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12巻
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昨年行われたステア・ティリア・ドルガドの三国王立学校対抗戦。
俺――フィル・グレスハートも参加したこの対抗戦では、剣術戦の危険行為事件、探索戦の崩落事故や食料盗難事件など、様々なトラブルが起こった。
しかし、そのたびに各学校の生徒たちで考え、協力して問題を解決に導いた。
結果的に三校の友好が強く結ばれたのは、大変喜ばしいことだったと思う。
だが、ここで問題が一つ。三国王立学校対抗戦は、五年に一度の開催。
生徒が代替わりをすれば、友好の絆が薄まる可能性もある。
そこでこのたび、友好関係を持続させるため、三国王立学校の間で見学会が行われることとなった。他国の文化に触れ、互いの良きところを学び、一緒に向上しようという取り組みである。いわば交流会のようなものだ。
初めて行われる今年は、ステア王立学校が開催地となった。
ドルガドとティリアの学校長と数名の生徒を、ステア王立学校に招待する。
今回はまだ試験的な段階なので、招待する生徒は前回の対抗戦メンバーらしい。
現中等部の対抗戦メンバーだけでなく、高等部に進学したメンバーたちも招待される。
対抗戦以来会っていないから、皆と会えるのはとても楽しみだ。
でも、その前にやることがたくさんあるんだよね。
メインの見学会だけでなく、到着後の歓迎会や学校案内のおもてなし、去年新しく行事に組み込まれた仮装パーティーにも招待客は参加する。
来てくれた皆に喜んでもらうため、張り切って準備をしなくちゃ!
そんな三国王立学校見学会も差し迫った、ある日の放課後。
俺とカイルは、ステア王都の市場に来ていた。
ベイル先輩に頼まれて、仮装パーティーの衣装の材料を買いに来たのだ。
ベイル先輩はステア王立学校高等部一年の先輩で、裁縫が得意な方だ。
三国王立学校見学会は中等部の催しで、仮装パーティーのほうも中等部の生徒が担当している。
だけど、去年の仮装パーティーの衣装を全て制作した実績により、ベイル先輩は今年の仮装衣装の制作担当指揮官に選ばれていた。
本当はこの買い物もベイル先輩が来る予定だったのだけど、ベイル先輩には衣装の仕上げに集中して欲しいからなぁ。
品物はすでに注文済みだって言うし、受け取るだけなら俺たちでもできるもんね。
ベイル先輩は一人で頑張りすぎちゃうから、少しでもお手伝いしなきゃ。
俺たちはベイル先輩にもらった店の地図を片手に、布のお店、糸のお店、レースのお店など、順調に買い物を進めていった。
「やっぱり専門的な商品となると、市場のお店のほうが品揃えがいいね」
「そうですね。それに学校敷地内のお店は、学生向けの商品が多いですから」
学校内のお店では、学校や寮で必要な商品をほとんど買うことができる。
勉強道具や本、洋服や下着などの生活用品、お菓子や雑貨やおもちゃに至るまで商品は豊富だ。
その中には、今回買いに来たような手芸用品もある。
ただ、普段使いなら校内の店で事足りるけれど、ドレスやスーツなどの材料となるとやはり市場には敵わないんだよね。
それに、市場には他国の行商人が露店を出していることもあって、その時でしか手に入らない掘り出し物もある。
その時々で違うものが置いてあるから、市場を見て歩くだけでも楽しい。
「次はどこだっけ?」
「残すはリボンのお店だけです」
そうか、買い物ももう終わりか。
ちょっと残念だけど、カイルは買い物袋を両手で抱えているし、ベイル先輩も待っているもんな。
サクッとお使いを終わらせて、学校に帰ろう。
リボンの専門店は、市場の奥まった場所にあった。
ベイル先輩が渡してくれた注文書の店名と、看板に書かれている店名を確認して中に入る。
店内は本屋さんみたいに、陳列棚がいくつも並んでいた。
その棚には巻かれた状態のリボンが、隙間なく陳列されている。
サンプルのためか、巻かれたものと同じリボンで蝶結びが作られ、棚に張りつけられていた。
うわぁ、棚にたくさんの柄の蝶々がとまっているみたい。
いろんな色のリボンが店内を彩っていて、可愛らしくてとても華やかだ。
リボンと一口に言っても、いろんな種類があるんだな。
