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15巻
15-2
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レイとトーマとライラを宿近くの大通りまで送り届け、俺とカイルとアリスはスケさんたちとともに城へと帰った。
平民服を着ているのでこっそりと裏門から城に入り、自室前でカイルたちと別れる。
俺は部屋に入ると、脱いだマントを近くの椅子に掛け、新しい服に着替えた。
父さんに今日起こったことを報告するため、着替えが終わったらもう一度アリスたちと集まることになっている。
すぐに、父さんたちのいる部屋に行かなきゃ……とは思うが、ちょっと休憩。
ふかふかのベッドに、うつ伏せで倒れ込む。
「はぁぁ、なんかいろいろなことがあって疲れた……」
一度気を抜くと動けなくなりそうだったので我慢していたが、さすがに限界だった。
脱力した体が、ふわふわのベッドに沈み込んでいくような感覚がする。
「もう動きたくない」
【軟弱だな。大して動いてはいないだろう】
コクヨウは呆れ口調で言う。
今日は一日コクヨウを召喚していたので、一部始終を知っているのだ。
身バレした時の俺の慌てふためきを見てたはずなのに……ひどい。
「精神的な疲労は、肉体的な疲労を上回ることがあるんだよぉ」
自分の素性を告白する時、めちゃくちゃ緊張したもん。
カイルやレイも、今頃どっと疲れが出ているに違いない。
だけど、俺やカイルを見る目と、対応が変わってしまわないかという不安が杞憂に終わって良かった。それに皆との絆がよりいっそう強くなったように感じるし、バレたことは結果的にプラスに転んだと思う。
とはいえ、胃が痛くなるような緊張は、もうしばらくは味わいたくない。
俺は枕を抱え込み、重くなってきた瞼をゆっくりと閉じる。
そのまま寝かけて、俺は慌てて飛び起きた。
ハッ! ダメだ。危ない。寝ちゃう。父さんのところに行かないと。
俺は頭を振り、ピョンッと勢いをつけてベッドから下りた。
父さんは未だ第一応接室で仕事中とのこと。
部屋へと続く通路でアリスたちと落ち合い、兵士から入出許可を得る。
俺とカイルとアリスが中に入ると、朝と同じように部屋には父さんと母さん、ダグラス宰相がいた。
父さんがチラッとダグラス宰相に目配せすると彼は頷いて、俺に会釈してから部屋を出ていく。
「おかえりなさい、フィル、カイル、アリス」
母さんが俺たちに向かって微笑み、父さんが対面するソファを示す。
「おかえり。三人ともそこに座りなさい」
「ただいま帰りました」
俺が挨拶をしてから、揃ってお辞儀をする。そして俺が真ん中になるように並んで席に着く。
父さんは俺たちの顔を窺いながら、口を開いた。
「森で学校の友だちに会ったらしいな。友だちを宿に送り届けただけにしては帰りが遅かったが、大丈夫だったか?」
「会ったのは、特に仲がいいトーマ君というお友だちなのでしょう?」
心配そうな両親の言葉に、俺は驚く。
「なんでそのことを……」
友人の中で、一番初めに遭遇したのはトーマ。
森に行ったら、葉っぱを体中に巻いた格好のトーマが、巡回していたヒューバート兄さんに『なんでそんな格好をしているのか』と質問されていた。
理由を聞いたら、グイルス狼除けの葉をつけて、グレスハートの森動物探索ツアーを決行していたらしい。一人で。
それで、俺たちが宿まで送り届けることになったんだよね。
これから報告しようと思っていたのに。
「ヒューバートから聞いた」
あ、そうか。お仕事の一環として、当然父さんには報告するか。
「実は、トーマを宿まで送り届けている最中に、他の友人たちにも会ってしまいまして……。それで、遅くなってしまいました」
俺の説明に、父さんの目が大きく開く。
「何!? 一人だけでなく、他の友人たちにもか!?」
「お友だちは来る予定ではないと言っていたわよね? 予定が変わったのかしら?」
不安げな母さんの言葉に、俺たちは頷く。
「おうちの事情で、来られることになったみたいです」
父さんは「そうか」と呟き、俺の目を真っすぐ見据えながら尋ねる。
「それで、お前の素性については?」
核心をつく質問に、俺は息を吐いて言う。
「……バレました」
「その言い方だと、フィルが話したわけではないのか?」
俺の答えに、父さんや母さんは表情を曇らせる。
身分を明かさずに学生生活を送りたいという俺の気持ちを知っているので、自ら明かすのではなくバレてしまったと聞いて心を痛めたのだろう。
「その時、皆はどんな反応だったの?」
心配そうに母さんが言うので、俺は少し言葉を詰まらせる。
「なんか……盛り上がってました」
「……盛り上がって?」
「盛り上がったの?」
父さんが訝しげに、母さんが不思議そうに聞き返してきたので、俺は再度言う。
「はい。なんか……すごいって感じで」
「確かにそんな感じでしたね」
「怒ってはいなくて、驚きのほうが勝ったみたいです」
カイルとアリスがおずおずと、その時の皆の様子を補足する。
「そ、それなら良かったが。……そうか、盛り上がったか」
なんとも言えない表情で、父さんがポツリと呟く。
「……はい」
俺はコクリと頷く。
すると、母さんがくすくすと微笑む。
「皆が仲良しなら良かったわ。心配していたのよ。そういえば、どうしてバレてしまったの?」
「あ、えっと、順番に起こったことを話しますと……」
まず、トーマを宿へ送る途中、ライラと後輩のミゼットに遭遇したこと。そこでレイが行方不明と知り、一緒に捜索していたら鉱石屋の裏でレイとサヒルがケンカしていたこと。そのケンカを止めている時に、マントのフードが取れてしまったということなどを順に説明した。
