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第八章 聖なる記憶と千年の封印
封印の地ルクスへ
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氷のように冷たい風が、白銀の雪原を横切る。果てしなく続く純白の地に、六つの影が小さく進んでいた。
「ううっ……寒いにゃん……耳が凍るにゃん……!」
「ミュリル、もう少し耐えて。あと丘を越えれば、目的地の外郭が見えるはずです」
シャルロッテが雪を払いながら進む。視界の先には、淡い光に包まれた氷の柱群が、まるで巨大な神殿の遺構のように立ち並んでいた。
「これが……“封印の地ルクス”。千年前、聖女リアナが最後に祈った場所だウサ」
フィーナが魔力探知の杖をかざしながら呟くと、クラリスが眉をひそめた。
「結界……かろうじて残っているけれど、あちこちで断裂しているようね。誰かが意図的に、ここを開こうとしている」
「仮面の男の一派か……あるいは、別の“何か”かもしれないな」
イッセイの言葉に、サーシャが静かに剣に手をかける。
「瘴気の匂いが、かすかに漂っている。おそらく、ここにはもう“魔”が入り込んでいる」
「むぅ……それってつまり、また戦う可能性が高いってことウサ?」
「そのつもりで来たに決まってるじゃない」
クラリスが言い切るように背を伸ばし、続いてルーナが頷いた。
「でも、戦うだけじゃ意味がないよ。ここには“リアナ様の封印”がある。壊される前に、手を打たなきゃ」
雪を踏みしめ、一行は封印の中心へと歩を進める。
やがて、雪を押し分けた先に見えたのは、半ば崩れかけた氷の祭壇。周囲には聖印が刻まれていたが、そのいくつかは砕け、剥離し、黒い煤のような痕跡が残っていた。
「これは……すでに誰かが手を加えた跡だわ」
シャルロッテが精霊語で唱えながら、祭壇の結界をなぞる。
「防衛陣も、再起動はできないレベルにまで侵食されている……」
「つまり、ここはもう“安全ではない”ってことだにゃん」
「ええ。けれど、まだ封印の中心核――“祈りの礎”が残っていれば……」
その時だった。
「――キミたち、そこから先は立ち入り禁止だよ」
雪の陰から、柔らかな声が響いた。
イッセイたちが振り向くと、そこに立っていたのは一人の少年だった。十代前半ほどのあどけない顔。だが、その目はどこか年齢不相応な深い知識と静謐を湛えていた。
「……君は?」
「僕の名前は、ヴァリウス。ここの“番人”だよ。聖女リアナ様が封印したこの地を、ずっと見守ってきた一族の末裔なんだ」
彼はにこりと笑い、手にした白杖を軽く掲げると、周囲の雪が自然に払われていく。
「この先は危険だ。もう瘴気がここまで侵食してきてる。戻るなら、今のうちだよ」
「……それでも、進まなきゃいけない理由がある」
イッセイが前に出た。
「僕たちは“主なき闇”の復活を止めたい。そのためには、ここで何が起きているのかを知らなければならないんだ」
ヴァリウスは、静かに目を伏せた。
「……ならば、“祈りの礎”まで案内しよう。けれど、途中には“守護の試練”が待ち受けているよ」
「試練……?」
「封印を触れようとする者を、聖女の意志が試すために遺した魔法陣。千年の時を超えて、未だ機能している……」
「なるほど……ここは“封印の地”にして、“聖女の記憶”が残る場所……」
シャルロッテの瞳が鋭く輝く。
「僕についてきて。雪が深くなるけれど、魔法で通れる道をつくるよ」
そう言って、ヴァリウスは祭壇の奥へと歩みを進めた。
一行は彼の背を追い、いよいよ“聖女の核心”へと迫っていく――。
ヴァリウスに導かれ、氷雪の大地を進む一行。雪は深く、足元の魔法灯を灯さなければ、すぐに足を取られそうな冷たさと沈黙に包まれていた。
「……不思議ね。空気が、澄んでいるのに、どこか重い」
クラリスが呟くように言うと、シャルロッテが頷いた。
「ここは“祈りの地”。この空間自体が、聖女の想念によって守られている……でも、それは同時に、我々を“試すための場所”でもあるわ」
「試すって、どういう意味ウサ?」
フィーナが顔をしかめると、ヴァリウスが振り返り、静かに言った。
「この先にある“祈りの礎”を訪れるには、聖女の記憶が試みた“選別”を通らなければならない。あなたたちが、本当に世界を救おうとする者かどうかを」
その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちた。だが――
「やってやろうじゃないか。ここまで来て、今さら後戻りなんてするつもりはない」
イッセイが前に出て、堂々とした笑みを浮かべた。
ヴァリウスは頷き、氷の回廊の中に続く小さな広場に立ち止まる。
