転生王子はダラけたい

朝比奈 和

文字の大きさ
129 / 379
9巻

9-1




 1


 ステア王立学校の夏季休暇。俺――フィル・グレスハートはアルフォンス兄さんと、友人のカイルとアリスと一緒に、コルトフィア王国を旅行することになった。
 その道中、国境の道をリガールという鳥にはばまれ、あわや旅行中断の危機を迎えたのだが――
 薬師のヒルデさんとバルサさんのところへ行った俺たちは、彼女たちからリガールの気をしずめる特別なお香をもらい、無事コルトフィア王国に入国することができたのだった。


「国境警備の方、お香を分けてあげたら喜んでいらっしゃいましたね」

 移動する馬車の中、微笑むアリスに俺は頷いた。

「お香があればリガールを刺激しないで、安全に行き来ができるようになるからね。良かったよ」

 貴族の馬車はもちろんのこと、商人の馬車もより多くの物資を載せてゆっくりと通ることができる。
 アリスの召喚獣であるかおりどりのノトスが、外に取り付けてある香炉を馬車の窓のふちに立ってのぞく。

【人間の作り出すお香は素晴らしいですね。僕の棲息域にはリガールがいなかったので、この匂いは知りませんでした。召喚獣になって良かったです。ご主人様と一緒にいろいろな所へ行き、新しい匂いを知ることができるのですから。アリスお嬢様に感謝しなくては】

 香鳥の能力は匂いを作り出し、広域に拡散するというものだ。いい匂いで特定の動物をおびき寄せることも、嫌な匂いで天敵である肉食獣を遠ざけたりすることもできる。
 匂いで無駄な戦闘を避ける香鳥のやり方は、リガールをお香で避ける今回の方法と似てるかもな。
 アリスは動物の言葉がわからないので、俺はノトスがアリスに感謝していることを通訳してあげた。アリスはノトスを自分の指に呼び寄せ、優しく頭をでる。

「ノトスは香りを再現できるんだよね? ってことは、この香りも再現できるの?」

 俺が尋ねると、ノトスは大きく頷いた。

【可能です。ただ、移動しながらの場合は私の能力の範囲が狭くなりますので、馬車を何台もとなると難しいと思います】

 そっかぁ。もしノトスが再現できるのであれば、お香がなくなっても大丈夫かと思ったが……。
 王族や貴族のように、馬車数台での移動だと全てをまかなうのは難しいんだな。

「アルフォンス様。そろそろ日が傾き始めましたが、よいは野営になるのでしょうか?」

 カイルの問いに、アルフォンス兄さんは首を振った。

「いや、この先にピレッドという大きな街がある。夜には着くはずだから、その街に宿泊するよ。リガールのことがなければ、ピレッドではなく、さらに先の街で宿泊しようと思っていたんだけどね」

 アルフォンス兄さんが少しがっかりした顔をしたので、俺は不思議に思った。
 この旅は急ぐ必要もないから、基本的にゆったりとした行程が組まれている。
 リガールで少し手間取りはしたが、お香がなければそこで数週間足止めされる可能性もあった。
 それを考えたら、順調なはずなんだけどな。
 何だかピレッドに立ち寄るのが、不本意そうだ。

「ピレッドで宿泊することに、何か問題でもあるんですか?」

 そう尋ねた俺に、アルフォンス兄さんは困った顔で息を吐く。

「ピレッドを治める領主が、私たちの出発を引き止めるだろうと思ってね。まぁ、この先に山越えがあるから食料の調達は必須だし、結局は一日、二日はピレッドに滞在するんだけど……」
「なぜ、僕たちを引き止めるんですか?」

