転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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3巻

3-3

「えー、グレスハート王国の人がそれ言う?」

 んん? どういうこと?

「私おじい様から、グレスハート王国の王子が獣人を国に迎え入れ、従者にしたって聞いてたんだけど……違うの?」

 首を傾げられて、俺は目をパチクリする。
 それ……俺たちのことだよな?
 急に自分たちの話題になって、言葉が出てこなかった。隣でカイルが、かろうじて頷く。

「違わないが……」
「じゃあ本当なんだ? おじい様とお父様がその話に感動してね。よう宣言したのよ。他の国の王子が立ち上がったのに、獣人の恩恵を受けている自分たちが黙ってていいのかって」
「そんな……渡り聞いた話で、そう決めたと? 本当じゃなかったら……いや、本当だとしても、国を離れて後悔していないのか?」

 カイルは信じられないという表情で、ライラを見つめた。ライラは少し考えるようにうなる。

「確かに国を離れて寂しい気もするけど、うちの家族はスッキリしてるから、これでよかったと思うわ」

 そう言って、カイルに微笑んだ。
 アリスに視線を移すと、彼女は俺たちに向かって小さく頷く。
 あぁ、そうか。ライラを俺たちに紹介したいって、こういうことだったのか。
 他にも仲間はいる、と……。あの判断は間違っていなかった、と。
 ヤバい……何だかこらえなければ泣いてしまいそうだ。
 カイルも、きっとそうだよね……。
 俺はチラリと隣のカイルを見る。
 そして……きょうがくした。
 涙をこらえているせいか、カイルが顔を真っ赤にして震えていたのだ。

「っ!!」
「ちょっ、カイル?」

 小さく声をかけ、慌ててカイルの背中をさする。
 いっそのこと泣きなよっ! 無理しないでさ!
 だが、カイルは目をガッと見開き震えるばかりだ。
 ねぇ、息吸ってる? こらえるために息止めてるんじゃないの? まぶたくらい閉じたらいいのにっ!

「え、何? 怒ってるの?」

 ライラにいぶかしげに見られて、俺はカイルの代わりにブンブンと頭を振る。

「違う違う! ライラの家の話に感動してるんだよ。ね? カイル」

 俺の問いかけに、カイルは息を詰めたまま頷いた。ますます顔が赤くなっている。
 ねぇっ! 死ぬよっ!?

「変わった感動の仕方するのね……」

 ライラは呆気にとられて、ポカンとしていた。うん。そうなるよね。
 俺もカイルと気持ちを分かち合おうと思ったんだけど、カイルの様子にビックリしていたら置いてけぼりになった。
 カイルの喜びだけは、誰よりもわかったけどね。



 2


 本日は選択教科の一つである、調理の初授業だ。
 学年の女子の大半が受講するためか、調理室はとても広い。六人用の大きな机が十台並んでも余りある広さだ。
 さらに隣の部屋にはかまど用の部屋があり、そこには十基のかまどが設置されていた。
 城の厨房にも、大小様々なかまどがあったのを思い出す。
 学校の授業では一度に使用することになるから、これだけの数が必要なのだろう。
 今回の受講人数は女子三十五人と、男子十二人で計四十七人。おおよそ六人ずつ、八グループに分かれることになった。
 グループを組む相手は自由でいいらしく、俺とカイルとアリスとライラの他に、近くにいたオルガという女子とターブという男子に入ってもらった。

「こんなに男子が少ないとは思いませんでした」

 カイルが教室を見回し、俺はそれに頷いた。

「うん。そうだね」
「やはり男子は調理が苦手だからでしょうか?」

 首を傾げるカイルに、アリスが笑う。

「これでも多いほうよ、多分。去年は数人しかいなかったって聞いたもの」

 そうなのか。作るのは面倒だけど、美味しいものを食べられるんだから、男子にだってお得だと思うんだが……。
 すると調理の先生がパンパンと手を叩いて、注目を促した。教卓の前にいる男の先生を見る。

「はぁい、グループができたわね! では、改めて自己紹介しまぁす! 調理担当のスティーブ・ゲッテンバーです。皆、よろしくね!」

 うふふと笑うゲッテンバー先生は、ボディビルダー並みのマッスルボディだった。
 短髪の赤毛で、外は寒いにもかかわらずピチピチのTシャツ。その上にはピンク色の、フリルたっぷりのエプロンをつけている。

