規格外の螺子

cassisband

文字の大きさ
6 / 36

5.

しおりを挟む
 和美と隆史から聞いた二つの振り込め詐欺の話は、ショッキングだった。それでも自分の身に起きた出来事ではないということが、ひと事の域をでない範囲のショックに留まっていた。
 今日の集まりを振り返っても、和美と隆史には申し訳ないが、後味としては楽しい気分であった。
 心から気を許せる友人達とただ会うだけで、日々のストレスから開放されてリフレッシュできる。早苗にとってかけがえのない時間であると思っていた。これまでも、そしてこれからもずっと、こうした付き合いを続けていきたい。自分だけでなくみんなも同じ気持ちでいるということが、また早苗をよい気分にさせていた。
 それに早苗には会いたい人がいた。その特別な人に会える日として、この会が早苗の心の支えになっていることもまた事実であった。
 弾む心で家路を帰り、自宅の手前にある工場の門を開錠する。重い鉄の引き戸も、今日は心なしか滑るように開いたように感じる。工場の作業スペースを通り抜けて、自宅へと続く通路を進んだ。
 早苗の家は、金属加工の町工場を営んでいる。曽祖父の代からの家業であり、地元の町工場としては大きなほうだ。父の代になって工場を建て替え、最新の機械も入れて、昔より多くの仕事をこなせるようになってきた。しかし、この長引く不景気のあおりを受けていることは確かであり、どうにかこうにか踏みとどまっている状態だった。
薄暗い自宅玄関の扉の前で、鍵を探してバックの底に手を伸ばしていると、透かしガラスになっている戸の向こうに人影が見えた。人影は、たたきに降りると、戸の鍵を開けた。
 早苗はガラガラと横開きの戸を開くと、鍵を開けてくれた人物を見た。
「おかえり」
 妹の恵梨だった。
「どうしたの?」
 早苗は、ただいまと言う前に、妹に問いかけていた。早苗の家では、工場が閉まる午後六時半を過ぎると玄関に鍵をかけることになっている。普段は、父親が工場の仕事を終えて、自宅に戻る時に閉める。それでも、玄関に近い居間に家族の誰かがいるので、午後十時くらいまでなら、戸の脇につけられている古いチャイムを鳴らして、誰かに中から開けてもらうことも大いにあることだった。
 今日の早苗の帰宅は、もう午前零時になろうかという深夜だ。そんな時間に家族が自分を待っていることなど、早苗が社会人になってからは全くないことで、ましてや、妹が自分のために起きているなど、考えられないことだった。
「工場の門が開く音がしたから、おねえちゃんが帰ってきたってわかったから」
 恵梨は、なぜ自分が戸を開けたのかという理由だけを口にした。
「何かあったの?」
 早苗の脳裏には、先ほどの振り込め詐欺の話がよみがえっていた。いや、そんなにタイムリーなことが続くものか。
 だが、恵梨の表情は間違いなく何かあったことを示唆している。その証拠に、妹の目は赤く、さっきまで泣いていたのかもしれなかった。
「入って」
 恵梨はくるりと小さな背中を向けて、居間へと歩き出していた。
 早苗も、急いで靴を脱ぐと、妹の後を追った。廊下を歩くと、床が軋む音がする。
 恵梨は、大学三年生になるが、早苗よりも身長が十センチも小さい。小柄でまだ高校生のようにみられることもあった。そんな小さな姿が、今日はさらに心細く映った。
 居間には、両親がいるようだった。居間に入る前に、恵梨は早苗の方を向かずにつぶやくように言った。
「うちも工場も、抵当に入ったって……。銀行はもうお金、融資してくれないんだって」
 そう言うと、引き戸を開けて居間に入っていった。早苗も後を続くべきだったが、動けなかった。まるで、冷や水を頭から浴びせられたような気分だった。それも、何の前置きもなく。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...