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5巻
5-3
トーマが俺とカイルの背中を突いて、小声で聞く。
「ねぇ、今どんな状況?」
他の皆も興味ありげに、木靴を大事そうに抱えるラグールを覗いている。
カイルは少し困った顔で唸って、状況を簡単に説明した。
「あのラグールは落とし物の靴を綺麗にして、持ち主に届けてお礼を貰う算段をしているらしい」
レイが「は?」と口を開けて、カイルににじり寄る。
その時、パキリと木の枝の折れる音がした。
「あ……」
レイは自分の足元にある折れた小枝を見て、しまったという顔をした。
まずいな。結構大きい音が出ちゃったが、気づかれたか?
俺たちが慌てて視線を戻すと、ラグールはまん丸の目でこちらを見ていた。
あー……気づかれてるよ。
【誰や? ……んん? 人間の子供? 俺を捕まえよう思うてんのか? ならなんで何もせんと、あないにこっち見てんのや】
ラグールは訝しげに首を傾げる。
怪しんでる。面白そうな動物だから話をしてみたいが、このままだと逃げられるだろうか?
俺たちが相手の出方を窺って、そのまま動かないでいると、ラグールは突然嬉しそうな声で叫んだ。
【わかった! きっと靴の持ち主さんや!】
…………え? ……今、なんて?
【お礼~お礼~】
ラグールは靴を小脇に抱え、ラッタラッタと嬉しそうに飛び跳ねながらこちらにやって来る。しかも時々、くるくる回転も入れていた。
「何か……楽しげにこっちに来ているわね」
ライラの言葉に、俺は脱力感を覚えながら言う。
「僕たち、靴の持ち主だと勘違いされてる」
皆は「え!」と驚いた。それから顔を近づけ、ひそひそ声で話す。
「ど、どーすんの?」
焦るライラに問われ、アリスは眉を下げて言った。
「正直に話すしかないんじゃない? だって持ち主じゃないもの」
「だけど、すっごく嬉しそうにしてるよね?」
トーマがラグールの方を見ると、まだ嬉しそうに跳ねている。
レイは小さく唸った。
「無邪気な喜びようだな。お礼目当てだとわかっていても、本当のことを言いにくいぜ」
皆も同感とばかりに、コクリと頷く。
「と……とにかく、僕が一人で話してみるよ。皆は合図するまでここにいて」
俺は皆を残し、ゆっくりと木の陰から前に出る。
近づいていくと、ラグールは丸い縞々の尻尾をブンブンと振った。
【この靴、探してたんやろ? 泥を綺麗に落としたったで】
そう言って得意げに、水でビシャビシャになった木靴を取り出す。
【それでお願いなんやけどぉ】
木靴を大事そうに地面に置くと、ヨイショと二本足で立ち上がった。
それまで気づかなかったが、お腹側に小さなウエストポーチらしきものをつけている。
袋部分は革製だが、胴に括りつけている部分は繊維が編み込まれた紐だ。
細い紐だから、毛で隠れてて気づかなかったのか。
拾ったものなのかもしれないけれど、綺麗に使っているようだ。とはいえ、年季は随分と入っている。
ラグールは可愛らしく小首を傾げ、ポーチをポンポンと叩く。
【お礼たんまりくれると嬉しいなぁ】
そう言って、瞳をキュルンと愛らしく潤ませた。
後方で見ているアリスとライラが「わぁ、可愛いぃ」と言っているのが聞こえる。
だが、言葉のわかる俺は微妙な気持ちだった。
言ってる内容がお礼請求でなければ、俺だって可愛いと思うんだけどな……。
いや、靴を拾ったくらいでお礼を貰おうと考えてしまうあたりは、逆に可愛いとも言えるか。
【なぁなぁ。ケチケチせんと。言葉通じんでも、わかるやろ? な?】
ポーチを再度ポンポンと叩いてお礼をせがむラグールに、俺は身を屈めて視線を合わせる。
仕方ない。嬉しそうなラグールには悪いが、ここは正直に話そう。
「こんにちは。あのぉ……それ、僕たちのじゃないんだよね」
申し訳なく思いつつ言うと、ラグールは口をパカリと開けた。
【はぁ!? 持ち主ちゃうんかいっ!】
何をそんなに確信していたのか、違うとわかり随分ガッカリしたようだ。
ラグールは息を吐いて、しゃがみ込む。
それから今度は一変して、俺を訝しむように見上げた。
【……なら、何でこっちを見てたんやろ?】
すると、コハクとホタルが、俺のもとへ嬉しそうに駆け込んでくる。
【フィ~ル~】
【フィル様~】
まとわりつくコハクたちを、俺はヨシヨシと撫でる。
ザクロは足が遅いので、まだまだ到着には時間がかかりそうだ。
【なんや、自分ら知り合いなんか?】
ラグールの質問に、ホタルとコハクは大きく頷く。
【ご主人様です~!】
【コハクのポッケ!】
ちょい待ち! ホタルはいいとして、コハクの中で俺の位置付けはポケットかっ!
コハクの返答を聞いたラグールも、ツッコミを入れずにはいられなかったようだ。
【ポッケって何やねん! どう見てもこの坊、人間やないかい!】
ナイスツッコミ。スピードも素晴らしい。
俺が心の中で賞賛していると、ふと背中に気配を感じた。
振り返るとテンガが俺の背に隠れて、ラグールの様子を窺っている。
いつの間に後ろに来ていたのだろう。
テンガは俺の陰から、少しだけ顔を出した。
【俺もそこにいるホタルもコハクも、フィル様の召喚獣っす!】
そしてまたサッと隠れる。言い逃げだ。
ラグールはそんなテンガの言葉を聞き、ホタルとコハクに視線を戻して鼻で笑った。
【召喚獣ぅ? なんや、人間の使いっ走りかい】
どうやらこのラグールは、召喚獣に対して否定的な考えのようだ。
まぁ、動物はもともと野生の生き物。そう考えるものも多いよな。
ということは、このラグールに契約交渉は難しいかなぁ?
