侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十三章 秘湯の湯けむりと、恋の悩み相談

七色の誘惑と、乙女たちの準備運動

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宿の奥、俺たちに割り当てられたのは、二十畳はあろうかという広々とした和室だった。
い草の青々しい香りが心地よく、障子戸の向こうには手入れの行き届いた庭園が広がっている。
長旅の疲れを癒すには、これ以上ない環境だ。

そして、その部屋の中央には、女将が用意してくれたのであろう、色とりどりの浴衣が山のように積まれていた。
それを見つけた瞬間、ヒロインたちの瞳が一斉に輝きを放った。

「うわぁっ! 見て見て、可愛い浴衣がいっぱいウサ!」
「にゃーん、これは迷うにゃ……どの柄も素敵だにゃ……」

フィーナとミュリルが真っ先に駆け寄り、絹の布地をうっとりと撫でている。
その光景は、まるで戦場での凛々しさが嘘のような、年頃の少女そのものだった。

「ふふん、あたしはこれに決めた! 商売繁盛を願って、景気のいい山吹色よ!」

リリィは快活な市松模様の浴衣を手に取り、その場でくるりと回って見せる。

「イッセイ! どう!? この浴衣姿のあたしを看板娘にしたら、売上倍増間違いなしじゃない!?」
「……その発想がすでにあたおかしいと思うが……まあ、似合ってるんじゃないか」

俺が素直に感想を述べると、リリィは「でしょー!」と満面の笑みを浮かべた。

その一方で、静かなる火花を散らしている者たちもいた。

「わたくしはこの紫紺の蝶柄を選びますわ。王族としての気品を損なわず、それでいて夜の闇に映える……完璧な選択ですわね」

クラリスが優雅に浴衣を広げると、すかさずルーナが対抗するように、少しだけ襟元が広く、肌蹴させれば艶やかさが増しそうな紅色の花柄を手に取った。

「あらあら、姫様は相変わらずお堅いのねぇ。あたしはこっち。情熱の赤よ。……ね、イッセイくん? どっちのあたしが好き?」

悪戯っぽくウインクを飛ばしてくるルーナに、クラリスが「は、はしたないですわ、ルーナ!」と顔を赤くして抗議する。その光景はもはや、俺たちの旅における様式美と化していた。

そんな喧騒をよそに、セリアとサーシャは実用的な視点で浴衣を選んでいた。

「この生地は……動きやすい。帯の締め方次第では、即座に臨戦態勢に移行可能ですね。合格です」
「うむ。袖が邪魔にならぬよう、こうして襷(たすき)を掛ければ、抜刀にも支障はなさそうだ」

セリアに至っては、浴衣の縫い目を指でなぞり、耐久強度まで確認している始末だ。……頼むから、リラックスしてくれ。

「シャルロッテさんはどれにするウサ?」
「……わたくしは、この……風に舞う若葉のような柄が……。精霊たちが、喜んでいる気がしますので」

シャルロッテは、少し照れくさそうに淡い緑色の浴衣を胸に抱いた。その初々しい姿に、俺の心臓が不覚にも少しだけ跳ねた。

(いかんいかん、俺は保護者、いや、リーダーとしてだな……断じてやましい気持ちなど……!)

俺が内心で葛藤していると、ヒロインたちは次々と俺を捕まえては「どう?」「似合うかしら?」と感想を求めてくる。さながら、俺一人を審査員にした浴衣ファッションショーだ。そのたびに、うなじの白さや、いつもとは違う和装の艶やかさが目に飛び込んできて、俺の精神力はゴリゴリと削られていった。

浴衣に着替え、一行は陽が落ち始めた庭園を抜け、温泉へと向かう。石灯籠がぼんやりと足元を照らし、カランコロンと下駄の音が心地よく響く。
だが、そんな風情あるひとときも、長くは続かなかった。

「きゃっ!?」

石畳の僅かな段差に、慣れない下駄の鼻緒が引っかかったのだろう。俺の数歩前を歩いていたフィーナが、可愛らしい悲鳴と共にバランスを崩した。

「危ない!」

俺は反射的に駆け寄り、その小さな身体を支えるべく腕を伸ばす。間に合った。彼女が地面に倒れ込む寸前、その身体をぐっと引き寄せて抱きとめる。

……抱きとめて、しまった。

俺の右手は、彼女の腰をしっかりとホールドしていた。だが、左手。その左手は、柔らかく、しかし確かな弾力を持つ何かに、すっぽりと包まれていた。具体的に言うと、フィーナの胸の膨らみ、その片方を、鷲掴みにするような形で。

「…………うさ?」

フィーナは目をぱちくりさせ、次の瞬間、顔から火を噴くかのように真っ赤になった。

「い、い、イッセイくんの……手が……! む、胸に……ウサァァァァ!」
「わ、悪い! これは不可抗力だ! 違う、助けようとしただけで、決して俺の煩悩が具現化したわけでは!」

