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第九章 浮遊諸島の聖女と時の遺跡
聖女の記憶と微笑みの幻影
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「ここが……“聖女の眠りし泉”――か」
イッセイは霧の立ちこめる森の奥、淡く光る水面を見つめた。周囲は静まり返り、まるで時間そのものが止まっているかのような感覚に包まれていた。
「気配が……柔らかくて、でもどこか儚いにゃ……」
ミュリルが猫耳を揺らしながら、そっと足音を殺して周囲を見渡す。
聖都から精霊碑の導きを辿ってたどり着いたこの泉こそ、かつて聖女リアナが「最後の祈り」を捧げたとされる場所。
「精霊の流れが穏やかです。ここは……記憶の眠る“聖域”かもしれません」
シャルロッテが目を閉じ、森の空気に耳を澄ます。その表情はどこか緊張と畏敬を帯びていた。
「本当にここに“聖女リアナ”の記憶があるの?」
クラリスが問いかけると、フィーナが頷いた。
「泉の底に、“記録結晶”があるはずウサ。けど、そう簡単には……」
その言葉と同時に、泉の中央が波打ち、ひとりの少女の幻影が現れた。
「……っ! 誰……?」
イッセイが警戒して前に出ようとするのを、ルーナが手で制した。
「……待って。あれは――」
幻影の少女は、純白の法衣を纏い、澄んだ瞳でこちらを見つめていた。だが、その表情はどこか虚ろで、記憶の底から掘り起こされたような曖昧さを宿していた。
「――リアナ……?」
誰からともなく漏れた声に、幻影の少女がふわりと微笑んだ。
「ようこそ……旅人たち。ここは、私の“祈りの終着点”」
その声は風に溶けるように優しく、けれどどこか寂しさが滲んでいた。
「リアナ様……本当に、あなたが……?」
クラリスが一歩踏み出し、震える声で尋ねた。
幻影は首を振る。
「私は……記憶の残滓。ただ、ここに刻まれた“想い”が形を取ったもの。あなたたちがこの地に辿り着いた時、その魂が呼応しただけ」
「記憶……なら、あなたは私たちに“何を”見せようとしてるの?」
シャルロッテの問いに、幻影はゆっくりと手を差し伸べた。
「この泉の底に、“真実”がある。それは痛みでもあり、希望でもある。知る覚悟があるのなら――」
彼女の指先が光り、泉の水が波紋を描くように広がっていく。そして、映し出されたのは千年前の戦場――。
「これ……っ!」
「魔王との最終戦……?」
イッセイたちは声を呑んだ。そこには、聖女リアナが剣を掲げ、数多の仲間たちと共に絶望に立ち向かう姿が映っていた。
「私は、世界を救うために“記憶の封印”を選んだ。けれど、それは仲間の存在さえも、世界から消し去ることになった」
リアナの幻影が、水面に手を触れながら語る。
「私が消えたあと……誰も、私たちの戦いを語らなくなった。歴史が、思い出が、“存在そのもの”を閉じ込めてしまったの」
「……辛かったんだね、リアナさん」
ミュリルがそっと涙を拭いながら呟く。
「ねぇ……助けられないの? 今からでも、あなたのことを“もう一度”世界に伝えることって……」
その言葉に、幻影が静かに微笑んだ。
「ありがとう。けれど、それはあなたたちの“選択”に委ねられるべきこと。私はもう……ここで祈り続けるだけ」
そう言った瞬間、水面が急激にざわついた。
「っ!? 何か来るわ、魔力の乱流よ!」
シャルロッテが身構え、同時に幻影のリアナが急ぎ口を開く。
「急いで……この泉の底にある記録結晶を――!」
「でも、この気配は……!」
「魔力の“監視者”ウサ! 記録に干渉しようとする者を消すための防衛機構だウサ!」
