転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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4巻

4-3

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【さぁ、どうした!】

 戸惑う山犬たちに向かって、コクヨウはかくほうこうを放った。ビリビリと空気を震わせるその声は、先ほどのものより大きい。
 山犬たちは身をすくませ、陣形を崩しながら後ずさり始める。
 さっきはあんなに敵意をき出しにして、怖いものなんてない様子だったのに。
 今は完全に恐怖の対象として、コクヨウをとらえていた。
 もしかして、ウルバの粉末のおかげかな? 陶酔していた山犬たちの精神を、正気に戻したのかもしれない。

【逃げるなら今だぞ? まぁ、逃げずとも我は構わぬがな】

 コクヨウはペロリと舌なめずりをして、ゆらりと尻尾を揺らす。
 そんなコクヨウに山犬たちは尻尾を丸め、ブルブルと震えだした。
 コクヨウにとっては、五十匹の山犬の群れも、ただのからかいの対象か。ちょっと気の毒になってきた。
 山犬たちは悔しげにうなると、きびすを返して一斉に退却を始める。
 大人しく帰ってくれて、ホッとした。普通の山犬には、あまり怪我して欲しくない。魔に落ちかけていたとはいえ、今の様子を見るに、このまま魔獣から引き離せば大丈夫そうだ。

「フィル様、ここに魔獣化した山犬がいます!」

 カイルの緊迫した声に、俺はハッとして目を向ける。
 三十メートルほど先にある木に、カイルはいた。そして、自分がいる木の下を指さす。
 その山犬は、退却していく群れの中で、一匹だけ微動だにしていなかった。
 あれが……山犬の魔獣?
 一見、姿かたちは普通の山犬と何ら変わりはなかった。
 しかし瞳はうつろで、何を映しているのかわからない。先ほどの山犬たちが感情をあらわにしていただけに、その無表情は不気味に映る。
 魔獣が遠吠えをする。だが、その声は木々の間に溶けていった。
 今までああやって、群れの中にまぎれて指示を出していたのだろう。
 しかし、他の山犬が退散してしまった今、それに応えるものはもういない。
 カイルが魔獣に向かって、ナイフを五本同時に飛ばす。
 ナイフはかなりの速さと鋭さだったが、魔獣に当たることなく地面に刺さった。
 魔獣が姿を消したのではなく、とてつもない速さで走りだしたのだ。
 うわっ! 速いっ!
 魔獣は体全体に風をまとい、弾丸のごとき速度でこちらにやって来る。
 三十メートルくらい離れていたのに、もう数メートル先まで来ていた。

「魔獣っ! こっちだ!」

 焦ったカイルが、地面に飛び降りて注意を引こうとする。
 しかし、魔獣が進路を変えることはなかった。

「くっ!」

 カイルがナイフを投げ、ヒスイの雷撃が魔獣を追いかける。
 その攻撃に対し、魔獣は体にまとう風の層でナイフを弾き飛ばし、やくどうして雷撃を避けた。
 魔獣が顔を上げ、俺の存在を捉える。
 あきらかに俺をターゲットにしてるっ!
 何で来るんだ。食べるところ少ないって言ってるのにっ!! 
 コクヨウは魔獣の前に立ちふさがると、地を蹴って鋭く光る爪を振り下ろした。
 魔獣は風の層をさらにいくにも重ね、防御力を強化する。
 コクヨウは風圧を受けても構うことなく爪を突き立て、魔獣の体を吹き飛ばした。
 魔獣は大木に激突し、衝撃音とともにみきの一部を粉砕する。
 メキメキと木の割れる音が、悲鳴のように森にこだまし――。
 き、木が倒れたぁーっ!!
 その光景に、俺は呆然とする。
 コクヨウの攻撃力が強かったこともあるだろうが、おそらく木が倒れたのは、あの魔獣がまとう風のせいもあるだろう。あの風によって、攻撃力と防御力を同時に上げているんだ。
 それにしたって、結構な大木だったぞ。俺のいる木に激突されていたら、ひとたまりもなかったな。
 木と一緒に飛ばされる自分を想像して、思わずゾッとする。
 魔獣が木片や枝を振るい落とし、倒れた木の陰からのそりと出てくる。
 コクヨウのつけた傷口から青白い炎が立ち上り、線となって燃えていた。その深い傷を負っても、魔獣は先ほどと変わらずうつろな顔をしている。
 コクヨウはそんな魔獣の姿を見て、忌々しげに舌打ちをした。

