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3巻
3-12
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トーマとアリスに対する認識を改めたその時、俺の肩を誰かがそっと叩いた。俺たちがワイワイやっている間も、エナ草の観察に夢中になっていたルーバル先生だ。
これだけ教室が騒がしいのに生徒たちを注意することもなく、キラキラとした目で俺を見ている。
「フィル・テイラ君」
にこにこと微笑み、君付けで呼ばれたことに、俺は違和感を覚えた。
さっきまで君付けじゃなかったような……。そしてこの笑顔。
不思議に思いつつ、返事をする。
「は、はい、何ですか?」
ルーバル先生は笑みを深くして、ズイと俺に顔を近づけた。
「このエナ草……研究資料として持ち帰ってもいいだろうか? エナの葉が多いこともすごいが、こんな花の色や発光の仕方など見たことがない。よく調べておくから。どうかね?」
俺に尋ねてはいるのだが、答えを聞く前に気持ちは決まっているらしい。すでに俺のエナ草の鉢を、がっちり抱え込んでいる。
ルーバル先生は、明らかに持って行く気満々だ。
「ど……どうぞ」
俺が口元を引きつらせつつそう言うと、先生はパァっと表情を輝かせ、生徒たちからは落胆の声が聞こえた。他にも欲しい人がいたようだ。
「こういうものは先に交渉したもの勝ちだ。では少し早いが授業はここまで。フィル君、研究結果は後で教えるからな」
ルーバル先生はホクホクとした顔で鉢を抱きかかえ、「フォホホ」と笑いながら教務室へと去っていった。
少し早いって……まだ授業時間、半分あるんですけど。
ルーバル先生が教室から出ていくと、俺は周りの生徒から一斉に話しかけられた。
「フィル君、もう召喚獣を持ってるって言ってたよね?」
「どんな召喚獣がいるの?」
「他に召喚獣にしたい動物っている?」
「え……あの、えと……」
瞳を煌めかせた女子たちに矢継ぎ早に質問され、あまりの勢いに言葉が詰まる。
そんないっぺんに話しかけられても、俺は聖徳太子じゃないからっ!
戸惑っている俺に、鼻息を荒くした男子たちからもさらに質問が飛ぶ。
「召喚学の課外授業があるけど、組む人ってもう決まってるのかな?」
「僕らにもまだチャンスはある?」
「え……く、組む人?」
課外授業はずっと先のことで、組む人はまだ決める段階ではないのだが……。
「あ、俺、フィル君と一緒に組みたいっ!」
「私も!」
次々挙がる手と一層大きくなるざわめきに気圧され、俺はあわわわと周囲を見回す。
どうしよう。できれば、いつものメンバーと組みたい。だが、皆にはまだ確認取ってないからなぁ。言い切っちゃっていいものか……。
俺が言い淀んだことで、付け入る隙があると見たのか、一人の女の子が俺の手を握った。
「ね! いいでしょう? たまにはいつもの人たちじゃなくても」
確かF・Tファンクラブだと名乗っていた子だ。
金髪碧眼、綺麗な縦ロールになった髪をツインテールにして、ピンク色のリボンをつけている。色白の美少女だ。目の大きさが、アニメの魔法少女っぽい。
牽制のためか、少女はチラリとアリスやライラを見て微笑む。
「いや……僕は……」
困り顔で手を解こうとしたが、意外にがっちりと握られて抜け出せなかった。
強っ! 何この力強さ! 放してなるものかという、強い意志が感じられる。
俺が困惑していると、突然ライラとアリス、レイとトーマが、一斉に動いた。
皆のタイミングが一緒だったので、示し合わせたのかと思ったが、それはどうやら違うらしい。四人は驚いた顔でお互いを見つめ合ったが、すぐにコックリと頷き合う。
「な、何よ。あなたたち」
「文句でもあるの?」
ファンクラブの面々が、眉根を寄せて四人を睨む。
ライラは少し顎を上にあげ、にーっこりと微笑んだ。
「あるに決まってるじゃない。私たちは、フィル君の友達だもの。困っていたら助けるわよ」
「なっ!」
ライラの挑発めいた物言いに、女子たちが目を見開く。
「私たちが困らせているって言うの?」
怒りを露わにする彼女たちに、今度はトーマとアリスが申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。僕たちと班を組むって、もう約束してるんだ」
「そうなの。受講する前から決めていて……だから、ごめんなさい」
真摯に謝る二人の言葉を聞いて、周りから「やっぱりかぁ」と落胆の声が上がる。
実際にはそんな約束はしていないのだが、皆が俺を助けようとしてくれているとわかって、胸が熱くなった。
だが、手を握っていた少女は、諦めきれないみたいだ。一瞬悔しい顔を見せたが、すぐさまレイに可愛らしい声でねだる。
「ねぇ、レイ君はどう思う? いつもの組より、私たちとフィル君とレイ君で組んだほうが楽しいと思うんだけど」
どうやら、女の子好きのレイを取り込む作戦らしい。
にっこり微笑んだ彼女は、自分の可愛さをどうアピールすればレイにとって効果的か、よくわかっているようだった。レイは途端に頬がとろけ、だらしない顔つきになる。
恐ろしや……。年端もいかない女の子でも、魔性の部分を持っているということか。
「えー、メルティーちゃんたちと一緒か~。それもいいなぁ」
レイは目尻を下げて、デレデレしながら言った。
レイ……何て単純な奴。俺としてはアリスやライラのほうが、可愛いと思うんだけどなぁ。
俺がレイに呆れていると、突然ライラがバンッと机を叩いた。レイももちろんだが、一緒になってメルティーに魅了されていた他の男子もビクッとなる。
辺りにいる生徒の視線が、ライラに集中した。
「…………」
いつもは言葉で言い負かすタイプのライラが、何も言わなかった。だが無言でレイを睨むその眼差しは、普段以上に怖い。
レイは油の切れたブリキ人形みたいに、ぎこちない動きでライラからメルティーに視線を戻す。
「ご……ごご、ごめんね。約束はこっちが先だから」
そう言ってメルティーから俺の手を抜き取ると、代わりに自分がぎゅっと彼女の手を握った。
「一緒には組めないけど、俺でよければいつでも話し相手になるよ。フィルみたいな鈍感より、俺にしない?」
キラリと笑う顔は、普段の彼を知っている分、気取っていてひどく胡散臭い。俺は手が解放されてホッとしつつも、半眼でレイを見た。
助けながらもナンパをするその抜け目のなさはむしろ感心するが、鈍感ってどういうことだ。
俺がムッとしていると、突然教室の後ろの扉が勢いよく開いた。その音に、ざわめいていた教室が静まり返る。
何だ? 誰が来たんだ?
