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第八章 聖なる記憶と千年の封印
聖都エルヴィラへの道
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青空に雲が舞い、神の御心を象徴するかのように、聖教国の山岳地帯を抜ける道に光が差していた。
「……本当にここが国境、ウサ?」
フィーナが白銀の髪を揺らしながら、丘の向こうに見える石造りの関所を指差す。
「間違いない。あれが聖教国と我らの国との境界線――“祝福の関門”だ」
サーシャが真剣な表情で答えた。その声音には、武士としての緊張感が漂っていた。
「ふーん。巡礼者の格好って言っても、あたしの髪の色、目立つと思うけど」
ルーナが自らの金髪をくるりと指先で巻きながらつぶやく。セリアが小声で返す。
「むしろ“奇跡を受けた証”として解釈されるわ。聖女様の使徒とか」
「それ、都合いいわね」
クラリスは腰に掛けたローブを正しながら、落ち着いた足取りで前に出る。
「では行きましょう。聖都エルヴィラは、あの門の先――奇跡と信仰の国よ」
関門での手続きは驚くほど簡素だった。
「おお、巡礼者殿。いま聖都では大いなる奇跡の兆しが訪れようとしております。どうか、ご無事な旅を」
係官はにこやかに通行証を手渡し、誰一人として怪しまなかった。
「……あっさりね」
ミュリルが小声で言うと、セリアが肩をすくめた。
「それだけ民の信仰が強いのよ。“聖女の導き”さえあれば、異邦人でも信じてしまう」
街道沿いにある小さな村々は、聖教の旗で飾られ、朝な夕なに鐘の音が響いていた。
「これが、聖女の奇跡……か」
イッセイは静かに呟き、ひとつ前を歩くクラリスに目をやる。
「クラリス、お前の国の教義とは、ずいぶん様相が違うようだな」
「ええ。ここは“信仰が制度”になっているのよ。神の言葉を王が代弁する、私たちの国とは逆」
その夜。
彼らは巡礼者向けの宿屋に泊まり、簡素な食事を囲んでいた。
「やっぱりスパイスが足りないにゃ……」
「……贅沢言わないで。今回は潜入なんだから」
食事が終わり、部屋に戻ろうとしたとき――
「きゃあああああああああっ!」
路地裏から、少女の悲鳴が響いた。
「っ!」
イッセイが立ち上がり、仲間もすぐに武器を取る。
狭い裏路地で、布のベールをかぶった少女が、二人の男に囲まれていた。
「嘘をつきやがって……! 本物の聖女様じゃないってバレてんだぞ!」
「この詐欺女がぁ!」
「やめろ!」
イッセイが怒声を上げて飛び込む。サーシャが先んじて間に入り、木刀で男の腕をはたき落とした。
「武を振るう前に、言葉で戦うのが筋でござろう」
「ぐっ……! な、なんだテメェら……!」
男たちは逃げ去り、少女はがくりと膝をついた。
「だ、大丈夫か?」
ミュリルが手を差し出す。少女はおずおずと顔を上げた。
「……助けてくれて、ありがとう。でも、私は……」
少女の目は聡明だった。長い黒髪と端正な顔立ち、年の頃は十四、五か。
「私は……“偽りの聖女”を演じている詐欺師なの。ごめんなさい」
「……ふーん、なんでそんなことしてたウサ?」
フィーナが屈んで目を合わせる。少女は小さく息を吐いて、語り始めた。
「私の姉が病で倒れて……でも治療費がなくて……。聖女の格好をすれば、人が恵んでくれるって教えられたの」
「誰に?」
「“聖女復活の兆し”を広めろって言われたの。裏の祈祷師たちに……」
「……過激派か」
クラリスが苦い表情でつぶやいた。
「でも、私は気づいたの。本物の聖女様には“赤い指輪”があるって。千年前の文献に……」
「赤い……指輪?」
少女の言葉に、場の空気が変わる。
「その記録、どこで見たの?」
「昔の古書商が口伝で教えてくれたの。“逸脱記録”と呼ばれてた……でも、今はもう焼かれてしまったみたい」
「逸脱記録……」
イッセイは静かに頷く。
「君の名前は?」
「リゼ……リゼ・エルガン」
「ありがとう、リゼ。君が残した言葉が、新しい道を照らすかもしれない」
イッセイはそう言って、少女の肩にそっと手を置いた。
「お姉さんの治療費は……俺たちがなんとかする。な、リリィ?」
