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20巻
20-2
「さすがマクベアー先輩ですね」
カイルが感心したように呟き、レイとトーマとアリスとライラも頷く。
「だから、夏休みの終盤以外はステアで鍛錬をしていると思う」
そう話すデュラント先輩に、俺はホッとする。
「僕たち、夏休みはティリアへ行くつもりなんです。学校が始まる少し前に帰ってくる予定なので、夏休み前半の日程だと嬉しいです」
新学期が始まってからだと、予定が合わせにくくなるかもしれないしなぁ。
「でも、明日や明後日だとさすがに急ですかね?」
俺がデュラント先輩の顔を窺いながら尋ねると、優しく微笑まれた。
「うちは問題ないよ。このあと、マクベアーに会いに行くから、フィル君たちの希望を伝えるよ。多分、大丈夫だと思う」
「「ありがとうございます」」
俺とカイルはペコリと頭を下げる。
「ちなみに、ステアはいつ出る予定なんだい?」
デュラント先輩の質問に、俺はチラッとレイを見た。
「えっと、荷物がまとまり次第の予定なんですけど……。ただ、支度がまだな人もいるので、早くても三日後ですかね」
俺の言葉を聞いて、シエナ先生が首を傾げる。
「準備にそんなに時間がかかるのか?」
肩をすくめたライラが、隣のレイをジロリと睨む。
「レイが旅行に持っていく服を新調したんですけど、出来上がるのが明後日らしいんですよ。それを待ってからの出立なんです」
それを聞いて、シエナ先生は目を瞬かせる。
「わざわざ新調したのか? どんな服だっていいだろう」
なんとなくそんな気がしていたけど、シエナ先生はお洒落に興味がないようだ。
シエナ先生はいつも、白衣っぽい白のロングコートに、タイトなロングワンピースという服装。
ワンピースの色や形は多少違うものの、だいたい同じ雰囲気でまとまっているんだよね。
多分、お洒落に時間をかけるのが億劫なんだろうな。
「レイ・クライス。人間、中身が大事だぞ?」
シエナ先生の指摘に、レイは反論する。
「それは、充分わかってますけど、印象も大事でしょう? フィルのお姉様やお義兄様のところに、お世話になるんですよ。ちゃんとした格好で挨拶したいじゃないですか」
「あぁ、なるほど」
デュラント先輩が相槌を打つ。彼は俺がグレスハートの王子だと知っているので、その姉と義兄がティリア皇太子夫妻を指すとわかったのだろう。
「フィル君のお姉さんのところに滞在するなら、レイ君が気にする気持ちもわかるかな」
デュラント先輩という味方を得て、レイは嬉しそうに笑った。
「そうでしょう?」
ステラ姉さんからは、『別荘だからラフな格好で構わない』と言われているんだけどな。
「レイは普段からお洒落なんだから、いつものでいいのに」
俺の呟きに、レイは首を横に振る。
「いいや! 普段着にもいろいろあるんだ。自信の持てる、勝負服で向かいたい!」
グッと拳を握るレイを見て、トーマが泣きそうな顔になる。
「どうしよう。僕、勝負服じゃない……」
俺は慌ててトーマを宥める。
「大丈夫だよ。本当に普通の服でいいから」
「ええ、レイに合わせなくていいのよ。多分、お洒落に気を使っているのには、もう一つ理由があると思うから」
ライラが隣に視線を向けると、レイはギクッと肩を震わせた。
アリスが大きな目で、レイの顔を覗き込む。
「別の理由があるの?」
「あ……それは、その……」
モゴモゴと話すレイに、ライラはズバッと指摘する。
「ティリアの市場を観光するから、お洒落しようと思ってるんでしょ」
当たっていたようで、レイは「うっ!」と言葉を詰まらせた。
「最先端の服が揃うティリアの市場だぞ。お洒落していきたいだろ。でも、一番の理由はご挨拶のためだから!」
必死に訴えるレイに、俺はくすっと笑う。
「わかっているよ」
でも、お洒落好きなレイにとっては、二番目の理由も大事なんだろうな。
自信のある服装でお出かけしたい気持ちはわかる。
すると、話を聞いていたシエナ先生が、少し身を乗り出した。
「ティリアの市場に行く予定があるのか?」
そう尋ねるシエナ先生の表情は、どこか嬉しそうだ。
鉱石研究の話をしている時以外は、いつも伏し目がちで気怠げなのに。
「市場をいろいろと見て歩く予定です」
ライラが答えると、シエナ先生は「そうか」と呟きニヤリと笑う。
俺は尋ねずにはいられなかった。
「な、なんですか。その笑顔は……」
「ちょうどいいと思ってな」
シエナ先生はそう言って、にこりと微笑む。
美人の笑顔は魅力的だ。
しかしシエナ先生の場合、笑顔に裏がありそうでちょっと怖い。
「『ちょうどいい』とは、俺たちがティリアの市場に行くことがですか?」
カイルの問いに、シエナ先生は頷く。
「ああ。お前たちが夏休みの間、ティリアへ旅行するという噂は聞いていたからな。頼みたいと思っていたことがあるんだ」
それを聞いて、デュラント先輩は呆れ顔だ。
「そのために、私についてきたんですか?」
滅多に外出しないシエナ先生が小屋に来るなんて、俺もおかしいと思っていたんだよね。
