114 / 376
8巻
8-2
しおりを挟む
「商家のトリスタン家独自のルートを使えば、輸送は可能なはずだ。輸送に関してグレスハートと独占契約を結ぶことは、トリスタン家にとっても悪くない話だと思う。そんなわけで、私はこのままティリアに滞在し、ドルガドと交渉しなければならないんだよ。備蓄に関する時期や数量についても、細かく取り決めを行う必要があるし……」
忙しくて大変だという顔で、アルフォンス兄さんはため息をつく。
我が兄ながら、何て抜け目のない人だ。いったい、いつそんな計画を立てたんだか。
呆気にとられる俺に、アンリ義兄さんは真面目な顔で言う。
「アルフォンス殿下からその話を伺った時は、私もとても驚きました。ですが、同盟内容としてはドルガドにとって悪いものではありません。ディルグレッド国王は、おそらくこの話を受けるでしょう」
アルフォンス兄さんも、アンリ義兄さんに向かって悠然と頷いた。
「ええ。私もそう思います。答えは保留とされましたが、国王としてすぐ了承するのは憚られただけのこと。間もなく連絡が来るでしょう。父上もこれで私が黙って国を出たことを、大目に見てくださるんじゃないかと思います」
大目に見るっていうか、そうせざるを得ない状況にアルフォンス兄さんが持っていっただけでしょう。もしかして向こう三ヶ月の公務を終わらせてきたのって、こっちに居座る可能性も考えてのことだったのか?
俺とカイルはチラリとお互いの顔を見合わせ、兄のそら恐ろしさにゴクリと喉を鳴らす。
そんな俺たちの気持ちを知ってか知らずか、アルフォンス兄さんはご機嫌な様子だ。
「ティリアって、ステアにもドルガドにも近いからいいよね」
……まさか、ここからステアに来る気じゃあるまいな。
にこにこと微笑むアルフォンス兄さんに、とりあえず釘を刺しておくことにした。
「卒業生としてうちの学校に来ないでくださいね。目立ちますから」
「ええっ! 駄目かい? こっそりでも?」
ショックを受けるアルフォンス兄さんに、俺は大きく頷いた。
カイルはアルフォンス兄さんから視線を逸らし、言いにくそうに口を開く。
「そうですね。アルフォンス様は、こっそりできる方ではありませんし……」
「私も、ステラが許してくれると思えません」
カイルに続いて、アンリ義兄さんは困った顔で俺に味方した。
俺たちの反対にあって、アルフォンス兄さんはがっくりと肩を落とす。そして牧場に到着するまでの間、「何とかフィルと会える方法はないかな」などとブツブツと呟いていた。
……ブラコンさえなけりゃ、優秀な人なんだけどなぁ。
車内でそんな会話をしているうちに、牧場へと到着した。
羊車を降りてすぐ、柵越しに見えるモコモコの出迎えに俺は歓喜した。
「うわっ! すごいティルン羊の群れ!」
一頭でもすごいのに、百頭以上もいると圧巻としか言いようがない。
この中に飛び込んでも、きっと怪我しないだろうなぁ。
柵の近くのティルン羊をモフモフと撫でながら、俺は妄想を膨らませる。
【はじめてぇ見る顔だぁ】
【ほんとうだぁ】
のんびりとした口調で話すティルン羊たちは、こちらを見て「ムームー」と鳴いている。コクヨウが近くに来ても、怖がる様子はなかった。
コクヨウは気を抑えていても、もともとの力が強すぎるために抑えきれず、動物を怖がらせてしまうことがある。もし今回もそうなったら、控えさせようと思っていた。しかし、それは杞憂だったみたいだ。
【黒い狼、はじめて見たぁ。よろしくぅ】
そう言って、俺が抱いているコクヨウに顔を寄せた。
コクヨウはその顔を、前足で押さえる。
【よろしくしてやるから、顔を寄せるな】
コクヨウも初対面からこういう反応をされたことはないのか、ちょっと戸惑っている様子だ。
俺はそんなコクヨウたちの姿に、くすくすと笑う。
「ティルン羊って、あんまり物怖じしないんですね」
アンリ義兄さんに尋ねると、彼は口角を少し上げて頷く。
「ええ。ティルン羊の毛は古の時代から重宝され、大事に守られてきました。それゆえ、脅威というものに大変疎い動物なんです。国で管理しているのも、人間や肉食獣、怪我などから守る意味もあるんですよ」
動物は本能で危機回避を行うものだが、それがほとんどないというのはとても珍しい。危険が迫っていても気がつかないってことだもんな。それは周りの人が、よく見て、注意してあげてないと心配だ。
「さぁ、他にも見せたいところがあるんですよ。参りましょう」
アンリ義兄さんの案内で、ティルン羊の食事風景やブラッシング、刈り取った毛が織物工場へと運ばれていく過程を見学した。
刈り取る職人さんの技は、実に見事だったな。羊が大人しいのもあるだろうが、ティルン羊がボーッと目の前の景色を眺めている間に、すごい速さで刈っていた。数センチ毛を残して鋏を入れるのが、ティルン羊に怪我をさせることなく、ストレスをかけないコツなんだそうだ。
そんな見学を終え、太陽が真上に来た頃、アンリ義兄さんが俺たちを振り返った。