光沢のあるもの、柄が入っているもの、刺繍がほどこされているもの、可愛い系から大人っぽいシックなものまである。
こういう機会がなければ、なかなかリボン店に入ることもなかっただろうなぁ。
物珍しさから俺たちはキョロキョロとしつつ、店内の奥へと入っていく。
奥のカウンターには、五十歳くらいの店主さんらしき男性がいた。
穏やかな風貌で、リボンを測る時に使うためのものか、首に革製のメジャーをかけている。
「いらっしゃいませ。初めて見るお客様だね」
俺たちに気がついて、にっこりと優しく笑う。
「ステア王立学校の者です。スコット・ベイルという名で、注文しているリボンがあるはずなのですが……」
そう告げると、店主さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おや、スコット君のお使いかな?」
どうやらベイル先輩は、店主さんと親しい仲らしい。
先ほど行った布や糸のお店にもよく通っているみたいだったから、買い物に来ているうちに仲良くなったのかな。
「はい。ベイル先輩が衣装作りで忙しそうだったので、僕たちが代わりに来ました」
俺がそう言うと、店主さんは目尻にしわを作って頷く。
「そうか。スコット君も頑張っているみたいだねぇ。なら、急いで商品を渡さないと……。今、裏の倉庫から注文品を持ってくるから、店内でも眺めながら待っていてね」
店主さんは足早に、奥の倉庫へと入っていった。
「カイル。せっかくだから店内を見せてもらおうか」
「そうですね。他にお客さんもいないみたいですし」
俺たちは店主さんのお言葉に甘え、戻ってくるまで店の中を見て回ることにした。
「置いてある棚によって、値段が決められているんですね」
カイルが棚の上についている値札を見上げて呟く。
お手頃な値段のリボンの棚は店の出入り口付近、値段が高くなるにつれ奥に陳列されているみたいだ。
「結構値段に幅があるんだね」
一番安いのが二十ダイルで、高いのは三百ダイルか……。
日本円にして二百円から、三千円くらい。
ここは市場の中にあるお店の商品だから、貴族や王族が使うリボンにはもっと高いものもあるのかな。それにしても、商品における値段の差がよくわからない。
「どのリボンも綺麗なのに、何が違うんだろう。材質とかかな?」
俺がリボンを眺めながら唸っていると、隣から声をかけられた。
「希少な糸で織られていたり、職人が刺繍していたりするものは高くなるよ」
へぇ、そうなんだぁ。なるほど。
頷きかけて、それが店主さんの声でもカイルの声でもないことに気がつく。
ハッとして隣を見ると、いつ店内に入って来たのか、イルフォード・メイソンが俺を覗き込んでいた。
「イ、イルフォードさん!?」
イルフォードは去年対抗戦で戦った、ティリア王立学校の大将である。
以前着ていたのは、対抗戦用の服や制服だったが、今日はアシンメトリーな服を着ていた。
オーダーメイドなのか、自分で作った服なのかわからないが、個性的な服なのにイルフォードにとても似合っている。
イルフォード自身が派手だから、個性的な服にも負けていないのかなぁ。
だけど、絶対イルフォードじゃないと着こなせないよね。
「フィル様、今、イルフォードさんって……」
俺の声を聞いて、奥の棚から顔を出したカイルが、イルフォードの姿をとらえて目を見開く。
驚愕する俺たちをよそに、イルフォードは柔和な笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「あ、はい。こんにちは……って、違う。どうしてここにいるんですか?」
マイペースさに流されて頭を下げた俺は、ハッとして頭を上げる。
招待客が来るまで、まだ一週間あるはずだよね?
だが、俺の質問の意味がわからないのか、イルフォードはなぜそんなことを聞くんだろうかと、不思議そうな顔で首を傾げる。
「ステアではどんなリボンが売っているか……見に来た」
いや、リボンのお店にいるんだから、理由としては正解なんだけどさ。
俺たちが聞きたいのは、そういうことじゃない。
「いえ、そうではなく、ティリアやドルガドの招待客が来るのはもう少し先だと聞いていたんです。だから、イルフォードさんがどうして、もうステアに来ているのかなって」
まさか、日にちを間違えたわけじゃないよね?