「今年は男子生徒が多くて、先生とーっても嬉しいです!」

 ゲッテンバー先生がそう言ってカイルにウィンクすると、カイルはゾクリと肩を震わせた。
 どうやら、カイルは気に入られたらしい。
 仕草や口調からして、心はおとなのかもしれない。キャラ……濃いなぁ。

「さて、今日は比較的簡単な焼き菓子を作りますよぉ」

 黒板には焼き菓子のレシピが、絵つきで書かれている。
 絵が可愛ければ、文字さえも可愛い。これを書いたのゲッテンバー先生なんだろうなぁ……。
 材料と工程を見ると、この焼き菓子のレシピはクッキーか。確かにこれだったら、混ぜて形を作って焼くだけなので、わりと簡単だろう。
 グレスハートの街の子も、親子でお菓子を作ると言ったらクッキーが定番だった気がする。
 すると何人かの生徒から、不安そうなざわめきが聞こえた。
 不思議に思った俺に、ライラがそっと耳打ちする。

「平民の子は料理したことある子が多いけど、上流階級だと全くやったことないって子もいるのよ」

 なるほど。平民の子は母親の手伝いをするものの、コックのいる家だとそもそも厨房にすら入らないか。

「ライラはできるの?」

 ふと気になって聞いてみた。ライラだって、元お嬢様なのだ。私財はあるのだから、今もコックが家にいるかもしれない。
 ライラは「失礼ねぇ」と口を少しとがらせる。

「壊滅的な誰かさんと一緒にしないでよ。多少はできるわ。得意ではないけど。だから困ったらよろしく!」

 真面目な顔でお願いするライラに、笑いながら頷く。
 ゲッテンバー先生が、再び手を叩いた。

「初めてでも大丈夫よ。材料は用意してあるもの。バターを柔らかくして、砂糖を入れて白くなるまで練って、卵を入れて、粉を少しずつ加えながら優しく混ぜるだけ。簡単でしょ?」

 黒板のレシピを、工程ごとに指しながら説明していく。黒板の上の方を示すと、先生のマッスルな腕の筋肉がよく見えた。
 うわぁ、すごい筋肉だなぁ。筋肉第一主義のヒューバート兄さんが見たら、感動しそうだ。

「生地を寝かせるのに半刻ほどかかるので、生地がまとまったらお茶でもして待ちましょ」

 ゲッテンバー先生はそう言うと、口に手を当てて「うふふ」と笑う。

「ではグループごとに、ここに書かれた順番で仲良く進めてちょうだい。わからなくて困ったら先生を呼んでくださいね。はじめ~!」

 先生の言葉で生徒のざわめきと、調理器具の音がし始める。

「作業は分担してやる? ボウルは一つだけだし」

 アリスの言葉に、俺は頷いた。

「そうだね。工程ごとに交代して、形を作るのは皆でやろう」

 そう言って、器具を並べながら順番を決める。
 初めにカイルがバターをクリーム状になるまで練り、それが終わったら俺が砂糖を混ぜる係だ。
 俺はカイルを待っている間、砂糖を見つめてうなった。
 混ぜる砂糖は細かいほうがむんだよな。ここの砂糖は、ちょっと粗めだ。ザラメほどではないが、日本の上白糖より少し粒が大きい。

