『転生悪役令嬢、スライムで世界を変える』 ~追放先で見つけたヌルヌルが産業革命を巻き起こしました~

のびすけ。

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第五部 ぷにぷに電波ジャック! メディアミックス狂想曲

最終審問――氷の女王と“温かい”涙

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一夜限りの「氷上フェスティバル」が幻であったかのように、翌日のポリヒュムニアは、再び元の静寂と極寒を取り戻していた。
だが、人々の心には、確かに、小さな温もりの種火が灯っていた。その火を、絶やすか、それとも、燃え上がらせるか。
全ての答えは、これから始まる最終審問に懸かっている。

私たちが案内されたのは、冥王星大議会棟の中心に位置する、巨大な円形闘技場――その名も、「零度球場」。
そこは、文字通り、全てが氷でできた、巨大な審判の間だった。
床も、壁も、観客席のようにすり鉢状に広がる議会席も、全てが光を鈍く反射する、青白い氷。吐く息は、言葉の形を成す前に、白い煙となって凍りつき、床に落ちていく。
そのあまりの冷気と威圧感に、私の隣に立つリムナが、ゴクリと喉を鳴らした。

「……師匠、ここ……声援を送るだけで、凍傷になりそうですわ……」

議会席には、冥王星全域から集められた老臣、技術長官、そしてゼロケル団長率いる氷騎士団の幹部たちが、氷の彫像のように、微動だにせず座っている。
そして、その視線が、一点に集まる場所。
球場の中心に、たった一つだけ置かれた、巨大な氷の玉座に、女王クリオは、静かに座していた。

彼女が、その冷たいサファイアの瞳で私を捉え、ガラスの鈴のような、しかし一切の感情を排した声で、開会を宣言した。
「これより、ぷるぷる共存国による“文化構造介入”の是非を問う、最終審問を執り行う。――ティアナ=エルゼ=ヴァルフェンベルク。前に」

私は、一人、前へ進み出た。
私の足元だけが、クリスタルぷにの力で、かろうじて凍りついていない。
私と、玉座のクリオ。その間には、数十メートルの、絶対零度の空間が、広がっていた。



最初に口火を切ったのは、検察官役として立った、騎士団長ゼロケルだった。
「女王陛下の名において、問う。ティアナ=エル-ゼ=ヴァルフェンベルク。貴殿の持ち込んだ“ぷに”なる文化は、我が冥王星が数万年に渡り築き上げてきた、静寂と秩序を乱す“文化的汚染”である。これに、異論はあるか」
「異議あり、ですわ」

私は、静かに、しかし、はっきりと答えた。
「わたくしたちが持ち込んだのは、汚染ではありません。それは、“選択肢”です」
「選択肢、だと?」
「ええ。皆様は、これまで“硬さ”と“冷たさ”だけが、この星で生きる唯一の道だと信じてこられました。ですが、そうではない。もう一つ、“温かさ”という道もあるのだと、わたくしたちは、ただ、お伝えしに来ただけですわ」

議会席の隅から、ヤジが飛ぶ。
「温もりなど、堕落だ!」
「我らの誇り高き氷の文化を、侮辱するか!」

私は、ヤジを飛ばした老臣の方を、まっすぐに見据えた。
「では、お尋ねします。昨夜のフェスティバルで、貴方の孫娘さんが、生まれて初めて“ぷにホットココア”を飲み、満面の笑みを浮かべていたという報告が、わたくしの元に届いておりますが?」
「なっ……! そ、それは、子供の気の迷いであって……!」
「いいえ。それは、貴方がたが、ずっと昔に忘れてしまった、素直な“心”の声ですわ」

私は、昨夜のフェスティバルで集計したデータを、スリィに投影させた。
来場者のストレス値の低下率、幸福度の上昇率、そして、イベント後の市民アンケート。「温かい飲み物は、また飲みたいですか?」という問いに、99.8%が「YES」と答えた、という紛れもない事実。

「数字は、嘘をつきません。皆様の“心”が、温もりを求めている。これが、証拠です」

だが、ゼロケルは怯まない。
「第二の問いだ。“ぷに”は、感情を再活性化させる。感情こそ、かつてこの宇宙に争いと混乱をもたらした、諸悪の根源。我らの祖先が、多大な犠牲を払って封印した“パンドラの箱”だ。それを、再び開こうという貴殿の行為は、この星の平和を脅かす“感情テロ”に他ならない。これに、異論は?」
「異議あり、ですわ」

私は、ゆっくりと、自分の胸に手を当てた。
「わたくしも、かつては、そう思っていました。感情など、弱さでしかない、と。悪役令嬢として、心を氷の仮面で覆い、誰にも本心を見せず、孤独に生きていました」

