転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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3巻

3-4

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 俺は腕組みしながら、周りの班の進行具合を見る。
 俺たちは一番進みが速かったが、まだこれから焼くという班も多いみたいだ。

「ゲッテンバー先生。まだ他の班ができるまで時間があるし、これに飾り付けをしちゃ駄目ですか?」

 俺が聞くと、先生はクネリと頬に手を当ててうなる。

「んーいいけど。でも飾り付けできるような材料は用意してないわよ?」
「ありがとうございます! 大丈夫です。ここにある材料を使うんで。ターブ、そのクッキー持ってきて!」

 俺はすぐさま調理室の作業台に向かう。それからすり鉢に砂糖を入れて、先ほどよりさらに細かくすり始めた。
 粉砂糖になったら、卵白を入れる。余った卵黄は、後でカスタードクリームにしよう。
 よし、アイシングの準備完了!
 アイシングは砂糖でクッキーに絵や文字を書いて、デコレーションする手法だ。俺が高校生だった時、女子たち相手にスイーツ教室をやっていた時もアイシングは人気だった。

「何やってるの?」

 声をかけたアリスと同じく、作業台に戻ってきた皆が不思議そうに見つめている。

「これでクッキーに絵を描くんだ。固まればのりの役目をするから」

 クッキーが冷めたのを確認した後、お手本として自分のクッキーにアイシングをほどこす。絞るものがないからスプーンやようでチマチマやるしかないが、なかなか上手くできた。
 丸いクッキーにクマを描く。

「わぁ、可愛いー!」

 アリスの声がワントーン上がった。ライラやオルガも出来上がりを見て、感嘆の声を上げる。
 あとは乾燥させるだけなんだが、何時間も待てないから鉱石を使おう。クッキーくらいなら、漢字をイメージせずに重ねがけでいいかもしれない。
 火と風の鉱石がついた指輪を取り出して、ブツブツと呟く。

「かんそう。かんそう。かんそう。かんそう。かんそう」

 様子を見ながら乾燥させる。なんだか念仏みたいだな。
 ……よし、固まったかな?

「ほら、こんなに硬くなった。この方法なら補修できるよ」

 ターブは俺のクッキーを見て、パァっと顔をほころばせた。

「ありがとう!! 恩に着るよ!!」

 そう言って、見よう見まねでアイシングを始める。
 良かった。これで可愛いクッキーをお姉さんにプレゼントできそうだ。
 俺はホッと息を吐いた。すると、そのやり取りを見ていた女子たちが、ズイっと詰め寄ってくる。

「え、何? どうし……」
「私たちもやりたいっ!」

 え……。

「どうやってこれ作ったの? 教えて!」

 ええぇ……。

「乾かすのに鉱石を使ってたよね? これやったら、乾かしてもらえる?」

 えええぇ……。
 困った。いや、そりゃそうか。皆もやりたくなるよね。
 やってもいいんだが、皆は鉱石を持ってないしなぁ。俺が全部乾かすしかないのか?
 平仮名で念仏みたいに唱えるのは面倒だ。漢字を使いたい……。気楽にやっちゃった俺の自業自得なんだけど……。
 うーむとうなっていると、カイルがサッとかばうように俺の前に立った。

「やるとしたら一人一個。授業に支障が出るため、今の時点で焼き上がっている者だけだ。希望者には、作り方を今から説明する」

 カイルの言葉を聞いて、女子たちは大きくうんうんと頷いた。

「それから鉱石で乾燥させるのは、フィル様にお願いすることになる。それは集中がいる作業だ。皆、フィル様から一定の距離を取ること。俺が窓口となってフィル様に渡そう。では希望者は、自分のクッキーを選んできてくれ」