今日はルーバル先生が早めに切り上げたけれど、時間帯でいえばまだ召喚学の授業中だ。誰かが入ってくることはないのに。
人混みでよく見えなかったので、席を立って背伸びをする。
そして、扉のところに立つ人物を目撃した俺は、目を大きく見開いた。
「カイルッ!?」
何でカイルが?
召喚学の間、カイルは授業がないので、寮で自主練をすると言っていたはずだ。
皆がざわめく中、カイルはゼーゼーと荒い息を繰り返しながら一直線にこちらに向かってくる。
何だ何だ。どうしたっていうんだ?
鬼気迫るカイルの様子に、生徒たちはまるでモーゼが割った海水のごとく、俺へと続く道を作る。
どれだけ走ってきたのか、肩で息を整えるカイルは、ポカンと口を開けている俺を見下ろした。
「フィル様、授業が終わったそうですね? では、もう帰りましょう」
そう言って、アリスやライラ、レイとトーマに目配せする。一緒に帰るぞと言っているかのようだった。
それを察して、アリスたちは手早く荷物をまとめる。カイルは俺の荷物と、アリスやライラのエナ草を持ち、そのまま扉へ歩き出した。
呆気にとられている皆の間を、俺たちは通り抜ける。それから扉のところでカイルはピタリと止まって、同級生たちを振り返った。
「強い獣も、周りの環境が騒がしければ弱って命を落とすと言う。好意は好意として、ほどほどにすることだ」
冷ややかにそう言われて、皆は少し冷静になったのか、シュンとしたように肩を落とした。
悔しそうにこちらを見つめるメルティー以外は……。
あれはまだ諦めてなさそうな顔だ。うーん。ファンクラブはありがたいけどなぁ。
カイルを先頭に教室を出た俺たちは、そのまま後について階段や廊下を歩いていく。
てっきり真っ直ぐ寮に向かうと思っていたのだが、進んでいる方向からして違うようだ。アリスやライラ、トーマも不思議そうな顔をしている。
その中でレイだけが、行く先に心当たりがあるらしい顔つきだった。
もしかして、どこに向かってるのか、レイは知ってるのかな?
しばらくすると、古びた扉の前でカイルが止まった。人が使っているとは思えないほど、扉は汚れている。位置的にも校舎の奥にあるため、廊下も薄暗い。何だか不気味な雰囲気だった。
「え、ここに入るの?」
ライラが顔をしかめ、トーマは俺の背に隠れる。するとレイがニヤリと笑った。
「表向きはわざとこうしてるんだ。中は綺麗だよ」
そう言って持っていた荷物を俺に渡すと、懐から鍵を取り出して扉を開けた。
十畳ほどの部屋の中には、物が雑多に置かれている。だが、レイの言う通り綺麗に掃除されているようだった。
奥にある窓辺には、長いソファや椅子、長方形の机もあって、なかなか居心地がよさそうである。
レイはソファに座って息を吐く。俺たちもとりあえず机に荷物を置いて、ソファに腰を下ろした。
「ここは?」
俺が問うと、カイルは微笑んで答える。
「今はなくなった教科の教務室です。空き時間の休憩用として、レイに教えてもらいました。合鍵も」
「え、僕そんなの聞いてないよ」
「僕も」
俺とトーマは、拗ねて頬を膨らませた。
ずるい。何でカイルにだけ教えるんだ。
俺たちの非難を感じたのか、レイは片眉を上げる。
「カイルにだって、今回初めて教えたんだ。合鍵、そんなに数がないんだよ」
「そもそも、何であんたが合鍵なんて持ってるわけ?」
ライラが訝しげにレイを見る。レイはその問いに笑って誤魔化すと、手を大きく広げた。
「ここは特別な穴場。誰も来ないから安心してくつろいでくれ」
そう言ったレイは、ライラの舌打ちに聞こえないふりを決め込んだ。
「ここは校舎の中でも奥まっているし、不気味だから確かに誰も来なそう」
ブルリと震えて、トーマが言う。
「あのまま寮に戻っても同じことが起こる可能性があるので、人気のないここに来ました」
カイルの言葉に、皆がため息を吐いて頷く。
確かに。少し時間を置いたほうがいいかもなぁ。
「抜け出せないかと思ったよね」
トーマが言って、アリスも安堵の笑みを浮かべる。
「そうね。カイルが来てくれて良かったわ」
その言葉に俺やライラは頷いたが、レイは少し残念そうな顔をしていた。
「せめてメルティーちゃんの返事、聞いてからでもよかったよなぁ」
あぁ、あの「フィルより俺にしない?」ってやつの返事か。
「聞かなくて良かったんじゃない? むしろ」
