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第九章 浮遊諸島の聖女と時の遺跡
沈黙の祭壇、偽りの聖女
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遺跡の奥深く、白磁のように冷たい石壁が続く廊下を、イッセイたちは慎重に進んでいた。風はないはずなのに、微かに震えるようなざわめきが、まるで誰かの囁きのように響いてくる。
「この先に、“祭壇”があるんだよね、シャルロッテ?」
クラリスが低く問いかける。
「うん。浮遊諸島に伝わる文献では、“沈黙の祭壇”……封印の最終鍵が眠る場所だって言われてる。精霊碑文も一致してるから間違いないと思う」
シャルロッテは緊張気味に答え、肩から下げた魔導書をぎゅっと抱え直した。
天井からぼんやりと淡青の光が差し込み、一行の姿を照らす。ミュリルは小さく「なんか……嫌な気配するにゃ」と耳を伏せ、リリィは無言で小瓶を確認しながら「万が一に備えとくわよ」と呟いた。
「開けるよ」
イッセイが手をかけた扉は、音もなく滑るように開いた。
そこには、巨大な祭壇と、崩れかけた石像たち。そしてその中央には、純白のドレスに身を包んだ一人の少女が立っていた。
「……誰?」
フィーナが眉をひそめる。
少女は微笑みながら振り返った。どこか懐かしさと、そして不気味さを纏ったその笑顔に、場の空気が凍る。
「ようこそ、勇者たち。私は聖女リアナ……あなたたちの望む真実を知っている者よ」
柔らかく、しかし不自然なまでに感情のない声だった。
「聖女リアナ……? ありえない。だって、彼女は——」
シャルロッテの言葉を遮るように、祭壇の周囲の魔力が激しく渦を巻いた。
「偽物か……?」
サーシャが刀の柄に手をかけた瞬間、白い少女の周囲に瘴気が滲み出し、黒い羽のような影が背後に伸びる。
「“聖女の姿を持つ何か”ってわけね。ずいぶん手の込んだ……」
セリアが短剣を抜き、冷静に構える。
「でも、おかしいウサ。魔力の構造が……“本物”に近すぎる」
フィーナの目が研ぎ澄まされる。
その時、少女の背後の闇からもう一つの影が現れた。仮面をかぶった、ローブ姿の男。
「……ようやく来たな、導かれし者たちよ」
その声には、あの“仮面の男”の声に似た響きがあった。
「また……お前か!」
イッセイが剣を構える。
「ここは舞台。千年越しの祭典の幕開けだ。……“封印の継承者”を迎えるための、最終の儀式がな」
仮面の男が手を上げた瞬間、祭壇全体が赤黒く染まり、無数の呪符が宙に舞った。
「退け、みんなっ!」
ルーナの叫びとともに、爆ぜるような瘴気の嵐が襲いかかる。
全員が咄嗟に後退する中、イッセイとシャルロッテだけが中央に取り残された。
「しまっ……!」
「大丈夫、私が結界を張るから!」
シャルロッテが精霊語を唱え、青い魔法陣がイッセイの周囲を包む。
少女——“偽りの聖女”は無表情のまま、静かに呟いた。
「——始まりの記憶を、今こそ刻み直しましょう」
イッセイたちの視界が、一瞬にして白く染まった。
視界が白に包まれ、まるで時間そのものが凍りついたかのような静寂が一行を包んだ。
「……ここは……」
イッセイが目を凝らすと、そこは先ほどの祭壇ではなかった。辺り一面に広がる草原。空には淡い光を帯びた月が浮かび、柔らかな風が吹き抜ける。
「これは……記憶の中……?」
シャルロッテが精霊語で魔力の流れを確認し、驚愕の表情を浮かべる。
「この空間は……世界の記憶の一部……! ここに、“聖女リアナ”の過去が刻まれている……!」
その言葉と同時に、空間に重なるようにして“映像”が現れ始めた。かつてのリアナ――長い銀髪に純白の衣を纏った本物の聖女が、数多の戦士たちを導きながら戦っていた姿。
「これは……千年前の封印戦争……」
フィーナが低く呟いた。
そして次の瞬間、映像の中のリアナが、巨大な瘴気の塊に向かって祈りを捧げる光景が映し出された。
「この命に代えて……世界の安寧を」
リアナの声が風に溶けるように響き、白い光が瘴気を包み込む。だが、同時に彼女の身体もその光の中に飲み込まれていく。
「……! 彼女は、自らを“封印の器”に……?」
クラリスが目を見開く。
「そうウサ……彼女は封印を“世界の記憶”から消える代償で完成させた……」
