転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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3巻

3-5

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 商学の授業の翌日は、楽しみにしていた鉱石学の授業だ。
 講義資料に書かれていた通りに、俺たちが鉱石学の教務担当室に入ると、窓辺に一人の女性が立っていた。
 女性は、ワインレッドのタイトなロングワンピースを着ていた。その上に白衣に似た薄いコートを羽織り、黒のヒールをカツカツと鳴らして、ゆったりとした動作でこちらに歩いてくる。
 一列に並んだ俺たちの前で止まると、ウェーブのかかった長い髪がふわりと揺れた。
 切れ長の目を細め、くわえていた極細の葉巻を指で挟んで口から離す。
 あれはミントの葉巻だ。葉巻と言っても火を付けて吸うものではない。んで清涼感を味わう、葉巻型のミントガムみたいなものだ。
 だから子供が味わっても害はないけど、多分子供はやらないだろうなぁ。俺も一回試したことがあるが、青臭いし、使っているミントが尋常じゃなく辛い。辛すぎて、しばらく舌がしびれるくらいだ。
 子供どころか大人でも敬遠しがちなのに、平然とんでいるとは……。
 彼女は葉巻を持っていないほうの手で、顔にかかる髪をだるそうにかきあげた。長く白い指先からアッシュグレーの髪がこぼれ落ちる。

「ふぅん。今年はお前らか……」

 俺たちをゆっくり見渡して、片側だけ口角を上げる。
 少しハスキーな声は何だか色っぽくて、ちょっとだけドキドキした。レイなんて、頬が赤くなっている。
 彼女が鉱石学担当教師、シエナ・マイルズ先生か……。
 噂でとても気難しい人だと聞いていたので、いかつい年配の女性なのかと想像していたのだが……予想と大分違った。
 年齢は三十代前半くらい。化粧っけがないのに美人で、だるげに髪をかきあげる仕草はとてもさまになっていた。
 見定めているかのごとく、ジッと人を見つめるのはくせなのだろうか。そのグレーの瞳で見つめられると、ドキドキしてしまう。
 シエナ先生は身をひるがえし、部屋の奥に戻っていくと、窓際に置いてある一人掛けの大きな椅子にどっかりと座った。
 椅子の近くには小さなサイドテーブルと、大きめのクッション、ひざ掛けがある。どうやらそこが、彼女の定位置のようだ。

「とりあえず、そこら辺に座れ。置物みたいに並ばれても邪魔だ」

 座れと言われても……。
 きょろきょろと部屋を見渡す。
 教務担当室の広さは十五畳ほどで、縦に長い。横にいくつかドアがあるので、他にも部屋があるのかもしれない。
 奥には大きな窓が一つあり、その前には書類の積まれた机とシエナ先生が座っている大きな椅子がある。
 鉱石学の教務担当室なだけあって、両脇の棚や机には色々な鉱石や鉱石関係の書物が置かれていた。窓から入る光が鉱石をきらめかせ、グレスハートの街にあった鉱石屋の店内を思い出させる。
 見渡したけど……ないじゃん、座れそうなもの。まさかこの石の床に、じかに座れと言うのか? 冷たそうだなぁ。
 床を見つめながらちゅうちょしていると、アリスがシエナ先生のもとへすたすたと歩いていった。

「先生。そちらのじゅうたんを、お借りしてもよろしいですか?」

 指さす先をよく見ると、幅の狭いじゅうたんが丸めて立てかけられていた。
 シエナ先生のひざ掛けが載っていて気づかなかったな。なるほど。それを敷いて座ればいいのか。

「ああ、構わない。ついでにそこにあるクッションも使え」

 チラリとじゅうたんを見てシエナ先生が頷くと、アリスがぺこりとお辞儀をする。

「ありがとうございます」

 アリスがじゅうたんつかんだので、俺たちは慌てて手伝いに向かった。小さくても毛足が長く目の詰まっているじゅうたんは、持つとズッシリと重い。

「アリスとライラはクッションをお願い」

 男子は先生の座る椅子の前にじゅうたんを敷き、女子がいくつかあったクッションを置く。縦六十センチ、横二メートルほどのじゅうたんは、六人が横並びで腰を下ろすのにちょうど良かった。
 痛くない! 冷たくない!