 キョトンと小首を傾げると、アルフォンス兄さんはフッと笑って俺の頭を優しく撫でた。

「領主の対応は私がするから、フィルは気にしなくていいよ。滞在している間、フィルたちは街観光でもしてくるといい」

 ごまかされた。でも、アルフォンス兄さんが話さないと決めたなら、もう一回聞いても無駄だろう。
 理由が気になるところではあるが、街観光という言葉も魅力的だ。

「街観光してきていいんですか?」

 思わず喜んだ俺に、アルフォンス兄さんは穏やかな表情で言う。

「フィルの場合、堅苦しいのは嫌いだろうからどんな格好で出かけてもいいけど、リックたちを護衛としてつけるよ。いいかい?」

 リックとエリオットはグレスハート王国から連れてきた、アルフォンス兄さん付きの近衛このえへいだ。
 つまり、護衛付きなら、お忍びで街を観光できるということか。それはとても嬉しい。
 俺はコクコクと何度も頷き、カイルやアリスと顔を見合わせて笑う。
 コルトフィアに入国して、初めての街だ。ここ一年でいろいろな国の街を観光したが、それぞれに特徴があった。ピレッドはどんな街かな。今から期待に胸が膨らむ。


  ◇ ◇ ◇


 ピレッドの街に入ったのは、日が沈み、街を囲う門が閉まる直前だった。
 貴族や王族ようたしの宿屋に着くと、俺たちは軽く夕食をとってすぐに就寝した。
 明けて次の日、俺とアリスとカイルは早々に朝食をすませた。
 ピレッドの街を観光するためである。もちろん、服は平民服だ。
 さらに、俺の髪色は珍しく、そのままだと目立ちすぎるので、帽子をかぶることにした。
 アルフォンス兄さんから「可愛すぎる!」とのお墨付きをいただいた、キャスケットの帽子だ。

「できることなら、私も一緒に行きたかったよ」

 残念そうにこぼすアルフォンス兄さんに、俺は口元を引きつらせて笑う。
 アルフォンス兄さんは目を引く容姿だから、一緒にいるときっとお忍びにならないよなぁ。

「アルフォンス兄さまは、今日はどうされるんですか?」
「私たちが街に入ったことを領主が知ったらしくてね。こちらに挨拶に来るというから、それは断って私が領主の館へ出向くことにしたんだ」

 行くと決めたわりには、気が進まなそうなのが声のトーンで伝わる。
 面倒だけど、宿に来られて居座られるよりマシってことかな。アルフォンス兄さんをこんなにゆううつにさせる領主ってどんな人なんだ。
 そんな気持ちでじっと見つめていると、アルフォンス兄さんは微笑んで俺の頭を撫でた。

「街観光を楽しんでおいで。帰ってきたら私に話して聞かせてくれ」
「はい」

 アルフォンス兄さんに見送られて、俺たちは部屋を後にする。
 宿を出る際、宿屋の主人にお忍びで出かける旨を伝えると、裏口を教えてくれた。
 高貴な人がお忍びで出かけることはよくあるようで、そういった場合は目立たない裏口から出入りをするらしい。

「フィル様、どこに行きましょうか?」

 宿屋から出て、カイルが辺りを見回しながら言う。すると、腰に剣を下げて街の剣士風の格好をしたエリオットが、自分の胸に手を当てた。

「どこに行きたいかおっしゃってくだされば、我々が案内いたしましょう。以前アルフォンス殿下にお供して、ピレッドを訪れたことがあります」
「民芸品のお店に、観光向きの建造物、名物料理も知っていますよ。卵焼きの美味しいお店がありまして……あ、今さっき朝食を召し上がったばかりでしたね」

 指折り数えながら説明していたリックは、途端に眉を下げる。その情けない顔に、俺とアリスとカイルは思わず笑ってしまった。

「まずは、民芸品のお店を見よう。お昼になったら、そのおすすめのお店に行けばいいよ」
「リックさん、エリオットさん。案内よろしくお願いします」
「どうぞよろしくお願いします」

 アリスやカイルが頭を下げると、リックとエリオットは「かしこまりました」と微笑んだ。


 民芸品のお店に向かいながら、昨夜は暗くて見られなかった街の風景を見て回る。
 街を囲う石造りの防壁は、厚さがあって高かった。見張り台の役目もあるのか、壁の上には兵士の姿も見える。
 この街の規模にしては見張りがあまりいないけど、どこかで待機しているのかな。

「コルトフィアの中央から離れているのに、大きな街だね」

 辺りを見回しながらそう呟くと、リックとエリオットが教えてくれる。

「コルトフィアの辺境にある街の中で、ピレッドは最も大きいんですよ」
「旅人や商人の多くはこの街を経由して、コルトフィアの中央や他国に向かいますから、重要な拠点と言ってもいいでしょう」