そう思っていると、テンガが後ろから飛び出して地団駄を踏んだ。
【つ、使いっ走りじゃないっす! フィル様はすごい人なんす! だから召喚獣になったっす】
【そうです! フィル様はすごいです!】
【すごーいのー!】
テンガに加え、ホタルとコハクたちも飛び跳ねて同調した。
意外な行動に、俺は驚く。子に庇われる親のような気持ちで、思わずジーンとした。
皆、良い子だなぁ。
じんわり浮かぶ涙を拭う。
「フィル、どうしたの?」
アリスに心配げに声をかけられ、俺はハッとした。
振り返れば、同じく俺の様子を気遣っている皆と目が合う。
涙ぐむ俺を見て、何事かと思ったようだ。
「あ、いや、何でもないから!」
まさか感動の涙だとは言えない。
【まったく、感極まっている場合ではなかろう。話をするのではなかったのか?】
コクヨウが俺の隣にやって来て、呆れ声でため息をついた。
【まぁ、そこがフィルの良いところですけどね】
ヒスイもふわりと空から降り立ち、くすくすと笑う。
言い返したいけど、確かに場をわきまえず感涙してしまった手前、黙るしかない。
俺は改めて話し合おうと、ラグールに向き直った。
だが、そのラグールはあんぐりと口を開けたまま固まっている。
しばらくして、ようやく口を閉じたと思ったら、ヒスイとコクヨウを交互に指さした。
【精霊っ!? 初めて見たわ! あとこっち! ちっさい子狼なのに、なんや怖い気配するんやけど!】
【ここは動物も多いから、だいぶ気を抑えておるのだがな。まぁ、大きな体が希望なら、お前を踏み潰せるくらいにもなれるぞ】
コクヨウがニヤリと笑うと、ラグールは「ヒャッ!」と飛び上がった。
そして尻尾を丸め這いつくばり、「キュゥキュゥ」と鳴き始める。
【俺の一生は、ここで踏み潰されて終わるんやぁ】
「大丈夫大丈夫。踏み潰されないよ。コクヨウもからかっちゃダメでしょ」
俺がコクヨウを抱き上げて窘めると、その姿を見たラグールは呆然とした。
【坊、もしかして俺の言葉がわかるんか? まさか精霊もその狼さんも、召喚獣にしてるん?】
するとテンガが前に進み出て、俺に抱っこされているコクヨウを手のひらで指す。
【そうっす! フィル様は俺たちの言葉がわかるし、アニキもヒスイ姉さんもフィル様と召喚契約してるっす!】
そう言って、我がことのように自慢げに胸を張る。
ラグールは再度あんぐりと口を開け、そのまましばらく固まった。
俺はコクヨウを下ろして、後ろを振り返って皆に来るよう手招きする。
皆がそろったのを確認してから、俺はラグールに優しく微笑んだ。
「あの、それで僕らは今、召喚獣になってくれる子を探していてね。さっきの君の話から、興味がないのはわかってるんだけど……。やっぱり、召喚獣になる気はないかな?」
ラグールは開けていた口を閉じると、困った様子で俯いた。
【俺、船の積荷に紛れて、この大陸に来たんや。仲間もいいひんし、一匹で生きるんは大変やけど……。召喚獣ってあれやろ? ご主人様第一なんやろ?】
そう言って、不安げに俺たちを見回す。
「関係はそれぞれだけど、そういう動物は多いね」
俺が頷くと、ラグールはため息をついた。
【俺、それがなぁ。なかなか尊敬できるような人間、おらへんねんもん】
言いながらラグールは、ふとテンガが睨んでいると気づいたらしく、慌てて首を振る。
【いや、この坊は凄い思う! オーラも凄い綺麗やし! ……けど、こない怖い狼さんのいるとこ入られへんわ】
さっきかなり怖がらせたもんな。そりゃそうか。
俺は小さく笑って、それからライラを振り返る。
「この子はどうかな? ライラっていうんだけど、商人の才能溢れる子だよ。君、取引とか興味ありそうだし、気が合うと思うんだけど」
「えっ!? 私!?」
ライラは突然自分の名前が出てきて、ビクッと体を震わせる。
レイは呆れた顔で、ライラを見た。
「何を驚いてんだよ。ライラは召喚獣いないんだから、当然だろう」
「え、でも、心構えがっ!」
ワタワタするライラの頭に、カイルがポンと手を載せた。
すると、ライラが驚いて、ピタリと止まる。
「落ち着け。ラグールをよく観察して、いつものライラで対応すればいいんだ」
「う……うん」
ライラは頬を紅潮させ、ぎこちなく頷く。
カイル……かっこよすぎる。
自然とやるからイケメンなのか。イケメンだから、何をしてもかっこいいのか。
こんなんじゃ、将来勘違いする女の子が続出しそうだなぁ。
「観察して……いつも通りに……」
ライラは深呼吸してからラグールの前にしゃがみ込み、じっくりと観察を始める。
【なんや、ジッと見てからに。ほんまにこの嬢ちゃん、商才あるん?】
ラグールは疑わしそうに、ライラを見つめ返した。
すると、ライラが何かに気がつく。
「あなた、いい革のポーチつけてるわね。それも拾ったの?」
ラグールは嬉しそうに、コックリと頷く。
【そやろ! これも拾ったんや。良い品やろ? どうしても言うなら、売ったってもええよ】
「売ってもいいって」
俺が通訳すると、ライラは途端に目をキラリと光らせた。
「あら、いくらなら売ってくれるの?」
【そうやなぁ。これ気に入ってるしなぁ】
ラグールは目を瞑って、考え込む。
ライラは一体、ラグール相手に何をしようとしているのだろうか?