ライラが鼻で笑うと、レイはムッとした。
「どういう意味だよ」
また言い合いが始まりそうだったので、俺とアリスが「まあまあ」と宥める。
「レイにも助けられたよ。皆もありがとうね。組になる約束したって言ってくれたのも、すごく嬉しかった」
気恥ずかしく思いながらも改めてお礼を言うと、皆は照れたのか頬が赤く染まった。
「当たり前だろ」
レイはふいっとそっぽを向いて、アリスははにかんで目を伏せる。
「私は……もともとそのつもりだったもの」
「僕も」
「当然よ」
トーマとライラが頷く。俺はその言葉にさらに嬉しくなって、「へへっ」と頭をかいた。
「それは良かったと思いますが……」
カイルは一人沈んだ声で呟く。
暗い……。ただ一人、雨雲を背負っているかのような暗さだ。
そういや、どうしてカイルが迎えに来たんだろう?
「カイル、ちょうど良い時に来てくれたけど、何か急ぎの用事?」
小首を傾げてカイルを見ると、恨めしげに俺を見る。
あ、あれ……どうしたんだ?
「全然ちょうど良くないですよ……。フィル様、ド派手なエナ草とやらを出したそうじゃないですか」
な……何故それを……。
「な……何で知ってるの?」
俺が口元を引きつらせて問うと、カイルは深くため息を吐いて静かに言った。
「召喚学で何があったか、全て聞きました」
「え……だ、誰に?」
俺は少しだけ、眉を寄せる。
授業中に何があったのかを知っているのは、あの場にいたルーバル先生と生徒だけ。この短時間で、カイルに知らせることができる人間などいないはず……。
俺がそう思っていると、カイルの背後から闇の妖精が二匹出てきた。そしてカイルの両肩に、一匹ずつ乗る。
いつもはカイルの影に潜んでいるので、俺でさえあまり姿を見ないのだが……。
【フィル様、お久しぶりでーす!】
可愛い敬礼ポーズで挨拶したのはキミー。カイルは五匹の闇の妖精と仲が良いのだが、キミーはその中でも一番明るく社交的な女の子だ。
隣にいるのはキム。無口な男の子で、ほとんど声を聞いたことがない。キムはゆっくりした動作でお辞儀した。
「ま……まさか」
俺はプルプルと指をさした。
【はい! 私たちカイルのお願いで、召喚学の教室に潜入しておりましたぁ!】
キミーは再びピシッと敬礼する。
つまりカイルは……受講はできないけど俺が心配なので、闇の妖精に様子を見てもらっていたというわけか!
「教室にいたなんて、全然気がつかなかったんだけど……」
俺が脱力して言うと、カイルは憂いを帯びた顔で笑った。
「何事もなければ、言うつもりはなかったんですけどね……」
カイルにとっても、これは不本意な事態であるらしい。
「僕と一緒にいたの?」
するとキミーは、チッチッチと舌を鳴らした。
【近いけどちょっと違いまぁーす!】
楽しそうに言って、キムに合図を出す。キムがふらりと動き、レイの影に入り込んだ。そしてまたひょっこり出てくる。
【フィル様には精霊様がついていらっしゃいますからねー。すぐ気づかれちゃうと思ったんで、レイさんに潜んでました】
キミーの説明に、俺は目を見開く。
こ、こわーっ! それは気づかないはずだ。
キミーたちがレイの影から出て、カイルに知らせに行った時は、おそらく教室中騒然としていたもんな。わかるわけがない。
しかし信用のない俺も悲しいが、影を潜入に使われるとは……レイも可哀想に。
俺が同情の眼差しで見ると、レイは訝しげに首を傾げる。
「え、何だその目。って言うか、お前らさっきから何の話してんの? 聞いてて、全然意味がわからないんだけど」
うーん、話すべきだろうか? 知らぬが仏って言葉もあるからなぁ。
「あー……カイルがレイに……ちょっとね」
「ちょっ、フィル様! その言い方だと、反対に誤解を招きます!」
濁した俺のセリフに、カイルは慌てる。
「え、俺っ? 俺がどうした?」
レイは動揺してか、ソファから立ち上がりカイルと俺を交互に見た。
「フィル様、普段はしませんよ。召喚学の間だけですっ! レイはきっとフィル様の近くにいると思ったので。レイにも承諾を得ましたし」
「なぁ! 何の話っ!?」
レイが、わけがわからんとカイルを睨む。
「え……あれ? レイは承諾してたの? 召喚学の授業中、カイルと仲の良い闇の妖精をレイの影に潜ませること」
驚いた俺がそう言うと、レイの口がパッカリと開いた。
「なーっ! 何だそれっ! 聞いてねーよっ!」
