『声優BL』ボクはキミに夢中SeasonⅡ〜ズルい大人と、迷える羊の焦燥

義井 映日

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ボクはキミに夢中SeasonⅡ〜ズルい大人の、不文律の残響(ナイト・エコー)

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​ 金曜日、深夜24時15分。
 ラジオ局の廊下を歩く蓮(れん)の視界に、備え付けのモニターが飛び込んでくる。そこには、ドラマ『孤高の天秤』の最新話ダイジェスト。SNSのリアルタイム集計では、「榊京介」、「志摩弁護士」その名前がトレンドの頂点に君臨し続けていた。

 《志摩弁護士、冷徹すぎて痺れる》《あの短髪と眼鏡、殺人的な色気……》《今までの優しさが嘘みたい》《へぇ、あの映画の吹き替えの人?》

 画面の向こう側の熱狂は、現実の廊下まで侵食し、スタッフたちの浮ついた囁きとなって蓮の鼓膜を刺す。
​ 隣を歩く京介は、深いネイビーのVネックニットを纏い、無造作にロングコートを肩にかけている。ドラマの現場で三ピースのスーツを脱ぎ捨ててきたはずなのに、その肌からは今も、あの雨上がりのアスファルトのような、冷たく乾いたインクの香りが立ち上っていた。
​(……ねえ、京介さん。今、誰を見ているの?)
​ 今朝、キッチンで台本を読み耽る彼の背中に触れようとした際、彼は視線すら動かさず、ただ一言「……今は、触るな」とだけ告げた。
 その時、銀縁の眼鏡越しに放たれたのは、愛する者さえも「ノイズ」として排除する、絶対的な聖域の冷気だった。

​ ◆
​ 深夜24時30分。
 スタジオの防音扉が、外界の喧騒を無慈悲に遮断する。
 タブレットに流れる番組ハッシュタグは、放送開始と同時に目まぐるしい勢いで更新され始めた。

 《今夜のナイト・エコー、榊さんのビジュアル変更後、初の生放送!》《あれ?声まで変わって聞こえる》《蓮くん、今夜の榊さん怖くない?》

​ オンエアを告げる赤いランプが、脈打つように点滅を始めた。

​「……『ナイト・エコー』。今夜も、貴方の孤独の隣に。パーソナリティの、蓮(れん)です」
​「こんばんは、榊京介です。……蓮(れん)、一週間ぶりだね。……お前のその、湿り気を帯びた声。……今夜も、誰かに何かを隠しているようだ」

​ ヘッドホンを通じて脳内に直接流れ込む、京介の重厚な低音。
 (まるで直接心臓を鷲掴みにされてるみたいだ……)
 リスナーたちは《今の言い方、ゾクッとした!》《志摩弁護士が降臨してる!》と歓喜の悲鳴を上げている。彼らにとって、この変貌は最高に贅沢なエンターテインメントだ。
 けれど蓮にとっては、自分だけが知っていたはずの、彼の緩んだ目尻も、熱に浮かされた吐息も、すべてが「志摩弁護士」という巨大な虚構の下に埋没していく葬列のように思えた。
​ その時。
 テーブルの下。スタッフからの死角。京介の大きな掌が、迷いのない所作で、蓮の太ももに静かに置かれた。
 
「……っ、……あ」

​ 一瞬、放送事故に近い沈黙が流れる。
 京介は眼鏡の奥の瞳を伏せたまま、長い指先を蓮の腿(もも)に深く食い込ませ、拒絶を許さない強さでそこを「固定」した。
 家では指一本触れさせてくれないくせに、こうして数万人が聴いている電波の上でだけ、彼は残酷なまでの「熱」を持って蓮を支配しにくる。
​(……ああ、……これだ。この温度だけが、あなたがここにいる証拠なんだ)

​「……続いてのコーナーは、リスナーからの『真実の告白』。……今夜も、ドラマの反響からか、多くの悩みが届いています」

​ 蓮は、震える手でプリントを握りしめた。腿の上で、彼の指先がゆっくりと、けれど容赦なく、生地越しに肌を圧迫していく。

​「……ペンネーム、『迷える羊』さんから……っ。『愛する人が、遠くへ行ってしまう気がして……。世界中が彼を褒めるほど、私の場所がなくなっていくみたいで、苦しいです。どうすれば、あの人を繋ぎ止められますか?』……っ」
​ 蓮(れん)の声が、微かに、けれど痛切に掠れた。
 それは役者としての演技ではない。今朝、食卓を挟んで座っていた際、あまりに遠い横顔に向けて放てなかった、蓮(れん)自身の血を吐くような悲鳴そのものだった。
​ 京介は、蓮(れん)のその綻びを逃さず、ゆっくりと顔を上げた。
 眼鏡のレンズがスタジオのライトを鋭く撥ね退け、その奥の瞳が、蓮(れん)の肺の空気をすべて搾り取るように細められる。

​「……罪深い悩みだね。……けれど、『迷える羊』さん。繋ぎ止める必要なんてないんだよ。……たとえ心がどこへ行こうと、俺が、お前のこの震える喉を、……一生、離してやることはないんだから。そう思わないか?」

​ 京介の指が、蓮の腿をさらに強く掴み、己の法廷に跪かせるように引き寄せた。
 
 金曜深夜24時50分。
 タブレットの画面では、リスナーたちが《神回確定》《榊さんの独占欲がヤバい》と狂喜乱舞している。
 目の前の男も、同じように冷たく、けれど確かな掌の重みで蓮を蹂躙している。
 
(……いいですよ。あんたがどんなに世界のものになっても。その手の熱だけで、俺を飼いならし、殺し続けてくれるなら……)
​ 蓮は、溢れそうになる悦びを押し殺し、京介の視線という名の檻の中に、自ら深く、沈み込んでいった。






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