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第十三章 秘湯の湯けむりと、恋の悩み相談
プロローグ 旅の終わりは、湯けむりの始まり
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長かった。本当に、長い戦いだった。
風王の魂を解放し、蒼穹の方舟に真の平穏を取り戻した俺たち――イッセイ・アークフェルド一行は、ようやく王都へと帰還した。しかし、宮廷への報告、貴族たちへの挨拶、そしてリリィが不在の間に溜まりに溜まった商会の案件処理と、休む間もない日々が続いた。仲間たちの顔には、安堵の色と共に、隠しきれない疲労が滲んでいる。特に、異世界「ニホン」への転移騒動は、精神的な消耗が激しかったはずだ。
「……よし、決めた」
ある日の夕暮れ、執務室で山積みの書類を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
「全員、休暇だ。最高の温泉旅行に行くぞ」
その鶴の一声に、ヒロインたちは最初こそ目を丸くしていたが、すぐに歓喜の声を上げたのは言うまでもない。
かくして俺たちは、リリィの商会ネットワークが血眼になって探し出し、シャルロッテの精霊探知が「聖域レベルの癒し効果あり」と太鼓判を押した、地図にも載らない幻の秘湯《精霊の癒し湯》へと向かうことになったのだ。
険しい山道を馬車に揺られること数日。文明の喧騒が完全に途絶えた頃、目の前にそれは現れた。深い森の谷間にひっそりと佇む、古風な木造の宿。周囲には絶えず柔らかな湯けむりが立ち上り、硫黄と薬草、そしてどこか甘い花の香りが混じり合った、生命力に満ちた空気が俺たちを包み込んだ。
「うわぁ……! 空気が美味しいウサ! 全身の毛穴から癒し成分が吸収されて、お肌がぷるぷるになりそうな予感!」
「にゃーん、これは極楽の匂いだにゃ……もう一歩も動きたくないかも……」
馬車を降りるなり、フィーナとミュリルは子供のようにはしゃぎ回り、その光景に他のヒロインたちも自然と頬を緩める。クラリスも、ルーナも、普段の気品や悪戯っぽさの裏に隠していた疲れが、ふっと解けていくのが分かった。彼女たちの心からの笑顔が見られるだけで、この旅を決断した価値はあったというものだ。
(俺としても、たまにはこういう休息がないと、な。前世の記憶が、休日出勤と深夜残業に支配されたブラック企業の悪夢を呼び覚ます前に、この聖なる湯で魂ごと浄化しておかねば……)
そんな俺たちの前に、宿の奥からカラカラと下駄の音を鳴らして現れたのは、腰は曲がっているが見るからに元気な老婆の女将だった。彼女はしわくちゃの顔に、すべての真実を見通すかのような鋭い眼光を宿し、ニヤリと歯のない口で笑った。
「ようこそおいでなすった、若いの衆。長旅、ご苦労じゃったのぅ。うちは《精霊の癒し湯》、七色の湯で知られる秘湯じゃ。それぞれの湯に、それぞれの奇跡が宿っとる」
女将は指を折りながら、自慢げに湯の種類を語り始めた。
曰く、体の疲れを芯から癒す《翠玉の湯》。肌を絹のように滑らかにする《月光の湯》。幸運を呼び込むという《黄金の湯》。そして、体内の魔力を活性化させるという、少し物騒な《紅蓮の湯》など、七つの湯があるらしい。
「……もっとも」
一通りの説明を終えた女将は、再び意味深な笑みを浮かべた。
「どんな“奇跡”が起きるかは、入ってみてのお楽しみじゃがのぅ。湯けむりの中では、人の心も身体も、ちいとばかし無防備になるもんじゃて。ふぉっふぉっふぉ……」
その含み笑いに、俺はただの温泉宿の宣伝文句くらいにしか思っていなかった。
だが、俺の背後に立つヒロインたちの瞳には、その瞬間、確かに尋常ならざる“覚悟”と“闘志”の炎が灯っていたのだ。
ーーーーー
クラリス・心の声
(……奇跡、ですって? ふふ、望むところですわ)
わたくしは静かに扇を広げ、口元を隠しながらも思考を巡らせる。イッセイ様との旅は、わたくしを大きく変えてくれた。王女としての責務だけでなく、一人の女としての幸せを願う心を教えてくれた。しかし、あの朴念仁ときたら! わたくしのことを、いまだに守るべきか弱い姫君か、あるいは便利な政治的パートナーとしか見ていない節がある。許せませんわ!
