傘使いの過ごす日々

あたりめ

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神殺しの刻 その5

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「ねぇ○○○○。あなたはどうしてそこまで強くあろうとするの?」

またか…おれの夢の中で囁くのは…

「そうだなぁ、おれは守りたい人を守れるようになるために強くなりたいんだ。」
「ん~?そうなの?何かと戦うために必死になっているような感じもするよ?」

俺の夢の中の女の顔はぼやけて、いくら見ても、目を凝らしてもくっきりとみえない。
ぼやけた輪郭をなぞってもその女にはならない…

「おい、○○○○、そろそろ行かねぇか?待ちに待った『五大迷宮』攻略に。」

フルプレートメイルの男もぼやけている。
懐かしい仲間たち…、だけど、誰の顔も思い出せない、はっきりしない…ぼやけて、輪郭がやはりはっきりしない…

「そうだな。行くか、そのためにここまで準備したんだからな。て言っても全部アイテムポーチに収まるからな。そこまでの大荷物にはならないわな。」
「むしろちょっと出掛けるようにしか見えないな!」
「荷物が少なすぎるかもね。忘れ物をしてない?」
「はは!荷物がアイテムポーチだけだからな、そりゃ心配にもなるわ!」

懐かしい仲間たちと談笑する。今思うだけでも楽しいのは覚えている。
あのときの俺は、剣を携え、高名な剣士、戦士として名を馳せていた。
知らない人などいないほど俺たちのクランは有名だった。

「ねぇ、○○○○…この攻略が終わったら…」
「あぁ、わかってる。あとは言わなくてもわかってる。」
「おいおい、行く前にそんなこと言うなよ?縁起でもねぇ。」
「お、おお、すまんすまん。」

おれと女はこの攻略が終わったあと結婚したんだ…幸せを築いた。誰もが羨む夫婦として。
男も攻略後、知らないところで結婚したんだったな。
楽しい記憶も徐々に薄れていく。
そこに現れたのはおれが一番愛し、一番知っているのに思い出せない女だった。


「ねぇ○○○○…教えて…あなたはどうしてそこまで強くあろうとするの?」

俺は女を神格を得てからも愛し女が死ぬまで共に生きてきた。
女は幸せそうな顔で逝ったのは覚えている。
だから、目の前にいる女は幻か、記憶の中の女か…夢の中にいるんだから、俺の夢の中の女だな…
だから俺は

「快楽を満たすためだ、それ以外にはない。そしてさっさと消えろ。お前は死んだんだ。」
「…私の中でのあなたももう死んだわ。現実はどうかは、あなたが確かめるといいわ…」
「どういうことだ?」
「さようなら…あなた…いえ………」

最後に女はおれの名前を呼んだ気をしたが。
白い世界は崩壊を迎える。それと同時に女は消えた。
悲しそうな顔をして。

―――悪戯の神side 終わり―――

静也の傘は悪戯の神の胸を貫いた。
飛び散った生暖かい鮮血は顔をつたる。
静也は間接的にとは言え、人型を殺した。その現実に静也の頭の機能は停止していた。

『シズヤ…どうしたんだ?』

起死回生の神は静也の様子がおかしいことに気づく。

「お、俺は…一体何を…俺は人を、こ、殺して、あ、ああ…うっぷ…」

手に伝わる肉を貫く感覚は吐き気を催した。
静也は自らのしてしまったことに対しの罪悪感に静也は発狂寸前だった。
静也は悪戯の神を人と言っていたのは罪悪感で脳の機能がおかしくなって神だということを忘れ人だと解釈したためだ。
すると胸を貫き心臓をつぶされたはずの悪戯の神が喘ぎ喘ぎに囁いた。

「おい、おい…シズヤくん、勝ったのに、なんで罪悪感に、苛まれて、いるんだい?」
「だって…俺は貴方を殺して…」
「そんな、ことかよ…、おれは、強いやつに殺されるなら本望、だ。それがシズヤ君、だったんだ。…本望だよ…」