「市場に行く時間がないようなら諦めるつもりだったが、行くのならちょうどいいだろう?」
そう返したシエナ先生に向かって、カイルは真面目な顔で言う。
「面倒ごとではないですよね? 俺は『フィル様が事件に巻き込まれないようにする』という夏休みの目標を掲げているんです。シエナ先生の頼みであっても、内容によってはお断りしなくてはなりません」
「「「「「おお……!」」」」」
頼もしい台詞に、俺とレイとトーマとライラとアリスは感嘆の声を漏らした。
俺なんかは、感動のあまり小さく手を叩いたほどだ。
シエナ先生はムッと眉根を寄せる。
「面倒ごとではない。頼みたいのは、ただの買い物だ」
「お使いですか?」
俺が目を瞬かせると、シエナ先生はコクリと頷く。
「ティリアの市場の外れで、ひと月ほど鉱石市をやるそうなんだ。そこで、いろいろ仕入れてきてもらいたい」
「えぇ! 鉱石市!?」
俺はシエナ先生に向かって身を乗り出した。
シエナ先生がニヤリと笑う。
「各国から集まった鉱石や、鉱石に関する書物などが売られているぞ。フィルは特に興味があるだろう?」
「興味があります!」
俺が元気よく答えると、カイルのため息が聞こえた。
ごめん、カイル。
リスク回避をしてもらったのに申し訳ないが、これは魅力的すぎるお願いだよ。
ライラはチラッとカイルを気にしつつ、シエナ先生に言う。
「私も、興味があります。鉱石市が開催されるのは、とても珍しいですもんね」
鉱石は上手に扱えば、火を熾したり、水を出したりできる、魔法のように便利なアイテム。
しかしその威力は弱く、発動時間も短いということで、一般的には役に立たないものだと認識されている。
持続時間を延ばすアイテムも研究されつつあるけれど、まだ商品化には至っていないんだよね。
「そうだ。このあたりで鉱石市が開催されるのは、五年ぶりくらいだな。前はフォリア王国の村でやったんだ。なかなか見られない鉱石もあって、楽しかった」
そう話すシエナ先生の声は、いつになく弾んでいる。
デュラント先輩は不思議そうに首を傾げた。
「楽しかったなら、シエナ先生がいらっしゃればよろしいのでは? 学校もお休みですし、論文の提出も終えたばかりですよね?」
確かに。楽しかったなら普通は自分で行くよね。
俺たちはシエナ先生をじーっと見つめて、回答を待つ。
シエナ先生はフイッと顔をそらし、ボソッと答えた。
「出かけたくない」
場にしばしの沈黙が落ちた。デュラント先輩は困り顔で言う。
「シエナ先生、そんな理由で生徒にお使いを頼むのはちょっと……」
背けていた顔をデュラント先輩に向け、シエナ先生が訴える。
「だから、フィルたちが市場に行く予定がなかったら諦めていたさ。……仕方がないだろう。前回開催した場所はフォリア王国の村だったから耐えられたが、今回はティリアだぞ? 色が溢れかえるティリアの町と、たくさんの煌びやかな人間たち。想像するだけで、疲れる。辛い」
実際に想像してしまったのか、げんなりとした顔つきだ。
ティリアの町って、そんなに色鮮やかなのか。
まぁ、シエナ先生って、いつも茶色系でまとめた部屋に一人でこもりっきりだからなぁ。
人混みは、辛いかもしれない。
面倒ごとは避けたいが……もともとティリアの市場を訪ねる予定は入っていたし、鉱石市にも行ってみたいしなぁ。
チラリとカイルの顔を窺うと、彼はため息を吐いて頷いた。
レイとトーマとアリスとライラも、俺の意を汲んでくれたのかコクリと頷く。
俺は皆に感謝を込めて微笑み、それからシエナ先生に言う。
「そんなに辛いなら、僕たちでお使いしてきますよ」
渋い顔をしていたシエナ先生は、それを聞いてぱぁっと表情を明るくした。
「そうか! さすがだな! 二年間私から鉱石学を学び、鉱石クラブに在籍するだけはある! 偉いぞ!」
そんなに人の多い場所に出かけるのが嫌なのか。
渾身のレポートを書いた時でさえ、こんなに褒められたことはない。
すっかりご機嫌になったシエナ先生を見て、デュラント先輩が聞いてくる。
「フィル君たち無理していない? 断ってもいいんだからね?」
「デュラント先輩……!」
俺たちが優しい言葉に感動していると、シエナ先生はムッとした顔をする。
「ライオネル。せっかく引き受けてくれたのに、余計なことを言うな」
「生徒は教師からのお願いを断りにくいから、念のためですよ」
デュラント先輩はそう言って、上品な微笑を浮かべる。
二人のやり取りを見ていると、どちらが年上かわからなくなるんだよなぁ。
「鉱石市には興味があるので、お使いは構いません。でも、どういった品を買ってくればいいんですか?」
俺が聞くと、デュラント先輩を睨んでいたシエナ先生が、こちらに顔を向けた。
「お前たちが気になったものを適当に買ってきてくれればいい」
俺たちは驚いて、目を瞬かせる。
「気になったものを適当に……ですか?」
「鉱石の種類とか、書物の内容とか、指定もないんですか?」
「僕たちにおまかせで大丈夫ですか?」
俺とアリスとトーマが確認すると、シエナ先生は頷く。