「お腹は空いていませんか? 昼食としましょう。カイル、君もおいで。フィル殿下の友人として、一緒に昼食を食べよう」
そう言って、後ろに控えていたカイルにも声をかけた。
「もったいないお言葉です。しかし、従者である私が同席するのは……」
カイルが遠慮しているので、俺は駆け寄ってその背中を押す。
「行こうカイル。カイルは僕の従者だけど、友達でしょ」
俺がそう言って微笑むと、カイルは少しはにかんで「はい」と頷いた。
アンリ義兄さんが昼食に選んでくれた場所は、牧場の近くのテラス席だった。なだらかな傾斜に木製デッキが作られており、牧場が見渡せるようになっている。
「今の時期は、ティルンチーズが食べ頃なんです。別荘の食事に出しても良かったのですが、この牧場で食べるのが一番良いと思いまして」
アンリ義兄さんは、そう言って薄く微笑む。
見た目がちょっと無骨なアンリ義兄さんではあるが、細やかな気配りをしてくれる人だ。
「ティルンチーズということは、ティルン羊の羊乳から作られたのですか?」
俺が尋ねると、アンリ義兄さんは頷く。
「昨年に作ったものです。事前に味を確認しましたが、良い出来ですよ」
ティルン羊のチーズかぁ。国で管理されているティルン羊のチーズなら、相当貴重だ。
先ほど、大事に育てられている姿を見ているから、より一層そう思う。
運ばれてきたティルンチーズは、作り方が違うのか二種類あった。
一つはハードチーズ、もう一つはソフトチーズだ。
皿にはチーズのみだったから、まずはそのまま試食ということだろう。
俺は早速口に入れる。
「美味しい!」
ハードチーズには塩気があり、その中に旨味とコクを感じる。
ソフトチーズのほうは甘みがあった。先ほどのハードチーズがあっさりめなら、こっちはこってりとした味だ。
「同じティルンチーズなのに、味わいが全然違いますね」
驚くカイルに、俺は同意した。
元は同じものなのに、これだけ変わるなんて不思議だ。
感心している俺の前に、ティルンチーズを使ったいろいろな料理が並べられる。
削ったチーズが、ふんだんにかけられているサラダ。これはチーズに塩気とコクがあるので、オイルだけで充分完成された料理だった。
チーズをのせたバゲットにはちみつがかかっているのも格別だったし、肉にチーズソースがかかっているのも良かった。
このティルンチーズは、一般的な羊のものよりとても旨味が強い。
「料理によって味わいが変わるのがいいね。山羊のチーズのようなくせも酸味もないし、芸術的な美味しさだ」
美味しい料理を食べるとグルメ評論家みたいになるアルフォンス兄さんも、納得の味らしい。
テーブルの下のコクヨウが、俺の足をテシテシと叩いた。
うちのグルメ王もおかわりが欲しいのか。さっき、バゲットをあげたばかりなのに……。
俺がチーズののったバゲットを再びあげると、コクヨウはあっという間に平らげる。
【濃厚で美味い】
ペロリと食べるその様子は、呆れるけれど可愛かった。
確かに、この濃厚さは特別かもしれない。
「フィル殿下。もしよければ、お土産に差し上げましょう」
アンリ義兄さんの申し出に、俺は目を丸くした。
「本当ですか?」
「ええ、対抗戦の交流会では、私もフィル殿下考案の美味しいカレーをいただきましたから。料理することがお好きなんですよね? どうぞお役立てください」
「ありがとうございます! ……持って帰ったら、きっとレイたち喜ぶね」
俺が隣にいるカイルにこそっと耳打ちすると、カイルは小さく噴き出した。
「また食べ過ぎるんじゃないですか? だけど、フィル様の料理、俺も食べたいです」
そんなに期待されると、張り切らないわけにはいかないな。
「何にしようかなぁ。パスタとかピザは、当然美味しいだろうし……」
あれこれ考えていると、アルフォンス兄さんが恨めしそうにこちらを見ていた。
「フィルの手料理、食べたいなぁ……」
「今夜、別荘の厨房を借りて作ってあげますから……」
俺は困った兄さんだなと、眉を下げて笑った。
2
ティリアの別荘での休暇を終えた俺とカイルは、ステラ姉さんたちに別れを告げ、シリルを迎えに再びドルガドへ戻ってきた。
「この邸宅で間違いないようですね」
カイルがシリルに描いてもらった地図を確認しながら、目の前の邸宅を仰ぎ見る。
シリルのお父さんは、ドルガドの英雄と呼ばれるほど有名な、剣豪グレイソン・オルコットだ。
さすが英雄の家らしく、騎士家の中でも特に大きいみたいだ。規模で言えば、中級貴族の家と同等レベルかもしれない。
レイが「ドルガドは他の国とは少し違っていて、貴族よりも騎士のほうが立場的に強いんだ」と言っていたが、そういうのも関係しているんだろうか。
俺たちが門の衛兵に名乗ると、すぐさまメイドがやって来て中へと案内される。
メイドについて行きながら、俺は邸内を見渡した。
大きさは貴族の邸宅と一緒でも、中はさすが武人の家だ。
