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3巻
3-11
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「俺、どのくらいエナに余力あるのかなぁ?」
「僕も召喚獣にしたい動物いっぱいいるのに……エナが絶対足りない……」
トーマは絶望的だ、とため息を吐いた。
そんな心配をする俺たちがいれば、反対にきゃっきゃと話している生徒もいる。
「私のエナってどんな性質かしら?」
「調べる方法ってないのかな?」
アリスとライラは召喚獣を持っていないので、容量を気にするより期待感でいっぱいみたいだ。
ルーバル先生は、ざわめく生徒たちに微笑みながら手を叩く。
「これ、静かに。……心配無用だ。エナの量や性質を調べる術はある」
その言葉に一瞬静かになった教室が、再び大きくざわめいた。
ルーバル先生は再度手を叩いて、浮き足立った生徒たちの注目を集める。
「エナを調べる術はこれだ」
ルーバル先生はそう言いながら、教務室へ続く扉に向かって歩いていった。
扉の横には、黒い布に覆われた木箱がある。
先生が布を外すと、土の入った小さな植木鉢がたくさん並んでいるのが見えた。
「今からこれを配る。皆、前に出てきてここに並びなさい」
何だろうと眺めていた生徒たちは、即座に立ち上がり小走りで列を作った。それぞれが身を乗り出すように、先頭を覗き込む。
あれを使って、どうやってエナを調べるのだろうか?
俺を含め、生徒たちは箱の中の鉢を早く受け取りたくて、どうしようもなくウズウズしていた。
ルーバル先生は手袋をはめ、そんな生徒一人一人に小さな鉢を手渡していく。
「説明するまで、鉢の土には触らぬようにな」
「はい」
渡された小さな鉢は、見た限り何の変哲もなく、ただ土が入れられているだけだ。
うーん。土に触るなと言うのだから、何かが埋まっているのだろうか?
俺が鉢を持って席に戻ると、先に戻っていたレイが話しかけてきた。
「これ、何なんだろ?」
「さあ? トーマわかる?」
トーマは席に腰を下ろしつつ、俺の問いに首を振った。
「わからない。鉢だから、植物か何かかな?」
だよね。それが一番妥当な推理か。
他の生徒たちも、色々憶測をしながらざわめいている。
「よし、皆の手元に渡っておるな。こちらに注目せよ。説明をしよう」
ルーバル先生に言われて皆が注目すると、教壇にも同じものがひと鉢置かれていた。
ルーバル先生は皆の反応を見ながら、もったいぶるようにゆっくりと話す。
「え~、ここには、エナ草という植物の種が埋まっておる」
エナ草の……種?
「私の専門は召喚学であるが、これは私が動物探索をしている最中に発見した植物だ。グラント大陸の中でも北の地。雪山に生えている植物でな。なかなか興味深い性質があるため、これの研究も行っている」
コホンと一つ咳払いをする。
「この植物の名は、発見者である私が付けた。『エナ草』という名の通り、この植物によってエナを調べることができる」
ルーバル先生は顎を上げて、少し自慢げな様子だ。先生の言葉で生徒たちが「おお~」と感心したものだから、一層胸を張っている。
「まず手本を見せよう」
ルーバル先生は手袋を外すと、素手で土に触れた。
「エナ草の種は、エナに反応して成長する。普段は大気に含まれるエナで、少しずつ成長する草なのだが。今回は、種に直接エナを感知させて成長を促す。こうして土に触れたら指先に意識を集中して、十数えなさい。そして手を戻すのだ」
先生が見やすいよう少し斜めにしてくれた鉢を、生徒全員が見つめる。
しばらくすると、土の表面から、ぴょこんと芽が飛び出した。
生徒の感嘆の声とともに芽はみるみる葉と茎を伸ばし、育っていく。二十センチほどに育つと、五枚花弁の花がいくつか咲いた。黄色と緑色二色の花だ。
「この葉の数はエナの推定量を表している。召喚獣を持たない人を百枚として、私の残りは……えー、長い茎には十枚の葉がつくから……三十四枚。私はすでに召喚獣が五匹いるため、エナの残りはこれくらいだ。それから、この花の色は私の性質を表している。黄色は土属性の動物と、緑は風属性の動物と相性がいいことを示す」
ルーバル先生は黒板に、花の色と相性がいい動物の属性を書き記した。
赤は火、緑は風、黄色は土、青は水、水色は氷。
「比較的多い、花の色を書いた。だが、これは一例だ。これ以外の花の色もあるし、残念ながら解明されておらん色もある」
そこで、「ハイ!」という声が上がった。
振り向けば、五列ほど後ろにいる女の子が手を挙げている。
「相性がいいというのは、契約しやすいということでしょうか?」
ルーバル先生は首を振った。
「いや、これはあくまで、エナの相性だ。主人の性質が火の場合、そのエナを摂取した火の召喚獣は、能力がさらに上がる傾向にある」
ということは、主人との相性によって、同じ召喚獣でも能力に差が出るということか。もちろん、動物の個体差もあるだろうけど。
すると、先ほどの女の子より後ろの席にいる男の子が、伸び上がって手を挙げた。
「あの、俺、召喚獣にしたい動物が何種類かいるんです。動物と性質が合わなかったら、召喚獣にしないほうがいいのですか?」
彼が不安げに聞くと、先生は優しく微笑む。
「それは自分で決めることだ。相性が良ければ相乗効果を得られるが、良くなくても普通に召喚獣の能力は使えるのだから。自分の性質を知れば、それを認識した上で、契約について再度考える時間をもつことができる。召喚学において、とても重要なことだ」
何人か挙手する中、俺もすかさず手を挙げた。
俺は先生に指されて、質問をする。
「五匹の召喚獣と契約している人は、先生と同じ残りの葉の数になるんでしょうか?」
そうだとすると、四匹と一羽プラス一精霊と契約している俺は、残り二十枚前後って可能性があるんだけど……。
だがルーバル先生は、小さく「ふーむ」と唸った。
「それは契約している召喚獣の強さ、能力によって変わるだろうな」
「そうですか……」
俺は落胆を悟られないように、そっとため息を吐いた。
ヤバイ。これってマジで俺の残量ないんじゃなかろうか?