(この秘湯は、まさに天啓。湯けむりという天然の目くらまし、そして無防備な状況……これ以上ない舞台ですわ。普段は見せられないわたくしの“女”としての魅力を、事故に見せかけて、彼の脳裏に焼き付けてさしあげます。覚悟なさい、イッセイ様。今宵、あなたの心に、わたくしという名の消えない刻印を刻んでみせますから!)
ルーナ・心の声
(ふーん、「奇跡」ねぇ。あたし、神様より自分の手で掴む奇跡の方が好きだけど?)
あたしはイッセイくんの腕にそっと自分の腕を絡ませながら、女将の言葉を反芻する。イッセイくんの鈍感さは、もはや天然記念物レベル。生半可なアプローチじゃ、暖簾に腕押し、糠に釘。なら、どうするか? 答えは一つ。
(理屈でダメなら、本能に訴えかけるまでよ!)
温泉、湯けむり、火照った肌、そしてほんの少しのハプニング……役者は揃ったわ。クラリスはきっと、気品を保ったまま、回りくどい作戦を練るでしょうね。甘いわ。こういうのは、直球勝負が一番効くのよ。例えば、湯上がりにふらついたフリをして、彼の胸に飛び込むとか……ね♡
(ふふふ、待ってなさい、イッセイくん。今夜、あなたの心臓を、あたしの魅力で止めさせてあげるんだから!)
リリィ・心の声
(秘湯……癒し……これ、完全に新商品のヒントの宝庫じゃない! この硫黄の配合、薬草の種類、全部メモして……って、違う違う!)
あたしは商魂たくましい思考を慌てて頭から追い出す。今はビジネスじゃない、プライベート! ……そう、プライベートよ。イッセイとの関係を進展させるための、最重要投資案件!
(あいつ、あたしのこと頼れる相棒くらいにしか思ってないでしょ。悔しい! あたしだって女なんだから! よし、この温泉旅行で“ビジネスパートナー”から“生涯のパートナー”候補にランクアップしてやるわ! 湯上がりの火照った肌は最高の武器よ。ぷるぷるスライムスパで培った美肌テク、今こそ見せつける時!)
セリア・心の声
(……まったく。皆、完全に気が緩んでいる。秘湯とはいえ、ここは人里離れた場所。いつ魔獣の奇襲があるかも分からないというのに……)
私は一人、周囲の警戒を怠らない。それがイッセイ様の護衛としての私の務め。……だが、女将の言っていた「奇跡」という言葉が、妙に胸に引っかかる。
(奇跡……。もし、万が一、本当に万が一ですが……イッセイ様の身に何か……例えば、湯あたりなどで倒れられた場合、介抱するのは護衛である私の役目。そうだわ。その際、人工呼吸や肌を温めるといった応急処置が必要になるかもしれない。……ええ、それは不可抗力。あくまでも、任務の一環。決して、やましい気持ちなど……ない、はず……!)
サーシャ・心の声
(……静寂。湯の香り。そして、仲間の笑い声。……悪くない)
拙者は、腰に差した刀の柄にそっと触れる。ヒノモトを離れ、イッセイ殿と共に旅をするようになってから、拙者の心は少しずつ変わり始めた。武士としての道だけでなく、一人の女としての道もまた、あるのではないか、と。
(皆、イッセイ殿に想いを寄せている。ならば、拙者もまた、この想いから目を背けるわけにはいかぬ。恋もまた、真剣勝負。小細工は好まぬ。湯上がりの月夜、二人きりになったその時こそが好機。我が覚悟、言葉と……そして、心で直接伝えるまで)
シャルロッテ・心の声
(……すごい。この谷全体が、優しい精霊たちの力で満ちています。湯けむりの一粒一粒に、癒しの意志が宿っているようですわ)
私は目を閉じ、周囲の霊的な流れに意識を集中させる。ハイエルフとして、この聖なる場所に来られたことに、まず感謝を。……ですが、それ以上に、私の心を占めているのは……。
(イッセイさんと一緒にいると、私の心の中の精霊たちが、温かい歌を歌い始めるのです。これは……恋、なのでしょうか? 女将の言う「奇跡」が、この気持ちの答えを教えてくれるかもしれません。湯けむりの中でなら……普段は言えないような、素直な気持ちを……伝えられる、かも……)
フィーナ・心の声
(温泉だー! 温泉だー! やったー、ウサー!)