「皆、私が持っている鉱石や書物の類は、把握しているだろう? フィルやカイルやアリスは希少な鉱石を見極める能力を持っているし、トーマは面白い書物を見つける力がある。ライラは商人の目で変わった商品を探してきてくれるだろう」
すると、レイが自分を指して叫んだ。
「俺への期待はないんですか!?」
シエナ先生は思い出した顔で、「ああ」と声を漏らす。
「レイは運がいいから、それを期待している」
他のメンバーが個々人の能力なのに、レイは運なのか。
しかし、彼は嬉しそうにガッツポーズを作った。
「よし! 俺もシエナ先生に期待してもらえてる!」
……レイがいいなら、いいか。
シエナ先生の期待に応えられるかわからないけど、俺もいいもの見つけたいな。
鉱石市に行くのが、今から楽しみだ。
2
テレーズ女王陛下から招待状を受け取った翌日。
マクベアー先輩のスケジュールが空いていたので、三人でステア王城に行くことになった。
只今、俺とカイルとマクベアー先輩は、デュラント先輩が手配してくれた馬車に乗って、お城に向かっている。
目立つことが苦手な俺に気を使ってくれたのか、馬車は貴族用の中でも装飾が控えめだった。
それでも、寮の前に迎えが到着した時、生徒たちはちょっとざわついていたけどね。
帰省で寮生が減っている時でよかった。
馬車に揺られながら、俺の対面ではマクベアー先輩が襟元をいじっている。
今回はプライベートな招待なので、平服でいいと言われていた。
だが、礼服とまではいかないものの、ある程度フォーマルな格好でなくてはいけない。
マクベアー先輩は普段、シャツの襟元のボタンは外しているから、違和感があるんだろうな。
「デュラント先輩に会いに王城に行く時は、こういう格好をしないんですか?」
王族と騎士家、身分は違うが二人は幼馴染み。
シエナ先生のように、マクベアー先輩も外出ができないデュラント先輩の話し相手として王家に招かれていたんだよね。
よく王城にも訪れると聞いていたが、その時は平服ではないんだろうか。
俺の疑問に、マクベアー先輩は襟元を触りながら答える。
「ライオネルの部屋で話すだけだからな。普段着で許してもらっている。入る時も裏門が多い。この前、フィルやカイルと一緒に通った門だ」
あっちの入口からか。
前回、俺とカイルがステア王城に来たのは、アルメテロス探索の時。
王城の古い図書室にある避難経路から、アルメティ神殿に行けるということで、城を訪れたのだ。
その時点では、アルメテロス探索の件は、デュラント先輩のご家族にはまだ内緒だったんだよね。
だから、人気のない真夜中に裏門からこっそり入城したのである。
あの時は、こうして昼間に、お城の正門から入る日が来ると思わなかったなぁ。
他国のお城見学、楽しみだ。ワクワクが止まらない。
馬車の小さい窓から外を見ると、ステア王城の正門が大きくなってきた。
王城の正門の前には堀があり、大きな跳ね橋がかかっている。
夜になると橋につながれた鋼鉄の太い鎖に引かれて橋は上がり、渡れなくなるのだ。
橋の手前には兵士が数名いた。彼らの前で一旦馬車が止まり、馭者と何か話している。
やがて入城の許可がおりたのか、再び馬車が動き出した。
それと同時に、橋の向こう側にある城門の大きな両扉がゆっくりと開いた。
城門を潜り、石畳の道を進む。
道は曲がりくねっており、馬車一台が通れるくらいの狭さだ。
古いお城は、防御の観点からこうして侵入者が入りにくい造りをしていることが多い。
ステアもお城の建設時は、要塞としての役割を求められていたのかもしれないな。
馬車が城の玄関部分で停車した。
扉を開けて外に出ると、衛兵と一緒にデュラント先輩とセオドア殿下が立っていた。
王子様自ら、俺たちを出迎えてくれるなんて。
「いらっしゃい」
「ようこそステア王城に」
デュラント先輩とセオドア殿下が、馬車を降りた俺たちに微笑む。
俺とカイルは二人に向かって、お辞儀した。
「お招きありがとうございます」
「ありがとうございます」
マクベアー先輩はステア王国の騎士家の子息らしく敬礼をする。
「招待いただきありがとうございます」
それを見て、デュラント先輩とセオドア殿下は笑う。
「かしこまった姿のマクベアーは久々に見るね」
「いつもみたいに普段着で来ると思ったよ」
そう言われて、マクベアー先輩は頭を掻く。
「女王陛下からのご招待で、普段着はさすがに……」
困った様子を見せる彼に、デュラント先輩はくすっと笑った。
「マクベアーもお祖母様に会うのは久しぶりだもんね」
「三人が来るのを、皆が楽しみに待っているよ。さあ、案内しよう」
セオドア殿下の案内で、俺たちは城内へ足を踏み入れた。
やはり昼間の城内は、前回とは雰囲気が違うな。
窓から入る光で、城内はとても明るかった。壁の色や、天井の装飾の細部までよく見える。
前はゆっくり見学するどころではなかったからなぁ。嬉しい。
俺は失礼のない程度に、さりげなくあたりを見回す。
天井には白い漆喰細工が施されている。
細やかな彫刻がなされた装飾は、植物をモチーフにしているようだ。
茎の曲線と花の模様が絡み合って、優美でいてどこか可愛らしい印象を受ける。