だって精霊と伝承の獣いるしっ!
テンガだって、何気にスペック高いから、絶対にエナの摂取量が多い気がする。
どうしよう、残りの葉が一枚二枚だったら……。いや、エナ草自体ちゃんと芽が出るんだろうな。
俺がそんな心配をしていると、隣で大きな声が上がった。
「わぁっ!」
「え?」
レイの方を見ると、彼のエナ草がみるみる育っている。
……フライングしたな。
慌てるレイに構うことなく、レイのエナ草はあっという間に葉が生い茂り、黄色と赤の花が咲いた。
「先生の説明が終わるまで待てって、言われてたでしょ?」
ライラが呆れて言うと、レイは気まずそうな顔で、先生に向かって頭をかいた。
「いや、ちょっとだけなら大丈夫かなって思って……」
「あんたねぇ……」
ライラはため息を吐いて睨む。
しかしルーバル先生は「ホッホッホ」と楽しげに笑った。
「まぁ、良い良い。葉の生い茂り方も大変素晴らしい。花の色は土と火だな」
微笑みながら頷いた先生は、教室を見渡した。
「他の者も我慢できんだろう。では、とりあえず各自やってみなさい。質問があったらその都度答えよう」
生徒たちから歓声が上がった。
「助かったね。レイ」
俺がこっそり耳打ちすると、レイはホッと息を吐いた。
「まったくだよ。でも、黄色の花が咲いて良かったぁ! 残量も結構ありそうじゃないか?」
レイは嬉々として、葉を数える。
レイの召喚獣は土属性だもんな。相性のいい黄色の花が咲いて喜んでいるみたいだ。
だが、そんなレイとは裏腹に、彼の隣で落胆するトーマがいた。
「あぁぁぁ……そんなぁ」
葉が茂ったエナ草は、花の色が青と水色だった。性質は水と氷だ。トーマの召喚獣であるエリザベスは風の属性だから、性質が一致していない。
トーマ、自分の召喚獣にデレデレだしなぁ。相性が良くなくてショックなのかもしれない。
「残量があっただけでもいいじゃないか! ないよりましだろ!」
トーマを慰めるように、「アッハッハ」と大きく笑ってレイが言う。
レイ、それ今の俺にすっごく突き刺さるんだけど。なんか、ますますやるのが怖くなったじゃないか。鉢を貰う時は、あんなにワクワクしてたのになぁ……。
土の上で手を彷徨わせて、触るかどうしようか、じっと土を見つめる。
「あれ? フィル君、まだやってないの?」
ライラの方を見ると、赤と緑と黄色の花が咲いていた。
「あ~……僕、召喚獣が何匹もいるから、残量を確認する勇気が出なくて。それより、三つも性質持ってるんだ? すごいね」
三種類も咲いている人はほとんどいない。中には一種類の人だっているのだ。
だがライラは首を振って、自分のエナ草の鉢をずらした。
「私より、アリスのほうがすごいのよ!」
ライラは隣のアリスのエナ草を、ジャーンと見せる。
「本当だ、すごい!」
アリスのエナ草には、白と青の花が咲いていた。
他の生徒を見渡しても、白なんて見当たらない。
「ほぉ、白か。癒しと清浄の力である聖の属性と相性がいい。なかなか出ない色だ」
ルーバル先生も驚いた顔で、アリスのエナ草を観察する。他の生徒にざわめきながら注目され、アリスは恥ずかしそうに俺を見た。
「でも聖の召喚獣なんて、それこそ滅多にいないもの。性質があっても、きっと相性のいい召喚獣との契約は難しいわね。ところで、フィルの性質が気になるんだけど」
「早くやれよ。残量がなくても仕方ないじゃないか。お前、いっぱい召喚獣を持ってるんだから諦めろ」
レイにニヤリと笑われ、クッと唇を噛む。
他人事だと思って……。実際、そうだけど……。
俺はため息を大きく吐いて、植木鉢の土に触れる。指先に意識を集中させつつ、ゆっくり十数えた。
皆が注目する中、手を離して土をジッと見つめる。
土はピクリとも動かない。
「……」
あれ……? 変化……ない?