屋外には弓の射的場や、試合を行えそうな広場があり、打ち込みに使う木製人形が置いてある。その奥には、屋内用の訓練施設まであった。
そして屋外・屋内どちらにも、鍛錬している人が十数人ほどいる。
オルコット家とどういう関係なのかはわからないが、子供から大人まで年齢は様々で、男性女性関係なく鍛錬を行っていた。誰もが真剣で、その姿は鬼気迫るほどだ。
どれだけストイックに鍛えたら、あんなに筋骨隆々な姿になれるんだろう。
俺じゃ無理だなぁ。カイルは興味あるかもしれないけど……。
屋内訓練施設の横を通りながら、そんなことを思って後ろを振り返る。
すると、すぐ後ろにいたはずのカイルが、足を止めて訓練風景に見入っていた。その目は、眩しいほどにキラキラしている。
ディルグレッド国王にドルガド王立学校への転入を勧められた時、最終的には断ったが、一瞬揺らいでいたもんな。
実際、ドルガド王立学校は武術に力を入れているから、鍛錬好きなカイルにはピッタリなのだ。
断ったことを後悔しないか確認したら、「ステアには獣人の俺を受け入れてくれた恩義がありますから、ドルガドに行ったりはしませんよ。それに俺は、フィル様をお支えするのが第一ですから」って言っていたが……。
今の輝く目を見ていると、不安になってくる。
「あの人たちは、どういった方々ですか?」
先を歩くメイドに俺が尋ねると、彼女は俺たちのところまで戻ってきて教えてくれた。
「ご当主グレイソン様に師事したいと、各国からいらっしゃっている方たちです。グレイソン様は剣豪であり、ディルグレッド国王陛下の右腕とも言われている素晴らしいお方ですから……。忙しいため直接稽古を見る機会は少ないのですが、それでも良いと言う方が多いのですよ。ほとんどの方は街に宿をとって通われておりますが、住み込みの方もいらっしゃいます」
「そうなんですか」
頷いて、もう一度訓練場に目を向けると、その中に見知った顔を発見した。
あれは……ドルガドの対抗戦メンバーの少年、ミカ・ベルジャンだ。
剣術戦でステアとドルガドが対戦した時、シリルと戦って負けた彼は木刀で無差別に人を傷つけようとした。
怪我人が出る前に俺が止めたけど、ミカに対して何も処罰しないというわけにはいかない。
そこでステアとドルガドの対抗戦メンバー同士でミカの処遇について話し合い、探索戦のメンバーから外すことで収まったのだ。
その話し合い以降、俺もカイルもミカに会っていなかった。ドルガドの対抗戦メンバー主将であり、シリルの兄でもあるディーンの話では、寮の自室で謹慎しているということだったが……。
ミカは俺たちに気がついて、少しバツの悪そうな顔をした後、こちらへとやって来た。
「君たちが来るとシリルから聞いていたけど、会うとは思わなかったな」
ミカから自然にシリルの名前が出てきて、俺は少し驚いた。彼が起こした事件は、シリルへの憎悪も関係していたからだ。
今はステアの中等部に在籍しているシリルだが、初等部はドルガド王立学校に通っていた。
当時、優秀な兄に引け目を感じていたシリルに、優秀な弟がいるミカは仲間意識を持っていたらしい。だからこそ、留学して今を自由に過ごすシリルに憎しみを抱いたようだ。
確かに、剣術戦後の話し合いでミカも反省し、二人のわだかまりも解けたみたいに見えたけど……。
そっか、二人で会話できるまでになったのか……。
そんな普通のことが、とても嬉しかった。もともと仲は良かったのだし、シリルもミカのことを尊敬する先輩の一人だと思っていたそうだから。
「ステアに帰るんだよね? シリルを迎えに来たの?」
ミカに尋ねられて、俺とカイルは頷く。
「じゃあ、僕が案内してあげるよ。君たちに話したいこともあるし……」
ミカはメイドに一言、二言、話をして案内を引き受け、俺たちについて来るよう目で促す。
俺とカイルは、黙ってミカの後に続いた。
それにしても、どうしてミカがオルコット家にいるんだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。ミカは俺たちの横に並んで、チラリとこちらを見た。
「学校や寮以外の時間は、オルコット家に通ってるんだ。ディーン先輩の口利きで、グレイソン様に師事している」
「そうなんだ」
俺たちが頷くと、ミカは少し間を置いて告げる。
「……僕、家を出たんだ」
「え!?」
俺とカイルは、目を見開く。
ミカはベルジャン子爵家の長男だが、両親はミカの弟を跡継ぎにと考えていた。
そんな両親に自分の存在を認めてもらいたいがために、対抗戦で行き過ぎた行動をしてしまったのだ。
剣術戦の事件後、父親から「息子でも何でもない。出て行け」と言われていたけど、まさか……。
俺がミカの顔を窺うと、彼は微かに笑って首を振った。
「自分の意思だよ。まぁ、出て行かなくても、追い出されるのは時間の問題だったけどね。ただ、そのまま放り出すのは外聞が悪いと思ったのか、学校は卒業させてくれるらしい。本当にありがたい話だよね」
