侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第九章 浮遊諸島の聖女と時の遺跡

時の遺跡の深淵

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 浮遊諸島・第七層――その最奥、巨大な翼を広げたように広がる浮岩の中央部。時間さえ忘れさせる荘厳な静けさの中、一行は、風を切るように立つ遺跡の門前に立っていた。



「……ここが、“時の記録”が眠る場所……か」

 イッセイが呟いた声は、風に攫われるように消えた。



 周囲に漂うのは、どこか現実離れした魔力の残響。シャルロッテがそっと額に手を当て、精霊語の囁きを聞き取る。



「時の精霊たちが……目を覚まそうとしてる。封印されていた記憶が、揺れてるの……」

「……揺れる?」ルーナが首を傾げる。

「誰かが……思い出してはいけないことを、思い出そうとしているってこと。だから、世界が……警告してるの」



 その言葉に、セリアとクラリスも身を引き締めた。仲間の間に、目に見えぬ緊張が走る。

 リリィは小さく鼻を鳴らしながらも、「記録ってのは、読んでナンボよ」と気丈に笑ってみせる。



 重厚な扉が、まるで意志を持つかのように軋みながら開かれる。

 内部に足を踏み入れた瞬間、光と風が逆巻き、時間の渦が巻き起こるような感覚が全身を包んだ。



「ぐっ……!」

「この魔力圧……今までと桁が違うウサ!」

 フィーナが慌てて魔力を循環させ、ミュリルはぎゅっとイッセイの袖を掴んだ。



 奥へと続く回廊は、螺旋のように降りていく構造になっていた。やがて、彼らは中央の大広間へと辿り着く。



 そこには、宙に浮かぶ巨大な石碑があった。まるで水晶のように澄んだその石は、淡く発光し、そこに記された文字は――精霊語、そして古代神語であった。



「……“ここに、リアナの記憶を封ず”……」

 シャルロッテが読み上げた言葉に、全員が言葉を失う。



「リアナって、あの聖女リアナのこと?」ルーナが問う。

「間違いないわ」クラリスが応じる。「記録の断片にあった、千年前の“奇跡の聖女”。その存在が、消されたと――でも、なぜここに?」



 イッセイは石碑に手を伸ばす。途端に、空間が震えた。



 ――ずずん、と地響き。

 天井から降り注ぐ光の柱、その中に、一人の少女の幻影が現れた。



「……リアナ……」

 その姿は確かに、記録に残されていた肖像画にそっくりだった。しかし、彼女は優しく微笑むと、静かに語り始める。



「私の記憶は……世界にとって、危険なのです」

 イッセイが口を開こうとしたその時、彼女の声は続く。



「封印とは、“災厄を封じること”ではなく、“罪を葬ること”。私の中には……かつての魔王の記憶があるのです」



 ざわり、と風が逆巻く。仲間たちは息を呑んだ。



「えっ……聖女が、魔王の記憶……!?」

 ルーナが呆然と呟く。リリィの眉が跳ね上がり、フィーナも「それはつまり――」と言いかけて黙り込んだ。



 その瞬間、石碑の奥にある封印が音を立てて崩れ、何かが目覚める気配が広がった。



「っ、これは……!」

 シャルロッテが叫ぶ。「封印が……反応してる! 私たちが来たことで、記録が“再生”される!」



 石碑から伸びた光が、イッセイの胸元に吸い込まれた。

 その瞬間、彼の中に“誰かの記憶”が流れ込む――世界を焼いた火の海、そして、泣きながら剣を振るう一人の少女の姿。



「リアナ……君は、何を封じたんだ」

 イッセイの手が震える。



 そして、響く声。

「このまま進めば、いずれ“真実”に到達する。だが……心して進みなさい。過去を知るということは、自分が何者かを知ることでもある」



 幻影がゆっくりと消えていく。



 イッセイは、拳を強く握った。仲間たちの視線が、彼に集まる。

 その先にあるのは、世界の真実。封印の核心。聖女リアナの記憶。そして――“魔王”の謎。



「行こう。まだ、終わっちゃいない」

 イッセイの言葉に、皆が頷いた。