「……うん、もちろん! 詐欺はよくないけど……ちゃんと罪を償って、やり直せばいいのよ」
リゼは涙を流しながら、深く頭を下げた。
そして、聖都の夜に、静かに鐘が鳴り響いた。
巡礼者の装いで国境を越えてから二日目。
イッセイたちは、聖教国の郊外にある巡礼街道を進んでいた。道の左右には野バラとオリーブの木が続き、清涼な風が砂埃を撫でる。隊列の先頭には、イッセイとルーナが警戒を兼ねて歩き、その後ろをフィーナとシャルロッテが並んで歩いていた。サーシャとセリアは最後尾を守り、リリィとミュリルはその中央付近で情報交換に余念がない。
「なんだか、思ってたよりのどかだにゃん……」
ミュリルが肩に小鳥を乗せたまま、小声でつぶやいた。
「この辺りまではな。だが、聖都が近づくにつれて警備も厳しくなるはずだ」
イッセイが静かに答えると、ルーナが前方の地形に目を細める。
「イッセイくん、あれ……誰か倒れてる?」
草むらの影に、小柄な人影がうずくまっていた。
急いで駆け寄ると、巡礼服に身を包んだ少女が泥だらけの顔で倒れていた。
「……うぅ、ぐすっ……もう無理……」
年の頃は14、5といったところだろうか。長いブロンドの髪に、どこか高貴な雰囲気を漂わせている。
「大丈夫か? しっかりしろ」
イッセイが声をかけると、少女は薄く目を開け、慌てて体を起こした。
「ちょ、ちょっと触らないでっ! わたくしは……っ、聖女なのよ!」
「……は?」
一瞬、全員が動きを止めた。だが、すぐにリリィが小声で言った。
「イッセイ様、この子……見覚えがあります。指名手配の詐欺師だと思います」
「詐欺師?」
「ええ、“偽聖女”を名乗って村々を回り、治癒魔法もどきを使って礼金を取っていたとか」
少女は必死に手を振って否定した。
「ち、ちがうのよっ! 本当に、聖女の血を引いているのっ。少なくとも曾祖母は巫女だったのよ! ……たぶん……」
「胡散臭すぎるウサ」
フィーナがじと目で見つめるなか、イッセイは彼女にマントをかけてやった。
「名前は?」
「……エルネアよ。エルネア・ルヴィニア。いちおう、聖教学院の卒業生……だったの」
「だった?」
「“教義に反した独自研究をした”ってことで追放されたのよ。あんまりじゃない?」
エルネアは涙目になりながら、懐から一冊の小さな古文書を取り出した。
「これ、“逸脱記録”。正式な聖典には書かれていないけど……本当の聖女は、何度も魔王と対峙していたのよ。記録にされなかっただけで」
シャルロッテが食いついた。
「その文書、精霊信仰との関わりについても何か書かれている?」
「あるわよ! “月の巫女”って呼ばれた聖女が、森の精霊たちと誓約を交わして、瘴気の波を鎮めたとか。教会の人間は“異端”って切り捨てたけど」
ルーナがそっとイッセイを見た。
「この子……本物かもしれないわ」
「少なくとも、俺たちの目的に繋がる手掛かりは持っていそうだな」
イッセイは立ち上がり、少女に手を差し伸べた。
「よし、エルネア。お前の話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
少女は一瞬驚いたが、照れくさそうにその手を取った。
「ふふ、騙されても知らないわよ? ……でも、ありがと」
夕暮れの風が、旅の仲間に新たな風を吹き込んでいた。
聖都エルヴィラの中央広場。噴水の音と祈りの声が交差する荘厳な空間に、イッセイたちは立っていた。遠くには聖女の巨大な像が天を指している。
「ここが……聖女エリシアの像……」
ルーナが両手を組んで祈るように呟いた。
「うむ、民の信仰を象徴する場所ウサね……」フィーナは珍しく神妙な顔で手帳を閉じた。
そんな中、エルネアがぽつりと口を開いた。
「ねえ、あんたたち……“逸脱記録”って、本当に見たいの?」
イッセイは軽く頷いた。「ああ。今の世界の歪みの根を探るには、そこに何かがある気がするんだ」
「……じゃあ、ついてきなよ。わたしの知ってる場所に案内してあげる」
彼女は言うと、広場の外れにある細い路地へと足を進めた。
一行は戸惑いながらもその背に続いた。
――路地裏の教会廃墟。
「ここは……」セリアが眉をひそめた。「崩れてるじゃない」