 俺とカイルを取り囲んでいた女子たちは、キャーッと声を上げながら散り散りになっていった。

「あの……カイル?」

 テキパキ出された指示に、俺は呆気にとられてポカンとする。
 カイルは、やってしまったというような顔で、俺を振り返った。

「あの……すみません、つい。収拾つかなくなると思って……」

 いや、うん。ありがとう。念仏を延々と唱えずに済むだけマシだと思うことにする……。

「フィル君! お願いします! まず何をしたらいいですかっ!」

 キラキラした顔の女子たちから、準備万端と声がかかる。

「…………はい」

 俺は諦めて、女の子たちに返事した。
 それから俺とカイルは、最後の班が焼き上がるまでの間、アイシング講座と鉱石での乾燥作業を続けることになったのだった。


   ◇ ◇ ◇


 ボールの跳ねる音が……する。
 繰り返されるその音に、我――コクヨウはパチリと目を開けた。
 フィルに撫でられているうちに、どうやら眠ってしまったようだ。
 欠伸あくびを一つすると、ベッドに寝たままの状態で手足を伸ばした。その拍子に体からコハクが転げ落ちる。
 ヒヨコめ、上で寝ていたのか……。
 鼻息を吐くと、その息がかかってくすぐったかったのか、コハクは小さくクシャミをした。一瞬目を開けるが、またヒーヨヒーヨと寝てしまう。
 小さい生き物は普通、我を恐れるものだが、コハクは全くものじしない。変な奴だ。
 起こすのは諦めて、部屋の中を見渡す。
 窓辺では精霊のヒスイがふわふわと浮かんでおり、部屋の中央ではふくろねずみのテンガと毛玉猫のホタルがボールで遊んでいた。
 だが、先ほどまで我を撫でていたはずの、フィルの姿が見えない。
 また何処どこかに行ってしまったのか?
 起き上がると、それに気づいたテンガがボールを持ってやって来た。

【アニキもボール蹴りやるっすか?】
【楽しいです! ボール蹴り!】

 ホタルの楽しげな言葉に、我は首を傾げる。
 ボール……蹴り?
 ホタルは足で蹴るというより、自分が転がって体当たりし、前にボールを飛ばしていた。
 変わったやり方をするものだと思っていたが、あれでも本人の中では『蹴る』という認識なのか。

【夢中になっちゃうっす!】
【なるです!】

 ボール蹴りを、どれくらいやっていたのだろう。二匹は「はふはふ」と息が上がっていた。
 飽きもせずよくやるものだ。ボールを転がして何が楽しいのか。

【やらぬ】

 ピシャリと言うと、テンガはショックを受けたのかボールを床に落とした。ボールはてんてんと音を立てて、ホタルの方へ転がって行く。

【何でっすかーっ!】

 意味がわからないと叫んでいるが、我にとってはお前のほうがわからぬわ。やるやらぬは自由だろう。
 ベッドから下りて、テンガの前に立った。

【それより、フィルはどうした。また学校とやらに出かけたのか?】

 先ほど学校から帰ってきたはずだったが……。夜も学校があるのだろうか。
 すると転がって来たボールを、鼻でつついていたホタルが顔を上げる。

【違うです。フィル様はおっきい人に呼ばれて、お風呂の話し合いに行ったです】
【マクベアーとか言いましたかしら?】

 補足したヒスイの言葉を聞いて、昨夜のフィルを思い出す。
 あぁ……そう言えば、早く岩風呂を作るのだと、楽しげに予定表やら完成図やらを書いていたな。

【ボクもお風呂入りたいです~】

 ホタルが体を左右に揺らして、楽しげに「ナウ~」と鳴く。
 転がって汚れやすいホタルは、グレスハートの城でもフィルに風呂で洗ってもらっていた。
 毛玉猫は基本、水に濡れるのを嫌うと聞くが、どうやらホタルは違うらしい。
 濡れたホタルはプルンとしたみずまんじゅうのように美味そうで、かじりたくなる衝動にかられる。
 それを思い出してジッと見ていると、何やら不穏な気配を感じたのだろうか、ホタルは楽しそうな表情から一変して、バッと警戒した様子で我を見上げた。意外に勘がいい。

