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3巻
3-13
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トーマは羨ましそうに、座ったまま足をジタジタと動かした。
「いーなぁぁっ! 僕、一番欲しい能力だよ。ねぇ、フィル。今度エリザベスの気持ち聞いてくれる?」
トーマなら、それは当然の希望だと思っていた。多少は仕方ないか。
俺は微笑んで、コクリと頷いた。
「いいよ」
「やった! いっぱい聞きたいことあるんだ!」
その明るい声を聞いて、俺は一抹の不安を覚える。
ん? いっぱい?
「ど、どのくらい?」
「百個くらいっ!」
元気に即答したトーマに、カイルは青ざめた。
「俺も妖精を介して聞いてやるから、せめて十個に絞ってくれ……」
不承不承頷くトーマの隣で、レイはようやく腑に落ちたといった顔をする。
「妖精に動物か……。神子の力かどうかは置いといて。フィルならあり得るのかもな。精霊を召喚獣にしているくらいだし。きっと、フィルって規格外なんだ」
「規格外って……」
俺がレイに異議を唱えようとすると、ふとライラが驚愕した顔で固まっているのに気がついた。
ん? どうしたんだ? 何を驚いて……。
首を傾げかけて、ハッと気づく。
あーっ! そうだ、このメンバーでライラだけ、俺が精霊と契約してるってことを知らないんだっ!
「はぁぁぁ!? 精霊!? 嘘でしょ? 子供が精霊を召喚獣に? え、精霊を召喚獣にしてて、あのエナの量なの? アリス、知ってた?」
バッとアリスに顔を寄せ、アリスはその勢いに言葉を詰まらせた。
「あの……えと、うん」
かろうじて頷くアリスを見た後、ライラは周りを見回す。驚いているのが自分だけと気がついて、眉を寄せた。
「まさか……知らなかったのは私だけ?」
ズルいと言いたげに、頬を膨らませて俺を睨む。
「アリスは幼馴染だし。レイたちが知ったのだって、たまたまだぞ」
「精霊を召喚獣にしている子供なんて、滅多にいないでしょう? 広まって騒ぎにしたくなかったのよ」
カイルやアリスがそう言って俺を庇ってくれたが、それでもライラは納得しきれないようだ。
「だけど……私は、友達だと思っているのに。……他にも隠し事あったりする?」
チロリと上目遣いで見られて、ギクリとした。
まだあります、とは言えない。
「あー……」
俺は後ろめたさから、思わず言い淀む。
すると、意外なところから助け舟が出た。
「そんなこと、別にいいだろ。友達にだって隠し事くらいはある」
レイに睨まれ、ライラは何か言い返そうとしたが、結局はそのまま口をつぐんだ。
レイがそんなことを言うとは思わなかった。それに二人が言い合えば、ライラのほうが優勢になることが多いのに、ライラが黙ってしまったのも意外だ。
「フィルも気にすんなよ。話したくなったら話せばいいんだよ」
レイに明るくそう言われ、俺はホッとして頷く。
仲良くなればなるほど、隠し事をしていることに後ろめたさを感じる時が多くなった。
でもそう言ってもらえて、少しだけ気が楽になる。いつか全部話せる時がくるのだろうか。
「ありがと」
微笑んだ俺に、レイはニカッと笑う。そして照れているのか、少しおちゃらけたように鼻をこすった。
「まぁ、俺も隠し事あるしさ。お前だけ話させるのも悪いから、一つ話しちゃうと……。何と! 俺とライラは幼馴染なんだ!」
レイがドヤ顔で手を広げて叫ぶ。……が、その場には沈黙が降りた。
「どうした? ビックリしたか?」
「あ……いや……」
レイ以外の皆が、顔を見合わせて口ごもる。
何と言ったらいいものか。
「知ってる……って言うか、そうだろうなーってわかってた」
トーマが言いにくそうに、レイに告げる。
「え!?」
「だって、女の子好きなレイが、ライラに対しては普通だし」
「それでも何か仲良さそうだしね」
「気心知れた感じするしな」
トーマとアリスとカイルの言葉が続くごとに、広げたレイの手が下がっていく。
最後の希望とばかりにこっちを見られて、グッと俺の喉が鳴った。
「ぼ、僕はビックリしたなぁっ!」
先ほど助けてもらった手前、恩を仇で返すわけにはいかない。
俺がオーバーめにそう言うと、レイはクッと唇を噛んだ。
「そんな見え見えの態度で言われても、嬉しくないっ!」
え、えーっ! これは、優しい嘘でしょう?