ぶわっと冷や汗が噴き出す。
俺、やっぱ残量ないのか? 嘘だろ。
そう思った瞬間、キラキラと輝くものが土から飛び出した。
「え……?」
キラキラしながら飛び出したもの、それはエナ草の芽だった。
な…………んだ? 何だこれっ!?
ビックリしすぎて、思考回路が停止しそうだ。
芽が出て良かったと言いたいところだが、これは明らかにおかしい。飛び出した芽が、薄い膜に覆われ発光して見えるのだ。
これは夢か。もしくは目がおかしくなったのだろうか。
そう思って目をこするが、その間にも茎が伸び、葉は茂っていく。そしてその葉や茎も、やはり同じように発光していた。
気のせいじゃないっ! 発光してる! 何これっ!
って言うか、ルーバル先生、エナ草の葉は全部で百枚と言ってなかったか?
ざっと数えてみても十枚葉のついた茎は、すでに十本以上生えていた。しかも茎は未だに増え続けている。
明らかに多いよね? いったい何本増えるわけ?
葉や茎の形は一緒なのに、成長する様子は突然変異体かというくらい違う。
どうしたら止まるんだ!?
あわあわと手を彷徨わせるが、エナ草はどんどん成長していく。
教室のざわめきが大きくなり、それが俺の席に近づいてきた。俺のエナ草の異変を感じ取ってか、生徒が徐々に集まってきているようだ。
だがそのざわめきも、花が咲くと、シーンと静まり返った。
咲いた花が、螺鈿細工みたいに、様々な色が混ざり合ったものだったからだ。光の加減で色が変わるそれは、虹色の美しい光沢を放っていた。
皆は驚いて口を閉じることもできず、ただ目を瞬かせている。
ルーバル先生も鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔で、動かなくなっていた。
俺のエナって……どうなってるの。
エナ草の葉は、もっさりと茂っていた。茎の本数は百どころじゃなく、完全に普通の域を超えているのがわかる。
それよりも……何でエナ草、発光してんの? この虹色の花の性質って? これは何を意味しているわけ?
さっぱりわからーん!!
誰の声も聞こえない教室で、クリスマスツリーみたいにデコられたエナ草を前に俺は呆然とする。
もう駄目だ。これは完全に父さんの言う規格外状態だ。
アリスをチラリと見る。俺の事情を知る彼女でさえ、驚きを隠せないようだった。
その様子を見て、より一層自分のやっちゃった感を自覚する。
でも……でも……俺は悪くなくない? この状況って想定外すぎるよね?
確かに前世の記憶はあるし、俺の召喚獣はちょっとばかり変わってるけど。それ以外はなんの変哲もない子供……だったはず。
まさかこんなことになるなんて……。むしろ残量足りないかもと、ビビってたくらいなのに。
「これは……何としたことだ……」
ようやくルーバル先生が、言葉を発した。口を開けすぎて喉がカラカラだったのか、その声はひどく掠れている。
ルーバル先生はゴクリと喉を鳴らして、手を震わせながら俺のエナ草にそっと触る。まるで幻ではないのかと確認しているみたいだった。
「こんな……こんなエナ草は初めて見た……」
ルーバル先生が、口元を震わせて言った。それからエナ草に吸い寄せられるように、数センチもない距離で観察し始める。
「ぼ……僕のだけエナ草じゃなかったんじゃないですか? あ、あははは……」
何とか誤魔化せないかと笑ってみるが、その笑いはすっかり乾いていた。
だって異常な状態ではあるけど、葉や花の形状は間違いなくエナ草なのだ。
「そんなはずないよ。これはエナ草だよ」
案の定、すぐさまトーマに否定されてしまう。
「そうね。エナ草だわ。とても同じ植物とは思えないけど」
ライラが感嘆した声で言い、詰めていた息を吐いた。
だ……だよねぇ。俺だって誤魔化すのは無理があるってわかってた。わかってたけどさ。
俺はすっかり途方に暮れる。
「すげーっ! やっぱりエナ草だって、これ!」
突然、止まっていた時が動き出したかのごとく、周りから歓声が上がった。あまりに凄い歓声で、俺はビクッと身を竦める。
「僕わかってたよ! フィル君はすごいんだって!」
「何言ってんだ、一年男子の大半は知ってるさ! な!」
「ああ! フィル君はただ者じゃないよ」
身を乗り出して、何人もの男子が俺に手を差し出してきた。
俺が反射的に握手すると、彼らは感動した様子で目を潤ませる。
その中の一人が、俺の手をぎゅっと両手で握りしめた。
「俺、あの時からずっと憧れてます!」
「あ……ありがとう……」
勢いに負けて、俺は意味がわからないままお礼を言う。
すると遠くにいた男子たちから、ブーイングが起きた。
「お前らだけずるいぞ!」
「抜け駆け禁止だろ!」
「あんまり騒いだら可哀想だから、フィル君見守り隊を結成してたのに!」
……何、その隊。え、歓迎会の後、皆から質問攻めにあわないのって、カイルが何かやってくれてるのかな? と思ってたんだけど。そんな隊が、一年生男子の間でできてたの?
