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第十七章 最後の神具と、神々の審判
天秤の問いかけ、二つの未来
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《創生の祭壇》に響き渡ったのは、俺たちに向けられた調停者オリオンの、冷徹な声だった。
それは思考に直接流れ込む、拒否権のない宣告。
《来たか、理を乱す者どもよ》
彼の声は、変わらず冷徹だった。
《嘆きを乗り越え、歓喜を拒絶したか。お前たちの“想い”という非論理的な力が、神々の試練を汚したことは認めよう。だが、それもここまでだ。最後の試練は、感情では乗り越えられぬ。純粋な“理”の選択。世界の存続を賭けた、究極の二者択一だ》
彼は、宙に浮く巨大な黄金の天秤を指し示した。
《今から、二つの未来を見せる。一つは、魔王の魂を解放した未来。もう一つは、魔王を犠牲にし続ける未来。お前たちは、その結末をその魂で味わい、どちらが“正しい”世界かを選び、その選択を肯定するのだ》
オリオンがそう言うと、彼は天秤の一方の皿に、世界の全ての憎悪を凝縮したかのような、黒く澱んだ宝玉を置いた。
《まず見よ。これが、お前たちの“理想”がもたらす、『混沌の未来』だ》
宝玉が置かれた瞬間、天秤がギシリと音を立てて傾き、俺たちの意識は凄まじい速度で、未来の幻視へと引きずり込まれた。
それは、ただ映像を見るのとは違う。俺たちの魂が、その未来の当事者として、強制的に放り込まれたのだ。
――気がつくと、俺たちは見慣れたはずの王都アークフェリアに立っていた。だが、その光景は地獄そのものだった。
空は瘴気にも似た黒い雲に覆われ、街の至る所で火の手が上がっている。
人々の顔からは笑顔が消え、誰もが互いを疑い、憎しみの瞳で睨み合っていた。
魔王という絶対的な“悪”の器を失った世界で、人々は自らの中にあった憎悪や欲望の矛先を、隣人へと向けていたのだ。
「馬鹿な……! なぜ、民が互いに武器を向けているのですか!?」
クラリスの悲鳴に近い声が響く。彼女の目の前で、貴族派と平民派が血みどろの争いを繰り広げていた。
王城の門は固く閉ざされ、かつて彼女が愛したはずの民は、今や暴徒と化していた。
『姫様が、災いを解き放ったのだ!』
『理想ばかりを語り、我らの生活を破壊した!』
民の怨嗟の声が、刃となってクラリスの心を突き刺す。
「やめて! どうして!?」
リリィが経営していたはずの《ぷるぷるスパランド》は、見るも無惨な野戦病院と化していた。
傷ついた兵士たちが次々と運び込まれ、癒しの泡ではなく、血と呻き声で満たされている。
「リリィ会長……もう、薬草が……何もありません……」
血に濡れた従業員が、絶望の顔で彼女に告げる。
彼女が築き上げた“笑顔の商売”は、この混沌の中では何の意味もなさなかった。
サーシャは、平和を取り戻したはずの故郷ヒノモトにいた。
だが、そこもまた戦乱の渦の中にあった。統一されたはずの諸大名が、僅かな土地と食料を巡って再び争い始め、彼女はかつての仲間だった者たちに、刀を向けられていた。
「サーシャ殿! もはや理想の時代は終わった! 生き残るは力のみ!」
「……なぜだ……拙者たちは、平和を誓ったはずでは……」
彼女の剣は、守るべき民の血で、赤く染まっていく。
それは、俺たちが救いたかったはずの世界の、無慈悲な結末だった。
フィーナの歌は嘆きとなり、ミュリルの安らぎの場所は奪われ、セリアの守りの剣は空を切り、シャルロッテの祈りは精霊に届かない。
そして、俺は……その地獄の中心で、傷つき倒れた仲間たちに囲まれ、ただ立ち尽くしていた。
俺が選んだ“理想”が、この地獄を創り出したのだと、世界中から指を差されながら。
幻視が、終わった。
俺たちは、再び《創生の祭壇》に引き戻されていた。誰もが膝をつき、荒い息を繰り返している。頬には、幻視の中で流した、本物の涙が伝っていた。
「……これが……俺たちの……未来……」
俺の唇から、か細い声が漏れた。
オリオンは、そんな俺たちを、変わらぬ冷たい目で見下ろしていた。
「見たか。それが真実だ。それが、お前たちの感情論がもたらす、論理的な結末だ。一つの哀しみを救うために、世界中に無数の哀しみを生み出す。その愚かさを、その魂に刻んだか?」