「平民服でしたし、大丈夫かと思ったんですが……。レイの従兄弟と一緒にいた友人が、過去に僕が王子として話したことのある子で、王子だとバレちゃいました」
事件の詳細を話しすぎると国際問題になりかねないので、大まかに過程を話した。
「まぁ、そんな偶然もあるのね」
母さんは素直に驚いていたが、父さんは頭を抱えていた。
「そんな偶然あるのか……。立て続けに友人に会って、その従兄弟の友人が知り合いだとか、その人物に名指しされるとか……」
そうはいっても、本当なのだ。
俺だって予想外の出来事ばかりで、驚きの連続だったよ。
「今日は規格外なことしませんでしたよ?」
ハプニング体質は発動したかもしれないけど。
父さんは深く長いため息を吐いた。
「まぁ、いい。それで、話したことがあるというのは、うちの国の者か?」
「いえ、ドラーギ国の貿易商子息、シュバルツ・ダスタールという子です」
「ドラーギ国の? いつ知り合った」
聞いてないぞという顔に、俺は慌てる。
「初めて城下町に出た時です。少し話をしただけだったので、父さまにはお話ししていないかも。ちょっとだけだから、僕も忘れていたくらいで……」
そう言って、俺は「あはは」と笑う。
「ええ。私もその当時、その方に会いましたが、すっかり忘れていました」
俺に加勢するアリスに、父さんは再びため息を吐いた。
「とにかく、それでバレてしまったわけか」
「はい。レイの従兄弟は転んで気絶していたので、その子にはバレていません」
サヒルに俺の身分は明かさないことを、シュバルツと約束したことも話す。
「ダスタール子息の約束、どこまで有効だろうな」
眉を寄せる父さんに、カイルが発言する。
「恐れながら、彼が話すことはないと思います。フィル様に恩義を感じていると思うので」
恩義かぁ。僕と親しいと騙り、脅してきたことを表に出すつもりはないが、いつでも出せる切り札でもあるのか。
シュバルツとしても蒸し返されたくないから、意地でも口を噤むだろう。
「ダスタールの子息は、お前が日干し王子印の商品を作っていることを知らないのか?」
確か、日干し王子と明かしたのは鉱石屋に入ってからだったから……。
俺たちはコクリと頷く。
「はい、友だちだけにしかバレていません」
「なら、何かあったとしても対処はできるか……」
父さんは顎に手を当てて、眉を顰めた。
「それにしても、フィルの友人にトリスタン家の令嬢がいると知った時も驚いたが、ザイド伯爵家当主の令息までいるとはな。イルフォード・メイソンにしろ、フィルの交友関係には本当に驚かされる」
父さんは感心しているのか、呆れているのかわからない口調でそう言った。
「僕も今回は、さすがに驚きましたよ」
俺にとっても皆がグレスハートに集まったのは予想外だし、レイの身の上にも驚かされたのだ。
父さんは少し言葉を選びながら、俺に尋ねる。
「友だちのレイ君からは、ザイド伯爵家のことについて何か聞いているか?」
父さんは招待客の情報を細かく調べているはずだから、ザイド家についても何か知っていることがあるのかもしれない。
「何か事情があるようでしたが、そこまで詳しくは聞いていません。レイ自身もここ数年はバルサ国を離れていて、内情までわからないみたいなので」
「ザイド家も複雑だが、バルサ国も少し閉鎖的らしいからな」
父さんはそう言って、口を噤んだ。
それ以上は、自分が語るべきではないと思ったのだろう。
知りたいならば、事情を知る人物に尋ねなさいってことか。
やはり、もし聞くとなるとレイのご両親に聞くしかないのかな。
レイのお父さんの周りにいるのは味方ばかりではないって、ミゼットが言ってたし。
レイのお父さんか……。
俺は少し考え、居住まいを正して言う。
「あの……実は僕たち、レイのご両親には、すでにお城でお会いしているんです」
「そういえば、フィルたちが部屋に来る少し前にお帰りになったのよね。その時?」
母さんの言葉に、俺たちは頷く。
「はい。その時はまさか、レイのご両親だとは夢にも思いませんでしたけど……」
そう前置きして、俺はさらに言葉を続ける。
「それで、一度レイのお父さんたちに、正式に挨拶をしようと思うんです」
真剣に言う俺を、父さんは真っすぐ見返す。
「正式に……つまり、王子だと名乗るということか」
「はい。レイのご両親とは、婚姻式のパーティーで顔を合わせることになると思うので、できたらその前にお話しできればと……。ただ、王子だと知られれば、おそらくライラのお父さんは僕が日干し王子だと気づくと思います。家で僕のことを話しているそうですから」
俺の言葉に、父さんは微かに眉を寄せて唸る。
「あの家の者は、間違いなく気づくだろうな」
仕入れている材料から、変わった宿泊施設を作っているのを悟られたって、アルフォンス兄さんも言っていたもんね。
ライラが気づいたくらいだ。俺と日干し王子を関連させることくらい簡単だろう。
父さんは顎に手を当てて少し考え、それから俺を見据えて言う。
「わかった。話してもいいだろう。どちらの当主も、口が堅く信用に足る者だしな」
許可を得て俺がホッとしていると、父さんは低い声で言う。
「ただ、挨拶の際にトリスタン家から商品の取引を持ちかけられたり、商品に関する協力を求められたりしても、返事しないように。商品や商品研究のアイデアに関する事柄は、私かアルフォンスが対応する。よいな?」
おお、父さんとアルフォンス兄さんが窓口に。
丸投げしてしまうのは申し訳ないが、交渉は面倒だからありがたい。
「わかりました!」
ニッコリ笑って元気に返事をしたのに、父さんはそれを見て不安そうな顔になる。
「……本当に、大丈夫か?」
なんでそんなに心配してるの?