 なるほど。王都から離れていても、交易などに利便性があれば街も栄えるってことか。
 やっぱり実際に土地を訪れたほうが勉強になるな。
 それからしばらくして、リックのおすすめの民芸品屋に到着した。
 店内に入ると、木彫りや毛織物、動物の角で作られた民芸品が置いてある。
 今までの国の品と違い、がく模様のモチーフが多いようだ。

「うわぁ、すごいな」
「初めて見るがらです」

 シンプルなデザインを好むカイルも、細やかな模様の見事さに感嘆している。

「いらっしゃい。坊ちゃんたち旅人かい?」

 店主に声をかけられて、俺たちは頷いて挨拶をする。

「ステアの方から来ました。角を使った商品が多いんですね」

 俺が角の形をそのまま利用した笛を手にして言うと、店主の目元に笑いじわができた。

「コルトフィアはグラント大陸の中でも北方だから、ステアよりも雪深い地域が多いんだ。山岳にはヴィノっていう、でっかい山羊やぎを飼育している民族がいてな。ヴィノの角が年に数回生え変わるもんで、外に出られない冬にはヴィノの毛や角で民芸品を作ってるのさ」
「へぇ。ヴィノかぁ」

 俺の呟きを聞いて気持ちを察したのか、アリスがクスクスと笑う。

「この旅行で会えたらいいですね」
「ヴィノに興味が出てきたかい? なら、なおさらここで買ったほうがいい。ヴィノの民芸品は他国で人気だから、ピレッドの街に多くおろされるんだ。コルトフィアの中央より品数が多いよ」

 営業スマイルで、店主のおじさんは微笑む。
 なかなか口が上手うまい。そう言われちゃうと、購買欲をくすぐられるな。
 エリオットたちを振り返ったところ、二人はコクリと頷いた。

「確かに中央よりも品数が豊富ですし、値段も安いですよ」

 アリスは「それなら……」と、店内の小物をさらにじっくりと見て回る。

「私、ライラに何か買っていこうかしら」
「ライラは民芸品とか好きだからいいかもね。僕もレイたちにお土産を買おうかな」

 休暇明けに、ステア王立学校の同級生であるライラやレイ、トーマ、それからシリルにお土産を渡せば、きっと喜んでくれるだろう。

「この羽根ペン立てはいかがですか?」

 カイルに呼ばれて見に行くと、羽ペンを立てる小さな台に、角の一部が使われた品だった。
 手軽でかさばらず、使い勝手も良さそうだ。嬉しいことにお値段も手ごろである。

「いいね。じゃあ、皆おそろいで買おうか」

 自分たちの分と、レイたちの分を購入する。アリスはそれとは別に、ヴィノの毛で織られたお財布をライラに買うらしい。
 それぞれ包んでもらい、お金を払って民芸品店を出る。その頃には小腹が減ってきたので、通りの商店をのぞきつつ、卵焼きのお店へと向かうことにした。


 リックおすすめのお店は、街の中心の広場に面した場所にあった。大衆食堂といった雰囲気で、多くの地元民や旅人でごった返している。客席の半分がオープンテラスになっており、俺たちはテラスのすみに座ることにした。

「騒がしいところですみません。でも、味は素晴らしいので!」

 力強く言うリックに、俺はお客さんを見回しながら頷いた。

「これだけお客さんがいるってことは、人気ってことだよね」
「そうさ! うちの卵焼きは何度でも食べたくなるって評判だよ!」

 俺たちの話が聞こえたのか、お店のおかみさんがにっこりと笑って、テーブルの上に卵焼きの皿二枚と薄く切ったバゲットのかごをドンっと置く。その力強さに皿に載った卵がぷるぷると揺れ、籠のバゲットがねた。

