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3巻
3-2
「あの……さっきの話なんだけど、フィルは選択教科もう決めたの?」
アリスに問われて、俺は資料にある教科名を指さしながら言う。
「えっと、決まってるのは、召喚学と鉱石学と加工。あと、そうだな、商学と薬学はとっとこうかなって思ってる」
これで五つ。単位のことを考えると、あともう二つくらいは必要だな。
「入れるとしたら、あとは剣術と……」
俺が呟くと、アリスとカイル以外の三人が目を見開いて叫んだ。
「剣術!? その小さい体じゃ不利だろう! 死んじゃうぞ!」
「無理はしないほうがいいよ。フィル」
「そうよ。いくらなんでも体格が違いすぎるんだから」
レイやトーマはともかく、初対面のライラにまで言われるなんて……。
マクベアー先輩との試合前みたいに、すごく心配された。
いや、確かにあの時は、三日月熊の爪に引っかかっていただけで、全く活躍できなかったのは自覚してるけどさ。皆が心配するほどではないのだが……。
俺はちょっと拗ねて、口を尖らせた。
「大丈夫。フィルはとても強いのよ。ね、カイル」
アリスはフォローのためか、カイルに同意を求める。未だ疑わしいという顔の三人に、カイルはしっかりと頷いた。
「フィル様は持久力こそないが、体格差を感じさせない動きをする。とてもお強い方だ」
「こんなに小さくて可愛いのに?」
ライラは頭でも撫でそうな様子で、俺を見つめる。
ねぇ、俺ってそんなに愛玩系なのか。
年相応の身長だよ? むしろトーマより、少し大きいくらいなんだからね。
「うーん。カイルはフィル至上主義だからなぁ。それもかなり盲信的な……」
カイルの言葉は信用ならないと唸るレイに、トーマもうんうんと頷いた。
トーマまでひどい……。
「わかった。意地でも剣術受ける」
俺は半眼で皆を見ると、資料と一緒に渡された履修届けに『剣術』と書き込んだ。
それと同時に、レイたちの「あぁぁぁ」という落胆の声が聞こえる。
大丈夫だって言ってるのに。
俺はついでに召喚学、鉱石学、加工、商学、薬学を追加して欄を埋める。
あともう一つ、何にするかな。
トーマの履修届けを覗き込むと大体同じだったが、剣術の代わりに史学と自然学が記入されていた。
史学は国々の歴史だけでなく、地方の伝承も学ぶという。
トーマが動物好きになったきっかけは、ディアロスの伝承だもんな。トーマらしい選択だ。
じゃあカイルは……と見ると、召喚学が入っていないだけで、俺と全く同じだった。
「……いいの? それで」
そんなに不安か? 俺から目を離すことが。
俺が口元を引きつらせていると、カイルは質問の意味がわからないという顔をした。
……無自覚なの?
「いや、他にやりたい選択授業ないのかなって」
「ないです」
見事なまでの即答だ。
だからレイに、『フィル至上主義』って言われるんだよ。
上の席では、自分の履修届けを眺めながら、ライラがため息を吐いていた。
「私はほぼアリスと一緒なんだけど、自然学の代わりに剣術を選択する予定なんだよねぇ。フィル君と試合することになったらどうしよう」
心底悩んでいる顔に、俺は微妙な気持ちになる。
やはり小動物かなんかと勘違いされてないか? 女の子にそんな心配される俺って、いったい。
心配そうな表情のライラを、レイが微かに鼻で笑った。
「女の子が剣術なんて、随分勇ましいことで」
それを聞いて、ライラはピクリと眉を動かす。しかし、すぐさまにっこりと笑顔を見せた。
「仕方ないのよ。最近女子寮の前で、可愛い女の子を見つけちゃ、片っ端から声をかけてる変質者がいるから。護身術は必要だと思うの」
意味ありげなライラの視線に、レイは「なっ!」と言葉を詰まらせる。
レイ……時々姿が見えないと思ったら、そんなことしてたのか。 通報されるから、やめたほうがいいよ。