芸術の寵児と呼ばれるイルフォードだが、少し浮世離れした人だから、そういうこともありそう。
ドキドキしながら、イルフォードの答えを待つ。
「ステアの衣装作り、見たくて」
ん~と、要約すると……。
「えっと、つまり、仮装衣装を作っている様子が見たくて、早めに来たってことですか?」
優しく聞き返すと、イルフォードはコクリと頷く。
「学校は作品が提出できれば、あとは自由。だから、早めに終わらせた」
芸術系に特化したティリアの高等部は、そういった融通がきくのか。
いや、芸術の才能溢れるイルフォードだからできる技なのかもしれないけど……。
とりあえず、うっかり間違えて来てしまったのではないなら良かった。
ホッと息をついた俺は、はたと動きを止める。
……いや、ちょっと待てよ。
「ちなみに、サイードさんには早めに来ること、お知らせしてきました?」
サイード・ウルバンはイルフォードの後輩だ。この浮世離れしたイルフォードのマネージャー兼、暴走少女リン・ハワードのお目付役を担っているティリアの苦労人でもある。
しっかり者のサイードのことだから、多分一緒に行こうと思っていろいろ準備しているはずだよね。
イルフォードは小さく「あ……」と声を漏らして、ふるふると首を横に振った。
言ってきてないんだぁ。サイード可哀想に。
「……あとで連絡を入れておきます」
俺とカイルが脱力していると、ちょうど注文品を抱えた店主さんが戻って来た。
「ごめんね。待たせすぎちゃったかい?」
疲れた様子の俺たちを見て、店主さんは申し訳なさそうな顔をする。
「あ、いえ。全然待ってないです」
疲れているのは、別の理由なので……。
注文したリボンを購入した俺たちは、イルフォードを連れてステア王立学校へと戻った。
イルフォードは王都の宿屋を取ろうと考えていたみたいだったけど、彼が早くステア入りしたのは仮装パーティーの衣装見学のためだし、このままこの人を解放するのも怖い。
とりあえず学校に連れ帰って、生徒総長であるライオネル・デュラント先輩に相談したほうがいいと判断したのだ。
放っておいたら、風船みたいにふわぁっと、どこかに飛んで行っちゃいそうだもんなぁ。
せめてサイードがステアに来るまでは、目の届くところにいてもらわないと……。
「まず買ったものをベイル先輩に届けてから、デュラント先輩のところへ行こう」
ベイル先輩のいる裁縫室は、生徒会室と同じ棟の一階にある。
位置的にも近かったので、俺たちは先にそちらへ向かうことにした。
「ベイル先輩。注文品を購入して来ました」
そう言って、裁縫室の扉をノックする。
いつもならすぐに入室許可の声がかかるはずなのだが、なぜかその声が聞こえてこなかった。
裁縫室の中から話し声は聞こえるから、人はいるはずなのに。
「おかしいな」
俺が首を傾げていると、カイルが低い声で言う。
「こちらの声に気がついていないのかもしれません。中からベイル先輩の困り声が聞こえます」
「困り声?」
まぁ、ベイル先輩が困った声を出すことはよくあるのだけれど……。
何か衣装作りでトラブルでもあったのかな?