もう、わくわくが止まらないウサ! みんな難しい顔してるけど、温泉は楽しんだ者勝ちなんだウサ! お肌もつるつるになるし、美味しいご飯も待ってるし!
(それに、それに……! 湯上がりに火照ったまま、イッセイくんに「のぼせちゃったウサ~」って言って、抱きついても……許されるかもしれないウサ!? きゃーっ! そうだ、それがいいウサ! 名付けて「のぼせウサギ大作戦」! 絶対成功させて、頭なでなでしてもらうんだウサ!)
ミュリル・心の声
(にゃ……眠い……。馬車、揺れた……。温泉、あったかい……。もう、ここで寝たいにゃ……)
あたしは大きなあくびを一つ。みんな、なんだかやる気満々だけど、あたしはとにかく眠いんだにゃ。でも……。
(イッセイくんも、疲れてる顔してるにゃ。あたしと一緒で、お昼寝が必要なんだにゃ。一番気持ちいい湯船を見つけて、隣でぷかぷか浮かんでたら……イッセイくんも、隣に来てくれるかにゃ……? そしたら、二人で一緒にうとうと……。うん、それが一番の奇跡だにゃ……)
ーーーーー
そう、彼女たちは決意していたのだ。この温泉旅行を、単なる休息ではなく、イッセイ・アークフェルドとの関係を決定的に進展させるための“決戦の地”とすることを。
そして俺は、そんな乙女たちの熱き野望が渦巻いていることなど露知らず、ただただ「温泉、気持ちいいだろうなぁ」と、呑気なことだけを考えていた。この温泉旅行が、俺の人生における最大級の“ラッキースケベ事変”の幕開けになるということを、まだ知らずに……。
風王の魂を解放し、蒼穹の方舟に真の平穏を取り戻した俺たち――イッセイ・アークフェルド一行は、ようやく王都へと帰還した。しかし、宮廷への報告、貴族たちへの挨拶、そしてリリィが不在の間に溜まりに溜まった商会の案件処理と、休む間もない日々が続いた。仲間たちの顔には、安堵の色と共に、隠しきれない疲労が滲んでいる。特に、異世界「ニホン」への転移騒動は、精神的な消耗が激しかったはずだ。
「……よし、決めた」
ある日の夕暮れ、執務室で山積みの書類を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
「全員、休暇だ。最高の温泉旅行に行くぞ」
その鶴の一声に、ヒロインたちは最初こそ目を丸くしていたが、すぐに歓喜の声を上げたのは言うまでもない。
かくして俺たちは、リリィの商会ネットワークが血眼になって探し出し、シャルロッテの精霊探知が「聖域レベルの癒し効果あり」と太鼓判を押した、地図にも載らない幻の秘湯《精霊の癒し湯》へと向かうことになったのだ。
険しい山道を馬車に揺られること数日。文明の喧騒が完全に途絶えた頃、目の前にそれは現れた。深い森の谷間にひっそりと佇む、古風な木造の宿。周囲には絶えず柔らかな湯けむりが立ち上り、硫黄と薬草、そしてどこか甘い花の香りが混じり合った、生命力に満ちた空気が俺たちを包み込んだ。
「うわぁ……! 空気が美味しいウサ! 全身の毛穴から癒し成分が吸収されて、お肌がぷるぷるになりそうな予感!」
「にゃーん、これは極楽の匂いだにゃ……もう一歩も動きたくないかも……」
馬車を降りるなり、フィーナとミュリルは子供のようにはしゃぎ回り、その光景に他のヒロインたちも自然と頬を緩める。クラリスも、ルーナも、普段の気品や悪戯っぽさの裏に隠していた疲れが、ふっと解けていくのが分かった。彼女たちの心からの笑顔が見られるだけで、この旅を決断した価値はあったというものだ。
