傘使いの過ごす日々

あたりめ

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医務室

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起きた時には既に時間は夜になっていた。
ここがどこだかはしらないが、窓から覗かせる空の暗さ、星々の煌めきで夜だと気付く。
傍にはノーナが座っていた。しかも寝ながら。
椅子に座りながら寝るのは些か首に悪そうなので、俺が寝ていたベッドで寝かそうとすると、ノーナが目を覚ましてしまう。

「んお?起きたのか?シズヤ」
「それはこっちのセリフだ。…で、俺はやっぱり負けたんだな。」
「うむ、清々しい程にな。」
「その言い草お前、俺になんか恨みでもあるの?」
「はっはっは!冗談だ!半分な!」
「半分は恨んでるのね…」

月夜に覗かれながら話す二人には負けたという雰囲気を感じ取れない。

「お、起きたかシズヤ。どっか痛いところはないか?」
「ダンさん。はい、大丈夫です。」
「…おう、なら明日からも動けるな。明日からお前、俺と訓練するぞ。」
「へ?」

ダンさんの発言に俺は思わず、変な声が出てしまう。
ダンさんの話はまだ終わらない。

「持ち物は何もいらない、時間は…お前の好きな時にでも来い。訓練は受付の奴に言って俺を呼んで貰え。」
「え、えっ?え?どうしてまた。」
「…お前は強くなった。確かに、強くなった。」

突然ダンさんが話を変える。
俺は黙って聞いていた。
なぜなら、ダンさんの表情は真剣そのものだからだ。

「だが。お前は基礎がなってねぇ。寧ろ無いに等しい位、基礎がなっちゃいねぇ。だから、お前を強くする為に俺がバシバシしごいてやる。」
「えぇぇ…」
「あ、強くなったって言ったのは心の方だから慢心するなよ。」
「シズヤよ。強くなれるのならば、それに越したことは無いのでは無いか?」
「ほらよ、お前の嫁さん?彼女さんもそう言ってるぜ?」
「よ、嫁?!そ、そんな妾はまだ、そんなのでは…」
「そうですよ!俺は、そんな…」
「はっはっは!青いねぇ!」

ダンさんの発言に、俺とノーナは赤面してしまう。
別に、図星でもないのだが。
不思議と赤面するのだ。

一方で、静也とノーナの反応を見ていたダンは思った。

はよ付き合えよ。と。

「まぁ、円満しているところ悪いが話を続けるぞ。」
「円満って…わかりました。どうぞ。」
「お前を強くさせる理由は、この村の『守護者』となって貰いたいからだ。」
「はい?守護者?何ですか、それ。」
「簡単に言えば、この村の自警団のシンボル、まぁ、人によっては『英雄』と呼ぶ人もいるな。」
「はぁ…で、何故俺なんですか?」
「この村の中で、強さ、行動力、人柄。どれを取っても問題が無く、非常に優れているからだ。お前が情報屋『風』を手助けしたのは知っている。『大地の代弁者』と闘って勝ったのも知っている。」

驚いた。何故それを。
あのときいた奴等の誰かが言ったのか?だとしても、『大地の代弁者』は聞きなれない。そもそも誰だ?

「あの、『大地の代弁者』って誰ですか?」
「あ?会って無かったか?『ディーム』だよ。岩魔法使いの。」
「あぁ。会いましたね。でも、勝った、のかな…」
「何だっていいんだよ。資格は十分あるんだ。人助けにも荷担し、強者との戦いにも怯まない。それに、聞くところ、一度スタンピードを阻止したらしいじゃねぇか。しかも単身で。これはもう十分過ぎるな。」

守護者という役職の話は何となく分かったが、しかし面倒そうだ。
それに、英雄なんて柄じゃない。
俺はダンさんに断ることにした。

「すいませんダンさん。その役には就けません。俺はそんな柄じゃないんです。俺からすればダンさんの方がぴったりだと思うんですが…」
「そうか?目に見えるような問題もなく、謙虚で、んでもって実力も申し分ないお前にこそピッタリだ。俺は…いや、俺は昔ワルしたから無理なんだよなぁ、ははは。柄に合わないって言われてもなぁ。お前はもう十分有名なんだぜ?」

ダンさんがそう言うのだから間違いないのだろう。
とは言うも、薄々そんな気はしないこともなかった。

組合の以来受付を眺めていると、視線をあちらこちらから感じ取れたからだ。
最初は気のせいか、疲れているせいにしていたが、それは日に日に強くなっていた。
それが昨日までの話。

しかし、その前に引っ掛かったのは、ダンさんが俺が俺より『守護者』向いている、と言うと微妙な反応をしたところだ。
人にはそれぞれ触れられたくない過去がいくつもある。
だから、俺はあえてふれなかった。

「だからかぁ…嫌に視線を感じたのは…」
「知らんかったのか?まったく、無知と言うか、鈍感と言うか…」
「まったくだ。シズヤは妾の事未だになんとも思ったとらんからの。多分」

そんなことはない。
俺も男だ。綺麗な女性が側で居るのに何も感じないわけがない。
自分を抑え込んでいる。つまり、自制を利かせているだけで、あとは世間一般の男と何一つ変わらない。

同じ屋根の下で寝ている。それだけのことがどれだけ心を、心臓を破裂させようとするか…

俺は怖いだけだ。ノーナのような綺麗な女性と関係を持つことが。
現代社会で、俺はある固定観念を抱いていた。
付き合ってしまえば、あとは…
一種の女性恐怖症かもしれない。
だが、興味がないわけではない。むしろ、興味しかない。
前世からも、綺麗な女性と付き合えないか、とばかり夢想、幻想を抱いていた。


ノーナは笑ってはいるが、内心はそうは思ってはいない。
自分に魅力が無いのか、それとも自分のことなど眼中に無いのか。
既に誰かいるのでは…、男色なのか。

考え付く限りのことは考えるも、静也の態度はどの思考とも違っている。
それは『サキュバス・クイーン』の眼で見なくても確かなことだからだ。
そう演じている訳ではない。
種族特有スキル<劣情度数感知>というものがある。
その結果、静也は確実にノーナに劣情を抱いていることが分かる。

ノーナの方から襲うことも可能だ。
しかし、マルナ村に入ったときの騒動。
魔族はやはり野蛮だ、と言われ、静也に嫌われる、嫌われたくないと思い、行動に至っていない。


ふたりの関係はズルズルと後へ後への状態にあるため、進展がない。

そのことを二人は密かに悩んでいたのだった。
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