7
寮の自室にて、櫛を傍らに置いた俺は満足して言った。
「ヨーシ! 綺麗になった」
ニッコリと笑って、コクヨウの毛を撫でる。コクヨウは今、体長一メートルくらいの大きさになっていた。丁寧に櫛を入れた毛並みは、ツヤツヤとしている。
ただいま召喚獣たちの毛並み整えタイムである。
明後日は月曜にあたる赤の日なのだが、先生方の都合で授業がなくなると数日前に連絡があり、三連休になった。
そして休講が発表された日の放課後、いつものメンバーと相談して、せっかくの休みなので召喚獣と一緒にピクニックに出かけようということになったのだ。
皆の予定を合わせた結果、ピクニックに行くのは、三連休の中日である明日に決まった。
嬉しいな。召喚獣たちにはいつも部屋でお留守番してもらっているし、たまには外でコクヨウたちを遊ばせてあげたいと思っていたんだよね。
【明日出かけるからといって、何故櫛でとかす必要がある?】
顔だけ俺に振り返って、コクヨウが言う。
「だって明日、皆にコクヨウたち全員を紹介するんだしさ。綺麗な毛並みで顔合わせしたいじゃないか」
ライラはテンガにしか会っていないし。トーマやレイも、全員いっぺんには顔を合わせていない。
【我は気にせぬのだがな】
わからないというように、コクヨウは息を吐く。
【なら……私もやっていただきたかったですわ】
ヒスイは窓辺に寄りかかり、自分で櫛を入れつつ、拗ねたようにこちらをチラリと見る。
「え、いやぁ、それは……」
綺麗なお姉さんの髪をとかすのは、いくらなんでもちょっと気恥ずかしい。
頬を熱くする俺を見て、ヒスイはくすりと微笑んだ。
それからヒスイは話題を変えるためか、俺に質問をする。
【久々のお出かけ楽しみですわ。湖に行くんですわよね?】
「うん」
いつか休みの日に、皆で出かけたかったので。
果物を売ってくれたユーリに、学校から近くて人のあまり来ない、ピクニックにおすすめの場所を聞いておいたのだ。それなら町の北にある湖が最適だと教えてもらった。
「湖畔でピクニック、楽しみだなぁ」
学校が始まっていろいろあったから、連休でのんびりするんだぁ。
コクヨウを撫でて、その手触りに満足しながら思い切り顔をうずめた。モフモフとした感触が心地よくて、思わず「ふへへ」と笑う。
小さいコクヨウも可愛いが、モフモフするなら少し大きくなったコクヨウが一番だ。
【小さい体の時に櫛を入れたほうが、楽なのではないか?】
「そうだけど、大きいほうがやりがいあるよね。こうやってすぐに顔をうずめられるし」
俺はコクヨウに抱きつきながら、グリグリと顔を動かした。それからコクヨウの胴にポフンと顎を乗せる。
「それにコクヨウは、ホタルと違って櫛通りいいから、そんなに大変でもないよ」
ホタルは転がって移動するせいか、小石やゴミが毛に絡まっていることがある。
だが、コクヨウの毛で櫛が引っかかったことはない。
そう言えば、出会った時も綺麗な毛並みだったなぁ。今は俺がお手入れしているので、さらにツヤツヤだけど。この毛並みを、早くみんなに自慢したい。
「ふぁぁ……」
顎を乗せたまま、俺は小さく欠伸をする。
至福とはこのことかもしれない。このままコクヨウを抱き枕にして寝られるや。
毛玉猫のホタルや光鶏のコハクもモフモフしているが、大きさの充実感はやっぱりコクヨウが一番なんだよなぁ。
そのホタルとコハクは、もうすでに櫛でとかし終え、毛がふわふわになっていた。
【ふわふわです~】
【ふーわふわっ!】
お互いの触り心地がいいのか、顔をスリスリと合わせている。おかげで擦り合わせた辺りに、変な跡がついていた。
あぁ、せっかく櫛で綺麗にしたのに。でも可愛いからいいか。
思わずほっこりする。
【てやんでぃ!】
ん? なんだ?
氷亀のザクロの声が聞こえ、俺はそちらに顔を向ける。
見ると、袋鼠のテンガの前で、ザクロが仁王立ちしていた。
いつも四本足で移動しているザクロだが、普通の亀より足がしっかりしているので二本足で立つこともできる。
だけど、何で仁王立ちしてるんだろう。
【おうおう、隠そうったってそうはいかねぇ!】
まるで時代劇のお奉行様みたいに、ザクロがテンガに詰め寄る。
しかし、テンガはぶんぶんと頭を振った。
【な、なな、何も隠してないっす!】
明らかに隠し事がある口ぶりだ。
二匹で何やってんだ……?