水面から這い出してきたのは、黒いマントを纏った無数の影。それぞれが不気味な仮面をつけ、異様な魔力を纏っていた。
「っ、来るよイッセイくん!」
「行くぞ――全員、配置につけ! ここで退いたら、リアナの記憶は……!」
彼らが再び剣を握るその横で、幻影のリアナは静かに口を開いた。
「私は……あなたたちを、信じてる」
その言葉が、戦いの始まりの鐘となった。
――その声とともに、黒き“監視者”たちが動いた。
「数が多すぎるっ! 一体、どこから湧いて――!」
クラリスが後退しながら叫ぶ。仮面の影たちは静かに滑るように地を這い、無音で接近してくる。まるで意志を持たぬ死者の群れのように、ただ“記録結晶を守る”という機能だけを遂行するかのようだった。
「お、おそろしいのにゃ……っ。でも、やるしかないにゃ!」
ミュリルが小さな体で結界を展開し、仲間たちの周囲に光の壁を作り出す。
「イッセイ、前に出るわよ! リリィ、支援を!」
「了解っ、攻撃魔法――泡泡バースト・展開!」
リリィの杖から無数の泡が飛び出し、監視者たちの視界を覆った。その隙に、イッセイとサーシャが一気に突撃する。
「――はあっ!」
「そこっ、隙ありだッ!」
二人の剣が黒き監視者たちを次々に斬り裂いていく。が、それはまるで“虚無”を斬るような感触。傷ついても倒れず、幾度でも立ち上がってくる。
「くっ、切っても切ってもキリがない……!」
「イッセイ、奴らは“存在”を固定されていない。これは――概念的な守護者ウサ!」
フィーナが叫ぶ。
「ならば、“存在を確定させる魔力”で打ち破るしかない――!」
「任せてっ!」
シャルロッテが指を鳴らすと、彼女の足元から精霊文字が発光し始めた。
「風よ、星の加護よ……我に“真理の名”を!――《精霊結印・名顕ノ印章》!」
シャルロッテの魔法が発動すると、監視者たちの動きが一瞬鈍った。
「今だっ!」
イッセイとサーシャが間をすり抜け、泉の中央へと走る。
その先――そこに、淡い金色の結晶が水底で輝いていた。
「これが……リアナの“記録結晶”……!」
だが、その瞬間、最後の監視者が巨大な姿をとって立ちはだかった。
「ぐっ……お前が“主格個体”か……!」
仮面の中央が割れ、中から黒い炎のような魔力が噴き出す。
「イッセイ、下がれ。これは……私が斬る!」
サーシャが抜刀の構えを取った。
「――“抜けば斬る”。それが、我が剣の定め……!」
風が止まった。
サーシャの瞳が、研ぎ澄まされた刃のごとく鋭くなる。
「――“彼岸閃華・朧月”!」
サーシャの剣がひと閃。闇の巨影を――縦に裂いた。
「……ふっ……」
剣を収めた瞬間、巨影は崩れ、闇は晴れた。
水底の結晶が、静かに浮かび上がる。
「……終わった……のか?」
イッセイが力なく膝をつく。ミュリルが急いで駆け寄り、治癒魔法をかける。
「にゃんとも大変だったにゃ……でも、これで……」
「――リアナ様の、記憶が……!」
クラリスが結晶をそっと手に取ると、淡い光があたりを包み込んだ。
「ありがとう、皆さん……」
再び幻影となったリアナが、微笑みながら姿を現す。
「この記録を……どうか、真実として受け取ってください。そして、あなたたちの“未来”に繋げてください」
そう語ると、彼女の姿は再び霧のように消えた。
「……私たちは、彼女の意志を背負って旅をしてるんだね……」
シャルロッテがそっと呟く。
「その記録が、きっとこの先の手がかりになるわ」
クラリスが記録結晶を胸に抱く。
「行こう、イッセイ。まだ、やるべきことがあるはず」
ルーナが微笑んで手を差し伸べる。
「――ああ。まだ終わりじゃない。リアナの想いも、世界の真実も……ここからだ」