「大丈夫ですよ? ちゃんと断ります」
そう言った俺に続き、カイルとアリスが言う。
「俺が隣で返事をしないよう見ていますので」
「私もライラにお願いしておきます」
皆してそんなに心配なのか。
悲しげな俺に気がついたのか、二人は困り顔で笑う。
「フィル様は人が良すぎる時がありますから」
「困っている人がいたら、手を差し伸べてしまうでしょう?」
許容範囲は超えていないつもりなんだけどな。
ムムッと眉を寄せる俺に、父さんは話に戻るぞと言うように手招きをする。
「とにかく、気をつけるに越したことはない。フィルの場合、気に入られてしまいそうだからな」
商人の諦めの悪さは身に染みてよく知っている俺だ。確かに、それは怖い。
「よくわかりました」
今度はしっかりと頷く。
「日干し王子であること以外に、他に明かしたことはないか? まさか、伝承の獣を召喚獣にしている話はしていないだろうな?」
俺の顔を窺う父さんに、ブルブルと首を振った。
「それは、さすがに話していません」
精霊のヒスイを召喚獣にしていることは、レイたちを含め一部の生徒にはバレている。
精霊と契約した人間は稀なので、周りに広めないでほしいと秘密にしてもらっているんだよね。
だけど、伝承の獣ディアロスを召喚獣にしていることは、秘密の度合いが違う。
主である俺が命令すれば、コクヨウの強大な力を使うことができるもんなぁ。
俺はそんなこと望まないけど、契約していること自体が、他国の人間にとって大きな脅威となるのだ。場合によっては、争いの火種となってしまうかもしれない。
そんな危険を孕んだ秘密を話してしまえば、レイたちにとって大きな負担になるだろう。争い事に巻き込まれる可能性だってある。
それは、絶対に嫌だった。
同じ伝承の生き物でも、ステア王国のアルメテロスみたいに慈愛に満ちた内容の伝承が残っている生き物なら、まだ良かったかもしれないけどね。
ディアロスの場合は、世界中の黒い毛を持つ獣を根絶やしにしたとか、国を丸まる一つつぶしたとか、物騒なものばかりなんだよなぁ。
まぁ、伝承内容と事実で多少異なる部分もあるそうだから、誇張されていたり、間違って伝わったりしている部分もあるとは思うんだけど。
そんなわけで、デュアラント大陸の国では、デュアロスは未だに恐れられている存在なのだ。
最近おやつを食べてお腹ポンポンにしている姿しか見てないけど、強大な力を持っているのは事実だしね。
ディアロスに憧れているトーマに、本当に存在していることを話せないのは可哀想だけど……。こればかりは仕方ない。
「それなら良かった。これ以上、頭の痛くなる事態は勘弁してもらいたいからな」
げんなりとした様子で、父さんが嘆息する。
美丈夫な父さんが、やつれて見えた。
婚姻式の準備の疲れもあるだろうけど、今日一日でげっそり感が増している。
もちろん、やつれていても渋くてカッコイイが、それを言ったら神経を逆撫でするだけだから言わない。
「いつもご心配をおかけしてすみません」
ここは殊勝な態度で謝っておく。
そんな俺を、父さんは疑わしげに見つめた。
「それがわかっているのなら、少しは手加減して大人しくしてくれ」
手加減次第でトラブルに巻き込まれないなら、俺だってどうにかしたいよ。
というか、まだ話していないあれこれを正直に話したら、父さん卒倒しそうだな。
「では、それ以外にバレたことはないのだな?」
父さんが念を押して尋ねると、隣にいたカイルが少し言いづらそうに口を開いた。
「あの……フィル様の件ではないのですが、レイたちに俺が獣人であることを話しました。いずれはわかってしまうと思って……」
その告白に、父さんたちは途端に表情を曇らせる。
「……そうか。勇気のいることだったろうな」
「お友だちに話すのは、とても怖かったでしょう」
母さんは優しくカイルに声をかける。
カイルは頷いたあと、穏やかな顔で微笑む。
「怖かったですけど、スッキリもしました。友だちにはいつか話そうとは思っていたので。それに、フィル様の時と同じように、俺のことも偏見なく受け入れてくれましたし」
その言葉に、父さんと母さんは安堵の表情を浮かべた。
「皆、友だち思いの優しい子たちなんだな」
「本当ね。私も会ってみたいわ。フィルが学園から送ってくれたお手紙からも、とても楽しそうな子たちだって伝わってきたし」
口元に手を当てて、くすくすと笑う。
すると、父さんが何か思いついた顔で「ふむ」と唸った。
「そうだな。私たちもフィルの友人たちに会って挨拶するか」
「え!?」
突然の発言に、俺は目を見開く。
父さんたちにレイたちを紹介する?