気になったけれど、何か意図があるように思えて、口を挟まないことにした。
【せめてカルシュ三十個くらいないと、渡せんな】
ラグールとしては、多めに盛ったんだろう。どうだとばかりに、ライラの様子を窺う。
「果物のカルシュ三十個分って言ってるけど」
俺がそう言った途端、ライラは思い切り噴き出した。
【な、なんや! 何がおかしいん?】
ラグールは突然笑われて、ムッとして立ち上がった。
しかし、ライラは気にした様子もなく、ニコリと微笑む。
「今の時期のカルシュの市場価格は、六個で三ダイル。ということは、そのポーチは十五ダイルということになるわ」
【計算よくわからんけど、多分そうや!】
ラグールはコクコクと頷く。
「あなた、その革のポーチの価値を全然わかってないのね。それはカレニア国で扱っている民芸品で、通常でも二十ダイルはするのよ」
「でも、そのポーチ古くね?」
レイに口を挟まれ、ライラは呆れ顔で睨む。
「まったく、あんたも知らないの? カレニア出身でしょ? この民芸品は、古ければ古いほど、味が出て高い評価がつけられるの。この品だったら……そうね、二百ダイルにもなるはずよ」
つまり、新品だと二千円の品が、ビンテージ品だと二万円にもなるのか。
俺たちは「おおおぉぉ」と驚くが、ラグールは計算ができないようで、こちらをキョロキョロ見ている。
【つ、つまり、カルシュ何個分や?】
「カルシュで言うと、四百個。まぁ、つまり、ここにこーんくらいの山ができるかな」
俺がぴょんとジャンプして、カルシュの山のイメージを表す。
「あなたはそれだけ損してるってことよ!」
探偵みたいにライラがビシッと指摘すると、ラグールはショックを受けて地面にへたり込んだ。
【この嬢ちゃんが、こんな目利きやとは……。俺……まだまだ世界知らんかったわ】
「ライラが目利きでビックリしてるな」
カイルの言葉を聞いて、ライラはラグールに手を差し伸べる。
「あなたの『もったいない精神』も、すごいわ。それで取引をしようと考えるのもね」
ライラが微笑むと、ラグールは尻尾をピンと立てて、両前足でライラの手を挟んだ。
【嬢ちゃん……いやお嬢っ! 俺を弟子にしたってくださいっ!】
そう言って、頭を下げる。
ライラは目を見開き、驚いた顔で俺を見た。
「フィル君、もしかしてこれって……」
「召喚獣契約を望んでるってことだよ。名前をつけてあげて」
微笑む俺に、ライラは緊張した面持ちでラグールに向かって言った。
「ナッシュ」
名前をつけた途端、風が巻き起こった。
召喚獣契約を完了したナッシュはライラを見上げ、感慨深げに息を吐く。
【いやぁ、これが召喚獣になるいうことかぁ。未来はどうなるかわからんなぁ。少し前の俺やったら、召喚獣になるなんて考えられへんかったのに】
「よろしくね、ナッシュ。皆もありがとう」
ぺこりと頭を下げたライラに、俺たちはにっこりと微笑む。
ライラが召喚獣契約をすることができて、本当に良かった。ホッとしたよ。
そう思ってふと俺が視線を足元に落とすと、やっとこの場にたどり着いたザクロが呆然とナッシュを見つめていた。
【オイラがこっちに歩いてくる間に、召喚獣契約が終わったんですかい!?】
自分だけ見逃したのが残念だったようで、ガックリと頭を落とす。
ごめん。すっかり忘れてた。せめて契約前に連れて来てあげたら良かったな。
俺はザクロの頭を撫でて慰め、テンガやホタルを見つめる。
「じゃあ、そろそろ戻って動物探索を始めるから。テンガたちには控えてもらおうかな」
「ライラ、ナッシュも控えさせろよ」
レイの言葉を聞くと、ナッシュは不満そうに尻尾を揺らす。
【えー! いやや。もっとお嬢や皆と仲良ぉしたい!】
そう言って、ライラのローブをチョンと引いた。
【なぁ、お嬢ぉ、このままでもええやろ?】
キュルンと潤んだ瞳で見られ、ライラはたまらず胸を押さえる。
「か、可愛い過ぎる! その瞳は反則っ! 控えさせなきゃいけないのに、できないじゃない!」
あぁ……ライラ、可愛いもの好きだからなぁ。イチコロだわな。
「ん~、動物を連れていると森の動物に警戒されちゃうから、このままってわけにはいかないけど。荷物のところまでなら控えさせなくていいよ。それでもいい?」
俺が苦笑して言うと、ライラとナッシュは嬉しそうに頷いた。
するとホタルたちが、期待に満ちた眼差しで俺を見上げる。
【じゃあ、フィル様。ボクたちも荷物のところまで一緒でいいです?】
「え……」
俺としては、召喚獣を控えさせたほうが楽ではあるんだけど……。この場合、仕方ないかぁ。
俺はコクリと頷いて、胸ポケットにコハク、右腕にザクロとホタル二匹を抱え、左手は飛び跳ねるテンガと手をつないで歩いて行く。一人、動物園のふれあい広場みたいな状態だ。
しかし召喚獣たちが喜んでいるみたいなので、荷物のところまでは我慢しよう。
「そういえば、フィルは今日一度も召喚獣契約の交渉をしてないよね。事前に調べた時は、ライラと一緒で特に目当てはないって言ってたけど、ピンときた動物はいない?」
トーマが首を傾げつつ尋ねると、それを聞いたレイは眉を寄せて俺を振り返った。
「あれ? この湖に来る道すがら、フィルも目当ての動物がいるって話をしてたよな?」
「そうなの?」
驚いて目を大きく見開いたトーマに、俺は小さく肩をすくめる。
「二人に言ったのは、どっちも嘘じゃないよ。課外授業の直前で、目当ての動物が見つかったんだ。ただ、この湖にいるはずだけど、実際にいるかどうかはわからないんだよね」
