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第1章 聖女である少女は
第8話 死は二人を分かたない(後編)
しおりを挟む人気の少ない教会は、まだ残る雨水を纏ったまま、光を反射させきらきらと輝いて見える。
雨上がり、外は晴れていた。薄暗くないようにとカーテンは開け放たれ、日差しが心地良い優しさで閉じられた窓から降り注いでいる。
そんな客間で二人。待ち人が来るのを何をするともなく待ちながら、二人は何故か沈黙を続けていた。
(……泣いてた相手と残されても何を言えばいいか……それにさっきから様子がおかしい、ような気もする……)
ラスティたちが宿から教会へ着いたのは昼頃、ロレッタたちが出ていった後は昼食を適当に食べて、今はもう、日が沈みそうな空模様に成りかけている。
早くどうにかしてあげたいのに、ただ待つだけとは何とも焦れったい。
(かと言って、一人置いて外に出るわけにもいかないよな……)
自身もだが、愛する人を亡くした事実というのは相当ショックなものだろう。こういう時、そういう人を一人にするのはあまり気が進まない。
「!おい、大丈夫か?どこ行くんだ。」
そう思っていたから、ウィズがふらっと立ち上がり部屋を出て行こうとするのを、ほとんど反射的に止めた。
「……」
先程までの元気さがまるで感じられない。一気に様変わりした彼女を本気で心配して、ラスティは名前を呼ぶ。
「……ウィズ?」
「……ぃ。」
つぶやいた声は小さい。手を伸ばせば触れる距離にいるのに、届く声はなかった。
「ウィズ……?」
今度は立って、ラスティは名前を呼んだ。
だがそれ以降、ラスティは言葉を繋げられなくなった。
呼ばれた少女が振り返って。
ラスティは目を見開く。
そして彼女は振り絞るように声を発した。
「あたし、彼には会えない……」
驚くラスティと涙だけをその場に残して、少女は部屋を飛び出していった。
☆☆☆☆☆
「なんで!なんですぐに追いかけなかったんですか!?」
ロレッタが理解ができないとでも言いたげな顔でラスティを怒鳴りつける。
自分でも分からない。追いかけていれば、こうして今探さなくとも済んでいた。一人にするべきではないことくらい、はっきりと分かっていたのに。
(……)
涙を、流していた。だがそれ以上に、悲痛なひどく痛ましげで悲しげな表情をしていた。
それがどうしてか、跳ね除けられているような、彼女に拒絶されているような感じがして。
自分が追いかけてもいいという自信が、起きなかった。
「ロレッタ様、ラスティ様をあまり責めないでくださいなのです。私も気付くべきでした。ウィズ様の気持ち、全然わからないわけではなかったのに……」
全員で雨上がりの暗いオレンジ空の下、彼女を探し回った。
見慣れた姿のはずなのに、こんなにも見つけられないのが歯痒くてもどかしい。
トーヤと言う名の霊も、マリアナのことは分からなくとも、彼女を探しているらしかった。
その存在をラスティが認知することは変わらず無理だが、見えたとしても、顔を真っ直ぐに見ることは出来なかっただろう。
(それに見つけたとして、俺は何を言えばいい?)
少なくとも、''わかる''だなんて言える立場じゃない。
それこそ、この旅に出て今まで幾度となく死と向き合ってきたのは事実だ。
でもそれは自分の身内でもなんでもない、マリアナと旅に出なければ出会うこともなかったような、そんな赤の他人の死にである。
その者たちの気持ちも、マリアナなら、その遺された人達の気持ちも、多く理解し感じることが出来るのだろう。
だがきっと自分には出来ない。悲観する訳ではなく、身近な者の死を味わったことがないから、寄り添おうとしても考えることしかできない。
沈黙の間、何を考えていたのだろう。名前と共に、何を思い出したのか。わからない。わからない自分に、止めるすべなどあったのだろうか。
(……)