「先生、すり鉢ってありますか?」

 先生のところまで行って質問すると、ゲッテンバー先生が頬に手を当てて首を傾げた。

「あらフィル君。あるけど、何に使うの?」
「砂糖を細かくします。バターとみやすくなるので」

 そう説明すると、ゲッテンバー先生は目を大きく見開いた。

「あら、初めて聞いたわ! それはフィル君のお家の技なのかしら? いいわ、できたら食べさせてちょうだいね」
「はーい」

 俺はすり鉢を借りると、砂糖を細かくし始めた。
 周りの生徒が、不思議そうに見ている。ライラも俺の作業をのぞいて、いぶかしげに聞いた。

「何やってるの? そんな工程なかったけど……」
「バターとむんだよ、細かいほうが」

 同じ班のオルガも、感心してか「へぇ」と呟いた。

「バター、終わりました」

 カイルの言葉に、ちょうど砂糖を細かくし終えた俺は元気に返事をする。

「はいはーい」

 すり鉢の砂糖をサラサラと入れて、白くなるまで手早く混ぜた。

「はい、次ライラ」
「ちょっとフィル君! 早すぎるわよ! 何なのっ! 料理人なの?」

 ライラはと言えば、中に入れる卵をようやく一個割ったところだった。
 ……卵を割るのに、どんだけ時間かかってるの。
 とりあえず俺の担当は終わったため、生地ができるまでライラたちを見守ることにする。
 暇になったので、同じ班のもう一人の男子、ターブ・レストンに声をかけた。ターブの担当は、寝かせた後の生地伸ばしだから、順番はまだ先だ。

「ターブだっけ? ちゃんと話すの初めてだよね」

 にっこりと笑うと、ターブはぎこちなく頷く。

「あ、うん」

 だがそのままターブは黙り込み、沈黙が訪れた。何故なぜか俺の目を見ようとしない。
 俺は首をひねる。
 俺、ターブに何かしただろうか?
 ……ん? ターブ?

「あれ、君、もしかして……」

 俺がそう言うと、ターブの肩がギクリと揺れる。

「知り合いですか?」

 カイルが、チラッとターブを見る。彼の様子に、カイルも違和感を覚えたようだ。

「いや、僕の知り合いじゃなくて、レイの知り合いだよね?」

 思い出した。どっかで聞いた名前だなと引っかかってたんだ。
 レイの元カノの弟。レイの話じゃ、シスコンだとか……。
 お姉さんは女の子好きのレイに愛想を尽かしたが、シスコン・ターブの恨みは消えていない。
 歓迎会の時、ターブがマクベアー先輩の対戦相手としてレイを推薦し、結局、レイだけじゃなく俺やカイル、トーマまで試合をすることになったんだよなぁ。
 わかってスッキリした。カイルも言われて思い出したのか、「ああ」と声を漏らす。
 ターブは大きなため息を吐き、深々と頭を下げた。

「あの時はすまなかった。正直、レイにまだ恨みはあるが、君たちを巻き込むつもりはなかったんだ」

 反省してかうつむいたままのターブの肩を、俺は慌ててポンポンと叩き、こちらに向き直らせる。

「ま、まぁ、結果的に問題なかったし」

 だから歓迎会の時のことは黙ってて、と目で語り、「シーッ」と口に人差し指を立てた。

「あの時って……何かあったの?」

 アリスは担当の粉を混ぜる作業を終えたらしく、俺の隣に来て小首を傾げた。

「な、何もないよ」

 俺はへらっと笑う。アリスは俺をじっと見た後、苦笑して頷いた。

「わかったわ。もう生地ができたからお茶にしましょう」

 明らかに俺の言葉を信じてないなぁ。

「ごめん……」

 口を滑らせた、としょんぼりするターブに、俺はにこりと微笑む。

「とりあえずお茶にしよう。同じ班の仲間としてね」

 生地を寝かせている間、俺たちはティータイムをとることにした。授業中にまったりとお茶が飲めるのは、何だか得した気分だ。
 惜しむらくは、あまりに手早く作業を終えたせいで、まだ終わっていない他のグループの作業音やざわめきが聞こえることか。

「カイル君とフィル君のおかげで、早くできちゃったわ。ぎわいいのね」

 オルガはお茶を飲んで一息つくと、そう言った。
 アッシュブラウンの髪を三つ編みにしている彼女は、少し早口でしゃべるのが特徴的だ。

「好きなんだ、料理」

 城でも前世の食べ物恋しさに、いろいろ作ったりしてたしなぁ。
 レシピがわかっていても、この世界で再現するのって意外と難しいんだ。
 何せこちらは、お店に行けば何でも食材がそろう日本ではない。作りたいのに、必要な食材がない場合もある。
 そういう時は、見た目は違っても味が同じもの、味や特徴が似ていて代用になりそうなものを探して、活用するしかなかった。