挨拶はいいけど、報告してない話を出されたらまずくないか?
辻褄を合わせるにしても、いろいろありすぎて……。
内心焦る俺をよそに、父さんと母さんは盛り上がる。
「いいわねぇ。私も会ってみたいわ」
「フィルの学校での様子がもっと詳しく聞けるだろうな」
それを聞いて、俺は大いに慌てる。
「学校での様子は、お手紙で書いているじゃないですか。アリスやカイルからも聞いているでしょう? それに、トーマが緊張してしまうから、お城に招くのは無理だと思います」
俺がわたわたと理由を述べると、母さんと父さんは悲しそうに言う。
「少しでもダメかしら? うちは他の王家ほど堅苦しくもないし……」
「親として子の友人たちに挨拶をするだけだぞ? フィルはレイ君たちの親に挨拶をするのだろう? 私も挨拶をせねば、礼儀としておかしいではないか」
「それはそうですけどぉ……。お二人とも、お忙しいでしょう? レイたちが帰る前に、時間取れます?」
俺がそう切り返すと、父さんたちは言葉に詰まる。
婚姻式の前は当然のことながら、婚姻式のあとも雑務の処理がたくさん残っている。
父さんたちのスケジュールがパンパンであることを知っているのだ。
「……時間は作る」
「無理はしないでください。倒れちゃいますよ」
今だって、目が充血しているというのに。
俺が言うと、父さんは決意をもって拳を握る。
「ダグラス宰相と調整する!」
普段はものわかり良いのに、こういう時、片意地を張るんだよなぁ。
2
友人たちと思わぬ再会をし、身バレしてしまった次の日。
俺は再び、カイルとアリス、スケさんカクさんを連れて城の外に出かけていた。
普段外出用に着る平民服の上にマントを羽織り、山道の入り口を目指す。
今日は、トーマのお父さんであるロブさんがクーベル国に一時帰国するので、皆で見送りに来たのだ。昨日少し話したけど、トーマを預からせてもらうわけだから、その前にちゃんと挨拶しないとね。
父さんから許可をもらったので、挨拶の時に正体を話すつもりである。
レイやライラのお父さんたちはちょっとお仕事で忙しそうなので、落ち着いたらお話ししようと思う。ともあれ、まずはトーマのお父さんからだ。
ドキドキしつつ、山道入り口の看板前で待つ。
少しして、ロブさんが、召喚獣に荷台を引かせて歩いてくるのが見えた。
レイとライラとトーマはその荷台の後ろについて歩いていたが、俺たちの姿を見つけて走ってくる。
「フィル、カイル、アリスちゃん、おっはよー!」
レイの元気な挨拶に、カイルが呆気にとられる。
「朝から元気だな……」
「ふふふ。いつものレイね」
クスクスと笑うアリスに、俺は笑って頷く。
まだお父さんとのことは解決していないのだろうけど、レイは俺たちに話をしたからか少しスッキリした顔をしていた。
「おはよう。フィル君、カイル君、アリス」
ライラはそう言いながら手をひらひらと振り、トーマはにっこりと笑う。
「おはよう。お父さんの見送りに来てくれてありがとうねぇ」
「おはよう。レイ、ライラ、トーマ」
そんな風に挨拶を返していると、少し遅れてロブさんが到着した。
ロブさんは連れていた召喚獣のブルグに合図を出して、俺たちの前に荷台を停める。
ブルグはガッシリ体型の小型の馬だ。ポニーくらいの大きさながら、重種馬並みの力を持っている。
見た目は馬だけど、蹄はヤギのように偶蹄なのが特徴で、歩く速度は遅いがいざとなれば重い荷物を背負って崖なども登れるため、山越えのお供として重宝されている。
「おはよう。ごめんね。待たせちゃったかな」
「おはようございます。いえ、僕たちもさっき到着したばかりです」
首を横に振りながら俺がそう返事すると、ロブさんは安堵した様子で微笑む。
トーマはお父さん似だな。ロブさんは眼鏡をかけていないのだが、髪色と顔の造り、雰囲気がそっくりだ。将来トーマはこんな感じになるのかなぁ。
そんな風に考えていると、ロブさんが俺たちに手を差し伸べてきたので、握手をする。
「わざわざ見送りに来てくれてありがとう」
包み込む手は優しいけれど、力強かった。手の皮膚が分厚くて、少しゴツゴツしている。
トーマのお父さんは金物職人だもんね。
職人さん特有のカッコイイ手の感触に、俺は感嘆する。
物腰は柔らかいけど、トーマを連れて険しい山を越えてきたのだし、見た目以上にパワーを秘めていそうだ。
平民服を着ているのでこっそりと裏門から城に入り、自室前でカイルたちと別れる。
俺は部屋に入ると、脱いだマントを近くの椅子に掛け、新しい服に着替えた。
父さんに今日起こったことを報告するため、着替えが終わったらもう一度アリスたちと集まることになっている。
すぐに、父さんたちのいる部屋に行かなきゃ……とは思うが、ちょっと休憩。
ふかふかのベッドに、うつ伏せで倒れ込む。
「はぁぁ、なんかいろいろなことがあって疲れた……」
一度気を抜くと動けなくなりそうだったので我慢していたが、さすがに限界だった。
脱力した体が、ふわふわのベッドに沈み込んでいくような感覚がする。
「もう動きたくない」
【軟弱だな。大して動いてはいないだろう】
コクヨウは呆れ口調で言う。