フィーナの声には震えがあった。
記憶の映像が消え、再び一行は現実の祭壇へと引き戻された。
「ようやく……思い出したか」
仮面の男の声が響く。
「封印の中に眠る“リアナ”の力……それを新たな器に宿らせることで、我らは新時代を迎える」
“偽りの聖女”が、今度はゆっくりと歩み寄ってくる。その表情は、どこか哀しげだった。
「私は……創られた存在。彼女の姿を模し、記憶を一部宿された存在……」
その言葉に、シャルロッテが一歩前に出た。
「だったら……あなた自身の意思はどうなの?」
沈黙。
そして偽聖女は小さく微笑んだ。
「私は……ただ、“誰か”に必要とされたいだけ。だから……役割を果たすの」
「違う! そんなの、あなた自身じゃない!」
イッセイが叫んだ。
その瞬間、仮面の男が不気味に笑った。
「感情か? 意思か? 無駄だ。彼女は既に“鍵”として完成している。後はこの瘴気を媒介に、完全なる封印を破壊するのみ!」
地面が震え、祭壇の下から瘴気が噴き上がった。偽聖女の身体がそれに巻かれ、巨大な影のような形態へと変貌していく。
「くっ……!」
イッセイが剣を抜いた。
「みんな、構えて! ここが、決戦の地よ!」
クラリスが叫び、全員が即座に戦闘態勢を取る。
瘴気の塊が唸りをあげ、闇の触手を振り回してくる。
「セリア、右から牽制! ルーナ、ルートを確保!」
「了解! 爆裂の短剣、行くよ!」
「援護するわ、リリィ!」
「任せてウサ。泡まみれにしてあげる♪」
仲間たちが連携し、巨大な瘴気の核へと攻撃を集中する。
「イッセイくん! 私は結界で支えるにゃん!」
ミュリルの魔力が白い障壁となり、仲間たちを守る。
その中、シャルロッテは偽聖女に向かって叫んだ。
「あなたはリアナじゃない! でも、“あなた自身”が存在する限り、未来を選べるはずよ!」
その言葉に、黒い巨影の中で、一筋の涙が落ちたように見えた。
「イッセイ……来て……」
偽聖女の声がかすかに響いた。
「行くぞ!」
イッセイが全力で跳躍し、精霊剣を握りしめて瘴気の核へと突き立てた——。
爆発的な光が一帯を包み込み、瘴気が崩壊していく中、少女の影が静かにその場に座り込む。
「……もう、終わったの?」
偽聖女の瞳が、穏やかな光を取り戻していた。
「うん。君はもう、誰かの代わりじゃない。君自身として、生きていいんだ」
イッセイの声は、柔らかく響いた。
——そして、白き祭壇に静けさが戻った。
「この先に、“祭壇”があるんだよね、シャルロッテ?」
クラリスが低く問いかける。
「うん。浮遊諸島に伝わる文献では、“沈黙の祭壇”……封印の最終鍵が眠る場所だって言われてる。精霊碑文も一致してるから間違いないと思う」
シャルロッテは緊張気味に答え、肩から下げた魔導書をぎゅっと抱え直した。
天井からぼんやりと淡青の光が差し込み、一行の姿を照らす。ミュリルは小さく「なんか……嫌な気配するにゃ」と耳を伏せ、リリィは無言で小瓶を確認しながら「万が一に備えとくわよ」と呟いた。
「開けるよ」
イッセイが手をかけた扉は、音もなく滑るように開いた。
そこには、巨大な祭壇と、崩れかけた石像たち。そしてその中央には、純白のドレスに身を包んだ一人の少女が立っていた。
「……誰?」
フィーナが眉をひそめる。
少女は微笑みながら振り返った。どこか懐かしさと、そして不気味さを纏ったその笑顔に、場の空気が凍る。
「ようこそ、勇者たち。私は聖女リアナ……あなたたちの望む真実を知っている者よ」
柔らかく、しかし不自然なまでに感情のない声だった。
「聖女リアナ……? ありえない。だって、彼女は——」
シャルロッテの言葉を遮るように、祭壇の周囲の魔力が激しく渦を巻いた。
「偽物か……?」
サーシャが刀の柄に手をかけた瞬間、白い少女の周囲に瘴気が滲み出し、黒い羽のような影が背後に伸びる。
「“聖女の姿を持つ何か”ってわけね。ずいぶん手の込んだ……」
セリアが短剣を抜き、冷静に構える。
「でも、おかしいウサ。魔力の構造が……“本物”に近すぎる」
フィーナの目が研ぎ澄まされる。
その時、少女の背後の闇からもう一つの影が現れた。仮面をかぶった、ローブ姿の男。
「……ようやく来たな、導かれし者たちよ」
その声には、あの“仮面の男”の声に似た響きがあった。
「また……お前か!」
イッセイが剣を構える。
