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第八章 聖なる記憶と千年の封印
失われた聖女の祈り
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雪原を越え、聖域ルクスから戻った一行は、聖都エルヴィラ近郊の街へと戻ってきた。そこには、聖教会の関連施設が集中し、巡礼者や研究者、そして信者たちで賑わっていた。
「このあたりには、“聖女リアナ”の祈りに関する記録がもう一つある、と文献に書かれていました」
クラリスが手にしていた小冊子を開きながらそう口にする。
「それが“失われた祈り”という伝承ですね。公には否定された、第二の祈りの儀式……」
シャルロッテが続け、フィーナがウサ耳を動かしながら呟いた。
「その儀式って、ほんとに存在したのかなウサ……?」
「わからん。でも、調べる価値はある」
イッセイが小さく頷いた。
一行は、目指すべき場所──聖都の西端にある“断罪の礼拝堂”へと向かうことにした。
その場所は、過去に異端者が尋問を受けたとされる場所であり、現在は立ち入りが制限された教会の封鎖区画となっている。
「どうやって入るの?」とリリィが問いかけると、クラリスが小さく肩をすくめた。
「ここは……わたくしが何とかするしかないわね」
王族の権限を使い、礼拝堂の管理神父との面会を取り付けるクラリス。だが彼らを迎えたのは、冷たい視線の男だった。
「王国の姫君といえども、ここは“信仰の外”の者に開かれる場所ではありません」
「……それでも、知るべきなのです。過去の真実を」
クラリスの毅然とした態度に、一瞬の沈黙の後、神父は鍵を渡した。
「許されるのは“閲覧のみ”。中で何かが起きても、教会は関知しません」
「それで充分です」
礼拝堂の重い扉を開き、イッセイたちは内部へと足を踏み入れた。
そこはひどく静かで、空気がまるで時を止めたかのように澱んでいた。
「……祈りの痕跡が、まだ残ってる」
シャルロッテが床に描かれた古代精霊文字を指差す。
「これは、精霊語の“還り”……封印が“内側から”解かれようとしている……?」
「な、なんか嫌な感じにゃん……」
ミュリルが怯えた声で呟いたそのとき──
突如、壁際の祭壇が淡く光り出す。
「……誰かが、いる?」
サーシャが抜刀の構えを取る中、光の中から、白いローブの少女の幻影が現れた。
「これは……記録映像か?」
イッセイが前に出て目を凝らす。
『我が名は、リアナ。この世の記憶より抹消されし者』
少女──聖女リアナの声が、礼拝堂全体に響き渡った。
雪が舞う静寂の森を抜け、険しい山道を登り続けて数日。ついに一行は、セイナ山脈の奥地――“祈祷塔”と呼ばれる場所にたどり着いた。
「……これが、リアナが最後に祈った場所……」
ルーナの声が震える。眼前には、風雪に削られた灰白の石塔がそびえ立っていた。頂には、今にも折れそうな祈祷の鐘がぶら下がっている。
「塔自体が、魔力の結界になっている……ウサ。周囲の空気が、妙に澄んでる」
フィーナが耳をピクンとさせた。
「ここに入るには……精霊語の詠唱が必要なのでは?」
シャルロッテが石碑に手を当て、瞳を閉じた。
「……風の精霊“ミラファリエ”、時の精霊“アウリス”……この二柱の加護が交差してる……!」
石碑の文言を一語ずつ慎重に読み解く彼女の横で、セリアが警戒の構えを解かず見守っている。
「扉を開く言葉は、“記憶を刻みし風よ、時を越えて我らを導け”……たぶん、これです」
シャルロッテがそっと呟くと、石塔の入り口が音もなく開かれた。
その瞬間、冷たい風と共に、やわらかな光が吹き出した。
***
内部は思いのほか広く、中央に小さな祭壇と石像があった。その像は、祈りを捧げる少女――リアナの姿に似ていた。
「これは……彼女が、ここで何を祈ったのかを再現したもの……?」
リリィが息を飲む。そのときだった。
「来たのですね……旅人たち」