観劇気分で俺が眺めていると、ザクロは前足でテンガを指した。
【フィル様の学校の紙に足跡をつけたのは……お前さんだなっ!】
あぁ、そう言えば俺がノートとして使っている紙に、インクで足跡がついていたことあったなぁ。
【な、何でわかったっすかっ!?】
ガーン! とショックを受けて、テンガがよろめく。
いや、あれテンガの足跡だから。誰がどう見たってわかると思うけど。
というか、ちょっと可愛かったので、ノートの表紙にしているのだが。
【太陽がすべてを照らすように! このザクロの甲羅は、すべてを照らす!】
クルリと後ろを向いて、ピカピカな甲羅を見せる。先程俺が柔らかい布で磨き上げたのだ。氷亀の甲羅はパステルカラーの水色なのだが、窓から差し込む太陽の光によってさらに輝いている。
【うわっ! 眩しいっすー!!】
テンガが小さな手で目を覆う。
【お前さんが隠しても、このピカピカの甲羅がお見通しでぃ!】
ザクロは甲羅を見せながら、ドヤ顔で首だけ振り返った。
テンガはブルブルと震えると、床に手をつく。
【参ったっすー!】
何だこの三文芝居……。
甲羅をピカピカにしてもらって、嬉しかったのだろうが。まさかそれによって、ザクロ奉行が現れるとは思わなかった。
その時、不意に部屋の扉がノックされた。俺はコクヨウに乗せていた頭を上げ、「はーい」と返事をする。
通常ならば俺が返事をすると相手が名乗り、それから扉を開けるのだが……返事がない。
「誰だろ?」
首を傾げると、コクヨウは小さな姿になって思い切り欠伸をした。
【獣の気配だな。殺気はないようだが】
なら開けても平気か。
コクヨウを抱っこして、ベッドへ載せる。
それから様子を窺いつつ、扉を開けた。
「あれ?」
誰もいない。
【ここよ】
声が聞こえて視線を下に向けると、ナガミミウサギのエリザベスがこちらを見上げていた。
エリザベスはトーマの召喚獣だ。ロップイヤーのように長く垂れた耳に、今日も可愛いリボンをつけている。
「あれ? トーマはどうしたの? トーマのお使い?」
召喚獣はよほどのことがない限り、主人から離れることはない。だから主人であるトーマの命令で、俺のところに来たのかと思ったのだが……。
エリザベスは、プイッと横を向いた。
【アイツの話はしないでっ!】
何かあったのかな? ケンカ?
「えーっと……僕に用があるんだよね?」
尋ねると、エリザベスはコクリと頷く。
「じゃあ、とりあえず中に入って。話を聞くから」
俺は部屋の中に入れるため、扉を大きく開ける。エリザベスは入ってこようとしたが、何故か入り口でピタリと足を止めた。
「どうしたの?」
固まったエリザベスの視線の先では、コクヨウがベッドの上からジッとこちらを見つめている。
姿は可愛い子狼だが、闇の王だとわかるのだろう。エリザベスは、ピキンと固まってしまった。
そういえば、コクヨウとエリザベスは直接会ったことはなかったっけ。
俺はエリザベスの頭を、そっと撫でた。
「エリザベス、大丈夫だから入って。コクヨウもジッと見ないの」
【我の役割として、怪しい者かどうか見極めねばならぬのでな】
その言葉でビクッとしたエリザベスに、コクヨウはニヤリと笑って尻尾を振る。
さっきは殺気がないと言っていたくせに。エリザベスをからかってるな。
コクヨウのからかいは、他の動物にとってはシャレにならないんだからやめてあげて欲しい。
俺は仕方ないなぁと息を吐いた。
「ちょっとごめんね」
エリザベスを、よいしょと抱き上げる。コクヨウが怖いのか、大人しく丸まっていた。
ウサギもフワフワで可愛いなぁ。
そんな呑気なことを考えつつ、エリザベスを部屋の椅子に下ろす。
「それで……僕に何の用事?」
俺が聞くと、チラチラとコクヨウを気にしながら、エリザベスは小さな声で言った。
【最近、トーマが怪しいの】
……怪しい?
「怪しいってどういうこと?」
怪しい……ねぇ。のんびり天然なトーマに、あまり似合わない単語だな。
確かに動物が好きで、スイッチが入っちゃうとパッション溢れる言動をしがちだが……そんなの今さらだもんなぁ。
トーマの召喚獣であるエリザベスなら、そのあたりはよくわかっているはずだけど……。
俺が返答を待っていると、エリザベスは少し俯き気味で話し始めた。
【トーマはね。いつも学校から帰ってきたら、一番に私を召喚して、学校であったことをお話したり毛並みを整えたりしてくれるの】
「へぇ」
さすがトーマ、すごい甘々っぷり。……と苦笑しかけたが、ふと我が身を振り返ると似たようなことをしていた。
召喚獣の数が多い分、他人から見たら俺のほうがドン引きされるかもしれないな。
き、気をつけよう……。
エリザベスは、足で「の」の字を書きながら話を続ける。
【でも最近、お話して毛並みを整えたら、すぐに出かけちゃうの】
いや……それくらいなら俺だって、召喚した後に夕食行ったりお風呂行ったりしちゃうんだけど。
「別にそんなに変なことじゃ……」
言いかけた俺を、タンッと足音を立てて止める。
【変よ! 長い間戻ってこないのよ? どこに行くのか言わずに出かけるし。私のこと、どうでもよくなったんだわ!】
エリザベスは話しているうちに、だんだん興奮してきたのだろう。椅子の上で地団駄を踏み始めた。
「そんなはずないよ。たまたま何か用事があっただけじゃない? 大した用事でもないから、どこに行くのか話さなかっただけかもしれないし」
俺はそう言って、エリザベスに優しく微笑んだ。
トーマのエリザベスへの愛情を知っている俺としては、ただの考えすぎとしか思えない。