驚いて叫ぶレイに、カイルはキョトンとする。
「レイには言っただろう。フィル様が心配だから、影から授業を見させてもらうって」
「その説明でわかるか! 陰ながら見守るみたいな意味かと思ったよっ!」
そう言って、レイはソファにどっかり座り直す。
確かに。今のカイルの言い方じゃ、まさか自分の影に潜入されるとは思わないよな。
「でもそうか、タイミング良く現れたのって、そういう理由だったんだ?」
ようやく合点がいった。
「何かあれば、すぐ知らせが来るようにしていたんです。ですけど……座学だけだから大丈夫だと思っていた自分が甘すぎました」
カイルは「ああぁぁ」と嘆きながら頭を抱える。
【フィル様のエナ草、びっくりしたよねぇ。葉はいっぱいで、花がキラキラだったよね、キム】
キミーはキムを連れて、机に置いた皆のエナ草の間をくるくると回りながら歌う。
【エナ草の葉はエナの量~♪ エナの花はエナの性質~♪】
授業内容、しっかり聞いてるなぁ。
「こんなことになるんだったら、俺も召喚学を受講すればよかったです」
カイルはガックリとうなだれて、ブツブツ言いながら、鬱々とした空気を漂わせている。
いや、あそこにカイルがいても、エナ草だけは想定外だったと思うよ。
「あ、ねぇ、君たち。二匹でカイルに知らせに行ったの?」
俺が空気を変えるためにあえて明るく質問すると、くるくる回るのをやめてキミーが戻ってきた。
【キムを残して、私が大急ぎでカイルのもとへ行きましたぁ! すごーく大変だったんですよ!】
胸を張るキミーに、俺は頭をかいた。
「あはは……ごめんね。僕もあんなことになるとは……」
苦笑いをしていると、カイルの恨めしげな視線を感じた。
だから、そんな目で見られても困ってしまう。不可抗力なんだってば。
「あ、あのぉ……フィル。誰と喋ってるの?」
トーマが俺の服の裾を、控えめに引っ張った。どうやら先ほどから、話しかけるタイミングを窺っていたらしい。
「あぁ、キミーとキムだよ。カイルと一緒にいる闇の妖精」
俺が何の気なしにキミーとキムに目を向けると、トーマとレイとライラは俺の視線の先をジッと見つめた。
「……フィル、見えるのか?」
「……ていうか、普通に会話してるわよね?」
レイとライラにおそるおそる言われて、俺はハッとした。
「あ……」
……普通に話しちゃってた。
「あ、いや、そのぉ……」
俺は視線を彷徨わせるが、それは今さらな気がした。観念してコクリと頷く。
「え、えーっ本当にっ!?」
トーマは驚愕し、レイは呆然とする。
「エナ草といい、お前、何なの。やっぱり青みがかった銀髪の子って、不思議な力でもあるの?」
その言葉に、俺はブンブンと頭を振る。
「ち、違う違う僕は普通! ……と思うけど……どうなんだろう??」
自分自身でもわからなくなって、結局は首を傾げた。
「いや、普通ではないだろう」
レイにマジマジと言われ、トーマとライラが深く頷く。見れば、アリスとカイルも頷いている。
え、アリスとカイルもそう思ってたの?
「カイルももしかして、姿が見えて声も聞こえるの?」
トーマの質問に、カイルは少し躊躇したがコクリと頷いた。
「俺の場合は、小さい頃から傍にいたから。闇の妖精限定だけどな」
「そういうこともあるのね」
ライラが驚いた様子で言い、レイは顎に手をやって考え込む。
「そういや前に、カイルは妖精と仲が良いって言っていたっけ。だけど、そんなにはっきりと意思疎通ができるとは思わなかったな」
「じゃ、じゃあ、動物の声も聞こえたりする?」
トーマはカイルに、身を乗り出して尋ねる。動物の声が聞きたいと前々から言っているトーマにとって、一番知りたいことなのかもしれない。
「闇の妖精を介してな」
「本当っ!? フィルは?」
トーマは期待に満ちた瞳を俺に向ける。カイルとアリスがトーマに何か言おうとしたみたいだが、俺はそれを視線で制した。
もうここまで話したのなら、正直に言っても大差ないだろう。
「うん。僕の場合は妖精を介してじゃなくて、直接なんだけどね」
「ちょっ、直接!? 直接動物と話せるってこと?」
レイとトーマとライラは口をポカンと開け、しばらくの間、目を瞬かせていた。
「じゃ……じゃあ、今まで動物によく話しかけてるなぁと思ったのは、会話してたのか?」
俺……やっぱり話しかけ過ぎてるのかな?