【あの風のせいで、仕損じたか。爪が深く入らんかったわ】

 風の能力は厄介だな。通常攻撃は無効化され、コクヨウの攻撃も半減され、相手の攻撃が当たったら衝撃が倍だなんて。たちが悪い。
 俺は魔獣を見つめて、ムゥとうなった。
 魔獣相手には、浄化攻撃が有効。
 とはいえ、どの浄化攻撃なら山犬の魔獣に効果があるのか……。
 前回のおお戦では、水の鉱石と光の鉱石で聖水と聖光を発動させたけど、聖水は風で弾かれそうだし、聖光では木々に光を遮られてしまう。
 群れに対峙する時は役に立った木々が、今はネックだな。
 遮るもののないところまで、魔獣を誘導するか。
 幸か不幸か、あの魔獣のターゲットは俺だ。
 俺のエナに反応しているのかどうかはわからないが、とりあえず俺狙いを利用してみよう。

「コクヨウっ! 場所を変えようっ! 広くひらけた場所にっ!」

 体に巻いていたつたいて、木を駆け上って来たコクヨウの背に飛び移る。
 俺を乗せたコクヨウは、音もなく地上に着地すると、すぐさま走り出した。
 振り返れば、案の定魔獣は俺たちの後を追いかけてくる。
 能力から判断して、山犬は風属性だ。風属性は、動きがしゅんびんな動物が多いが……。
 あの魔獣の速さは尋常じゃないな。まとう風の層が厚いと、速度が増すのか?

「魔獣だけあって、普通の山犬より動きが速いね」

 魔獣を振り返りながら俺が言うと、コクヨウはフンと鼻で笑った。

【魔獣化すると巨大になるものもいるが、あれは速さに特化したのであろうよ】
「追いつかれちゃわない?」
【誰に言っておる。我の速さに追いつけるものなどおらん……と言いたいところだが、お前がいるからな。我が本気を出した速度に、お前が耐えられるかどうか……】

 なげかれても困る。今だって、めいっぱい必死につかまってるんだよ。
 前より筋力が増えたので、ある程度はコクヨウの速度に耐えられるようになった。
 だが、無理をしているのは変わらない。これ以上速くなったら、振り落とされて大惨事だ。
 そのまましばらく森を走っていると、前方が明るくなってきた。
 かすかに水の匂いがし、流水音も聞こえる。そろそろひらけた場所に出るみたいだ。

「ヒスイ!」

 俺が呼ぶと、後方にいたヒスイがスピードを上げ、コクヨウに並走する。
 俺はヒスイに、そっと耳打ちした。

「……頼むね」
【かしこまりました】

 ヒスイは頷くときびすを返し、後ろにいるであろうカイルのもとへ飛んでいく。
 それを見送って森を抜けると、平らでなめらかないわだたみの広がる場所に出た。
 水量は少ないが、数メートル横に広がった滝があり、その水が集まって川になっている。
 こんな状況じゃなかったら、マイナスイオンを満喫してるんだけどな。リラックスしている場合でないのが悔やまれる。
 俺はコクヨウに乗ったまま、木々と滝のちょうど真ん中辺りで体勢を整えた。
 上手くいくかはわからないが、とりあえずいちばちかだ。
 緊張にゴクリとのどを鳴らして、魔獣が来るのを待つ。
 ほどなくして、魔獣がやってきた。
 俺たちが立ち止まっているのを見て、速度を緩め、森を出る手前でウロウロしている。
 誘い込もうという思惑に気づかれてしまったのだろうか。
 そう思っていると、魔獣がこちらの様子をうかがいながら、ゆっくりといわだたみのエリアに足を踏み入れた。
 俺とコクヨウは微動だにせず、ただじっと魔獣を見つめる。
 初めの攻撃は重要だ。
 攻撃のタイミングが早すぎれば、魔獣は森に退いて、次の攻撃につなげられなくなってしまう。
 だが、近づかれすぎても、今度はこちらの身が危なくなる。
 魔獣は風をさらにまとい、歯を見せて低くうなる。
 そして一瞬後には、こちらに駆け出した。
 速いっ! しょぱなからトップスピードで来たっ!
 あっという間に距離を詰められ、目前に迫る魔獣に向かって、俺は光の鉱石を掲げて叫んだ。