皮肉めいた口調はミカらしかったが、毒気は感じられなかった。少し遠い目をして、他人事のように話す。
「……感謝しているんだ。あの時、僕のことなんか放っておいたっていいのに、皆で考えてくれただろう? 僕は自分の行動が、周りに……国にどう影響するかなんて考えられなかった。自分を強く見せることにいっぱいいっぱいで、味方なんていないと思っていた。家を出て、冷静になって、自分はとんでもないことをやってしまったんだって、ようやく理解できたよ」
ミカは拳を震わせて、苦しそうに唇を噛む。
「迷惑をかけた皆には……改めて謝罪したい。だけど、まだ自分は心が弱いから、精神的に鍛え直してから謝罪に行きたいんだ。その時は……君たちに……ステアの対抗戦メンバーに会いに行ってもいいかな?」
不安に揺れる目で、ミカは俺たちを窺い見る。
「待ってるよ」
俺とカイルが頷くと、ミカは安堵したのか気の抜けた顔で笑う。
その時、ディーンとシリルの兄弟がこちらに歩いてきた。
「あ……フィル君、カイル君」
ディーンとシリルは、俺たちとミカが一緒にいることに驚いた様子だ。
「ディーン先輩、シリル君の客人をお連れしました」
ミカはそう言って、俺たちやディーンとシリルに深くお辞儀をして去っていく。
次に会う時は、もっと笑顔が見たいな。
そう思いながら、俺はミカの背中を見送った。
ディーンもそんなミカを見て、それから俺に目を向ける。
「何か話したか?」
「近況をちょっと。改めて謝罪に来てくれるそうです」
そう言うと、ディーンは短く「そうか」とだけ呟いた。
「それで、シリルはもうステアに行く準備できてる?」
俺が聞くと、シリルは俺たちに向かって手を合わせた。
「フィル君、カイル君。ごめん。家を出る前に父さんに挨拶をしたいんだ。父さんもフィル君たちと会いたいって言ってたんだけど、いいかな?」
シリルが申し訳なさそうに言うので、俺とカイルは快諾する。
「良かった。客間で待っててくれる? すぐ呼んでくるから」
シリルは微笑んで、廊下を走っていった。
え、客間で待っててって、ここまで案内してくれたメイドもミカもいなくなっちゃったんだけど。
もしかして……。
そう思って、チラリとディーンを見ると、彼は眉をひそめたまま呟いた。
「ついて来い」
そう言って、ツカツカと歩きだす。俺たちはその後ろを慌ててついて行った。
気のせいかな? 何だかディーン、不機嫌じゃないか?
対抗戦ではちょっと仲良くなったと思ったのに、ツンツンディーンに戻っている。
案内された客間は、大型動物の巨大な牙や角などが壁に飾られていた。剣豪の邸宅らしく、なかなかワイルドな装飾である。
メイドが淹れてくれたお茶を飲んで、俺は無言に耐えられずディーンに話しかけた。
「さっき二人で仲良く歩いてきたってことは、シリルとちゃんとお話ができたんですね?」
そう言ってニコッと微笑むと、ディーンは不機嫌そうな眉をピクリと動かした。
「確かに、いろいろなことをシリルと話した」
「おぉ、それは良かったです」
安堵したのも束の間、ディーンにキッと睨まれる。
「俺がかけた重圧で、シリルは精神的に追い詰められたこと。シリルの体格が、ドルガドの剣技に合っていないということ。ステアにはワルズ先生という良い教師がいること。フィル・テイラやカイル・グラバーは、優れた剣士であると同時に素晴らしい友人たちであること。さらに、フィル・テイラやその仲間たちは、自分の悩みに親身になってくれ、尊敬すべき人物であること」
一気に言い終えて、ディーンは大きく息を吸い込んで吐く。
「えっと……シリルにそう言ってもらえて、嬉しいです」
ディーンの勢いに呆気にとられつつ返事をした。
すると、ディーンは眉間に深いしわを作った。
「昔はシリルの尊敬する剣士は父上か俺だった。だが、久々にシリルに聞いてみたら、ことごとくお前たちに関する話だった!」
そう言って、ディーンは不愉快とばかりに腕組みする。
「あー……フィル様、これってあれですね」
カイルに囁かれて、俺はコクリと頷いて小声で返す。
「シリルと仲が良い僕たちに嫉妬してるね」
「何ボソボソと話をしている」
不機嫌さを隠さないディーンを、俺はどう宥めようかと考える。
「シリルはお兄さんのことを尊敬していますよ。ですので、僕たちに嫉妬する必要はなく……」
そう言うと、ディーンは訝しげな顔をした。
「嫉妬? 何を言っている」
「え、だから、シリルが僕たちと仲がいいから、ヤキモチを焼いてるんじゃないんですか?」
どう考えても、ディーンの感情はそれだろう。
だが、ディーンは意味がわからないと言いたげに眉をひそめる。
「馬鹿を言うな。何で俺がヤキモチを焼かなくてはならないんだ。ただ単に、面白くないだけだ」
フンと鼻息をつくディーンに、俺とカイルは呆気にとられる。
それを世間一般では、ヤキモチって言うんだよ。無自覚かっ!