入室許可はもらえていないから、まずは俺が中の様子を窺うか。
「イルフォードさん。僕がベイル先輩と話してくるので、カイルと一緒にここで待っていてくれますか?」
イルフォードは頷き、カイルがポンと胸を叩く。
「お任せください」
二人に微笑んで、俺は一人裁縫室の扉を開けて中に入った。
裁縫室には、ベイル先輩とルーク・ジャイロ男子寮寮長の二人しかいなかった。
裁縫師さんたちはもう帰っちゃったのか。
去年の衣装作りの時、ベイル先輩が不眠不休で作業を行い無理をしていたので、今回から外部の裁縫師さんたちを雇っている。
買い物を頼まれた時にはまだ数人が一緒に作業していたが、その人たちの姿がなかった。
俺たちを待ってくれていたベイル先輩はともかく、寮長がなんで裁縫室にいるんだろう。
デュラント先輩は生徒総長として進捗を窺いに来ることはあるけど、寮長は仮装パーティーの担当じゃないのにな。
何を真剣に話しているのか、未だ二人は部屋に入ってきた俺に気づいていなかった。
「ベイル先輩は知っているんでしょう?」
「お、俺は何にも知らないよぉぉ」
寮長に詰め寄られ、ベイル先輩は八の字眉の困りきった顔をする。
「そんなこと言わずに、当日彼女が来るかどうかだけでも教えてくださいよ」
「こ、困るよ。俺は知らないんだから」
「……本当に彼女のこと知らないんですか?」
寮長にじーっと見つめられて、耐え切れなくなったベイル先輩は視線を逸らす。
「ほら、目を逸らした! やっぱり知ってるんでしょう!」
指摘されて、ベイル先輩は目を覆った。
「違う、違う。逸らしてない!」
ベイル先輩。そんな態度を取ったら、話を途中から聞いていた俺でも、何か知ってるんじゃないかと疑うよ。
いったい何の話をしているんだろう。
声をかけるタイミングを見計らっていると、ベイル先輩たちより先に一匹のソメウサギが俺に気がついた。
【あら、フィルさん。おかえりなさい】
明るい声で言って、ぴょんぴょんとこちらに跳びはねて来る。
「ただいま、リィル」
リィルはベイル先輩の召喚獣だ。
ソメウサギは別名染色兎とも呼ばれており、植物から色を抽出し、染める能力を持っている。衣装作りをするベイル先輩の、良きパートナーである。
【お使いお疲れ様でした。主人のスコットさんに代わり、お礼を言います。ありがとうございました】
リィルは穏やかで、とてもしっかりした性格をしている。
その言動は、時々ベイル先輩の保護者かなと思うくらいだ。
俺はくすっと笑って、リィルの頭を撫でた。
「お安い御用だよ。それより、ベイル先輩たちはどうしたの?」
俺が買った荷物を裁縫室の机に置いて尋ねると、リィルはベイル先輩たちを振り返った。
【ああ、驚いたでしょう? 何だか寮長さんが知りたいことがあるみたいで、スコットさんを訪ねて来たんです。今日はもう作業が終わったから、いいんですけどね】
そう言いつつもちょっと困った様子で、リィルは頬に前足を添えてため息を吐く。
その時、ようやく俺に気づいたベイル先輩が、天の助けとばかりに笑顔で駆け寄ってきた。
「フィルくーん! おかえりー! お疲れ様! 買い物してきてくれてありがとうね!」
にこにこと笑い、俺の手を握って感謝を述べる。
「いえ。それより、どうしたんですか? 知っているとか知らないとか……」
俺が尋ねると、ベイル先輩の後ろからやって来た寮長が答える。
「テイラは名乗らずの姫の正体を知らないか?」
「はい? 名乗らずの姫? 何ですか、それ」
全くピンとこない俺の様子を見て、寮長は驚愕する。
「もしかして、名乗らずの姫の存在すら知らないのか? あ、テイラは噂話にはあまり興味がないのかな」
「まぁ、そうですね。レイが教えてくれる話を聞くくらいです」
自ら好んで噂話を聞きに行くことはない。
俺に興味がありそうな噂をレイが厳選して教えてくれるから、その必要もないし。
俺の返答に、寮長は「じゃあ、仕方ないか」と言って息を吐く。
「去年の仮装パーティーで、テイラの少年王姿が話題になっていただろ」
「あぁ……はい」
頭には王冠、手には王笏、王子様衣装にマントという姿で出たら、少年王だと大騒ぎになったんだよね。
できれば忘れたい過去である。
「そんなテイラと同じくらい、話題になっていた女の子がいたんだよ。会場で見かけなかったか? お姫様の格好をしたすっごい可憐な美少女を」
「お姫様の格好の、可憐な美少女?」
アリスは俺がデザインした振袖姿だったし、ライラは妖精の格好だったよな。
お姫様のように華やかなドレスを着ている女の子は多くいたから、果たしてどの子を指しているのか……。
記憶を探る俺の答えも待たず、寮長はうっとりと遠くを見つめる。
「眩いほど可愛い子がいたんだよ。男子生徒が何とか名前を聞き出そうとしたんだが、恥ずかしがって結局名前を教えてくれなくてさ。素性がわからない謎多き美少女、それが名乗らずの姫……」
熱に浮かされた顔で言って、寮長はほぅっと吐息を吐く。
男子生徒に名前を聞かれて、教えなかった……?