それにしても、やはりレイの彼女に対する言動が、他の女の子と違う気がする。ライラもレイにだけ特にキツイし……。この二人、知り合いなんじゃないだろうか……。
「アリスちゃんは、選択科目はどれにしようと思ってるの? まさか剣術なんて取らないでしょ?」
嫌味を含んだレイの言葉を聞いて、アリスは苦笑した。
「私はライラと違って武術が苦手だから……。今考えているのは自然学と召喚学と天文学、美術に調理、薬学と鉱石学かな」
「ええっ! アリスちゃんも鉱石学とるの!?」
レイは驚愕して、目と口を大きく開く。
「フィルが鉱石の使い方を教えてくれて、私も興味が出てきたの。フィルに比べたら、私の知識なんてまだまだなんだけど……」
アリスは「ふふふ」と照れた様子で笑う。
正確に言うと、鉱石の使用方法を教えたわけではない。俺は使用しても危険の少ない簡単な漢字を、アリスやカイル、俺の護衛兵士のスケさんカクさんに教えていた。
鉱石を使用するには、表記文字数の短さと、言葉とイメージの一致が大事だ。漢字は、平仮名形式のこの世界の言葉よりも、表記文字数が短くてイメージがより強固になる。その結果、こちらの言葉で鉱石を使うより、漢字をイメージして使ったほうが威力が上昇するのだ。
だが、漢字を知っているだけでは、上手く鉱石を使用できない。漢字の形と意味、頭に思い描くイメージが合致しないとダメだ。
生徒の中では、アリスは一番呑み込みが早く、とても優秀だった。
「鉱石のことで、わからないことあったら聞いてもいい?」
「うん。僕も改めて学ぶことがあるから、一緒に勉強しようね」
俺が微笑むと、アリスは嬉しそうに頷いた。
「地獄を見るよっ!」
レイが上の段の机にしがみつきながら、アリスに訴える。
なんだよ、怖いなぁ。
サスペンスドラマで『祟りじゃ!』って驚かす村人じゃないんだから。
「え、ええ? 地獄?」
言われたアリスはわけがわからず、困惑した顔で俺に助けを求める。
そりゃそうだ。いきなりそんなこと言われたら、対応に困るわ。
「気にしなくていいよ。アリス」
俺が優しく微笑むと、アリスは戸惑いつつも頷いた。その隣で、ライラが訝しげに眉を寄せる。
「地獄って何のこと?」
「鉱石学は先生が気難しいから、レイ曰く、受講すると地獄を見るんだって」
俺の説明を聞いて、ライラはようやく納得する。
「あぁ、それなら私たちも先輩から聞いて知ってるわよ。ね、アリス」
ライラの言葉に、アリスが頷く。
「うん。だから、多めに授業をとろうと思っているの」
「フィルと同じ考えかぁ。うーん、皆が取るなら僕も鉱石学とってみようかなぁ」
トーマが腕組みしてそう言うと、レイは席を立った。
「えええっ!」
まさか、トーマまでそう言い出すとは思わなかったらしい。
レイは渋そうな顔で逡巡していたが、やがて椅子に座って肩を落とすと、小さく呟いた。
「じゃあ、俺も鉱石学とる……」
「選択して大丈夫か? 地獄を見るんだろ?」
カイルが揶揄すると、レイは上段に座るアリスをチラリと見る。
「だって……アリスちゃんとなるべく一緒に授業受けたい……」
「は?」
もごもごと喋るので、俺は聞き間違いかと思って問い返す。
するとレイは開き直ったのか、口を尖らせて今度ははっきり言った。
「一緒の選択授業は、仲良くなりやすいんだぜ。課題やったり、課外授業行ったり、テスト前に勉強会したりしてさ」
「はぁ……。まぁ、そうだね」
俺は半ば呆れつつ頷く。
「召喚学や薬学は選択する生徒が多くて一般科目とそう変わらないし、天文学は占星術があるから興味持てない。少数の選択授業で俺ができそうなのなんて、自然学と鉱石学しかないんだよ。だから俺はそれをとる!」
グッと拳を握るレイを、アリスは『そんなことで決めていいのかしら?』というような表情で見ていた。
「アリスが選択してるものには、調理と美術もあるよ。それは?」
トーマはレイに、素朴な疑問を投げかけた。
あぁ、言われてみれば、鉱石学よりそっちをとったほうが良いんじゃないかな?