幻のように、空中に光が収束し、ひとりの少女が現れた。
純白のローブに身を包んだ長い金髪の少女――その姿は、記録にある“聖女リアナ”に酷似していた。
「リアナ様……なのですか?」
クラリスが一歩前に出て、そっと問いかける。
「私は――記憶の欠片。かつてこの場所で祈った者の、最後の祈り」
声は透き通っていた。だが、そこには凛とした芯の強さがあった。
「私は世界のためにすべてを捧げました。名も、記録も、存在も……」
幻影の少女がゆっくりと手を掲げる。
「――だが、封印は完全ではありません。“瘴気の源”はなおも残され、魔王は復活の兆しを見せています」
「やっぱり……!」
サーシャが息をのむ。
「私が残せるのは、ただ一つ。“記録なき記憶”……それを、あなた方に託します」
光が、塔内を包む。
次の瞬間、仲間たちの意識が、一つの記憶の中へと引き込まれた。
***
そこは千年前の戦場。リアナがひとりで魔王と対峙する姿が映し出されていた。
「封印とは、勝利ではない。未来のための“時稼ぎ”にすぎません」
魔王の瘴気が空を染め、リアナは命を削って対抗していた。
「ならば、私は――消えよう。世界から、完全に」
その瞬間、彼女の身体は無数の精霊の光へと変わり、封印の礎となった。
記憶が、終わった。
***
意識を取り戻したイッセイたちは、塔の静寂の中で呆然と立ち尽くしていた。
「……そんなことが……」
ルーナが涙をこぼす。
「彼女は……誰にも記憶されることなく、世界を救ったんだ……」
ミュリルの声も震えていた。
幻の少女は、最後に微笑みを浮かべる。
「どうか、次は……“忘れない未来”を……」
彼女の光が、そっと消えた。
その後、塔の天井から微かな光が差し込み、リアナの像の後ろにある壁が音を立てて動いた。
そこには、聖女の封印が弱まりつつあることを示す紋章と、精霊たちの名が刻まれた“最後の封印図”があった。
「これは……!」
フィーナが顔を上げ、真剣な表情で言った。
「リアナの封印を解こうとしてる存在がいる。――その者の名は、“主の代理ヴォルクス・デウス”……!」
皆の顔に緊張が走る。
イッセイは、拳を強く握った。
「――行こう。この先に、“世界の真実”が待っている」
風が塔の頂をなで、かすかに鐘が鳴った。
「このあたりには、“聖女リアナ”の祈りに関する記録がもう一つある、と文献に書かれていました」
クラリスが手にしていた小冊子を開きながらそう口にする。
「それが“失われた祈り”という伝承ですね。公には否定された、第二の祈りの儀式……」
シャルロッテが続け、フィーナがウサ耳を動かしながら呟いた。
「その儀式って、ほんとに存在したのかなウサ……?」
「わからん。でも、調べる価値はある」
イッセイが小さく頷いた。
一行は、目指すべき場所──聖都の西端にある“断罪の礼拝堂”へと向かうことにした。
その場所は、過去に異端者が尋問を受けたとされる場所であり、現在は立ち入りが制限された教会の封鎖区画となっている。
「どうやって入るの?」とリリィが問いかけると、クラリスが小さく肩をすくめた。
「ここは……わたくしが何とかするしかないわね」
王族の権限を使い、礼拝堂の管理神父との面会を取り付けるクラリス。だが彼らを迎えたのは、冷たい視線の男だった。
「王国の姫君といえども、ここは“信仰の外”の者に開かれる場所ではありません」
「……それでも、知るべきなのです。過去の真実を」
クラリスの毅然とした態度に、一瞬の沈黙の後、神父は鍵を渡した。
「許されるのは“閲覧のみ”。中で何かが起きても、教会は関知しません」
「それで充分です」
礼拝堂の重い扉を開き、イッセイたちは内部へと足を踏み入れた。
そこはひどく静かで、空気がまるで時を止めたかのように澱んでいた。
「……祈りの痕跡が、まだ残ってる」
シャルロッテが床に描かれた古代精霊文字を指差す。
「これは、精霊語の“還り”……封印が“内側から”解かれようとしている……?」
「な、なんか嫌な感じにゃん……」