「ありがとうアリス」

 さすがアリスだ。よく気がつくなぁ。
 俺がにっこり笑うと、アリスは照れたのか、ちょっと頬を染めて首を振った。

「お礼なんて、大げさよ」
「そんなことないよ」

 洞察力と機転がかないと、なかなかできないことだ。

「しかし六人ねぇ……。校長も、いっそのこと授業やらなきゃいいのに」

 シエナ先生は俺たちを見下ろしてため息を吐くと、葉巻をくわえ直して椅子の背にもたれかかる。
 いかにも面倒だと言わんばかりだ。
 俺もまさか鉱石学の授業が、これほどまでに人気がないと思わなかった。選択したのが俺たちだけなんて……。よほど、気難しくて単位を取りにくいという噂が一年生に広まっていたのだろう。

「失礼ですが、授業の需要がなくなったら先生が困るんじゃないですか?」

 シエナ先生をぐ見て言うカイルに、俺たちは一斉に視線を向けた。
 言ったぁぁ! めちゃくちゃ言いにくいことをズバリと!
 まぁ、俺も思ったけどさ。まだ鉱石の力や価値を知っている人は少ないからな。一般的には、鉱石学なんて必要ないと思われがちだ。授業の需要がゼロになったら、シエナ先生だって職を失うのではないだろうか。
 しかしそんな俺たちに向かって、シエナ先生はニヤリと笑う。

「別に困らないさ。私はこの部屋をステア王国から買い取っているからな」

 は? 買い取ってる??
 俺たち全員の頭の上に、大きな疑問符が浮かぶ。
 そしてライラが、「あの……」と声を上げた。

「つまり……この部屋は、シエナ先生のご自宅……ってことですか?」

 質問しながらも、自分の言葉に不安が残るのだろう。眉間にしわが寄っている。

「そうだよ」

 シエナ先生はさらりと認め、椅子の肘掛けに頬杖をついた。
 学校の一室を……自宅に? 聞いたことがない。普通はあり得ないよな。
 こちらの世界じゃあることなのかとも思ったが、他の皆も驚いているから、やはり珍しいのだろう。

「あの……どういったいきさつで?」

 興味があるのか、レイが身を乗り出して聞く。

「この学校にライオネル・デュラントがいるだろう? 私はもともとあいつの話し相手として、このステア王国に招かれていてな」

 二年のライオネル・デュラント先輩。うちの学校の生徒総長だ。この学校を創設したステア王国の第三王子でもあるのだが……。
 王子だというのに、あいつ呼ばわり……。そんなに親しい仲なのだろうか?

「デュラント先輩の話し相手ですか……?」

 首を傾げるトーマに、シエナ先生は頷いた。

「そう。ライオネルは幼い頃から、体が弱いものの知識に関してはどんよくでね。その中でも、まだ謎の多い鉱石に関心があるようだった。私もちょうどステア王国の鉱石を研究したいと思っていたから、その話に乗ったんだ」

 さすがは聡明と名高いデュラント先輩だ。小さい頃から探究心に溢れてたんだなぁ。
 俺たちは「へぇ~」と感心する。

「で、ライオネルが学校に行くことになった時に、お役御免となるはずだったんだが……。あいつたっての希望で、ここの教師にならないかと誘われてな」

 シエナ先生は眉間にしわを寄せ、ため息を吐いた。

「初めは断ろうとしたんだ。ライオネル以外のガキどもはうるさいし、教師なんて面倒ばかり。だが、ライオネルは数年だけでもいいからと言って譲らなくてな。だから、条件をつけたのさ」

 シエナ先生は、俺たちを見て不敵に笑う。

「任期は五年。学校の一室を、自宅として買い取らせること。学校行事や催事には参加しない。教員としての雑務もしない。授業以外の時間は、研究にあてさせること。授業内容についての指図や文句は、一切受け付けない」

 む……むちゃくちゃな条件だ。
 だがシエナ先生がここにいるということは、ステア王国はその条件を呑んだのだろう。それだけ、シエナ先生の知識は生徒に必要だと判断したということか。

「でも、何でわざわざここを買い取ったんですか? 街に教務員用の部屋を無料で借りられたはずですけど」

 アリスが首を傾げ、シエナ先生はそれに頷いた。

「そうだな。……だが、ここには巨大図書館があるし、皆、寮や家に帰るから夜は静かで研究向きだ。誰かに頼めば購買で食事も買ってきてもらえるし、仕事場である教室にもそこのドアを通ればすぐに行ける。それに何より……」

 シエナ先生は悠然と微笑んだ。

「期限が終わり仕事を辞めることになっても、追い出されることなくこの環境が守られるだろう?」

 ……完全なる引きこもりライフだな。
 言われてみれば、学校が始まってしばらく経つが、入学式どころか敷地内でもシエナ先生を見かけたことがなかった。
 当然だよな……この部屋に引きこもってるんだから。