しかしエリザベスは「違うの!」とぶんぶんと頭を振った。振るたびに垂れ下がった長い耳が、周りにペチペチと当たる。
【ここ何日間もなのよ? 今日だってそう! せっかくの休みに、朝早くから私を置いて行くなんて。こんなこと……今までなかったのに……】
シュンと萎れるエリザベスを見て、俺は腕組みをする。
うーむ。普段と違うトーマの行動に、不安になったエリザベスの気持ちもわかる。
けど、トーマが間違いなく怪しいことをしているとは言い切れないよなぁ。
するとヒスイが、窓辺からひらりと舞い上がってエリザベスに近寄った。
【それだけで決めつけるのはいけないわ。何かそれ以外に、怪しい言動でもあるのかしら?】
優しい口調で、エリザベスに話しかける。
エリザベスは興奮して、ピョンピョンと飛び跳ねた。
そのせいで木の椅子がガタンガタンと音を立てて揺れたので、俺は慌てて椅子を押さえる。
【あるわ! 出かける時に必ず持ち歩く袋があるの。さっき私がそれを見ようとしたら、焦ったように隠したわ! 怪しいでしょ?】
必ず何かを持って出かけていく? 何だろう。怪しい云々は別として。確かに少し気になる。
学校が終わってから、トーマはいったいどこで何をやってるんだろう。俺は毎日学校や寮で顔を合わせているけど、思い当たるような話を聞いたことがないなぁ……。
俺が首を捻っているうちに、ザクロが二足歩行でこちらに近づいてきた。
何だろうと見ていると、ズビシッ! とエリザベスを前足で指す。
【お嬢さん、それは浮気にちげぇねぇ!】
【浮気っ!?】
エリザベスはまるで雷にでも打たれたかのように、ピシャーンッと固まった。
ざ、ザクロ……いきなり話に入ってきて、なんてことを言い出すんだ。
「ザクロ、何を言って……」
俺は呆気にとられつつ言うと、それを遮ってザクロは前足を上げる。そしてクルリと甲羅を見せた。
【太陽がすべてを照らすように。このザクロの甲羅は、すべてを照らす! 間違ぇありやせん!】
甲羅が太陽の光を反射して、ピッカーンと輝く。
…………ザクロ奉行、まだ見参中なのか。
【ま、眩しいっすーっ!】
テンガがオーバーリアクションで、目を覆って倒れ込んだ。ホタルとコハクも真似して倒れ、楽しそうにキャッキャとしている。
他人事だからか……理解してないからか、この二匹と一羽は無邪気だなぁ。
それにしてもザクロ奉行の甲羅は、太陽を反射した鏡のようで目に悪い。
「甲羅はわかったから」
眩しいのでザクロを、クルリと引っくり返す。
【あぁ、せっかくの見せ場をとらねぇでくだせぇーっ!】
ザクロが少し不服そうに俺を見る。
見せ場はわかるが、ずっとこのままじゃ眩しくてかなわない。俺がピカピカに磨くと、毎回ザクロ奉行が現れるんだろうか。そのたびにお白州を開かれるのは、ちょっと嫌だな。
【本当に……浮気だと思う?】
前足で光を遮っていたエリザベスは、椅子の上からザクロを見下ろした。
ザクロは自信ありげに、コックリと頷く。
【一緒にいる時間を大切にしねぇ。コソコソと何かを隠している。こりゃあ浮気の可能性が高ぇ】
……何だ、このモフモフ相談室。
というか、何でそういった話に詳しいんだ、ザクロ。
あ……そういや、ザクロのお兄さんのガァちゃんがゴシップ好きだったな。その影響なんだろうか?
「あのさ、浮気じゃないと思うよ。レイならともかく、トーマに好きな女の子がいるなんて、聞いたことないもん」
俺が息を吐いてそう言うと、ザクロは大きく首を振った。
【フィル様、違いやす】
「違う? 何が?」
俺が聞き返すと、ザクロは得意満面に推理を述べる。
【相手は人間じゃぁありやせん。オイラが考えるに、エリザベスに隠れて、新しく召喚獣と契約しようとしてるんでぃ】
【や、やっぱりそうかしら?】
エリザベスは頬に両前足をあて、ショックのためかプルプルと震える。
だが俺もまた、エリザベスとは別の意味でショックを受けていた。
「え、召喚獣にとって、他の動物と召喚契約をするのって浮気なの?」
召喚獣四匹と一羽に精霊一人いる俺って……浮気性?
【まぁ、召喚獣にとって主人は一番ですもの。そう捉える召喚獣もいるようですわ】
ヒスイは俺に向かって、にっこりと微笑む。
マジか。
【オイラは気にしやせんが。嫉妬深い召喚獣がいるなら、同時に他の奴を召喚しないのが鉄則でさぁ。喧嘩しやすからねぇ】
頷くザクロに俺は「えぇっ!」と声を上げて驚いた。
「普通に全員出しちゃってたよ! え、皆、嫌だった?」
途端に不安になって、皆を見回す。だがコクヨウは呆れた様子で、フンと息を吐いた。
【今さらだろう。お前の獣好きも、獣に好かれ過ぎるところも】
え……今さらなの?
【フィル様が嬉しいなら、全然いいっすよ!】
【ボクはフィル様や皆と一緒で、楽しいです!】
【一緒!】
テンガとホタルが足元に擦り寄り、コハクはホタルの頭で飛び跳ねる。
ヒスイはそれを見て苦笑した。
【ですわねぇ。フィルの場合、全員に愛情を注いでくれているのがわかるので、争う気持ちも起きませんわ】
そう言って、俺の頭を撫でてくれた。
少しホッとしたけど、召喚獣にも嫉妬とかあるんだなぁ。
「いーなぁぁっ! 僕、一番欲しい能力だよ。ねぇ、フィル。今度エリザベスの気持ち聞いてくれる?」
トーマなら、それは当然の希望だと思っていた。多少は仕方ないか。
俺は微笑んで、コクリと頷いた。
「いいよ」
「やった! いっぱい聞きたいことあるんだ!」
その明るい声を聞いて、俺は一抹の不安を覚える。
ん? いっぱい?