正門がある南側の内装から推察するに、こちらは新しく改装されているのかも。
前回見た裏門側――北側の建物は、ステア王国建国初期の建築のようで、重厚感ある内装だったんだよね。
歴史を感じられる内装も素敵だったけど、こっちの明るくて柔らかい感じも好きだなぁ。
どこか、テレーズ女王陛下の印象と重なる。
廊下の窓から見える中庭も、とても素敵だ。
丸く整えられた低木と、青々とした芝生。それから色とりどりの草花が咲いている。
奥にある白いドーム型のガゼボには、白いベンチにクッションが置かれていて、気軽に休憩できるようになっているみたいだ。
あそこに座って、のんびりできたら気持ちよさそう。
そんなことを考えながら歩いていると、先頭を歩いていたセオドア殿下が通路を右に曲がった。
マクベアー先輩がその後ろを追いながら、ボソッと呟く。
「あれ、今日は謁見の間じゃないのか」
それが聞こえたのか、デュラント先輩が顔だけ振り返って微笑む。
「フィル君もカイル君もマクベアーも、堅苦しいのは苦手だろう? だから、今回は私たちの家族の間にしたんだ」
お城の中にはだいたい、政治的なことに使われる公的なスペースと、王家の方々が使う居住スペースがある。
すごい。通常なら、家族以外では親戚や親しい友人だけしか通されることのないプライぺート空間に入れてくれるのか。
俺たちへの気遣いが、とてもありがたい。
しばらく進むと、二人の近衛兵が両開きの扉のサイドに立っているのが見えた。
近衛兵は俺たちを視認して部屋の中に向かい、到着を告げてから戻ってくる。そして、扉を開けた。
まず正面に暖炉が見えた。
今は夏なので火は入っていないが、三つの頭の鳥が彫刻された重厚感のある暖炉だ。
その右側には、白に金の模様が入ったローテーブルと、それを挟んで花柄の布が張られた長椅子が二台置かれている。
そんなテーブルセットの手前に、ステア王室の皆さんが横一列で並んでいた。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「「お招きありがとうございます」」
マクベアー先輩に続いて挨拶して、俺とカイルはお辞儀をする。
「招待に応じてくれてどうもありがとう。会えて嬉しいわ」
テレーズ女王陛下はそう言って、俺たちに微笑する。
相変わらず可憐な微笑みだなぁ。
魔法使いみたいな容姿のゼイノス中等部学校長と、同年代だというのだから驚きだ。
「今日は話ができるのを楽しみにしていたよ」
そう言うマイラス皇太子に、俺はにこっと笑う。
「僕も楽しみにしていました」
マイラス皇太子は嬉しそうに笑い返してくれた。
デュラント先輩は、お父さんと似ているんだよね。
一見クールそうに見えて、笑うと途端に優しい印象になるところが一緒。
マイラス皇太子の隣にいた女性が笑みを浮かべた。
「アンヌです。ライオネルから、いつもあなた方の話は聞いていますわ」
この方が、デュラント先輩のお母さんかぁ。
涼やかな顔立ちで、とても綺麗で知的な雰囲気がある人だ。
ダークブラウンの髪をロールアップにまとめている。
俺はアンヌ皇太子妃に向き直って、頭を下げた。
「はじめまして。よろしくお願いします」
それにしてもデュラント先輩、ご家族にどんな話をしているんだろう。気になる。
そして、その隣にいるのが二番目のお兄さんのイグナシス殿下か。
肩につかないくらいの長さの髪を、短く一つに縛っている。
細い黒縁のスクエア型のメガネをクイッと上げ、彼はジッと俺とカイルを見つめた。
「はじめまして、イグナシスだ。君が噂のフィル君で、隣が従者のカイル君か、会うのを楽しみにしていたよ」
う、噂の!? デュラント先輩、本当になんの話をしているのぉ。
心配する俺に、デュラント先輩は笑顔を見せる。
「フィル君とカイル君とは、一緒にクラブ活動をしていたし、行事の協力もしてもらっているからね。話題に出す機会が多いんだよ。だけど、安心して。私が感動したことや、感心させられたことを話しているだけだよ。陰口とか悪い内容じゃないから」
デュラント先輩は陰口を叩くような人ではないと思っているけど……。
どんな内容なのかが気になる。
セオドア殿下がクスクスと笑って、弟の話を肯定する。
「ライオネルが言っているのは、本当だよ。前にフィル君に話したことがあるだろう? ライオネルはフィル君のことばかり話すって。多分、それと同じように、君たちについて話しているんだよ」
あぁ、そういえば、セオドア殿下に聞いたことがあるな。
セオドア殿下は国外の公務に出ていたり、デュラント先輩は寮に入っていたりで、会って話す機会が少ないという。
数少ない機会で会うたびに、俺の話題が出るみたいなんだよね。
デュラント先輩が俺のことを、『自分の知識の及ばないことを考え出す、とても興味深い子』で『優しくて、傍にいると居心地がいい』って言っていたと教えてくれた。
「フィル様だけではなく、俺のことも話題に上がっているんですか?」
自分を指さすカイルに、セオドア殿下は頷く。