ミュリルが怯えた声で呟いたそのとき──
突如、壁際の祭壇が淡く光り出す。
「……誰かが、いる?」
サーシャが抜刀の構えを取る中、光の中から、白いローブの少女の幻影が現れた。
「これは……記録映像か?」
イッセイが前に出て目を凝らす。
『我が名は、リアナ。この世の記憶より抹消されし者』
少女──聖女リアナの声が、礼拝堂全体に響き渡った。
雪が舞う静寂の森を抜け、険しい山道を登り続けて数日。ついに一行は、セイナ山脈の奥地――“祈祷塔”と呼ばれる場所にたどり着いた。
「……これが、リアナが最後に祈った場所……」
ルーナの声が震える。眼前には、風雪に削られた灰白の石塔がそびえ立っていた。頂には、今にも折れそうな祈祷の鐘がぶら下がっている。
「塔自体が、魔力の結界になっている……ウサ。周囲の空気が、妙に澄んでる」
フィーナが耳をピクンとさせた。
「ここに入るには……精霊語の詠唱が必要なのでは?」
シャルロッテが石碑に手を当て、瞳を閉じた。
「……風の精霊“ミラファリエ”、時の精霊“アウリス”……この二柱の加護が交差してる……!」
石碑の文言を一語ずつ慎重に読み解く彼女の横で、セリアが警戒の構えを解かず見守っている。
「扉を開く言葉は、“記憶を刻みし風よ、時を越えて我らを導け”……たぶん、これです」
シャルロッテがそっと呟くと、石塔の入り口が音もなく開かれた。
その瞬間、冷たい風と共に、やわらかな光が吹き出した。
***
内部は思いのほか広く、中央に小さな祭壇と石像があった。その像は、祈りを捧げる少女――リアナの姿に似ていた。
「これは……彼女が、ここで何を祈ったのかを再現したもの……?」
リリィが息を飲む。そのときだった。
「来たのですね……旅人たち」
幻のように、空中に光が収束し、ひとりの少女が現れた。
純白のローブに身を包んだ長い金髪の少女――その姿は、記録にある“聖女リアナ”に酷似していた。
「リアナ様……なのですか?」
クラリスが一歩前に出て、そっと問いかける。
「私は――記憶の欠片。かつてこの場所で祈った者の、最後の祈り」
声は透き通っていた。だが、そこには凛とした芯の強さがあった。
「私は世界のためにすべてを捧げました。名も、記録も、存在も……」
幻影の少女がゆっくりと手を掲げる。
「――だが、封印は完全ではありません。“瘴気の源”はなおも残され、魔王は復活の兆しを見せています」
「やっぱり……!」
サーシャが息をのむ。
「私が残せるのは、ただ一つ。“記録なき記憶”……それを、あなた方に託します」
光が、塔内を包む。
次の瞬間、仲間たちの意識が、一つの記憶の中へと引き込まれた。
***
そこは千年前の戦場。リアナがひとりで魔王と対峙する姿が映し出されていた。
「封印とは、勝利ではない。未来のための“時稼ぎ”にすぎません」
魔王の瘴気が空を染め、リアナは命を削って対抗していた。
「ならば、私は――消えよう。世界から、完全に」
その瞬間、彼女の身体は無数の精霊の光へと変わり、封印の礎となった。
記憶が、終わった。
***
意識を取り戻したイッセイたちは、塔の静寂の中で呆然と立ち尽くしていた。
「……そんなことが……」
ルーナが涙をこぼす。
「彼女は……誰にも記憶されることなく、世界を救ったんだ……」
ミュリルの声も震えていた。
幻の少女は、最後に微笑みを浮かべる。
「どうか、次は……“忘れない未来”を……」
彼女の光が、そっと消えた。
その後、塔の天井から微かな光が差し込み、リアナの像の後ろにある壁が音を立てて動いた。
そこには、聖女の封印が弱まりつつあることを示す紋章と、精霊たちの名が刻まれた“最後の封印図”があった。
「これは……!」
フィーナが顔を上げ、真剣な表情で言った。
「リアナの封印を解こうとしてる存在がいる。――その者の名は、“主の代理ヴォルクス・デウス”……!」
皆の顔に緊張が走る。
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