天魔の血脈

黒ひげの猫

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王都断罪編①

妹の名はリュドミラ

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「ようやく来たか」

 アドルフは斬首台から悠々と降り立ち、護送されてきたファウストの前に立ちはだかる。

「…………アンタが、俺の首を落とすのか?」

 ファウストは、まるで目の前の男の“本質”を見透かすような、じっとりとした目でアドルフを見据える。

「他の誰かにお前の首を落とされるくらいなら……俺がやるさ」

 アドルフは冷たく答え、騎士からファウストを縛る鎖を受け取ると、その手で引きずるように斬首台へと上がらせた。

「一度、試してみたかったんだ。俺も。……あの実験に、いくら懇願しても父上は加えてくれなかったからな」

 アドルフの声は、嬉々とした響きを持っていた。
 ファウストを台の中央に膝をつかせ、アドルフは腰に帯びた新たな剣を抜く。

「今日という日のために、この国一番の鍛冶師に打たせた一振りだ。切れ味は保証付きだぞ」

 宝石の飾られたその剣身が、陽にきらりと光った。

「……なら、その剣で俺を一発で楽にしてくれ」

 ファウストはそう呟くと、静かに目を伏せる。
 彼の膝がついている斬首台の板には、いくつもの黒ずんだ染み。
 血の跡が深くこびりついていた。
 その異様なほど濃い染みからは、どこか禍々しい気配すら感じられる。

 ――ここで、いったい何人の囚人たちが、命を絶たれたのだろうか。

 だが、ファウストの表情は穏やかだった。
 まるで、自らの死を、既に受け入れているかのように。
 どれほどの凶悪犯も、この台に上がれば泣き叫び、命乞いをするという。
 それが人間というものだ。
 だが、この男――ファウスト・ライウスは違った。
 嘆かず、怒らず、狂うこともなく、ただ静かに、終わりの時を受け入れている。
 その異様な態度に苛立ちを覚えたのか、アドルフは小さく舌打ちをする。

「チッ……。つまらない」

「人の首を斬るのは初めてか?」

 処刑台の上、ファウストは冷えた声で問いかけた。
 明らかに気が立っているアドルフの様子を見て、皮肉を込めたその一言を投げかけた。

「……これから首を落とされるというのに、随分と余裕そうだな」

 顔を歪めながら返すアドルフ。
 手にした剣を握る指先には、微かに力が入りすぎていた。
 ファウストは斬首台の上からゆっくりとアドルフを見上げ、思案するように口を開いた。

「変に力み過ぎると、剣が思うように振り下ろせなくなる。何度も俺の首を斬り損ねて、観衆の前で無様な姿を晒すのが関の山だ」

 そこまで言い切ると、ファウストは口元に皮肉げな笑みを浮かべた。

「戦場にも立ったことのない王子様が、人の首を一太刀で落とせるとは思えないけどな。なぁ――坊ちゃん?」

「貴様……っ!」

 怒りに頬を引きつらせたアドルフの手元で、剣がカチリと小さく震えた。
 二人の間に、刃物のような緊張が走る。
 冷たい空気が沈黙の中に張り詰め、広場全体をきしませる。
 その重苦しい空気を断ち切るように、処刑の合図となる小太鼓と笛の音が響いた。
 観衆がどよめき、喝采と罵声が入り混じった声が波のように押し寄せてくる。
 
「……時間だな」

 アドルフは口角を吊り上げ、まるで勝者のような顔で言い放つ。
 だがその笑みには、どこか幼さと焦りが滲んでいた。
 楽器隊は軽快なリズムを奏でながら、処刑台へと近づいてくる。
 その列の中から、やがて一人の男が現れた。
 男は手にした羊皮紙を手早く広げ、斬首台の上に上がると、抑揚のない無機質な声で読み上げを始める。

「ファウスト・ライウス。この者は人族を滅亡の淵へと追いやった魔族と結託し、国家転覆を謀った。その悪行により、多くの尊い命が奪われた。よって、ここにフォルスター王国第三代国王、ヒンツ・フォルスターの名のもと、斬首刑に処す――」

 男の読み上げが終わった瞬間、周囲の楽器がピタリと音を止め、空気に妙な静寂が降りた。
 押し黙った群衆は、それでもなお燃えるような憎悪の眼差しをファウストへと向けていた。
 その視線にこめられた「今すぐ殺せ」という無言の叫びは、何より雄弁だった。
 ファウストは静かに令状を聞きながら、処刑台の下――その前方に、何か黒く焦げた奇妙な物体を見つけた。
 薄暗い地面に固定された、四本の木製の丸太。
 その丸太には、焦げた塊のようなものがそれぞれ括りつけられている。
 風に運ばれてくる、どこか鉄と炭の混じったような焦げ臭さ。
 ファウストはうっすらと目を細め、その「塊」に視線を留めた。
 それは人間のようで、人間ではない……だが確実に、かつては誰かだったもの――。

 ――見せしめか。

 ファウストの胸中に、何かが冷たく沈んだ。
 
「おい……アレは、なんだ?」

 処刑台に膝をついたまま、ファウストが視線の先を指すように低く問いかける。
 アドルフはその問いを待っていたかのように、口元を吊り上げ、下卑た笑みを浮かべた。

「あぁ。アレか――」

 その声色は妙に軽く、楽しげですらあった。

「アレはな、お前が……よく知る人物だ」

 そう言うとアドルフは、甲冑の隙間から一つの懐中時計を取り出し、ファウストの目前にかざす。
 銀の装飾は黒ずみ、蓋にはうっすらと血痕のような汚れが残っていた。
 所々が錆びた懐中時計。
 それを目にした瞬間、ファウストの顔から血の気が引いた。

「その時計……」

 ファウストの声がかすれた。

「なんで、それを……お前が持っているんだ……っ! それは……俺がリュドミラに……妹に渡した……母さんの形見だ……!」

 怒りと動揺に声を震わせながら、ファウストがアドルフを睨み上げる。
 だがアドルフは、どこまでも愉快そうだった。

「あぁ、そうだ。確かにそれはお前の妹、リュドミラに贈ったものらしいな。亡き母の形見――いい話じゃないか」

 アドルフは懐中時計を胸元に戻し、そして、あの黒焦げた塊を指差した。

「――教えてやろう。アレは、お前の妹だ」

「………………………………は?」

 ファウストの思考が一瞬、完全に停止する。
 言葉の意味を理解できず、ファウストはただ機械的に、再びその黒焦げた塊へと視線を移した。
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