俺が新事実に愕然としていると、揉めている男子たちを押しのけて、今度は女子グループが俺を取り囲んだ。
「フィル君の花、すごく綺麗!」
「葉の枚数だってすごいわよ! エナの量が多いのね!」
「何言ってんのよ! この発光してるのなんて、もっとすごいじゃない!」
女子生徒たちは頬を紅潮させて、きゃあきゃあと騒ぐ。
「ど、どうも」
かしましいとはこのことか。圧倒された俺は、口元を引きつらせて微笑む。
すると、女子たちから黄色い声が上がった。
「かーわーいーいー」
怖いんですけどーっ!
俺が肉食化した女子たちにビビっていると、遠くの女子たちからブーイングが起こった。
「ちょっと! 私たちだって近くでフィル君を見たいのよ!」
それに賛同して、周りから「そうよ!」「代わってよ」と声が上がる。
だが、俺の近くにいる女の子たちは、キッパリと言った。
「イヤ!」
「F・Tファンクラブに優先権があるわ!」
え、ちょっ! 何そのファンクラブっ! 初耳ですよっ!
カイルならわかるけど、俺にもファンクラブができてんの?
驚愕する俺を置いて、今度は女子の言い合いが始まってしまった。
ファンクラブに「公認じゃないでしょ!」と反論する子もいれば、「じゃあ、入りたい!」と手を上げる子もいる。
どう収拾したらいいんだ、これ。
「な、何でだー!」
突然、隣でレイが叫んだ。わなわなと身を震わせ、俺のエナ草を見つめる。
「俺、てっきりフィルのは一本二本かと思ってたのにっ!! これくらいは勝てると思ったのにぃ」
おぅい! 思ってたんかい!
いや、俺自身もそう思っていたけれども。
勝てると思って俺を急かしていたなら、レイのやつ、結構ひどいな。
俺が半ば呆れていると、俺の視線に気づいたレイは若干涙目で唇を噛んだ。
「だって! 俺だって女の子にすごいって言われたいっ! ファンクラブ欲しい!」
「……はい?」
「中等部に入って、カイルとフィルにすっかり人気が奪われてるんだよ。ここらで巻き返したいじゃんか! お前も男ならわかるだろ?」
なっ? とレイに同意を求められて、俺はゆっくり首を傾げる。
わかるような……わからないような……。
そんなレイに、ライラはため息を吐いた。
「あんたの人気下降は、別に原因があるでしょ。っていうか、そういうのは自分の努力で巻き返しなさいよ」
ごもっとも。
「できたらやってる!」
レイ、そこは自信満々に言うところじゃないよ。
あぁ、俺が変なエナ草を出したがために、教室がカオスになった……。どうしよう。
渦中にいるはずなのに、皆に取り残されて途方に暮れる。
そんな中、周りの喧騒とは別次元のところにいる二人がいた。
「それにしても、この花、本当に綺麗ね。光の加減で見える色が違うの」
「このエナの量もすごいよね。いいなぁ。これだけあれば召喚契約し放題だよねぇ」
アリスとトーマは騒然とした教室で、そんなことを言いながら、のんびりと俺の出したエナ草を観賞している。他の人の勢いが凄いせいか、なんかそのテンポにホッとした。
癒される。俺の心のオアシスたち。
「ねぇ、フィル」
トーマが何かを期待しているかのような口ぶりで言った。
「ん? 何?」
「それだけエナあったら、召喚契約し放題だよね?」
「ん……うん?」
まぁ、そういうこと……かな。
何が言いたいのだろうと、俺は小首を傾げる。
「僕、いっぱい観察したい動物がいるんだぁ。それをフィルが召喚獣にしてくれたら、観察し放題だと思うんだけど」
そう言って、にこっと無邪気に笑った。
無邪気だけど、それ利用っ! 俺を利用しようとしてるから!
「そのためだけに召喚獣にしたら、動物が可哀想でしょう!」
俺が言うと、トーマは「そっかぁ」と残念そうに息を吐く。
「ねぇ、フィル」
今度はアリスがお伺いをたててきた。
「な、何?」
アリスは困り顔で眉を下げ、憂いを帯びた瞳で見つめる。
何だ。いったい何を言う気?
「どうしよう……フィルの実家に自慢したくてたまらない」
「っっ何で!?」
予想外過ぎて噴いた。
学校で再会した時、俺に不利になることは報告しないって言ったよね?
