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第九章 浮遊諸島の聖女と時の遺跡
封じられた時の遺跡
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祭壇での戦いが終わった翌日、一行は聖都エルヴィラ北方の山岳地帯へ向かっていた。目的地は、古文書に記されていた――「時の遺跡」。
そこは、聖女リアナが“封印”の最期に辿り着いたとされる地であり、神代の魔導文明と接続されていると噂される、忘却の地下聖域だった。
「封印の核心……本当に、そこにあるんだね」
ルーナが不安げに周囲を見渡しながら言った。冷たい霧が山肌を撫で、木々の枝を震わせている。
「ああ。瘴気の反応は極端に薄いが……逆に不自然だ」
イッセイは周囲の魔力を察知しながら、険しい岩道を慎重に進んでいた。
パリ……と、霜柱が足元で砕ける音が響く。
「空間が……時間軸そのものに干渉されてる。普通の自然じゃない」
シャルロッテが杖を握り締めたまま、周囲の精霊たちと交信を試みていた。
「精霊語の反応も……ゆがんでるの。ここには、“過去”が閉じ込められてる……」
「つまり、時の遺跡とは名ばかりではないってことね」
クラリスが険しい表情で言った。王族の直感が、ただの古代遺構では済まないことを告げていた。
そのとき――
「前方に構造物発見ウサ!」
フィーナが高台から声を上げた。
一同が駆け寄ると、霧の向こうに巨大な石造りのゲートがそびえ立っていた。歪な文様が刻まれたその扉は、長い時を越えて今なお、重々しい威圧感を放っている。
「これが……“時の扉”か」
イッセイが唸った。
「封印の最奥。聖女リアナが最後に立った場所――この先に、すべてがある」
シャルロッテの声音が、微かに震えていた。
だが、そのときだった。
「ちょいと待ったぁぁああっ!」
突如、木々の陰から現れたのは、ピンク色のローブを羽織った少女――以前出会った“偽聖女”ことミミだった。
「なんであんたたち、そんなに呑気に遺跡に入ろうとしてんのよ!」
彼女はあられもない勢いで飛び出しながら、地面に滑って転がった。
「うわあっ!? いたたた……もうっ、真面目な顔してもダメなもんはダメなんだから!」
「……ミミ?」
イッセイが驚きつつも手を差し伸べる。
「ありがと……でも聞いて、私、気づいたの。ここの遺跡、ただの封印施設じゃない。もっとヤバイのが眠ってるのよ!」
「ヤバイって……」
セリアが眉をひそめる。
「“瘴気の前身”とも呼ばれる古代の災厄……“時喰らい”よ! この遺跡の中には、それの残滓がまだ――」
グォオォォオオオ……
空間が歪んだ。黒い霧――いえ、まるで液体のような“時間”の淀みが、扉の隙間から漏れ始めた。
「時空の障壁が……破れかけてる!?」
シャルロッテが警戒する。
「くっ……遅かったか」
イッセイが剣を抜き、周囲に目を配る。
霧の中から這い出てきたのは、顔が存在しない人型の影。それは、時間からも記録からも外れた“無”の存在――記録にすら残らない“時の亡者”だった。
「な、なんか……気配が薄すぎて、魔物って感じがしないんだけど……」
ルーナが後ずさる。
「こいつら、存在そのものが未確定状態なの。干渉したら、こっちの記憶や存在が食われる……!」
ミュリルが震える声で告げた。
「じゃあ、こいつらを倒すには?」
イッセイが尋ねる。
「自我を保ちつつ、霊核を斬るしかないウサ……でも、時間の揺らぎに負けたら、逆に自分が“亡者”になるかも……」
フィーナの声が深刻だった。
だが、イッセイは一歩前へ出た。
「なら、俺が先に道を切り拓く。……みんな、後ろは任せた」