今日は一日コクヨウを召喚していたので、一部始終を知っているのだ。
身バレした時の俺の慌てふためきを見てたはずなのに……ひどい。
「精神的な疲労は、肉体的な疲労を上回ることがあるんだよぉ」
自分の素性を告白する時、めちゃくちゃ緊張したもん。
カイルやレイも、今頃どっと疲れが出ているに違いない。
だけど、俺やカイルを見る目と、対応が変わってしまわないかという不安が杞憂に終わって良かった。それに皆との絆がよりいっそう強くなったように感じるし、バレたことは結果的にプラスに転んだと思う。
とはいえ、胃が痛くなるような緊張は、もうしばらくは味わいたくない。
俺は枕を抱え込み、重くなってきた瞼をゆっくりと閉じる。
そのまま寝かけて、俺は慌てて飛び起きた。
ハッ! ダメだ。危ない。寝ちゃう。父さんのところに行かないと。
俺は頭を振り、ピョンッと勢いをつけてベッドから下りた。
父さんは未だ第一応接室で仕事中とのこと。
部屋へと続く通路でアリスたちと落ち合い、兵士から入出許可を得る。
俺とカイルとアリスが中に入ると、朝と同じように部屋には父さんと母さん、ダグラス宰相がいた。
父さんがチラッとダグラス宰相に目配せすると彼は頷いて、俺に会釈してから部屋を出ていく。
「おかえりなさい、フィル、カイル、アリス」
母さんが俺たちに向かって微笑み、父さんが対面するソファを示す。
「おかえり。三人ともそこに座りなさい」
「ただいま帰りました」
俺が挨拶をしてから、揃ってお辞儀をする。そして俺が真ん中になるように並んで席に着く。
父さんは俺たちの顔を窺いながら、口を開いた。
「森で学校の友だちに会ったらしいな。友だちを宿に送り届けただけにしては帰りが遅かったが、大丈夫だったか?」
「会ったのは、特に仲がいいトーマ君というお友だちなのでしょう?」
心配そうな両親の言葉に、俺は驚く。
「なんでそのことを……」
友人の中で、一番初めに遭遇したのはトーマ。
森に行ったら、葉っぱを体中に巻いた格好のトーマが、巡回していたヒューバート兄さんに『なんでそんな格好をしているのか』と質問されていた。
理由を聞いたら、グイルス狼除けの葉をつけて、グレスハートの森動物探索ツアーを決行していたらしい。一人で。
それで、俺たちが宿まで送り届けることになったんだよね。
これから報告しようと思っていたのに。
「ヒューバートから聞いた」
あ、そうか。お仕事の一環として、当然父さんには報告するか。
「実は、トーマを宿まで送り届けている最中に、他の友人たちにも会ってしまいまして……。それで、遅くなってしまいました」
俺の説明に、父さんの目が大きく開く。
「何!? 一人だけでなく、他の友人たちにもか!?」
「お友だちは来る予定ではないと言っていたわよね? 予定が変わったのかしら?」
不安げな母さんの言葉に、俺たちは頷く。
「おうちの事情で、来られることになったみたいです」
父さんは「そうか」と呟き、俺の目を真っすぐ見据えながら尋ねる。
「それで、お前の素性については?」
核心をつく質問に、俺は息を吐いて言う。
「……バレました」
「その言い方だと、フィルが話したわけではないのか?」
俺の答えに、父さんや母さんは表情を曇らせる。
身分を明かさずに学生生活を送りたいという俺の気持ちを知っているので、自ら明かすのではなくバレてしまったと聞いて心を痛めたのだろう。
「その時、皆はどんな反応だったの?」
心配そうに母さんが言うので、俺は少し言葉を詰まらせる。
「なんか……盛り上がってました」
「……盛り上がって?」
「盛り上がったの?」
父さんが訝しげに、母さんが不思議そうに聞き返してきたので、俺は再度言う。
「はい。なんか……すごいって感じで」
「確かにそんな感じでしたね」
「怒ってはいなくて、驚きのほうが勝ったみたいです」
カイルとアリスがおずおずと、その時の皆の様子を補足する。
「そ、それなら良かったが。……そうか、盛り上がったか」
なんとも言えない表情で、父さんがポツリと呟く。
「……はい」
俺はコクリと頷く。
すると、母さんがくすくすと微笑む。
「皆が仲良しなら良かったわ。心配していたのよ。そういえば、どうしてバレてしまったの?」
「あ、えっと、順番に起こったことを話しますと……」
まず、トーマを宿へ送る途中、ライラと後輩のミゼットに遭遇したこと。そこでレイが行方不明と知り、一緒に捜索していたら鉱石屋の裏でレイとサヒルがケンカしていたこと。そのケンカを止めている時に、マントのフードが取れてしまったということなどを順に説明した。
「平民服でしたし、大丈夫かと思ったんですが……。レイの従兄弟と一緒にいた友人が、過去に僕が王子として話したことのある子で、王子だとバレちゃいました」
事件の詳細を話しすぎると国際問題になりかねないので、大まかに過程を話した。
「まぁ、そんな偶然もあるのね」
母さんは素直に驚いていたが、父さんは頭を抱えていた。
「そんな偶然あるのか……。立て続けに友人に会って、その従兄弟の友人が知り合いだとか、その人物に名指しされるとか……」
そうはいっても、本当なのだ。
