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第十七章 最後の神具と、神々の審判
プロローグ 創生の祭壇、沈黙する神々
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《歓喜の城塞》を後にした俺たちが向かったのは、大陸の中心に聳える、天を突くかのような黒曜石の台地だった。そこが最後の試練の地、《創生の祭壇》だ。
飛空艇《アルセア号》がその領空に差し掛かった瞬間、船内のあらゆる音が、ぷつりと消えた。
駆動音も、風切り音も、仲間たちの話し声も。まるで分厚いガラスの中に閉じ込められたかのように、世界から“音”という概念が消失したのだ。
「――っ!?」
隣にいたルーナが何かを叫ぼうとして、ただ口をパクパクさせている。
その驚愕に満ちた表情が、この空間の異常性を何よりも雄弁に物語っていた。
俺たちの旅路は、これまでの二つとは全く異なっていた。哀しみの霧も、甘美な誘惑もない。
ただ、絶対的な静寂と、世界の始まりを思わせるような、原初(プリモーディアル)の空気が支配していた。
(……やばいな、これは。精神的にくる)
俺はすぐに懐から魔導式の筆談ボードを取り出し、皆に掲げた。
『落ち着け。ここは音のない世界だ。意思疎通はボードか合図で!』
大地には草木一本なく、空には雲一つない。黒曜石の大地が、天上の名もなき星々の光を鈍く反射しているだけ。
まるで、神々が世界の設計図を描いた、その最初の場所であるかのようだった。
『……空気が、ないみたいだウサ』
フィーナが、不安げに自分の喉に手を当てながらボードに書いた。実際には呼吸はできている。
だが、音も、匂いも、風さえも存在しないこの空間は、生きとし生ける者の“感情の揺らぎ”そのものを拒絶しているかのようだった。
歌を愛する彼女にとって、この沈黙は拷問に近いだろう。
『全ての“現象”が始まる前の……“無”に近い空間。ここが、世界の理(ルール)が定められた場所……』
シャルロッテが、畏敬の念を込めてボードに綴る。
彼女の精霊探知も、ここでは風の囁きではなく、ただ冷たい“法則”の存在しか感じ取れないようだった。
その顔には、いつもの穏やかさとは違う、極度の緊張が浮かんでいる。
俺たちは、アルセア号を台地の縁に停泊させ、徒歩でその中央を目指した。
自分の足音すら聞こえない中を進むのは、奇妙な浮遊感があった。
頼りになるのは、互いの視線と、これまでの旅で培ってきた、言葉を超えた信頼だけだ。
やがて俺たちの目の前に、祭壇そのものが姿を現す。それは建造物ではなかった。
広大な黒曜石の大地の中央に、ただ一つ、巨大な黄金の天秤が、重力さえ無視して宙に浮いていた。
最後の神具、《未来を識る天秤》。それは、僅かな揺らぎもなく、完璧な均衡を保っていた。
そして、その天秤の前には、まるで悠久の時からそこに立ち続けていたかのように、調停者オリオンが静かに佇んでいた。
俺たちが息を呑んで立ち尽くしていると、彼の声が、直接脳内に響き渡った。
音ではない、思考そのものが流れ込んでくる感覚だ。
《来たか、理を乱す者どもよ》
その声は、変わらず冷徹で、一切の感情がなかった。
《嘆きを乗り越え、歓喜を拒絶したか。お前たちの“絆”という非論理的な力が、神々の試練を汚したことは認めよう。だが、それもここまでだ》
オリオンは、俺たちを値踏みするように見つめている。
《最後の試練は、感情では乗り越えられぬ。純粋な“理”の選択。世界の存続を賭けた、究極の二者択一。お前たちの感情論が、世界の真実の前でいかに無力か、その魂に刻み込むがいい》
その絶対的な存在感に、仲間たちの間に緊張が走る。
『……上等じゃない』
ルーナが、ボードに力強く書きなぐった。
その瞳には、恐怖ではなく、不敵な闘志が燃えている。
『わたくしたちの想いが、非論理的ですって? いいでしょう。その想いの力で、あなたのその完璧な理屈、打ち破ってさしあげますわ』
クラリスもまた、王女としての誇りをかけて、無言の戦いを挑んでいた。
俺は、一歩前に出た。そして、オリオンに向かって、心の中で強く念じる。
(俺たちは、お前に裁かれるためにここに来たんじゃない。俺たちの手で、答えを見つけに来たんだ)
俺の意志を感じ取ったのか、オリオンは、初めてその唇の端を、ほんのわずかに吊り上げたように見えた。
《面白い。ならば見せてみろ。この《未来を識る天秤》の前で、お前たちが紡ぎ出す“答え”とやらを》