「了解……!」
セリアが短剣を構え、クラリスが魔導陣を展開する。
次の瞬間、時の亡者たちが音もなく襲いかかってきた。空間が断裂し、景色が反転する。
それでもイッセイの剣が、真っ直ぐに時の深淵を貫いた――。
イッセイの剣が“時の亡者”の核心を断ち切った瞬間、影のようなそれは苦悶の音もなく崩れ落ち、霧の中へと溶けていった。
「一体、今のは……」
ルーナが呆然としたまま、足元に消えた影の残滓を見つめた。
「存在しない記録……確かに恐ろしい」
クラリスが魔力のバリアを張り直しながら息を整える。
「油断しないで! まだ、くるにゃん!」
ミュリルの声が跳ねるように響き、霧の中から二体、三体と新たな亡者が姿を現す。
「一匹なら斬れたが、これだけ数が来ると……」
イッセイは歯を食いしばった。
「イッセイくん、下がって……私がいく!」
シャルロッテが杖を前に掲げた。彼女の周囲に淡い緑の光が瞬き、空気そのものが静かに振動し始める。
「古き言葉よ……森の記憶よ……我が声に応じ、時の揺らぎを癒せ……《精霊詠唱・時の葉結界》!」
言葉と共に空間が震え、精霊の光が網目のように遺跡の広間を覆っていく。
亡者たちがそれに触れた瞬間――
「ア……ァ……」
苦悶と安らぎが入り混じったような声を漏らし、影たちは一体ずつ光に包まれて消滅していった。
「すごい……精霊が、“時の記憶”を包んでる……」
フィーナが感嘆の声を上げる。
「この遺跡そのものが、世界の時の傷跡。だから……精霊の記憶が触れたら、消えていくんだにゃ」
ミュリルがしっとりとした声で呟いた。
「ふう……なんとか、霧の核心には辿り着けそうウサ」
フィーナが前方の扉を指差す。
そこには一対の石像が並び、中央には水晶のように透き通った《記憶の観測盤》が据えられていた。
「これが……“時の記録装置”?」
クラリスが近づいて指を伸ばす。
「ちょっと待って。あれ、見るには“鍵”が必要だよ」
ミミがすっと前に出た。
「聖女リアナは、封印の直前、自らの『記憶』を鍵に変えてここに残したって記録にあった。つまり……」
「シャルロッテ……君しかいない」
イッセイが彼女に視線を向けた。
彼女はそっと目を閉じると、静かに観測盤へと手を重ねた。
「……精霊たちが、ずっとこの場所を守ってきた。私の中にも、その“記憶”が残されてるはず……」
淡い光がシャルロッテの指先から観測盤へと流れた。
――カチリ。
まるで、時の止まっていた時計が再び動き出すように、水晶の中心が輝き始める。
映し出されたのは、千年前の聖都。
そして、玉座の間で、封印の準備を進める一人の少女の姿――
「これが……リアナ様……」
ルーナが呟いた。
彼女の表情は強く、そして切なげで……誰かを見つめながら言った。
『たとえ私の存在が、この世から忘れ去られようとも……あなたのことだけは、消さないで』
――直後、観測盤は砕け散った。
「くっ……」
シャルロッテがよろめき、イッセイが支える。
「記憶の再生は、これが限界だったようだな……」
クラリスが唇を噛んだ。
「でも……これでわかった。リアナ様は“自分の記憶”ごと、世界を守るために時を止めたんだ」
シャルロッテは小さく頷く。
「封印の“崩壊”が始まっているってことだね……魔王の復活が、いよいよ現実味を帯びてきたってことだ……」
イッセイが剣の柄を握り締めた。
「急がなきゃ。次は……“封印の地”そのものへ」
セリアが前を見据える。
――だがそのとき、遠くの空で雷鳴が轟いた。
空が、裂ける。
「瘴気の雲……いや、これは……空間そのものが――!」
「……始まったんだ。封印の“ゆらぎ”が、世界に影響を……」
シャルロッテの顔が、静かに強張った。