「おぉ! 美味しそう!」

 特大の卵焼きだ。卵の黄身の色が濃く、オレンジ色をしている。

「たくさんおかわりして、大きくなるんだよ」

 おかみさんは俺の背中を叩き、他の客が叫んだ注文に返事をして店の中に入っていった。
 エリオットはおかみさんを見送ると、心配そうにささやく。

「フィル様、背中は大丈夫ですか? あのおかみさん、気風きっぷがよすぎるところがありまして……」

 俺はクスクスと笑って、大丈夫だと頷く。

「ああいう人、好感もてるよね」

 きもたま母さんのような、元気なおかみさん。これぞ街の食堂だ。
 きっと王子の格好をしていたらこの食堂には入れなかっただろうし、入店できたとしても皆に恐縮されてこの雰囲気を味わえなかったと思う。
 やっぱり堅苦しい貴族専用のレストランより、こっちのほうがしょうに合ってるなぁ。

「では、食べましょうか」

 エリオットは、ナイフとフォークで卵焼きを切り分ける。

「切るとさらにいい香りがしますね」

 アリスの言葉に、俺も匂いを吸い込む。切った断面が、何とも美味しそうだ。

「パンの上に卵焼きを載せて食べるのが美味しいんですよ」

 リックはそう言って、見本を示すように卵焼きを載せてバゲットを食べた。

「相変わらず美味しいです。さぁ、どうぞフィル様も」

 幸せそうな顔ですすめられて、俺もリックと同様に卵焼きを載せたバゲットを大きな口でパクリと頬張る。
 ふわふわの卵焼きは、野菜の出汁だしが香る優しい味がした。
 内陸では魚が手に入らないから、出汁は野菜でとっているんだな。
 味付けはシンプルに塩だけ。野菜の出汁の甘みが、バゲットに合っていて美味しい。

「もう一つ卵焼きがありますけど、こちらは同じものですか?」

 カイルがまだ切り分けていないほうの卵焼きを指さすと、リックはニヤリと笑った。

「こっちはバターと砂糖を入れた甘い卵焼きだ。これも美味しいぞ!」

 そう言って、皿に切り分けてくれる。
 こちらは中がほんのちょっと半熟だった。とろりと溶ける卵をこぼさないように、口に運ぶ。
 甘い卵焼きは食感がさらにふわふわで、食べるごとにバターの香りが鼻に抜けていった。
 柔らかい食感の甘いふわとろオムレツ。バターが入っているからか、デザートのようだ。

「甘くて美味しい! それに……いつも食べているバターと違う?」

 俺が小首を傾げると、カイルもそれに同意した。

「違いますね。バターがさっぱりとして、くどくないです」
「濃厚な卵の味を邪魔していないわ」

 アリスもそう評価すると、リックとエリオットが感心する。

「さすがフィル様方ですね。味覚が素晴らしい」
「これは先ほど民芸品店で話に出たヴィノのバターです」
「え! 山羊のバター? それにしては全然クセがないね。そういう種類の山羊なの?」

 俺が驚くと、リックは得意げな顔で説明をする。

「ヴィノだから、というわけではありません。コルトフィアの高山で暮らすヴィノだけが、この味を作り出すのです」

 カイルがあごに手を当てて、興味深げに卵を見つめる。

「つまり、そこで食べている牧草、もしくは環境が、このくせのないバターを作り出しているわけですね」
「へぇ。ますますヴィノに会ってみたいな」

 俺が甘い卵焼きを口に運びながら言うと、エリオットがニコッと口角を上げる。

「ピレッドの街に民芸品を卸しに来ることがありますから、運が良ければ見ることができるかもしれませんよ」

 俺はあいづちを打って、会えたらいいなと広場に視線を向ける。
 その時、隣の席に三人の少女が座った。年齢は十六、十七くらい。格好や雰囲気から、この街の住人だとわかる。
 注文を終えた彼女たちの話題は、宿屋の前でかいたらしいアルフォンス兄さんのことだった。

うるわしかったわね。グレスハートのアルフォンス皇太子殿下」
「本当ね。今夜は素敵な夢が見られそう」
「あら! 夢でお会いしようなんてだいたんね。でも、いいわよねぇ。夢の中なら、身分も関係なくロマンスを想像できるもの」

 口元に手を当てて、クスクスと笑い合う。
 アルフォンス兄さんは、どこに行ってもお嬢さん方に人気だ。
 彼女たちは声が大きめなので自然と耳に入ってしまうのだが、兄の話題はちょっと気まずいな。ご飯を食べたら早々に移動しよう。
 俺が卵を載せたバゲットをかじったその時、少女の一人が「ねぇ、そう言えば」と友人に話しかけた。

「アルフォンス殿下のご婚姻のうわさ、本当かしら?」
「ルーゼリア王女様と破談寸前ってこと?」

 何っ? 破談寸前っ!?

