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男は上体を椅子にもたれかけると、開いた
両足をゆったりと組んだ。
顔を横に向けて、伯父に話しかける。伯父は顔に脂汗を浮かべ、視線は宙を泳いでいた。どこを見ているのかわからない不抜けた表情のまま、耳だけ男の口許に寄せて、頷いている。男のたたずまいは、ドラマで見る大企業の重役のようで、伯父は冴えない使用人のようだった。目の前の光景は、古びた下町の食堂と全く釣り合っていない。その不似合いさが、事態の深刻さを物語っているように思える。
一通り、伯父が頷き終わると、男は立ち上がり、真帆と伯母の方を見て「では、また」と言った。
それまで立っていた他の男たちも、それを合図に、動き出した。一人は食堂の入り口を開け、一人はコートを掴み、後の者は黙って後ろをついて行く。長身の男たちが動き出すと、たかだか五人なのに、店がいっぱいになったかのような威圧感があった。座っていた時には分からなかったが、男もかなりの長身だった。
最後に伯父が出ていった。店の外では、車のエンジンがかかる音がする。
車の音が聞こえなくなると、伯父が店内に戻ってきた。
伯母が駆け寄る。
「何て言ってた?」
鬼の形相で、伯父に迫っている。伯父は伯母の顔などろくに見ず、客席にある椅子の一つに腰を落とす。そして、両手で頭を抱えて下を向いたまま、テーブルに肘をつく。
伯母は、苛立ちながら伯父の言葉を待っている。少しの沈黙の後、伯父がぽつりと言った。
「気に入ったそうだ」
伯母の鬼の顔がほころぶ。
「よかったじゃない」
言い切らないうちに、伯父が頭を抱えたままかぶりを振る。そして、伯母を見て情けない声を出す。
「お前、やくざに売るってことがどんなことかわかっているのか」
言ってから、ハッとしたように、真帆の方を向いた。夫婦は顔を見合わせ、まずいことを聞かれたという表情を浮かべている。
二人がこの場を取り繕う言葉を探している間に、真帆は厨房の仕切り板を乱暴に跳ね上げ、自宅に駆け上がった。狭い廊下と階段を校庭のグラウンドを走るように、全力で走り、自分の部屋に戻った。体のあちこちを壁にぶつけたが、そんなことはどうでもよかった。ドアを開けると、今度はあからさまに勢いをつけて一気に閉めた。真帆が思ったよりもずっと、大きな乱暴な音がした。涙で視界が不明瞭になってくる。ドアも歪んで見えた。ドアノブを確かめると、鍵がついていた。今まで使ったことのないつまみを初めて捻る。真帆は肩で息をしながら、がちゃりと鍵のかかる感触を目を閉じて感じた。
しきっぱなしの布団に潜り込みと、隣の従兄弟の部屋の戸が開く音がした。この騒々しさは、何事かと驚いているのだろう。長兄も部屋から出てきたようで、真帆の部屋の前で、三人の低い話し声がした。それから、床をみしみしと軋ませ、一階へと降りていった。
従兄弟たちは、この事態に気付いていないのかもしれなかった。今日はたまたま日曜日で三人とも自宅にいるが、部活やらアルバイトやらで、店が営業しているような時間に帰宅することも無かったし、店内に顔を出すこともない彼等には、男たちが及ぼしている影響を知らない可能性が高かった。
今の出来事を両親から生々しく聞けばいい、と真帆は布団の中で呪うような気持ちで思った。私を売り飛ばして、代わりに自分たちは救われるのだ。その現実を聞いてショックを受ければいいのだ。
兄がいたこともあり、日頃から従兄弟たちと親しくしてこなかったから、ショックでもないかもしれない、と真帆は思った。同情もしないのではないか。もしかしたら、伯母のように、当然のように真帆を差し出すのがよい案だと、三人揃って賛成するかもしれなかった。
悔しさが込み上げてきた。何に対してなのか、自分でも曖昧であったが、なぜ自分がこんな目に合うのか。世界の全てを呪いたかった。みんな不幸になればよい。本気でそう思った。