オリオンが手をかざすと、天秤が低く唸り始める。
それは音ではなく、空間そのものの振動だった。
最後の審判が、今、始まろうとしていた。
飛空艇《アルセア号》がその領空に差し掛かった瞬間、船内のあらゆる音が、ぷつりと消えた。
駆動音も、風切り音も、仲間たちの話し声も。まるで分厚いガラスの中に閉じ込められたかのように、世界から“音”という概念が消失したのだ。
「――っ!?」
隣にいたルーナが何かを叫ぼうとして、ただ口をパクパクさせている。
その驚愕に満ちた表情が、この空間の異常性を何よりも雄弁に物語っていた。
俺たちの旅路は、これまでの二つとは全く異なっていた。哀しみの霧も、甘美な誘惑もない。
ただ、絶対的な静寂と、世界の始まりを思わせるような、原初(プリモーディアル)の空気が支配していた。
(……やばいな、これは。精神的にくる)
俺はすぐに懐から魔導式の筆談ボードを取り出し、皆に掲げた。
『落ち着け。ここは音のない世界だ。意思疎通はボードか合図で!』
大地には草木一本なく、空には雲一つない。黒曜石の大地が、天上の名もなき星々の光を鈍く反射しているだけ。
まるで、神々が世界の設計図を描いた、その最初の場所であるかのようだった。
『……空気が、ないみたいだウサ』
フィーナが、不安げに自分の喉に手を当てながらボードに書いた。実際には呼吸はできている。
だが、音も、匂いも、風さえも存在しないこの空間は、生きとし生ける者の“感情の揺らぎ”そのものを拒絶しているかのようだった。
歌を愛する彼女にとって、この沈黙は拷問に近いだろう。
『全ての“現象”が始まる前の……“無”に近い空間。ここが、世界の理(ルール)が定められた場所……』
シャルロッテが、畏敬の念を込めてボードに綴る。
彼女の精霊探知も、ここでは風の囁きではなく、ただ冷たい“法則”の存在しか感じ取れないようだった。
その顔には、いつもの穏やかさとは違う、極度の緊張が浮かんでいる。
俺たちは、アルセア号を台地の縁に停泊させ、徒歩でその中央を目指した。
自分の足音すら聞こえない中を進むのは、奇妙な浮遊感があった。
頼りになるのは、互いの視線と、これまでの旅で培ってきた、言葉を超えた信頼だけだ。
やがて俺たちの目の前に、祭壇そのものが姿を現す。それは建造物ではなかった。
広大な黒曜石の大地の中央に、ただ一つ、巨大な黄金の天秤が、重力さえ無視して宙に浮いていた。
最後の神具、《未来を識る天秤》。それは、僅かな揺らぎもなく、完璧な均衡を保っていた。
そして、その天秤の前には、まるで悠久の時からそこに立ち続けていたかのように、調停者オリオンが静かに佇んでいた。
俺たちが息を呑んで立ち尽くしていると、彼の声が、直接脳内に響き渡った。
音ではない、思考そのものが流れ込んでくる感覚だ。
《来たか、理を乱す者どもよ》
その声は、変わらず冷徹で、一切の感情がなかった。
《嘆きを乗り越え、歓喜を拒絶したか。お前たちの“絆”という非論理的な力が、神々の試練を汚したことは認めよう。だが、それもここまでだ》
オリオンは、俺たちを値踏みするように見つめている。
《最後の試練は、感情では乗り越えられぬ。純粋な“理”の選択。世界の存続を賭けた、究極の二者択一。お前たちの感情論が、世界の真実の前でいかに無力か、その魂に刻み込むがいい》
その絶対的な存在感に、仲間たちの間に緊張が走る。
『……上等じゃない』
ルーナが、ボードに力強く書きなぐった。
その瞳には、恐怖ではなく、不敵な闘志が燃えている。
『わたくしたちの想いが、非論理的ですって? いいでしょう。その想いの力で、あなたのその完璧な理屈、打ち破ってさしあげますわ』
クラリスもまた、王女としての誇りをかけて、無言の戦いを挑んでいた。
俺は、一歩前に出た。そして、オリオンに向かって、心の中で強く念じる。
(俺たちは、お前に裁かれるためにここに来たんじゃない。俺たちの手で、答えを見つけに来たんだ)
俺の意志を感じ取ったのか、オリオンは、初めてその唇の端を、ほんのわずかに吊り上げたように見えた。
《面白い。ならば見せてみろ。この《未来を識る天秤》の前で、お前たちが紡ぎ出す“答え”とやらを》
オリオンが手をかざすと、天秤が低く唸り始める。
それは音ではなく、空間そのものの振動だった。
最後の審判が、今、始まろうとしていた。
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