「まぁ、安心しろ。鉱石の知識はちゃんとお前たちに与えてやる」

 そう言って細いミントの葉巻をくわえるシエナ先生に、アリスが手を挙げた。

「シエナ先生、鉱石の授業は隣の教室でやるんでしょうか?」

 この教務室の隣には、鉱石学専用の教室がある。百人も収容できる、大きな教室だった。
 アリスの質問にシエナ先生は「ふむ」と考えるようにうなる。

「通常はそうなのだが、今年はお前たちだけだからな。わざわざ隣の教室を使うまでもないだろう。ここでやる」

 確かに、広い教室にたった六人の生徒では、ただスペースを持て余すだけだ。
 それにこの部屋には、鉱石や鉱石関係の書籍などが溢れている。教材に囲まれたこの環境は、講義を受けるのに最適といえた。

「お前たちもこの人数だ。授業ではなく、研究会だと思え」

 そう言って笑うと、葉巻をくわえ直す。
 研究会か……そうだな。人数の少なさにちゅうちょしてしまったが、この少数でむしろ良かったのかもしれない。
 少人数だから質問しやすいし、一緒に考察するのは普通の授業を受けるよりもためになりそうだ。

「わかりました。では次回、この部屋に持参したいものがあるのですが……」

 アリスの言葉に、シエナ先生が首を傾げる。

「何をだ?」
「簡易的な椅子と、文字を書きやすいよう画板を。よろしいですか?」

 あ、そうか。いつも床に座るわけにはいかないもんな。メモを取りたくても、こちらの世界は羽根ペンだ。下手に書こうとすると、紙が破けてしまう。
 シエナ先生は葉巻を口から外し、アリスをジッと見つめた。

「いいだろう。お前……名は?」

 問われて、アリスは立ち上がりお辞儀をした。

「アリス・カルターニです」

 シエナ先生は、にっこりと微笑む。

「そうか。賢くて機転のく子供は嫌いじゃない。よろしくな」

 こういう笑顔は初めて見た。美人が微笑むと威力は抜群だな。

「は、はい!」

 女の子のアリスでさえ、カァッと頬を赤らめている。
 するとそれを見ていたレイが、勢いよく立ち上がった。

「僕はレイ・クライスと申します。こんな美しい先生に教えていただけるなんて光栄ですっ!」

 レイはにっこり微笑み、シエナ先生に向かって頭を下げる。それはまるで、女王様にかしずく従者のごときうやうやしさであった。
 ……演劇みたいに大げさな仕草だ。ミュージカルだったら、きっとすでに歌いだしている。
 選択授業を決める時は一番渋っていたのに、美人と知って手の平を返すとは……。
 レイのひょうへんっぷりに、皆呆気にとられていた。
 レイ、ライラを見なよ。苦虫をみつぶしたみたいな、嫌悪感いっぱいの顔をしているぞ。
 しかし当のレイは、そんな外野の目は気にならないらしい。
 自分にも微笑んでくれないかと、期待に満ちた瞳でシエナ先生を見つめている。
 シエナ先生はそんなレイを冷ややかな目つきで見下ろすと、鼻で笑った。

「そうか、私はお前を好かない」

 随分キッパリとおっしゃった! これは手厳しい。
 ピシャリと言われてさぞガックリしてるだろうと思ったら、レイは自身をかき抱いて体を震わせていた。
 どうした? 持病のしゃくでも出たの? 持病があるのか知らないけど。
 レイは自分の体を抱きしめたまま、震えを抑えつつ叫んだ。

