侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第十四章 始まりの大陸と、神々の黄昏

プロローグ 帆を上げよ、神話の海へ

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秘湯での甘く、そしてちょっぴり(いや、かなり)刺激的な休息を終えた俺たちは、再び飛空艇《アルセア号》の甲板に立っていた。

風王アナフィエルの祝福を受けた船体は、以前にも増して力強く、蒼穹を滑るように進んでいく。
風は穏やかで、空はどこまでも青い。まさに船出には絶好の日和だった。

……そう、俺たちの間に流れる、この微妙な空気さえなければ。

湯けむりの向こうで交わした視線、触れ合った肌、そして確かめ合った想い(主に俺が一方的に浴びただけだが)。そのどれもが、俺たちの絆をより深く、そしてちょっぴり気まずく、砂糖菓子のように甘いものに変えていた。

「んっ……今日の風、なんだか肌に優しい気がするわね。温泉効果かしら?」

俺の隣で、ルーナがわざとらしく自分の腕を撫でながら、こちらに流し目を送ってくる。
その白い腕は、確かに《月光の湯》の効果か、以前にも増して輝いているように見えた。

(やめろ! その仕草はやめろ! 俺の脳裏に、湯けむりの中の光景がフラッシュバックする!)

俺は必死に平常心を装い、操舵輪を握る手に力を込めた。だが、無情にもヒロインたちは次々と俺の精神を揺さぶりに来る。

「イッセイ様、お茶が入りましたわ。長旅には、温かい飲み物で心を落ち着けるのが一番です」

そう言って、クラリスが優雅な所作でティーカップを差し出してくる。
その白い指先が、俺の指にわざとかと思うほどゆっくりと触れた。

「……っ!」
「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまいましたわ」

悪びれもせずに微笑む彼女の瞳は、明らかに「これはほんの序の口ですわよ」と語っていた。
あの夜の“罰”の宣告は、まだ有効らしい。

俺の背後では、リリィとフィーナが何やらひそひそと話し合っている。

「ねえフィーナちゃん、この飛空艇にもぷるぷるスパ、設置できないかな? 空を見ながら入る泡風呂、絶対バズると思わない!?」

「それ、最高にいいアイデアだウサ! 雲海を見ながらぷるぷる……! あ、でも、またイッセイくんが壁を壊したら……」

「「…………」」

二人の視線が、一斉に俺に突き刺さる。

(俺はもう二度と、温泉がある場所で魔法は使わんと固く誓ったんだ……!)

そんな甘くも針の筵(むしろ)のような空気の中、俺は決意を固めた。
この雰囲気を断ち切るには、新たな冒険の匂いを振りまくしかない、と。

「……イッセイ様」

操舵輪を握る俺の隣で、クラリスが頬を染めながら声をかけてくる。
その視線は、どこか潤んでいて、俺の心臓を不必要に跳ねさせた。

「次なる目的地……本当に、存在するのですわね?」

俺は胸ポケットから、リアナの記憶と共に俺の中に現れた古びた羊皮紙の地図を取り出す。
それはただの地図ではなかった。

羊皮紙に触れると、俺の魔力に反応して、星々の配置が光の線となって浮かび上がる。
精霊の流れが川のように描き出され、世界の“理”そのものが、複雑な幾何学模様となって記されていた。
神代の航海図だ。

「ああ。風王が、そしてリアナが、俺たちを導いている。全ての神話が生まれた場所――《始まりの大陸》へ」

俺がそう宣言すると、ヒロインたちの間の痴話喧嘩めいた空気が、ぴたりと止んだ。
代わりに、彼女たちの瞳に冒険への期待と緊張の光が灯る。

(よし、切り替わった!)

シャルロッテの精霊探知と、この神代の地図を頼りに、俺たちは世界の果て、通常航行では決して到達できない禁断の空域を目指していた。
数日が経過し、空の色が徐々に変わっていく。
青は深淵のような藍に、雲は真珠のような光沢を帯び始めた。

やがて、眼前に現れたのは、物理法則が崩壊したかのような混沌の嵐。
空間そのものがガラスのように歪み、大気中を七色の稲妻が龍のように駆け巡っている。
“神話の海”――神代の時代と現代を隔てる、概念の壁だ。

「……すごい。空が、悲鳴を上げているみたいだにゃ」

ミュリルが、マストの上から震える声で呟いた。

「ここを越えなければ、大陸へはたどり着けない……! 全員、衝撃に備えろ!」

俺の号令一下、仲間たちは即座に配置につく。

「シャルロッテ、精霊結界を最大に!」
「はい! 風王様の祝福を船体に纏わせます!」
「リリィ、魔導炉の出力を安定させろ! エネルギーが逆流するぞ!」
「任せなさい! あたしの商売道具(アルセア号)を、こんなところで沈ませてたまるもんですか!」

アナフィエルの祝福を受けたアルセア号が、咆哮を上げて神話の嵐へと突入する。
船体がきしみ、稲妻がマストを掠める。重力が上下逆転し、俺たちは床と天井の間を放り出されそうになった。

「きゃあああっ!」
「掴まれ!」

俺は近くにいたセリアとフィーナの腕を掴み、操舵輪に身体を固定する。
壮絶な航海の果て、閃光が視界を白く染め上げた、その瞬間――。

全ての音が、消えた。

船を叩きつけていた嵐は嘘のように止み、アルセア号は静かなる空域へと滑り出していた。
俺たちが雲海を突き抜けた先に見たもの――それは、常識が反転した世界だった。

眼下には、雲海が広がっている。だが、頭上には、もう一つの空と、そこに浮かぶ巨大な“逆さの大地”があった。
大地からは、重力に逆らうように巨大な滝が空へと流れ落ち、木々は水晶のように光を放ち、虹色の川が流れている。
まさに、神々の庭と呼ぶにふさわしい、幻想的で、畏怖を覚えるほどの絶景だった。

「……着いたのか」

俺は、呆然と呟いた。

「ああ、ここが……《始まりの大陸》……」

俺たちの、世界の真実に迫る旅が、今、本当に始まろうとしていた。
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