ツッコミを入れたいが、自覚してないんだから理解してくれないだろう。
ディーンが弟を大事に思っていることはわかったけど、シリルはまだまだ苦労しそうだ。
俺はカイルと顔を見合わせて、ため息をつく。
その時、客間の扉が開き、シリルとシリルのお父さんが部屋に入ってきた。
忙しくて大変だという顔で、アルフォンス兄さんはため息をつく。
我が兄ながら、何て抜け目のない人だ。いったい、いつそんな計画を立てたんだか。
呆気にとられる俺に、アンリ義兄さんは真面目な顔で言う。
「アルフォンス殿下からその話を伺った時は、私もとても驚きました。ですが、同盟内容としてはドルガドにとって悪いものではありません。ディルグレッド国王は、おそらくこの話を受けるでしょう」
アルフォンス兄さんも、アンリ義兄さんに向かって悠然と頷いた。
「ええ。私もそう思います。答えは保留とされましたが、国王としてすぐ了承するのは憚られただけのこと。間もなく連絡が来るでしょう。父上もこれで私が黙って国を出たことを、大目に見てくださるんじゃないかと思います」
大目に見るっていうか、そうせざるを得ない状況にアルフォンス兄さんが持っていっただけでしょう。もしかして向こう三ヶ月の公務を終わらせてきたのって、こっちに居座る可能性も考えてのことだったのか?
俺とカイルはチラリとお互いの顔を見合わせ、兄のそら恐ろしさにゴクリと喉を鳴らす。
そんな俺たちの気持ちを知ってか知らずか、アルフォンス兄さんはご機嫌な様子だ。
「ティリアって、ステアにもドルガドにも近いからいいよね」
……まさか、ここからステアに来る気じゃあるまいな。
にこにこと微笑むアルフォンス兄さんに、とりあえず釘を刺しておくことにした。
「卒業生としてうちの学校に来ないでくださいね。目立ちますから」
「ええっ! 駄目かい? こっそりでも?」
ショックを受けるアルフォンス兄さんに、俺は大きく頷いた。
カイルはアルフォンス兄さんから視線を逸らし、言いにくそうに口を開く。
「そうですね。アルフォンス様は、こっそりできる方ではありませんし……」
「私も、ステラが許してくれると思えません」
カイルに続いて、アンリ義兄さんは困った顔で俺に味方した。
俺たちの反対にあって、アルフォンス兄さんはがっくりと肩を落とす。そして牧場に到着するまでの間、「何とかフィルと会える方法はないかな」などとブツブツと呟いていた。
……ブラコンさえなけりゃ、優秀な人なんだけどなぁ。
車内でそんな会話をしているうちに、牧場へと到着した。
羊車を降りてすぐ、柵越しに見えるモコモコの出迎えに俺は歓喜した。
「うわっ! すごいティルン羊の群れ!」
一頭でもすごいのに、百頭以上もいると圧巻としか言いようがない。
この中に飛び込んでも、きっと怪我しないだろうなぁ。
柵の近くのティルン羊をモフモフと撫でながら、俺は妄想を膨らませる。
【はじめてぇ見る顔だぁ】
【ほんとうだぁ】
のんびりとした口調で話すティルン羊たちは、こちらを見て「ムームー」と鳴いている。コクヨウが近くに来ても、怖がる様子はなかった。
コクヨウは気を抑えていても、もともとの力が強すぎるために抑えきれず、動物を怖がらせてしまうことがある。もし今回もそうなったら、控えさせようと思っていた。しかし、それは杞憂だったみたいだ。
【黒い狼、はじめて見たぁ。よろしくぅ】
そう言って、俺が抱いているコクヨウに顔を寄せた。
コクヨウはその顔を、前足で押さえる。
【よろしくしてやるから、顔を寄せるな】
コクヨウも初対面からこういう反応をされたことはないのか、ちょっと戸惑っている様子だ。
俺はそんなコクヨウたちの姿に、くすくすと笑う。
「ティルン羊って、あんまり物怖じしないんですね」
アンリ義兄さんに尋ねると、彼は口角を少し上げて頷く。
「ええ。ティルン羊の毛は古の時代から重宝され、大事に守られてきました。それゆえ、脅威というものに大変疎い動物なんです。国で管理しているのも、人間や肉食獣、怪我などから守る意味もあるんですよ」
動物は本能で危機回避を行うものだが、それがほとんどないというのはとても珍しい。危険が迫っていても気がつかないってことだもんな。それは周りの人が、よく見て、注意してあげてないと心配だ。
「さぁ、他にも見せたいところがあるんですよ。参りましょう」
アンリ義兄さんの案内で、ティルン羊の食事風景やブラッシング、刈り取った毛が織物工場へと運ばれていく過程を見学した。
刈り取る職人さんの技は、実に見事だったな。羊が大人しいのもあるだろうが、ティルン羊がボーッと目の前の景色を眺めている間に、すごい速さで刈っていた。数センチ毛を残して鋏を入れるのが、ティルン羊に怪我をさせることなく、ストレスをかけないコツなんだそうだ。
そんな見学を終え、太陽が真上に来た頃、アンリ義兄さんが俺たちを振り返った。
「お腹は空いていませんか? 昼食としましょう。カイル、君もおいで。フィル殿下の友人として、一緒に昼食を食べよう」