どちらも女子に人気の授業だ。レイにとって、まさにパラダイスじゃないか。
だが、レイはしょんぼりと目を伏せた。
「あー……どっちも壊滅的で」
そう言って、サラサラと資料の裏に絵を描く。それを見た途端、レイ以外の五人がざわめいた。
歪んだダルマにもじゃもじゃの毛が生え、大きな牙がついている。くびれた部分には、三角定規が刺さっていて、ダルマの本体からは謎のコードも出ていた。
俺たちは頭を突き合わせて、謎だらけのその絵の解明に努める。
「何この三角。くびれに刺さってて、すごく怖いんだけど」
ライラが顔を歪め、カイルが唸る。
「何か飛び出しているんじゃないか? 武器かもしれない」
「このヒモみたいなのは、なんだろう」
トーマが首を傾げ、俺はハッとひらめいて言う。
「魔獣が繋がれてるんじゃない? ヒモで」
俺の推理に、アリスは大きく頷いた。
「そっか、魔獣だから牙がついてるのね」
俺たちが絵を見ながら話し合っていると、レイがポツリと呟く。
「それ……ロイ……スナザルなんだけど」
話し合っていた全員の視線が、一斉にレイに集中した。
……ロイ? あの可愛いロイが、こんなモンスターに?
あぁ! この三角、もしやスカーフ? このコードは尻尾かいっ!
ツッコミまくって笑いたかったが、あまりにレイが沈んでいるので、冗談にもできなかった。
平気な顔してたら……腹を抱えて死ぬほど笑うのに。
写実派が多いこの世界で、この絵は前衛的すぎる。
「美術を選択しないのは正解だわ。この絵を見たら、恋してても冷めるわよ。調理も同じくらい壊滅的ならとらないほうがいいわね。調理場で足手まといな男子って、イラつくだけだし」
「そこまで言うことないだろう」
ムッとするレイを、ライラは頬杖をついて見下ろす。
「じゃあ、調理と美術、選択してみる? まぁ、女の子に囲まれて留年するなら、あんたも本望でしょうけど」
「お、男なんだから調理なんかできなくて当たり前だろ! なぁ、フィル!」
確かに、職業にしている人は別として、この世界では料理をする男性は少ない。
だから悔しそうに同意を求めるレイの気持ちはわからないでもないが、俺は申し訳なく思いつつ手を挙げた。
「ごめん……調理、できる」
「えっ!」
「むしろ得意。あ、そうか。選択授業で調理をとってもいいな」
俺はうんうんと頷いて、履修届けに『調理』と記入した。
「え! 嘘だろ!」
驚愕するレイに、カイルも手を挙げる。
「俺も。フィル様に教えてもらって、そこそこには」
「カイルまでっ!? お前、男の中の男みたいなのにっ!」
「料理と性別は関係ないだろう」
呆れた様子で肩を竦め、カイルも履修届けに『調理』と記入した。
レイは信じられないと、頭を抱える。
「フィルとカイルが入ってくれたら、調理の授業も楽しそうだわ」
アリスは期待の眼差しで俺たちを見て、ライラは感心して言った。
「さすが今時の美形は、料理までこなしちゃうのね。トーマ君は?」
トーマはレイをチラリと見ると、困り顔で頭をかく。
「母さんが仕事忙しい時に、僕も簡単なものなら……。だ、だけど僕、授業はとらないよ」
最後の砦らしかったトーマの言葉を聞いて、レイは力なく俯いた。
「レイ?」
トーマがレイの肩をつついて問いかけると、レイがボソリと呟く。
「幸せの国へ行くがいい……」
「だから調理は選択しないってば!」
トーマが眉を下げて言っても、レイにはその声が届いていないみたいだった。
ライラはレイを見下ろし、大きくため息を吐く。
「こういうところが、残念なんだわ……」
言わないであげてっ。残念に思わないであげてっ。
学校の敷地内には、カフェがいくつかある。
今俺たちがいるのは、初等部の近くにある可愛らしい庭園をイメージしたカフェ『森の花園』だ。
初等部の子たちがターゲットだからなのだろうか。そこかしこに小動物の置物があって、メルヘンでファンシーな雰囲気を醸し出している。
「ここのカフェは個室が多いから、女の子たちはよく使うの」
入り口で買った飲み物を片手に、アリスが振り返る。食べ物や追加の飲み物は運んでもらうそうだが、初めの一杯は自分で持っていくシステムらしい。
「フィル君とカイル君、ここ来たことないでしょ?」
ライラの問いかけに、店内を見回していた俺たちは頷く。