「行こう。次の目的地は、伝承にある“最後の聖域”――」
イッセイのその声に、仲間たちは一斉に頷いた。
遺跡の奥で、千年の時を越えて聖女の願いが彼らの背を押していた。
そこは、聖女リアナが“封印”の最期に辿り着いたとされる地であり、神代の魔導文明と接続されていると噂される、忘却の地下聖域だった。
「封印の核心……本当に、そこにあるんだね」
ルーナが不安げに周囲を見渡しながら言った。冷たい霧が山肌を撫で、木々の枝を震わせている。
「ああ。瘴気の反応は極端に薄いが……逆に不自然だ」
イッセイは周囲の魔力を察知しながら、険しい岩道を慎重に進んでいた。
パリ……と、霜柱が足元で砕ける音が響く。
「空間が……時間軸そのものに干渉されてる。普通の自然じゃない」
シャルロッテが杖を握り締めたまま、周囲の精霊たちと交信を試みていた。
「精霊語の反応も……ゆがんでるの。ここには、“過去”が閉じ込められてる……」
「つまり、時の遺跡とは名ばかりではないってことね」
クラリスが険しい表情で言った。王族の直感が、ただの古代遺構では済まないことを告げていた。
そのとき――
「前方に構造物発見ウサ!」
フィーナが高台から声を上げた。
一同が駆け寄ると、霧の向こうに巨大な石造りのゲートがそびえ立っていた。歪な文様が刻まれたその扉は、長い時を越えて今なお、重々しい威圧感を放っている。
「これが……“時の扉”か」
イッセイが唸った。
「封印の最奥。聖女リアナが最後に立った場所――この先に、すべてがある」
シャルロッテの声音が、微かに震えていた。
だが、そのときだった。
「ちょいと待ったぁぁああっ!」
突如、木々の陰から現れたのは、ピンク色のローブを羽織った少女――以前出会った“偽聖女”ことミミだった。
「なんであんたたち、そんなに呑気に遺跡に入ろうとしてんのよ!」
彼女はあられもない勢いで飛び出しながら、地面に滑って転がった。
「うわあっ!? いたたた……もうっ、真面目な顔してもダメなもんはダメなんだから!」
「……ミミ?」
イッセイが驚きつつも手を差し伸べる。
「ありがと……でも聞いて、私、気づいたの。ここの遺跡、ただの封印施設じゃない。もっとヤバイのが眠ってるのよ!」
「ヤバイって……」
セリアが眉をひそめる。
「“瘴気の前身”とも呼ばれる古代の災厄……“時喰らい”よ! この遺跡の中には、それの残滓がまだ――」
グォオォォオオオ……
空間が歪んだ。黒い霧――いえ、まるで液体のような“時間”の淀みが、扉の隙間から漏れ始めた。
「時空の障壁が……破れかけてる!?」
シャルロッテが警戒する。
「くっ……遅かったか」
イッセイが剣を抜き、周囲に目を配る。
霧の中から這い出てきたのは、顔が存在しない人型の影。それは、時間からも記録からも外れた“無”の存在――記録にすら残らない“時の亡者”だった。
「な、なんか……気配が薄すぎて、魔物って感じがしないんだけど……」
ルーナが後ずさる。
「こいつら、存在そのものが未確定状態なの。干渉したら、こっちの記憶や存在が食われる……!」
ミュリルが震える声で告げた。
「じゃあ、こいつらを倒すには?」
イッセイが尋ねる。
「自我を保ちつつ、霊核を斬るしかないウサ……でも、時間の揺らぎに負けたら、逆に自分が“亡者”になるかも……」
フィーナの声が深刻だった。
だが、イッセイは一歩前へ出た。
「なら、俺が先に道を切り拓く。……みんな、後ろは任せた」
「了解……!」
セリアが短剣を構え、クラリスが魔導陣を展開する。
次の瞬間、時の亡者たちが音もなく襲いかかってきた。空間が断裂し、景色が反転する。
それでもイッセイの剣が、真っ直ぐに時の深淵を貫いた――。