「昔はね、“異端派”の教会だったの。聖女の教えを都合よく解釈して……民衆に希望を与えてた。でも、本山に目をつけられて潰された」
エルネアは廃墟の中へと入っていく。木の扉を開けると、埃の舞う空間が現れた。
奥に進むと、小さな石碑とともに古い書棚が見つかる。
「これ……!」リリィが目を見張る。「精霊言語と古ラテン文字の混在……すごい資料よ」
イッセイは書物の一冊をめくった。中には手書きの祈祷文とともに、ある日付の記録が記されていた。
『エリシア、聖なる使命を拒絶す。民を守るため、自ら魔の力に抗い、封印に応ず』
「聖女エリシアは、最後に“自らの意志で封印に入った”……?」
シャルロッテが目を細めた。「ということは、彼女は……誰かに命じられたのではなく、自らの意思で?」
「聖教会の公式記録では、“神の召命により昇天”と書かれているウサが……これは矛盾するウサ」フィーナが険しい顔で口を挟んだ。
「つまり……この“逸脱記録”は、真実を隠すために葬られた史実ってことか」イッセイの声が低くなる。
「そうかもね」と、エルネアが苦笑する。「でも、そんな記録があるってこと自体が、今の聖教国にはとっても危険なことなのよ」
そのとき――。
「見つけたぞ、“偽聖女”!」
扉が音を立てて開かれ、数人の黒装束が現れた。過激派だ。
「離れて!」イッセイが前に出た。「この子は俺たちの仲間だ。手出しはさせない!」
「穢れた者ども……正義の鉄槌を!」黒装束の男が叫び、魔導銃を構える。
「やらせないにゃん!」ミュリルが飛び出し、魔力のシールドを展開。銃弾を防いだ。
セリアがすかさず前に出て剣を抜き、「この場所を……冒涜するな!」と切りかかる。
一瞬の衝突の末、イッセイたちは過激派を退けた。
――静寂の戻った廃墟。
エルネアは小さく震えていた。「……ありがとう、みんな」
「大丈夫だよ、もう怖くない」ルーナがそっと肩を抱いた。
「これで、少し前に進める気がする……」エルネアは空を見上げる。「でも、わたしはここに残るよ。記録を写本して、誰かに伝えられるようにしたいから」
イッセイは彼女の瞳を見つめ、静かに頷いた。
「その意志は、俺たちが繋いでいく」
風が吹き抜ける。聖女の像の向こうに、夕日が差し込んでいた。
こうして、一行は「真実の記録」を得て、新たな目的地――聖教国の聖堂都市・イシュリールへ向けて、歩き出すのだった。
「……本当にここが国境、ウサ?」
フィーナが白銀の髪を揺らしながら、丘の向こうに見える石造りの関所を指差す。
「間違いない。あれが聖教国と我らの国との境界線――“祝福の関門”だ」
サーシャが真剣な表情で答えた。その声音には、武士としての緊張感が漂っていた。
「ふーん。巡礼者の格好って言っても、あたしの髪の色、目立つと思うけど」
ルーナが自らの金髪をくるりと指先で巻きながらつぶやく。セリアが小声で返す。
「むしろ“奇跡を受けた証”として解釈されるわ。聖女様の使徒とか」
「それ、都合いいわね」
クラリスは腰に掛けたローブを正しながら、落ち着いた足取りで前に出る。
「では行きましょう。聖都エルヴィラは、あの門の先――奇跡と信仰の国よ」
関門での手続きは驚くほど簡素だった。
「おお、巡礼者殿。いま聖都では大いなる奇跡の兆しが訪れようとしております。どうか、ご無事な旅を」
係官はにこやかに通行証を手渡し、誰一人として怪しまなかった。
「……あっさりね」
ミュリルが小声で言うと、セリアが肩をすくめた。
「それだけ民の信仰が強いのよ。“聖女の導き”さえあれば、異邦人でも信じてしまう」
街道沿いにある小さな村々は、聖教の旗で飾られ、朝な夕なに鐘の音が響いていた。
「これが、聖女の奇跡……か」
イッセイは静かに呟き、ひとつ前を歩くクラリスに目をやる。
「クラリス、お前の国の教義とは、ずいぶん様相が違うようだな」
「ええ。ここは“信仰が制度”になっているのよ。神の言葉を王が代弁する、私たちの国とは逆」
その夜。
彼らは巡礼者向けの宿屋に泊まり、簡素な食事を囲んでいた。
「やっぱりスパイスが足りないにゃ……」
「……贅沢言わないで。今回は潜入なんだから」
食事が終わり、部屋に戻ろうとしたとき――
「きゃあああああああああっ!」
路地裏から、少女の悲鳴が響いた。
「っ!」