カイルが感心したように呟き、レイとトーマとアリスとライラも頷く。
「だから、夏休みの終盤以外はステアで鍛錬をしていると思う」
そう話すデュラント先輩に、俺はホッとする。
「僕たち、夏休みはティリアへ行くつもりなんです。学校が始まる少し前に帰ってくる予定なので、夏休み前半の日程だと嬉しいです」
新学期が始まってからだと、予定が合わせにくくなるかもしれないしなぁ。
「でも、明日や明後日だとさすがに急ですかね?」
俺がデュラント先輩の顔を窺いながら尋ねると、優しく微笑まれた。
「うちは問題ないよ。このあと、マクベアーに会いに行くから、フィル君たちの希望を伝えるよ。多分、大丈夫だと思う」
「「ありがとうございます」」
俺とカイルはペコリと頭を下げる。
「ちなみに、ステアはいつ出る予定なんだい?」
デュラント先輩の質問に、俺はチラッとレイを見た。
「えっと、荷物がまとまり次第の予定なんですけど……。ただ、支度がまだな人もいるので、早くても三日後ですかね」
俺の言葉を聞いて、シエナ先生が首を傾げる。
「準備にそんなに時間がかかるのか?」
肩をすくめたライラが、隣のレイをジロリと睨む。
「レイが旅行に持っていく服を新調したんですけど、出来上がるのが明後日らしいんですよ。それを待ってからの出立なんです」
それを聞いて、シエナ先生は目を瞬かせる。
「わざわざ新調したのか? どんな服だっていいだろう」
なんとなくそんな気がしていたけど、シエナ先生はお洒落に興味がないようだ。
シエナ先生はいつも、白衣っぽい白のロングコートに、タイトなロングワンピースという服装。
ワンピースの色や形は多少違うものの、だいたい同じ雰囲気でまとまっているんだよね。
多分、お洒落に時間をかけるのが億劫なんだろうな。
「レイ・クライス。人間、中身が大事だぞ?」
シエナ先生の指摘に、レイは反論する。
「それは、充分わかってますけど、印象も大事でしょう? フィルのお姉様やお義兄様のところに、お世話になるんですよ。ちゃんとした格好で挨拶したいじゃないですか」
「あぁ、なるほど」
デュラント先輩が相槌を打つ。彼は俺がグレスハートの王子だと知っているので、その姉と義兄がティリア皇太子夫妻を指すとわかったのだろう。
「フィル君のお姉さんのところに滞在するなら、レイ君が気にする気持ちもわかるかな」
デュラント先輩という味方を得て、レイは嬉しそうに笑った。
「そうでしょう?」
ステラ姉さんからは、『別荘だからラフな格好で構わない』と言われているんだけどな。
「レイは普段からお洒落なんだから、いつものでいいのに」
俺の呟きに、レイは首を横に振る。
「いいや! 普段着にもいろいろあるんだ。自信の持てる、勝負服で向かいたい!」
グッと拳を握るレイを見て、トーマが泣きそうな顔になる。
「どうしよう。僕、勝負服じゃない……」
俺は慌ててトーマを宥める。
「大丈夫だよ。本当に普通の服でいいから」
「ええ、レイに合わせなくていいのよ。多分、お洒落に気を使っているのには、もう一つ理由があると思うから」
ライラが隣に視線を向けると、レイはギクッと肩を震わせた。
アリスが大きな目で、レイの顔を覗き込む。
「別の理由があるの?」
「あ……それは、その……」
モゴモゴと話すレイに、ライラはズバッと指摘する。
「ティリアの市場を観光するから、お洒落しようと思ってるんでしょ」
当たっていたようで、レイは「うっ!」と言葉を詰まらせた。
「最先端の服が揃うティリアの市場だぞ。お洒落していきたいだろ。でも、一番の理由はご挨拶のためだから!」
必死に訴えるレイに、俺はくすっと笑う。
「わかっているよ」
でも、お洒落好きなレイにとっては、二番目の理由も大事なんだろうな。
自信のある服装でお出かけしたい気持ちはわかる。
すると、話を聞いていたシエナ先生が、少し身を乗り出した。
「ティリアの市場に行く予定があるのか?」
そう尋ねるシエナ先生の表情は、どこか嬉しそうだ。
鉱石研究の話をしている時以外は、いつも伏し目がちで気怠げなのに。
「市場をいろいろと見て歩く予定です」
ライラが答えると、シエナ先生は「そうか」と呟きニヤリと笑う。
俺は尋ねずにはいられなかった。
「な、なんですか。その笑顔は……」
「ちょうどいいと思ってな」
シエナ先生はそう言って、にこりと微笑む。
美人の笑顔は魅力的だ。
しかしシエナ先生の場合、笑顔に裏がありそうでちょっと怖い。
「『ちょうどいい』とは、俺たちがティリアの市場に行くことがですか?」
カイルの問いに、シエナ先生は頷く。
「ああ。お前たちが夏休みの間、ティリアへ旅行するという噂は聞いていたからな。頼みたいと思っていたことがあるんだ」
それを聞いて、デュラント先輩は呆れ顔だ。
「そのために、私についてきたんですか?」
滅多に外出しないシエナ先生が小屋に来るなんて、俺もおかしいと思っていたんだよね。
「市場に行く時間がないようなら諦めるつもりだったが、行くのならちょうどいいだろう?」
そう返したシエナ先生に向かって、カイルは真面目な顔で言う。