「う、うん」
レイの質問に、俺は頷く。
「何でっ? どうして妖精や動物の声が聞こえるのっ?」
ライラに尋ねられ、俺は返答に困って眉を下げた。
「わからない。声が聞こえるのが、当たり前だったし」
それを聞いて、ライラは衝撃に打ち震える。
「妖精の姿は純粋な人には見えるって聞くけど。妖精の声まで聞こえて、さらに動物も? どんだけ純粋少年なのっ!? それとも神子の力?」
いや、そう言われても俺だってわからない。神子の力かどうかだって、確認のしようがないし。
これだけ教室が騒がしいのに生徒たちを注意することもなく、キラキラとした目で俺を見ている。
「フィル・テイラ君」
にこにこと微笑み、君付けで呼ばれたことに、俺は違和感を覚えた。
さっきまで君付けじゃなかったような……。そしてこの笑顔。
不思議に思いつつ、返事をする。
「は、はい、何ですか?」
ルーバル先生は笑みを深くして、ズイと俺に顔を近づけた。
「このエナ草……研究資料として持ち帰ってもいいだろうか? エナの葉が多いこともすごいが、こんな花の色や発光の仕方など見たことがない。よく調べておくから。どうかね?」
俺に尋ねてはいるのだが、答えを聞く前に気持ちは決まっているらしい。すでに俺のエナ草の鉢を、がっちり抱え込んでいる。
ルーバル先生は、明らかに持って行く気満々だ。
「ど……どうぞ」
俺が口元を引きつらせつつそう言うと、先生はパァっと表情を輝かせ、生徒たちからは落胆の声が聞こえた。他にも欲しい人がいたようだ。
「こういうものは先に交渉したもの勝ちだ。では少し早いが授業はここまで。フィル君、研究結果は後で教えるからな」
ルーバル先生はホクホクとした顔で鉢を抱きかかえ、「フォホホ」と笑いながら教務室へと去っていった。
少し早いって……まだ授業時間、半分あるんですけど。
ルーバル先生が教室から出ていくと、俺は周りの生徒から一斉に話しかけられた。
「フィル君、もう召喚獣を持ってるって言ってたよね?」
「どんな召喚獣がいるの?」
「他に召喚獣にしたい動物っている?」
「え……あの、えと……」
瞳を煌めかせた女子たちに矢継ぎ早に質問され、あまりの勢いに言葉が詰まる。
そんないっぺんに話しかけられても、俺は聖徳太子じゃないからっ!
戸惑っている俺に、鼻息を荒くした男子たちからもさらに質問が飛ぶ。
「召喚学の課外授業があるけど、組む人ってもう決まってるのかな?」
「僕らにもまだチャンスはある?」
「え……く、組む人?」
課外授業はずっと先のことで、組む人はまだ決める段階ではないのだが……。
「あ、俺、フィル君と一緒に組みたいっ!」
「私も!」
次々挙がる手と一層大きくなるざわめきに気圧され、俺はあわわわと周囲を見回す。
どうしよう。できれば、いつものメンバーと組みたい。だが、皆にはまだ確認取ってないからなぁ。言い切っちゃっていいものか……。
俺が言い淀んだことで、付け入る隙があると見たのか、一人の女の子が俺の手を握った。
「ね! いいでしょう? たまにはいつもの人たちじゃなくても」
確かF・Tファンクラブだと名乗っていた子だ。
金髪碧眼、綺麗な縦ロールになった髪をツインテールにして、ピンク色のリボンをつけている。色白の美少女だ。目の大きさが、アニメの魔法少女っぽい。
牽制のためか、少女はチラリとアリスやライラを見て微笑む。
「いや……僕は……」
困り顔で手を解こうとしたが、意外にがっちりと握られて抜け出せなかった。
強っ! 何この力強さ! 放してなるものかという、強い意志が感じられる。
俺が困惑していると、突然ライラとアリス、レイとトーマが、一斉に動いた。
皆のタイミングが一緒だったので、示し合わせたのかと思ったが、それはどうやら違うらしい。四人は驚いた顔でお互いを見つめ合ったが、すぐにコックリと頷き合う。
「な、何よ。あなたたち」
「文句でもあるの?」
ファンクラブの面々が、眉根を寄せて四人を睨む。
ライラは少し顎を上にあげ、にーっこりと微笑んだ。
「あるに決まってるじゃない。私たちは、フィル君の友達だもの。困っていたら助けるわよ」
「なっ!」
ライラの挑発めいた物言いに、女子たちが目を見開く。
「私たちが困らせているって言うの?」
怒りを露わにする彼女たちに、今度はトーマとアリスが申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。僕たちと班を組むって、もう約束してるんだ」
「そうなの。受講する前から決めていて……だから、ごめんなさい」
真摯に謝る二人の言葉を聞いて、周りから「やっぱりかぁ」と落胆の声が上がる。
実際にはそんな約束はしていないのだが、皆が俺を助けようとしてくれているとわかって、胸が熱くなった。
だが、手を握っていた少女は、諦めきれないみたいだ。一瞬悔しい顔を見せたが、すぐさまレイに可愛らしい声でねだる。
「ねぇ、レイ君はどう思う? いつもの組より、私たちとフィル君とレイ君で組んだほうが楽しいと思うんだけど」
どうやら、女の子好きのレイを取り込む作戦らしい。
にっこり微笑んだ彼女は、自分の可愛さをどうアピールすればレイにとって効果的か、よくわかっているようだった。レイは途端に頬がとろけ、だらしない顔つきになる。
恐ろしや……。年端もいかない女の子でも、魔性の部分を持っているということか。
「えー、メルティーちゃんたちと一緒か~。それもいいなぁ」
レイは目尻を下げて、デレデレしながら言った。
レイ……何て単純な奴。俺としてはアリスやライラのほうが、可愛いと思うんだけどなぁ。
俺がレイに呆れていると、突然ライラがバンッと机を叩いた。レイももちろんだが、一緒になってメルティーに魅了されていた他の男子もビクッとなる。
辺りにいる生徒の視線が、ライラに集中した。
「…………」
いつもは言葉で言い負かすタイプのライラが、何も言わなかった。だが無言でレイを睨むその眼差しは、普段以上に怖い。
レイは油の切れたブリキ人形みたいに、ぎこちない動きでライラからメルティーに視線を戻す。
「ご……ごご、ごめんね。約束はこっちが先だから」
そう言ってメルティーから俺の手を抜き取ると、代わりに自分がぎゅっと彼女の手を握った。
「一緒には組めないけど、俺でよければいつでも話し相手になるよ。フィルみたいな鈍感より、俺にしない?」
キラリと笑う顔は、普段の彼を知っている分、気取っていてひどく胡散臭い。俺は手が解放されてホッとしつつも、半眼でレイを見た。
助けながらもナンパをするその抜け目のなさはむしろ感心するが、鈍感ってどういうことだ。
俺がムッとしていると、突然教室の後ろの扉が勢いよく開いた。その音に、ざわめいていた教室が静まり返る。
何だ? 誰が来たんだ?