(俺としても、たまにはこういう休息がないと、な。前世の記憶が、休日出勤と深夜残業に支配されたブラック企業の悪夢を呼び覚ます前に、この聖なる湯で魂ごと浄化しておかねば……)
そんな俺たちの前に、宿の奥からカラカラと下駄の音を鳴らして現れたのは、腰は曲がっているが見るからに元気な老婆の女将だった。彼女はしわくちゃの顔に、すべての真実を見通すかのような鋭い眼光を宿し、ニヤリと歯のない口で笑った。
「ようこそおいでなすった、若いの衆。長旅、ご苦労じゃったのぅ。うちは《精霊の癒し湯》、七色の湯で知られる秘湯じゃ。それぞれの湯に、それぞれの奇跡が宿っとる」
女将は指を折りながら、自慢げに湯の種類を語り始めた。
曰く、体の疲れを芯から癒す《翠玉の湯》。肌を絹のように滑らかにする《月光の湯》。幸運を呼び込むという《黄金の湯》。そして、体内の魔力を活性化させるという、少し物騒な《紅蓮の湯》など、七つの湯があるらしい。
「……もっとも」
一通りの説明を終えた女将は、再び意味深な笑みを浮かべた。
「どんな“奇跡”が起きるかは、入ってみてのお楽しみじゃがのぅ。湯けむりの中では、人の心も身体も、ちいとばかし無防備になるもんじゃて。ふぉっふぉっふぉ……」
その含み笑いに、俺はただの温泉宿の宣伝文句くらいにしか思っていなかった。
だが、俺の背後に立つヒロインたちの瞳には、その瞬間、確かに尋常ならざる“覚悟”と“闘志”の炎が灯っていたのだ。
ーーーーー
クラリス・心の声
(……奇跡、ですって? ふふ、望むところですわ)
わたくしは静かに扇を広げ、口元を隠しながらも思考を巡らせる。イッセイ様との旅は、わたくしを大きく変えてくれた。王女としての責務だけでなく、一人の女としての幸せを願う心を教えてくれた。しかし、あの朴念仁ときたら! わたくしのことを、いまだに守るべきか弱い姫君か、あるいは便利な政治的パートナーとしか見ていない節がある。許せませんわ!
(この秘湯は、まさに天啓。湯けむりという天然の目くらまし、そして無防備な状況……これ以上ない舞台ですわ。普段は見せられないわたくしの“女”としての魅力を、事故に見せかけて、彼の脳裏に焼き付けてさしあげます。覚悟なさい、イッセイ様。今宵、あなたの心に、わたくしという名の消えない刻印を刻んでみせますから!)
ルーナ・心の声
(ふーん、「奇跡」ねぇ。あたし、神様より自分の手で掴む奇跡の方が好きだけど?)
あたしはイッセイくんの腕にそっと自分の腕を絡ませながら、女将の言葉を反芻する。イッセイくんの鈍感さは、もはや天然記念物レベル。生半可なアプローチじゃ、暖簾に腕押し、糠に釘。なら、どうするか? 答えは一つ。
(理屈でダメなら、本能に訴えかけるまでよ!)
温泉、湯けむり、火照った肌、そしてほんの少しのハプニング……役者は揃ったわ。クラリスはきっと、気品を保ったまま、回りくどい作戦を練るでしょうね。甘いわ。こういうのは、直球勝負が一番効くのよ。例えば、湯上がりにふらついたフリをして、彼の胸に飛び込むとか……ね♡
(ふふふ、待ってなさい、イッセイくん。今夜、あなたの心臓を、あたしの魅力で止めさせてあげるんだから!)
リリィ・心の声
(秘湯……癒し……これ、完全に新商品のヒントの宝庫じゃない! この硫黄の配合、薬草の種類、全部メモして……って、違う違う!)
あたしは商魂たくましい思考を慌てて頭から追い出す。今はビジネスじゃない、プライベート! ……そう、プライベートよ。イッセイとの関係を進展させるための、最重要投資案件!