「何だそれ?」
なぞなぞのような俺の返答を聞いて、レイとトーマは眉を寄せる。
「それって、何ていう名前の動物?」
そのアリスの質問に俺が答えようとした時――
【あーーーーっ!】
先頭を歩いていたナッシュの大きな声が、会話に割り込んできた。
【泥棒やーっ!】
「え? は? 泥棒?」
その単語にビックリしてナッシュの指さす方を見れば、ひとかたまりで置いてあったリュックの一つから白い何かが飛び出す。それは素早い動きで、近くの茂みに逃げ込もうとした。
「コクヨウ!」
名を呼ぶと、黒い影が俺の横を駆け抜けていった。あまりに速くて、俺でさえ風が吹き抜けたのかと勘違いしそうになったほどだ。
気づいた時には、白く細長い動物を咥える子狼が荷物の前でお座りしている。
カイルがコクヨウのもとへ駆け寄り、レイは突然のことに、あたふたしている。
「え…………えぇ!? 何だぁ!? いつの間にコクヨウがあそこにっ!? それに、あの動物は何っ!」
「ねぇ、フィル……さっき泥棒って言わなかった?」
アリスの言う『泥棒』という単語に、口を開けて固まっていたライラが動きだす。
「そうだわ。驚きすぎて忘れてた! 泥棒って何なのっ!?」
「僕はその現場を見てないんだけど、ナッシュがそう叫んでたんだ。とりあえず、行ってみよう」
俺たちが荷物のところへたどり着くと、ちょうどコクヨウが口に咥えていた動物を地面に下ろすところだった。
ヨダレまみれなこと以外、外傷などの特に変わった点は見当たらないが、その動物はクッタリしている。
「心音はしっかりしているので、驚きすぎて失神してしまっただけでしょう」
先に着いて様子を見ていたカイルの診断に、俺たちはホッと胸を撫で下ろす。
この動物は、クンだ。オコジョのように目のくりっとした、胴の長い動物である。ただ、オコジョと違って夏毛や冬毛などはなく、毛色は年中真っ白で、手足と尻尾の先は水色。
氷属性で、小さなツララを作り出す能力がある。そして狭い範囲ではあるが、ツララの落ちたところが凍るのだ。
「クンが人前に出てくるのは珍しいね。臆病な動物なのに」
トーマはハンカチでクンの体のヨダレを拭いてやりながら、怪我がないか観察する。
【泥棒やっ! 俺、荷物の中でゴソゴソしてたん見たし!】
ナッシュは鼻息荒く、クンを指さした。
泥棒かぁ……。
俺はザクロとホタルを地面に置いて、荒らされたと思しき荷物を確認する。
考えられるとしたら、食べ物の匂いにつられたってことだけど……。
【何か取られたもん、ありやすかい?】
「うわっ!」
いつの間に荷物の上によじ登ったのか、考え事をしていた俺の目の前にザクロがヌッと顔を出した。
【オイラも手伝いやしょうか?】
泥棒と聞いて、正義感の溢れるザクロお奉行様は興味津々だ。ワクワクとした様子で、俺を見上げる。
【俺も手伝うっす!】
【ボクもやるです!】
テンガとホタルが手を挙げ、コハクも俺のポケットから「コハクも!」と片翼を挙げた。
【そんなんやったら、目撃した俺が一番わかってるわ】
ナッシュはホタルやテンガを押しのけて、ズイッと荷物の前に出る。
だが、調べ始める直前でカイルに捕まった。
「フィル様の指示を仰いでからだ。多分、ダメだろうが」
【何でや! 手伝ったるのに!】
俺は、ジタバタするナッシュの頭を撫でて宥める。
「ありがとう。気持ちだけで充分。僕たちが確認するから、召喚獣の皆は少し離れてて」
クンが何をしようとしていたのか知るためには、現場の保全が必須だ。
コクヨウやヒスイ以外の召喚獣たちを一箇所に集め、地面に線を引く。
「ここから先は、立ち入り禁止」
皆やる気満々だったので不満そうにしていたが、あとで動物用のおやつをあげると言ったら一気に大人しくなった。
「んで、どうするフィル」
荷物を見回していたレイが、俺を振り返る。
「トーマは、そのままその子を介抱していて。コクヨウとヒスイはその子が逃げないよう見張っててね。他の皆はそれぞれ自分の荷物を確認してくれる?」
俺の指示に皆が頷いて、作業を始める。
そしてその数分後、自分のリュックの中を確認し終わった俺は首を捻った。
「クンが荷物を漁ってた理由って何だろ?」
「弁当を食べたかったんじゃないか? 召喚獣じゃない動物の欲求って言ったら、それが一番だろ」
レイの言葉に、俺は大きく首を振る。
「そう思ったんだけど、違うみたい」
お弁当はすでに空だが、残り香はする。おかずを仕切るものとか、包み紙とか、そういう変なものを食べていたら困ると思って真っ先に調べた。
だが、お弁当の入っていた袋には荒らされた形跡が一切見られない。
「私の荷物は、何もされてなかったわ」
「私も」
アリスやライラの荷物も問題ないか。俺のも荒らされていないし、あとの荷物は……。
その時、口の少し開いたリュックが目に入った。
カイルは課外授業用のリュックで来ていないし、レイのリュックは今、本人が調べているから違う。
……ってことは、これはトーマのリュックか。
「ねぇ、今どんな状況?」
他の皆も興味ありげに、木靴を大事そうに抱えるラグールを覗いている。
カイルは少し困った顔で唸って、状況を簡単に説明した。
「あのラグールは落とし物の靴を綺麗にして、持ち主に届けてお礼を貰う算段をしているらしい」
レイが「は?」と口を開けて、カイルににじり寄る。
その時、パキリと木の枝の折れる音がした。
「あ……」
レイは自分の足元にある折れた小枝を見て、しまったという顔をした。
まずいな。結構大きい音が出ちゃったが、気づかれたか?