カフェどころか、寮と学校と大講堂しか行ってない。ライラとアリスに案内されなきゃ、なかなか初等部側まで足を運ぶこともなかった。
女の子が好むカフェか……。どうりで先ほどからすれ違う子が、女の子ばかりだと思った。個室に向かうまでの道のり、チラチラと見られてカイルは特に居心地悪そうだったし。
このメルヘンな背景に、カイルは合わないもんなぁ。
レイやトーマのほうが、よほど馴染むんじゃないだろうか。
だが残念なことに、レイは寮長に呼び出され、トーマは先生の用事で来ることができなかった。
来ていたらきっと歓喜しただろうに……レイが。
「この個室、カフェの中で一番の特等席なのよ。人気だから、予約しておいたの」
「そうなんだ?」
さて、いったいどんなおとぎの国が現れるのか。
おそるおそる部屋の扉を開けて、中を覗き込んだ。思わず「おぉ」と声が漏れる。
俺の予想は、いい意味で裏切られた。
三畳ほどのその部屋は、まさしく小さな庭のようだった。部屋の床の一部が土になっていて、本物の小さな木や花が植えられている。大きな窓からは日の光がたっぷり入ってくるので、明るくてとても気持ちよかった。
息を吸い込むと、生花の良い香りがする。
外ではもう少し経てば紅葉が始まるというのに、室内には花が咲き乱れているなんて、おかしな感じだ。
個室っていうから窮屈なイメージがあったけど、思ったより広く感じる。
真ん中には四角いテーブルがあり、壁につけるようにL字型のベンチが置いてあった。
入った順に腰を下ろして、持ってきた飲み物に口をつける。
ハーブティーに、柑橘系の果物を浸した冷たい飲み物だ。爽やかな甘みが、口いっぱいに広がる。温かい飲み物にするか迷ったが、日が当たるせいか部屋の中の気温は高めなので、ちょうど良かった。
店内に入ってから注目されていたせいで、少し緊張していたようだ。解放された安堵から、俺とカイルはホッと息を吐く。
その様子を見て、アリスがくすくすと笑った。
「ごめんね。ライラを改めて紹介したかったの。だけどフィルとカイルは目立つから、外のカフェを使えなくて……」
眉を下げるアリスに、俺はこっくり頷く。
「アリスとライラは、寮で知り合ったの?」
「ううん、ライラとはカレニアの港で馬車が一緒になって、それで仲良くなったの」
じゃあ、俺たちがレイと知り合ったきっかけと一緒か。
「アリスって、私よりも二つ下なのに、すごく落ち着いているでしょう。声をかけてみたら、とても話が合ったんだよね」
ライラがアリスに同意を求め、アリスも嬉しそうに頷く。
アリスの女の子の友達かぁ。
グレスハート王国では、街でも城でもアリスの周りは大人ばかりで、同世代の友達があまりいなかった。
俺だってアリスにとっては幼馴染ではあるけど、中身が二十代じゃあなぁ。カイルも生い立ちによるものか、年齢のわりに大人びているし……。第一、俺たちは男だ。
友達できて良かったなぁと、俺は自然と顔がほころぶ。
「そう言えばフィル君たちも、グレスハート王国出身なんだよね?」
「うん。ライラはどこの出身?」
ライラの質問に頷き、グラスを傾けながら何の気なしに聞いた。
「今はカレニア国よ。その前はルワインド大陸のバルサ国にいたけど」
グラスを持った手が、思わず止まる。
「ルワインド……」
隣にいたカイルが、小さく呟いた。
努めて冷静を装っているみたいだが、口元がかすかに震えている。反射的に、過去を思い出したのだろうか。
獣人はルワインド大陸の先住民でありながら、古代戦争の因縁によりルワインドのどの国からも住民として認められていない。当然土地も与えられず、人としても扱われていないのだという。
それゆえ獣人は、放牧をしながら生活をするか、獣人のギルドに入って生計を立てるしかなかった。
そのギルドの仕事は、獣人の能力を活かしたものか、人間のやりたがらない危険を伴うものが多いそうだ。
カイルと俺の出会いも、彼が初めて刺客の仕事を受けたのがきっかけだった。
大丈夫かな……カイル。
学校にルワインド大陸の子がいることは、想定していた。いずれ仲良くなってくれたらと思っていたが、初っ端からはきついんじゃないだろうか。
カイルの事情は、アリスもよく理解しているはずなのだが……。
俺がチラリとアリスを見ると、わかっていると言うように一度目を伏せる。
わかっていてライラを会わせた? どういうことだろう?