「ど、どのくらい?」
「百個くらいっ!」
元気に即答したトーマに、カイルは青ざめた。
「俺も妖精を介して聞いてやるから、せめて十個に絞ってくれ……」
不承不承頷くトーマの隣で、レイはようやく腑に落ちたといった顔をする。
「妖精に動物か……。神子の力かどうかは置いといて。フィルならあり得るのかもな。精霊を召喚獣にしているくらいだし。きっと、フィルって規格外なんだ」
「規格外って……」
俺がレイに異議を唱えようとすると、ふとライラが驚愕した顔で固まっているのに気がついた。
ん? どうしたんだ? 何を驚いて……。
首を傾げかけて、ハッと気づく。
あーっ! そうだ、このメンバーでライラだけ、俺が精霊と契約してるってことを知らないんだっ!
「はぁぁぁ!? 精霊!? 嘘でしょ? 子供が精霊を召喚獣に? え、精霊を召喚獣にしてて、あのエナの量なの? アリス、知ってた?」
バッとアリスに顔を寄せ、アリスはその勢いに言葉を詰まらせた。
「あの……えと、うん」
かろうじて頷くアリスを見た後、ライラは周りを見回す。驚いているのが自分だけと気がついて、眉を寄せた。
「まさか……知らなかったのは私だけ?」
ズルいと言いたげに、頬を膨らませて俺を睨む。
「アリスは幼馴染だし。レイたちが知ったのだって、たまたまだぞ」
「精霊を召喚獣にしている子供なんて、滅多にいないでしょう? 広まって騒ぎにしたくなかったのよ」
カイルやアリスがそう言って俺を庇ってくれたが、それでもライラは納得しきれないようだ。
「だけど……私は、友達だと思っているのに。……他にも隠し事あったりする?」
チロリと上目遣いで見られて、ギクリとした。
まだあります、とは言えない。
「あー……」
俺は後ろめたさから、思わず言い淀む。
すると、意外なところから助け舟が出た。
「そんなこと、別にいいだろ。友達にだって隠し事くらいはある」
レイに睨まれ、ライラは何か言い返そうとしたが、結局はそのまま口をつぐんだ。
レイがそんなことを言うとは思わなかった。それに二人が言い合えば、ライラのほうが優勢になることが多いのに、ライラが黙ってしまったのも意外だ。
「フィルも気にすんなよ。話したくなったら話せばいいんだよ」
レイに明るくそう言われ、俺はホッとして頷く。
仲良くなればなるほど、隠し事をしていることに後ろめたさを感じる時が多くなった。
でもそう言ってもらえて、少しだけ気が楽になる。いつか全部話せる時がくるのだろうか。
「ありがと」
微笑んだ俺に、レイはニカッと笑う。そして照れているのか、少しおちゃらけたように鼻をこすった。
「まぁ、俺も隠し事あるしさ。お前だけ話させるのも悪いから、一つ話しちゃうと……。何と! 俺とライラは幼馴染なんだ!」
レイがドヤ顔で手を広げて叫ぶ。……が、その場には沈黙が降りた。
「どうした? ビックリしたか?」
「あ……いや……」
レイ以外の皆が、顔を見合わせて口ごもる。
何と言ったらいいものか。
「知ってる……って言うか、そうだろうなーってわかってた」
トーマが言いにくそうに、レイに告げる。
「え!?」
「だって、女の子好きなレイが、ライラに対しては普通だし」
「それでも何か仲良さそうだしね」
「気心知れた感じするしな」
トーマとアリスとカイルの言葉が続くごとに、広げたレイの手が下がっていく。
最後の希望とばかりにこっちを見られて、グッと俺の喉が鳴った。
「ぼ、僕はビックリしたなぁっ!」
先ほど助けてもらった手前、恩を仇で返すわけにはいかない。
俺がオーバーめにそう言うと、レイはクッと唇を噛んだ。
「そんな見え見えの態度で言われても、嬉しくないっ!」
え、えーっ! これは、優しい嘘でしょう?