俺たちが慌てて視線を戻すと、ラグールはまん丸の目でこちらを見ていた。
あー……気づかれてるよ。
【誰や? ……んん? 人間の子供? 俺を捕まえよう思うてんのか? ならなんで何もせんと、あないにこっち見てんのや】
ラグールは訝しげに首を傾げる。
怪しんでる。面白そうな動物だから話をしてみたいが、このままだと逃げられるだろうか?
俺たちが相手の出方を窺って、そのまま動かないでいると、ラグールは突然嬉しそうな声で叫んだ。
【わかった! きっと靴の持ち主さんや!】
…………え? ……今、なんて?
【お礼~お礼~】
ラグールは靴を小脇に抱え、ラッタラッタと嬉しそうに飛び跳ねながらこちらにやって来る。しかも時々、くるくる回転も入れていた。
「何か……楽しげにこっちに来ているわね」
ライラの言葉に、俺は脱力感を覚えながら言う。
「僕たち、靴の持ち主だと勘違いされてる」
皆は「え!」と驚いた。それから顔を近づけ、ひそひそ声で話す。
「ど、どーすんの?」
焦るライラに問われ、アリスは眉を下げて言った。
「正直に話すしかないんじゃない? だって持ち主じゃないもの」
「だけど、すっごく嬉しそうにしてるよね?」
トーマがラグールの方を見ると、まだ嬉しそうに跳ねている。
レイは小さく唸った。
「無邪気な喜びようだな。お礼目当てだとわかっていても、本当のことを言いにくいぜ」
皆も同感とばかりに、コクリと頷く。
「と……とにかく、僕が一人で話してみるよ。皆は合図するまでここにいて」
俺は皆を残し、ゆっくりと木の陰から前に出る。
近づいていくと、ラグールは丸い縞々の尻尾をブンブンと振った。
【この靴、探してたんやろ? 泥を綺麗に落としたったで】
そう言って得意げに、水でビシャビシャになった木靴を取り出す。
【それでお願いなんやけどぉ】
木靴を大事そうに地面に置くと、ヨイショと二本足で立ち上がった。
それまで気づかなかったが、お腹側に小さなウエストポーチらしきものをつけている。
袋部分は革製だが、胴に括りつけている部分は繊維が編み込まれた紐だ。
細い紐だから、毛で隠れてて気づかなかったのか。
拾ったものなのかもしれないけれど、綺麗に使っているようだ。とはいえ、年季は随分と入っている。
ラグールは可愛らしく小首を傾げ、ポーチをポンポンと叩く。
【お礼たんまりくれると嬉しいなぁ】
そう言って、瞳をキュルンと愛らしく潤ませた。
後方で見ているアリスとライラが「わぁ、可愛いぃ」と言っているのが聞こえる。
だが、言葉のわかる俺は微妙な気持ちだった。
言ってる内容がお礼請求でなければ、俺だって可愛いと思うんだけどな……。
いや、靴を拾ったくらいでお礼を貰おうと考えてしまうあたりは、逆に可愛いとも言えるか。
【なぁなぁ。ケチケチせんと。言葉通じんでも、わかるやろ? な?】
ポーチを再度ポンポンと叩いてお礼をせがむラグールに、俺は身を屈めて視線を合わせる。
仕方ない。嬉しそうなラグールには悪いが、ここは正直に話そう。
「こんにちは。あのぉ……それ、僕たちのじゃないんだよね」
申し訳なく思いつつ言うと、ラグールは口をパカリと開けた。
【はぁ!? 持ち主ちゃうんかいっ!】
何をそんなに確信していたのか、違うとわかり随分ガッカリしたようだ。
ラグールは息を吐いて、しゃがみ込む。
それから今度は一変して、俺を訝しむように見上げた。
【……なら、何でこっちを見てたんやろ?】
すると、コハクとホタルが、俺のもとへ嬉しそうに駆け込んでくる。
【フィ~ル~】
【フィル様~】
まとわりつくコハクたちを、俺はヨシヨシと撫でる。
ザクロは足が遅いので、まだまだ到着には時間がかかりそうだ。
【なんや、自分ら知り合いなんか?】
ラグールの質問に、ホタルとコハクは大きく頷く。
【ご主人様です~!】
【コハクのポッケ!】
ちょい待ち! ホタルはいいとして、コハクの中で俺の位置付けはポケットかっ!
コハクの返答を聞いたラグールも、ツッコミを入れずにはいられなかったようだ。
【ポッケって何やねん! どう見てもこの坊、人間やないかい!】
ナイスツッコミ。スピードも素晴らしい。
俺が心の中で賞賛していると、ふと背中に気配を感じた。
振り返るとテンガが俺の背に隠れて、ラグールの様子を窺っている。
いつの間に後ろに来ていたのだろう。
テンガは俺の陰から、少しだけ顔を出した。
【俺もそこにいるホタルもコハクも、フィル様の召喚獣っす!】
そしてまたサッと隠れる。言い逃げだ。
ラグールはそんなテンガの言葉を聞き、ホタルとコハクに視線を戻して鼻で笑った。
【召喚獣ぅ? なんや、人間の使いっ走りかい】
どうやらこのラグールは、召喚獣に対して否定的な考えのようだ。
まぁ、動物はもともと野生の生き物。そう考えるものも多いよな。
ということは、このラグールに契約交渉は難しいかなぁ?