今の静也には悪戯の神の言葉はとても影響力があった。

「それに、この世界じゃぁおれは、悪だ…、早めに殺しておいて…正解だったん、だぞ?」
「どうして…」
「おれは、別の世界で、生きていて…神格を得てから…とてつもなく長い時間を過ごしてきた…」

悪戯の神は自分の過去を語りだした。

「神格を得ると…寿命が人間の比でなくなるほど伸びる…不老にも、なる…。」

悪戯の神は一呼吸を置く。

「長く生きていると、飽きやすくなる…それである日、おれは罪を犯した…。なにをしたかはもう忘れた、けどね。」

カハハッと乾いた笑いを漏らす。

「そして…いつしか『悪戯の神』という、神名を得た…しかも、悪神の、位だし…な。
殺しは楽しかった…なぁ。最期に相応しい終わり方…かもしれない、な。」
『悪戯の、不本意ながらお前に感謝している。静也が強くなるきっかけをつくってくれたんだからな。』
「カハハ…それはそれは、まんまと…利用されたってわけか…カハハ、こりゃぁいいわ。一本取られたって、わけか…」

悪戯の神は徐々にその気丈さが消えていた。
静也も察していた。悪戯の神がもう直に死ぬことを。

「シズヤ君…人殺しは、確かに…いけないことだろう…でもね…このおれも、神格を得る前には状況によっては、人ごろしを、したものさ…、ぶゆうでん、じゃないよ…しにたくなかったら、やるしかない、んだよ…」

悪戯の神は目を閉じ、言葉にも気力が入ってなく、不安になる。

『安心しろ、あとは俺が何とかしてやる。』
「かはは…なら、あんしんしていけるな…。……でも、やっぱり、しにたくないなぁ…」

そう言い残すと悪戯の神は事切れた。


『死にたくないって言ったくせに、なに清々しい顔してんだか…』

静也は悪戯の神を土葬するため土を手で掘っていた。
死体をそのまま放置するとゾンビやグールになるからだそうだ。

「起死回生の神様…俺は正しかったんですか?このひとは、ただ戦いたかっただけなのではないのかと思ったんです…」

静也は土を掘る手を止めて起死回生の神に聞く。

『…お前は正しかった。ソイツは自分より弱いやつを快楽を満たすだけのオモチャとしか思ってないからな…あの村だけには治まらず他のところでも殺し回ってただろうな。』

起死回生の神は続けて言う。

『そこまで抱えるのなら、ソイツのために生きていけよ。ソイツは自分より強いやつに殺されて本望だって言っただろ。お前が負けるのを、殺されるのをソイツは望んじゃいない。』

静也は止めていた手を再び動かし、悪戯の神を土葬できる位の深さまで掘った。
悪戯の神を埋葬すると、静也は悪戯の神のいる所に手を合わせ合掌した。
その際、静也が何を思っていたのか、閉じた瞳から涙が溢れていた。


『あいつが死後の世界で、誰と会い何を話しているかなんて俺にはわからない。でも、あいつの側にいたやつと会っていることだろうよ。』

起死回生の神には悪戯の神の死ぬ間際までそばにいたひとつの魂に気づいていた。
悪戯の神が息を引き取ると同時に魂がそれに引っ張られていった。悪戯の神の魂は怯えているところか、震えてさえいなかった。
まるで長年の夫婦のような、そんなやり取りをしているような…






『シズヤ、帰りに魔物を狩るか。一軒家を買うんだろ?今のまままじゃ時間がかかるぜ。今、狩りが嫌なら、何か採取していけば良い。ここは、普通の奴じゃ到底はいりっこないからな。』

起死回生の神に言われ静也は自身が村で一軒家を買うのを目標にしていたのを思い出す。

『てか、シズヤ…、家、借りれば良いんじゃないか?』

静也はその手があったか!というような表情をして硬直した。
その様子に起死回生の神は顔を手を当て非常に呆れていた。

「家を借りるならどれくらい必要ですか?!い、今の所持金は…」

静也はその場で傘ストレージから所持金をおもむろに取りだし数え始めた。

所持金は約50万ルター、起死回生の神がいうには5000ルターで一月借りれるとのこと。
所持金が所持金なだけあって安いように感じるが、静也がいま泊っている宿は一泊60ルターなので、高くない、と思っていたが、起死回生の神いわく安すぎだそうだ。一般の宿でも一月3000ルターあたりらしいので破格の価格だそうだ。
もういっそのことあの宿で過ごそうかと思ったのだが長居しすぎるのも他の客に悪いと思い妥協した。