え、ちょっと待って、それって……。
いや、まさか、そんなはずないよな?
おそるおそる俺がベイル先輩のほうを見ると、先輩はゆっくりと頭を上下に動かした。
やっぱり俺かぁっ!!
王様の格好をする前、お姫様の格好をしていたんだよね。
俺だとわからない格好をすれば目立たなくて行動しやすいかと思ったんだけど、F・Tファンクラブ会長のメルティー・クロスにライバル宣言されるわ、男子生徒たちに囲まれて名前を聞かれるわで、本当に大変だったんだよなぁ。
その時、寮長は男子生徒たちとの間に入って助けてくれたんだけど、知りたいの我慢してたのか。
仮装パーティーの後、しばらく正体不明の女の子として噂になっているのは知っていたが、まさかそんな妙なあだ名がついているとは……。
レイがそのことを話題に出さなかったのは、正体が俺だって知っていたからだな。
「仮装パーティーに参加していたってことは、間違いなく中等部関係者なはずなのに、何で見つからないんだろう」
しょんぼりとする寮長を前に、俺は何と言っていいか困る。
あれから一年。すっかり忘れられているだろうと思っていたのに、未だに探している人がいるとは思わなかった。
女の子を探していちゃ、見つからないだろうなぁ。だって、俺だもん。
「こっそり知り合いを参加させていた可能性もありますから、見つかるかわかりませんよ」
男だとわかったら可哀想だ。
可愛い女の子だと夢を見ているのに、女装した俺だって知ったら絶対トラウマになっちゃう。
「探しても見つからないなら、諦めたほうがいいんじゃ……」
親切心からそう言ったのだが、寮長は大きく首を横に振る。
「いいや! 俺は卒業したら、来年の仮装パーティーに参加できないんだ。だから、今年にかける! ベイル先輩、何か知っていたら教えてください!」
ぺっこり頭を下げる寮長に、ベイル先輩は慌てる。
「あ、頭を上げてよぉ。俺は知らないんだよ。こちらで用意した衣装の場合なら、衣装合わせで顔を合わせることもあるけど、自前の子もいたし……。ま、まして、その子が来るかなんて……」
ベイル先輩はもごもごと説明しながら、チラチラとこちらを見る。
お願いだから、俺を見ないでください。
寮長が不思議そうな顔で、俺とベイル先輩を交互に見ているからっ!
なるべく顔に出さないよう表情を消していると、後方から柔らかな声が聞こえた。
「ルーク。ベイル先輩は知らないって言っているだろう。ベイル先輩は衣装の準備で忙しいんだ。困らせたらダメだよ」
その声に振り返ると、デュラント先輩がカイルとイルフォードを引き連れて裁縫室に入って来るところだった。
「え……」
イルフォードの登場にしばしポカンとしていたベイル先輩は、我に返って慌てふためき出す。
「え、えぇっ!! イルフォード・メイソン!? ど、どうしてイルフォード君が? まだステア入りするまで、日数があるはずだよね? あれ? まさか俺の記憶違いだった? どうしよう、衣装の仕上げが残ってるのにぃっ!」
そう言いながら、顔を赤くしたり、青くしたりしている。
そんなベイル先輩に、デュラント先輩は苦笑する。
「落ち着いてください。ベイル先輩の記憶違いじゃありませんよ。招待客が来るのは、まだ先です」
「じゃあ、どういう理由でここに……?」
寮長は聞きながら、デュラント先輩の後ろに立つイルフォードに視線を向ける。
イルフォードは物珍しそうに、裁縫室の内装や部屋に飾られている衣装を眺めていた。
当事者だというのに、まるで他人事のようにのんびりしている。
デュラント先輩はそんなイルフォードをチラッと振り返る。
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