「何だこの清々すがすがしいまでの拒絶っ! 美人にされるとこんなにも破壊力がっ!」

 おい、新しい扉開きそうになってるな。大丈夫か。
 レイの様子に皆がドン引きしていると、カイルがサッと立ち上がった。

「正気に戻れ」

 ぺしっ! と音を立ててレイの頭を叩く。

「イッテー!」

 今度は頭を抱えて、レイがうずくまった。
 やり方は荒っぽいが、正気に戻ってくれたようだ。
 良かったなぁ、レイ。その扉、簡単に開けていい扉じゃないぞ。

「そこの背の高いのは、何て名前だ?」

 シエナ先生があごに手をあて、興味深げにカイルを見つめる。

「カイル・グラバーです」

 カイルは名乗り、ぺこりと頭を下げる。
 シエナ先生はカイルの頭から足まで、視線を往復させた。カイルはジロジロと見られ、居心地悪そうにしている。

「あのぉ……カイルが何か?」

 俺が控えめに声をかけて、ようやく長い間見ていたことに気づいたらしい。

「ん? ……あぁ、少年のわりには鍛えられたたいだと思ってな」
「それは何の確認でしょう?」

 少し眉を寄せたカイルに、シエナ先生は小さく笑った。

「気分を害したか。鉱石を手に入れるためには、森や山に行くことがあるからな。課外授業で役に立ちそうだと思ったまでだ。他意はない」

 やはり六人でも課外授業はやるのか。人数が少ないから、やらないかもって心配したが……。

「あの~課外授業は危険なんですか? ……僕は剣術、からきしなんですけど」

 トーマが不安げに手を挙げる。

「お前は?」
「あ! トーマ・ボリスです!」

 トーマは慌てて立ち上がって、勢いよく頭を下げる。
 シエナ先生はそんなトーマの名前に反応した。

「あぁ、今年の首席か。確かにお前は戦力にはなりそうにないな」

 正直に失礼なことを言う。
 しょんぼりとしながら上目遣いをするトーマに、シエナ先生は苦笑した。

「まぁ、心配するな。今年の受講人数が少ないのは、始まる前から知らされていたからな。剣術の授業との合同で、課外授業を行えるよう手配してある」 

 どうだ抜かりないだろうとばかりに、葉巻をくわえて口角を上げる。
 剣術と合同か。俺とカイルとライラは剣術も選択してるから、合同なら一石二鳥だな。

「あの先生」

 今度はライラが、手を挙げて立ち上がった。

「ライラ・トリスタンです。課外授業で採掘した鉱石の余りって、安く買い取ることは可能ですか?」

 え! 俺てっきり全部貰えるものだと思っていた。しかし言われてみれば、鉱石は売れば装飾用としてお金になるものな。貰ったらマズイのかな?
 新しいのをゲットできると思っていたのに、貰えなかったらショック!

「トリスタン……手広く商売している家だな。買い取って流通させるのか? 一応授業で採掘したものだから、そういった場合は承認できないが……」

 シエナ先生が少し真面目な表情をすると、ライラは慌てて首を振った。

「あ、いえ違います。自分のが欲しくて」

 するとシエナ先生は「なんだ……」と息を吐く。

「それであれば買い取る必要はない。自分が採掘した鉱石のいくつかは、研究材料として所有が認められている。多少であれば、商学や加工といった他の授業に回すことも可能だ」

 良かったーっ!! それに他の授業に使えるなら、さらに助かる! 加工に使いたかったし。
 俺は小さくガッツポーズした。

「それにしても、鉱石を買い取ってまで欲しいとは……。実家が商売をしているのだから、いくらでも手に入るだろう?」

 シエナ先生は意外そうにライラを見つめ、首を傾げる。
 ライラは少し言いづらそうにして、チラリと俺を見て言った。 

「確かにいろいろ販売してます。私、家にいた時は、正直興味なくて。でもフィル君が鉱石を使うのを見て、だんだん興味が出てきたんです。だから採掘して、自分の鉱石が欲しいなって……」

 調理の時に俺が鉱石を使ってみせたら、ライラは驚いていたもんな。レイと同じく装飾品としてしか利用価値がないと思っていたから、今まで鉱石を使ったことはなかったそうだ。

「フィル?」

 ライラの視線に導かれるように、シエナ先生の瞳が俺をとらえた。俺は立ち上がってお辞儀をする。

「フィル・テイラです」

 俺が名乗ると、シエナ先生はほくそ笑んだ。

「お前がフィル・テイラか。調理の授業で、火と風の鉱石を併せて使ったらしいな」
「あ……はい」

 頷くが、キョトンとしてしまう。
 何でそんなこと知ってるんだ?
 不思議に思っているのがわかったのだろう。シエナ先生は、理由を教えてくれた。

「ゲッテンバーが、火と風の鉱石を手に入れたいと言ってきてな。理由を聞いたら、お前の名が出てきたのさ」

 なるほど。ゲッテンバー先生、クッキーのアイシングを教えたから実践する気だな。
 アイシングを見た時のゲッテンバー先生の興奮っぷりを思い出して、クッと笑いをこらえる。
 可愛い可愛いと言って、女の子たちより目を輝かせてたもんな。
 俺が何とか笑いを抑え、視線を上げると……ギクリとした。
 え、な、何? シエナ先生が観察するように、ジーッと俺を見てるんですけどっ!
 何だ? 思い出し笑いがまずかったか?
 焦る俺をシエナ先生はぐ見据え、葉巻をひとみする。

「お前には聞きたいことがあったんだ……」

 聞きたいこと?