そして、一行は再び歩き出す。
リアナの記憶を胸に、次なる場所へ――。
イッセイは霧の立ちこめる森の奥、淡く光る水面を見つめた。周囲は静まり返り、まるで時間そのものが止まっているかのような感覚に包まれていた。
「気配が……柔らかくて、でもどこか儚いにゃ……」
ミュリルが猫耳を揺らしながら、そっと足音を殺して周囲を見渡す。
聖都から精霊碑の導きを辿ってたどり着いたこの泉こそ、かつて聖女リアナが「最後の祈り」を捧げたとされる場所。
「精霊の流れが穏やかです。ここは……記憶の眠る“聖域”かもしれません」
シャルロッテが目を閉じ、森の空気に耳を澄ます。その表情はどこか緊張と畏敬を帯びていた。
「本当にここに“聖女リアナ”の記憶があるの?」
クラリスが問いかけると、フィーナが頷いた。
「泉の底に、“記録結晶”があるはずウサ。けど、そう簡単には……」
その言葉と同時に、泉の中央が波打ち、ひとりの少女の幻影が現れた。
「……っ! 誰……?」
イッセイが警戒して前に出ようとするのを、ルーナが手で制した。
「……待って。あれは――」
幻影の少女は、純白の法衣を纏い、澄んだ瞳でこちらを見つめていた。だが、その表情はどこか虚ろで、記憶の底から掘り起こされたような曖昧さを宿していた。
「――リアナ……?」
誰からともなく漏れた声に、幻影の少女がふわりと微笑んだ。
「ようこそ……旅人たち。ここは、私の“祈りの終着点”」
その声は風に溶けるように優しく、けれどどこか寂しさが滲んでいた。
「リアナ様……本当に、あなたが……?」
クラリスが一歩踏み出し、震える声で尋ねた。
幻影は首を振る。
「私は……記憶の残滓。ただ、ここに刻まれた“想い”が形を取ったもの。あなたたちがこの地に辿り着いた時、その魂が呼応しただけ」
「記憶……なら、あなたは私たちに“何を”見せようとしてるの?」
シャルロッテの問いに、幻影はゆっくりと手を差し伸べた。
「この泉の底に、“真実”がある。それは痛みでもあり、希望でもある。知る覚悟があるのなら――」
彼女の指先が光り、泉の水が波紋を描くように広がっていく。そして、映し出されたのは千年前の戦場――。
「これ……っ!」
「魔王との最終戦……?」
イッセイたちは声を呑んだ。そこには、聖女リアナが剣を掲げ、数多の仲間たちと共に絶望に立ち向かう姿が映っていた。
「私は、世界を救うために“記憶の封印”を選んだ。けれど、それは仲間の存在さえも、世界から消し去ることになった」
リアナの幻影が、水面に手を触れながら語る。
「私が消えたあと……誰も、私たちの戦いを語らなくなった。歴史が、思い出が、“存在そのもの”を閉じ込めてしまったの」
「……辛かったんだね、リアナさん」
ミュリルがそっと涙を拭いながら呟く。
「ねぇ……助けられないの? 今からでも、あなたのことを“もう一度”世界に伝えることって……」
その言葉に、幻影が静かに微笑んだ。
「ありがとう。けれど、それはあなたたちの“選択”に委ねられるべきこと。私はもう……ここで祈り続けるだけ」
そう言った瞬間、水面が急激にざわついた。
「っ!? 何か来るわ、魔力の乱流よ!」
シャルロッテが身構え、同時に幻影のリアナが急ぎ口を開く。
「急いで……この泉の底にある記録結晶を――!」
「でも、この気配は……!」
「魔力の“監視者”ウサ! 記録に干渉しようとする者を消すための防衛機構だウサ!」
水面から這い出してきたのは、黒いマントを纏った無数の影。それぞれが不気味な仮面をつけ、異様な魔力を纏っていた。
「っ、来るよイッセイくん!」
「行くぞ――全員、配置につけ! ここで退いたら、リアナの記憶は……!」