「聖光!」

 辺りに射す清らかな光が、飛び掛からんとしている魔獣の体に降り注ぐ。

【ッ……グガァァァッ!!】

 魔獣の体から肉の焼けた匂いと、煙が立ち上る。
 鉱石の効力が切れるまでの数分、魔獣はいわだたみの上をのたうちまわった。
 通常攻撃はあまり効かないが、さすがに聖なる光での浄化には痛みがともなうらしい。

【まだ気を抜くな】

 コクヨウの言葉に、俺は頷く。
 聖光の攻撃は有効であったが、倒すまでには至らなかったみたいだ。
 魔獣は体中に重度の火傷やけどを負いながらも、起き上がってフラフラとこちらにやってきた。
 体にまとっていた風の層はもう消失し、歯をガチガチさせながらうなる。その様子は、不気味でしょうがなかった。
 ゾンビだ。完全なるゾンビ犬だ。
 かなりの傷を負っているのに……あの魔獣、生きることより力への執着がまさるのか。
 魔獣はうつろな瞳で俺を見つめ、仕留めるべく地を蹴った。

「カイル!」

 合図を出すと、魔獣の真横からナイフが飛んできた。
 魔獣はそれを避けようと足を速めたが、ヒスイの追い風でスピードを増したナイフが、魔獣の脇腹に刺さる。
 カイルの投げたナイフには、布が巻きつけられていた。その布には、松明たいまつに使うろうが塗られている。
 刺さり具合はどうだ? 浅いか?
 普通に考えれば充分なはずだが、聖なる光を浴びてなお立ち向かってきたのを目の当たりにすると、足りない気がしてしまう。
 魔獣はただのナイフだと思っているのだろう。突き刺さった一瞬はよろめいたが、構うことなく俺に向かって飛びかかってくる。
 もう、考えている時間はない。
 こうなったら、やるしかない。
 コクヨウが跳躍して魔獣の攻撃をよけた瞬間、俺は火の鉱石を掲げた。

「聖火っっ!!」

 刺さっているナイフが、魔獣の内側から発火する。

【グ、グガァァァァァァッ!!】

 浄化の炎は、コクヨウのつけた傷に浮かぶ青白い炎と絡み合って、勢いを増していった。
 魔獣が上げた最期の声は、炎の燃え盛る音にかき消されていく。
 倒せた……のか? あの炎の中から、またゾンビみたいに出てきやしないよな。
 俺は不安をぬぐえず、魔獣の燃えるさまをジッと見ていた。
 カイルとヒスイも、コクヨウの隣に並んで魔獣を見つめる。
 凄絶なくらい美しい炎の中で魔獣の影がちりとなるのを確認して、ようやく俺とカイルはホッと息を吐いたのだった。


   ◇ ◇ ◇


 私は、クリティア聖教会に入る際、『ラミア』と名づけられた。古代語で、『聖なる鳥』という意味だそうだ。
 八歳くらいの時、妖精と同化するな能力を得て、それ以来『ひめ』などとも呼ばれている。
 クリティア聖教会で言う『』とは、青みがかった銀髪の子供のことだ。
 青みがかった銀髪は、クリティア聖教会にとって神聖な色。それを持って生まれた子は、神に愛された子供の印だった。
 クリティア聖教会は世界中からそういった子を集めており、一般教養を学ばせつつ、聖教会の修行をさせるための宿舎があった。
 となってそこでの修行を終えれば、司教や大司教への道が約束される。
 けれど、それは親と離別し、一生を聖教会にささげるということも意味していた。
 志願して神官となる一般の者とは違い、幼くして聖教会に入るは、退路を断つためなのか、自分の出自を教えてもらえない。誰が親なのか、兄弟はいるのか、家族の名前や顔さえわからない。
 親子のえんを切らねばならぬため、になるにあたって親の許諾は必要だが、実際は子供が志望するより、親から聖教会へ差し出されることのほうが多い。家からが出たというのは名誉であり、聖教会からの恩恵も受けられるからだ。
 かくいう私も、生まれてすぐにクリティア聖教会に連れて来られた一人だった。
 クリティア聖教会の宿舎での生活が、私の世界の全て。
 狭い世界ではあったけれど、聖教会の大司教様たちや信者の方は皆優しかったし、聖教会の教えは私の拠りどころでもあったから、自分の人生に疑問や不満を抱いたことはなかった。
 修行中は、いつか人々の心に寄り添える者になれればと、それだけを考えていたものだ。
 ただ十三歳の頃、一度だけ、聖教会の宿舎を出て行こうとしたことがある。
 周りが私を神格化するのが辛くて、逃げ出したくなった時のことだ。