「んぐっ!」
「大丈夫ですか?」

 ビックリしてのどにバゲットを詰まらせかけた俺は、カイルが差し出すコップの水で流し込んだ。
 ど、どういうことだ。アルフォンス兄さんからは、コルトフィア王国のルーゼリア王女との関係は良好だと聞いている。
 だからこそ、今回の旅行になったんだもんな。
 婚姻に至らないのは、コルトフィアの準備が整っていないからだって聞いたんだけど……。
 破談? だって、申し入れはコルトフィアからだったんだよな?
 幸いにも少女たちは頭を抱える俺に気づかず、そのまま会話を続けている。

「ご婚約してから随分経っていらっしゃるものねぇ。だけど、あなた何で突然そんなこと聞くの?」
「そうよね。雲の上の方が婚約しようが、破談しようが私たちには縁がないのに」

 少女二人が笑うと、話題に出した少女は首を振った。

「私じゃないわ。領主様のご息女のキャサリン様にとっては重要ってことよ。私の友達が領主様のお屋敷につとめてるんだけど、アルフォンス殿下が以前ご滞在された時、キャサリン様が一目惚れなさったそうなの」

 そう言うと、聞いていた二人は相槌を打つ。

「あぁ、そう言えば。前回いらした時、歓迎パーティーをして滞在を随分引き延ばそうとしてたって噂で聞いたわ」
「なるほどね。それじゃあ、破談なんて聞いたら、ますますキャサリン様がはりきっちゃいそうね。ご正室は身分的に無理でも、側室くらいにはなれるかもしれないものねぇ」

 そんな話でひとしきり盛り上がった彼女たちは、運ばれてきた卵焼きに歓声を上げた。
 楽しげに食事を始める少女をチラリと見た後、俺は呆然としたままリックたちに目を向ける。
 リックは慌てながらも小声で説明を始めた。

「大丈夫です! 破談寸前じゃないですよ!」
「本当に?」

 俺が念を押すと、エリオットがしっかりと頷いた。

「誓って本当です。コルトフィアの森の治安情勢が落ち着かないから、準備が整わないだけなんです」

 コルトフィアで、森の治安情勢? それはまさか……。
 俺とカイルは、お互いに顔を見合わせた。

「それって、もしかして森の奥に出るっていう魔獣のこと?」

 俺が聞くと、エリオットは意外そうな顔をした。

「よく御存じですね。ステアにも情報が入っているんですか?」
「前に知り合った女騎士の人がコルトフィア出身で、成人の儀式をやる森にボルケノの魔獣が出たみたいなことを言っていたから……」

 俺の説明に、エリオットは「なるほど」と頷く。

「その儀式をする森というのが、ちょうどこの山を越えた向こうにあるのですが、まだ退治できていないそうなんです」
「あ、ご心配なく。今回の旅行では、我々はその森の近くを通らず、かいしながら進もうと考えておりますから。そもそも森には入れないように結界が張ってありますしね」

 リックは安心させるためか明るく言うが、アリスの表情は晴れないままだ。

「結界があっても、近くに住んでいるコルトフィアの人は不安でしょうね」

 確かに。俺の召喚獣のコクヨウなんか、以前ドルガドの温泉に行った時に、クリティア聖教会の作った結界を破ったことがあったもんなぁ。伝承の獣ディアロスであるコクヨウを基準にしたらいけないのはわかっているけど、正直ちょっと強度が心配だ。

