侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。

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第九章 浮遊諸島の聖女と時の遺跡

記憶の残響、彼女の怒りと微笑

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「――これより、最終試練を始める」



 その言葉と同時に、聖堂の空気が凍りつくような重みを帯びた。仮面を割った少女の眼差しは、あまりに静かで、そして深い怒りを秘めていた。



「リアナ……じゃない。けれど、リアナの……何か、なんだね」

 ルーナがぽつりと呟いた。



 少女――怒りの残滓――は、手をかざす。すると神託の間の床が崩れ、世界が反転するような感覚に襲われた。



「なにっ……!?」

「ぐっ……身体が、引きずり込まれるウサ!」



「これは……記憶の世界だ。彼女の怒りと絶望の記録が刻まれた――“反転の記憶領域”よ」

 シャルロッテが苦しげにそう言うと、視界がぐにゃりと歪んだ。



 気がつけば、イッセイたちは荒廃した神殿の中に立っていた。天井は崩れ、黒い瘴気が常に空間を漂っている。外に目を向ければ、かつての聖都が燃え盛っていた。



「……ここは……まさか、千年前の――」

「聖女リアナの、最期の記憶……!」



 その時、神殿の奥から一人の少女が現れた。金色の髪、白銀のローブ。その背には聖なる羽のような光が揺れている。



「……リアナ?」

 クラリスが思わず声を上げる。



 少女は振り向かない。ただ、静かに、破壊された神殿を見つめていた。



「私の願いは……人を救うことだった。神の奇跡を、少しでも多くの命へ……」



 その声はどこか、現代にいたリアナの“残響”と酷似していた。



「でも……人は争いをやめなかった。奇跡を奪い合い、血で濡れた聖都を神に捧げた」



 リアナの記憶が、形を持って再現される。倒れ伏す民、信仰を盾に暴れる貴族、そして祈りを捨てた聖職者たち。



「どうして……こんなことに……」

 ミュリルが震える声で呟いた。



「これが、“リアナの怒り”の記憶……」

 シャルロッテが口を引き結び、隣に立つ。



 その時、天井から突如として黒い杭が落ちてきた。



「来るわよッ! これはただの記憶じゃない、記憶を具現化する“侵蝕試練”よ!」



「させるか――! 《聖焔双閃・裂》!」



 イッセイの双剣が煌き、襲いかかる杭を弾き飛ばす。しかし、それに続いて異形の騎士たちが無数に現れた。



「千年前、リアナを裏切り、封印を強いた者たち……!」



「この憤怒に焼かれるがいい。これは、私の記憶であり、審判だ」

 仮面の少女――怒りの残滓――が空中に浮かび、手をかざす。



 再び、空間が軋み、記憶の歯車が狂い出す。



「全員、散開! リアナの核心に辿り着かなければ、この世界に取り込まれる!」

 イッセイが叫ぶ。



 ルーナとセリアは中央突破を選び、クラリスとシャルロッテは記録をたどりながら迂回、フィーナとリリィは支援魔法で前線を補佐する。ミュリルは治癒の魔力で結界を張りながら、全体を守る役目を担っていた。



「やっぱりこういうの、イッセイくんのそばが一番安全だよねっ!」

「……よく言うウサ。あなたが一番、前線出てるウサ!」



「まあまあ、仲良くしてにゃん。もう敵さんがゾロゾロにゃ~!」



 瘴気の騎士たちと繰り広げられる戦闘。だが、それはあくまで“記憶の断片”に過ぎない。



 その先には、もっと深い、“リアナの真実”が待ち受けている。



「行こう、みんな……この怒りを超えるために!」



 イッセイの叫びとともに、一行は記憶の奥深くへと進み出す――。



「――やっぱり、みんな強いんだね。わたしの“記憶”を壊してまで、進む覚悟があるなんて」



 空中に浮かぶ仮面の少女が、静かに言った。彼女の口元には、皮肉にも似た微笑が浮かんでいた。



「でも、どうして? どうして“私”を否定するの……? 裏切られて、信じて、傷ついた。それなのに、何を信じればいいの?」



 その声には、凍てつくような寂しさがあった。



「信じて、いいんだよ」



 その言葉を告げたのは――シャルロッテだった。



「精霊たちが言ってた。あなたはまだ“涙を流していない”って」



 少女の瞳が、微かに揺れる。



「怒るのは当然。悲しむのも、憎むのも。でも……それだけじゃ、あなたは“リアナ”にはなれない」



「わたしは……リアナなんかじゃないッ!!」



 少女の叫びとともに、神殿が崩壊する。黒い瘴気が天から降り注ぎ、全てを押し潰そうとしていた。



「イッセイ! 来るわよ……!」



「分かってる! ――全員、あの中心に力を集めろ! ここが記憶の核だ!」



 瘴気の中心に浮かぶ、涙を流すリアナの幻影。イッセイは双剣を構えた。



「俺たちは、誰も否定しない。ただ……忘れてほしくないんだ。あの日、リアナが微笑んでくれたことを」



 その瞬間――



「《光翔天裂・双刃――破煌》ッ!!」



 イッセイの剣が、記憶の世界を貫いた。



 閃光が走り、空間が歪み、リアナの姿が砕け、少女の身体が崩れ落ちる。



「――あぁ……あったかい」



 仮面の少女の声が、静かに、涙混じりに響く。



「やっと、思い出した……あの時、あなたが言ってくれた“ありがとう”って……それが、ずっと欲しかったんだ」



 少女の手が伸び、イッセイの頬に触れるような幻が過ぎる。



「ごめんね、リアナ……わたし、もう怒らなくていいのかな」



 そう言って、少女の姿は霧のように消えた。



 崩れかけた記憶の神殿が、音もなく消えていく。



「……終わった、のか」

 セリアが静かに剣を収める。



「ううん……“始まった”んだと思う。リアナの記憶が、ちゃんと帰ってきたの」

 シャルロッテが呟いた。



 気がつけば、彼らは元の神託の間に戻っていた。



 静謐な空気の中、封印の祠にリアナの名が刻まれた光の碑文が浮かんでいる。



「ここにいた……ずっと、心の奥で、誰かが気づいてくれるのを待ってたんだな」



 イッセイがその碑文にそっと触れると、どこからか優しい風が吹いた。



「ありがとう、イッセイ様」

 幻のような声が、微かに聞こえた気がした。



「さあ……ここからが本番、だね」

 クラリスがきりりと表情を引き締める。



「魔王は……これを知っていたんだ。封印が“揺らいでいる”ってことを」



「つまり……これが、“狙いの核心”だったウサ」



「ならば尚更――次の地で、答えを見つけにゃきゃ、にゃん!」



 仲間たちはうなずき合い、神託の間を後にした。



 記憶の残響は静かに消え――その中に、ひとつの“微笑”が残っていた。



「リアナ……」



 イッセイの心に宿るその名は、もはや“怒り”ではなく、“想い”の記憶として息づいていた。



――そして、物語は次の舞台へ。
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