「ラミア姉さま、何してるの?」

 金髪のふわふわ頭を揺らして、少女が首を傾げる。

「セリナ……」

 宿舎を出て行こうとかばんに荷物を詰めていた私は、セリナを見上げた。
 私のほうが三つ年上だが、背はセリナのほうが高い。妖精と同化するようになって、私の成長は緩やかになり、あっという間に追い抜かれてしまった。
 セリナは宿舎の使用人の娘だ。手伝いで寮に出入りするうちに仲良くなり、お互い姉妹のように思っていた。

「どこに行くの?」
「……ここじゃない、どこかよ」

 見つかってしまったことに顔をこわらせて言うと、セリナはキョトンとした。

「ラミア姉さま、いつ帰ってくる?」

 ただの外出だと思っているのか、セリナはニコニコと無邪気に笑った。いつもはこの笑顔にいやされるが、これから話すことを思えば胸が痛む。

「帰って来ないわ」

 小さくそう告げると、セリナは途端に悲しそうな顔をした。

「え! どうして?」
「私には何の力もないもの……」

 うつむいて、そうつぶやく。
 妖精と同化することができても、人を助けるすべは少ない。
 日照りの時に雨を降らせることはできるが、長く雨雲を維持するのは不可能だ。
 水の中で息ができても、おぼれている人を引き上げる力はない。
 風を吹かせることや、火をおこすことは、そんなに強い力ではないから召喚獣で事足りてしまう。
 妖精に愛され同化の能力を持つ私は、人としてな存在かもしれないが、いくら神格化されても本当の神ではないのだ。
 力のない自分に、信者を救済できるのだろうか。人々の期待に押しつぶされそうな、こんな弱い自分に……。
 その証拠に、修行仲間からもひめだからと一線を引かれ、セリナ以外に親しい友達も作れない。
 そう考えたら、私がここを出て生きて行けるのかも疑問ね。このかばん一つ埋まらないほど、私が自由にできる物は少ないんだもの。どこかに行きたくても、行けないんだわ。
 隙間の多いかばんを見下ろして、ちょう気味に笑った。
 セリナはそんな私を抱きしめる。

「いなくなったら困る! 私も聖教会で修行しようと思ってるのに!」
「え?」

 それは思ってもみない言葉だった。

「母さんに言ったらね、私は金色の髪だからラミア姉さまみたいなにはなれないけど、今から修行すれば、二十歳前には司祭になれるんじゃないかって。神官だったらラミア姉さまが偉くなっても、いつでも会いに行けるもんね」

 確かに幼い時から修行を始めれば、司祭や司教の資格は取れるだろう。
 と違い、一般の神官志願者は定期的に家族と会うことを許されている。
 だが、修行は大変だし、神官になったら世界に点在する支部に派遣される可能性もある。

「支部に行くことになったら、お母様やお父様や弟たちとも離れることになるのよ」

 私は親兄弟の顔を知らないが、セリナは違う。とても優しい両親がいる。可愛い弟たちもいる。
 そんな私に、セリナは「ふふふ」と笑った。

「ラミア姉さま知らないの? 支部に行っても、年に何回かは報告で本部に戻らなきゃいけないんだよ。そのついでに会えばいいんだよ」

 セリナは抱きついたまま、おでこをコツンと合わせた。

「それに、私はラミア姉さまの妹でしょ? 姉さまが悲しい顔してたら笑わせるのが、妹の役目だもん」

 私の目から涙がこぼれ落ち、とめどなくあふれてきた。
 今まで私は姉代わりのつもりで、セリナを可愛がっていた。
 だけど、本当に支えられていたのは私のほう。
 この無償の愛情に、私はどう返せるだろう? 姉としてできることは何だろう?