議会が、ざわめく。
「ですが、スリィと出会い、仲間と出会い、わたくしは知りました。悲しみを知っているからこそ、人に優しくなれる。怒りを知っているからこそ、不正を許せなくなる。そして、愛を知っているからこそ、誰かを守るために、人は、どこまでも強くなれるのだと」

私は、玉座のクリオを、まっすぐに見つめた。
「感情は、毒じゃない。それは、人が、本当に“生きる”ための、力なのですわ」



私の言葉に、議会は、沈黙した。
誰もが、反論の言葉を見つけられずにいる。
その、張り詰めた空気を破ったのは、玉座から響く、クリオの、か細い声だった。

「……綺麗事ですわね」

彼女は、ゆっくりと玉座から立ち上がると、一段、また一段と、階段を下りてきた。そして、私の目の前で、足を止めた。
そのサファイアの瞳は、悲しいほどに、澄み切っていた。

「貴女の言うことは、美しい物語のようだわ。でも、現実は違う。温もりは、いつか必ず、冷たい氷を溶かし、その形を奪い去る。共存など、ありえない。それは、弱者が強者に飲み込まれる、ただの侵略の、言い換えに過ぎない」
「……」
「わたくしは、この星の女王。民を、文化を、この美しい氷の世界を、守らねばならない。たとえ、それが、永遠の孤独を意味するとしても……。貴女のその“温もり”を、受け入れるわけには、いかないのです」

彼女の言葉は、悲痛なまでの、決意に満ちていた。
もう、言葉は、届かない。
だったら――。

「……クリオ陛下。最後に一つだけ、わたくしのわがままを、お聞き届けいただけませんか」
「……何ですの?」
「貴女のその手を、ほんの少しだけ、わたくしに、触れさせてください」

その、あまりにも突飛な申し出に、ゼロケルが「無礼者!」と剣の柄に手をかける。
だが、クリオは、それを手で制した。
「……よろしいでしょう。その手で、わたくしのこの氷の決意を、溶かせるものなら、やってみなさいな」

彼女は、そっと、白い手袋を外した。
現れたのは、まるで雪の彫刻のように、白く、冷たい指先。
私は、その手に、自分の手を、ゆっくりと、重ねた。

その瞬間。
私の手に隠れていたスリィが、私たちの手の間に、極薄の“クリスタルぷに”の膜を、そっと滑り込ませた。
それは、私の体温を、直接伝えるのではない。
私の36.5℃の熱を、一度ぷにが吸収し、ろ過し、精製し、そして、氷を溶かすことのない、ただただ、穏やかで、優しい、“情報としての温もり”へと、変換して、クリオの手に、伝えていく。

ひんやりとしている。でも、その奥に、確かな温かさがある。
冷たいのに、温かい。硬いのに、柔らかい。
その、生まれて初めての、矛盾した、奇跡のような感覚に、クリオの身体が、微かに震えた。

「……なに、これ……。これが……“触れる”って、こと……?」

彼女の、サファイアの瞳から、ぽろり、と一粒の、温かい涙がこぼれ落ちた。
その涙は、零度球場の冷気の中でも、凍らなかった。
私たちの繋いだ手から伝わる、優しい温もりが、彼女の涙を、守っていたからだ。

議会は、その神秘的な光景に、息を呑んだ。
氷の女王が、泣いている。
そして、その涙は、温かい。
数万年続いた、この星の“硬い”歴史が、音を立てて、崩れ始めた瞬間だった。

議長席の老臣が、震える声で、立ち上がった。
「……もはや、審問は、不要であろう……」
彼は、厳かに、しかし、どこか晴れやかな顔で、宣言した。
「裁定を、下す。ぷに構造物、並びに、足湯文化の導入を、『文化共生特例条約』として、正式に、認可する!」

割れんばかりの、拍手。
それは、やがて、歓声となり、氷の球場を、温かく、震わせた。



審問の後。
私は、クリオと一緒に、光に満ちたフェスティバル会場を、並んで歩いていた。
彼女は、生まれて初めて見る、温かい光の数々に、子供のように、目を輝かせている。

「……綺麗……。これが……わたくしたちの星……」
「ええ。貴女が、これから守っていく、温かくて、美しい国よ」

私たちは、ゼリータワーの頂上に登り、眼下に広がる、笑顔の海を、見下ろした。
「ありがとう、ティアナ」
クリオが、そっと、呟いた。
「わたくしに、涙の“温かさ”を、思い出させてくれて」

その笑顔は、氷の女王のものではない。
一人の、優しくて、少しだけ寂しがり屋な、少女の笑顔だった。
私たちの、銀河系で最も冷たくて、最も温かい戦いは、こうして、静かに、幕を下ろしたのだった。
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