「フィルの気持ちはわかっているのよ。でも……フィルのエナ草があまりにも凄いから、きっと知ったらビックリするだろうなぁって思って」
そりゃ、ビックリするよ。教室がカオスになったくらいだもん。父さんに知られたら、絶対卒倒する。
「ダメ?」
可愛くお願いされても、それは勘弁願いたい。
無言で手を合わせて止めてほしいと頼むと、アリスは残念そうに息を吐いた。
「ダメかぁ」
俺のオアシスたち……油断ならないな。
「僕も召喚獣にしたい動物いっぱいいるのに……エナが絶対足りない……」
トーマは絶望的だ、とため息を吐いた。
そんな心配をする俺たちがいれば、反対にきゃっきゃと話している生徒もいる。
「私のエナってどんな性質かしら?」
「調べる方法ってないのかな?」
アリスとライラは召喚獣を持っていないので、容量を気にするより期待感でいっぱいみたいだ。
ルーバル先生は、ざわめく生徒たちに微笑みながら手を叩く。
「これ、静かに。……心配無用だ。エナの量や性質を調べる術はある」
その言葉に一瞬静かになった教室が、再び大きくざわめいた。
ルーバル先生は再度手を叩いて、浮き足立った生徒たちの注目を集める。
「エナを調べる術はこれだ」
ルーバル先生はそう言いながら、教務室へ続く扉に向かって歩いていった。
扉の横には、黒い布に覆われた木箱がある。
先生が布を外すと、土の入った小さな植木鉢がたくさん並んでいるのが見えた。
「今からこれを配る。皆、前に出てきてここに並びなさい」
何だろうと眺めていた生徒たちは、即座に立ち上がり小走りで列を作った。それぞれが身を乗り出すように、先頭を覗き込む。
あれを使って、どうやってエナを調べるのだろうか?
俺を含め、生徒たちは箱の中の鉢を早く受け取りたくて、どうしようもなくウズウズしていた。
ルーバル先生は手袋をはめ、そんな生徒一人一人に小さな鉢を手渡していく。
「説明するまで、鉢の土には触らぬようにな」
「はい」
渡された小さな鉢は、見た限り何の変哲もなく、ただ土が入れられているだけだ。
うーん。土に触るなと言うのだから、何かが埋まっているのだろうか?
俺が鉢を持って席に戻ると、先に戻っていたレイが話しかけてきた。
「これ、何なんだろ?」
「さあ? トーマわかる?」
トーマは席に腰を下ろしつつ、俺の問いに首を振った。
「わからない。鉢だから、植物か何かかな?」
だよね。それが一番妥当な推理か。
他の生徒たちも、色々憶測をしながらざわめいている。
「よし、皆の手元に渡っておるな。こちらに注目せよ。説明をしよう」
ルーバル先生に言われて皆が注目すると、教壇にも同じものがひと鉢置かれていた。
ルーバル先生は皆の反応を見ながら、もったいぶるようにゆっくりと話す。
「え~、ここには、エナ草という植物の種が埋まっておる」
エナ草の……種?
「私の専門は召喚学であるが、これは私が動物探索をしている最中に発見した植物だ。グラント大陸の中でも北の地。雪山に生えている植物でな。なかなか興味深い性質があるため、これの研究も行っている」
コホンと一つ咳払いをする。
「この植物の名は、発見者である私が付けた。『エナ草』という名の通り、この植物によってエナを調べることができる」
ルーバル先生は顎を上げて、少し自慢げな様子だ。先生の言葉で生徒たちが「おお~」と感心したものだから、一層胸を張っている。
「まず手本を見せよう」
ルーバル先生は手袋を外すと、素手で土に触れた。
「エナ草の種は、エナに反応して成長する。普段は大気に含まれるエナで、少しずつ成長する草なのだが。今回は、種に直接エナを感知させて成長を促す。こうして土に触れたら指先に意識を集中して、十数えなさい。そして手を戻すのだ」
先生が見やすいよう少し斜めにしてくれた鉢を、生徒全員が見つめる。
しばらくすると、土の表面から、ぴょこんと芽が飛び出した。
生徒の感嘆の声とともに芽はみるみる葉と茎を伸ばし、育っていく。二十センチほどに育つと、五枚花弁の花がいくつか咲いた。黄色と緑色二色の花だ。
「この葉の数はエナの推定量を表している。召喚獣を持たない人を百枚として、私の残りは……えー、長い茎には十枚の葉がつくから……三十四枚。私はすでに召喚獣が五匹いるため、エナの残りはこれくらいだ。それから、この花の色は私の性質を表している。黄色は土属性の動物と、緑は風属性の動物と相性がいいことを示す」
ルーバル先生は黒板に、花の色と相性がいい動物の属性を書き記した。
赤は火、緑は風、黄色は土、青は水、水色は氷。
「比較的多い、花の色を書いた。だが、これは一例だ。これ以外の花の色もあるし、残念ながら解明されておらん色もある」
そこで、「ハイ!」という声が上がった。
振り向けば、五列ほど後ろにいる女の子が手を挙げている。
「相性がいいというのは、契約しやすいということでしょうか?」
ルーバル先生は首を振った。
「いや、これはあくまで、エナの相性だ。主人の性質が火の場合、そのエナを摂取した火の召喚獣は、能力がさらに上がる傾向にある」
ということは、主人との相性によって、同じ召喚獣でも能力に差が出るということか。もちろん、動物の個体差もあるだろうけど。
すると、先ほどの女の子より後ろの席にいる男の子が、伸び上がって手を挙げた。
「あの、俺、召喚獣にしたい動物が何種類かいるんです。動物と性質が合わなかったら、召喚獣にしないほうがいいのですか?」
彼が不安げに聞くと、先生は優しく微笑む。
「それは自分で決めることだ。相性が良ければ相乗効果を得られるが、良くなくても普通に召喚獣の能力は使えるのだから。自分の性質を知れば、それを認識した上で、契約について再度考える時間をもつことができる。召喚学において、とても重要なことだ」
何人か挙手する中、俺もすかさず手を挙げた。
俺は先生に指されて、質問をする。
「五匹の召喚獣と契約している人は、先生と同じ残りの葉の数になるんでしょうか?」
そうだとすると、四匹と一羽プラス一精霊と契約している俺は、残り二十枚前後って可能性があるんだけど……。
だがルーバル先生は、小さく「ふーむ」と唸った。
「それは契約している召喚獣の強さ、能力によって変わるだろうな」
「そうですか……」
俺は落胆を悟られないように、そっとため息を吐いた。
ヤバイ。これってマジで俺の残量ないんじゃなかろうか?