俺は感電したかのように手を離し、全力で後ずさる。だが、掌に残る柔らかな感触は、あまりにも鮮明だった。
背後で、リリィが「ちっ……先を越されたわね、『うっかり転倒ラッキースケベ』の型は古典にして至高なのに……!」と悔しげに呟いているのが聞こえた気がした。

そんなハプニングもありつつ、俺たちはついに目的の《翠玉の湯》に到着した。男女の湯を隔てるのは、女将の言った通り、申し訳程度の高さしかない竹垣と、立ち上る濃密な湯けむりだけだ。
俺はそそくさと男湯に入り、一人、静かに湯に浸かった。翡翠色の湯は、じんわりと身体の芯まで疲れを溶かしてくれる。最高の気分だ。

……そう、向こう側から聞こえてくる、天使たちの嬌声さえなければ。

「きゃっ! このお湯、本当に肌がすべすべになるウサ!」
「見て見て、ミュリルの尻尾、お湯の中でふわふわしてるにゃん!」

その無防備すぎる会話に、こちらの心臓は落ち着かない。
聞くまい、聞くまいと思えば思うほど、耳が彼女たちの声を拾ってしまう。

(頼むから静かに入ってくれ……! これはもはや精神修行だぞ!)

俺が煩悩と必死に戦っていると、すぐ隣の竹垣の向こうから、ルーナの声が聞こえた。

「あらあら、この竹垣、少し隙間が空いてるじゃない。風通しが良くていいわねぇ」

その言葉と共に、カコン、と軽い音を立てて竹の一本が外れた。そして、その隙間から、悪戯っぽく輝く赤い瞳が、こちらを覗き込んだのだ。

「――みーつけた♡」

「うおっ!?」

俺は思わず湯の中に沈んだ。隙間の向こうには、湯けむりに霞むルーナの満面の笑みと、そして……湯に濡れて肌に張り付いた髪、きらめく鎖骨、その先の、豊かな谷間までがはっきりと見えてしまっていた。

「ふふっ、イッセイくん、いい身体してるじゃない。もっとよく見せてくれてもいいのよ?」
「見るな! というか、お前こそ見せるな! これは犯罪だぞ!」

俺が慌てて背を向けると、ルーナの楽しげな笑い声が響いた。

(くそっ、あっちの隙間は危険すぎる……!)

俺は湯船の反対側、障子が張られた壁際へと移動する。ここなら安全だろう。
そう思った矢先、今度はその障子の向こうに、優美なシルエットが浮かび上がった。湯から上がり、壁際で長い髪を洗うクラリスの姿だった。

月明かりに照らされたその影は、彼女の美しい身体のラインを、芸術的なまでに完璧に映し出していた。豊かな胸のカーブ、引き締まった腰、そして滑らかな脚の線……。
直接的ではないからこそ、想像力を掻き立てられるその光景は、ルーナの奇襲とはまた違う、破壊力抜群の精神攻撃だった。

(姫様ぁぁぁ! あなたという人は、無意識に人を誘惑する天才ですか!?)

俺が頭を抱えていると、クラリスの「ふふん」という、勝ち誇ったような小さな声が聞こえた気がした。

もうダメだ、この湯船に安息の地はない。
俺が半ばやけくそになって湯船の中央に戻った、その時だった。

「きゃーっ! カエルさんウサ!」
「にゃっ!?」

女湯の方で、フィーナとミュリルの短い悲鳴が上がった。どうやら、どこからか紛れ込んだカエルに驚いたらしい。次の瞬間、俺の視界の端で、信じられない光景が繰り広げられた。
猫の本能が騒いだのか、ミュリルがカエルを追いかけて、なんと身軽な跳躍で、低い竹垣をひらりと飛び越えてきたのだ。

「にゃーん、捕まえるにゃ!」

当然、彼女はタオル一枚すら身に着けていない、生まれたままの姿だった。小さな身体、白い肌、そしてぴょこんと揺れる猫耳と尻尾。そのすべてが、俺の目の前に、無防備に晒される。

「ミュリル!? だ、ダメです、戻りなさい!」

慌てたセリアが、彼女を連れ戻そうと竹垣から身を乗り出す。そのせいで、彼女の上半身もまた、俺の視界に……。

「うわああああああああっ!!」

俺はついに理性の限界を迎え、両手で顔を覆って湯の中に沈んだ。

聞こえるのは、ヒロインたちの様々な感情が入り混じった声。

「あらあら、ミュリルちゃん、大胆ねぇ」
「なんて破廉恥な……! でも、少しだけ……羨ましい、かも……」
「……いいデータが取れたわ。男性は、不意打ちの無垢な肌に最も弱い、と……メモメモ」

俺は一人、静かに湯の中で誓った。

(……もうだめだ。平和な時間は、終わった。ここからは、俺の貞操と理性を賭けた、総力戦だ……!)

そう、この時はまだ、これがほんの「準備運動」に過ぎないということを、俺は知る由もなかったのだ。
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