しかし、少なくとも。彼女にあんな顔をさせたくはなかった。本来のあの表情はウィズのものだが、それでも、彼女には辛い顔をして欲しくない。どんな状況であれ、あんな痛ましい表情をさせるというのはどうしても避けたかった。
「……!」
不意に視界に入った少女の姿。暗い中でもはっきりと浮き上がったその姿を、ラスティは目の当たりにする。
それは身がすくむような感覚を、今まで知らずにいた感情を絶望感を、急にラスティへと課した。
人気のない広場で、街外れの寂しげな場所に。そこで木に寄り添うように倒れ、暗闇に浮かぶ姿を。闇に溶け込む、烏や黒猫たちに囲まれて。
その様は彼女の終わりを見ているような気がして、、
「……っ!」
ラスティはゆっくりと腰に手を回す。怒りとも取れない感情に支配されながら。
ーー光る目だけが、ラスティを見返していた。
☆☆☆☆☆
『逃げてしまいましょうか。一緒に』
思ったよりも簡単に、あたしの中の少女はそう言った。
どうしたいとも分からない思考で悲しみに取り憑かれたあたしは、その言葉に頷くように、、
言葉の通り、逃げることにした。
怖かったから。
あたしのせいで死んだ彼が、あたしになんて言ってくるのか。ここに来て酷く怖くなった。
夢を見た時は後悔の方が大きくて考えもしなかったけど。名前を思い出して、愛おしさを思い出してしまったら、後悔は別のところで溢れた。
自ら切り離してしまったら、きっと元には戻れない。
(トーヤに突き放されてしまったら、あたしじゃいられなくなる……)
あたしは生きてる内に、ふたりが分かたれるきっかけを作ってしまったんだ。嫌われることが、自分にとって離れ離れになることよりも恐ろしいことだとは気が付かずに。
『会うのが怖いのならこのままでもいいです。あなたの気が済むまで、私はあなたを受け入れますから』
「……でも。それじゃ負担がかかるんでしょ?あたし、あなたまで奪いたくないわ。」
『……奪うことにはなりません。ですが、彼もまた、あなたが未練だからこうしてこの世に残っているのではないですか』
「……」
本当に、それだけなんだろうか。文句のひとつでもつけに来たのかもしれない。お前のせいで死んだのだと、責めるためにあたしを探しているのだとしたら、あたしには何も言い返すことなんてできない。もしそうだとしたら、たとえあたしがどれだけ彼を愛していようと、想いはもう、伝えることは出来ないのだ。
『……私にはあなたのお相手の方がどんな方なのかはわかりませんが』
物思いにふけた思考に少女の声が届く。柔らかく聞こえたその声は、言葉とは裏腹に自信に満ちたようにはっきりとしていた。
『ですがあなたはそんなに悩むくらい、彼のことが大事で大切に思っているのですね』
「……?でも、それはーー」
『ーーウィズ!』
不意に後ろから聞こえた声に思わず振り返った。
いつの間にか辺りは暗くなっていて、場所もどこか知らない所にいる。
「……ぁ。っ……」
視界に入った彼に、感情が溢れて泣きそうになった。
「…………トー、ヤ」
堪えて少し間が空いて。名前を呟いて、唇を噛み締める。
『話がしたいんだ、ウィズ。』
「……っ。あたしはっ……」
彼を見たら申し訳ない気持ちでいっぱいになった。せめて謝らなきゃ。でも声は一向に出そうにない。
……名前を忘れていたこと、ショックだった。彼の名前を思い出した時、死ぬ直前のあの光景をも思い出して、恐怖と同時に後悔も感じた。
ああこれから死ぬんだって。死を理解した時、あたしは次にくる衝撃と怖さに目を瞑って。でもあの時、彼は必死にあたしを守ろうとしてくれた。身もすくむような現状に、彼は当たり前のように、命を投げ出す覚悟をした。
……彼が、死んだのは。
それは自分のせいだって。
はっきりと分かっていたから、あたしに気付いて見つけてくれた彼を、不明瞭な色でその場であたしを見つめる彼を、ただ突き放すことも出来なかった。
だけどーー、、
声は出ない、謝れない。怖い。だから時間が時期に解決してくれることなんてないって分かっていても、会いたくなかった。会えなかった。
視界に入れてしまった今は?