7
寮の自室にて、櫛を傍らに置いた俺は満足して言った。
「ヨーシ! 綺麗になった」
ニッコリと笑って、コクヨウの毛を撫でる。コクヨウは今、体長一メートルくらいの大きさになっていた。丁寧に櫛を入れた毛並みは、ツヤツヤとしている。
ただいま召喚獣たちの毛並み整えタイムである。
明後日は月曜にあたる赤の日なのだが、先生方の都合で授業がなくなると数日前に連絡があり、三連休になった。
そして休講が発表された日の放課後、いつものメンバーと相談して、せっかくの休みなので召喚獣と一緒にピクニックに出かけようということになったのだ。
皆の予定を合わせた結果、ピクニックに行くのは、三連休の中日である明日に決まった。
嬉しいな。召喚獣たちにはいつも部屋でお留守番してもらっているし、たまには外でコクヨウたちを遊ばせてあげたいと思っていたんだよね。
【明日出かけるからといって、何故櫛でとかす必要がある?】
顔だけ俺に振り返って、コクヨウが言う。
「だって明日、皆にコクヨウたち全員を紹介するんだしさ。綺麗な毛並みで顔合わせしたいじゃないか」
ライラはテンガにしか会っていないし。トーマやレイも、全員いっぺんには顔を合わせていない。
【我は気にせぬのだがな】
わからないというように、コクヨウは息を吐く。
【なら……私もやっていただきたかったですわ】
ヒスイは窓辺に寄りかかり、自分で櫛を入れつつ、拗ねたようにこちらをチラリと見る。
「え、いやぁ、それは……」
綺麗なお姉さんの髪をとかすのは、いくらなんでもちょっと気恥ずかしい。
頬を熱くする俺を見て、ヒスイはくすりと微笑んだ。
それからヒスイは話題を変えるためか、俺に質問をする。
【久々のお出かけ楽しみですわ。湖に行くんですわよね?】
「うん」
いつか休みの日に、皆で出かけたかったので。
果物を売ってくれたユーリに、学校から近くて人のあまり来ない、ピクニックにおすすめの場所を聞いておいたのだ。それなら町の北にある湖が最適だと教えてもらった。
「湖畔でピクニック、楽しみだなぁ」
学校が始まっていろいろあったから、連休でのんびりするんだぁ。
コクヨウを撫でて、その手触りに満足しながら思い切り顔をうずめた。モフモフとした感触が心地よくて、思わず「ふへへ」と笑う。
小さいコクヨウも可愛いが、モフモフするなら少し大きくなったコクヨウが一番だ。
【小さい体の時に櫛を入れたほうが、楽なのではないか?】
「そうだけど、大きいほうがやりがいあるよね。こうやってすぐに顔をうずめられるし」
俺はコクヨウに抱きつきながら、グリグリと顔を動かした。それからコクヨウの胴にポフンと顎を乗せる。
「それにコクヨウは、ホタルと違って櫛通りいいから、そんなに大変でもないよ」
ホタルは転がって移動するせいか、小石やゴミが毛に絡まっていることがある。
だが、コクヨウの毛で櫛が引っかかったことはない。
そう言えば、出会った時も綺麗な毛並みだったなぁ。今は俺がお手入れしているので、さらにツヤツヤだけど。この毛並みを、早くみんなに自慢したい。
「ふぁぁ……」
顎を乗せたまま、俺は小さく欠伸をする。
至福とはこのことかもしれない。このままコクヨウを抱き枕にして寝られるや。
毛玉猫のホタルや光鶏のコハクもモフモフしているが、大きさの充実感はやっぱりコクヨウが一番なんだよなぁ。
そのホタルとコハクは、もうすでに櫛でとかし終え、毛がふわふわになっていた。
【ふわふわです~】
【ふーわふわっ!】
お互いの触り心地がいいのか、顔をスリスリと合わせている。おかげで擦り合わせた辺りに、変な跡がついていた。
あぁ、せっかく櫛で綺麗にしたのに。でも可愛いからいいか。
思わずほっこりする。
【てやんでぃ!】
ん? なんだ?
氷亀のザクロの声が聞こえ、俺はそちらに顔を向ける。
見ると、袋鼠のテンガの前で、ザクロが仁王立ちしていた。
いつも四本足で移動しているザクロだが、普通の亀より足がしっかりしているので二本足で立つこともできる。
だけど、何で仁王立ちしてるんだろう。
【おうおう、隠そうったってそうはいかねぇ!】
まるで時代劇のお奉行様みたいに、ザクロがテンガに詰め寄る。
しかし、テンガはぶんぶんと頭を振った。
【な、なな、何も隠してないっす!】
明らかに隠し事がある口ぶりだ。
二匹で何やってんだ……?