そう言って、後ろに控えていたカイルにも声をかけた。
「もったいないお言葉です。しかし、従者である私が同席するのは……」
カイルが遠慮しているので、俺は駆け寄ってその背中を押す。
「行こうカイル。カイルは僕の従者だけど、友達でしょ」
俺がそう言って微笑むと、カイルは少しはにかんで「はい」と頷いた。
アンリ義兄さんが昼食に選んでくれた場所は、牧場の近くのテラス席だった。なだらかな傾斜に木製デッキが作られており、牧場が見渡せるようになっている。
「今の時期は、ティルンチーズが食べ頃なんです。別荘の食事に出しても良かったのですが、この牧場で食べるのが一番良いと思いまして」
アンリ義兄さんは、そう言って薄く微笑む。
見た目がちょっと無骨なアンリ義兄さんではあるが、細やかな気配りをしてくれる人だ。
「ティルンチーズということは、ティルン羊の羊乳から作られたのですか?」
俺が尋ねると、アンリ義兄さんは頷く。
「昨年に作ったものです。事前に味を確認しましたが、良い出来ですよ」
ティルン羊のチーズかぁ。国で管理されているティルン羊のチーズなら、相当貴重だ。
先ほど、大事に育てられている姿を見ているから、より一層そう思う。
運ばれてきたティルンチーズは、作り方が違うのか二種類あった。
一つはハードチーズ、もう一つはソフトチーズだ。
皿にはチーズのみだったから、まずはそのまま試食ということだろう。
俺は早速口に入れる。
「美味しい!」
ハードチーズには塩気があり、その中に旨味とコクを感じる。
ソフトチーズのほうは甘みがあった。先ほどのハードチーズがあっさりめなら、こっちはこってりとした味だ。
「同じティルンチーズなのに、味わいが全然違いますね」
驚くカイルに、俺は同意した。
元は同じものなのに、これだけ変わるなんて不思議だ。
感心している俺の前に、ティルンチーズを使ったいろいろな料理が並べられる。
削ったチーズが、ふんだんにかけられているサラダ。これはチーズに塩気とコクがあるので、オイルだけで充分完成された料理だった。
チーズをのせたバゲットにはちみつがかかっているのも格別だったし、肉にチーズソースがかかっているのも良かった。
このティルンチーズは、一般的な羊のものよりとても旨味が強い。
「料理によって味わいが変わるのがいいね。山羊のチーズのようなくせも酸味もないし、芸術的な美味しさだ」
美味しい料理を食べるとグルメ評論家みたいになるアルフォンス兄さんも、納得の味らしい。
テーブルの下のコクヨウが、俺の足をテシテシと叩いた。
うちのグルメ王もおかわりが欲しいのか。さっき、バゲットをあげたばかりなのに……。
俺がチーズののったバゲットを再びあげると、コクヨウはあっという間に平らげる。
【濃厚で美味い】
ペロリと食べるその様子は、呆れるけれど可愛かった。
確かに、この濃厚さは特別かもしれない。
「フィル殿下。もしよければ、お土産に差し上げましょう」
アンリ義兄さんの申し出に、俺は目を丸くした。
「本当ですか?」
「ええ、対抗戦の交流会では、私もフィル殿下考案の美味しいカレーをいただきましたから。料理することがお好きなんですよね? どうぞお役立てください」
「ありがとうございます! ……持って帰ったら、きっとレイたち喜ぶね」
俺が隣にいるカイルにこそっと耳打ちすると、カイルは小さく噴き出した。
「また食べ過ぎるんじゃないですか? だけど、フィル様の料理、俺も食べたいです」
そんなに期待されると、張り切らないわけにはいかないな。
「何にしようかなぁ。パスタとかピザは、当然美味しいだろうし……」
あれこれ考えていると、アルフォンス兄さんが恨めしそうにこちらを見ていた。
「フィルの手料理、食べたいなぁ……」
「今夜、別荘の厨房を借りて作ってあげますから……」
俺は困った兄さんだなと、眉を下げて笑った。
2
ティリアの別荘での休暇を終えた俺とカイルは、ステラ姉さんたちに別れを告げ、シリルを迎えに再びドルガドへ戻ってきた。
「この邸宅で間違いないようですね」
カイルがシリルに描いてもらった地図を確認しながら、目の前の邸宅を仰ぎ見る。
シリルのお父さんは、ドルガドの英雄と呼ばれるほど有名な、剣豪グレイソン・オルコットだ。
さすが英雄の家らしく、騎士家の中でも特に大きいみたいだ。規模で言えば、中級貴族の家と同等レベルかもしれない。
レイが「ドルガドは他の国とは少し違っていて、貴族よりも騎士のほうが立場的に強いんだ」と言っていたが、そういうのも関係しているんだろうか。
俺たちが門の衛兵に名乗ると、すぐさまメイドがやって来て中へと案内される。
メイドについて行きながら、俺は邸内を見渡した。
大きさは貴族の邸宅と一緒でも、中はさすが武人の家だ。
屋外には弓の射的場や、試合を行えそうな広場があり、打ち込みに使う木製人形が置いてある。その奥には、屋内用の訓練施設まであった。
そして屋外・屋内どちらにも、鍛錬している人が十数人ほどいる。
