傘使いの過ごす日々

あたりめ

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神殺しの刻 その3

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目の前からは悪戯の神が突進してくる。時折体がブレて見える。

『ふぅん…やっぱり簡単な傘操作は避けられるか…』

目を凝らすと石粒位の大きさの傘が飛んでいっている。
普通の者では不可視の攻撃を受けていると思うだろう。
魔法を行使している感覚は薄く感じ取れない。
目の前の男は足を止めることなく前に前に進んできている。

「おいおい、こんな攻撃で俺に勝とうって思えたのか…俺も甘く見られたものだ!」
『冗談、牽制ほどにも思ってないさ。本当の目的は』

すると静也の体が急発進。石粒程の傘を放出するのを止めないまま悪戯の神目掛けて召喚していた長傘を片手に前に突きだし走りだした。

「へぇ…やっぱり面白いスキルだ。傘を持った瞬間から内部が一変するからな…何の神の恩恵だ?やっぱり■■■■の恩恵か?だとしたらどんな神威だ?神格は?…んー分からん…」

未だに飛んでいる傘をものともせず進んでくる悪戯の神はぶつぶつとなにかを呟いていた。

『余裕そうだな。それならこれはどうかな?!』

急に足を止め傘を投擲する体制に入る。もう片手にまた傘を召喚して身体の強化補正を加える。

踏み込んだ足は地面にめり込み踝まで沈んだ。思わず起死回生の神はあ、やべ、と声を漏らした。
地面が思ったより柔らかかったので驚いたのだ。
無論そんなことはない。ただ踏み込み力が強かったからに過ぎない。
その影響で投擲した傘は悪戯の神の頭二つ分上に飛んでいった。

「おいおい、大丈夫かよ…これじゃまたあのときの二の舞だぜ?」

敵である悪戯の神も思わず心配する程のドジを踏んだ。

『うるせぇ、お前は殆ど…いや、神圧の押合いしただけで飽きてたじゃねえか!こんの、飽き性が!』
「なんだと?!お前と戦うところを妄想してたらすぐに終わるビジョンしか出てこなくなっただけだっての!」
『キモいわ!俺で妄想してんじゃねぇよ!さっさとぶっ殺して終わらせてやる!』

悪戯の神の言葉のチョイスで誤解が生まれた。
暴言を吐きまくる起死回生の神、しかし心の奥底では素直に称賛していた。
相手の力量を確実に見極め、そして勝つためのシミュレーションを暗に行っていた。読み合いでは悪戯の神の圧勝するのは確実。恐らく上級神にすら届きうる才覚だ。
傘を両手に構え、もう一度悪戯の神に向かって走り出した。

先に攻撃を仕掛けたのは起死回生の神、左手の傘をランスモードに切り替え突きだしの体制に入る。

一方の悪戯の神は両腕を横に出し体ががら空きの状態で走ってきている。
悪戯と起死回生の両神の間は徐々に詰まり、腕を伸ばせば届く距離までにきた。

傘の石突きが悪戯の神の体に触れそうになると、悪戯の神は体を捻り、その勢いで全身を回転させ、そのまま回転運動を活かした頭部目掛けての回転蹴りを仕掛ける。
右手の傘を素早く左脇へ差し伸ばし開きシールドモードに切り替える。
悪戯の神の豪脚から放たれた回し蹴りは傘で防いだ。手元にまで響くその威力、防御強化しているというのにじんじん痛む。

もし、そのまま頭部へ入っていたと考えるだけで冷や汗が止まらない静也。

「神技が使えなくて不便だなぁ、起死回生の!所詮は作り物の体!不便が多いなぁ!」
『そんな奴に負けるんだが、どんな気持ちだ?渾身の一撃もこの通りが?』
「イキるなっ!最下級神如き今からぶっ殺してやる!」

悪戯の神は地面スレスレのところを水平に薙ぐような回し蹴りを放つ。起死回生の神はジャンプして躱す。悪戯の神の下からの追撃蹴り、傘に当たり押し飛ばす形になるが、確実に持ち手にはダメージがきている。痺れが出ている。
そこに目をつけた悪戯の神はどんどん盾傘に目掛けて蹴りを放つ。

ダメージは蓄積され、右手は暫く使い物にならないがスキル<傘融合>で手と一体化することで再び防御できるようになる。しかしそのせいで振動は体全体に響く。
超小型の傘は未だに飛んでいると言うのに悪戯の神の攻撃は衰えることもなく続いている。

『シズヤ、我慢してくれよ!』
「ぐぅっ…!滅茶苦茶痛いんですけど!」

体全体に響く攻撃を受け続ける静也の体は所々骨が軋み、筋肉繊維がぶちぶちと千切れていた。
常人ならば動けたとしても痛みを堪えて動くため本来の動きができるわけかないが、静也の場合、起死回生の神によって半ば強制的に動きを操作されているので問題はなかった。

「ハハハハハハ!俺と差しでやりあってここまでいけるとはな!面白いぞぉ!」

悪戯の神は笑いながら、蹴り、殴りを繰り出す。静也からすれば一種の恐怖だ。
そんなもの関係ないと言わんばかりに起死回生の神は静也の体を操作する。しかし、未だに飛んでいる傘を見ていると目が馴れていき少しだけスローに見えてきてアナウンスが聞こえる。

《スキル<洞察眼・傘>を習得しました。》

『よし!ナイスだ!これで状況は一気に有利になった!』

防御一貫の状態が一気に転じて攻撃に入る。
悪戯の神は一瞬驚きの表情を見せたが直ぐに持ち直す。
静也の体は悪戯の神の豪腕、豪脚を掻い潜りながら攻撃をする。
悪戯の神の左横腹に見事に決まった横薙ぎ、悪戯の神はくの字に曲がる。
攻撃が入ったところは青紫色になっていた。
内出血がおきている。筋肉だけではなく、内蔵にまで達した。

悪戯の神はペッと口から血を飛ばす。強がって見せているが痛みを堪えている。
悪戯の神はふるふると震えている。怒り、恐怖、静也が真っ先に思ったのはこの二つだが実際は

「ハハハハハハハ!!俺に攻撃を入れるか!面白い!面白いぞ!人間!いや、シズヤ君と後、起死回生の!ならば俺も面白いのを見せてやる!」
『俺はおまけかよ…』


悪戯の神は気を溜めている。周囲のものが彼に引き寄せられる。
石ころが彼にぶつかりそうになるも、石ころは粉砕され塵も残さず消えた。魔樹海の木々の葉や枝も彼に引き寄せられるも石ころと同じように消えた。
悪戯の神の体は徐々に膨れ、肌が褐色になっていく。こめかみから二対の角が生え、鬼のような見た目になっていた。
悪戯の神は脱力し、ゆらりゆらりと体を揺らす。すると腕に赤い紋様が流れていく。

見ているだけで心が蝕まれ、やってはいけないだろうことが頭に溢れる。
やってはいけないという理性とやりたいという本能が争い静也は悶絶していた。

『シズヤ!あれを見るな!あれは神紋、見るだけで心が侵食される!お前は耐性がないからダイレクトにくる!とりあえずあいつの角をみてろ!』

黒く艶のある鋭利な角、妖しく光を反射する。まるで宝石のようでもあり、刀のようでもある。

「ふぅ…俺が本気を出すのは何年振りだろうな…フフフ、そんなことはもうどうでもいいな!いくぞ!シズヤ君!」

黒鬼が構え、声高らかに宣言する。

静也は固唾を呑んだ。
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