規格外の螺子

cassisband

文字の大きさ
4 / 36

3.

しおりを挟む
 焼き鳥屋の煙を顔面に受けながら、店の引き戸を開いた。いつもの席とも呼べる奥のテーブルに、いつ見ても懐かしい気持ちになる四人の顔が見えた。
「おお!おつかれぇ!」
 隆史が入ってきたことに気付いた健一がグラスを高く掲げて呼びかける。馴染みの店ということもあり、まるで我が家にいるかのような振る舞い方だ。
「隆史、おつかれ」
 美穂はいつも通り上機嫌な様子だ。相当飲んでいるのか。お酒が入って、普段に増して愉快そうに笑っている。和美がその大声に、苦笑いを浮かべているのも、おなじみの光景だ。
「おつかれさま。仕事は大丈夫なの?」
 早苗も変わらぬようだ。皆の歓迎を受けて席に着く。隆史は、仲間達の和気あいあいとした様子を見て、急いで仕事を切り上げて来れて良かったと思った。
「おじさん、生ひとつお願いします」
 早苗が隆史のビールをすばやく注文してくれる。
「やあだ。ちょっと、また痩せた?」
 上着を脱いだ隆史を見て、美穂が訝しそうに言ってきた。
「さあ。どうかな。ちょっと今忙しいから多少はそうかもね」
「ちゃんと食べないとだめだよ」
 和美が心配そうな顔をする。
 隆史の職場は新しい課題に取り組んでいる真っ最中のため、繁忙期を迎えていた。同僚の多くは、まだ今も残って仕事をしている者が多いだろう。新しい課題とは、システムリプレイスのことだ。おおまかに言えば、システムのバージョンアップのための作業。何年かに一度、大々的に行われる。これがなかなか大がかりで大変な作業なのだが、システムにバージョンアップは付き物なので仕方がない。家庭用のパソコンを見ても、次々に新しい機種やソフトが開発され、シーズンごとに新商品が家電量販店の店頭に並ぶ世界である。ビジネスモデルが確立されている。開発者はさぞ潤うことだろう。最初にそれを開発して、売れれば勝者なのだ。
  つい先日、システム開発元の業者との綿密な要件打ち合わせが終わり、やっとのことで新システムを導入したばかりであった。ここからまた今度は検証の作業に入らなければならない。テスト環境の元で、システムがおかしな動きをしていないかどうか、ひとつひとつ検証していくのだ。
 隆史は今までに二度このようなリプレイスを経験しているが、テスト環境の時点から完璧にシステムが正常な動きをしたという経験は今のところ皆無だ。人間の作るものだからある程度は仕方がないのだろうが、何らかの穴があるのだ。こちら側の意向が、開発担当者へ正確に伝わっていないこともある。いずれにせよ、どこかしらに不具合があり、それを訂正していくのにもまた時間と労力が必要とされる。本稼動の期日までに日数がないことを考えると、今日も行けそうにないという連絡を入れようか、と何度か迷った。しかし、そんな仕事優先の思考を凌ぎ、今日は参加にこぎつけた。何とかみんなに会うために参加したかった。
 痩せたかな、と内心で思いながら、顔に手をやる。自分では自覚はなかったが、美穂の言うとおりであれば、仕事が原因で不摂生しているせいなのだろう。それもこれから気を付ければいい。体調に直結するかはわからないが、この集まりは心の健康には、てき面の効果がある。隆史はいつもここに来ると、頑張る気力のようなパワーを充電している気分になる。それは、会社での過酷な労働を乗り切るのにも役立っている。
「隆史しっかり食べないと駄目だよ。ただでさえ痩せているんだから」
 早苗が隆史の皿にサラダを取り分けてくれた。隆史はありがとうと言って、一気にグラスをあおった。みんなのテンションに乗り遅れないように二杯目を注文する。
「ねえ、ちょっと聞いてくれる?最近ね、社長が『甘い物は好きか?ケーキは好きか?』って、やたらと聞いてくるのよ」
「何?隆史が痩せてるって聞いたから、美穂は太る話か?」
 話の腰を折る健一に、「うるさいわね」と美穂が一瞥をくれる。美穂は、浅草の小さな靴の卸会社で事務の仕事をしている。
「それで、もちろん嫌いなわけないじゃない」
 視線を向けられた和美が、「だろうね」と、大きく頷く。
「甘い物も、ケーキも大好きですよって答えたら、お茶の時間にケーキを出してくれるようになってさ」
「美穂のボディラインを維持するには願ったり叶ったりじゃないか」
 健一の意味深な視線を軽く睨んでかわしながら、美穂は続ける。
「まあ、ありがたいには違いないからね。毎回美味しくいただいてたわけよ」
「何?まさか、社長が美穂に下心を?」
 早苗が口元に手を当て、心配そうな表情で言う。
「近いね。でも、違うのよ。昨日、そのいつものケーキ食べてる時に、『彼氏はいないよね』って、失礼な確認されて、ムッとしてたら、『お見合いしてみない?』 だって」
「えー」早苗と和代が声をそろえる。
「その相手がさ、いつも食べてたケーキ屋の息子らしくて」
「いいじゃないか」
 隆史も、思ったままを口にした。
「いいわけないよ。年齢聞いたら、四十二歳だっていうんだよ。そのケーキ屋は、会社の近くだから、いつも店の前を通るのよ。まあ、店先におじさんが出てれば、挨拶ぐらいするわよ。それを、どっからか見てたケーキ屋のお父さんが、息子にちょうどいいって思ったらしいのよ」
「いい話じゃないか。なあ」
 健一がにやにやしながら、隆史に同意を求める。
「冗談じゃない。息子、四十二って。年の差婚すぎじゃない。下手すれば、私のお父さんでもおかしくないよ。それなのに、熱心にケーキ運んでくるなんて、相当本気だよ。一体、私のこと、何歳に見えてるのかね。こんな、うら若い乙女なのに。怖くて聞けない」
 断るにはもったいないぞ。それでいいのか、と健一が悪乗りする。健一を小突きながら、美穂は、「何とか言ってやって」と、早苗に助けを求めた。早苗は、少し首を傾げると「ケーキ屋さん、美穂に合ってるんじゃない」と、まさかの健一側に付いた。
「そんなあ」
 ふくよかな頬をさらに膨らませる美穂に、隆史も声を出して笑った。美穂が話し出すと場の雰囲気が一気に盛り上がる。そこに健一が突っ込み、早苗が窘める。
突然、話の聞き役ばかりしていた和美が、口を開いた。
「ねえ、みんな、オレオレ詐欺って知ってる?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...