「実家じゃ、カイルも巻き込んでやってたよ」

 初めは料理長と一緒に試行錯誤していたんだけど、料理長は忙しいのでカイルとやるようになったんだ。
 俺が、「ね」とカイルを見ると、彼ははにかんで頷いた。

「そうですね。それで鍛えられました」

 その言葉に、皆が「へぇ」と驚く。
 カイルは、もともと料理ができたわけじゃない。
 食べ物は、腐ってなくて食べられれば充分。魚や肉は、焼いて塩を振れば充分。
 そんな感じだったから、グルメに対してどんよくな俺に、初めは全然理解を示してくれなかったもんなぁ。
 こっちの世界の料理だって、素朴で美味しいけどさ。色んな味を知っちゃってるとなぁ。しょうに食べたくなるんだよね。
 俺は日本での食事に思いをせながら、ハーブティーを一口飲む。
 すると、どこからか「フーフー」と息を吹く音が聞こえてきた。
 ターブが紅茶を一生懸命冷ましているようだ。そんなに猫舌なのか……。
 強く吹くからか、そのたびにカールのかかった金髪が、ふわふわと持ち上がっていた。
 ……何だか俺の召喚獣のこうけい、コハクを思い出す。

「そう言えば、ターブは何で調理を選んだの? 料理とか得意なの?」

 調理を選択する男子は少ないから、ちょっと気になる。
 冷めたお茶にようやく口をつけたターブは、にっこりと微笑んだ。今までしょんぼりした顔ばかりだったので、初めて明るい表情を見たかもしれない。

「得意ではないんだけど、姉さんが可愛いお菓子好きだからさ」

 そう言ってにこにこと笑う。

「お姉さんにあげるの? 素敵ね」

 アリスが褒めると、ターブは少し照れた。

「ゲッテンバー先生に習うと、可愛いお菓子や料理を作れるようになるらしいんだ」

 お姉さんにあげるために、得意でない調理を選択するとは……けなすぎるっ!
 俺はこみ上げてくる気持ちを抑え、口元を手で覆った。
 そんなにお姉さんのこと好きなんだなぁ。
 すると「あれ?」とライラが首を傾げた。

「お姉さん確か、一学年上よね? 二年にもゲッテンバー先生の授業があるじゃない。あげちゃったら、お姉さんがいっぱい食べることにならない?」

 その質問に、ターブは顔を曇らせる。

「姉さん、調理の授業は取ってないんだ。才能がなくて……。一年の時に受けて、単位取れなかったから……」

 お姉さんも、レイと一緒で壊滅的なのか……。元カップルの、意外な共通点。
 つか調理で単位取れないって、何をやらかしたんだろう。ゲッテンバー先生は、単位に関してわりと甘いって聞くのに。
 しかし、それは追及してはいけない気がした。

「そ……そっか! じゃあ、そろそろ作業再開しよう。美味しくて可愛いクッキー作ってあげないとね?」

 俺が微笑むと、ターブはこっくりと頷いた。
 ターブが寝かせた生地を薄く伸ばす。それを六等分にして、個別に成形することにした。
 ゲッテンバー先生の授業では、型抜きで成形するようだ。型はいくつかあって、それを使って生地をくり抜いていく。
 動物や花、ハート型なんかもあった。ハートはこちらでも可愛いものの象徴なんだな。
 ゲッテンバー先生いわく、型抜きした後、ようで可愛い顔を描いてあげるのがオススメとのことだった。
 これなら可愛いクッキーになるし、ターブのお姉さんも気に入るだろう。

「ゲッテンバー先生、できました」

 型抜きして天板に載せたクッキーを、かまどの部屋に持っていく。

「あら、早いわね。それに可愛くできてるわ! じゃあ、表面が乾く前に焼きましょう」

 かまどは煮炊きができるような形と、ピザがまのような形が横並びになっているタイプだった。今回はオーブンとして使いたいので、かま側を使用する。

「先生がまきを燃やして熱くしておいたから、あとは入れるだけよ。火傷やけどしないようにね」

 ゲッテンバー先生がかまの扉を開けると、熱風が吹き出した。
 火はもう小さかったが、かまの中はだいぶ熱い。
 炭の燃える朱色が煌々こうこうと中を照らしていて、その美しさに見入ってしまいそうだ。
 ん? あれは……。
 中では火の妖精二匹が、手をつないで踊っていた。とても楽しそうで、思わず笑みがこぼれる。
 クッキーの並んだ天板を差し入れると、火の妖精たちははしに寄りながら興味ありげに見ていた。

【あ! 何か入ってきた!】
【きたね!】
【燃やしていいかな?】
【いいね!】


 妖精たちがそう言うと、だんだん小さい火が揺らめきだす。
 ちょ! ダメダメ!!

