規格外の螺子

cassisband

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 たまの休日を何となく過ごすのは嫌いではない。むしろ、何の計画もなく、起きたい時に起きて、食べたい時に食べ、ただぼんやりと家で過ごすことは、贅沢なことですらある。仕事でみっちり神経を使うことが多い分、家では無計画に過ごしたかった。川崎隆史にとって、最も有効なリフレッシュ方法なのだ。
 充電中のスマートフォンを開く。午前十一時を過ぎていた。昨晩は読みかけの小説の続きが気になって、つい夜更かしをした。久しぶりに読んだ面白い小説だった。隆史の面白いというポイントは結末によって左右される。終わりよければ、全てよしというわけではないが、着地点がどうなるかが判断材料になる。ハッピーエンドでもバッドエンドでも構わない。ただし、あやふやだけは解せない。隆史が小久保早苗と小説の話になった時には、意見が食い違った。早苗は「あとは読者の想像におまかせしているのよ。百人の読者がいれば、百通りの解釈があっていいじゃない」と熱弁していた。隆史は小説を娯楽だと捉えているから、しっかりとした答えがほしい。そういった意味で、昨日読んだ小説にはストーリーにも、その結末から感じられる読後感にも満足していた。
 わずかに頭は重かったが、それでも心の充実の方が勝っていて、気分は良かった。
 隆史は、大手航空会社で、システムエンジニアの仕事をしている。まだ入社四年目になったばかりで、本来希望していたシステム開発には携わっていない。滞りなくシステムが動くように、点検や調整など細々とした仕事を日々担当していた。
 隆史のルーティーン作業が、会社を支えていることは明白だ。全てをシステムに頼って管理・運用しているこの業界にとっては、地味に見えるような裏方の仕事こそ縁の下の力だった。隆史のように有名大学の理系学部を卒業していても、正規の職を得ること自体が困難な時代といえた。同じ学び舎の同級生を見回しても、就職活動のスタート地点で思い描いたような第一志望の職につけた者は、あまりいない。そんな熾烈な競争をくぐり抜けて、隆史はこの職に就いた。努力の末に得たこの職を多少なりとも誇りに思っていた。
 仕事自体は希望していたものであるし、やりがいもある。ただ難を言えば、この仕事には休みがないということだった。システムは年中無休で稼動している。そんな職場に定休日というものがあるはずもなく、休日はめったにとれない上に、土日に限らなかった。しかも、システムの不具合があれば、緊急で駆けつけることだってある。
 この日は特にトラブルもなく、週の真ん中の平日が隆史の休息日となった。
 休日といっても、目的もなく過ごすことが多くなったのは、世間の休日と合わないためかもしれない。学生の頃は、休日ともなると、レジャーに出かけていた。誰かと外出する機会が少なくなったのは、やはり仕事のせいかもしれない。普通のサラリーマンが感じるような週末気分は、入社直後の三ヶ月に及ぶ研修期間以来、味わっていない。
 そんなことをぼんやりと考えながら、隆史は軽い空腹を感じていた。何か食べよう、この時間ならもう昼食だな、下の階にいる母親と近所の定食屋に出掛けてもいいと思っていると、階段の下から母親の呼びかける声が聞こえてきた。
 隆史は一階に向かって「起きてるよ」と言い放ち、リビングへと降りていった。
 母親が珍しく、興奮気味に話しかけてきた。
「うちにも架かってきたわよ」
「何が?」
「今ね、『おれだけど……かあさん?』っていう電話が架かってきたのよ」
「何それ?間違え電話?」
「それが、違うのよ。午前中もあなたの姿を見ていなかったから、今日は夜通し仕事だったかな、と勘違いしてね。出勤して職場から電話したのかと思っちゃったの。それで、隆史なのって聞いたら、そうだって言うのよ」 
 隆史という名前は特別珍しい名前ではないから、そういう偶然もあるものかな、と母親の話を聞いていた。
「それでね、『警察の人に代わるよ』っていうの。私、急に警察って聞いて、なんだか混乱しちゃって。本当に品川警察署の人が電話に出たのよ。いろいろと隆史のことを確認するみたいに聞いてきて、はいはいって答えていたんだけど、なんか深刻な話になってきちゃって」
 母親の語る様子から、緊張して電話に対応している姿が目に浮かんだ。
「あなたが、今朝、痴漢で捕まったっていうのよ。もう、びっくりしちゃったんだけど、驚きすぎて、我に返ったのね。違う。なんだかおかしい。そういえば、今朝は仕事に行ってなかったんだわって」
「そうさ、今日は久しぶりの休みだからね」
「そうよねえ。だから、いってやったわ。『うちの息子は、今日は休みで、二階で寝てます!』って。そうしたら、ガチャリと電話を切られて終わりよ」
 オレオレ詐欺。一時期は『母さん助けて詐欺』というネーミングもあったが、あまり浸透しなかった。マスコミで取り上げられる犯罪手口がすぐに頭に浮かんだ。まさか、自分の名を語って、母親が電話を受けるとは思いもよらなかった。
「でも、騙されなくてよかったわ。何か、すごい勢いでまくし立ててきて、ちょっと危なかったわ」
「やめてくれよ、かあさん。耄碌するのは、まだ早いんじゃないの?」
「まあねえ。でもあんなふうに警察だっていって、強い調子で色んなことを言われたら、きっと信じちゃう人もいるだろうしね。そこへお金でなんとかなるなって説得されたら、定期預金、解約しちゃうかも。お金で息子の人生を守れるならって」
 そんなことあるものか、と思いながら、すぐに、有り得る話かもしれないと考え直した。「今後、不審な電話があったら、十分注意しなよ。」
 それにしても、どうしてうちに架かってきたのか。墓地の販売セールスの電話のように、そんなにも、ありがちなものなのか。ニュースで注意を呼びかける特集を見たことがあるが、まさか自分の家族の身に起こるとは、にわかに信じがたかった。
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