彼らが再び剣を握るその横で、幻影のリアナは静かに口を開いた。
「私は……あなたたちを、信じてる」
その言葉が、戦いの始まりの鐘となった。
――その声とともに、黒き“監視者”たちが動いた。
「数が多すぎるっ! 一体、どこから湧いて――!」
クラリスが後退しながら叫ぶ。仮面の影たちは静かに滑るように地を這い、無音で接近してくる。まるで意志を持たぬ死者の群れのように、ただ“記録結晶を守る”という機能だけを遂行するかのようだった。
「お、おそろしいのにゃ……っ。でも、やるしかないにゃ!」
ミュリルが小さな体で結界を展開し、仲間たちの周囲に光の壁を作り出す。
「イッセイ、前に出るわよ! リリィ、支援を!」
「了解っ、攻撃魔法――泡泡バースト・展開!」
リリィの杖から無数の泡が飛び出し、監視者たちの視界を覆った。その隙に、イッセイとサーシャが一気に突撃する。
「――はあっ!」
「そこっ、隙ありだッ!」
二人の剣が黒き監視者たちを次々に斬り裂いていく。が、それはまるで“虚無”を斬るような感触。傷ついても倒れず、幾度でも立ち上がってくる。
「くっ、切っても切ってもキリがない……!」
「イッセイ、奴らは“存在”を固定されていない。これは――概念的な守護者ウサ!」
フィーナが叫ぶ。
「ならば、“存在を確定させる魔力”で打ち破るしかない――!」
「任せてっ!」
シャルロッテが指を鳴らすと、彼女の足元から精霊文字が発光し始めた。
「風よ、星の加護よ……我に“真理の名”を!――《精霊結印・名顕ノ印章》!」
シャルロッテの魔法が発動すると、監視者たちの動きが一瞬鈍った。
「今だっ!」
イッセイとサーシャが間をすり抜け、泉の中央へと走る。
その先――そこに、淡い金色の結晶が水底で輝いていた。
「これが……リアナの“記録結晶”……!」
だが、その瞬間、最後の監視者が巨大な姿をとって立ちはだかった。
「ぐっ……お前が“主格個体”か……!」
仮面の中央が割れ、中から黒い炎のような魔力が噴き出す。
「イッセイ、下がれ。これは……私が斬る!」
サーシャが抜刀の構えを取った。
「――“抜けば斬る”。それが、我が剣の定め……!」
風が止まった。
サーシャの瞳が、研ぎ澄まされた刃のごとく鋭くなる。
「――“彼岸閃華・朧月”!」
サーシャの剣がひと閃。闇の巨影を――縦に裂いた。
「……ふっ……」
剣を収めた瞬間、巨影は崩れ、闇は晴れた。
水底の結晶が、静かに浮かび上がる。
「……終わった……のか?」
イッセイが力なく膝をつく。ミュリルが急いで駆け寄り、治癒魔法をかける。
「にゃんとも大変だったにゃ……でも、これで……」
「――リアナ様の、記憶が……!」
クラリスが結晶をそっと手に取ると、淡い光があたりを包み込んだ。
「ありがとう、皆さん……」
再び幻影となったリアナが、微笑みながら姿を現す。
「この記録を……どうか、真実として受け取ってください。そして、あなたたちの“未来”に繋げてください」
そう語ると、彼女の姿は再び霧のように消えた。
「……私たちは、彼女の意志を背負って旅をしてるんだね……」
シャルロッテがそっと呟く。
「その記録が、きっとこの先の手がかりになるわ」
クラリスが記録結晶を胸に抱く。
「行こう、イッセイ。まだ、やるべきことがあるはず」
ルーナが微笑んで手を差し伸べる。
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リアナの記憶を胸に、次なる場所へ――。
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