そう思っていると、テンガが後ろから飛び出して地団駄を踏んだ。
【つ、使いっ走りじゃないっす! フィル様はすごい人なんす! だから召喚獣になったっす】
【そうです! フィル様はすごいです!】
【すごーいのー!】
テンガに加え、ホタルとコハクたちも飛び跳ねて同調した。
意外な行動に、俺は驚く。子に庇われる親のような気持ちで、思わずジーンとした。
皆、良い子だなぁ。
じんわり浮かぶ涙を拭う。
「フィル、どうしたの?」
アリスに心配げに声をかけられ、俺はハッとした。
振り返れば、同じく俺の様子を気遣っている皆と目が合う。
涙ぐむ俺を見て、何事かと思ったようだ。
「あ、いや、何でもないから!」
まさか感動の涙だとは言えない。
【まったく、感極まっている場合ではなかろう。話をするのではなかったのか?】
コクヨウが俺の隣にやって来て、呆れ声でため息をついた。
【まぁ、そこがフィルの良いところですけどね】
ヒスイもふわりと空から降り立ち、くすくすと笑う。
言い返したいけど、確かに場をわきまえず感涙してしまった手前、黙るしかない。
俺は改めて話し合おうと、ラグールに向き直った。
だが、そのラグールはあんぐりと口を開けたまま固まっている。
しばらくして、ようやく口を閉じたと思ったら、ヒスイとコクヨウを交互に指さした。
【精霊っ!? 初めて見たわ! あとこっち! ちっさい子狼なのに、なんや怖い気配するんやけど!】
【ここは動物も多いから、だいぶ気を抑えておるのだがな。まぁ、大きな体が希望なら、お前を踏み潰せるくらいにもなれるぞ】
コクヨウがニヤリと笑うと、ラグールは「ヒャッ!」と飛び上がった。
そして尻尾を丸め這いつくばり、「キュゥキュゥ」と鳴き始める。
【俺の一生は、ここで踏み潰されて終わるんやぁ】
「大丈夫大丈夫。踏み潰されないよ。コクヨウもからかっちゃダメでしょ」
俺がコクヨウを抱き上げて窘めると、その姿を見たラグールは呆然とした。
【坊、もしかして俺の言葉がわかるんか? まさか精霊もその狼さんも、召喚獣にしてるん?】
するとテンガが前に進み出て、俺に抱っこされているコクヨウを手のひらで指す。
【そうっす! フィル様は俺たちの言葉がわかるし、アニキもヒスイ姉さんもフィル様と召喚契約してるっす!】
そう言って、我がことのように自慢げに胸を張る。
ラグールは再度あんぐりと口を開け、そのまましばらく固まった。
俺はコクヨウを下ろして、後ろを振り返って皆に来るよう手招きする。
皆がそろったのを確認してから、俺はラグールに優しく微笑んだ。
「あの、それで僕らは今、召喚獣になってくれる子を探していてね。さっきの君の話から、興味がないのはわかってるんだけど……。やっぱり、召喚獣になる気はないかな?」
ラグールは開けていた口を閉じると、困った様子で俯いた。
【俺、船の積荷に紛れて、この大陸に来たんや。仲間もいいひんし、一匹で生きるんは大変やけど……。召喚獣ってあれやろ? ご主人様第一なんやろ?】
そう言って、不安げに俺たちを見回す。
「関係はそれぞれだけど、そういう動物は多いね」
俺が頷くと、ラグールはため息をついた。
【俺、それがなぁ。なかなか尊敬できるような人間、おらへんねんもん】
言いながらラグールは、ふとテンガが睨んでいると気づいたらしく、慌てて首を振る。
【いや、この坊は凄い思う! オーラも凄い綺麗やし! ……けど、こない怖い狼さんのいるとこ入られへんわ】
さっきかなり怖がらせたもんな。そりゃそうか。
俺は小さく笑って、それからライラを振り返る。
「この子はどうかな? ライラっていうんだけど、商人の才能溢れる子だよ。君、取引とか興味ありそうだし、気が合うと思うんだけど」
「えっ!? 私!?」
ライラは突然自分の名前が出てきて、ビクッと体を震わせる。
レイは呆れた顔で、ライラを見た。
「何を驚いてんだよ。ライラは召喚獣いないんだから、当然だろう」
「え、でも、心構えがっ!」
ワタワタするライラの頭に、カイルがポンと手を載せた。
すると、ライラが驚いて、ピタリと止まる。
「落ち着け。ラグールをよく観察して、いつものライラで対応すればいいんだ」
「う……うん」
ライラは頬を紅潮させ、ぎこちなく頷く。
カイル……かっこよすぎる。
自然とやるからイケメンなのか。イケメンだから、何をしてもかっこいいのか。
こんなんじゃ、将来勘違いする女の子が続出しそうだなぁ。
「観察して……いつも通りに……」
ライラは深呼吸してからラグールの前にしゃがみ込み、じっくりと観察を始める。
【なんや、ジッと見てからに。ほんまにこの嬢ちゃん、商才あるん?】
ラグールは疑わしそうに、ライラを見つめ返した。
すると、ライラが何かに気がつく。
「あなた、いい革のポーチつけてるわね。それも拾ったの?」
ラグールは嬉しそうに、コックリと頷く。
【そやろ! これも拾ったんや。良い品やろ? どうしても言うなら、売ったってもええよ】
「売ってもいいって」
俺が通訳すると、ライラは途端に目をキラリと光らせた。
「あら、いくらなら売ってくれるの?」
【そうやなぁ。これ気に入ってるしなぁ】
ラグールは目を瞑って、考え込む。
ライラは一体、ラグール相手に何をしようとしているのだろうか?