俺だって予想外の出来事ばかりで、驚きの連続だったよ。
「今日は規格外なことしませんでしたよ?」
ハプニング体質は発動したかもしれないけど。
父さんは深く長いため息を吐いた。
「まぁ、いい。それで、話したことがあるというのは、うちの国の者か?」
「いえ、ドラーギ国の貿易商子息、シュバルツ・ダスタールという子です」
「ドラーギ国の? いつ知り合った」
聞いてないぞという顔に、俺は慌てる。
「初めて城下町に出た時です。少し話をしただけだったので、父さまにはお話ししていないかも。ちょっとだけだから、僕も忘れていたくらいで……」
そう言って、俺は「あはは」と笑う。
「ええ。私もその当時、その方に会いましたが、すっかり忘れていました」
俺に加勢するアリスに、父さんは再びため息を吐いた。
「とにかく、それでバレてしまったわけか」
「はい。レイの従兄弟は転んで気絶していたので、その子にはバレていません」
サヒルに俺の身分は明かさないことを、シュバルツと約束したことも話す。
「ダスタール子息の約束、どこまで有効だろうな」
眉を寄せる父さんに、カイルが発言する。
「恐れながら、彼が話すことはないと思います。フィル様に恩義を感じていると思うので」
恩義かぁ。僕と親しいと騙り、脅してきたことを表に出すつもりはないが、いつでも出せる切り札でもあるのか。
シュバルツとしても蒸し返されたくないから、意地でも口を噤むだろう。
「ダスタールの子息は、お前が日干し王子印の商品を作っていることを知らないのか?」
確か、日干し王子と明かしたのは鉱石屋に入ってからだったから……。
俺たちはコクリと頷く。
「はい、友だちだけにしかバレていません」
「なら、何かあったとしても対処はできるか……」
父さんは顎に手を当てて、眉を顰めた。
「それにしても、フィルの友人にトリスタン家の令嬢がいると知った時も驚いたが、ザイド伯爵家当主の令息までいるとはな。イルフォード・メイソンにしろ、フィルの交友関係には本当に驚かされる」
父さんは感心しているのか、呆れているのかわからない口調でそう言った。
「僕も今回は、さすがに驚きましたよ」
俺にとっても皆がグレスハートに集まったのは予想外だし、レイの身の上にも驚かされたのだ。
父さんは少し言葉を選びながら、俺に尋ねる。
「友だちのレイ君からは、ザイド伯爵家のことについて何か聞いているか?」
父さんは招待客の情報を細かく調べているはずだから、ザイド家についても何か知っていることがあるのかもしれない。
「何か事情があるようでしたが、そこまで詳しくは聞いていません。レイ自身もここ数年はバルサ国を離れていて、内情までわからないみたいなので」
「ザイド家も複雑だが、バルサ国も少し閉鎖的らしいからな」
父さんはそう言って、口を噤んだ。
それ以上は、自分が語るべきではないと思ったのだろう。
知りたいならば、事情を知る人物に尋ねなさいってことか。
やはり、もし聞くとなるとレイのご両親に聞くしかないのかな。
レイのお父さんの周りにいるのは味方ばかりではないって、ミゼットが言ってたし。
レイのお父さんか……。
俺は少し考え、居住まいを正して言う。
「あの……実は僕たち、レイのご両親には、すでにお城でお会いしているんです」
「そういえば、フィルたちが部屋に来る少し前にお帰りになったのよね。その時?」
母さんの言葉に、俺たちは頷く。
「はい。その時はまさか、レイのご両親だとは夢にも思いませんでしたけど……」
そう前置きして、俺はさらに言葉を続ける。
「それで、一度レイのお父さんたちに、正式に挨拶をしようと思うんです」
真剣に言う俺を、父さんは真っすぐ見返す。
「正式に……つまり、王子だと名乗るということか」
「はい。レイのご両親とは、婚姻式のパーティーで顔を合わせることになると思うので、できたらその前にお話しできればと……。ただ、王子だと知られれば、おそらくライラのお父さんは僕が日干し王子だと気づくと思います。家で僕のことを話しているそうですから」
俺の言葉に、父さんは微かに眉を寄せて唸る。
「あの家の者は、間違いなく気づくだろうな」
仕入れている材料から、変わった宿泊施設を作っているのを悟られたって、アルフォンス兄さんも言っていたもんね。
ライラが気づいたくらいだ。俺と日干し王子を関連させることくらい簡単だろう。
父さんは顎に手を当てて少し考え、それから俺を見据えて言う。
「わかった。話してもいいだろう。どちらの当主も、口が堅く信用に足る者だしな」
許可を得て俺がホッとしていると、父さんは低い声で言う。
「ただ、挨拶の際にトリスタン家から商品の取引を持ちかけられたり、商品に関する協力を求められたりしても、返事しないように。商品や商品研究のアイデアに関する事柄は、私かアルフォンスが対応する。よいな?」
おお、父さんとアルフォンス兄さんが窓口に。
丸投げしてしまうのは申し訳ないが、交渉は面倒だからありがたい。
「わかりました!」
ニッコリ笑って元気に返事をしたのに、父さんはそれを見て不安そうな顔になる。
「……本当に、大丈夫か?」
なんでそんなに心配してるの?