(あいつ、あたしのこと頼れる相棒くらいにしか思ってないでしょ。悔しい! あたしだって女なんだから! よし、この温泉旅行で“ビジネスパートナー”から“生涯のパートナー”候補にランクアップしてやるわ! 湯上がりの火照った肌は最高の武器よ。ぷるぷるスライムスパで培った美肌テク、今こそ見せつける時!)
セリア・心の声
(……まったく。皆、完全に気が緩んでいる。秘湯とはいえ、ここは人里離れた場所。いつ魔獣の奇襲があるかも分からないというのに……)
私は一人、周囲の警戒を怠らない。それがイッセイ様の護衛としての私の務め。……だが、女将の言っていた「奇跡」という言葉が、妙に胸に引っかかる。
(奇跡……。もし、万が一、本当に万が一ですが……イッセイ様の身に何か……例えば、湯あたりなどで倒れられた場合、介抱するのは護衛である私の役目。そうだわ。その際、人工呼吸や肌を温めるといった応急処置が必要になるかもしれない。……ええ、それは不可抗力。あくまでも、任務の一環。決して、やましい気持ちなど……ない、はず……!)
サーシャ・心の声
(……静寂。湯の香り。そして、仲間の笑い声。……悪くない)
拙者は、腰に差した刀の柄にそっと触れる。ヒノモトを離れ、イッセイ殿と共に旅をするようになってから、拙者の心は少しずつ変わり始めた。武士としての道だけでなく、一人の女としての道もまた、あるのではないか、と。
(皆、イッセイ殿に想いを寄せている。ならば、拙者もまた、この想いから目を背けるわけにはいかぬ。恋もまた、真剣勝負。小細工は好まぬ。湯上がりの月夜、二人きりになったその時こそが好機。我が覚悟、言葉と……そして、心で直接伝えるまで)
シャルロッテ・心の声
(……すごい。この谷全体が、優しい精霊たちの力で満ちています。湯けむりの一粒一粒に、癒しの意志が宿っているようですわ)
私は目を閉じ、周囲の霊的な流れに意識を集中させる。ハイエルフとして、この聖なる場所に来られたことに、まず感謝を。……ですが、それ以上に、私の心を占めているのは……。
(イッセイさんと一緒にいると、私の心の中の精霊たちが、温かい歌を歌い始めるのです。これは……恋、なのでしょうか? 女将の言う「奇跡」が、この気持ちの答えを教えてくれるかもしれません。湯けむりの中でなら……普段は言えないような、素直な気持ちを……伝えられる、かも……)
フィーナ・心の声
(温泉だー! 温泉だー! やったー、ウサー!)
もう、わくわくが止まらないウサ! みんな難しい顔してるけど、温泉は楽しんだ者勝ちなんだウサ! お肌もつるつるになるし、美味しいご飯も待ってるし!
(それに、それに……! 湯上がりに火照ったまま、イッセイくんに「のぼせちゃったウサ~」って言って、抱きついても……許されるかもしれないウサ!? きゃーっ! そうだ、それがいいウサ! 名付けて「のぼせウサギ大作戦」! 絶対成功させて、頭なでなでしてもらうんだウサ!)
ミュリル・心の声
(にゃ……眠い……。馬車、揺れた……。温泉、あったかい……。もう、ここで寝たいにゃ……)
あたしは大きなあくびを一つ。みんな、なんだかやる気満々だけど、あたしはとにかく眠いんだにゃ。でも……。
(イッセイくんも、疲れてる顔してるにゃ。あたしと一緒で、お昼寝が必要なんだにゃ。一番気持ちいい湯船を見つけて、隣でぷかぷか浮かんでたら……イッセイくんも、隣に来てくれるかにゃ……? そしたら、二人で一緒にうとうと……。うん、それが一番の奇跡だにゃ……)
ーーーーー
そう、彼女たちは決意していたのだ。この温泉旅行を、単なる休息ではなく、イッセイ・アークフェルドとの関係を決定的に進展させるための“決戦の地”とすることを。
そして俺は、そんな乙女たちの熱き野望が渦巻いていることなど露知らず、ただただ「温泉、気持ちいいだろうなぁ」と、呑気なことだけを考えていた。この温泉旅行が、俺の人生における最大級の“ラッキースケベ事変”の幕開けになるということを、まだ知らずに……。
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