彼の言葉に、誰も反論できなかった。
俺たちが信じた道が、これほどの絶望に繋がるというのなら。
俺たちの“正義”は、いったい何だったのだろうか。
それは思考に直接流れ込む、拒否権のない宣告。
《来たか、理を乱す者どもよ》
彼の声は、変わらず冷徹だった。
《嘆きを乗り越え、歓喜を拒絶したか。お前たちの“想い”という非論理的な力が、神々の試練を汚したことは認めよう。だが、それもここまでだ。最後の試練は、感情では乗り越えられぬ。純粋な“理”の選択。世界の存続を賭けた、究極の二者択一だ》
彼は、宙に浮く巨大な黄金の天秤を指し示した。
《今から、二つの未来を見せる。一つは、魔王の魂を解放した未来。もう一つは、魔王を犠牲にし続ける未来。お前たちは、その結末をその魂で味わい、どちらが“正しい”世界かを選び、その選択を肯定するのだ》
オリオンがそう言うと、彼は天秤の一方の皿に、世界の全ての憎悪を凝縮したかのような、黒く澱んだ宝玉を置いた。
《まず見よ。これが、お前たちの“理想”がもたらす、『混沌の未来』だ》
宝玉が置かれた瞬間、天秤がギシリと音を立てて傾き、俺たちの意識は凄まじい速度で、未来の幻視へと引きずり込まれた。
それは、ただ映像を見るのとは違う。俺たちの魂が、その未来の当事者として、強制的に放り込まれたのだ。
――気がつくと、俺たちは見慣れたはずの王都アークフェリアに立っていた。だが、その光景は地獄そのものだった。
空は瘴気にも似た黒い雲に覆われ、街の至る所で火の手が上がっている。
人々の顔からは笑顔が消え、誰もが互いを疑い、憎しみの瞳で睨み合っていた。
魔王という絶対的な“悪”の器を失った世界で、人々は自らの中にあった憎悪や欲望の矛先を、隣人へと向けていたのだ。
「馬鹿な……! なぜ、民が互いに武器を向けているのですか!?」
クラリスの悲鳴に近い声が響く。彼女の目の前で、貴族派と平民派が血みどろの争いを繰り広げていた。
王城の門は固く閉ざされ、かつて彼女が愛したはずの民は、今や暴徒と化していた。
『姫様が、災いを解き放ったのだ!』
『理想ばかりを語り、我らの生活を破壊した!』
民の怨嗟の声が、刃となってクラリスの心を突き刺す。
「やめて! どうして!?」
リリィが経営していたはずの《ぷるぷるスパランド》は、見るも無惨な野戦病院と化していた。
傷ついた兵士たちが次々と運び込まれ、癒しの泡ではなく、血と呻き声で満たされている。
「リリィ会長……もう、薬草が……何もありません……」
血に濡れた従業員が、絶望の顔で彼女に告げる。
彼女が築き上げた“笑顔の商売”は、この混沌の中では何の意味もなさなかった。
サーシャは、平和を取り戻したはずの故郷ヒノモトにいた。
だが、そこもまた戦乱の渦の中にあった。統一されたはずの諸大名が、僅かな土地と食料を巡って再び争い始め、彼女はかつての仲間だった者たちに、刀を向けられていた。
「サーシャ殿! もはや理想の時代は終わった! 生き残るは力のみ!」
「……なぜだ……拙者たちは、平和を誓ったはずでは……」
彼女の剣は、守るべき民の血で、赤く染まっていく。
それは、俺たちが救いたかったはずの世界の、無慈悲な結末だった。
フィーナの歌は嘆きとなり、ミュリルの安らぎの場所は奪われ、セリアの守りの剣は空を切り、シャルロッテの祈りは精霊に届かない。
そして、俺は……その地獄の中心で、傷つき倒れた仲間たちに囲まれ、ただ立ち尽くしていた。
俺が選んだ“理想”が、この地獄を創り出したのだと、世界中から指を差されながら。
幻視が、終わった。
俺たちは、再び《創生の祭壇》に引き戻されていた。誰もが膝をつき、荒い息を繰り返している。頬には、幻視の中で流した、本物の涙が伝っていた。
「……これが……俺たちの……未来……」
俺の唇から、か細い声が漏れた。
オリオンは、そんな俺たちを、変わらぬ冷たい目で見下ろしていた。
「見たか。それが真実だ。それが、お前たちの感情論がもたらす、論理的な結末だ。一つの哀しみを救うために、世界中に無数の哀しみを生み出す。その愚かさを、その魂に刻んだか?」
彼の言葉に、誰も反論できなかった。
俺たちが信じた道が、これほどの絶望に繋がるというのなら。
俺たちの“正義”は、いったい何だったのだろうか。
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