「大丈夫ですよ? ちゃんと断ります」
そう言った俺に続き、カイルとアリスが言う。
「俺が隣で返事をしないよう見ていますので」
「私もライラにお願いしておきます」
皆してそんなに心配なのか。
悲しげな俺に気がついたのか、二人は困り顔で笑う。
「フィル様は人が良すぎる時がありますから」
「困っている人がいたら、手を差し伸べてしまうでしょう?」
許容範囲は超えていないつもりなんだけどな。
ムムッと眉を寄せる俺に、父さんは話に戻るぞと言うように手招きをする。
「とにかく、気をつけるに越したことはない。フィルの場合、気に入られてしまいそうだからな」
商人の諦めの悪さは身に染みてよく知っている俺だ。確かに、それは怖い。
「よくわかりました」
今度はしっかりと頷く。
「日干し王子であること以外に、他に明かしたことはないか? まさか、伝承の獣を召喚獣にしている話はしていないだろうな?」
俺の顔を窺う父さんに、ブルブルと首を振った。
「それは、さすがに話していません」
精霊のヒスイを召喚獣にしていることは、レイたちを含め一部の生徒にはバレている。
精霊と契約した人間は稀なので、周りに広めないでほしいと秘密にしてもらっているんだよね。
だけど、伝承の獣ディアロスを召喚獣にしていることは、秘密の度合いが違う。
主である俺が命令すれば、コクヨウの強大な力を使うことができるもんなぁ。
俺はそんなこと望まないけど、契約していること自体が、他国の人間にとって大きな脅威となるのだ。場合によっては、争いの火種となってしまうかもしれない。
そんな危険を孕んだ秘密を話してしまえば、レイたちにとって大きな負担になるだろう。争い事に巻き込まれる可能性だってある。
それは、絶対に嫌だった。
同じ伝承の生き物でも、ステア王国のアルメテロスみたいに慈愛に満ちた内容の伝承が残っている生き物なら、まだ良かったかもしれないけどね。
ディアロスの場合は、世界中の黒い毛を持つ獣を根絶やしにしたとか、国を丸まる一つつぶしたとか、物騒なものばかりなんだよなぁ。
まぁ、伝承内容と事実で多少異なる部分もあるそうだから、誇張されていたり、間違って伝わったりしている部分もあるとは思うんだけど。
そんなわけで、デュアラント大陸の国では、デュアロスは未だに恐れられている存在なのだ。
最近おやつを食べてお腹ポンポンにしている姿しか見てないけど、強大な力を持っているのは事実だしね。
ディアロスに憧れているトーマに、本当に存在していることを話せないのは可哀想だけど……。こればかりは仕方ない。
「それなら良かった。これ以上、頭の痛くなる事態は勘弁してもらいたいからな」
げんなりとした様子で、父さんが嘆息する。
美丈夫な父さんが、やつれて見えた。
婚姻式の準備の疲れもあるだろうけど、今日一日でげっそり感が増している。
もちろん、やつれていても渋くてカッコイイが、それを言ったら神経を逆撫でするだけだから言わない。
「いつもご心配をおかけしてすみません」
ここは殊勝な態度で謝っておく。
そんな俺を、父さんは疑わしげに見つめた。
「それがわかっているのなら、少しは手加減して大人しくしてくれ」
手加減次第でトラブルに巻き込まれないなら、俺だってどうにかしたいよ。
というか、まだ話していないあれこれを正直に話したら、父さん卒倒しそうだな。
「では、それ以外にバレたことはないのだな?」
父さんが念を押して尋ねると、隣にいたカイルが少し言いづらそうに口を開いた。
「あの……フィル様の件ではないのですが、レイたちに俺が獣人であることを話しました。いずれはわかってしまうと思って……」
その告白に、父さんたちは途端に表情を曇らせる。
「……そうか。勇気のいることだったろうな」
「お友だちに話すのは、とても怖かったでしょう」
母さんは優しくカイルに声をかける。
カイルは頷いたあと、穏やかな顔で微笑む。
「怖かったですけど、スッキリもしました。友だちにはいつか話そうとは思っていたので。それに、フィル様の時と同じように、俺のことも偏見なく受け入れてくれましたし」
その言葉に、父さんと母さんは安堵の表情を浮かべた。
「皆、友だち思いの優しい子たちなんだな」
「本当ね。私も会ってみたいわ。フィルが学園から送ってくれたお手紙からも、とても楽しそうな子たちだって伝わってきたし」
口元に手を当てて、くすくすと笑う。
すると、父さんが何か思いついた顔で「ふむ」と唸った。
「そうだな。私たちもフィルの友人たちに会って挨拶するか」
「え!?」
突然の発言に、俺は目を見開く。
父さんたちにレイたちを紹介する?