「クリティア聖教会に依頼しているって聞いていたから、てっきりもう退治されたのかと思ってた」

 気持ちが沈む俺に、カイルも厳しい顔で頷く。

「そうですね。その一件を知ってから半年くらいは経っていますし、コルトフィアで魔獣による大きな被害が出たとの話も聞いていなかったので、解決したと思っていました」

 エリオットは硬い口調で、俺たちに状況を話す。

感想 5,003

あなたにおすすめの小説

あなたがワインを浴びせた相手は、"子爵令嬢"じゃありませんわ

ばぅ
恋愛
公爵令息の恋人と噂されている「ルリア・ラズベルン子爵令嬢」と勘違いされ、夜会でワインを浴びせられた私。でも残念、完全な人違いです。

「育児など侍女の手伝い」——五年寄り添った保育令嬢が辺境で迎えた、新しい家族の春

歩人
ファンタジー
侯爵令嬢クラリスは、五年間、兄夫婦の公爵家で三人の御子の保育を任されてきた。表向きは「下女扱い」だったが、彼女の保育記録には毎日の歌・手作りの絵札・夜泣きの記録が綿密に綴られていた。「育児など侍女の手伝い。本物の貴族のすることではないわ」兄嫁の侮辱に、クラリスは保育記録帳を置いて去る。訪ねた先は、妻を亡くした辺境伯ロタールの屋敷だった。彼の娘リーリャは六歳、母を亡くして以来、誰の前でも笑わなかった。「五年、御子さま方を見続けたあなたなら、リーリャの心も読めるだろうか」ロタールの不器用な依頼に、クラリスは静かに頷く。春が来る頃、リーリャは初めて声を上げて笑った。クラリスの隣で、ロタールも気づくと微笑んでいた——五年ぶりに。

「家政など侍女の真似事」と笑った義姉が、十二年分の裏帳簿にすべて署名していた件

歩人
ファンタジー
公爵令嬢エルザは、十六歳から家政の一切を任されてきた。領地経営、使用人管理、収支帳簿——表向きは「下女と同じ仕事」と義姉に蔑まれながら、十二年。「家政など侍女の真似事。本当の貴族のすることではないわ」婚約破棄の宴で義姉が放った一言に、エルザは静かに微笑む。翌朝、公爵家の朝食の席。エルザは父の前に十二冊の帳簿を積み上げた。「表帳簿はわたくしが付けてまいりました。裏帳簿は——お姉様が」十二年分。義姉が捏造した脱税の裏帳簿、すべての頁に義姉自身の署名がある。エルザは毎晩、義姉が部屋を出た後、その署名を筆跡鑑定用に複写していた。義姉が悲鳴をあげる前に、王家監察官が屋敷の扉を叩いた。

「三番以下を取りなさい」と五年言われ続けたので、公開試験で本気を出しました

歩人
ファンタジー
王立魔法学院、入学時首席のリュシエンヌは、婚約者レイナルト公爵令息から五年間「女は三番以下を取れ」と命じられてきた。学院の序列は国家序列の縮図。レイナルトは常に一位に居続けた。婚約披露を控えた十九歳の春、レイナルトが新しい婚約者を連れて告げる。「お前では並び立てぬ。学力も身分も、足りなすぎる」——リュシエンヌは微笑んで、その翌日の年次公開試験で、五年封じてきた本気を出した。国王臨席の場で、史上最高点。魔法局長官が教授陣に命じる。「過去五年間の彼女の実測点と、もし本気で受けていたら出せた推計点を、公表したまえ」。教授陣は震える手で数字を並べた。レイナルトの「首席」は、全て彼女が譲った場所だった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

「お従妹様の看病で五年、夜会に出ておりませんの」

歩人
ファンタジー
侯爵令嬢イレーネは婚約者アーロンの要請で、五年にわたり彼の「病弱な従妹」クレアを看護してきた。夜会も社交も諦め、毎晩クレアの枕元で看護した。だが二十三歳の誕生日、医師会の抜き打ち健診でクレアは「むしろ同世代で最も健康」と診断される。イレーネが見せてもらった五年分の薬代明細には、存在しない薬品と架空の処置が並んでいた。アーロンは慌てる。「誤解だ。クレアは本当に弱くて……」イレーネは微笑んだ。「では、五年分の看護費と、わたくしが失った社交時間を、具体的な数字にして頂戴いたしましょう」。医師会長が断言する。「詐病誘導と医療費架空請求。司法に回します」。