今日はルーバル先生が早めに切り上げたけれど、時間帯でいえばまだ召喚学の授業中だ。誰かが入ってくることはないのに。
人混みでよく見えなかったので、席を立って背伸びをする。
そして、扉のところに立つ人物を目撃した俺は、目を大きく見開いた。
「カイルッ!?」
何でカイルが?
召喚学の間、カイルは授業がないので、寮で自主練をすると言っていたはずだ。
皆がざわめく中、カイルはゼーゼーと荒い息を繰り返しながら一直線にこちらに向かってくる。
何だ何だ。どうしたっていうんだ?
鬼気迫るカイルの様子に、生徒たちはまるでモーゼが割った海水のごとく、俺へと続く道を作る。
どれだけ走ってきたのか、肩で息を整えるカイルは、ポカンと口を開けている俺を見下ろした。
「フィル様、授業が終わったそうですね? では、もう帰りましょう」
そう言って、アリスやライラ、レイとトーマに目配せする。一緒に帰るぞと言っているかのようだった。
それを察して、アリスたちは手早く荷物をまとめる。カイルは俺の荷物と、アリスやライラのエナ草を持ち、そのまま扉へ歩き出した。
呆気にとられている皆の間を、俺たちは通り抜ける。それから扉のところでカイルはピタリと止まって、同級生たちを振り返った。
「強い獣も、周りの環境が騒がしければ弱って命を落とすと言う。好意は好意として、ほどほどにすることだ」
冷ややかにそう言われて、皆は少し冷静になったのか、シュンとしたように肩を落とした。
悔しそうにこちらを見つめるメルティー以外は……。
あれはまだ諦めてなさそうな顔だ。うーん。ファンクラブはありがたいけどなぁ。
カイルを先頭に教室を出た俺たちは、そのまま後について階段や廊下を歩いていく。
てっきり真っ直ぐ寮に向かうと思っていたのだが、進んでいる方向からして違うようだ。アリスやライラ、トーマも不思議そうな顔をしている。
その中でレイだけが、行く先に心当たりがあるらしい顔つきだった。
もしかして、どこに向かってるのか、レイは知ってるのかな?
しばらくすると、古びた扉の前でカイルが止まった。人が使っているとは思えないほど、扉は汚れている。位置的にも校舎の奥にあるため、廊下も薄暗い。何だか不気味な雰囲気だった。
「え、ここに入るの?」
ライラが顔をしかめ、トーマは俺の背に隠れる。するとレイがニヤリと笑った。
「表向きはわざとこうしてるんだ。中は綺麗だよ」
そう言って持っていた荷物を俺に渡すと、懐から鍵を取り出して扉を開けた。
十畳ほどの部屋の中には、物が雑多に置かれている。だが、レイの言う通り綺麗に掃除されているようだった。
奥にある窓辺には、長いソファや椅子、長方形の机もあって、なかなか居心地がよさそうである。
レイはソファに座って息を吐く。俺たちもとりあえず机に荷物を置いて、ソファに腰を下ろした。
「ここは?」
俺が問うと、カイルは微笑んで答える。
「今はなくなった教科の教務室です。空き時間の休憩用として、レイに教えてもらいました。合鍵も」
「え、僕そんなの聞いてないよ」
「僕も」
俺とトーマは、拗ねて頬を膨らませた。
ずるい。何でカイルにだけ教えるんだ。
俺たちの非難を感じたのか、レイは片眉を上げる。
「カイルにだって、今回初めて教えたんだ。合鍵、そんなに数がないんだよ」
「そもそも、何であんたが合鍵なんて持ってるわけ?」
ライラが訝しげにレイを見る。レイはその問いに笑って誤魔化すと、手を大きく広げた。
「ここは特別な穴場。誰も来ないから安心してくつろいでくれ」
そう言ったレイは、ライラの舌打ちに聞こえないふりを決め込んだ。
「ここは校舎の中でも奥まっているし、不気味だから確かに誰も来なそう」
ブルリと震えて、トーマが言う。
「あのまま寮に戻っても同じことが起こる可能性があるので、人気のないここに来ました」
カイルの言葉に、皆がため息を吐いて頷く。
確かに。少し時間を置いたほうがいいかもなぁ。
「抜け出せないかと思ったよね」
トーマが言って、アリスも安堵の笑みを浮かべる。
「そうね。カイルが来てくれて良かったわ」
その言葉に俺やライラは頷いたが、レイは少し残念そうな顔をしていた。
「せめてメルティーちゃんの返事、聞いてからでもよかったよなぁ」
あぁ、あの「フィルより俺にしない?」ってやつの返事か。
「聞かなくて良かったんじゃない? むしろ」
ライラが鼻で笑うと、レイはムッとした。
「どういう意味だよ」
また言い合いが始まりそうだったので、俺とアリスが「まあまあ」と宥める。
「レイにも助けられたよ。皆もありがとうね。組になる約束したって言ってくれたのも、すごく嬉しかった」