イッセイの剣が“時の亡者”の核心を断ち切った瞬間、影のようなそれは苦悶の音もなく崩れ落ち、霧の中へと溶けていった。
「一体、今のは……」
ルーナが呆然としたまま、足元に消えた影の残滓を見つめた。
「存在しない記録……確かに恐ろしい」
クラリスが魔力のバリアを張り直しながら息を整える。
「油断しないで! まだ、くるにゃん!」
ミュリルの声が跳ねるように響き、霧の中から二体、三体と新たな亡者が姿を現す。
「一匹なら斬れたが、これだけ数が来ると……」
イッセイは歯を食いしばった。
「イッセイくん、下がって……私がいく!」
シャルロッテが杖を前に掲げた。彼女の周囲に淡い緑の光が瞬き、空気そのものが静かに振動し始める。
「古き言葉よ……森の記憶よ……我が声に応じ、時の揺らぎを癒せ……《精霊詠唱・時の葉結界》!」
言葉と共に空間が震え、精霊の光が網目のように遺跡の広間を覆っていく。
亡者たちがそれに触れた瞬間――
「ア……ァ……」
苦悶と安らぎが入り混じったような声を漏らし、影たちは一体ずつ光に包まれて消滅していった。
「すごい……精霊が、“時の記憶”を包んでる……」
フィーナが感嘆の声を上げる。
「この遺跡そのものが、世界の時の傷跡。だから……精霊の記憶が触れたら、消えていくんだにゃ」
ミュリルがしっとりとした声で呟いた。
「ふう……なんとか、霧の核心には辿り着けそうウサ」
フィーナが前方の扉を指差す。
そこには一対の石像が並び、中央には水晶のように透き通った《記憶の観測盤》が据えられていた。
「これが……“時の記録装置”?」
クラリスが近づいて指を伸ばす。
「ちょっと待って。あれ、見るには“鍵”が必要だよ」
ミミがすっと前に出た。
「聖女リアナは、封印の直前、自らの『記憶』を鍵に変えてここに残したって記録にあった。つまり……」
「シャルロッテ……君しかいない」
イッセイが彼女に視線を向けた。
彼女はそっと目を閉じると、静かに観測盤へと手を重ねた。
「……精霊たちが、ずっとこの場所を守ってきた。私の中にも、その“記憶”が残されてるはず……」
淡い光がシャルロッテの指先から観測盤へと流れた。
――カチリ。
まるで、時の止まっていた時計が再び動き出すように、水晶の中心が輝き始める。
映し出されたのは、千年前の聖都。
そして、玉座の間で、封印の準備を進める一人の少女の姿――
「これが……リアナ様……」
ルーナが呟いた。
彼女の表情は強く、そして切なげで……誰かを見つめながら言った。
『たとえ私の存在が、この世から忘れ去られようとも……あなたのことだけは、消さないで』
――直後、観測盤は砕け散った。
「くっ……」
シャルロッテがよろめき、イッセイが支える。
「記憶の再生は、これが限界だったようだな……」
クラリスが唇を噛んだ。
「でも……これでわかった。リアナ様は“自分の記憶”ごと、世界を守るために時を止めたんだ」
シャルロッテは小さく頷く。
「封印の“崩壊”が始まっているってことだね……魔王の復活が、いよいよ現実味を帯びてきたってことだ……」
イッセイが剣の柄を握り締めた。
「急がなきゃ。次は……“封印の地”そのものへ」
セリアが前を見据える。
――だがそのとき、遠くの空で雷鳴が轟いた。
空が、裂ける。
「瘴気の雲……いや、これは……空間そのものが――!」
「……始まったんだ。封印の“ゆらぎ”が、世界に影響を……」
シャルロッテの顔が、静かに強張った。
「行こう。次の目的地は、伝承にある“最後の聖域”――」
イッセイのその声に、仲間たちは一斉に頷いた。
遺跡の奥で、千年の時を越えて聖女の願いが彼らの背を押していた。
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