「……この円環に入ると、それぞれの“心”が映し出されます。幻惑の試練です。恐怖、後悔、執着……乗り越えた先に、“祈り”の真実があります」
彼が手を掲げると、地面に浮かぶ魔法陣が輝き、眩い光が放たれた。
次の瞬間、空間がぐにゃりと歪み、彼らの視界はそれぞれ別の景色へと引き裂かれた――。
「っ……ここは……!」
イッセイの目の前に現れたのは、かつて彼が戦場で救えなかった仲間たちの幻影だった。次々と責める声が飛び交う。
《なぜ、私を助けなかった》《お前は、選ばれただけの者なのか?》
「……違う、俺は……! 俺は……生きて、守ると決めたんだ!」
彼は叫び、剣を構え、幻影を正面から断ち切る。
一方、シャルロッテの前には――
「母さま……?」
柔らかい森の風景の中に、エルフの母の幻影が立っていた。
《お前は、精霊を裏切って人間と共に行くの?》
「……違う。私は“橋”になるの。精霊も、人も、同じように大切だから!」
彼女が精霊語で詠唱を捧げると、風が旋回し、幻影を優しく包んで消し去った。
ミュリルの前には、孤独だった幼い頃の自分が泣いていた。
「一緒にいるにゃん。もう一人じゃないにゃん……!」
フィーナは、かつて否定された発明の失敗を何度も見せられた。
「それでも、わたしは可愛いと便利の両立を信じるウサ!!」
クラリスは王族としての責務と、旅の中で得た“自分らしさ”との狭間で揺れ、
ルーナは無力だった侍女時代の自分に向き合いながら、
リリィは、商才では救えなかった人々の記憶を越え――
そしてサーシャは。
「……すまぬ、拙者が……助けられなかったばかりに……!」
彼女の前に現れたのは、ヒノモトで散った仲間たちの姿。
《サーシャ、お前が守ろうとしたヒノモトは、今も生きている》
「……然らば、拙者は剣を抜く! 再び誓う、名誉のために、友の魂のために!!」
剣を突き立てたその瞬間、試練の空間は崩れ落ち、白銀の現実に戻っていった。
「……皆、無事……ウサ?」
「うん……だけど、あれは本当に……心を試された」
フィーナとクラリスが互いの顔を見て、力強く頷いた。
ヴァリウスが静かに歩み寄る。
「あなたたちは、“祈りを受けるに足る者”と認められました」
彼が手を掲げると、氷の祭壇の奥に、まばゆい光を放つ“祈りの礎”が現れた。
「これが……聖女リアナの、最後の記憶……」
イッセイが手を伸ばしかけたとき、微かに耳元で声がした。
《封印は、緩み始めています……真実を、見極めてください……》
誰もが凍てつく風の中で、確かな何かを感じていた。
この世界の“根幹”に近づいているということを。
「ううっ……寒いにゃん……耳が凍るにゃん……!」
「ミュリル、もう少し耐えて。あと丘を越えれば、目的地の外郭が見えるはずです」
シャルロッテが雪を払いながら進む。視界の先には、淡い光に包まれた氷の柱群が、まるで巨大な神殿の遺構のように立ち並んでいた。
「これが……“封印の地ルクス”。千年前、聖女リアナが最後に祈った場所だウサ」
フィーナが魔力探知の杖をかざしながら呟くと、クラリスが眉をひそめた。
「結界……かろうじて残っているけれど、あちこちで断裂しているようね。誰かが意図的に、ここを開こうとしている」
「仮面の男の一派か……あるいは、別の“何か”かもしれないな」
イッセイの言葉に、サーシャが静かに剣に手をかける。
「瘴気の匂いが、かすかに漂っている。おそらく、ここにはもう“魔”が入り込んでいる」
「むぅ……それってつまり、また戦う可能性が高いってことウサ?」
「そのつもりで来たに決まってるじゃない」
クラリスが言い切るように背を伸ばし、続いてルーナが頷いた。
「でも、戦うだけじゃ意味がないよ。ここには“リアナ様の封印”がある。壊される前に、手を打たなきゃ」
雪を踏みしめ、一行は封印の中心へと歩を進める。
やがて、雪を押し分けた先に見えたのは、半ば崩れかけた氷の祭壇。周囲には聖印が刻まれていたが、そのいくつかは砕け、剥離し、黒い煤のような痕跡が残っていた。
「これは……すでに誰かが手を加えた跡だわ」
シャルロッテが精霊語で唱えながら、祭壇の結界をなぞる。
「防衛陣も、再起動はできないレベルにまで侵食されている……」
「つまり、ここはもう“安全ではない”ってことだにゃん」
「ええ。けれど、まだ封印の中心核――“祈りの礎”が残っていれば……」
その時だった。
「――キミたち、そこから先は立ち入り禁止だよ」
雪の陰から、柔らかな声が響いた。
イッセイたちが振り向くと、そこに立っていたのは一人の少年だった。十代前半ほどのあどけない顔。だが、その目はどこか年齢不相応な深い知識と静謐を湛えていた。
「……君は?」