気恥ずかしく思いながらも改めてお礼を言うと、皆は照れたのか頬が赤く染まった。
「当たり前だろ」
レイはふいっとそっぽを向いて、アリスははにかんで目を伏せる。
「私は……もともとそのつもりだったもの」
「僕も」
「当然よ」
トーマとライラが頷く。俺はその言葉にさらに嬉しくなって、「へへっ」と頭をかいた。
「それは良かったと思いますが……」
カイルは一人沈んだ声で呟く。
暗い……。ただ一人、雨雲を背負っているかのような暗さだ。
そういや、どうしてカイルが迎えに来たんだろう?
「カイル、ちょうど良い時に来てくれたけど、何か急ぎの用事?」
小首を傾げてカイルを見ると、恨めしげに俺を見る。
あ、あれ……どうしたんだ?
「全然ちょうど良くないですよ……。フィル様、ド派手なエナ草とやらを出したそうじゃないですか」
な……何故それを……。
「な……何で知ってるの?」
俺が口元を引きつらせて問うと、カイルは深くため息を吐いて静かに言った。
「召喚学で何があったか、全て聞きました」
「え……だ、誰に?」
俺は少しだけ、眉を寄せる。
授業中に何があったのかを知っているのは、あの場にいたルーバル先生と生徒だけ。この短時間で、カイルに知らせることができる人間などいないはず……。
俺がそう思っていると、カイルの背後から闇の妖精が二匹出てきた。そしてカイルの両肩に、一匹ずつ乗る。
いつもはカイルの影に潜んでいるので、俺でさえあまり姿を見ないのだが……。
【フィル様、お久しぶりでーす!】
可愛い敬礼ポーズで挨拶したのはキミー。カイルは五匹の闇の妖精と仲が良いのだが、キミーはその中でも一番明るく社交的な女の子だ。
隣にいるのはキム。無口な男の子で、ほとんど声を聞いたことがない。キムはゆっくりした動作でお辞儀した。
「ま……まさか」
俺はプルプルと指をさした。
【はい! 私たちカイルのお願いで、召喚学の教室に潜入しておりましたぁ!】
キミーは再びピシッと敬礼する。
つまりカイルは……受講はできないけど俺が心配なので、闇の妖精に様子を見てもらっていたというわけか!
「教室にいたなんて、全然気がつかなかったんだけど……」
俺が脱力して言うと、カイルは憂いを帯びた顔で笑った。
「何事もなければ、言うつもりはなかったんですけどね……」
カイルにとっても、これは不本意な事態であるらしい。
「僕と一緒にいたの?」
するとキミーは、チッチッチと舌を鳴らした。
【近いけどちょっと違いまぁーす!】
楽しそうに言って、キムに合図を出す。キムがふらりと動き、レイの影に入り込んだ。そしてまたひょっこり出てくる。
【フィル様には精霊様がついていらっしゃいますからねー。すぐ気づかれちゃうと思ったんで、レイさんに潜んでました】
キミーの説明に、俺は目を見開く。
こ、こわーっ! それは気づかないはずだ。
キミーたちがレイの影から出て、カイルに知らせに行った時は、おそらく教室中騒然としていたもんな。わかるわけがない。
しかし信用のない俺も悲しいが、影を潜入に使われるとは……レイも可哀想に。
俺が同情の眼差しで見ると、レイは訝しげに首を傾げる。
「え、何だその目。って言うか、お前らさっきから何の話してんの? 聞いてて、全然意味がわからないんだけど」
うーん、話すべきだろうか? 知らぬが仏って言葉もあるからなぁ。
「あー……カイルがレイに……ちょっとね」
「ちょっ、フィル様! その言い方だと、反対に誤解を招きます!」
濁した俺のセリフに、カイルは慌てる。
「え、俺っ? 俺がどうした?」
レイは動揺してか、ソファから立ち上がりカイルと俺を交互に見た。
「フィル様、普段はしませんよ。召喚学の間だけですっ! レイはきっとフィル様の近くにいると思ったので。レイにも承諾を得ましたし」
「なぁ! 何の話っ!?」
レイが、わけがわからんとカイルを睨む。
「え……あれ? レイは承諾してたの? 召喚学の授業中、カイルと仲の良い闇の妖精をレイの影に潜ませること」
驚いた俺がそう言うと、レイの口がパッカリと開いた。
「なーっ! 何だそれっ! 聞いてねーよっ!」
驚いて叫ぶレイに、カイルはキョトンとする。
「レイには言っただろう。フィル様が心配だから、影から授業を見させてもらうって」
「その説明でわかるか! 陰ながら見守るみたいな意味かと思ったよっ!」
そう言って、レイはソファにどっかり座り直す。
確かに。今のカイルの言い方じゃ、まさか自分の影に潜入されるとは思わないよな。