ーー『逃げてしまいましょうか。一緒に』
先程の少女の言葉が蘇る。
そうしてしまうことが、嫌われてしまったことに気付かないための、自分を守るためのたった一つの方法なら。
ーー今はまだ。
『待ってくれ、ウィズ!』
トーヤが逃げようとしたウィズに手を伸ばす。後ろを向いていても分かった。彼が手を取ろうとして、透けた身体は少女の手をすり抜ける。途端、手首にヒヤリとしたものが触れたような感覚がした。
『……っ!』
触れようとしても触れられず、彼がショックを受けたような声を漏らす。
その痛ましげな表情が頭に浮かんで、ウィズは咄嗟に動けなくなった。
『ーーすまない!』
「…………え?」
突然彼が放った言葉に、思考がおいてけぼりになった。振り向きざま後ろで布擦れの音がして、ウィズはトーヤと向かい合う。
……今、彼はなんて、、
『本当に、すまなかった。せっかくの旅行だったのにこんな形にしてしまって……挙句の果てに最悪の事態にまで』
『……』
……違う。言ってたじゃない。仕事詰めてきたって。それなのに。悪いわけ、ないのに、、
『……あたし』
謝ってほしくない。その一心で、ウィズは声に出した。
『……あたし!あたしのせいで、トーヤは死んだの!あたしのせいなんだよ!?怒ってよ!突き放してよ!……なんでっ、なんで!!』
『俺が誘った。俺が先を急いた。』
『それは、あたしが……!』
『もっと一緒にいたかった。その気持ちは同じだったのに、将来のためってお前にまで八つ当たりして。そんなのじゃなくてさ、ちゃんと今を大切にすべきだったって今更気付いた。』
言って欲しかった言葉。言いたかった言葉。
『!……』
それを今、彼が代わりに言ってくれている。
『遅いよな。でも、こんなことになる前じゃ気付けなかったんだ。バカだよなぁ。俺も、お前も。お互い少しでも素直になってたら、何か変わってたかもしれないのになぁ。』
『っ……』
彼が淋しげにふっと笑う。その顔を見たら、どっちが悪かったなんてどうでも良く感じた。
目を閉じる。自然と瞼に押しつぶされて流れた涙は、余計な感情を全て流していくみたいだった。
『……いこうか、ここから遠くまで。ゆっくりと、話でもしながら。』
『……うん。』
ただ一緒にいたかった。その気持ちがこんな風に何もかもを捻じ曲げて、ようやく今、あたし達は今度こそ一緒になれる道を見つけた。
☆☆☆☆☆
暗闇が力のない彼女を覆っていた。それだけで、ラスティの中の何かが動き出すのには充分だった。
理由なんていらない。考えるよりも先に、説明しようのない怒りのようなものが沸点に達し身体が動いていた。
いわゆる、我を忘れる、という言葉のとおりに。
「ーー待ってくださいなのです!ラスティ様!」
暗闇から小さな手が伸びる。闇に慣れた目でそれを捉えるのに、そこまで時間はかからなかった。
「!!……ユノ?何でここに。」
突然のことに吊り上げた目を丸くしたラスティの腕を、ユノはそのまましっかりと掴んで物陰へと連れていく。
「なんだよ、ユノ!リアをこのままにしとけって言うのか!?」
「今はダメなのです!我慢なのです!」
物陰まで、振り払うことも出来ずに引っ張られていくとそこにはロレッタとノアもいた。
「なんでお前らまでこんな所に。」
ちらっとロレッタたちを見る。ロレッタは食い入るようにマリアナの方を向き、こちらを見る気すらも感じない。
「和解、してるらしいです。」
ノアが理解していないラスティに説明不足なくらいに簡潔に応える。もちろんラスティは彼が言った言葉を、すぐには呑み込めなかった。
「今、ウィズ様とトーヤ様が和解をしているのです。だからもう少しだけ、見守ってあげてくださいなのです。」
二人が和解?一体何がどうなってこうなったのか。大体見守るも何も、俺には何も見えないのだが……
「先輩が言いたいことはわかります。俺も見えないし、いつまで待てばいいのかもわかんないですし。」
ノアが分かっていない俺に気を遣ってか同意の意思を示す。そうだった。あまりにも動揺していないから彼が見えない人であることを忘れていた。
「あ、終わったみたいなのです!行きましょう!」
ユノの言葉を合図にするように、ラスティたちは少女の元へと近寄って行く。
「にゃ~」
ラスティが駆け寄ると、黒猫が彼女に纒わり付いて顔を見上げ鳴いていた。マリアナは、ちゃんと息をしている。
「リア?」
名前を呼ぶと猫が彼女の頬を舐めた。するとゆっくりと瞼を上げて、眠そうな薄目で彼女はラスティを見つける。
「……ラスティ、ですか。その。今は、少し。寝ます……話しは、後で……」
「……。ああ。」
返事をするとまた眠った。寝息は落ち着いていて苦しそうではない。そのことにどっと力が抜けたように、はぁと大きく息を吐いた。
「ねぇシロン様大丈夫だよね?」
普段とは違う不安げなロレッタの言葉には応えず、ラスティがマリアナを抱く。
すると猫がまた一声鳴いた。視線を向けると一瞬目が合って、猫がまた鳴く。
だがそれ以上は何もなく、直後暗闇に紛れるように猫は去って行った。その後ろ姿を、ラスティは不思議に思いながらも見送って、マリアナの顔を覗き見た。交互に見比べて思う。もしかして見守ってくれていたのだろうか。
「一先ず戻りましょう。お部屋ご用意しますなの。」
そのままユノに導かれて、ラスティたちは帰路を辿った。
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