「だから、ラミア姉さま。どこにも行かないで……」

 震える腕で抱きしめるセリナに、私は何度も頷いた。
 セリナがこの道を進むというのなら、私は先を歩いて導き守ろう。
 だってそれは、私にしかできないことなのだから……。


 ピチャン――と、頬にしずくが落ちる。
 ゆっくりとまぶたを開け、二度三度まばたきをした。
 視界は薄暗かったが、ゴツゴツとした岩盤が見える。
 雨に似た水の音に混じり、時々水滴の落ちる音がした。
 ここはどこかしら……? 洞窟?
 確か、聖属性の動物探索に北の森に来て、それから…………。
 頭の奥のにぶい痛みに顔をしかめ、ひたいに手を当てて床から上半身を起こす。そこで初めて、自分がコートを広げた岩盤の上に寝ているのだと気づいた。自分のコートは着ているから、下に敷いているのは別の誰かものだろう。
 そうぼんやり考えていると、駆け寄る足音が聞こえていきなり抱きしめられた。

「ラミア姉様っ! 良かったあぁぁぁっ!!」

 涙声が洞窟の中に反響する。
 抱きつかれて顔を確認することはできないが、声でセリナだとわかった。
 十八歳になっても、相変わらず落ち着きがない。てんしんらんまんなまま成長したのはいいけれど、今は豊満な胸をしているのだから、押しつけられると息が苦しい。

「ラミア姉様、結界を張ったと思ったら、糸が切れたみたいに倒れちゃって……心配したんだよ!」

 その言葉を聞いて、先ほどの出来事を思い出した。
 あぁ……そう言えば。ステア王国の北の森を探索中、魔獣が現れたんだわ。
 魔獣や山犬の群れに追われながら、滝の裏にある洞窟に逃げ込み、何とか結界を張ったのだ。
 だが、結界を張るのは、集中力を要する。
 疲労に加えて、結界を張れた安心で意識を失ってしまったのね。

「一人で結界を張るなんて、無茶するんだからぁ!」

 さらに胸を押し付けられ、息ができずに意識が遠のく。

「セリナ! 嬉しいのはわかるけど、ラミア様がちっそくしちゃうわよっ!」
「あ、ナタリー先輩! はわわ! ごめんなさい! 姉様っ!」

 セリナは両腕をぱっとといて、私を解放した。
 く……苦しかった。
 私は深呼吸を、ゆっくりと繰り返す。

「大丈夫ですかっ?」

 ナタリーがひざをつき、私を気遣って顔をのぞき込む。
 彼女のぐに伸びた青みを帯びた銀髪は、肩の長さでサラリと揺れた。

「ええ」

 息を整え、安心させるためにっこりと微笑む。
 それを見てホッとしたナタリーは、鼻息荒くセリナをひと睨みした。

「セリナったら、まったく!」
「ごめんなさぁい!」

 セリナが頭を抱えて謝る。子供の頃のふわふわ頭は、今はゆるい巻髪になっていた。腰まで伸びたそれを、高い位置で一つに束ねている。
 今彼女は、クリティア聖教会ステア王国支部に在籍している司祭だ。ナタリー司教は、セリナの一つ年上の先輩である。
 司祭になってもセリナの性格は変わらず、真面目なナタリーによくお説教されているらしい。
 今のやり取りがいつも行われていると思うと、とても微笑ましかった。

「二人とも、声が大きすぎると思うんだが……」

 男性が木を杖代わりにして、カツリ……カツリ……とゆっくり歩いてくる。
 ブラウンの髪色をした優しげな顔つきの彼は、ステア王国支部のクロード司教だ。三十代半ばだというが、年齢よりも落ち着いて見える。

「結界内と言っても、用心するに越したことはない。大声を出しては、周りの小さな音を聞き逃してしまう」

 優しくさとされて、二人はシュンと頭を下げる。

「ごめんなさい。いくらラミア姉様が心配でも、外には山犬や魔獣がいるのに……」
「申し訳ありません。私まで騒いで」

 うつむく二人を見て、クロードが小さく噴き出した。

「態度が極端だなぁ」
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