「何故……今カレニア国に?」
緊張のためか、カイルは少しかすれた声でライラに尋ねた。
しかしその微妙な変化に、ライラは気づかなかったみたいだ。お茶を一口飲んで、息を吐く。
「ん~アブド家って、聞いたことある?」
「確か……爵位としては男爵だが、バルサ国ではかなりの私財があると言われている家だ。商団を抱えていて、貴族でありながら手広く商売をしていると聞いたことがある」
カイルが思い出すように言うと、ライラは意外そうに目を見開いた。
「へぇ、結構詳しく知っている人もいるのね。うちも捨てたもんじゃないわ」
「え、ライラってアブド男爵家なの? あれ、だけどトリスタンって名前……」
確か、ライラ・トリスタンと名乗ってなかったか?
俺が首を傾げていると、アリスは俺たちの方を向いて説明する。
「トリスタンは、ライラのお母様のご実家の名前よ。カレニア国でも大きな商家らしいわ」
ライラはこっくりと、大きく頷いた。
「バルサ国に爵位を突っ返してきたから、もうアブド男爵家はないわ。アブド家がトリスタン家に吸収されたことで、カレニアの商人になったの」
あまりに衝撃的すぎて、俺とカイルは「ええっ!?」と大きな声を出してしまった。
ここが個室で良かった。
爵位を突っ返す? そんな話、聞いたことがない。
貴族の肩書や家名は、その家にとってとても大事なものだ。命より大事だと言ってもいい。
国から土地が与えられたりお給料を貰えたりと、爵位があるだけでいいこと尽くし。
普通はお金を出しても爵位を貰いたがるものなのに、それを突っ返しただって? しかも商家に吸収ってどういうことだ。
俺とカイルが衝撃から抜け出せずにいると、ライラはため息を吐いた。
「やっぱり驚くかぁ。うちはご先祖様がもともと商人だったし、爵位をもらった後もずっと商売をやってたから、うちの家族的には商家に入っても違和感はないんだけど……」
ライラは頬杖をついて、俺たちを見つめる。
「だって爵位返すなんて、よっぽどだよ。どうしてそうなったの?」
身を乗り出して聞く俺に、ライラは「ん~」と少しだけ逡巡した。
「返さざるを得なかったっていうか……。おじい様やお父様が、数年前に獣人を擁護し始めたのよ」
え……。
俺とカイルは、ライラの言葉に目を見開く。
「獣人の作る商品って、素朴で素晴らしくてね。うちの家はそれを独占的に仕入れて売ることで、大きくなったようなものなのよ。表立っては言えなかったけど、訪れる獣人とは仲良くしていたわ」
そんな貴族がいたのか……。
カイルをチラッと見ると、かすかに首を振る。カイルも知らなかったらしい。
「まぁ、擁護した結果、ルワインド大陸の獣人反対派が圧力をかけてきて、貴族として国に従属し続けるのが難しくなったのだけど……」
そうか……それで爵位を捨て、カレニアで商売を……。
「貴族から商人なんて、大変じゃない?」
俺が神妙な面持ちで聞くと、ライラは手をひらひらと振って笑う。
「全然。やっぱり、ご先祖様の商人の血かしら? おじい様もお父様も、かた苦しい社交界より生き生きしているわ。ルワインドじゃなくて外の大陸からのほうが、擁護しやすいってわかったしね」
茶目っ気たっぷりに言ったライラの表情に、翳りは見えなかった。
「どうして……」
カイルが呟いて、ライラをじっと見据える。
「どうして擁護し始めたんだ? そんなことしたら、ルワインド大陸じゃ異端視されるとわかっていたはずだ」
カイルは幾分か揺れる声で、ライラに尋ねた。
確かに、ルワインド大陸の住民にとって、それはタブーとされてきたはずだ。それほどに人と獣人族との溝は深い。実際、アブド家も大陸にいられなくなってしまったわけだし……。
だが、ライラはキョトンとした顔でカイルを見た。
感想 5,031
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