なんやかんやで魔樹海に棲息する魔物と遭遇するので土産に狩っていくことになった。
魔樹海の魔物は中心に行くほど強力になる。
静也が悪戯の神と交戦していた場所は魔樹海のかなり浅い場所だった。
猛ダッシュで走り魔樹海へと入りそれでも足を止めるところか緩ませることもなく走った、のにも関わらず静也の居た場所は魔樹海の浅部だった。
そう起死回生の神から聞き静也は魔樹海がどれだけ広いのか気になった。
勿論、深部へ行くつもりはないが。


「次から次へと…かなりしつこいですね…」

静也は大絶賛大量の魔物と交戦中だった。
悪戯の神と交戦したことにより戦いの基本を若干覚えて、戦闘慣れしていた。
しかし、数の暴力、物量作戦には流石に手を焼いていた。

『仕方がないさ。魔物はどいつも感覚が敏感でね、音や光、熱、魔力にさえ遠くにいても気づくからな…その場でとどまって戦い続けてもいいが、帰りが遅くなるぞ。』
「どうしたらいいんですかッ」

魔物がとびかかってきたので傘で薙ぎ一瞬で魔物をミンチへと変貌させる。

『基本は徐々に後退しながら戦うんだ、地形を利用すると良い。もしくは完全に安全な場所へと行き奥の手、まぁ魔法かなんかで一網打尽にするかだな。今のお前にできることは。』
「それじゃぁ、後退しながら安全なところまで行くことにします!」

静也が今まで行ったことのない深さの魔樹海の魔物、最浅部の魔物は小動物、小虫系が主だったが、少し進んだところでは蛇型の魔物等も増え、種類ごとに特性が違うので対処にてこずっていた。
蛇系の魔物に限らず毒を持っている魔物は小さな一撃も後々大きな後遺症を残すことになるので静也は確実に避けるか防ぐか、はたまた殺すかをしていた。
後退しながら安全地帯―魔樹海の外―に行くことにするが、魔樹海の浅部といえどこの調子でいけば2,3時間はかかるだろう距離だ。しかも魔物は増える一方なので周囲には魔物で満たされていた。

「ど、どうしましょう…囲まれてしまいました…ッらぁ!」
『どうしましょうも、こうしましょうも、ピンチだな!』
「だからどうしましょうって聞いているんですよぉ!!うおっ!」

起死回生の神は笑っていた。

『まぁ落ち着け。逃げ道はないわけではないぞ。お前ならどこを通る?』
「逃げ道は…周りは完全に、ッフ!魔物で囲まれているわけですから…ないじゃないですか!地面でも掘れっていうんですか?!」
『惜しいな。逆だ。空ががら空きだろ。幸運なことに飛行型魔物はいない、葉っぱに隠れている奴は…いないから大丈夫だ。』
「はい?!空?!俺空なんか飛べませんよ!、ッだぁ!…ジャンプしても空を飛べないのはわかりますよ?!流石に俺でも!」
『傘があんだろ。<足場作成・傘>が。作成した足場を<傘操作>で操作して飛行すればいいだろうが。』
「できるんですか?!そんなこと!『できるからいってんだろうが。』あ、そうですね。やります。」

起死回生の神の勢いに圧され静也は何も聞くことなく試し始めた。
魔法<足場作成・傘>を行使すると、思っていたところに逆さ状態の開いた傘が出現する。
それに静也は乗ると<傘操作>で浮遊させる。
できたことに感動を覚えている静也、起死回生の神は当然であるかのように見守っていた。
地面から離れていき、魔物が小さく見える。ざっと100は越えるであろう数がそこにいて静也はゾッとした。

<傘操作>で足場傘を飛行させ、静也は村まで優雅な空の旅を送っていたのだった。
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