もし君が笑ったら

桜月心愛

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第一章 夜の里

何も知らない

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海のある砂浜から、そう遠くない場所に里はある。

雨が降れば水害に遭うことも珍しくない距離。木と土で造られた簡易な堤防はあるが、まともに機能することは少なかった。

海は生命を奪うもの。里での死者は海へと葬られる。だが海しかない彼らにとって、食料を得るために必要なものでもあった。

恵まれない環境の中で唯一の、里にしかない特権。

それが海。


(……だから、あの場所を選んだのに)

両親はもういない。その哀しみを紛らわすためにも、会いに行くためにも、最期は海でなければならなかった。

「ねえねえ!これは?これは何だい」

死のうとしていたことなど知らない彼は何でも質問してきた。……フネはどこで留めたらいい、ここは何ていう場所、何でこんなに暗いか、とか。
……フネなんてもの知らないし、応えていいのかも分からなくて、私は尚更哀しくなった。

(……断ることも出来なかった)

哀しみから逃げることも出来ず、知らない人を里へと案内するに至っても、弱い自分自身が不甲斐なく思えてくる。


「……堤防です。海、近いから」

そう応えたら、彼はどこからかメモ帳を取り出してスケッチを始めた。

「そっか!勉強になるなぁ」

彼は勉強という名の通り、自分の生まれ故郷から出て、シマの外を学びに来たらしい。

その為に彼はフネという乗り物で海を渡りはるばるここに来た。それがユメの一つだとも言っていた。


「ぼくの島にはこんなに綺麗な光はないよ!空がこんなに暗くて、ホシが浮かんでいるなんて、なんて素敵だろう!」

歩き始めで聞かれたのは星空のこと。フネを流されないように留めた後、空を仰ぎ見た彼は名知ったばかりの星をそんな風に言った。

里では星は死者の数。彼は知らないからそんなことが言えるんだ。哀しませたくないし、黙っておくけど。

「きみはあまり喋らないね?もっとここの事、教えて欲しいんだけどな」

「……」

そんなの決まってる。……言葉に出してしまえば、もっと哀しくなってしまうから。

「きみの声、綺麗なんだけどな。いい人だってすぐにわかる声」

彼をチラリと見る。ずっと見ていたのか、後ろに立っていた彼は目があった私に、手を取った時と同じ顔をした。

「……キ、レイ」

「うん、綺麗だ」

それが意味することは分からないのに、声に出したら胸が温かくなった。

彼はまた空を見上げ、暗闇でも分かるくらい目をキラキラ輝かせている。

星と同じキレイという言葉。初めて知ったこの温かさがキレイなら、私の声は両親の元へと私自身を連れていってくれるような気がして。

少しだけ、哀しみが薄れたように思えた。
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