【まだ食うとは決めておらん】

 そう言うと、ホタルは慌てて部屋の隅に転がっていく。

【やっぱりボク食べられるです!】
【決めておらんと言うのに……】

 記憶にないのだが、前に我はかじりついたことがあるらしい。フィルいわく、ホタルは未だにそれがトラウマなのだという。かじりついただけなら、良いではないか。うたわけでもあるまいし。
 ……ふむ。そんなことを考えておったら、口寂しくなってきたな。

【テンガ、今日のプリンを出していないのではないか? 早く出せ】
【あれぇ? そうだったっすか?】

 我の要求に、テンガは大きく首を傾げた。
 嘘である。今日の分は、すでに食べていた。
 テンガが出したのだから、よく思い返せばわかるはずだ。
 だが我に言われると、まだだったかもしれないという気になるらしい。

【ぷ・ぷ・プリンはどこっすか~】

 歌を歌いながら、ごそごそとお腹の袋を探る。テンガは袋を使って空間と空間を繋ぎ、そこにあるものを持ってくることができるのだ。

【あら、よろしいの? 一日五個までと、フィルに言われてますでしょう?】

 ヒスイはテンガに聞こえぬよう我に向かって悪戯いたずらっぽく笑うが、止める気はないらしい。
 我はニヤリと笑う。

【おまたせっす!】

 テンガがヨイショと取り出したプリンに、我はおもむろに顔を突っ込んだ。
 口の中にプリンの甘さが広がる。
 やはりこのプリンというものは、毎日食べても飽きぬな。まろやかな卵の味が、苦みのあるソースと絡まって何とも言えぬ。
 悠久の時を生きてきたが、こんな極上のものには出会ったことがなかった。
 口の周りについたプリンを、ペロリと舌でめとり、テンガにおかわりを要求する。
 それも平らげ、さらにもう一つ、プリンを出してもらった。

【アニキは何でプリン食べるっすか?】

 テンガは首を傾げたまま、じっとこちらを見ていた。

【プリンは美味いからな】

 召喚契約を成した獣は本来、生命維持に食物を必要としない。代わりに主人から発するオーラを摂取している。召喚された召喚獣が、主人と離れようとしないのはこのためだ。
 もちろん、食物を摂取してエネルギーを補給することもできる。だがオーラの場合、消化を経ずに直接エネルギーになるので、こちらのほうが効率が良い。ゆえに、召喚獣の食物摂取はこうによるものが多かった。
 すると、おそるおそる戻ってきたホタルが、テンガの背に隠れながら言う。

【でもフィル様の近くにいるだけで、ボク幸せでお腹いっぱいになるです】

 その言葉に、テンガも大きく頷く。

【そーっすよね! フィル様の近くは、キラキラして、ふわ~ってして、るんるんな気持ちになるっす】

 身振り手振りで、楽しそうに説明する。
 確かにフィルの体から発しているオーラは、人の中でも極上だ。しかも、かなり強い性質を持っている。一度摂取すれば、何日かはまかなえるくらいに。
 普通オーラの性質は精神状態によって変化するものだが、フィルの場合、ほとんど変わることがない。どんな危機的状況においても、だ。
 そんな人間など、フィル以外に今まで会ったことがなかった。

【コクヨウさんは、そんな気持ちにならないです?】

 キョトンとして聞くホタルに、我は再度口元のプリンをめた。
 すでに足元には、プリンの容器が三個並んでいる。

【確かにフィルのオーラは極上だ。だが我の場合、お前らと少し異なるからな。フィルのオーラで充分足りてはいるが……過剰摂取せぬための抑制もまた必要なのだ】

 フィルは我やヒスイを含め、これだけの召喚獣にオーラを摂取されてもあり余るほど強いエネルギーを持っている。
 しかし不老不死である我は、他の獣と違い、必要な分を超えて摂取することも可能だ。フィルのオーラを過剰摂取しないための抑止方法が、食物摂取だと言える。
 ……まぁ、ただ単に、我の味覚にプリンがはまったというのも、間違いではないが。

