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気もそぞろになりながら帰宅すると、玄関のくもりガラスから見える家の中には、明かりがなかった。家族はもう寝たのだろうか?いや、両親は作業所でまだ資金繰りについてあれこれ策を考えあぐねているのだろう。
玄関前で鍵を取り出しながら、また一層気持ちが冷え込んでいく。鍵を開けて中に入ったところで、ひとつもあたたかくなかった。冬の木造の一軒は驚くほど寒い。玄関などは身震いするほどの寒さだ。かじかむ指でヒールの踵を押し下げ、ようやく靴を脱ぐ。一応、奥の部屋に両親がいないことを確かめようと、廊下を軋ませながら二、三歩足を進めた。床が軋む音がやけに耳障りだ。すると、ゴロゴロ、コトリ、ゴロゴロ、コトリと小さいながらも音が聞こえてきた。音は階段からのようだ。何かが静かに転がり落ちてきているようだ。小さいながらも金属質な固さをおびた音だ。階段は廊下の中ほどにある。明かりはついていない。足早に階段まで歩み寄り、二階に続く階段を見上げると、真ん中らへんに、恵梨が座っていた。そして、早苗の足元に小さな何かが落ちた。それは、大きく円を描くように転がると、ピタリと止まった。
「お姉ちゃん、『規格外』ってわかる?」
恵梨の言葉を聞きながら、落ちてきたものを手にとる。ネジヤマが少し大きめのネジだった。
「なんのこと?それより、なんでそんな暗い所にいるの?電気くらいつけなさいよ!」
早苗が階段の電気のスイッチを点けると、恵梨がゆっくり下りてきた。近くまで来ると、顔には涙が渇いた後が見えた。
「規格外っていうのはね、世の中で流通できないんだよ。うちで作ってる部品だって、小さすぎたり、大きすぎたりして規格外のものは、全部調べて外されるよね。そういう部品は使い物にならないから、みんなまた熔かされてしまうんだよね。そのネジだってそう。役に立たない、使えないって、全部スクラップされちゃうんだよ。」
恵梨の声は、もはや冷静ではなく、悲しんでいるような、怒りを含んでいるように響いた。
早苗には、恵梨が何を思い、こんなことを言うのか、すぐにわかった。
父のことだ。子供の頃、二人で作業所をうろついたことがある。その時に父がやっていたのが、部品のチェックだった。無数の部品を、ベルトコンベアのような機械に流し、丹念に選別していた。その手元には迷いがなく、子供二人は父のその職人的な動きにしばし見とれたのだった。
なんで、せっかく作ったものをそんな風により分けるのか、と恵梨が聞いた。その時に、父は今早苗が手にしているようなネジを手にして、お父さんが今しているのは、大事な作業なんだと教えてくれた。これは規格外と言って、使い物にならないんだ。それを取り除いて、ちゃんと使える物だけが、世の中に出て役に立つんだよ、と。
早苗も、この「いるものといらないもの」「役に立つものと、そうでないもの」の話はよく覚えている。
世の中も同じだ、と父は言った。必要とされるものだけに存在意義がある、と。
恵梨はスクラップされそびれたこのネジを作業所のどこかで拾ったのだろう。小久保作業所がどこからも融資を受けられず、見放され、今まさになくなろうとしている現状が、父の話と重なって、胸に押し迫る思いに涙したのだろう。
恵梨はまた泣いていた。その気持ちがわかったから、早苗はただただ無言のまま、恵梨の肩を抱いた。
玄関前で鍵を取り出しながら、また一層気持ちが冷え込んでいく。鍵を開けて中に入ったところで、ひとつもあたたかくなかった。冬の木造の一軒は驚くほど寒い。玄関などは身震いするほどの寒さだ。かじかむ指でヒールの踵を押し下げ、ようやく靴を脱ぐ。一応、奥の部屋に両親がいないことを確かめようと、廊下を軋ませながら二、三歩足を進めた。床が軋む音がやけに耳障りだ。すると、ゴロゴロ、コトリ、ゴロゴロ、コトリと小さいながらも音が聞こえてきた。音は階段からのようだ。何かが静かに転がり落ちてきているようだ。小さいながらも金属質な固さをおびた音だ。階段は廊下の中ほどにある。明かりはついていない。足早に階段まで歩み寄り、二階に続く階段を見上げると、真ん中らへんに、恵梨が座っていた。そして、早苗の足元に小さな何かが落ちた。それは、大きく円を描くように転がると、ピタリと止まった。
「お姉ちゃん、『規格外』ってわかる?」
恵梨の言葉を聞きながら、落ちてきたものを手にとる。ネジヤマが少し大きめのネジだった。
「なんのこと?それより、なんでそんな暗い所にいるの?電気くらいつけなさいよ!」
早苗が階段の電気のスイッチを点けると、恵梨がゆっくり下りてきた。近くまで来ると、顔には涙が渇いた後が見えた。
「規格外っていうのはね、世の中で流通できないんだよ。うちで作ってる部品だって、小さすぎたり、大きすぎたりして規格外のものは、全部調べて外されるよね。そういう部品は使い物にならないから、みんなまた熔かされてしまうんだよね。そのネジだってそう。役に立たない、使えないって、全部スクラップされちゃうんだよ。」
恵梨の声は、もはや冷静ではなく、悲しんでいるような、怒りを含んでいるように響いた。
早苗には、恵梨が何を思い、こんなことを言うのか、すぐにわかった。
父のことだ。子供の頃、二人で作業所をうろついたことがある。その時に父がやっていたのが、部品のチェックだった。無数の部品を、ベルトコンベアのような機械に流し、丹念に選別していた。その手元には迷いがなく、子供二人は父のその職人的な動きにしばし見とれたのだった。
なんで、せっかく作ったものをそんな風により分けるのか、と恵梨が聞いた。その時に、父は今早苗が手にしているようなネジを手にして、お父さんが今しているのは、大事な作業なんだと教えてくれた。これは規格外と言って、使い物にならないんだ。それを取り除いて、ちゃんと使える物だけが、世の中に出て役に立つんだよ、と。
早苗も、この「いるものといらないもの」「役に立つものと、そうでないもの」の話はよく覚えている。
世の中も同じだ、と父は言った。必要とされるものだけに存在意義がある、と。
恵梨はスクラップされそびれたこのネジを作業所のどこかで拾ったのだろう。小久保作業所がどこからも融資を受けられず、見放され、今まさになくなろうとしている現状が、父の話と重なって、胸に押し迫る思いに涙したのだろう。
恵梨はまた泣いていた。その気持ちがわかったから、早苗はただただ無言のまま、恵梨の肩を抱いた。
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