 イッセイの拳が震えを残したまま、仲間たちは再び足を進めた。



「リアナが……魔王の記憶を封じていた。そんなことが……」

 セリアの声は低く、しかし真剣だった。彼女の手の中の小剣は、静かに鞘に収まっている。



「それだけじゃない。彼女の記憶……あの光は“断片”に過ぎない。もっと奥に……真実がある」

 イッセイの言葉に、シャルロッテが頷く。



「ええ。封印は、三重構造になってる。今、第一の封が開いた。次は……リアナ自身が遺した“鍵”を探さないと」



 その時、大地が再び震えた。

 遺跡の最奥部――重い魔力の扉が音を立てて開く。



 中に広がっていたのは、まるで天文台のような半球状の空間。天井には無数の魔法陣が浮かび、中央には水面のように揺れる記憶の池があった。



「これは……記憶の池?」

 フィーナが目を見開いた。「魔力で封じられた“思念の記録媒体”。おそらく、リアナの記憶の一部がここに蓄積されてるウサ!」



「思念が、視覚化されているのね……」

 クラリスが呟くように言い、静かに池を見つめた。



 その水面が揺れ、映し出されたのは――



 ――千年前の戦場。

 黒き炎が天を焦がし、魔獣が地を這う。

 その中で、一人の少女が立ち尽くしていた。銀髪に薄紫の法衣を纏い、両手を合わせて祈りの声をあげる。



「……リアナ」

 ルーナの声が、震えていた。



 映像の中のリアナは、巨大な魔神の前に立ちふさがっていた。

 だが、彼女は恐れていなかった――むしろ、その姿には、憐れみと悲しみがあった。



《この魂を……どうか、導きたまえ。滅びではなく、赦しと共に》



 祈りと共に光が降り注ぎ、魔神は――静かに涙を流し、崩れ落ちる。



「これは……リアナが“魔王”を封じた瞬間……?」

 ミュリルの耳がぴくりと揺れ、にゃん、と小さく声が漏れる。



 だが、次の瞬間、水面の映像は闇に包まれた。



《――裏切られたのよ、リアナ。人間に》



《あなたは……“その存在”が危険すぎたから。記憶ごと、歴史から消された》



 聞こえてきたのは、リアナ自身のものとは思えない、別の声だった。女性のようで、しかし感情を欠いた、冷酷な声。



「誰……? 今のは……!」

 セリアが構えをとる。イッセイは素早く周囲を見回した。



 そして、天井に浮かぶ魔法陣の一つがひび割れ、黒い影が現れる。



「歓迎しよう、“記憶の継承者”たちよ」



 現れたのは、黒衣を纏った女性。顔の半分は仮面で覆われており、その瞳はまるで深淵そのもののようだった。



「あなたは……誰?」

 クラリスが問いかける。



「我は、“記録管理者”。この遺跡が持つ“真実”を守りし者。だが……それを開いた時点で、お前たちは選択を迫られる」



「選択……?」イッセイが問う。



「リアナは、“世界の均衡”を保つために、存在そのものを消された。だが、その記憶が復元されれば、“世界の修正”が始まる」



 管理者の言葉は意味深で、どこか禍々しさすら孕んでいた。



「リアナの記憶を解放すれば、世界に“魔王の魂”が戻る。そして……封印の均衡が崩れる」



「つまり、封印を守りたければ、記憶は閉じたままにしろ……ってことか」

 リリィが唸る。



「だが、それじゃ何も変わらない!」

 イッセイが叫ぶ。「リアナは……ただ消されたんじゃない。彼女は戦って、救って、そして……!」



 イッセイの目が強く光る。「その意志まで、閉じ込めたままでいいはずがない!」



 静かな沈黙の後、管理者は一言だけ、呟いた。



「ならば、最後の扉を開くがいい……“契約者たち”よ。真実が、お前たちの魂を試すだろう」



 そして、遺跡の奥に新たな階段が現れる。



 その先にあるのは――リアナの核心の記憶。そして、“魔王”という存在に関する究極の問い。



「行こう」

 イッセイは歩を進めた。



「これはもう、“誰かの記録”じゃない。俺たち自身の選択だ」



 一行は、光と闇の狭間へと踏み込んでいく。
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