「面倒ごとではないですよね? 俺は『フィル様が事件に巻き込まれないようにする』という夏休みの目標を掲げているんです。シエナ先生の頼みであっても、内容によってはお断りしなくてはなりません」
「「「「「おお……!」」」」」
頼もしい台詞に、俺とレイとトーマとライラとアリスは感嘆の声を漏らした。
俺なんかは、感動のあまり小さく手を叩いたほどだ。
シエナ先生はムッと眉根を寄せる。
「面倒ごとではない。頼みたいのは、ただの買い物だ」
「お使いですか?」
俺が目を瞬かせると、シエナ先生はコクリと頷く。
「ティリアの市場の外れで、ひと月ほど鉱石市をやるそうなんだ。そこで、いろいろ仕入れてきてもらいたい」
「えぇ! 鉱石市!?」
俺はシエナ先生に向かって身を乗り出した。
シエナ先生がニヤリと笑う。
「各国から集まった鉱石や、鉱石に関する書物などが売られているぞ。フィルは特に興味があるだろう?」
「興味があります!」
俺が元気よく答えると、カイルのため息が聞こえた。
ごめん、カイル。
リスク回避をしてもらったのに申し訳ないが、これは魅力的すぎるお願いだよ。
ライラはチラッとカイルを気にしつつ、シエナ先生に言う。
「私も、興味があります。鉱石市が開催されるのは、とても珍しいですもんね」
鉱石は上手に扱えば、火を熾したり、水を出したりできる、魔法のように便利なアイテム。
しかしその威力は弱く、発動時間も短いということで、一般的には役に立たないものだと認識されている。
持続時間を延ばすアイテムも研究されつつあるけれど、まだ商品化には至っていないんだよね。
「そうだ。このあたりで鉱石市が開催されるのは、五年ぶりくらいだな。前はフォリア王国の村でやったんだ。なかなか見られない鉱石もあって、楽しかった」
そう話すシエナ先生の声は、いつになく弾んでいる。
デュラント先輩は不思議そうに首を傾げた。
「楽しかったなら、シエナ先生がいらっしゃればよろしいのでは? 学校もお休みですし、論文の提出も終えたばかりですよね?」
確かに。楽しかったなら普通は自分で行くよね。
俺たちはシエナ先生をじーっと見つめて、回答を待つ。
シエナ先生はフイッと顔をそらし、ボソッと答えた。
「出かけたくない」
場にしばしの沈黙が落ちた。デュラント先輩は困り顔で言う。
「シエナ先生、そんな理由で生徒にお使いを頼むのはちょっと……」
背けていた顔をデュラント先輩に向け、シエナ先生が訴える。
「だから、フィルたちが市場に行く予定がなかったら諦めていたさ。……仕方がないだろう。前回開催した場所はフォリア王国の村だったから耐えられたが、今回はティリアだぞ? 色が溢れかえるティリアの町と、たくさんの煌びやかな人間たち。想像するだけで、疲れる。辛い」
実際に想像してしまったのか、げんなりとした顔つきだ。
ティリアの町って、そんなに色鮮やかなのか。
まぁ、シエナ先生って、いつも茶色系でまとめた部屋に一人でこもりっきりだからなぁ。
人混みは、辛いかもしれない。
面倒ごとは避けたいが……もともとティリアの市場を訪ねる予定は入っていたし、鉱石市にも行ってみたいしなぁ。
チラリとカイルの顔を窺うと、彼はため息を吐いて頷いた。
レイとトーマとアリスとライラも、俺の意を汲んでくれたのかコクリと頷く。
俺は皆に感謝を込めて微笑み、それからシエナ先生に言う。
「そんなに辛いなら、僕たちでお使いしてきますよ」
渋い顔をしていたシエナ先生は、それを聞いてぱぁっと表情を明るくした。
「そうか! さすがだな! 二年間私から鉱石学を学び、鉱石クラブに在籍するだけはある! 偉いぞ!」
そんなに人の多い場所に出かけるのが嫌なのか。
渾身のレポートを書いた時でさえ、こんなに褒められたことはない。
すっかりご機嫌になったシエナ先生を見て、デュラント先輩が聞いてくる。
「フィル君たち無理していない? 断ってもいいんだからね?」
「デュラント先輩……!」
俺たちが優しい言葉に感動していると、シエナ先生はムッとした顔をする。
「ライオネル。せっかく引き受けてくれたのに、余計なことを言うな」
「生徒は教師からのお願いを断りにくいから、念のためですよ」
デュラント先輩はそう言って、上品な微笑を浮かべる。
二人のやり取りを見ていると、どちらが年上かわからなくなるんだよなぁ。
「鉱石市には興味があるので、お使いは構いません。でも、どういった品を買ってくればいいんですか?」
俺が聞くと、デュラント先輩を睨んでいたシエナ先生が、こちらに顔を向けた。
「お前たちが気になったものを適当に買ってきてくれればいい」
俺たちは驚いて、目を瞬かせる。
「気になったものを適当に……ですか?」
「鉱石の種類とか、書物の内容とか、指定もないんですか?」
「僕たちにおまかせで大丈夫ですか?」
俺とアリスとトーマが確認すると、シエナ先生は頷く。
「皆、私が持っている鉱石や書物の類は、把握しているだろう? フィルやカイルやアリスは希少な鉱石を見極める能力を持っているし、トーマは面白い書物を見つける力がある。ライラは商人の目で変わった商品を探してきてくれるだろう」