オルコット家とどういう関係なのかはわからないが、子供から大人まで年齢は様々で、男性女性関係なく鍛錬を行っていた。誰もが真剣で、その姿は鬼気迫るほどだ。
どれだけストイックに鍛えたら、あんなに筋骨隆々な姿になれるんだろう。
俺じゃ無理だなぁ。カイルは興味あるかもしれないけど……。
屋内訓練施設の横を通りながら、そんなことを思って後ろを振り返る。
すると、すぐ後ろにいたはずのカイルが、足を止めて訓練風景に見入っていた。その目は、眩しいほどにキラキラしている。
ディルグレッド国王にドルガド王立学校への転入を勧められた時、最終的には断ったが、一瞬揺らいでいたもんな。
実際、ドルガド王立学校は武術に力を入れているから、鍛錬好きなカイルにはピッタリなのだ。
断ったことを後悔しないか確認したら、「ステアには獣人の俺を受け入れてくれた恩義がありますから、ドルガドに行ったりはしませんよ。それに俺は、フィル様をお支えするのが第一ですから」って言っていたが……。
今の輝く目を見ていると、不安になってくる。
「あの人たちは、どういった方々ですか?」
先を歩くメイドに俺が尋ねると、彼女は俺たちのところまで戻ってきて教えてくれた。
「ご当主グレイソン様に師事したいと、各国からいらっしゃっている方たちです。グレイソン様は剣豪であり、ディルグレッド国王陛下の右腕とも言われている素晴らしいお方ですから……。忙しいため直接稽古を見る機会は少ないのですが、それでも良いと言う方が多いのですよ。ほとんどの方は街に宿をとって通われておりますが、住み込みの方もいらっしゃいます」
「そうなんですか」
頷いて、もう一度訓練場に目を向けると、その中に見知った顔を発見した。
あれは……ドルガドの対抗戦メンバーの少年、ミカ・ベルジャンだ。
剣術戦でステアとドルガドが対戦した時、シリルと戦って負けた彼は木刀で無差別に人を傷つけようとした。
怪我人が出る前に俺が止めたけど、ミカに対して何も処罰しないというわけにはいかない。
そこでステアとドルガドの対抗戦メンバー同士でミカの処遇について話し合い、探索戦のメンバーから外すことで収まったのだ。
その話し合い以降、俺もカイルもミカに会っていなかった。ドルガドの対抗戦メンバー主将であり、シリルの兄でもあるディーンの話では、寮の自室で謹慎しているということだったが……。
ミカは俺たちに気がついて、少しバツの悪そうな顔をした後、こちらへとやって来た。
「君たちが来るとシリルから聞いていたけど、会うとは思わなかったな」
ミカから自然にシリルの名前が出てきて、俺は少し驚いた。彼が起こした事件は、シリルへの憎悪も関係していたからだ。
今はステアの中等部に在籍しているシリルだが、初等部はドルガド王立学校に通っていた。
当時、優秀な兄に引け目を感じていたシリルに、優秀な弟がいるミカは仲間意識を持っていたらしい。だからこそ、留学して今を自由に過ごすシリルに憎しみを抱いたようだ。
確かに、剣術戦後の話し合いでミカも反省し、二人のわだかまりも解けたみたいに見えたけど……。
そっか、二人で会話できるまでになったのか……。
そんな普通のことが、とても嬉しかった。もともと仲は良かったのだし、シリルもミカのことを尊敬する先輩の一人だと思っていたそうだから。
「ステアに帰るんだよね? シリルを迎えに来たの?」
ミカに尋ねられて、俺とカイルは頷く。
「じゃあ、僕が案内してあげるよ。君たちに話したいこともあるし……」
ミカはメイドに一言、二言、話をして案内を引き受け、俺たちについて来るよう目で促す。
俺とカイルは、黙ってミカの後に続いた。
それにしても、どうしてミカがオルコット家にいるんだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。ミカは俺たちの横に並んで、チラリとこちらを見た。
「学校や寮以外の時間は、オルコット家に通ってるんだ。ディーン先輩の口利きで、グレイソン様に師事している」
「そうなんだ」
俺たちが頷くと、ミカは少し間を置いて告げる。
「……僕、家を出たんだ」
「え!?」
俺とカイルは、目を見開く。
ミカはベルジャン子爵家の長男だが、両親はミカの弟を跡継ぎにと考えていた。
そんな両親に自分の存在を認めてもらいたいがために、対抗戦で行き過ぎた行動をしてしまったのだ。
剣術戦の事件後、父親から「息子でも何でもない。出て行け」と言われていたけど、まさか……。
俺がミカの顔を窺うと、彼は微かに笑って首を振った。
「自分の意思だよ。まぁ、出て行かなくても、追い出されるのは時間の問題だったけどね。ただ、そのまま放り出すのは外聞が悪いと思ったのか、学校は卒業させてくれるらしい。本当にありがたい話だよね」
皮肉めいた口調はミカらしかったが、毒気は感じられなかった。少し遠い目をして、他人事のように話す。
「……感謝しているんだ。あの時、僕のことなんか放っておいたっていいのに、皆で考えてくれただろう? 僕は自分の行動が、周りに……国にどう影響するかなんて考えられなかった。自分を強く見せることにいっぱいいっぱいで、味方なんていないと思っていた。家を出て、冷静になって、自分はとんでもないことをやってしまったんだって、ようやく理解できたよ」