「ここは舞台。千年越しの祭典の幕開けだ。……“封印の継承者”を迎えるための、最終の儀式がな」
仮面の男が手を上げた瞬間、祭壇全体が赤黒く染まり、無数の呪符が宙に舞った。
「退け、みんなっ!」
ルーナの叫びとともに、爆ぜるような瘴気の嵐が襲いかかる。
全員が咄嗟に後退する中、イッセイとシャルロッテだけが中央に取り残された。
「しまっ……!」
「大丈夫、私が結界を張るから!」
シャルロッテが精霊語を唱え、青い魔法陣がイッセイの周囲を包む。
少女——“偽りの聖女”は無表情のまま、静かに呟いた。
「——始まりの記憶を、今こそ刻み直しましょう」
イッセイたちの視界が、一瞬にして白く染まった。
視界が白に包まれ、まるで時間そのものが凍りついたかのような静寂が一行を包んだ。
「……ここは……」
イッセイが目を凝らすと、そこは先ほどの祭壇ではなかった。辺り一面に広がる草原。空には淡い光を帯びた月が浮かび、柔らかな風が吹き抜ける。
「これは……記憶の中……?」
シャルロッテが精霊語で魔力の流れを確認し、驚愕の表情を浮かべる。
「この空間は……世界の記憶の一部……! ここに、“聖女リアナ”の過去が刻まれている……!」
その言葉と同時に、空間に重なるようにして“映像”が現れ始めた。かつてのリアナ――長い銀髪に純白の衣を纏った本物の聖女が、数多の戦士たちを導きながら戦っていた姿。
「これは……千年前の封印戦争……」
フィーナが低く呟いた。
そして次の瞬間、映像の中のリアナが、巨大な瘴気の塊に向かって祈りを捧げる光景が映し出された。
「この命に代えて……世界の安寧を」
リアナの声が風に溶けるように響き、白い光が瘴気を包み込む。だが、同時に彼女の身体もその光の中に飲み込まれていく。
「……! 彼女は、自らを“封印の器”に……?」
クラリスが目を見開く。
「そうウサ……彼女は封印を“世界の記憶”から消える代償で完成させた……」
フィーナの声には震えがあった。
記憶の映像が消え、再び一行は現実の祭壇へと引き戻された。
「ようやく……思い出したか」
仮面の男の声が響く。
「封印の中に眠る“リアナ”の力……それを新たな器に宿らせることで、我らは新時代を迎える」
“偽りの聖女”が、今度はゆっくりと歩み寄ってくる。その表情は、どこか哀しげだった。
「私は……創られた存在。彼女の姿を模し、記憶を一部宿された存在……」
その言葉に、シャルロッテが一歩前に出た。
「だったら……あなた自身の意思はどうなの?」
沈黙。
そして偽聖女は小さく微笑んだ。
「私は……ただ、“誰か”に必要とされたいだけ。だから……役割を果たすの」
「違う! そんなの、あなた自身じゃない!」
イッセイが叫んだ。
その瞬間、仮面の男が不気味に笑った。
「感情か? 意思か? 無駄だ。彼女は既に“鍵”として完成している。後はこの瘴気を媒介に、完全なる封印を破壊するのみ!」
地面が震え、祭壇の下から瘴気が噴き上がった。偽聖女の身体がそれに巻かれ、巨大な影のような形態へと変貌していく。
「くっ……!」
イッセイが剣を抜いた。
「みんな、構えて! ここが、決戦の地よ!」
クラリスが叫び、全員が即座に戦闘態勢を取る。
瘴気の塊が唸りをあげ、闇の触手を振り回してくる。
「セリア、右から牽制! ルーナ、ルートを確保!」
「了解! 爆裂の短剣、行くよ!」
「援護するわ、リリィ!」
「任せてウサ。泡まみれにしてあげる♪」
仲間たちが連携し、巨大な瘴気の核へと攻撃を集中する。
「イッセイくん! 私は結界で支えるにゃん!」
ミュリルの魔力が白い障壁となり、仲間たちを守る。
その中、シャルロッテは偽聖女に向かって叫んだ。
「あなたはリアナじゃない! でも、“あなた自身”が存在する限り、未来を選べるはずよ!」
その言葉に、黒い巨影の中で、一筋の涙が落ちたように見えた。
「イッセイ……来て……」
偽聖女の声がかすかに響いた。
「行くぞ!」
イッセイが全力で跳躍し、精霊剣を握りしめて瘴気の核へと突き立てた——。
爆発的な光が一帯を包み込み、瘴気が崩壊していく中、少女の影が静かにその場に座り込む。
「……もう、終わったの?」
偽聖女の瞳が、穏やかな光を取り戻していた。
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