すると、レイが自分を指して叫んだ。
「俺への期待はないんですか!?」
シエナ先生は思い出した顔で、「ああ」と声を漏らす。
「レイは運がいいから、それを期待している」
他のメンバーが個々人の能力なのに、レイは運なのか。
しかし、彼は嬉しそうにガッツポーズを作った。
「よし! 俺もシエナ先生に期待してもらえてる!」
……レイがいいなら、いいか。
シエナ先生の期待に応えられるかわからないけど、俺もいいもの見つけたいな。
鉱石市に行くのが、今から楽しみだ。
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テレーズ女王陛下から招待状を受け取った翌日。
マクベアー先輩のスケジュールが空いていたので、三人でステア王城に行くことになった。
只今、俺とカイルとマクベアー先輩は、デュラント先輩が手配してくれた馬車に乗って、お城に向かっている。
目立つことが苦手な俺に気を使ってくれたのか、馬車は貴族用の中でも装飾が控えめだった。
それでも、寮の前に迎えが到着した時、生徒たちはちょっとざわついていたけどね。
帰省で寮生が減っている時でよかった。
馬車に揺られながら、俺の対面ではマクベアー先輩が襟元をいじっている。
今回はプライベートな招待なので、平服でいいと言われていた。
だが、礼服とまではいかないものの、ある程度フォーマルな格好でなくてはいけない。
マクベアー先輩は普段、シャツの襟元のボタンは外しているから、違和感があるんだろうな。
「デュラント先輩に会いに王城に行く時は、こういう格好をしないんですか?」
王族と騎士家、身分は違うが二人は幼馴染み。
シエナ先生のように、マクベアー先輩も外出ができないデュラント先輩の話し相手として王家に招かれていたんだよね。
よく王城にも訪れると聞いていたが、その時は平服ではないんだろうか。
俺の疑問に、マクベアー先輩は襟元を触りながら答える。
「ライオネルの部屋で話すだけだからな。普段着で許してもらっている。入る時も裏門が多い。この前、フィルやカイルと一緒に通った門だ」
あっちの入口からか。
前回、俺とカイルがステア王城に来たのは、アルメテロス探索の時。
王城の古い図書室にある避難経路から、アルメティ神殿に行けるということで、城を訪れたのだ。
その時点では、アルメテロス探索の件は、デュラント先輩のご家族にはまだ内緒だったんだよね。
だから、人気のない真夜中に裏門からこっそり入城したのである。
あの時は、こうして昼間に、お城の正門から入る日が来ると思わなかったなぁ。
他国のお城見学、楽しみだ。ワクワクが止まらない。
馬車の小さい窓から外を見ると、ステア王城の正門が大きくなってきた。
王城の正門の前には堀があり、大きな跳ね橋がかかっている。
夜になると橋につながれた鋼鉄の太い鎖に引かれて橋は上がり、渡れなくなるのだ。
橋の手前には兵士が数名いた。彼らの前で一旦馬車が止まり、馭者と何か話している。
やがて入城の許可がおりたのか、再び馬車が動き出した。
それと同時に、橋の向こう側にある城門の大きな両扉がゆっくりと開いた。
城門を潜り、石畳の道を進む。
道は曲がりくねっており、馬車一台が通れるくらいの狭さだ。
古いお城は、防御の観点からこうして侵入者が入りにくい造りをしていることが多い。
ステアもお城の建設時は、要塞としての役割を求められていたのかもしれないな。
馬車が城の玄関部分で停車した。
扉を開けて外に出ると、衛兵と一緒にデュラント先輩とセオドア殿下が立っていた。
王子様自ら、俺たちを出迎えてくれるなんて。
「いらっしゃい」
「ようこそステア王城に」
デュラント先輩とセオドア殿下が、馬車を降りた俺たちに微笑む。
俺とカイルは二人に向かって、お辞儀した。
「お招きありがとうございます」
「ありがとうございます」
マクベアー先輩はステア王国の騎士家の子息らしく敬礼をする。
「招待いただきありがとうございます」
それを見て、デュラント先輩とセオドア殿下は笑う。
「かしこまった姿のマクベアーは久々に見るね」
「いつもみたいに普段着で来ると思ったよ」
そう言われて、マクベアー先輩は頭を掻く。
「女王陛下からのご招待で、普段着はさすがに……」
困った様子を見せる彼に、デュラント先輩はくすっと笑った。
「マクベアーもお祖母様に会うのは久しぶりだもんね」
「三人が来るのを、皆が楽しみに待っているよ。さあ、案内しよう」
セオドア殿下の案内で、俺たちは城内へ足を踏み入れた。
やはり昼間の城内は、前回とは雰囲気が違うな。
窓から入る光で、城内はとても明るかった。壁の色や、天井の装飾の細部までよく見える。
前はゆっくり見学するどころではなかったからなぁ。嬉しい。
俺は失礼のない程度に、さりげなくあたりを見回す。
天井には白い漆喰細工が施されている。
細やかな彫刻がなされた装飾は、植物をモチーフにしているようだ。
茎の曲線と花の模様が絡み合って、優美でいてどこか可愛らしい印象を受ける。
正門がある南側の内装から推察するに、こちらは新しく改装されているのかも。