ミカは拳を震わせて、苦しそうに唇を噛む。
「迷惑をかけた皆には……改めて謝罪したい。だけど、まだ自分は心が弱いから、精神的に鍛え直してから謝罪に行きたいんだ。その時は……君たちに……ステアの対抗戦メンバーに会いに行ってもいいかな?」
不安に揺れる目で、ミカは俺たちを窺い見る。
「待ってるよ」
俺とカイルが頷くと、ミカは安堵したのか気の抜けた顔で笑う。
その時、ディーンとシリルの兄弟がこちらに歩いてきた。
「あ……フィル君、カイル君」
ディーンとシリルは、俺たちとミカが一緒にいることに驚いた様子だ。
「ディーン先輩、シリル君の客人をお連れしました」
ミカはそう言って、俺たちやディーンとシリルに深くお辞儀をして去っていく。
次に会う時は、もっと笑顔が見たいな。
そう思いながら、俺はミカの背中を見送った。
ディーンもそんなミカを見て、それから俺に目を向ける。
「何か話したか?」
「近況をちょっと。改めて謝罪に来てくれるそうです」
そう言うと、ディーンは短く「そうか」とだけ呟いた。
「それで、シリルはもうステアに行く準備できてる?」
俺が聞くと、シリルは俺たちに向かって手を合わせた。
「フィル君、カイル君。ごめん。家を出る前に父さんに挨拶をしたいんだ。父さんもフィル君たちと会いたいって言ってたんだけど、いいかな?」
シリルが申し訳なさそうに言うので、俺とカイルは快諾する。
「良かった。客間で待っててくれる? すぐ呼んでくるから」
シリルは微笑んで、廊下を走っていった。
え、客間で待っててって、ここまで案内してくれたメイドもミカもいなくなっちゃったんだけど。
もしかして……。
そう思って、チラリとディーンを見ると、彼は眉をひそめたまま呟いた。
「ついて来い」
そう言って、ツカツカと歩きだす。俺たちはその後ろを慌ててついて行った。
気のせいかな? 何だかディーン、不機嫌じゃないか?
対抗戦ではちょっと仲良くなったと思ったのに、ツンツンディーンに戻っている。
案内された客間は、大型動物の巨大な牙や角などが壁に飾られていた。剣豪の邸宅らしく、なかなかワイルドな装飾である。
メイドが淹れてくれたお茶を飲んで、俺は無言に耐えられずディーンに話しかけた。
「さっき二人で仲良く歩いてきたってことは、シリルとちゃんとお話ができたんですね?」
そう言ってニコッと微笑むと、ディーンは不機嫌そうな眉をピクリと動かした。
「確かに、いろいろなことをシリルと話した」
「おぉ、それは良かったです」
安堵したのも束の間、ディーンにキッと睨まれる。
「俺がかけた重圧で、シリルは精神的に追い詰められたこと。シリルの体格が、ドルガドの剣技に合っていないということ。ステアにはワルズ先生という良い教師がいること。フィル・テイラやカイル・グラバーは、優れた剣士であると同時に素晴らしい友人たちであること。さらに、フィル・テイラやその仲間たちは、自分の悩みに親身になってくれ、尊敬すべき人物であること」
一気に言い終えて、ディーンは大きく息を吸い込んで吐く。
「えっと……シリルにそう言ってもらえて、嬉しいです」
ディーンの勢いに呆気にとられつつ返事をした。
すると、ディーンは眉間に深いしわを作った。
「昔はシリルの尊敬する剣士は父上か俺だった。だが、久々にシリルに聞いてみたら、ことごとくお前たちに関する話だった!」
そう言って、ディーンは不愉快とばかりに腕組みする。
「あー……フィル様、これってあれですね」
カイルに囁かれて、俺はコクリと頷いて小声で返す。
「シリルと仲が良い僕たちに嫉妬してるね」
「何ボソボソと話をしている」
不機嫌さを隠さないディーンを、俺はどう宥めようかと考える。
「シリルはお兄さんのことを尊敬していますよ。ですので、僕たちに嫉妬する必要はなく……」
そう言うと、ディーンは訝しげな顔をした。
「嫉妬? 何を言っている」
「え、だから、シリルが僕たちと仲がいいから、ヤキモチを焼いてるんじゃないんですか?」
どう考えても、ディーンの感情はそれだろう。
だが、ディーンは意味がわからないと言いたげに眉をひそめる。
「馬鹿を言うな。何で俺がヤキモチを焼かなくてはならないんだ。ただ単に、面白くないだけだ」
フンと鼻息をつくディーンに、俺とカイルは呆気にとられる。
それを世間一般では、ヤキモチって言うんだよ。無自覚かっ!
ツッコミを入れたいが、自覚してないんだから理解してくれないだろう。
ディーンが弟を大事に思っていることはわかったけど、シリルはまだまだ苦労しそうだ。
俺はカイルと顔を見合わせて、ため息をつく。
その時、客間の扉が開き、シリルとシリルのお父さんが部屋に入ってきた。
185
あなたにおすすめの小説
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