【抑制は、必要かもしれませんわね】

 ヒスイはそう呟いて、視線を下げた。

【ただでさえ、フィルは私をまゆから羽化させる際、生命力を使っていますもの】

 あの時の生命力はすぐ回復したが、一時でも幼い体に負荷がかかったのは確かだ。
 オーラは、生命力とはまた異なり、摂取され過ぎて死ぬことはないが、成長にどんな影響が出るかわからぬ。
 フィルには、まだ面白き世界を見せてもらわねばならない。我の退屈を紛らわせるのは、あの者だけだ。……我の舌を満足させられるのもな。
 我は四個目のプリンに頭を突っ込み、とろりと口にほどける甘みをたんのうした。

【? よくわからないです】
【俺もさっぱりっす!】

 我とヒスイの言ったことが理解できないのか、二匹は頭の上に疑問符を浮かべる。
 その様子を見て、我はため息を吐いた。
 この二匹に説明するのが、だんだん面倒になってきた。

【あ~……つまり、フィルを食べたくならんように、プリンでしているのだ】

 厳密には違うが、大体合っている。この二匹には、これくらいの説明で充分であろう。
 そう見当をつけた我の予想は当たった。言った途端、二匹はあわわわと震えだす。

【た、たた、大変っすっ!】
【フィル様、食べられちゃうです!】
【プリン食べるの大事っす!!】

 さあさあと残りのプリンをすすめる二匹に、我は笑いたくなるのを必死でこらえた。
 ヒスイは後ろを向いて、震えながら笑っているようだ。
 その時、ガチャリと鍵の開く音がした。部屋のドアが開くのと同時に、ひょこりとフィルが顔を出す。

「ただいま~。皆いい子にしてた……あ?」

 部屋を見渡したフィルの視線が、我のところで止まる。
 ……見つかった。
 口元についたプリンはめとったが、足元にある容器は隠せていない。

「コ~ク~ヨ~ウ~」

 ため息を吐いて部屋の中に入ってくる。そして我を持ち上げて、膨らんだお腹を円を描くように撫でた。

「ポンポンじゃん! も~、プリン食べ過ぎたらダメって言ってるのに」

 初めこそ呆れた物言いだったが、見事に膨らんだお腹を撫でているうちにおかしくなったのか、フィルは小さく噴き出した。
 するとそんなフィルの足に、テンガとホタルがすがりつく。

【フィル様っ!】
「え! 何どうしたの?」
【アニキはプリン食べないとダメなんす!】
【フィル様、食べられちゃうです!】
「は? どゆこと!?」

 二匹の訴えに驚いて、フィルは目をまたたかせる。

【フィル~?】

 騒ぎで起きたのだろうか、コハクが寝ぼけまなこでベッドをちょこちょこ歩いてくる。
 それからフィルの姿を確認するや、いきなりベッドからジャンプし、フィルに飛びついた。

【フィル~! ポッケ~!】
「わっ! 危なっ!」

 フィルは我を抱えたままの状態でコハクを受け止めにいき、かろうじて腕に引っかける。
 ホッと息を吐くフィルに、二匹と一羽はそれぞれの場所でグリグリと頭をこすりつけた。

【アニキにプリンっす!】
【食べられちゃやです~!】
【ポッケ~!】

 テンガたちの必死な訴えに、フィルは困惑して叫んだ。

「何なのこのカオスっっ!」 

 その様子を見て、ヒスイはくすくすと笑う。

「平和ですわねぇ」

 まったくだ、と思いつつ、フィルに抱かれた我は大きな欠伸あくびを一つした。



 3


 商学の教室は、五人が座れる半円の机が四台ずつ、二列に並んでいた。
 受講人数は男女合わせて三十人で、男子が八割を占めている。
 五人組六班に分かれ、各班がそれぞれ話し合いを行っていた。
 俺の班のメンバーは定番となりつつある、レイ、カイル、トーマ、ライラだ。
 この授業では、主に交易や販売、流通の仕組みなどを学ぶことになっている。
 商学の授業で興味深いのは、講義の他に実技があることだ。
 前期にはまず理論の講義があって、実技の準備、その後に実技が八回、そして実技のレポート制作をする。長期休みが明けたら、後期にまた似たカリキュラムが組まれていた。
 前期の実技結果をもとに戦略を練り直し、後期の実技に活かすって、なかなか実践的だよね。
 そんな内容なので、実家が商店を営んでいる生徒や、将来お店を出したいと考えている生徒に人気だった。