挨拶はいいけど、報告してない話を出されたらまずくないか?
辻褄を合わせるにしても、いろいろありすぎて……。
内心焦る俺をよそに、父さんと母さんは盛り上がる。
「いいわねぇ。私も会ってみたいわ」
「フィルの学校での様子がもっと詳しく聞けるだろうな」
それを聞いて、俺は大いに慌てる。
「学校での様子は、お手紙で書いているじゃないですか。アリスやカイルからも聞いているでしょう? それに、トーマが緊張してしまうから、お城に招くのは無理だと思います」
俺がわたわたと理由を述べると、母さんと父さんは悲しそうに言う。
「少しでもダメかしら? うちは他の王家ほど堅苦しくもないし……」
「親として子の友人たちに挨拶をするだけだぞ? フィルはレイ君たちの親に挨拶をするのだろう? 私も挨拶をせねば、礼儀としておかしいではないか」
「それはそうですけどぉ……。お二人とも、お忙しいでしょう? レイたちが帰る前に、時間取れます?」
俺がそう切り返すと、父さんたちは言葉に詰まる。
婚姻式の前は当然のことながら、婚姻式のあとも雑務の処理がたくさん残っている。
父さんたちのスケジュールがパンパンであることを知っているのだ。
「……時間は作る」
「無理はしないでください。倒れちゃいますよ」
今だって、目が充血しているというのに。
俺が言うと、父さんは決意をもって拳を握る。
「ダグラス宰相と調整する!」
普段はものわかり良いのに、こういう時、片意地を張るんだよなぁ。
2
友人たちと思わぬ再会をし、身バレしてしまった次の日。
俺は再び、カイルとアリス、スケさんカクさんを連れて城の外に出かけていた。
普段外出用に着る平民服の上にマントを羽織り、山道の入り口を目指す。
今日は、トーマのお父さんであるロブさんがクーベル国に一時帰国するので、皆で見送りに来たのだ。昨日少し話したけど、トーマを預からせてもらうわけだから、その前にちゃんと挨拶しないとね。
父さんから許可をもらったので、挨拶の時に正体を話すつもりである。
レイやライラのお父さんたちはちょっとお仕事で忙しそうなので、落ち着いたらお話ししようと思う。ともあれ、まずはトーマのお父さんからだ。
ドキドキしつつ、山道入り口の看板前で待つ。
少しして、ロブさんが、召喚獣に荷台を引かせて歩いてくるのが見えた。
レイとライラとトーマはその荷台の後ろについて歩いていたが、俺たちの姿を見つけて走ってくる。
「フィル、カイル、アリスちゃん、おっはよー!」
レイの元気な挨拶に、カイルが呆気にとられる。
「朝から元気だな……」
「ふふふ。いつものレイね」
クスクスと笑うアリスに、俺は笑って頷く。
まだお父さんとのことは解決していないのだろうけど、レイは俺たちに話をしたからか少しスッキリした顔をしていた。
「おはよう。フィル君、カイル君、アリス」
ライラはそう言いながら手をひらひらと振り、トーマはにっこりと笑う。
「おはよう。お父さんの見送りに来てくれてありがとうねぇ」
「おはよう。レイ、ライラ、トーマ」
そんな風に挨拶を返していると、少し遅れてロブさんが到着した。
ロブさんは連れていた召喚獣のブルグに合図を出して、俺たちの前に荷台を停める。
ブルグはガッシリ体型の小型の馬だ。ポニーくらいの大きさながら、重種馬並みの力を持っている。
見た目は馬だけど、蹄はヤギのように偶蹄なのが特徴で、歩く速度は遅いがいざとなれば重い荷物を背負って崖なども登れるため、山越えのお供として重宝されている。
「おはよう。ごめんね。待たせちゃったかな」
「おはようございます。いえ、僕たちもさっき到着したばかりです」
首を横に振りながら俺がそう返事すると、ロブさんは安堵した様子で微笑む。
トーマはお父さん似だな。ロブさんは眼鏡をかけていないのだが、髪色と顔の造り、雰囲気がそっくりだ。将来トーマはこんな感じになるのかなぁ。
そんな風に考えていると、ロブさんが俺たちに手を差し伸べてきたので、握手をする。
「わざわざ見送りに来てくれてありがとう」
包み込む手は優しいけれど、力強かった。手の皮膚が分厚くて、少しゴツゴツしている。
トーマのお父さんは金物職人だもんね。
職人さん特有のカッコイイ手の感触に、俺は感嘆する。
物腰は柔らかいけど、トーマを連れて険しい山を越えてきたのだし、見た目以上にパワーを秘めていそうだ。
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