観劇気分で俺が眺めていると、ザクロは前足でテンガを指した。
【フィル様の学校の紙に足跡をつけたのは……お前さんだなっ!】
あぁ、そう言えば俺がノートとして使っている紙に、インクで足跡がついていたことあったなぁ。
【な、何でわかったっすかっ!?】
ガーン! とショックを受けて、テンガがよろめく。
いや、あれテンガの足跡だから。誰がどう見たってわかると思うけど。
というか、ちょっと可愛かったので、ノートの表紙にしているのだが。
【太陽がすべてを照らすように! このザクロの甲羅は、すべてを照らす!】
クルリと後ろを向いて、ピカピカな甲羅を見せる。先程俺が柔らかい布で磨き上げたのだ。氷亀の甲羅はパステルカラーの水色なのだが、窓から差し込む太陽の光によってさらに輝いている。
【うわっ! 眩しいっすー!!】
テンガが小さな手で目を覆う。
【お前さんが隠しても、このピカピカの甲羅がお見通しでぃ!】
ザクロは甲羅を見せながら、ドヤ顔で首だけ振り返った。
テンガはブルブルと震えると、床に手をつく。
【参ったっすー!】
何だこの三文芝居……。
甲羅をピカピカにしてもらって、嬉しかったのだろうが。まさかそれによって、ザクロ奉行が現れるとは思わなかった。
その時、不意に部屋の扉がノックされた。俺はコクヨウに乗せていた頭を上げ、「はーい」と返事をする。
通常ならば俺が返事をすると相手が名乗り、それから扉を開けるのだが……返事がない。
「誰だろ?」
首を傾げると、コクヨウは小さな姿になって思い切り欠伸をした。
【獣の気配だな。殺気はないようだが】
なら開けても平気か。
コクヨウを抱っこして、ベッドへ載せる。
それから様子を窺いつつ、扉を開けた。
「あれ?」
誰もいない。
【ここよ】
声が聞こえて視線を下に向けると、ナガミミウサギのエリザベスがこちらを見上げていた。
エリザベスはトーマの召喚獣だ。ロップイヤーのように長く垂れた耳に、今日も可愛いリボンをつけている。
「あれ? トーマはどうしたの? トーマのお使い?」
召喚獣はよほどのことがない限り、主人から離れることはない。だから主人であるトーマの命令で、俺のところに来たのかと思ったのだが……。
エリザベスは、プイッと横を向いた。
【アイツの話はしないでっ!】
何かあったのかな? ケンカ?
「えーっと……僕に用があるんだよね?」
尋ねると、エリザベスはコクリと頷く。
「じゃあ、とりあえず中に入って。話を聞くから」
俺は部屋の中に入れるため、扉を大きく開ける。エリザベスは入ってこようとしたが、何故か入り口でピタリと足を止めた。
「どうしたの?」
固まったエリザベスの視線の先では、コクヨウがベッドの上からジッとこちらを見つめている。
姿は可愛い子狼だが、闇の王だとわかるのだろう。エリザベスは、ピキンと固まってしまった。
そういえば、コクヨウとエリザベスは直接会ったことはなかったっけ。
俺はエリザベスの頭を、そっと撫でた。
「エリザベス、大丈夫だから入って。コクヨウもジッと見ないの」
【我の役割として、怪しい者かどうか見極めねばならぬのでな】
その言葉でビクッとしたエリザベスに、コクヨウはニヤリと笑って尻尾を振る。
さっきは殺気がないと言っていたくせに。エリザベスをからかってるな。
コクヨウのからかいは、他の動物にとってはシャレにならないんだからやめてあげて欲しい。
俺は仕方ないなぁと息を吐いた。
「ちょっとごめんね」
エリザベスを、よいしょと抱き上げる。コクヨウが怖いのか、大人しく丸まっていた。
ウサギもフワフワで可愛いなぁ。
そんな呑気なことを考えつつ、エリザベスを部屋の椅子に下ろす。
「それで……僕に何の用事?」
俺が聞くと、チラチラとコクヨウを気にしながら、エリザベスは小さな声で言った。
【最近、トーマが怪しいの】
……怪しい?
「怪しいってどういうこと?」
怪しい……ねぇ。のんびり天然なトーマに、あまり似合わない単語だな。
確かに動物が好きで、スイッチが入っちゃうとパッション溢れる言動をしがちだが……そんなの今さらだもんなぁ。
トーマの召喚獣であるエリザベスなら、そのあたりはよくわかっているはずだけど……。
俺が返答を待っていると、エリザベスは少し俯き気味で話し始めた。
【トーマはね。いつも学校から帰ってきたら、一番に私を召喚して、学校であったことをお話したり毛並みを整えたりしてくれるの】
「へぇ」
さすがトーマ、すごい甘々っぷり。……と苦笑しかけたが、ふと我が身を振り返ると似たようなことをしていた。
召喚獣の数が多い分、他人から見たら俺のほうがドン引きされるかもしれないな。
き、気をつけよう……。
エリザベスは、足で「の」の字を書きながら話を続ける。
【でも最近、お話して毛並みを整えたら、すぐに出かけちゃうの】
いや……それくらいなら俺だって、召喚した後に夕食行ったりお風呂行ったりしちゃうんだけど。
「別にそんなに変なことじゃ……」
言いかけた俺を、タンッと足音を立てて止める。
【変よ! 長い間戻ってこないのよ? どこに行くのか言わずに出かけるし。私のこと、どうでもよくなったんだわ!】
エリザベスは話しているうちに、だんだん興奮してきたのだろう。椅子の上で地団駄を踏み始めた。
「そんなはずないよ。たまたま何か用事があっただけじゃない? 大した用事でもないから、どこに行くのか話さなかっただけかもしれないし」