「でもそうか、タイミング良く現れたのって、そういう理由だったんだ?」
ようやく合点がいった。
「何かあれば、すぐ知らせが来るようにしていたんです。ですけど……座学だけだから大丈夫だと思っていた自分が甘すぎました」
カイルは「ああぁぁ」と嘆きながら頭を抱える。
【フィル様のエナ草、びっくりしたよねぇ。葉はいっぱいで、花がキラキラだったよね、キム】
キミーはキムを連れて、机に置いた皆のエナ草の間をくるくると回りながら歌う。
【エナ草の葉はエナの量~♪ エナの花はエナの性質~♪】
授業内容、しっかり聞いてるなぁ。
「こんなことになるんだったら、俺も召喚学を受講すればよかったです」
カイルはガックリとうなだれて、ブツブツ言いながら、鬱々とした空気を漂わせている。
いや、あそこにカイルがいても、エナ草だけは想定外だったと思うよ。
「あ、ねぇ、君たち。二匹でカイルに知らせに行ったの?」
俺が空気を変えるためにあえて明るく質問すると、くるくる回るのをやめてキミーが戻ってきた。
【キムを残して、私が大急ぎでカイルのもとへ行きましたぁ! すごーく大変だったんですよ!】
胸を張るキミーに、俺は頭をかいた。
「あはは……ごめんね。僕もあんなことになるとは……」
苦笑いをしていると、カイルの恨めしげな視線を感じた。
だから、そんな目で見られても困ってしまう。不可抗力なんだってば。
「あ、あのぉ……フィル。誰と喋ってるの?」
トーマが俺の服の裾を、控えめに引っ張った。どうやら先ほどから、話しかけるタイミングを窺っていたらしい。
「あぁ、キミーとキムだよ。カイルと一緒にいる闇の妖精」
俺が何の気なしにキミーとキムに目を向けると、トーマとレイとライラは俺の視線の先をジッと見つめた。
「……フィル、見えるのか?」
「……ていうか、普通に会話してるわよね?」
レイとライラにおそるおそる言われて、俺はハッとした。
「あ……」
……普通に話しちゃってた。
「あ、いや、そのぉ……」
俺は視線を彷徨わせるが、それは今さらな気がした。観念してコクリと頷く。
「え、えーっ本当にっ!?」
トーマは驚愕し、レイは呆然とする。
「エナ草といい、お前、何なの。やっぱり青みがかった銀髪の子って、不思議な力でもあるの?」
その言葉に、俺はブンブンと頭を振る。
「ち、違う違う僕は普通! ……と思うけど……どうなんだろう??」
自分自身でもわからなくなって、結局は首を傾げた。
「いや、普通ではないだろう」
レイにマジマジと言われ、トーマとライラが深く頷く。見れば、アリスとカイルも頷いている。
え、アリスとカイルもそう思ってたの?
「カイルももしかして、姿が見えて声も聞こえるの?」
トーマの質問に、カイルは少し躊躇したがコクリと頷いた。
「俺の場合は、小さい頃から傍にいたから。闇の妖精限定だけどな」
「そういうこともあるのね」
ライラが驚いた様子で言い、レイは顎に手をやって考え込む。
「そういや前に、カイルは妖精と仲が良いって言っていたっけ。だけど、そんなにはっきりと意思疎通ができるとは思わなかったな」
「じゃ、じゃあ、動物の声も聞こえたりする?」
トーマはカイルに、身を乗り出して尋ねる。動物の声が聞きたいと前々から言っているトーマにとって、一番知りたいことなのかもしれない。
「闇の妖精を介してな」
「本当っ!? フィルは?」
トーマは期待に満ちた瞳を俺に向ける。カイルとアリスがトーマに何か言おうとしたみたいだが、俺はそれを視線で制した。
もうここまで話したのなら、正直に言っても大差ないだろう。
「うん。僕の場合は妖精を介してじゃなくて、直接なんだけどね」
「ちょっ、直接!? 直接動物と話せるってこと?」
レイとトーマとライラは口をポカンと開け、しばらくの間、目を瞬かせていた。
「じゃ……じゃあ、今まで動物によく話しかけてるなぁと思ったのは、会話してたのか?」
俺……やっぱり話しかけ過ぎてるのかな?
「う、うん」
レイの質問に、俺は頷く。
「何でっ? どうして妖精や動物の声が聞こえるのっ?」
ライラに尋ねられ、俺は返答に困って眉を下げた。
「わからない。声が聞こえるのが、当たり前だったし」
それを聞いて、ライラは衝撃に打ち震える。
「妖精の姿は純粋な人には見えるって聞くけど。妖精の声まで聞こえて、さらに動物も? どんだけ純粋少年なのっ!? それとも神子の力?」
いや、そう言われても俺だってわからない。神子の力かどうかだって、確認のしようがないし。
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