「僕の名前は、ヴァリウス。ここの“番人”だよ。聖女リアナ様が封印したこの地を、ずっと見守ってきた一族の末裔なんだ」
彼はにこりと笑い、手にした白杖を軽く掲げると、周囲の雪が自然に払われていく。
「この先は危険だ。もう瘴気がここまで侵食してきてる。戻るなら、今のうちだよ」
「……それでも、進まなきゃいけない理由がある」
イッセイが前に出た。
「僕たちは“主なき闇”の復活を止めたい。そのためには、ここで何が起きているのかを知らなければならないんだ」
ヴァリウスは、静かに目を伏せた。
「……ならば、“祈りの礎”まで案内しよう。けれど、途中には“守護の試練”が待ち受けているよ」
「試練……?」
「封印を触れようとする者を、聖女の意志が試すために遺した魔法陣。千年の時を超えて、未だ機能している……」
「なるほど……ここは“封印の地”にして、“聖女の記憶”が残る場所……」
シャルロッテの瞳が鋭く輝く。
「僕についてきて。雪が深くなるけれど、魔法で通れる道をつくるよ」
そう言って、ヴァリウスは祭壇の奥へと歩みを進めた。
一行は彼の背を追い、いよいよ“聖女の核心”へと迫っていく――。
ヴァリウスに導かれ、氷雪の大地を進む一行。雪は深く、足元の魔法灯を灯さなければ、すぐに足を取られそうな冷たさと沈黙に包まれていた。
「……不思議ね。空気が、澄んでいるのに、どこか重い」
クラリスが呟くように言うと、シャルロッテが頷いた。
「ここは“祈りの地”。この空間自体が、聖女の想念によって守られている……でも、それは同時に、我々を“試すための場所”でもあるわ」
「試すって、どういう意味ウサ?」
フィーナが顔をしかめると、ヴァリウスが振り返り、静かに言った。
「この先にある“祈りの礎”を訪れるには、聖女の記憶が試みた“選別”を通らなければならない。あなたたちが、本当に世界を救おうとする者かどうかを」
その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちた。だが――
「やってやろうじゃないか。ここまで来て、今さら後戻りなんてするつもりはない」
イッセイが前に出て、堂々とした笑みを浮かべた。
ヴァリウスは頷き、氷の回廊の中に続く小さな広場に立ち止まる。
「……この円環に入ると、それぞれの“心”が映し出されます。幻惑の試練です。恐怖、後悔、執着……乗り越えた先に、“祈り”の真実があります」
彼が手を掲げると、地面に浮かぶ魔法陣が輝き、眩い光が放たれた。
次の瞬間、空間がぐにゃりと歪み、彼らの視界はそれぞれ別の景色へと引き裂かれた――。
「っ……ここは……!」
イッセイの目の前に現れたのは、かつて彼が戦場で救えなかった仲間たちの幻影だった。次々と責める声が飛び交う。
《なぜ、私を助けなかった》《お前は、選ばれただけの者なのか?》
「……違う、俺は……! 俺は……生きて、守ると決めたんだ!」
彼は叫び、剣を構え、幻影を正面から断ち切る。
一方、シャルロッテの前には――
「母さま……?」
柔らかい森の風景の中に、エルフの母の幻影が立っていた。
《お前は、精霊を裏切って人間と共に行くの?》
「……違う。私は“橋”になるの。精霊も、人も、同じように大切だから!」
彼女が精霊語で詠唱を捧げると、風が旋回し、幻影を優しく包んで消し去った。
ミュリルの前には、孤独だった幼い頃の自分が泣いていた。
「一緒にいるにゃん。もう一人じゃないにゃん……!」
フィーナは、かつて否定された発明の失敗を何度も見せられた。
「それでも、わたしは可愛いと便利の両立を信じるウサ!!」
クラリスは王族としての責務と、旅の中で得た“自分らしさ”との狭間で揺れ、
ルーナは無力だった侍女時代の自分に向き合いながら、
リリィは、商才では救えなかった人々の記憶を越え――
そしてサーシャは。
「……すまぬ、拙者が……助けられなかったばかりに……!」
彼女の前に現れたのは、ヒノモトで散った仲間たちの姿。
《サーシャ、お前が守ろうとしたヒノモトは、今も生きている》
「……然らば、拙者は剣を抜く! 再び誓う、名誉のために、友の魂のために!!」
剣を突き立てたその瞬間、試練の空間は崩れ落ち、白銀の現実に戻っていった。
「……皆、無事……ウサ?」
「うん……だけど、あれは本当に……心を試された」
フィーナとクラリスが互いの顔を見て、力強く頷いた。
ヴァリウスが静かに歩み寄る。
「あなたたちは、“祈りを受けるに足る者”と認められました」
彼が手を掲げると、氷の祭壇の奥に、まばゆい光を放つ“祈りの礎”が現れた。
「これが……聖女リアナの、最後の記憶……」
イッセイが手を伸ばしかけたとき、微かに耳元で声がした。
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