「前期の実技、どうしようか?」

 俺の言葉に、皆がうなった。
 実技は倫理や法律に反することでなければ、販売でも、飲食店経営でも、パフォーマンスを見せるのでもいい。ただ、もとは限られている。学校側が各班に支給する五百ダイル、日本円でいうところの五千円くらいだ。

「五百ダイルかぁ。前期八回、後期八回、計十六回分の実技で五百って足りないだろ」

 レイは頭をかきながら、ため息を吐いた。ライラはその頭を、教科書でパシンと叩く。

「そのまま割ったら足りるわけないでしょ。前半でなるべく黒字を出して、それで後期をやりくりするしかないの。もし赤字でダイルがなくなっても、補充はしてくれるって先生が言ってたわよ」
「その代わり、駄目な出店例として、皆の前で発表しなきゃいけないんだぞ。それだけは嫌だっ!」

 レイは頭を抱えて、机に突っ伏す。
 するとライラが、「フッフッフッ」と不敵に笑った。

「私が班の中にいて、赤字になんかするものですか。いろいろやるには資金が大切。後期のために、がっちり稼ぐわよ!」

 ライラの瞳は、やる気でギラギラと輝いていた。
 頼もしい。さすが『商売人の血が濃い』と自ら言っていただけある。
 トーマは羽ペンの羽先をさわりながら、小さくうなった。

「じゃあ、もとを増やすためにも、前期は確実に黒字になりそうなことをしなきゃね」

 黒字か……。
 店の賃貸料・光熱費等は、決められた範囲内であれば支払う必要はない。仕入れ分を売上が上回れば、多少なりとも黒字になるはずだ。

「普通に考えたら、販売か飲食店がいいんじゃないか?」

 カイルの言葉に、ライラが頷く。

「そうね。可愛いフィル君とかっこいいカイル君がいるから、何かを観せるのも良いなと思ったけど、二人に却下されちゃったしなぁ」

 チラッとこちらを見るライラに、俺たちは手で大きくバツを作った。

「目立ちたくない」
「裏方以外は却下だ」

 ライラは「残念」と肩をすくめ、そんな彼女に俺はため息を吐いた。
 ただでさえ歓迎会で目立ってしまっているんだから、これ以上、見世物になるのは勘弁である。
 それになぁ。歓迎会のことがなくても、パフォーマンスは難しい。
 実技の時間は、商学の授業時間の二時間があてられている。パフォーマンス用の場所は狭いから集客人数が限られているし、お客さんの入れ替えをするだけで結構時間を取られるはずだ。
 飲食店は経費がかかりそうだから、やるなら前期より後期向きだろうし……。
 俺はあごに手をあてて、少し考えて言った。

「前半の実技は、販売にてっしたほうがいいんじゃないかな?」

 俺が皆の顔を見渡して言うと、皆も同じことを考えていたのかすぐに頷いた。

「原価を抑え、高く売れれば黒字になりますね」

 カイルの言葉に、トーマが手を挙げる。

「何か工作して売るとか? 木彫りなら仕入れタダだし」

 なるほど。職人の家のトーマらしい提案だ。確かに木は近くの森に行けばいっぱい転がっている。
 だが、カイルとレイは難色を示した。

「仕入れはタダだが、買ってもらえなきゃ意味がないぞ。客は学生だからな。財布のひもが堅い」
「そうそう。安い木彫りなら売れるかもしれないけど、そうなると数が必要になるし。高いと買わないだろうからな」