だって精霊と伝承の獣いるしっ!
テンガだって、何気にスペック高いから、絶対にエナの摂取量が多い気がする。
どうしよう、残りの葉が一枚二枚だったら……。いや、エナ草自体ちゃんと芽が出るんだろうな。
俺がそんな心配をしていると、隣で大きな声が上がった。
「わぁっ!」
「え?」
レイの方を見ると、彼のエナ草がみるみる育っている。
……フライングしたな。
慌てるレイに構うことなく、レイのエナ草はあっという間に葉が生い茂り、黄色と赤の花が咲いた。
「先生の説明が終わるまで待てって、言われてたでしょ?」
ライラが呆れて言うと、レイは気まずそうな顔で、先生に向かって頭をかいた。
「いや、ちょっとだけなら大丈夫かなって思って……」
「あんたねぇ……」
ライラはため息を吐いて睨む。
しかしルーバル先生は「ホッホッホ」と楽しげに笑った。
「まぁ、良い良い。葉の生い茂り方も大変素晴らしい。花の色は土と火だな」
微笑みながら頷いた先生は、教室を見渡した。
「他の者も我慢できんだろう。では、とりあえず各自やってみなさい。質問があったらその都度答えよう」
生徒たちから歓声が上がった。
「助かったね。レイ」
俺がこっそり耳打ちすると、レイはホッと息を吐いた。
「まったくだよ。でも、黄色の花が咲いて良かったぁ! 残量も結構ありそうじゃないか?」
レイは嬉々として、葉を数える。
レイの召喚獣は土属性だもんな。相性のいい黄色の花が咲いて喜んでいるみたいだ。
だが、そんなレイとは裏腹に、彼の隣で落胆するトーマがいた。
「あぁぁぁ……そんなぁ」
葉が茂ったエナ草は、花の色が青と水色だった。性質は水と氷だ。トーマの召喚獣であるエリザベスは風の属性だから、性質が一致していない。
トーマ、自分の召喚獣にデレデレだしなぁ。相性が良くなくてショックなのかもしれない。
「残量があっただけでもいいじゃないか! ないよりましだろ!」
トーマを慰めるように、「アッハッハ」と大きく笑ってレイが言う。
レイ、それ今の俺にすっごく突き刺さるんだけど。なんか、ますますやるのが怖くなったじゃないか。鉢を貰う時は、あんなにワクワクしてたのになぁ……。
土の上で手を彷徨わせて、触るかどうしようか、じっと土を見つめる。
「あれ? フィル君、まだやってないの?」
ライラの方を見ると、赤と緑と黄色の花が咲いていた。
「あ~……僕、召喚獣が何匹もいるから、残量を確認する勇気が出なくて。それより、三つも性質持ってるんだ? すごいね」
三種類も咲いている人はほとんどいない。中には一種類の人だっているのだ。
だがライラは首を振って、自分のエナ草の鉢をずらした。
「私より、アリスのほうがすごいのよ!」
ライラは隣のアリスのエナ草を、ジャーンと見せる。
「本当だ、すごい!」
アリスのエナ草には、白と青の花が咲いていた。
他の生徒を見渡しても、白なんて見当たらない。
「ほぉ、白か。癒しと清浄の力である聖の属性と相性がいい。なかなか出ない色だ」
ルーバル先生も驚いた顔で、アリスのエナ草を観察する。他の生徒にざわめきながら注目され、アリスは恥ずかしそうに俺を見た。
「でも聖の召喚獣なんて、それこそ滅多にいないもの。性質があっても、きっと相性のいい召喚獣との契約は難しいわね。ところで、フィルの性質が気になるんだけど」
「早くやれよ。残量がなくても仕方ないじゃないか。お前、いっぱい召喚獣を持ってるんだから諦めろ」
レイにニヤリと笑われ、クッと唇を噛む。
他人事だと思って……。実際、そうだけど……。
俺はため息を大きく吐いて、植木鉢の土に触れる。指先に意識を集中させつつ、ゆっくり十数えた。
皆が注目する中、手を離して土をジッと見つめる。
土はピクリとも動かない。
「……」
あれ……? 変化……ない?