イッセイが立ち上がり、仲間もすぐに武器を取る。
狭い裏路地で、布のベールをかぶった少女が、二人の男に囲まれていた。
「嘘をつきやがって……! 本物の聖女様じゃないってバレてんだぞ!」
「この詐欺女がぁ!」
「やめろ!」
イッセイが怒声を上げて飛び込む。サーシャが先んじて間に入り、木刀で男の腕をはたき落とした。
「武を振るう前に、言葉で戦うのが筋でござろう」
「ぐっ……! な、なんだテメェら……!」
男たちは逃げ去り、少女はがくりと膝をついた。
「だ、大丈夫か?」
ミュリルが手を差し出す。少女はおずおずと顔を上げた。
「……助けてくれて、ありがとう。でも、私は……」
少女の目は聡明だった。長い黒髪と端正な顔立ち、年の頃は十四、五か。
「私は……“偽りの聖女”を演じている詐欺師なの。ごめんなさい」
「……ふーん、なんでそんなことしてたウサ?」
フィーナが屈んで目を合わせる。少女は小さく息を吐いて、語り始めた。
「私の姉が病で倒れて……でも治療費がなくて……。聖女の格好をすれば、人が恵んでくれるって教えられたの」
「誰に?」
「“聖女復活の兆し”を広めろって言われたの。裏の祈祷師たちに……」
「……過激派か」
クラリスが苦い表情でつぶやいた。
「でも、私は気づいたの。本物の聖女様には“赤い指輪”があるって。千年前の文献に……」
「赤い……指輪?」
少女の言葉に、場の空気が変わる。
「その記録、どこで見たの?」
「昔の古書商が口伝で教えてくれたの。“逸脱記録”と呼ばれてた……でも、今はもう焼かれてしまったみたい」
「逸脱記録……」
イッセイは静かに頷く。
「君の名前は?」
「リゼ……リゼ・エルガン」
「ありがとう、リゼ。君が残した言葉が、新しい道を照らすかもしれない」
イッセイはそう言って、少女の肩にそっと手を置いた。
「お姉さんの治療費は……俺たちがなんとかする。な、リリィ?」
「……うん、もちろん! 詐欺はよくないけど……ちゃんと罪を償って、やり直せばいいのよ」
リゼは涙を流しながら、深く頭を下げた。
そして、聖都の夜に、静かに鐘が鳴り響いた。
巡礼者の装いで国境を越えてから二日目。
イッセイたちは、聖教国の郊外にある巡礼街道を進んでいた。道の左右には野バラとオリーブの木が続き、清涼な風が砂埃を撫でる。隊列の先頭には、イッセイとルーナが警戒を兼ねて歩き、その後ろをフィーナとシャルロッテが並んで歩いていた。サーシャとセリアは最後尾を守り、リリィとミュリルはその中央付近で情報交換に余念がない。
「なんだか、思ってたよりのどかだにゃん……」
ミュリルが肩に小鳥を乗せたまま、小声でつぶやいた。
「この辺りまではな。だが、聖都が近づくにつれて警備も厳しくなるはずだ」
イッセイが静かに答えると、ルーナが前方の地形に目を細める。
「イッセイくん、あれ……誰か倒れてる?」
草むらの影に、小柄な人影がうずくまっていた。
急いで駆け寄ると、巡礼服に身を包んだ少女が泥だらけの顔で倒れていた。
「……うぅ、ぐすっ……もう無理……」
年の頃は14、5といったところだろうか。長いブロンドの髪に、どこか高貴な雰囲気を漂わせている。
「大丈夫か? しっかりしろ」
イッセイが声をかけると、少女は薄く目を開け、慌てて体を起こした。
「ちょ、ちょっと触らないでっ! わたくしは……っ、聖女なのよ!」
「……は?」
一瞬、全員が動きを止めた。だが、すぐにリリィが小声で言った。
「イッセイ様、この子……見覚えがあります。指名手配の詐欺師だと思います」
「詐欺師?」
「ええ、“偽聖女”を名乗って村々を回り、治癒魔法もどきを使って礼金を取っていたとか」
少女は必死に手を振って否定した。
「ち、ちがうのよっ! 本当に、聖女の血を引いているのっ。少なくとも曾祖母は巫女だったのよ! ……たぶん……」
「胡散臭すぎるウサ」
フィーナがじと目で見つめるなか、イッセイは彼女にマントをかけてやった。
「名前は?」
「……エルネアよ。エルネア・ルヴィニア。いちおう、聖教学院の卒業生……だったの」
「だった?」
「“教義に反した独自研究をした”ってことで追放されたのよ。あんまりじゃない?」
エルネアは涙目になりながら、懐から一冊の小さな古文書を取り出した。