「何でしょうか?」

 俺は少しだけ眉を寄せて、首を傾げる。

「出身はどこだ?」
「え……?」

 これは予想外。てっきり鉱石関係の質問かと思っていた。

「えっと……デュアラント大陸の、グレスハート王国です」

 何で出身なんか聞くんだろうか?
 俺が不思議に思いながらも答えると、シエナ先生は少し驚いたみたいだった。

「デュアラント?」
「そうです……けど」

 え、何だ? デュアラント大陸だとまずいのか?

「では鉱石を二つ併せて使用するという知識は、どうやって手に入れた? 研究者なら知っているが、あまり一般的ではないだろう?」

 うかがうように質問されて、とっには言葉が出てこなかった。
 うーん……初めて複数の鉱石を使った時は、何の気なしにやっちゃったからな。とはいえ、下手に適当な研究者の名前は出せないし。

「なんて言うか……以前やった時、たまたまできたので……」

 俺は眉を下げて、ひたいをポリポリとかく。
 俺の場合、前世のおかげで多少なりとも科学の知識があるから、火と風の力を使えば乾燥できるとわかっていたし。アニメや漫画でつちかった想像力で、二つ併せたらイケるかもと思ったんだよなぁ。

「たまたま? どういう状況でそうなったんだ?」

 研究者ゆえの探究心なのか。興味津々という風に、身を乗り出してきた。
 困ったな。あんまり追及しないでもらいたいのに……。
 何て答えようか少し考える。

「性質を考えてみたんです。暖かい風は、より乾燥を促すだろうなって思って……。それで、併せて使ってみたらできたんです」

 答えてからチラッとシエナ先生の様子をうかがうと、嬉しそうに瞳をきらめかせていた。そして感嘆したように息を吐く。

「なるほど。その発想力、素晴らしいな。研究というものは、時に常識や既成概念が邪魔をすることもあるものだが……。お前のその自由な発想力は、実に研究者向きだと言えよう」
「は……はぁ。ありがとうございます」

 今までにない熱量で褒められて、俺はぎこちなくお礼を言う。
 さっきまでのだるげな様子は、どこにもない。今彼女の瞳は、俺を通してどこか別の世界を見ている。

「それにしても、鉱石の性質か。それは興味深い意見だ。確かに性質を抜きにして物事を考えることはできないな。理解はしていたが、重視はしていなかった。今まで失敗したものも、それを念頭に置いて実験し直すべきか……」

 あごに手をやって、ジッと俺を見つめながらブツブツと呟いている。
 あ……何かこの感じ見たことある。あの時のトーマだ。

「すごいね。シエナ先生、集中してるね」

 トーマはそう言うと、面白そうに「フフフ」と笑う。
 いやいや、トーマ。君が召喚獣で夢中になる時、これよくやってるからね。
 何かに夢中な人って、自分の世界に入り込みがちなのかな。あの集中力があるから、研究が成せるんだろうか。

「あの、シエナ先生。聞いてもいいですか?」

 アリスは会話に引き戻すように、大きめの声で話しかけた。
 シエナ先生はふっと何度かまばたきをして、アリスに顔を向ける。
 ようやくこちらの世界に戻ってきたらしい。

「何だ?」
「フィルがデュアラント出身だって聞いたとき、驚いていましたよね? どうしてですか?」

 あぁ、それは俺も不思議に思っていた。
 シエナ先生は薄く微笑む。

「てっきり、どこかの研究者の弟子かと思ったんだ。だが、デュアラントと言ったろう? 私たち研究者は、こもってはいるがお互いに情報を交換し合っている。デュアラント大陸には鉱石の研究者がほとんどいないからな。国には研究書も少なかったのではないか?」

 そう言われて、俺とアリスは頷いた。

「確かに、グレスハートに鉱石の先生はいないですし、本もありませんでしたね」

 鉱石屋の親方は多少の研究をしているが、専門家というわけではない。それ以外で鉱石を研究している人も見当たらなかった。
 ちゃんとした先生や本がないのも、俺が留学した理由の一つだもんな。
 そうか。それでシエナ先生は、俺が鉱石を使いこなしていることに驚いたわけか。

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