ぶわっと冷や汗が噴き出す。
俺、やっぱ残量ないのか? 嘘だろ。
そう思った瞬間、キラキラと輝くものが土から飛び出した。
「え……?」
キラキラしながら飛び出したもの、それはエナ草の芽だった。
な…………んだ? 何だこれっ!?
ビックリしすぎて、思考回路が停止しそうだ。
芽が出て良かったと言いたいところだが、これは明らかにおかしい。飛び出した芽が、薄い膜に覆われ発光して見えるのだ。
これは夢か。もしくは目がおかしくなったのだろうか。
そう思って目をこするが、その間にも茎が伸び、葉は茂っていく。そしてその葉や茎も、やはり同じように発光していた。
気のせいじゃないっ! 発光してる! 何これっ!
って言うか、ルーバル先生、エナ草の葉は全部で百枚と言ってなかったか?
ざっと数えてみても十枚葉のついた茎は、すでに十本以上生えていた。しかも茎は未だに増え続けている。
明らかに多いよね? いったい何本増えるわけ?
葉や茎の形は一緒なのに、成長する様子は突然変異体かというくらい違う。
どうしたら止まるんだ!?
あわあわと手を彷徨わせるが、エナ草はどんどん成長していく。
教室のざわめきが大きくなり、それが俺の席に近づいてきた。俺のエナ草の異変を感じ取ってか、生徒が徐々に集まってきているようだ。
だがそのざわめきも、花が咲くと、シーンと静まり返った。
咲いた花が、螺鈿細工みたいに、様々な色が混ざり合ったものだったからだ。光の加減で色が変わるそれは、虹色の美しい光沢を放っていた。
皆は驚いて口を閉じることもできず、ただ目を瞬かせている。
ルーバル先生も鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔で、動かなくなっていた。
俺のエナって……どうなってるの。
エナ草の葉は、もっさりと茂っていた。茎の本数は百どころじゃなく、完全に普通の域を超えているのがわかる。
それよりも……何でエナ草、発光してんの? この虹色の花の性質って? これは何を意味しているわけ?
さっぱりわからーん!!
誰の声も聞こえない教室で、クリスマスツリーみたいにデコられたエナ草を前に俺は呆然とする。
もう駄目だ。これは完全に父さんの言う規格外状態だ。
アリスをチラリと見る。俺の事情を知る彼女でさえ、驚きを隠せないようだった。
その様子を見て、より一層自分のやっちゃった感を自覚する。
でも……でも……俺は悪くなくない? この状況って想定外すぎるよね?
確かに前世の記憶はあるし、俺の召喚獣はちょっとばかり変わってるけど。それ以外はなんの変哲もない子供……だったはず。
まさかこんなことになるなんて……。むしろ残量足りないかもと、ビビってたくらいなのに。
「これは……何としたことだ……」
ようやくルーバル先生が、言葉を発した。口を開けすぎて喉がカラカラだったのか、その声はひどく掠れている。
ルーバル先生はゴクリと喉を鳴らして、手を震わせながら俺のエナ草にそっと触る。まるで幻ではないのかと確認しているみたいだった。
「こんな……こんなエナ草は初めて見た……」
ルーバル先生が、口元を震わせて言った。それからエナ草に吸い寄せられるように、数センチもない距離で観察し始める。
「ぼ……僕のだけエナ草じゃなかったんじゃないですか? あ、あははは……」
何とか誤魔化せないかと笑ってみるが、その笑いはすっかり乾いていた。
だって異常な状態ではあるけど、葉や花の形状は間違いなくエナ草なのだ。
「そんなはずないよ。これはエナ草だよ」
案の定、すぐさまトーマに否定されてしまう。
「そうね。エナ草だわ。とても同じ植物とは思えないけど」
ライラが感嘆した声で言い、詰めていた息を吐いた。
だ……だよねぇ。俺だって誤魔化すのは無理があるってわかってた。わかってたけどさ。
俺はすっかり途方に暮れる。
「すげーっ! やっぱりエナ草だって、これ!」
突然、止まっていた時が動き出したかのごとく、周りから歓声が上がった。あまりに凄い歓声で、俺はビクッと身を竦める。
「僕わかってたよ! フィル君はすごいんだって!」
「何言ってんだ、一年男子の大半は知ってるさ! な!」
「ああ! フィル君はただ者じゃないよ」
身を乗り出して、何人もの男子が俺に手を差し出してきた。
俺が反射的に握手すると、彼らは感動した様子で目を潤ませる。
その中の一人が、俺の手をぎゅっと両手で握りしめた。
「俺、あの時からずっと憧れてます!」
「あ……ありがとう……」
勢いに負けて、俺は意味がわからないままお礼を言う。
すると遠くにいた男子たちから、ブーイングが起きた。
「お前らだけずるいぞ!」
「抜け駆け禁止だろ!」
「あんまり騒いだら可哀想だから、フィル君見守り隊を結成してたのに!」
……何、その隊。え、歓迎会の後、皆から質問攻めにあわないのって、カイルが何かやってくれてるのかな? と思ってたんだけど。そんな隊が、一年生男子の間でできてたの?