「これ、“逸脱記録”。正式な聖典には書かれていないけど……本当の聖女は、何度も魔王と対峙していたのよ。記録にされなかっただけで」
シャルロッテが食いついた。
「その文書、精霊信仰との関わりについても何か書かれている?」
「あるわよ! “月の巫女”って呼ばれた聖女が、森の精霊たちと誓約を交わして、瘴気の波を鎮めたとか。教会の人間は“異端”って切り捨てたけど」
ルーナがそっとイッセイを見た。
「この子……本物かもしれないわ」
「少なくとも、俺たちの目的に繋がる手掛かりは持っていそうだな」
イッセイは立ち上がり、少女に手を差し伸べた。
「よし、エルネア。お前の話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
少女は一瞬驚いたが、照れくさそうにその手を取った。
「ふふ、騙されても知らないわよ? ……でも、ありがと」
夕暮れの風が、旅の仲間に新たな風を吹き込んでいた。
聖都エルヴィラの中央広場。噴水の音と祈りの声が交差する荘厳な空間に、イッセイたちは立っていた。遠くには聖女の巨大な像が天を指している。
「ここが……聖女エリシアの像……」
ルーナが両手を組んで祈るように呟いた。
「うむ、民の信仰を象徴する場所ウサね……」フィーナは珍しく神妙な顔で手帳を閉じた。
そんな中、エルネアがぽつりと口を開いた。
「ねえ、あんたたち……“逸脱記録”って、本当に見たいの?」
イッセイは軽く頷いた。「ああ。今の世界の歪みの根を探るには、そこに何かがある気がするんだ」
「……じゃあ、ついてきなよ。わたしの知ってる場所に案内してあげる」
彼女は言うと、広場の外れにある細い路地へと足を進めた。
一行は戸惑いながらもその背に続いた。
――路地裏の教会廃墟。
「ここは……」セリアが眉をひそめた。「崩れてるじゃない」
「昔はね、“異端派”の教会だったの。聖女の教えを都合よく解釈して……民衆に希望を与えてた。でも、本山に目をつけられて潰された」
エルネアは廃墟の中へと入っていく。木の扉を開けると、埃の舞う空間が現れた。
奥に進むと、小さな石碑とともに古い書棚が見つかる。
「これ……!」リリィが目を見張る。「精霊言語と古ラテン文字の混在……すごい資料よ」
イッセイは書物の一冊をめくった。中には手書きの祈祷文とともに、ある日付の記録が記されていた。
『エリシア、聖なる使命を拒絶す。民を守るため、自ら魔の力に抗い、封印に応ず』
「聖女エリシアは、最後に“自らの意志で封印に入った”……?」
シャルロッテが目を細めた。「ということは、彼女は……誰かに命じられたのではなく、自らの意思で?」
「聖教会の公式記録では、“神の召命により昇天”と書かれているウサが……これは矛盾するウサ」フィーナが険しい顔で口を挟んだ。
「つまり……この“逸脱記録”は、真実を隠すために葬られた史実ってことか」イッセイの声が低くなる。
「そうかもね」と、エルネアが苦笑する。「でも、そんな記録があるってこと自体が、今の聖教国にはとっても危険なことなのよ」
そのとき――。
「見つけたぞ、“偽聖女”!」
扉が音を立てて開かれ、数人の黒装束が現れた。過激派だ。
「離れて!」イッセイが前に出た。「この子は俺たちの仲間だ。手出しはさせない!」
「穢れた者ども……正義の鉄槌を!」黒装束の男が叫び、魔導銃を構える。
「やらせないにゃん!」ミュリルが飛び出し、魔力のシールドを展開。銃弾を防いだ。
セリアがすかさず前に出て剣を抜き、「この場所を……冒涜するな!」と切りかかる。
一瞬の衝突の末、イッセイたちは過激派を退けた。
――静寂の戻った廃墟。
エルネアは小さく震えていた。「……ありがとう、みんな」
「大丈夫だよ、もう怖くない」ルーナがそっと肩を抱いた。
「これで、少し前に進める気がする……」エルネアは空を見上げる。「でも、わたしはここに残るよ。記録を写本して、誰かに伝えられるようにしたいから」
イッセイは彼女の瞳を見つめ、静かに頷いた。
「その意志は、俺たちが繋いでいく」
風が吹き抜ける。聖女の像の向こうに、夕日が差し込んでいた。
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