「クッキー燃やしちゃ駄目だからねっ!」

 思わず出てしまった声に、俺は慌てて口を押さえ、ゆっくり振り返る。
 やってしまった。これではかまに話しかける不思議ちゃんだ。
 皆、聞いてたり……する?
 おそるおそる周りの反応をうかがう。
 オルガたちやゲッテンバー先生、それに近くにいた他の班の子たちは、俺を見つめ目をまたたかせていた。 
 聞かれてたっ! 聞き逃してくれていたらと思ったのにっ!
 しかし、皆はそんな俺からバッと顔をらすと、何かをこらえているかのように震えだした。
 ん……? どうした? 笑ってんのか?
 笑うならいっそのこと、もっと大きく笑い飛ばして欲しい。
 皆の様子に首を傾げていると、ゲッテンバー先生がいきなり俺を持ち上げて抱きしめた。

「うわっ!」
「フィル君たらっ、何て可愛いのっっ!」

 はいぃぃ? 何言ってるの突然。
 そう思ったけれど、ゲッテンバー先生が締め上げるのでそれどころではなくなった。

「先生……苦しい。胸板が厚い……」

 俺がギブアップだとパシパシ腕を叩くと、先生は慌てて腕の力を緩めてくれた。

「あら、ごめんなさい! いとしい衝動を抑えきれなくて!」

 おほほと笑いながら、そっと床に下ろしてくれる。
 抑えてよ先生……。

「だってフィル君たら、『燃やしちゃ駄目だからね!』なんて可愛いこと言うんですもの」

 ゲッテンバー先生の言葉に、皆がうんうんと大きく頷く。

「フィル君ってしっかりしているけど、私たちより年下なんだもんねぇ」

 ライラは腕組みしながら、しみじみと呟く。頭を撫でたいと言わんばかりの表情をしていた。
 つまり……幼い子のたわごとと受け取ってくれたのか?
 不思議ちゃんだと思われなかったのはいいけど……。可愛いお子ちゃま扱いにショックを受ける。
 俺、死んだ年齢に現世の歳をプラスにしたらアラサーなのにっ!
 そんな風に落ち込む俺の肩を、カイルがポンと叩いた。
 理由はわかってますから、という顔だ。

「…………ありがと」

 焼き上がるまでは、それから十五分ほどかかった。クッキーの焼けるいい香りに包まれ、俺のショックはやわらいでいく。俺も相当単純だ。
 クッキーを取り出すために扉を再び開けると、火の妖精たちがトテトテとかまから出てきた。そして、えっへんというようにお腹を突き出す。

【燃やしてないよ!】
【ないね!】
「ありがとね」

 俺はこっそりお礼を言う。俺が微笑むと、火の妖精はますますお腹を突き出した。
 ゲッテンバー先生にクッキーの天板を出してもらい、焼き上がりを見る。

「美味しそうにできたわね」

 アリスの言葉に俺は頷く。かまで焼くのは難しいのだが、火の妖精のおかげか焦げることもなく上手に焼けている。
 しかし、天板をのぞき込んだターブは情けない顔で叫んだ。

「あぁぁっ!!」
「ど、どうしたの?」

 ターブの視線の先を見る。その辺りは確か、ターブが成形した範囲だ。

「あ……」

 オルガが声を漏らす。一番大きなハートのクッキーに、少しだけれつが入っていた。
 大きくしたいと分厚めにしていたから、焼く時にぼうちょうして割れちゃったのか。

「あらぁ、ひびが入っちゃったわね」

 ゲッテンバー先生の言葉を聞いて、ターブはしょんぼりと肩を落とす。

「小さいのもあるじゃない。これをお姉さんにあげればいいのよ」

 ライラは明るい声で、ターブの背中を叩く。ゲッテンバー先生も、ターブの頭を撫でてなぐさめた。

「料理は愛情なんだからっ! 見た目じゃないのよっ!」
「はい……」

 ターブは頷くが、気持ちは落ちきってしまったようだ。
 随分と張り切っていたからなぁ。

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