気になったけれど、何か意図があるように思えて、口を挟まないことにした。
【せめてカルシュ三十個くらいないと、渡せんな】
ラグールとしては、多めに盛ったんだろう。どうだとばかりに、ライラの様子を窺う。
「果物のカルシュ三十個分って言ってるけど」
俺がそう言った途端、ライラは思い切り噴き出した。
【な、なんや! 何がおかしいん?】
ラグールは突然笑われて、ムッとして立ち上がった。
しかし、ライラは気にした様子もなく、ニコリと微笑む。
「今の時期のカルシュの市場価格は、六個で三ダイル。ということは、そのポーチは十五ダイルということになるわ」
【計算よくわからんけど、多分そうや!】
ラグールはコクコクと頷く。
「あなた、その革のポーチの価値を全然わかってないのね。それはカレニア国で扱っている民芸品で、通常でも二十ダイルはするのよ」
「でも、そのポーチ古くね?」
レイに口を挟まれ、ライラは呆れ顔で睨む。
「まったく、あんたも知らないの? カレニア出身でしょ? この民芸品は、古ければ古いほど、味が出て高い評価がつけられるの。この品だったら……そうね、二百ダイルにもなるはずよ」
つまり、新品だと二千円の品が、ビンテージ品だと二万円にもなるのか。
俺たちは「おおおぉぉ」と驚くが、ラグールは計算ができないようで、こちらをキョロキョロ見ている。
【つ、つまり、カルシュ何個分や?】
「カルシュで言うと、四百個。まぁ、つまり、ここにこーんくらいの山ができるかな」
俺がぴょんとジャンプして、カルシュの山のイメージを表す。
「あなたはそれだけ損してるってことよ!」
探偵みたいにライラがビシッと指摘すると、ラグールはショックを受けて地面にへたり込んだ。
【この嬢ちゃんが、こんな目利きやとは……。俺……まだまだ世界知らんかったわ】
「ライラが目利きでビックリしてるな」
カイルの言葉を聞いて、ライラはラグールに手を差し伸べる。
「あなたの『もったいない精神』も、すごいわ。それで取引をしようと考えるのもね」
ライラが微笑むと、ラグールは尻尾をピンと立てて、両前足でライラの手を挟んだ。
【嬢ちゃん……いやお嬢っ! 俺を弟子にしたってくださいっ!】
そう言って、頭を下げる。
ライラは目を見開き、驚いた顔で俺を見た。
「フィル君、もしかしてこれって……」
「召喚獣契約を望んでるってことだよ。名前をつけてあげて」
微笑む俺に、ライラは緊張した面持ちでラグールに向かって言った。
「ナッシュ」
名前をつけた途端、風が巻き起こった。
召喚獣契約を完了したナッシュはライラを見上げ、感慨深げに息を吐く。
【いやぁ、これが召喚獣になるいうことかぁ。未来はどうなるかわからんなぁ。少し前の俺やったら、召喚獣になるなんて考えられへんかったのに】
「よろしくね、ナッシュ。皆もありがとう」
ぺこりと頭を下げたライラに、俺たちはにっこりと微笑む。
ライラが召喚獣契約をすることができて、本当に良かった。ホッとしたよ。
そう思ってふと俺が視線を足元に落とすと、やっとこの場にたどり着いたザクロが呆然とナッシュを見つめていた。
【オイラがこっちに歩いてくる間に、召喚獣契約が終わったんですかい!?】
自分だけ見逃したのが残念だったようで、ガックリと頭を落とす。
ごめん。すっかり忘れてた。せめて契約前に連れて来てあげたら良かったな。
俺はザクロの頭を撫でて慰め、テンガやホタルを見つめる。
「じゃあ、そろそろ戻って動物探索を始めるから。テンガたちには控えてもらおうかな」
「ライラ、ナッシュも控えさせろよ」
レイの言葉を聞くと、ナッシュは不満そうに尻尾を揺らす。
【えー! いやや。もっとお嬢や皆と仲良ぉしたい!】
そう言って、ライラのローブをチョンと引いた。
【なぁ、お嬢ぉ、このままでもええやろ?】
キュルンと潤んだ瞳で見られ、ライラはたまらず胸を押さえる。
「か、可愛い過ぎる! その瞳は反則っ! 控えさせなきゃいけないのに、できないじゃない!」
あぁ……ライラ、可愛いもの好きだからなぁ。イチコロだわな。
「ん~、動物を連れていると森の動物に警戒されちゃうから、このままってわけにはいかないけど。荷物のところまでなら控えさせなくていいよ。それでもいい?」
俺が苦笑して言うと、ライラとナッシュは嬉しそうに頷いた。
するとホタルたちが、期待に満ちた眼差しで俺を見上げる。
【じゃあ、フィル様。ボクたちも荷物のところまで一緒でいいです?】
「え……」
俺としては、召喚獣を控えさせたほうが楽ではあるんだけど……。この場合、仕方ないかぁ。
俺はコクリと頷いて、胸ポケットにコハク、右腕にザクロとホタル二匹を抱え、左手は飛び跳ねるテンガと手をつないで歩いて行く。一人、動物園のふれあい広場みたいな状態だ。
しかし召喚獣たちが喜んでいるみたいなので、荷物のところまでは我慢しよう。
「そういえば、フィルは今日一度も召喚獣契約の交渉をしてないよね。事前に調べた時は、ライラと一緒で特に目当てはないって言ってたけど、ピンときた動物はいない?」
トーマが首を傾げつつ尋ねると、それを聞いたレイは眉を寄せて俺を振り返った。
「あれ? この湖に来る道すがら、フィルも目当ての動物がいるって話をしてたよな?」
「そうなの?」
驚いて目を大きく見開いたトーマに、俺は小さく肩をすくめる。
