二人とも、まだ甘いにゃ」

いつの間にか岩の上で香箱座りをしていたミュリルが、半眼で言った。

「イッセイくんは、動物に弱い。だから、あたしが湯上がりに子猫のフリをして、彼の膝の上で丸くなるにゃ。そして『ご主人様、撫でてほしいにゃ』って喉を鳴らすの。これでイチコロにゃん」

(それはもう作戦というか、ただのお前の願望じゃないか……?)

「拙者ならば、やはり剣の道をもって示す」

サーシャが、真剣な表情で割って入る。

「湯上がりの月夜、彼に真剣での試合を申し込む。そして、拙者が勝った暁には……『我が願い、聞き入れてもらうぞ』と。その願いが何かは……言うまでもあるまい」

(重い! 恋の告白が果たし合いみたいになってる!)

ヒロインたちの作戦は、どれも個性的で、そしてツッコミどころ満載だった。セリアは「全ての作戦に風紀上の問題があります!」と指摘しつつ、「……ですが、緊急時の心臓マッサージの練習という名目なら……」と、顔を赤くして呟いている。

議論が白熱し、湯けむりよりも熱い闘気が露天風呂を満たした、その時だった。

「よし、決まりね!」

ルーナがパンと手を叩いて、会議を締めくくった。

「理屈であれこれ考えても、あの朴念仁には通じないわ。ここからは、実力行使よ! 各自、今夜から明日にかけて、自分の考えた最高の“事故”を実行に移すこと! 最初にイッセイくんを陥落させた者が、今日の勝者よ!」

その号令に、全員が(一部は不本意そうに、一部はやる気に満ちて)頷いた。
こうして、俺の知らぬ間に、俺の貞操と平穏を賭けた、仁義なき戦いの幕が上がったのだ。

彼女たちは知らない。
この後、自分たちのちっぽけな計画など、霞んでしまうほどの、神の悪戯のような“本物の事故”が、俺の身に降りかかることになるのを……。

そして俺は、そんな乙女たちの熱き決意が固められているとは露知らず、ただ一人、男湯で「そろそろ、あの魔力が増えるっていう《紅蓮の湯》にも入ってみるか……」などと、全ての悲劇の引き金となる、呑気なことを考えていたのだった。
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