俺が新事実に愕然としていると、揉めている男子たちを押しのけて、今度は女子グループが俺を取り囲んだ。
「フィル君の花、すごく綺麗!」
「葉の枚数だってすごいわよ! エナの量が多いのね!」
「何言ってんのよ! この発光してるのなんて、もっとすごいじゃない!」
女子生徒たちは頬を紅潮させて、きゃあきゃあと騒ぐ。
「ど、どうも」
かしましいとはこのことか。圧倒された俺は、口元を引きつらせて微笑む。
すると、女子たちから黄色い声が上がった。
「かーわーいーいー」
怖いんですけどーっ!
俺が肉食化した女子たちにビビっていると、遠くの女子たちからブーイングが起こった。
「ちょっと! 私たちだって近くでフィル君を見たいのよ!」
それに賛同して、周りから「そうよ!」「代わってよ」と声が上がる。
だが、俺の近くにいる女の子たちは、キッパリと言った。
「イヤ!」
「F・Tファンクラブに優先権があるわ!」
え、ちょっ! 何そのファンクラブっ! 初耳ですよっ!
カイルならわかるけど、俺にもファンクラブができてんの?
驚愕する俺を置いて、今度は女子の言い合いが始まってしまった。
ファンクラブに「公認じゃないでしょ!」と反論する子もいれば、「じゃあ、入りたい!」と手を上げる子もいる。
どう収拾したらいいんだ、これ。
「な、何でだー!」
突然、隣でレイが叫んだ。わなわなと身を震わせ、俺のエナ草を見つめる。
「俺、てっきりフィルのは一本二本かと思ってたのにっ!! これくらいは勝てると思ったのにぃ」
おぅい! 思ってたんかい!
いや、俺自身もそう思っていたけれども。
勝てると思って俺を急かしていたなら、レイのやつ、結構ひどいな。
俺が半ば呆れていると、俺の視線に気づいたレイは若干涙目で唇を噛んだ。
「だって! 俺だって女の子にすごいって言われたいっ! ファンクラブ欲しい!」
「……はい?」
「中等部に入って、カイルとフィルにすっかり人気が奪われてるんだよ。ここらで巻き返したいじゃんか! お前も男ならわかるだろ?」
なっ? とレイに同意を求められて、俺はゆっくり首を傾げる。
わかるような……わからないような……。
そんなレイに、ライラはため息を吐いた。
「あんたの人気下降は、別に原因があるでしょ。っていうか、そういうのは自分の努力で巻き返しなさいよ」
ごもっとも。
「できたらやってる!」
レイ、そこは自信満々に言うところじゃないよ。
あぁ、俺が変なエナ草を出したがために、教室がカオスになった……。どうしよう。
渦中にいるはずなのに、皆に取り残されて途方に暮れる。
そんな中、周りの喧騒とは別次元のところにいる二人がいた。
「それにしても、この花、本当に綺麗ね。光の加減で見える色が違うの」
「このエナの量もすごいよね。いいなぁ。これだけあれば召喚契約し放題だよねぇ」
アリスとトーマは騒然とした教室で、そんなことを言いながら、のんびりと俺の出したエナ草を観賞している。他の人の勢いが凄いせいか、なんかそのテンポにホッとした。
癒される。俺の心のオアシスたち。
「ねぇ、フィル」
トーマが何かを期待しているかのような口ぶりで言った。
「ん? 何?」
「それだけエナあったら、召喚契約し放題だよね?」
「ん……うん?」
まぁ、そういうこと……かな。
何が言いたいのだろうと、俺は小首を傾げる。
「僕、いっぱい観察したい動物がいるんだぁ。それをフィルが召喚獣にしてくれたら、観察し放題だと思うんだけど」
そう言って、にこっと無邪気に笑った。
無邪気だけど、それ利用っ! 俺を利用しようとしてるから!
「そのためだけに召喚獣にしたら、動物が可哀想でしょう!」
俺が言うと、トーマは「そっかぁ」と残念そうに息を吐く。
「ねぇ、フィル」
今度はアリスがお伺いをたててきた。
「な、何?」
アリスは困り顔で眉を下げ、憂いを帯びた瞳で見つめる。
何だ。いったい何を言う気?
「どうしよう……フィルの実家に自慢したくてたまらない」
「っっ何で!?」
予想外過ぎて噴いた。
学校で再会した時、俺に不利になることは報告しないって言ったよね?
「フィルの気持ちはわかっているのよ。でも……フィルのエナ草があまりにも凄いから、きっと知ったらビックリするだろうなぁって思って」
そりゃ、ビックリするよ。教室がカオスになったくらいだもん。父さんに知られたら、絶対卒倒する。
「ダメ?」
可愛くお願いされても、それは勘弁願いたい。
無言で手を合わせて止めてほしいと頼むと、アリスは残念そうに息を吐いた。
「ダメかぁ」
俺のオアシスたち……油断ならないな。
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