「二人に言ったのは、どっちも嘘じゃないよ。課外授業の直前で、目当ての動物が見つかったんだ。ただ、この湖にいるはずだけど、実際にいるかどうかはわからないんだよね」
「何だそれ?」
なぞなぞのような俺の返答を聞いて、レイとトーマは眉を寄せる。
「それって、何ていう名前の動物?」
そのアリスの質問に俺が答えようとした時――
【あーーーーっ!】
先頭を歩いていたナッシュの大きな声が、会話に割り込んできた。
【泥棒やーっ!】
「え? は? 泥棒?」
その単語にビックリしてナッシュの指さす方を見れば、ひとかたまりで置いてあったリュックの一つから白い何かが飛び出す。それは素早い動きで、近くの茂みに逃げ込もうとした。
「コクヨウ!」
名を呼ぶと、黒い影が俺の横を駆け抜けていった。あまりに速くて、俺でさえ風が吹き抜けたのかと勘違いしそうになったほどだ。
気づいた時には、白く細長い動物を咥える子狼が荷物の前でお座りしている。
カイルがコクヨウのもとへ駆け寄り、レイは突然のことに、あたふたしている。
「え…………えぇ!? 何だぁ!? いつの間にコクヨウがあそこにっ!? それに、あの動物は何っ!」
「ねぇ、フィル……さっき泥棒って言わなかった?」
アリスの言う『泥棒』という単語に、口を開けて固まっていたライラが動きだす。
「そうだわ。驚きすぎて忘れてた! 泥棒って何なのっ!?」
「僕はその現場を見てないんだけど、ナッシュがそう叫んでたんだ。とりあえず、行ってみよう」
俺たちが荷物のところへたどり着くと、ちょうどコクヨウが口に咥えていた動物を地面に下ろすところだった。
ヨダレまみれなこと以外、外傷などの特に変わった点は見当たらないが、その動物はクッタリしている。
「心音はしっかりしているので、驚きすぎて失神してしまっただけでしょう」
先に着いて様子を見ていたカイルの診断に、俺たちはホッと胸を撫で下ろす。
この動物は、クンだ。オコジョのように目のくりっとした、胴の長い動物である。ただ、オコジョと違って夏毛や冬毛などはなく、毛色は年中真っ白で、手足と尻尾の先は水色。
氷属性で、小さなツララを作り出す能力がある。そして狭い範囲ではあるが、ツララの落ちたところが凍るのだ。
「クンが人前に出てくるのは珍しいね。臆病な動物なのに」
トーマはハンカチでクンの体のヨダレを拭いてやりながら、怪我がないか観察する。
【泥棒やっ! 俺、荷物の中でゴソゴソしてたん見たし!】
ナッシュは鼻息荒く、クンを指さした。
泥棒かぁ……。
俺はザクロとホタルを地面に置いて、荒らされたと思しき荷物を確認する。
考えられるとしたら、食べ物の匂いにつられたってことだけど……。
【何か取られたもん、ありやすかい?】
「うわっ!」
いつの間に荷物の上によじ登ったのか、考え事をしていた俺の目の前にザクロがヌッと顔を出した。
【オイラも手伝いやしょうか?】
泥棒と聞いて、正義感の溢れるザクロお奉行様は興味津々だ。ワクワクとした様子で、俺を見上げる。
【俺も手伝うっす!】
【ボクもやるです!】
テンガとホタルが手を挙げ、コハクも俺のポケットから「コハクも!」と片翼を挙げた。
【そんなんやったら、目撃した俺が一番わかってるわ】
ナッシュはホタルやテンガを押しのけて、ズイッと荷物の前に出る。
だが、調べ始める直前でカイルに捕まった。
「フィル様の指示を仰いでからだ。多分、ダメだろうが」
【何でや! 手伝ったるのに!】
俺は、ジタバタするナッシュの頭を撫でて宥める。
「ありがとう。気持ちだけで充分。僕たちが確認するから、召喚獣の皆は少し離れてて」
クンが何をしようとしていたのか知るためには、現場の保全が必須だ。
コクヨウやヒスイ以外の召喚獣たちを一箇所に集め、地面に線を引く。
「ここから先は、立ち入り禁止」
皆やる気満々だったので不満そうにしていたが、あとで動物用のおやつをあげると言ったら一気に大人しくなった。
「んで、どうするフィル」
荷物を見回していたレイが、俺を振り返る。
「トーマは、そのままその子を介抱していて。コクヨウとヒスイはその子が逃げないよう見張っててね。他の皆はそれぞれ自分の荷物を確認してくれる?」
俺の指示に皆が頷いて、作業を始める。
そしてその数分後、自分のリュックの中を確認し終わった俺は首を捻った。
「クンが荷物を漁ってた理由って何だろ?」
「弁当を食べたかったんじゃないか? 召喚獣じゃない動物の欲求って言ったら、それが一番だろ」
レイの言葉に、俺は大きく首を振る。
「そう思ったんだけど、違うみたい」
お弁当はすでに空だが、残り香はする。おかずを仕切るものとか、包み紙とか、そういう変なものを食べていたら困ると思って真っ先に調べた。
だが、お弁当の入っていた袋には荒らされた形跡が一切見られない。
「私の荷物は、何もされてなかったわ」
「私も」
アリスやライラの荷物も問題ないか。俺のも荒らされていないし、あとの荷物は……。
その時、口の少し開いたリュックが目に入った。
カイルは課外授業用のリュックで来ていないし、レイのリュックは今、本人が調べているから違う。
……ってことは、これはトーマのリュックか。
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