前回見た裏門側――北側の建物は、ステア王国建国初期の建築のようで、重厚感ある内装だったんだよね。
歴史を感じられる内装も素敵だったけど、こっちの明るくて柔らかい感じも好きだなぁ。
どこか、テレーズ女王陛下の印象と重なる。
廊下の窓から見える中庭も、とても素敵だ。
丸く整えられた低木と、青々とした芝生。それから色とりどりの草花が咲いている。
奥にある白いドーム型のガゼボには、白いベンチにクッションが置かれていて、気軽に休憩できるようになっているみたいだ。
あそこに座って、のんびりできたら気持ちよさそう。
そんなことを考えながら歩いていると、先頭を歩いていたセオドア殿下が通路を右に曲がった。
マクベアー先輩がその後ろを追いながら、ボソッと呟く。
「あれ、今日は謁見の間じゃないのか」
それが聞こえたのか、デュラント先輩が顔だけ振り返って微笑む。
「フィル君もカイル君もマクベアーも、堅苦しいのは苦手だろう? だから、今回は私たちの家族の間にしたんだ」
お城の中にはだいたい、政治的なことに使われる公的なスペースと、王家の方々が使う居住スペースがある。
すごい。通常なら、家族以外では親戚や親しい友人だけしか通されることのないプライぺート空間に入れてくれるのか。
俺たちへの気遣いが、とてもありがたい。
しばらく進むと、二人の近衛兵が両開きの扉のサイドに立っているのが見えた。
近衛兵は俺たちを視認して部屋の中に向かい、到着を告げてから戻ってくる。そして、扉を開けた。
まず正面に暖炉が見えた。
今は夏なので火は入っていないが、三つの頭の鳥が彫刻された重厚感のある暖炉だ。
その右側には、白に金の模様が入ったローテーブルと、それを挟んで花柄の布が張られた長椅子が二台置かれている。
そんなテーブルセットの手前に、ステア王室の皆さんが横一列で並んでいた。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「「お招きありがとうございます」」
マクベアー先輩に続いて挨拶して、俺とカイルはお辞儀をする。
「招待に応じてくれてどうもありがとう。会えて嬉しいわ」
テレーズ女王陛下はそう言って、俺たちに微笑する。
相変わらず可憐な微笑みだなぁ。
魔法使いみたいな容姿のゼイノス中等部学校長と、同年代だというのだから驚きだ。
「今日は話ができるのを楽しみにしていたよ」
そう言うマイラス皇太子に、俺はにこっと笑う。
「僕も楽しみにしていました」
マイラス皇太子は嬉しそうに笑い返してくれた。
デュラント先輩は、お父さんと似ているんだよね。
一見クールそうに見えて、笑うと途端に優しい印象になるところが一緒。
マイラス皇太子の隣にいた女性が笑みを浮かべた。
「アンヌです。ライオネルから、いつもあなた方の話は聞いていますわ」
この方が、デュラント先輩のお母さんかぁ。
涼やかな顔立ちで、とても綺麗で知的な雰囲気がある人だ。
ダークブラウンの髪をロールアップにまとめている。
俺はアンヌ皇太子妃に向き直って、頭を下げた。
「はじめまして。よろしくお願いします」
それにしてもデュラント先輩、ご家族にどんな話をしているんだろう。気になる。
そして、その隣にいるのが二番目のお兄さんのイグナシス殿下か。
肩につかないくらいの長さの髪を、短く一つに縛っている。
細い黒縁のスクエア型のメガネをクイッと上げ、彼はジッと俺とカイルを見つめた。
「はじめまして、イグナシスだ。君が噂のフィル君で、隣が従者のカイル君か、会うのを楽しみにしていたよ」
う、噂の!? デュラント先輩、本当になんの話をしているのぉ。
心配する俺に、デュラント先輩は笑顔を見せる。
「フィル君とカイル君とは、一緒にクラブ活動をしていたし、行事の協力もしてもらっているからね。話題に出す機会が多いんだよ。だけど、安心して。私が感動したことや、感心させられたことを話しているだけだよ。陰口とか悪い内容じゃないから」
デュラント先輩は陰口を叩くような人ではないと思っているけど……。
どんな内容なのかが気になる。
セオドア殿下がクスクスと笑って、弟の話を肯定する。
「ライオネルが言っているのは、本当だよ。前にフィル君に話したことがあるだろう? ライオネルはフィル君のことばかり話すって。多分、それと同じように、君たちについて話しているんだよ」
あぁ、そういえば、セオドア殿下に聞いたことがあるな。
セオドア殿下は国外の公務に出ていたり、デュラント先輩は寮に入っていたりで、会って話す機会が少ないという。
数少ない機会で会うたびに、俺の話題が出るみたいなんだよね。
デュラント先輩が俺のことを、『自分の知識の及ばないことを考え出す、とても興味深い子』で『優しくて、傍にいると居心地がいい』って言っていたと教えてくれた。
「フィル様だけではなく、俺のことも話題に上がっているんですか?」
自分を指さすカイルに、セオドア殿下は頷く。
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