 その二人の言葉に、ライラも大きく頷いた。

「そうね。数を作るとなったら、かいめつくんは戦力にならないもの」
「俺が壊滅的なのは、料理と美術だっ!」

 自分のことだと察して、ツッコミ入れちゃうあたりが悲しい。
 レイが言い返すと、ライラは「どうだかねぇ」と口の片端を上げて笑った。

「ごめん、レイ」

 提案したトーマが、しょぼんとうつむいて謝った。

「な、なんで謝るんだよ? 俺だって加工はできるってっ!」

 レイはそう言うが、俺たちは先日の加工の授業にて彼の実力を知っていた。壊滅的とまではいかなくとも、不器用である彼の実力を……。

「ま、まぁ、木彫りは置いといて、他にないかな? 買いたいと思わせる魅力があって、仕入れが安めで数を確保できるやつ」

 俺が話題を変えたことを、少し不服そうにしつつレイが言う。

「先輩の話じゃ、去年売れゆきが良かったのはお菓子の詰め合わせなんだって。色んな味があるから飽きないし。授業終わりとか、寮で食べるのに丁度良かったらしくて。まぁ、それは後期の実技で、もとが多かった時の販売物らしいけど」

 あー、詰め合わせじゃ材料費が結構かかるもんな。当然だろう。
 だが、なるほど。お菓子か……。
 調理したものを販売するには、調理室で作ることと、ゲッテンバー先生に衛生管理や味を確認してもらうことが条件になっている。だが、それをクリアすれば調理室や調理器具は自由に使えた。
 材料費としても安価な部類ではある。

「そうか! お菓子!!」

 ライラはハッとして、パチンと手を打った。皆の視線がライラに集まる。

「クッキーよ!」

 ライラの提案に、俺は眉をひそめた。

「……クッキー? それは普通すぎない?」

 学内にあるお店でも、色んなクッキーが販売されている。
 わざわざ学生が作ったクッキーを買いに来る人なんて、いないんじゃないかな。

「売れる?」

 首を傾げる俺に、ライラは大きく目を見開いた。

「何言ってんの? 売れるわよ! フィル君のクッキーなら売れるわ!!」

 俺のクッキーなら?
 ライラの力強い言葉に、レイとトーマの表情がパッと明るくなった。

「そうか! 確かにフィルのクッキーうまかったもんな!」
「うん、ものすごく美味しかった」

 食べた時のことを思い出したのか、二人は幸せそうな顔になる。
 確かに調理で作ったクッキーを分けてあげたら、二人とも感動しながら食べていたけど……。

「そ、そうかな?」

 俺の問いに、二人は大きく頷く。

「うん。食感が違うんだよ。口当たりがいいって言うかさ。俺が今まで食べてた、ザクザクボロボロしてたのは何だったんだーって感じ」
「うん。フィルのはサクっとしてて、それでいて崩れにくいから食べやすいよね」

 こっちじゃ粗めの砂糖を使うのが主流だから、俺が作ったタイプは珍しいらしい。しかし砂糖を細かくしただけなんだけど……。 
 クッキーでもいいんだが、それだけっていうのは何か心配だな。調理室で他の班の人も俺の作り方を見ていたから、コツは知られてるわけだし……。

「ライラ、クッキーだけ? お菓子の詰め合わせじゃなくて?」

 不安になって尋ねた俺に、ライラは頷く。

「そりゃあ、詰め合わせにしたほうがいいけど。材料費が足りないから、クッキーだけでいくわ!」
「えぇぇ。集客に……自信ないんだけど……」 

 ライラは眉を下げる俺に向かって、にっこりと微笑んだ。

「大丈夫。調理で一緒だった女子たちのおかげで、結構女子寮では噂になってるのよ、フィル君のクッキー」

 カイルは、なるほどと頷いた。

「それならば話題性があると思いますよ。フィル様」

 あー……うん。女子の口コミの威力はすごいから、確かに大丈夫かもしれないけど……。
 いきなりプレッシャーだな。

「せ、せめてクッキー何種類かで売り出させてください……」

 多少は保険を……と思い、俺はか細い声で言った。


   ◇ ◇ ◇


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