俺はそう言って、エリザベスに優しく微笑んだ。
トーマのエリザベスへの愛情を知っている俺としては、ただの考えすぎとしか思えない。
しかしエリザベスは「違うの!」とぶんぶんと頭を振った。振るたびに垂れ下がった長い耳が、周りにペチペチと当たる。
【ここ何日間もなのよ? 今日だってそう! せっかくの休みに、朝早くから私を置いて行くなんて。こんなこと……今までなかったのに……】
シュンと萎れるエリザベスを見て、俺は腕組みをする。
うーむ。普段と違うトーマの行動に、不安になったエリザベスの気持ちもわかる。
けど、トーマが間違いなく怪しいことをしているとは言い切れないよなぁ。
するとヒスイが、窓辺からひらりと舞い上がってエリザベスに近寄った。
【それだけで決めつけるのはいけないわ。何かそれ以外に、怪しい言動でもあるのかしら?】
優しい口調で、エリザベスに話しかける。
エリザベスは興奮して、ピョンピョンと飛び跳ねた。
そのせいで木の椅子がガタンガタンと音を立てて揺れたので、俺は慌てて椅子を押さえる。
【あるわ! 出かける時に必ず持ち歩く袋があるの。さっき私がそれを見ようとしたら、焦ったように隠したわ! 怪しいでしょ?】
必ず何かを持って出かけていく? 何だろう。怪しい云々は別として。確かに少し気になる。
学校が終わってから、トーマはいったいどこで何をやってるんだろう。俺は毎日学校や寮で顔を合わせているけど、思い当たるような話を聞いたことがないなぁ……。
俺が首を捻っているうちに、ザクロが二足歩行でこちらに近づいてきた。
何だろうと見ていると、ズビシッ! とエリザベスを前足で指す。
【お嬢さん、それは浮気にちげぇねぇ!】
【浮気っ!?】
エリザベスはまるで雷にでも打たれたかのように、ピシャーンッと固まった。
ざ、ザクロ……いきなり話に入ってきて、なんてことを言い出すんだ。
「ザクロ、何を言って……」
俺は呆気にとられつつ言うと、それを遮ってザクロは前足を上げる。そしてクルリと甲羅を見せた。
【太陽がすべてを照らすように。このザクロの甲羅は、すべてを照らす! 間違ぇありやせん!】
甲羅が太陽の光を反射して、ピッカーンと輝く。
…………ザクロ奉行、まだ見参中なのか。
【ま、眩しいっすーっ!】
テンガがオーバーリアクションで、目を覆って倒れ込んだ。ホタルとコハクも真似して倒れ、楽しそうにキャッキャとしている。
他人事だからか……理解してないからか、この二匹と一羽は無邪気だなぁ。
それにしてもザクロ奉行の甲羅は、太陽を反射した鏡のようで目に悪い。
「甲羅はわかったから」
眩しいのでザクロを、クルリと引っくり返す。
【あぁ、せっかくの見せ場をとらねぇでくだせぇーっ!】
ザクロが少し不服そうに俺を見る。
見せ場はわかるが、ずっとこのままじゃ眩しくてかなわない。俺がピカピカに磨くと、毎回ザクロ奉行が現れるんだろうか。そのたびにお白州を開かれるのは、ちょっと嫌だな。
【本当に……浮気だと思う?】
前足で光を遮っていたエリザベスは、椅子の上からザクロを見下ろした。
ザクロは自信ありげに、コックリと頷く。
【一緒にいる時間を大切にしねぇ。コソコソと何かを隠している。こりゃあ浮気の可能性が高ぇ】
……何だ、このモフモフ相談室。
というか、何でそういった話に詳しいんだ、ザクロ。
あ……そういや、ザクロのお兄さんのガァちゃんがゴシップ好きだったな。その影響なんだろうか?
「あのさ、浮気じゃないと思うよ。レイならともかく、トーマに好きな女の子がいるなんて、聞いたことないもん」
俺が息を吐いてそう言うと、ザクロは大きく首を振った。
【フィル様、違いやす】
「違う? 何が?」
俺が聞き返すと、ザクロは得意満面に推理を述べる。
【相手は人間じゃぁありやせん。オイラが考えるに、エリザベスに隠れて、新しく召喚獣と契約しようとしてるんでぃ】
【や、やっぱりそうかしら?】
エリザベスは頬に両前足をあて、ショックのためかプルプルと震える。
だが俺もまた、エリザベスとは別の意味でショックを受けていた。
「え、召喚獣にとって、他の動物と召喚契約をするのって浮気なの?」
召喚獣四匹と一羽に精霊一人いる俺って……浮気性?
【まぁ、召喚獣にとって主人は一番ですもの。そう捉える召喚獣もいるようですわ】
ヒスイは俺に向かって、にっこりと微笑む。
マジか。
【オイラは気にしやせんが。嫉妬深い召喚獣がいるなら、同時に他の奴を召喚しないのが鉄則でさぁ。喧嘩しやすからねぇ】
頷くザクロに俺は「えぇっ!」と声を上げて驚いた。
「普通に全員出しちゃってたよ! え、皆、嫌だった?」
途端に不安になって、皆を見回す。だがコクヨウは呆れた様子で、フンと息を吐いた。
【今さらだろう。お前の獣好きも、獣に好かれ過ぎるところも】
え……今さらなの?
【フィル様が嬉しいなら、全然いいっすよ!】
【ボクはフィル様や皆と一緒で、楽しいです!】
【一緒!】
テンガとホタルが足元に擦り寄り、コハクはホタルの頭で飛び跳ねる。
ヒスイはそれを見て苦笑した。
【ですわねぇ。フィルの場合、全員に愛情を注いでくれているのがわかるので、争う気持ちも起きませんわ】
そう言って、俺の頭を撫でてくれた。
少しホッとしたけど、召喚獣にも嫉妬とかあるんだなぁ。
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