両足をゆったりと組んだ。
顔を横に向けて、伯父に話しかける。伯父は顔に脂汗を浮かべ、視線は宙を泳いでいた。どこを見ているのかわからない不抜けた表情のまま、耳だけ男の口許に寄せて、頷いている。男のたたずまいは、ドラマで見る大企業の重役のようで、伯父は冴えない使用人のようだった。目の前の光景は、古びた下町の食堂と全く釣り合っていない。その不似合いさが、事態の深刻さを物語っているように思える。
一通り、伯父が頷き終わると、男は立ち上がり、真帆と伯母の方を見て「では、また」と言った。
それまで立っていた他の男たちも、それを合図に、動き出した。一人は食堂の入り口を開け、一人はコートを掴み、後の者は黙って後ろをついて行く。長身の男たちが動き出すと、たかだか五人なのに、店がいっぱいになったかのような威圧感があった。座っていた時には分からなかったが、男もかなりの長身だった。
最後に伯父が出ていった。店の外では、車のエンジンがかかる音がする。
車の音が聞こえなくなると、伯父が店内に戻ってきた。
伯母が駆け寄る。
「何て言ってた?」
鬼の形相で、伯父に迫っている。伯父は伯母の顔などろくに見ず、客席にある椅子の一つに腰を落とす。そして、両手で頭を抱えて下を向いたまま、テーブルに肘をつく。
伯母は、苛立ちながら伯父の言葉を待っている。少しの沈黙の後、伯父がぽつりと言った。
「気に入ったそうだ」
伯母の鬼の顔がほころぶ。
「よかったじゃない」
言い切らないうちに、伯父が頭を抱えたままかぶりを振る。そして、伯母を見て情けない声を出す。
「お前、やくざに売るってことがどんなことかわかっているのか」
言ってから、ハッとしたように、真帆の方を向いた。夫婦は顔を見合わせ、まずいことを聞かれたという表情を浮かべている。
二人がこの場を取り繕う言葉を探している間に、真帆は厨房の仕切り板を乱暴に跳ね上げ、自宅に駆け上がった。狭い廊下と階段を校庭のグラウンドを走るように、全力で走り、自分の部屋に戻った。体のあちこちを壁にぶつけたが、そんなことはどうでもよかった。ドアを開けると、今度はあからさまに勢いをつけて一気に閉めた。真帆が思ったよりもずっと、大きな乱暴な音がした。涙で視界が不明瞭になってくる。ドアも歪んで見えた。ドアノブを確かめると、鍵がついていた。今まで使ったことのないつまみを初めて捻る。真帆は肩で息をしながら、がちゃりと鍵のかかる感触を目を閉じて感じた。
しきっぱなしの布団に潜り込みと、隣の従兄弟の部屋の戸が開く音がした。この騒々しさは、何事かと驚いているのだろう。長兄も部屋から出てきたようで、真帆の部屋の前で、三人の低い話し声がした。それから、床をみしみしと軋ませ、一階へと降りていった。
従兄弟たちは、この事態に気付いていないのかもしれなかった。今日はたまたま日曜日で三人とも自宅にいるが、部活やらアルバイトやらで、店が営業しているような時間に帰宅することも無かったし、店内に顔を出すこともない彼等には、男たちが及ぼしている影響を知らない可能性が高かった。
今の出来事を両親から生々しく聞けばいい、と真帆は布団の中で呪うような気持ちで思った。私を売り飛ばして、代わりに自分たちは救われるのだ。その現実を聞いてショックを受ければいいのだ。
兄がいたこともあり、日頃から従兄弟たちと親しくしてこなかったから、ショックでもないかもしれない、と真帆は思った。同情もしないのではないか。もしかしたら、伯母のように、当然のように真帆を差し出すのがよい案だと、三人揃って賛成するかもしれなかった。
悔しさが込み上げてきた。何に対してなのか、自分でも曖昧であったが、なぜ自分がこんな目に合うのか。世界の全てを呪いたかった。みんな不幸になればよい。本気でそう思った。
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